<ノベル>
スタートの合図であるホイッスルが響き渡った。
同時に飛び出したのは浅間縁である。
「こういうのは手数が勝負! 横じゃなくて上に向かって投げるのがコツだよ!」
外側に転がっている玉を拾って、投げていく。
「これ入れればいいっすよね?」
玉綾はよく競技の要領がわかっていなかったようだが、縁の様子を見て、見よう見まねで投げはじめる。
「とうっ! うりゃっ! 入れっ!!」
新倉アオイも懸命にジャンプしつつ、玉を投げた。
対する紅組陣営でも――。
「うおおおおおおおおおおおお」
ひとつ投げるごとに熱い雄叫びをあげているのは赤城竜だ。
その様子に白木純一は、
「やれやれ……玉入れてのは、ただがむしゃらに投げればいいってわけじゃないんだよな、実は。俺はクールに決めるぜ」
などと言いつつトライするのが、存外に入らない。
そうこうしているうちに、
「そーら皆! 白組なんかに負けるな!投げろ!投げろ!!」
と人一倍熱くなっていくのである。
崎守敏のもとには、謎の機械があった。
バッティングマシーンに似たそれが、次々に玉を打ち出している。どうやらこのために彼が造ってきたらしい。
ああいうのはありなのか?と誰かが審判に問うたが、審判も肩をすくめるほかはなかった。
その実、特殊な能力は禁止といっても、グラウンドではなしくずしになっている。
たとえばリャナは空から玉入れを試みているが、もともと羽があるものが飛ぶことが能力にあたるかどうか、審判たちが議論しているうちにも競技は進行していた。
さきほどから紅組の籠が微妙にその位置を変えているような気がする。
気のせいだといわれればそうかもと思える程度のズレは、しかし、大教授ラーゴの物体転位装置によるきわめて地味な嫌がらせなのだった。
リシャール・スーリエは紅組の陣地にすばやく入り込んでその玉を遠くへ飛ばしてしまっているし、サンク・セーズは人型カラクリをくりだして紅組選手が拾おうとした玉をかすめとっている。
白組の妨害工作は地味だが巧妙であった。
「勝負っちゅーんは頭も使わんと勝てんのやでえー!」
とはサンクの弁だが、シキ・トーダにカラクリを踏み砕かれてショックに息を呑む。
紅組のほうは、嫌がらせにも負けず、仲間通しで助け合うものたちの姿が見られた。
吾妻宗主、森砂美月、真山壱らがそれぞれに、仲間を嫌がらせから防衛したり、玉を拾い集めたりして味方が投げやすいように頑張っている。
勝負は、白熱していた。
果たして、この勝敗のゆくえは……。
★ ★ ★
「よかったらもっと高いところから投げてみるかい?」
藤が、ゆきに声をかけた。
「ありがとうなのじゃよ」
藤の長身に肩車されたゆきは嬉しそうに目を輝かせる。
幼い座敷わらしがぴょこぴょこがんばる姿が微笑ましく、藤は目を細めた。
高いところへ玉を投げ入れるのは身長が低いものには難しい。そこで肩車の出番というわけだ。
宇佐木はモミジに声をかけ、肩車による補助を申し出る。
狼牙もシュヴァルツ・ワーシュッタットに持ち上げられて奮闘中だ。
「肩を貸そう。存分に投げられよ」
「た、高……っ。なんか、つい最近もこんなことしたような……」
肩車されるのは小さな子どもが多かったが、蘆屋道満の巨躯ならば成人男性を支えることもできた。担ぎあげられた槌谷悟郎の手元は今ひとつ心もとないのであったが。
一方、白組の方でも――。
「さあ、おさえててやるから頑張れ!」
梛織がトトを肩車している。
「わぁい♪」
トトはご機嫌だ。空飛ぶ金魚、アカガネとクロガネが拾ってきてくれた玉をひとつずつ投げ入れる。たしか、おじちゃんが応援しにきてくれるって言っていた。どこかで見てくれてるかな?
