オープニング


 世界司書リベル・セヴァンは、集まってきた面々に気付いて、ふと顔を上げた。その表情は常と変らず体温を感じさせぬほど整って、それでいて何処か愁いを帯びている。
「今回の目的地は、インヤンガイです」
リベルの言葉に、旅人たちは思わず身構えた。
インヤンガイ。犯罪と暴力の街。蔓延する不正や腐敗のために政府はその機能を失い、怪事件が後を絶たないという、秩序無き世界。

「ある連続殺人事件の調査をお願いしたいのです。ご存じの通り、インヤンガイでは警察等の国家組織が正常に機能していないため、住民たちも彼らを頼ることはできず、怯えて暮らすほかありません。そこで――」
リベルが一枚の書類を掲げて、言った。
「彼に協力して事件を解決してください」
書類には男の写真と、経歴が記されているようだ。見るからにいい加減そうな、生気の無い中年男が、写真の奥から、不釣り合いに鋭い眼光をもって旅人たちの目を射る。
「『ヤン・シーイィ』。この男は探偵です。事件の詳細は彼に聞いてください。調査能力は高いとの評判です。ただ、そうですね、窮地に陥った際の言動には問題があるようです。当該地区は治安も悪く、何が起こるか分かりませんので、十分にご注意を。……被害者はみな、年端もいかぬ若者達です」
俯いたまま、リベルは書類を旅人のひとりに手渡し、『導きの書』のページを繰り、淡々と言葉を紡ぐ。
「事件を解決し、ご報告願います。あらゆる情報の収集はチャイ=ブレの意思であり、現地の探偵との繋がりを築くことは無論、世界図書館にとっても有益です」
リベルをそこで言葉を切り、旅人たちを見回した。
「期待しています」


 ティエンライと呼ばれる街区。
なかでもその中心部に位置するマーケットは、狭い路地が複雑に入り組み、食材から宝石類、違法な薬物に至るまで、金を出しさえすればどんなものも手に入るという、昼夜を問わず、欲望と狂乱に塗れた地区である。

 その喧噪の中、つやの無い、それでも何故かするりと耳に届く声音で、シーイィは旅人たちに事件の詳細を語った。
リベルの言った通り、被害者はすべて10代前半の、少年少女であること。遺体の発見現場はマーケットを中心に半径12キロと、広い地域に分散していること。そして、近隣の住人たちを震え上がらせる最大の要因。
「ばらばらにされてんだ。そりゃあもう見事に」
あっけらかんと締めくくる口調とは裏腹に疲れきった眼差しが、彼の調査の難航を物語る。
「年齢以外は居住地区、性別、家柄、すべてにおいて無差別と言って差し支えないと思う。優等生から不良少年まで、犯人は平等に切り刻んでる。動機も何も見当がつかん。そりゃあこれまでだって、この地域が平和だったとは言わねえよ、殺人なんか日常茶飯事だ。だが……これはあんまりだ」
ふいに、近くで爆竹の破裂音が響き渡った。誰かの祝事、それとも弔いの儀式か。マーケットを通り過ぎる人々は気にも留めず、足早に目的地を目指す。
「俺はふだんはタダ働きはしねぇんだ」
シーイィが独り言のように呟いた。
「だが、数年来世話になってる大家のバアさんに泣きつかれてな。孫娘の仇を討ちたいと。力は尽くしたが、これ以上はどうしようもない。あんたらが頼りなんだ。助けて欲しい、どうか……」
呟きは祈りに変わり、喧噪にかき消えた。

管理番号 b39
担当ライター 立夏
ライターコメント 初めまして、立夏と申します。

元気と体力が取り柄のひよっこライターではありますが、しんみり人情モノから冒険活劇まで、わくわくとドキドキが溢れる物語をお送りできるよう頑張ります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

今回のシナリオの舞台はインヤンガイです。
犯人はいったい何者なのか。
頼りにならない探偵を助けてあげて下さいませ。

みなさまとの冒険を楽しみにしております!

