オープニング


「モフトピアに調査へ向かって頂ける方を募集しています」
 褐色の肌を真っ赤なスーツで包んだ世界司書――リベル・セヴァンは単刀直入に切り出した。
「目的地は、モフトピアでも外れに位置する寒冷地になります。極寒というわけではありませんが、湖は凍り雪も降っていますから、暖かくして行かれた方が宜しいかと」
 リベルの話によれば、その凍った湖で、最近奇妙な遊びに興じるアニモフ達が増えているらしい。
「言葉で説明するより、こちらの方が分かり易いでしょう」
 リベルは紙とペンを手にすると、そこに同心円状の図形を描いた。弓を使ったスポーツを知る者ならば、それはきっと的に見えたであろう。中心部は的と同じように塗り潰されている。
「これが得点エリアになります。そして――」
 続けて、上の方からその的目掛けて矢印一つ。
「こう、滑ってくるのです」
 滑ってくる?
「はい。アニモフが」
 話に聞く限り、アニモフは皆、動物のぬいぐるみのような外見らしい。
 何やらメルヘンな光景を思い浮かべるロストナンバー達だったが、リベルの表情は真剣そのものだ。
「円の中心に近いと高得点になります。ゲームはチームの対抗戦で、味方が滑る先の氷を磨く等してアシストするのもテクニックの一つとして認められています。なお、滑った者同士がぶつかる以外の直接的な妨害行為は禁止です」
 彼女に調べられたのはここまでらしい。より詳しいルールやマナーに関しては、現地でアニモフ達に聞いてみるしかないだろう。
「こういった流行り廃りはモフトピアでは頻繁に起こっているのですが、かといって調査を疎かにするわけにもいきません。危険な状況はまず無さそうなので、ロストナンバーになって日が浅い貴方がたにお願いする事になりました。宜しくお願い致します」
 深々と一礼するリベル。楽園と謳われる異世界『モフトピア』。そこへ至る切符は今、貴方の手に託された。

管理番号 b34
担当ライター 権造
ライターコメント  初めまして。今作にて皆様の旅をサポートさせて頂く事になりました『権造(ごんぞう)』と申します。お付き合いが長いものとなるか、短く終わってしまうのかは定かではありませんが、今この時出逢えた御縁を大切にしたいと思っております。どうぞよしなに。

 最初にぶっちゃけておきますと、ずばりカーリングです(笑)。とはいっても、アニモフ達はゲームの勝敗よりも楽しいかどうかが重要なので、気軽に参加して頂けたら嬉しく思います。アニモフを滑らせるも良し、思い切って自分が滑ってみるのも良し。楽しいひと時をお過ごし下さい。
 余談ではありますが、今回の舞台となる凍った湖、削って食べるとほんのり甘いです(笑)。近くにはシロップのように色鮮やかな(そして当然の如く甘い)小川も流れていますので、お好きな方は是非どうぞ。
 それでは、皆様の御参加をお待ちしております。

参加者一覧
マイト・マイアース(chwx8758)
ゼクス・ザイデルホーファー(ccse3180)
陸 抗(cmbv1562)
綾賀城 流(czze5998)
イクシス(cwuw2424)
ルクレイシュ・ヴィエラ(cmwy7509)

