<ノベル>
綱引きの時間がやってきた。
「中心から背の高い順に男女交互で等間隔に並んで。それから引く姿勢は空を見る感じて……」
小日向悟が事前にリサーチした綱引必勝法をレクチャーしている。
「男女交互っていっても、男子のほうが女子より若干多いみたいよ」
レモンが言った。
「そう? だったら、男子・女子・男子・男子・女子・男子・女子って感じで」
「男子・女子・男子・女子・男子・男子・女子ね」
「違うよ。男女男男女男女――」
「だから男女男男女女男」
今いち要領を得ない会話をしているうちに、スタートの時刻が迫ってきた。
とりあえず、各組、配置へ。
「気合入れてやるわよお!!」
レモンが張り切る。
そして、合図の空砲が、秋空へと放たれた。
★ ★ ★
「おらぁ!やんぞーー!!!」
ミネがあげる気合の雄叫び。
「こういうのは最初が肝心っつーんだよ!」
「よいしょーーーー」
レドメネランテ・スノウィスも懸命に綱を引く。
「最初ッからラストスパートだ! いいか! 気合だ、気合! 気合で負けるんじゃねぇぞ!」
「ふぬぉおおおおおおお、負けるかあああ、オヤジパワー全開だああああ」
「うう、でもこれ腰に悪そう……」
赤城竜が檄を飛ばし、桑島平は必死の形相。
槌谷悟郎は、つらそうではあるが……、この時点で点数が負けている紅組は、ここで逆転したいという思いがあったのだろうか。スタートダッシュに駆けるものたちが多かった。そのため、開始早々かなりの勢いが綱に加わる。
「ひゃああああ!!」
身長のせいもあって、モミジは自軍の綱にぶらさがてしまうような恰好になる。
「うお、しまっ――」
ガーウィンも、勢いあまって転倒し、したたかに後頭部を強打してしまった。
そして大人数が列をなしている綱引きである。倒れていると必然的に邪魔になるわけで。
「うぐぉ!!」
「って、ええっ!?」
ガーウィンの前で綱を引いていた香玖耶・アリシエートが彼につまずいてその腹の上にどすん、と尻もちをついてしまう。あわてて謝ろうとするも――
「……お」
「え」
Tシャツにホットパンツ姿の香玖耶を下から眺めるアングルは、ガーウィンにはおもわぬ怪我の功名的ナイスポジション。それが表情にあらわれたのだろうか。
「ちょ、どこ見てるんですか!」
反射的にきまった平手打ちが小気味よい音を響かせた。
さて、対する白組は。
「気をつけろ、予想通りしょっぱなからきたぞ……!」
ハンス・ヨーゼフが、紅組の初手に耐えるべく綱に体重を乗せる。
「ふんずぶりゃぁぁぁぁぁ」
ルカ・ヘウィトが叫んだ。引っ張る。とにかく引っ張る。
「声出して、行きましょう! おーえす! おーえす!」
杜 琴乃が綱引きの作法にのっとった掛け声を響かせ、自軍を鼓舞する。
「部長のアホンダラァ! すぐ人に頼るんじゃねえバカ国王ぉぉ!!」
しかし鈴木菜穂子の掛け声はかなり個人的な私憤を含むものだった。
その声にこもる怨嗟に怯えた――というだけではなかろうが、津田俊介は思わず手を放してしまった。人外のムービースターも多くまじり、力んでいる姿は、見ようによってはある意味、百鬼夜行図。
「ちょっと……これ、美味しすぎるじゃないっ!」
二階堂美樹は違う意味で周囲の光景に心奪われ、思わず綱を離れて外野ポジションへ。
参加している数多くの、美形だったり精悍だったりするムービースター。綱を引く真剣なまなざし、荒い息使い、飛び散る汗……! 知らず、心のカメラのシャッターを切る。
「そこ! 団体行動乱すな! 何でそんなフリーダムなんだよ!?」
梛織の声も美樹の耳には届かない。
早々に、パワーバランスは紅組側に傾いていった。
「くっ、キツイぜ……! 持って行かれるかよ」
フェイファーは思いのほか相手の攻勢が激しいことに焦りを見せる。
「ちょ、もう疲れたけど……!」
ケトが早くもパワー切れを起こしたようだ。
「飛ばしすぎなんだよ!」
チェスター・シェフィールドが笑った。チェスターはうまくパワー配分を考えていたようだが、そうでないものたちは、しだいに戦力外になっていく。
「なんか不毛な競技だな」
いまだに運動会のなんたるかを呑み込めていない刀冴は、「ただひっぱるだけ」という行為に飽きてきてしまったらしい。本人はばててもいないし、力は十分にあるのだが、ならばこそ、続ける意味を見いだせなかったようで、守役にあとを任して、実にナチュラルに戦列から離れていってしまった。
ザッツ・フリーダム・白組。
「これぞトナカイの本懐! 有蹄類のプライドにかけて、この勝負負けるワケにはいかねぇ!」
そして紅組の綱の最後尾では、ルドルフが、ソリを引くように綱を引き、その蹄がぐい、とグラウンドに力強い歩みを刻んだ。
★ ★ ★
「どっこいせぇぇ、どっこいせぇぇ!」
「その程度かい? ほらほら、もっと力が出るだろ?」
底引き網の漁師のように、陽気に綱を引く山口美智。そして自らも綱を引きながら激励の声をあげるハンナ。
「……!」
朝霞須美は無言で、ただひたすら引く手に力を入れていた。
「今日の須美ちゃん、なんだか……」
「綱引きにどんだけ怨念籠めてんだ、あの嬢ちゃん」
リゲイル・ジブリールとミケランジェロの声にも気づかず――あるいは気づいていても無視して、須美は引き続ける。
そしてその射抜くような視線は相手方のセバスチャン・スワンボートへ突き刺さる!