参加者一覧
一一 一(cexe9619)
ジャッセル・ブラッドリー(cuhv4780)
璃空(cyrx5855)
奥村 奈々(cwad9626)

ノベル


 ……暗い部屋。
 血と肉の匂いの漂う部屋に男が座っている。
 部屋の中央に置かれた台の上にはいましも動き出しそうな、ほの白い子供の死体。
 男は興奮もあらわに息を荒げて子供の顔に頬ずりをする。
 「いつまでも、いっしょだよ。ミィ……」



  こどもの夢



 ふいに速度を緩めたロストレイルが、旅人たちに、<駅>に着いたことを知らせる。
 4人のロストナンバーは無言のままに目配せを交わした。
 インヤンガイ。
 富める者に貧しい者、病める者に健やかなる者。全ての住人が、目には見えぬ彼らの掟によって階層に区切られた世界。下層に住む者に、上層に住む者の生活などは夢想するべくも無く、上層に住む者にとって下層の者の生き死になど爪の欠片ほどにも興味を引かない。それが、至極当たり前の世界である。
 <駅>は最下層にあった。

 「よう、よく来たな」
 片方の口の端を持ち上げるような「笑い顔」を作り、探偵が旅人たちを出迎える。
 どこにでもいる中年風の、だがどう見ても堅気では無いヤクザ崩れの男は、降り立った4人の風貌に、驚いたように眉を上げた。
 4人中3人までが若い女性だったのだ。
 そんな探偵の様子に敏感に反応し、不快気に顔をしかめた璃空(リク)が「なんだ、何か問題でもあるのか」と問えば、探偵は慌てたように取り繕う。
 「いや、俺はまたてっきり、図体のデカイ野郎どもが手伝いに来るのかと思ってたんでな、問題なんて滅相も無い、歓迎するよ。俺はシーイィ、聞いてると思うが、この街区で探偵をやってる。……まあこんな辛気臭ぇトコで立ち話もなんだ、早速マーケットを案内しよう。物騒だが活気だけはある」


 マーケットはティエンライの正に中心部にあり、それを囲むように居住区域が連なっている。とはいえ屋根と壁のある家など持たない最下層の住人達は、マーケット中そこらかしこに板切れだの段ボールだので「巣」を作り、それぞれに快適な住空間を作り上げているのであった。
 「ま、俺の巣もそんなようなもんだな」
 事件についてひと通りの説明を終えたシーイィは、最後にそう締めくくって一一 一(ハジメカズ ヒメ)を怯えさせた。
 「えーっと、もしかして、お仕事中の宿は、シーイィさんのお宅なんですか?」
 「ああ、いや、まさか! そりゃあちゃんと別に用意してある」
 よかった!と胸をなでおろす一を横目で眺め、ふ、とジャッセルが笑う。
 「なんですか、だって、そんなの絶対やですよ、お風呂とか無いんでしょ? そりゃジャッセルさんみたく、普段からハードボイルドな人は平気かも知れないけど…、あ、でもお風呂は入ってくださいね? せっかくの銀髪ハンサムが台無しです!!」
 捲し立てる一に、「ってオイ! 風呂はある! 風呂はあるぞ! 俺もそれなりに小奇麗にしてるじゃん?!」とシーイィが抗議する。
 「いや、こういう場合でも、普段と変わらない一一に感心しただけだ」口元に笑みを浮かべたままジャッセルが言うと、一は「そうですか? えへへ。うじうじしてても、亡くなられた方は帰ってきませんからね! おばあさんの為にも早く解決してしまいましょう!」と、綺麗にシーイィを無視して照れ笑いした。
 そんな3人の様子を眺めつつ、奥村 奈々が白い頬に呆れた様な表情を浮かべ「元気ね」と呟くと、璃空が「こういう場合だからこそ、というのもあるかもしれないがな」と目を細める。

 マーケットの喧騒はけたたましく、そこにいる人間を平静でおかない。
 罵り合う人間の叫び、動物の鳴き声に、爆竹の破裂音。熱に浮かされたような高揚感。
 こんな所に長くいたら、狂ってしまうかもしれない。奈々は思う。
 そう。人によっては。
 だから殺人鬼なんかが跳梁するのだ。
 
 「奥村」
 耳元で聞こえた声にはっと我に返り、声の主から飛び退く。
 「ボンヤリしてると財布を掏られるぞ」あまりに機敏な反応に不審げな様子を見せるジャッセルに、奈々は「あまり近付かないで。後悔するよ」と平坦に言った。軽く首を傾げ、「分かった」と額に手をやり了解のポーズを返す男を見送りながら、自分に言い聞かせる。
 近付けてはいけない。近付いてはいけない。誰も。誰にも。
 奈々は厳しく自分を律した。

 璃空は初めて訪れたインヤンガイに興味津々である。
 物珍しげにあたりを眺めては、シーイィに、あれは何だ、これは何だと尋ね、シーイィのいい加減な解説にツッコミを入れつつ更なる説明を求める。シーイィが疲れてきた頃、ようやく納得したのか、笑顔で礼を言った。
 「ありがとう、大体この街区のことが分かった。あとは、そうだな、この地域の美味しいものを食べてみたい」
 「ああ、安くてウマイ店だったら俺の行きつけを案内するよ。お仕事が終わったらな。……さあて、あれが俺の『巣』だ。お嬢さん方には悪ぃが今回の作戦本部はあそこだぜ」