ノベル


●車窓の一幕
 0番世界『ターミナル』。その名の由来なのであろう、螺旋特急『ロストレイル』の発着駅にて。
「まもなく『モフトピア』行きの便が出発致します。御乗車予定の方は――」
 多種多様な人種が行き交う中響いたアナウンスに、綾賀城 流は眉間に皺を寄せた。「一人足りないか……」、呟きながら、発射間近のロストレイルの中へと視線を向ける。
 ふと、碧玉を思わせる澄んだ瞳と目が合い、相手は心配げな表情で軽く会釈してきた。マイト・マイアース――瞳とは対照的に真っ赤な髪の色が印象的な、騎士然とした青年だ。あの様子だと、自分と同じ思いなのだろう。
 その横では、不健康そうな肌の色をした痩身の男性が、服のポケットに向かって何やら語り掛けている模様。名前は確か、ゼクス・ザイデルホーファーといったか。本名は忘れたらしく、自分で適当につけたものらしいが。
 傍から見れば不審者かもしれないが、近付けば彼と会話する声が聞こえる事だろう。ポケットの中の住人の名は陸 抗。身長17cm余りの、ゼクスの親友だ。二人の前には弁当が拡げられているところを見るに、その内容に関する話かもしれない。
 これに、今はのんびりとファッション雑誌を読んでいるルクレイシュ・ヴィエラ、そして流自身を加えて、五人。今回のモフトピア調査に名乗りを挙げた六人には一人足りない。
「ドアが閉まります。お見送りの方は、危険ですので白線の内側に――」
(ここまでか……)
 諦観を胸に列車へと身を滑り込ませる。と、その背中に重苦しい足音が聞こえてきた。
「そ、その列車、待ったぁっ!」
「! 間に合ったか、イクシ……ス?」
 勢い良く振り返った流の目が点になる。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」
 激しい息遣いに合わせて揺れる、黒と白のモノトーンカラー。
 確かに彼の容姿は特徴的だったが、それは中世の甲冑のようなもので、今目の前を走ってきている巨大なペンギンではなかったはずだ。
 それが着ぐるみだと理解するまでに、たっぷり十秒は掛かったかもしれない。
「イクシス、急げ!」
 諸々の事を後回しにして、流は励ますように呼び掛ける。
 無情にも閉まり始めるロストレイルの扉。
「どりゃあぁぁぁっ!」
 宙を舞うペンギンの着ぐるみ。
 そして――

「ふう~、間一髪だったんだな」
 言葉の割には妙にのんびりとした様子で、イクシスは額の汗を拭う仕草をしてみせた。周囲からは「どうしたんだ」と多くの視線が集まっている。
 そんな彼の、胸の下から呻き声。
「……それはそうと、俺の上からどいてくれないか。そろそろ肋骨が悲鳴を上げそうなんだけどな」
「お? ――おぉ! ごめんなぁ、俺、重いだろ?」
「あぁ、重いな、とっても。だからどけって早く!」
 じたばたともがくと、上手くバランスが崩れたようで、流の上からペンギンの姿が横に転がった。まるで情熱的に抱き合うカップルのような状況から解放され、流は肺一杯に空気を取り込む。
 一方、イクシスはというと。
「お? おぉ!?」
 短い腕を支えにして必死に立ち上がろうとするものの、どう見ても構造的な無理がある。傍に駆け寄ったマイトが手を貸し、ようやく事なきを得た。
「おぉ、ありがとう!」
「いえ。間に合って良かったです」
「ところで、その格好は? ファッション……とは思いたくありませんね」
 ルクレイシュが眉を顰めた。彼のセンスからすれば、有り得ない類のもののようだ。もっとも、一般的に見てもレジャー施設やテレビの中でしか見ないものに違いは無いが。しかもイクシスの着ているそれは、何故か腹部のみ切り取られており、鉛色の鎧が剥き出しになっている。可愛さより不気味さが前面に押し出されていた。
 しかし、イクシスはどこか誇らしげで。
「ボクの身体だと、氷を削っちゃって遊びの邪魔になると思うんだな。だから仕立屋さんに相談して、これを用意してもらったんだ」
 ちなみにお腹の部分は、敢えて出して滑り易いようにしているそうだ。心憎い演出……なんだろうか?
「それで遅れたわけだな?」
「ご、ごめんよぉ」
 頭痛を抑える様子の流にイクシスは謝るが、流も怒っているわけではなかった。出だしからの忙しい展開に、ちょっと精神的に疲れただけだ。まだまだ旅は始まったばかり――というか、本番前といったところなのだから。
 そうこうしている間にも、ロストレイルは進み続ける。静かな駆動音は、異世界への期待に高ぶる胸を落ち着かせるように一定のリズムを刻んでいた。
 と、手にした風船を揺らしながら、兎の耳を模した帽子がぴょこんと顔を出す。
「で、いつまでそんなところに突っ立っているんだ? 折角だからゆっくりしようじゃないか。俺の特製烏龍茶を御馳走してやるぞ!」
「陸の淹れる茶は美味いぞ」
 得意げに胸を張るその姿と、フォローのつもりなのか短く告げるゼクスに、一同から笑みが零れた。
「お茶ですか。紅茶はよく飲むのですが、初めて聞く銘柄ですね」
「俺も紅茶派ですね。ですがまぁ、折角ですので頂きましょう」
「ボク、食事ってした事無いんだな」
 イクシスの一言に、陸は殊更驚いた表情を見せ、
「そいつは勿体無い! 人生の半分は損しているようなもんだ! ――って、そういえば、普通に食べても大丈夫なのか?」
 よくは分からないが、鎧の隙間から見える漆黒の闇は、彼が普通の人間でない事を示している。食生活の異なる種族では、普通の食べ物でも毒になってしまうかもしれない。
「栄養にならないだけで、食べられない事もないと思う……よ?」
「自分の事なのに、何で疑問形なんだ……」
 ロストレイルに乗って、数多の異世界へと冒険に出掛けるロストナンバー達。その旅路はまさに、未知なる存在との出会いに満ちているだろう。
 だがそれ以前に、今隣にいる人物の方が謎に満ちているのではなかろうか?
 どうやら、しばらくは退屈しなくて済みそうだ――そんな事を思う流だった。