その傍らではルウとシャノンの親子がお揃いのジャージを着て。
「落ち着いて、よく狙って」
シャノンはルウの脚をしっかりおさえ、なるたけ、入れやすい位置を確保する。
「うー……」
ルウが投げた玉は、籠のふちにあたって弾かれてしまったけれど。
「まだ時間はある。さ――」
シャノンはやさしく次の玉を差し出すのだった。
「肩車……。肩車か……。よし、また俺が――」
いつかみたいに肩車してやろう、と声をかけようとしたが、レイドの隻眼に映ったのは、当の須哉逢柝が佐藤英秋に肩車されている姿だった。
「あ、レイド君。ちょっとこれ持ってて」
佐藤は手持ちのビデオカメラをレイドに押し付ける。
「な……!?」
「さあ、早く、あっちあっち!」
佐藤の上で、逢柝が大声をあげた。命じられるままに駆け出していく佐藤。
まて、おまえ、俺んときはもっと恥ずかしそうにしてたじゃねえか……。レイドは不機嫌な顔でその後を追う。
そしてここにももうひとり、肩車されて照れたような顔つきの男がひとり。
「じゅ、十狼さん、ごめん、こんなことまで……。刀冴さん探しに来たんでしょ」
「なに、これしきのことで瑠意殿の助けになるならば」
「あ、十狼さーん」
片山瑠意と十狼の姿を見つけて、リゲイル・ジブリールが手を振る。傍らに朝霞須美をともなって駆けてくる。
「須美ちゃんと頑張ってるんだけど、なかなか入らないの。助けて!」
「おかしいわ。こんなはずじゃ……」
理由はわからないが須美からは鬼気に近い気迫が感じられる。
「私にできることならば」
十狼がうなずいた。本当なら十狼とリゲイルたちは別の組なのだが、十狼は今ひとつそのあたりをよくわかっておらず、ただ親しいものたちの願いを聞き入れているにすぎない。
数秒後、召喚された黒竜の上から玉を投げ入れるレゲイルたちの姿があった。
★ ★ ★
「おほっ、ドラゴンとは……。これは負けてられないな。さあ、行こうか天使ちゃん、お嬢ちゃん、カワイ子ちゃん。頼むゼ、俺の勝利の女神たち!」
ルドルフの蹄が地を蹴った。
その背に乗るのは、ルシファ、成瀬沙紀、そして香玖耶・アリシエート。
「すごい、すごーい」
ルシファが、きゃっきゃと笑った。
鈴の音を響かせて空を駆けるトナカイ。香玖耶はサンタのような袋の中に、玉をいっぱいに集めてきていた。
「さあ、がんがんいくわよ!」
「うん、がんばろう!」
香玖耶から玉を受け取り、沙紀の放った第一投は、さいさきよく、すっぽりと籠の真ん中に吸い込まれていく。
「えーーーーい」
「うお!?」
柝乃守 泉に抱きつかれて、面食らった様子なのは、シルヴァ・オディスだ。
「な……!?」
敵チームではあるが娘に抱きつかれてなにもかもふっとんでしまった。
むろん、それが泉の狙いであって。シルヴァが動けなくなれば、その背にのって玉入れに勤しんでいるリイラ・カスピも動けなくなるということだ。
「あ、いづみ! いっしょに玉入れやろう!」
リイラが屈託なく微笑んで言った。
なにかのお祭りとしか思っていないリイラは、泉が敵チームという認識はない。
泉もまた、もといた世界ではあまり見られることのなかったリイラの笑顔に、やさしい笑みで応える。
「……そういえば泉一人だけ紅組なのか…。……八つ当たりだな」
そんな一幕を横目に、八重樫 聖稀は分析する。
――と、その顔面に玉がヒット!
「くらえ、まさきー!」
リイラだった。
「こ、この……!」
自チーム同士で玉のぶつけあいをはじめる聖稀とリイラ。
にこにこと泉がそれを見守る中、シルヴァは固まったままだった。
「イェーーーイ、オレちゃん、ホームラーーーーン」
ぶん、と玄兎が釘バットを振る。
まるで野球のように玉を打って飛ばしているのだ。もっとも玉は野球のボールでないから、さほど満足に飛んでいるわけではないのが、しかし、バットの振るうスピードだけはあなどれない。
「うお!?」
今も、危うく、晦の頭を薙いで、ちょっとした殺人事件になるところだった。
そうならなくてすんだのは、とっさに晦が仔狐に姿を変え、ころりとバットの一撃を避けたからだ。
「あ、あぶねーな、おい……って、あれ?」
ころころとグラウンドの上を転がった仔狐・晦をむんずと掴んだのはディズの手だった。
「ぇええええええ!?」
そのまま思いっきり、投擲された。
「?」
なんか妙にふわふわしてやわらかい玉だったな、とディズは首を傾げたが、さして気にも留めず次の玉を探す。
そして投げられた晦はすぽん、と紅組の籠に入った。見事である。
しかし、紅組にとって不幸だったのは、籠の中でもぞもぞ暴れる晦が、せっかく入っていた玉のいくつかを弾き飛ばして籠から出してしまったことだった。
「ようタマ、あんたも来てたんだな、頑張ってんのかい?」
「あー……」
もとより乗り気でなかったミケランジェロは、刀冴に会ってすっかりやる気を萎えさせてしまった。
「こんな競技があるのは知らなかったな。玉入れ、か……。って、タマ入れだったらあんたが入んなきゃいけねぇんじゃねぇのか?」
くくく、と軽口まじりに刀冴が笑った。
「んなわけあるかよ。……あー、俺、あっちでもう休んで……」
「おー、昇太郎、頑張ってるか」
「努めてはいるが難しいもんじゃ」
「そりゃおまえ、タマ入れなんだからタマを入れないとな!」