 シーイィの巣は、言うなれば「探偵事務所」であって、調査の拠点となるべき場所の筈なのだが、がらんとした廃墟に僅かばかりの家具を持ち込んだ、というような、極めて粗末なものであった。
 「文句もあるだろうが、差し当たりここが一番都合がいいんで、ここをベースに動いてくれ。必要なものがあれば準備する」
 「ではまず事件のファイルを頼む。概要は分かっているが、詳細を確認しつつ行動の指針を決めたい。それから、シーイィ、私見で構わない。どんな些細なことでも、事件に関する情報を教えて欲しい」ジャッセルが要求すると、シーイィはすぐに立ち上がり、薄いファイルを取って戻った。
 受け取ったファイルを吟味しつつ、ジャッセルは自分のもと居た世界とこの世界の殺伐とした状況を重ね合わせ、事件に思いを馳せる。すでに何人もの命を奪った殺人鬼。流された、子供たちの夥しい血。今回のメンバーに、ターゲットとなり得る少女が二人もいることも気掛かりだった。
 だが、考えようによっては。

 「囮を使うのが最善の策だな」思い浮かべた言葉が聞こえたことに驚き顔を上げると、まっすぐに見つめてくる璃空と目があった。
 「どうした? 妥当な作戦だと思うが」
 「……妥当でも、危険が大き過ぎる」
 「いえ、私たちなら大丈夫ですよ! ほら、スタンガンも準備してきましたし」などととスタンガン片手に明るく言い放つところを見ると、一もそのつもりだったらしい。
 「簡単にやられるようなら志願しない」
 「実は俺もその方法しかないと思っていた。だが俺じゃあ囮にならねぇしな」というシーイィに、「そりゃそうでしょうねー」と真顔の一が答える。
 「うん、いちいち引っかかるがまあそれはいいとして、ジャッセル、そういうことでいいか?」念を押してくるシーイィに、ジャッセルはしばらく思案すると、「俺とシーイィで完全にマークする、という条件付きで。もうひとつ、囮は犯人がアジトに踏み込むまで、だ。必要なのは犯人の居場所と、犯人を確定するための証拠だからな。もしもこちらに分からない内に犯人のアジトに連れ込まれたら、命の保証は無いんだ」
 「本当の子供を使う必要無いわ。アタシが囮になる」黙って事の成り行きを見つめていた奈々が、「散歩に行ってくる」くらいの調子でさらりと言った。
 年齢はターゲットより上だが、身長で言えば一番低い奈々。戦闘経験も豊富であり、ま、確かに適任か……というみなの視線から、ふいと目を逸らし「何よ? あなた達の発育が良過ぎるのよ」とぶっきらぼうに言う。
 「奈々が良いのなら異論は無い」
 「よし、ではそれで行こう」とジャッセルは奈々に視線を送り、「作戦を遂行する前に、犯人像を、犯行方法や動機の点からある程度推測しておきたい」と提案した。
 「はい!」一が手を挙げる。「私、いろいろ考えてきたんですけど。死体を…」う、と、そこで想像したのか、一瞬言葉に詰まる一。「死体を、バラバラにするというのには何か理由があると思うんです! 全部異常者の犯行にしちゃえば簡単ですけど、それじゃあ犯人捜しようがありませんしね。だから、被害者の状態が詳しく分かれば何か見えてくるかもしれないのと。あと、半径12キロの中心に犯人がいるんじゃないかと思います。ちなみに考えのソースは映画とか推理小説とかです!」
 「そうだな。どれも重要な手掛かりだと思う。シーイィ」
 「12キロの件は随分調べたんだが、今のところ有力な情報は見つかっていない。あとは……全員ではないものの、被害者の写真が手元にあるんだが、なにぶん……」言い淀むシーイィに、「俺が見よう」と手をのばして写真を受け取る。

 覚悟をして見た筈のジャッセルでさえ、吐き気を催すほどの写真だった。
 これが人間の仕業か。無残な光景に、肚の奥がキィンと凍てつくような怒りを覚える。
 必死に目の焦点を合わせ、食い入るように写真を見る。
 ――これは。まさか。