●もふもふ、ふもふも?
 現在、最も『光』の要素が強い世界として知られる異世界モフトピア。そこは話に聞いた通り――否、あるいはそれ以上に、平和に満ちた様子であった。
 柔らかな陽射しが燦々と降り注ぎ、空に浮かぶいくつもの浮き島は色とりどりの花で彩られている。手造りのぬくもりを感じる家々の風景も、牧歌的で心を和ませた。
 ふと視線を移せば、『駅』のすぐ近くにある集落で熊っぽい姿をしたアニモフが数人、手を振っているのが見えた。どうやら、ロストレイルの存在もこの世界ではあっさりと受け入れられているようだ。いずれ、彼等と交流を深める事もあるかもしれない。
 しかし、今回の目的地は別にある。ロストレイルは速度を維持したまま中心部を離れ、やがて外れの一角で停車した。この辺りでは陽の光も幾分抑え目で、吐き出す息には白いものが混じる。
「流石に湖が凍るだけの事はあるな」
 一歩踏み出した流の足元が大きく沈み込む。この島の大部分を占める湖の存在は、上空からでも確認できた。凍っている今では、天然のスケートリンクだ。
 隣のマイトも、大きく伸びをした後に少しだけ身震いする。
「えぇ。晴れているのが幸いですね」
「そんなに寒いか?」
 雪景色に溶け込みそうな色のロングコートの裾をはためかせて、そう感想を漏らすゼクス。念の為一張羅を羽織ってきたが、この程度ならばいつもの格好でも大丈夫だったかもしれない。
 そんな心情を察したのか、陸が溜め息をつく。
「やめておけって。それで毎回、火傷したり霜焼けになったりしているんじゃないか」
 単に、暑さ寒さに鈍感なだけらしい。
「あれはたまたまだ! 俺は寒い国の生まれだから寒さには強い!」
「記憶はまだ完全じゃないんだろう? 何で断言できるんだよ」
「何となくだ!」
「却下だ、却下!」
「それはそうと、ねこ――じゃなかった。アニモフさんは……?」
 ルクレイシュがきょろきょろと周囲を見渡す。寒いのは苦手だ。せめて心だけでも、早く温かくなりたいものだ。
 まぁ、そう大きい島でもないようなので、歩いていればすぐにでも会えるだろうが……
 と、その時だ。
「あぶなーい」
「「え?」」
 危険を告げるにはあまりに暢気な様子の声に全員が振り向くと、その視界を白い飛沫とショッキングピンクの物体が覆い尽くした。
「熊……ですか?」
 慎重にその正体を見極めたマイトが漏らす。遠目にも巨体だと分かるショッキングピンクのド派手な熊が、凍った湖の上を物凄い勢いで滑走しながらこっちに向かってきている?
 普通ならあり得ない話だが、今回の調査の内容を思い出して合点がいった。
「そう何度もやられてたまるかよ!」
 イクシスとの情熱的なハグを思い出し、咄嗟に身をかわす流。マイトとルクレイシュもいつの間にか距離を取っている。
「くっ、この程度!」
 後に続こうとしたゼクスだったが、外見とは裏腹に、その身のこなしは明らかに他の者より劣っていた。長身が一瞬にしてショッキングピンクの塊に飲み込まれていく。
「おいおい、俺も巻き添えじゃないかぁぁぁっ!」
 陸の悲鳴がドップラー効果を伴い響く中、アニモフの勢いはとどまる事を知らず、次なる標的へと向かう。
 そう、着ぐるみ姿で走る事すらままならないイクシスだ。
「よ、よぉし、来い!」
 謎の対抗意識を燃やしたのか、始めから回避を捨てて受け止める事に専念したのが功を奏したのかもしれない。
 二つのもふもふな塊は盛大にぶつかり合うと、揉みくちゃになりながらも降り積もった雪の中に突っ込み、ようやく動きを止めたのだった。
 間にゼクス、そして陸をサンドして。
「し、死ぬ……!」
「陸、寝るな。寝たら死ぬぞ!」
 寝ているんじゃなくて、気絶し掛けているのだが。ゼクスの叫びに応えたのは、粉雪を巻き上げながら吹き荒ぶ風の音のみであった。