「……。なんと」
「!?」
ミケランジェロはぎょっと目を見開いた。
昇太郎が彼に視線を注いでいる。まさかと思うが、刀冴の冗談を真に受けたわけでは――……あった。
「ちょ、まて、この馬鹿力! 周りをよーく見て考えろッつか、そもそも俺は一人しかいねェだろうが!」
「じゃって、お前を入れんと点にならんのじゃろ?」
昇太郎がミケランジェロの体を持ち上げていた。
刀冴がいかにも微笑ましいといった感じで見つめるなか、長い悲鳴の尾を引いて、ミケランジェロの体が秋空に舞った。
★ ★ ★
「フレーフレーあーかーぐーみー。がんばれ、がんばれしーろーぐーみーーー」
応援席で、ひときわ目立つ白いガクラン。本気☆狩る仮面るいーすだ。
「なにやってんのー! 白組左翼、弾幕薄いよッ! もっと! もっと玉を!!」
「地獄の釜にお前の魂(タマ)を入れてくるが良い!」
勝手な一人応援合戦は、本気☆狩る仮面あーるの釘バットにより、るいーすが空の彼方に消えることで終わった。
しかし、応援スタンドの熱気は途切れることはない。
「なーはははは踊れ踊れノれノれアルよーーー!」
「提督! ハウスアル!」
「らじゃーアル!」
周囲を巻き込んで情熱のサンバエリアを展開していたノリン提督は、サエキに声をかけられて、ノリで自軍に戻っていってしまった。紅組のほうでサンバが広がっていく。
「ふむ」
見送りつつ、たばこをふかす。
「みな、頑張ってーーーー!」
「レッツラゴー!! ほらほあらがんばれぇえ!!」
夜乃日黄泉とルカ・ヘウィトのメガホンから黄色い声援が飛ぶ。
そして最前列では無数のクロノたちがクロノ応援団を結成していた。
その様子を、本陣雷汰はカメラに収める。今日はいい写真が撮れそうだった。
時間とともに応援が過熱し、グラウンドの様子は混沌度を増していく。
「ああもう、しつッこいな!」
続 歌沙音は、つきまとい、自分を邪魔してくる叔父の那戯に怒りの声をあげる。おかげでちっとも玉が入れられないのだ。
「キミ! そんな入れ方じゃ入るもんも入らんよ! ほらキミも投げる投げる!」
最初はそうでもなかったのに、いつのまにかムキになって自軍に檄を飛ばしている仲村トオル。
「は、はい、わたしも、頑張りま――と、ととと。きゃああぁあああ!?」
リディア・オルムランデはつい躓いて、よたよたと相手チームの群れに飛び込み、そのまま数人を巻き込んで転倒するという惨事を引き起こしていた。
「ひぃ……、わざとじゃないんですぅ、ス、ス、スミマセン、スミマセン!」
膝をすりむいたらしく大泣きだ。
その近くでは、アレグラが真船恭一に肩車され、必死に玉を投げていたが、興奮したアレグラの足がぎゅうぎゅうと首を絞めて、真船の顔色が紫色になりつつあった。
さらには、どこからともなく飛んでくる豪速球は、クレイジー・ティーチャーが明後日の方向に投げた玉だったり、佐々原栞が不満げにあたりに投げた玉だったりする。栞は玉が入らないので、面白くなくなってふてくされてあたりに八つ当たりしはじめたらしい。クレイジー・ティーチャーのほうは、生徒たちにいいところを見せたいという熱意が空回りしたのだろうか。彼の投げた玉のひとつはたまたま銀幕市上空を飛行中であった航空自衛隊の編隊のそばをかすめ、アンノウンより攻撃を受けているという連絡より、厚木からスクランブルが発令されたらしいがそれはまた別の話だ。
そんな中、ハプニングが起こった。
「ごめんなさいねぇ、ルールを勘違いしていたみたいだねぇ」
エンリオウ・イーブンシェンが、すまなさそうに、しかしどこかのほほんと笑っている。
なにをボケたか、自軍の玉を運んで相手チームに入れてしまったらしい。
紅組、ピンチだ。
だがここで紅組の参謀長(?)、小日向悟が、事前に調べ上げた玉入れの秘策を仕掛ける。いくつもの玉をぎゅっと圧迫してひとかたまりにして、放りいれるというやり方だ。
「やった!」
これで彼は11コの玉を入れるという快挙。
その様子を見たウィズが、次に続いた。同じように集めた玉に、誰にも気づかれないように透明のワイヤーでくくりつけたのだ。これによって20コの玉を圧縮する。
「いっくぞー!」
「おっしゃ、いけぇウィズ! 陸の上でも海賊がやれるってトコ、見せてやれ!!」
走ってくるウィズ。跳躍した彼の足を、ギャリックがてのひらで受け止め、そのまま押し上げた。さらなる高みへ駆けあがったウィズの手から放たれる玉。すぽん、と籠に落ちるやいなや、目にもとまらぬ手練で、ウィズはワイヤーを回収する。一挙に20コが入った!
わっと紅組が沸いた。
「素早さと器用さと、そして頭脳の勝利だね」
「やったね!」
悟が駆け寄ってきて、ウィズを讃えた。
★ ★ ★
終了のホイッスルが響き渡った。
「はい、終わり―、終わりですよー」
「え? あれ?」
ヘッドフォンをつけたまま玉入れに集中していたエリック・レンツは周囲の様子にやっと終了だと気づく。
係員によって玉が数えられた。
やがて流れ出したアナウンスは――
『195対134で紅組! 玉入れ大会は紅組の勝利です!』
歓声が、グラウンドを包み込んだ。
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