 「気付いたか」シーイィの暗い声。
 「まさか犯人は」
 「子供の前で口にするな!」鋭く叫ぶシーイィに、負けじと璃空が反論する。「巻き込んでおいて子供扱いするのか?」
 「犯人と対峙するんだ、知っておいた方がいい」ジャッセルが抑えた声に怒りを滲ませて言った。

 「犯人は子供を食っている」

 怒りよりも絶望か。
 部屋の空気が圧縮されたように、息苦しい。
 「ひとつ、確認させてくれ」震える声で璃空が問う。
 「私たちは犯人を捕らえるのか? 殺すのか?」
 「俺の依頼主は被害者の親族で、事件の終結を願ってる。だが正常に機能していないとはいえ犯人を裁く国家組織がある以上、自警団だって人を殺すことは許されない。俺たちに出来るのは犯人を見つけて」
 「人? こんなことをするやつが人と言えるのか? 私は未熟で弱い。一瞬の迷いで命が奪われるような事があってはならないし、これから先犯人を生かしておいた事で奪われる命への責任を負う事に耐えるだけの強さなど持ってない」溢れだす感情をもてあますように璃空が訴える。
 「落ち着け、璃空。おまえは賢い。賢くてまっすぐで、優しい人間だ。持ち得ない強さなど求めず悩むだけ悩み、耐えられなければ、耐えられないと泣き喚いて、仲間に助けを請うんだ。俺にも葛藤はあるし、たった今も救われている。璃空の正直さに」
 「そうですよ、も、もう、私も耐えられな」うう、と呻いてトイレに駆け込む一。
 「……どうしたらいい」息を吐き、ゆっくりと顔を上げた璃空に、ジャッセルが言った。
 「まずは犯人を見つけるんだ。止めなければ」


 数時間ののち。
 集合場所に現れた奈々は不機嫌であった。
 「笑いたいなら笑えば?」
 「えー!? すごい可愛いですよ?! 私が見立てたんですから当然、バッチリ似合ってますって!」
 奈々は落ち着いた色にまとめた自前の服を脱がされ、真白いハイウエストのワンピースを着せられていた。全体のシルエットは確かに10代の少女にしか見えない。
 「奈々、これを」璃空が術式を刻んだ札を差し出す。「追跡型の術符を用意した。二枚のうち片方を追跡対象に貼ると、もう片方が鳥の姿となって後を追うんだ。ひとつは奈々が身に付けていてくれ」
 「分かったわ」

 賑やかなマーケットの路地を、白い服を着た奈々が、ひとり歩く。
 その姿を、少し離れた所から仲間たちが見守っている。
 半径12キロの範囲内では地区ごとに、事件の発生した頻度が違っているため、ジャッセルがそれらを考慮し、次に犯人が出没する可能性の高い場所をいくつかピックアップして、そこへ重点的に罠を張ったのであったが、尾行が気付かれているのか、一向に食いつく気配は無い。
 作戦を変更するべきか。
 旅人たちの一瞬の隙を突くように、璃空の姿が彼らの視界から消え果てていた。


 ……暗い部屋。
 血と肉の匂いの漂う部屋に男が座っている。
 璃空は彼の目の前の椅子に、縄で縛りつけられていた。
 「相手が悪かったな」
 怯えも焦りもせず、璃空は男をひたと睨み据える。
 「結界を張った。逃げられないのはお前も同じだ。どうする?」


 璃空の失踪後、旅人たちはすぐに二手に分かれて捜索を開始した。
 ジャッセルと一は全ての資料から導き出した地区をもう一度しらみ潰しに、奈々とシーイィは、璃空の術符の片割れから姿を変え、現れた鳥のあとを追う。トラベラーズノートで互いの現在地や周囲の状況などの情報を確認しながら、二組が辿り着いたのは、果たして――当然そうあるべきなのだが――同じ場所であった。
 シーイィが頭をかきむしり、天を仰ぐ。
 「畜生、俺は考え違いをしてた。異常者はいつ如何なる時も異常なんだってな。この辺りに巣を作ってる男を探してたんだが、12キロの中心地は住処じゃない、職場なんだ。犯人は、この肉屋で働いてる男だ」


 肉屋の地下室には血の匂いが染みついていた。
 「ミィが、病気で死んだんだ。血液の病気だと、誰かが言っていた。二人で生きてきたのに」術の力によって捉えられた男がぽつり、ぽつり、と話し出す。「ミィ?」
 「ミィは妹だよ。母親で姉で、恋人だった。生まれた時から一緒だったんだ」
 その面影を求めるように、男の視線が宙を彷徨う。
 「ミィは、ある日、眠ったと思うと、起きなくなってしまった。呼んでも揺すっても起きないんだ。どこに行くにも一緒だったのに。だんだん冷たく、固くなっていって……このままでは離れ離れになってしまうと思った。だから」