「ごめんね。あたし達の他に誰かいるなんて思わなくて」
 先刻の騒動の後。
 次々と姿を現したアニモフ達の中から一人の小柄な熊アニモフが進み出て、ロストナンバー達に向かってぺこりと頭を下げた。見た目の細かい個体差は分からないが、やはりそれぞれの持つ雰囲気は異なる。理知的な印象を裏付けるかの如く、彼女――としておこう。口調や声音から――の口からはすらすらと言葉が出てくる。
「あたし達、ここでよく遊んでるの」
「えぇ。私達はその噂を聞いて――」
「一緒に遊びに来たってところだな」
 マイトの言葉を受けて、流がそう結んだ。
 壱番世界等であれば、相手が子供であっても警戒されたであろう。だが、熊アニモフは指の無い真ん丸な手をポン、と打ち合わせると、
「あら、そうなの! メンバーが増えるのは大歓迎よ」
 周囲に視線を配れば、闖入者に興味津々といった様子の他のアニモフ達も、やんややんやと喝采を上げた。伝え聞く通り、猜疑心等とは無縁の存在のようだ。
「それで、ルールがあれば教えて貰いたいのですが――っと、お名前を聞くのが先でしたね。失礼しました」
 手帳を片手に勢い込むマイトだったが、すぐに恥じるように赤面して深呼吸した。初めて見るアニモフ達の姿に、思わず興奮してしまっていたようだ。
「あたしはこの遊びを始めてから、『リーダー』って呼ばれてるわ。で、あっちが『太郎』に、『にゃん』。『ルナ』と『亀きち』。この辺りが中心メンバーかな?」
 熊アニモフ――『リーダー』の紹介に合わせて、順番に犬、猫、兎、亀の姿をしたアニモフ達が一人ずつ挨拶する。何とも安易なネーミングセンスだが、小規模な集落の多いモフトピアでは、互いを呼び合うのに不都合が無ければそれで充分なのかもしれない。その内、凝った名前を呼び合うのが流行になるかもしれないが。
「ちなみに、彼は『ジャンボ』よ」
 最初に一行に向かって突撃してきた、2メートルを超える巨躯の熊アニモフが照れ臭そうに頭を掻いた。まんまやん……
「それじゃ、早速行こっか? あたし達の遊び場、すぐ近くなのよ」