「……」
セバスチャンの額に、じっとりと脂汗が浮かび、ズズズっ、と綱は全体に紅組側へ引き寄せられていった。
「こりゃいかん」
本陣雷汰は、今回も撮影に回っていたが、いよいよ自軍がピンチとなると、綱を引くのに加わった。
額に鉢巻きを巻いた岡田剣之進も、後半戦で巻き返そうと温存していた力をここで発揮せんとするのだが。
「おい、腰が入ってねェぞー」
紅組の綱を引いていたはずの続那戯がいつのまにか自軍を抜けだし、姪に向けてビデオカメラを回している。にやにやとからかうような(実際、からかっているのだが)表情と口調に、続歌沙音は「自軍に帰れ!」と大声をあげる。
「勝ったら餌のフルーツ5割り増しだ! 好きなだけ海で水浴びさせてやるからな!」
ルークレイル・ブラックは小象のメアリ(先日のカレークエストの一件で彼に贈られたゾウだ)を綱に結びつけ、ゾウの力で引かせる作戦。
またラストは文字通り銅像として、最後尾に陣取り、最後の重石として機能していた。だが、520キロの銅像を結びつけ、ゾウが引く綱でさえ、徐々にひきずられているのである。
2匹のバッキーが、飼い主のもとを離れて、綱引きの様子をじっと見ていた。
それは浅間縁のエンと、萩堂天祢のグーリィだった。
(見られてる。超見られてる……!)
クラスメイトPの背中を、いやな汗が流れた。
(まさか食べるつもり!? いやいや、エンに限ってそんなことは……いやでも……)
本能的なネガティヴシンキングにとらわれるP。
同時に、彼の脳裏によみがえる過去に経験したさまざまな危機、災厄、受難の数々。そしてこれから降りかかるかもしれないさらなる不幸。
いつのまにかそれは浅間縁とクレイジー・ティーチャーとエイリアンの大群の姿をとって脳内でPを追いかけてくる。
「!!」
思わず逃げ腰になったが、その逃げ足こそが、紅組の綱を引くパワーの一助になっていた。
「ほら、しゃんしゃん引っ張りぃやぁ〜」
針上小瑠璃の一喝。
「女だからって、力が無いなんて言わせないわよーーお!」
サキも頑張る。
「さっきは、迷惑かけちゃったからねぇ。……よっこいしょっと」
エンリオウはあいかわらずのんびりしているが力は強い。
「て・い・とく! て・い・とく! ほら皆引け引けノれノれアルよーー!」
ノリン提督(いつもの海賊帽が本日は紅白帽バージョン)は、自身は物質をすり抜けているし、掛け声の内容はいまいち意味不明だが、その特有の能力により、周辺選手のノリだけはよくなっている。
そして――。
綱の中心を示すリボンの位置には、リャナがとりついている。
小さな妖精は、残念ながら力の足しにはなっていないものの、彼女なりに紅組側に綱を引いているつもりだ。その、彼女の乗る位置が、ぐぐっ――と、後方へ動いていき、やがて、グラウンドに引かれた石灰のラインを越えた。
鳴り響くホイッスル。
それは、紅組が大綱引きに勝利を収めた瞬間であった。
|