 食べた。

 「おいしかった、とても。この世のものとは思えない程。そうして僕はその日から何も食べられなくなってしまった。子供の肉以外には」
 彼は自分を呪った。食べられないなら朽ちてしまえと。
 だが飢えには逆らえなかった。
 肉を配達した先で、彼は自分が食べるための肉を調達するようになった。
 彼の語る内容を、――耳を塞ぎたくなるようなその詳細を、璃空は一言一句漏らさぬよう必死に聞いた。それが、この世界に来た、自分の務めだと思ったからだ。

 両手を縛られていても片手で印を結ぶこと位は出来る。式神を使えば命を奪うことも容易い。だが。
 「私はお前を殺さない」璃空が言った。
 「お前自身にも、お前を殺すことを許さない」ぐ…、と眉根を寄せ、結界の力を強めると、落ち着き無く動き回っていた男の体が強張る。
 「でも、苦しい。苦しいんだよ、ミィ…… もう食べたくないんだ。これ以上苦しめないで」
 「いいや、お前は償え。苦しんで、苦しんで、お前が苦しませた人の苦しみも全部受け止めて、生きろ」
 傲慢だとわかっている。だが力を緩めることは出来なかった。
 「生きようとするのは本能だ。お前の歯車はどこかで狂ってしまった。お前だけのせいでは無いだろうが…だからこそ、生きて償え。もしも助けが来なければ、私はお前を死ぬまで離さない。ここで二人諸共に死ぬなら、それも運命だ」


 地下室の分厚い壁の向こうでは、重い鉄の扉をなんとかして開けようと、最後の手段を講じていた。
 「シーイィ、マーケットなら何でも揃うんだろう? 中にはヤバいものもあるが、出来るだけ早く調達してきてくれ」ジャッセルがシーイィにメモを渡すと、「爆弾製造なら手伝えるわよ」とメモの内容を見た奈々が事も無げに言う。
 「爆弾?!」
 「壁を破壊する。鍵が無いのだから仕方ない」
 「ええ、璃空ちゃんを助けるためですからね! どんと来いですよ!」
 「おまえら、ぶっ飛んでるな……」
 「ホント、人間らしいひとって少なくない? ……私もそっち側か」シーイィの言葉に、奈々が皮肉っぽく笑う。
 

 数時間後。
 耳をつんざくような爆発音が響き、そして。

 「大丈夫?! しっかり!!…
 「正体をつきとめた…
 「もう大丈夫よ、璃空…
 頭の奥で、ぼんやりと声が行き交うのを聞きながら、璃空は安心して意識を手放した。



 世界図書館付で旅人たちに手紙が届いたのは、しばらく経ってからのことである。


  探偵助手諸君へ

  元気でやってるか。
  先日は世話になったな。
  あの男は矯正施設で死んだ。
  どうやらヤツも同じ病気に罹ってたらしい。
  放っておいたっていずれは……
  だが、あの終わり方こそ相応しかったと俺は思っている。
  大家のバアさん共々、感謝してるよ。
  有難う。以上、報告まで。

  追伸
  約束の店には、次の機会に。
  また手伝いに来てくれんだろ?


  蜥蜴(シーイィ)





 ……暗い部屋。
 マーケットにある肉屋の地下室で、
 抱き合うように眠る幼い子供たち。
 
 「ねえ、マァ。夢をみたよ」
 「夢? どんな?」
 「いつまでもこんなふうに、マァと一緒に眠ってる夢」
 「それは夢じゃなくて、真実だろ」
 「ほんとう?」
 「そうだよ、僕とミィはずっと一緒」
 「ほんとうに?」
 「ほんとうだよ」
 「やくそく?」
 「約束する、だから……」

――おやすみ。





クリエイターコメント おかえりなさい!
本当にお疲れさまでした。

少ないヒントから、みなさまがそれぞれ、色々な解決の糸口を見つけて下さったおかげで、無事、被害を食い止めることが出来ました。探偵も大変喜んでおります。よろしければ、気が向いたときにでもまた相手をしてあげて下さい。

素敵な出会い&的確かつ温かいプレイングに感謝します。
まだまだたくさん書きたい場面があったのですが…
力不足で、全てを詰め込むことはできませんでした(精進いたします!)
どうぞ、少しでもお楽しみいただけますように!

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螺旋特急ロストレイル

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