「投げて、滑る。これだけよ。簡単でしょ?」
 自分達の「遊び」を説明しながら、『リーダー』はにっこりと笑った。
 充分なスペースを確保する為に、「遊び場」は湖の中央に設けられていた。どこから調達してきたのか、ペンキらしき塗料で氷の上に模様が描かれている。それは世界図書館でリベルが見せてくれたものとそう大差はなかった。
「そーれっ」
 『リーダー』が押し出したのは、両手両足を甲羅の中に収めた亀きち。くるくると回転しながらも、一直線に的の中心へと滑っていく。
 が、急激にそのスピードが緩み、中心部からは距離を置いて止まってしまった。
 アニモフ達から落胆の声が漏れるが、『リーダー』はふむふむと頷き、
「かなり雪が積もってるわね。コーン、出番よー!」
 長い尻尾を揺らして現れたのは、狐の姿をしたアニモフ。何をするかと思いきや――
「おぉ、凄いなぁ!」
 目の前の光景に、イクシスが感嘆の声を上げた。その手から一枚の雑巾がぽろりと落ちる。
 今度は兎アニモフの『ルナ』を滑らせようとする『リーダー』を先導するように、狐アニモフの『コン』と手を繋いだ犬アニモフの『太郎』がバックで滑っていった。『コン』は移動を『太郎』に任せ、しきりに尻尾を振っている。それが箒代わりとなって、氷上を磨いているのだ。
 リベルから話を聞いた時から、どうやって氷を磨くのか気になっていたのだが、こういう事らしい。
 ルナは滑り易くなった道を軽快に進み、的の中心、色の塗られた部分へ無事に到着。
「ざっとこんなものよ!」
 歓声をバックに、『リーダー』はガッツポーズをしてみせた。
「よぉし、ルールは分かった! 俺に任せとけ!」
 早速腕まくりをしながらアニモフ達の輪へと飛び込んでいく流に、野次にも似た囃しの声が飛ぶ。
「俺も負けんぞ!」
「ブレインには俺がいるしな。俺達のコンビに勝てると思うなよ?」
 ゼクスと陸がそれに続く。
「頑張るぞぉ」
「私達も行きましょうか。ルクレイシュ――さん?」
 振り向いたマイトの視線の先には、猫アニモフの『にゃん』に向かって何故か土下座している美男子の姿が。
「このルクレイシュ、一生のお願いです。ぎゅーっともふもふさせて下さい」
「し、仕方ないにゃ。そこまで言うんなら……」
「ありがとう! 愛してるよ」
 早速『にゃん』を抱き締めるルクレイシュの表情は、まさに「恍惚」の二文字に染まっていた。
「ルクレイシュさん……」
 思わず生温かい目になってしまうマイトだったが、それに応えるルクレイシュの瞳は雄弁に語っていた。
 時には、目的の為に手段を選ばない勇気が必要なのだと。既に彼は、数え切れないくらいの「一生」をお願いの為に捧げていた。
 言うなれば、彼こそ真の勇者――いや、何か違う気がする……
 首を傾げながらも、取り敢えずルクレイシュから離れるマイトであった。

 実際にやってみると、これがなかなか難しい。
「おっとっ――とぉっ!」
 的に向かっていたはずが、コースを逸れて雪の中へ盛大に突っ込んでしまう流。まず、一定の体勢でバランスを保つ事が困難であった。
「よし、今だ! 磨きまくれ!」
 投げる方も、力加減は元より、微妙にカーブしたりするので狙いを定めるだけで一苦労だ。自信満々に指示を飛ばすゼクスだったが、そもそもの投擲が見当外れの方向では意味が無い。
「おっと! 何やってるんだよ、おい!」
 投げる時のフォームのせいでポケットから転げ落ちてしまった陸が悪態をつくと、滑っているアニモフの軌道が変化した。そしてそのまま、的の外側で止まる。
 次に『リーダー』が放ったアニモフは、ゼクス達のアニモフの横を悠々と通り過ぎて的の中心へ向かっていたが、その途中で急に向きを変えて明後日の方向へ滑っていってしまった。
「あ、あれ? スピンしたのかな?」
(油断していると痛い目に遭うんだな)
 予想外の事態にきょとんとする『リーダー』には見られないようにしながら、隠し切れない表情でほくそ笑む陸。
 その後も投擲が続いたが、結局最後まで的の近くに残ったのはゼクスのみであった。
「やった、俺達の勝――」
「ズルしたわね?」
 勝利のポーズを取ろうとした陸だったが、返ってきたのは無数の冷たい視線。
「滑ってた皆が、『途中で変な力に横から押された』って言ってるわよ?」
 内心でたじろぎながらも、あくまで陸は強気に言い返す。
「な、何でそれが俺って事になるんだ? 証拠はあるのかよ、証拠は」
「皆が皆、あなたから力を感じたって言ってるんだけど?」
 な、何だってー!?
「ヘ、ヘん! 直接的ではないので許可だ!」
 ついに最終奥義、逆切れ&屁理屈の発動である。
「ふーん、そういうこと言うんだ。ふーん」
 『リーダー』はなおも半眼のまま陸を見下ろすと、ふとその視線を外し、
「ジャンボー」
「ば、馬鹿! あいつを呼ぶんじゃない!」
 願いも虚しく、ぬぬーん、と現れた熊アニモフと御対面。
「……」
「…………」
「……………………」
「………………………………」
 無言の睨み合いは、五分としない内に決着がついた。敗者の名誉の為に、謝罪の克明な様子は割愛させて頂くが。
 その間に、氷上のゲームには劇的な展開が訪れていた。
「げふっ」
「あ、ごめんなぁ」
 勢い良く滑り込んできたイクシスがゼクスを巻き込みながら場外へと去っていき。
「ふ、愛の勝利ですね」
「そ、そんな……恥ずかしいにゃん」
 何故か『にゃん』をお姫様抱っこしたルクレイシュが颯爽と得点圏の上へと立てば。
「あ……もしかして?」
「ヴィクトリー、でやんす!」
 マイトの放った『亀きち』が、僅差で最も有利な場所にストップしたのだった。
「弓を射るときの経験がうまく生かせたみたいですね。上手くいって良かったです」
 ゲーム終了後のヒーローインタビューで、彼はそう言って朗らかな笑みを浮かべたそうな。


●結ばれる友情
 その後も「練習」と称した遊びは続き、仕舞いには雪合戦なんかも繰り広げながら、モフトピアでの一日は過ぎていった。
 今、足跡だけが残る雪の上には敷物が広げられ、何とも豪勢な重箱弁当が彩りを添えていた。流が拵えてきたものだ。煮物の野菜が微妙に不揃いだったりする辺り、手作りの男の料理といったところであろう。
 箸をフォークのように使って口にした途端、『リーダー』が顔を綻ばせる。
「おいしー!」
「その唐揚げはな、少しだけ胡麻油を加えるのがポイントなんだよ」
 嬉しそうに解説する流は汚れだらけであった。それこそヤンチャ坊主のように遊び倒していたのだから仕方ない。しかし、その表情は実に晴れやかだ。
「そういえば、あの遊びに名称はあるのですか?」
 マイトに尋ねられ、『リーダー』はふるふると首を横に振った。
「ううん。何となく始めた遊びだし」
「『モフリング』なんて、如何でしょう? 元々、この辺りで始めた競技みたいですし、モフトピアの名前もありますから、憶えやすいと思いますよ?」
「『モフリング』かぁ……皆、どう?」
 『リーダー』が水を向けると、名前をつけるなんて予想だにしない考えだったのか、しばらくポカーンとしていたアニモフ達だったが、堰を切ったように騒ぎ始めた。「モフリング、モフリング!」、「頑張って流行らせるでやんす!」、めいめいに勝手な事を言っているが、反対の声は無いようだ。
「それじゃあ、名前のお礼。――そこの氷、削ってみて」
 言われるままにスプーンを突き立ててみると、澄んだ氷は簡単に崩れてしまった。
「ちょっと舐めてみて」
「え? ――あ。甘い」
 ほんのりとではあるが、それが逆に上品な味わいを醸し出していた。壱番世界であれば、上質の天然かき氷として売り出せるのではないだろうか?
「シロップはねぇ――」
 と、そこへ駆けてくるゼクス。その顔を見て、ロストナンバー達はぎょっとなった。生き血でも啜ったかのように、口の周りが真っ赤に染まっていたのだ。
「おい! そこの川、甘いぞ! イチゴ味だ!!」
「毒見もせずに飲んでるんじゃない! 俺の烏龍茶はどうした!?」
「とっくに飲み干した」
「お前な……!」
 言い合いを始めた二人はともかく。川が甘い?
「そ。あたし達だけが知ってる秘密なんだ。ちなみに、緑の川はメロン味、黄色の川はレモン味よ」
 これがお礼という事らしい。思わぬ形でのデザートに、ロストナンバー達は我先にと向かうのだった。

「さて。それじゃあお腹も一杯になった事だし……」
「もう一遊びといくか!」
 流が勢いよく立ち上がると、アニモフ達から「さんせーい!」と声が上がった。
「元気ですね」
「マイト、疲れたのかぁ?」
「まさか」
 尋ねるイクシスに、軽く笑って答えるマイト。ここで大人しくしていては、後悔だけが残るだろう。
「負けられんな! 腹ごしらえも済んだ」
「かき氷山程食べた直後に運動だなんて、お前も無謀だな……」
 それに付き合う陸も陸だが。雪原に向けて掛けていく者達を眺めながら、ルクレイシュはかき氷を一口。
「うん、甘い。天国ですねぇ、ここは」
 ――その後、帰途に就くロストレイルの車中で全員が爆睡していたのは、想像に難くないだろう。


(了)

クリエイターコメント  まずは大変お待たせしてしまいました事、お詫び申し上げます。本当に申し訳無いです。何を言っても言い訳にしかならない気が致しますので、反省は今後の働きで示したいと思います。
 そして改めまして、今回は当方のシナリオに御参加頂き、誠に有難う御座いました。
 隠しタイトルは「ドキ☆ 野郎だらけのカーリング大会♪」です(お待ちなさい)。

 こういったシナリオの常ですが、敵を倒したり事件を解決すればOKというものでもないので、話の流れを作る時点で難産となりました。自由過ぎる半面、どうすれば分からない感じですね。これはプレイヤーの皆様もライターも、似たようなものかと。
 加えて、今回は口調等で共通点の多い方が集まったので、どうやって違いを出そうかなぁ、と。自分なりに頑張ってはみたのですが、上手くいったのか否か。いやはや、勉強になるシナリオでした。

 執筆の都合上、プレイングの一部が不採用になっていたり、キャラが勝手に動いている部分もあるかと思いますが、広い心で読んで下さると嬉しいです。
 どうしても納得できない点がありましたら、お手数ですが事務局にまで御連絡を。どういった対応ができるか分かりませんが、貴重な御意見は今後の参考にさせて頂きます。

 それでは、再びお逢いする事を祈りまして、筆を置きたいと思います。あなたの旅路に、良き風の導きがあらん事を!

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螺旋特急ロストレイル

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