オープニング

 気がつくとそこは四方を樹木に囲まれた場所だった。
 いや、四方どころか、下にあるのも土の地面かと思えば、やわらかな苔のようなものが、うねる木の根の隙間に敷き詰められたものである。
 そして周囲を閉ざしている、からまりあった木の枝と蔦、視界を遮る緑の葉……。高い天井からは、かろうじて空がのぞく隙間があるが、相当に遠い。
 つまり、そこは植物でできた檻の中、と言うことができただろう。
 奇妙なのは、それはたしかに生きている実感があるのに、真理数を読みとれないことだ。
 だからここがどこなのかわからない。
 そして、どれくらい時間が経っただろう。
 ふいに、樹木の檻の中空に、まぼろしのような人間の姿が浮かび上がる。
 厳めしい顔つきの、壮年の男だった。
「ご機嫌いかがかな、世界図書館の諸君」
 おそらくそれは立体映像のようなものなのであろう。
「私は『世界樹旅団』のドクタークランチと言うものだ。あらためて、わが『世界樹旅団』について説明しておこうか。われらは諸君らと同じく世界群の摂理から外れた存在。ただ諸君らが世界群を秩序だてて管理し、支配しているのに対して、われらはディラックの空を自由に旅しつつ、世界群を奪うことにより生き延びている。……諸君らが支配する世界のいくつかを、われらに提供してもらえればよかったのだが、まあ、そういうわけにもいかぬであろうから、われらは目下、対立状況にあると言うわけだ」
 ふふん、と男は不敵に頬をゆるめた。
「さて。今、私の話を聞いている諸君は、此度の戦いにおける捕虜である。殺してもよかったのだが、私は役に立つものはなんでも使うべきだと考えているのでね。私から諸君に提案があるのだ。……世界図書館に属するのはやめて、われわれの仲間にならないかね? 協力するのなら、むろん生命は保証する。ただ、『従ったフリをしておく』のは薦めない。私の『部品』を埋めこませていただくからな」
 男――ドクタークランチの片手は、義手なのだろうか、さまざまな素材が複雑に組み合わされた寄木細工のような異様なものであった。その手のひらのうえに、ちいさな立方体が浮かんでいる。
「私の『部品』は、本人が受け入れなければ埋め込むことはできないが、そのかわり、私が設計したさまざまな『機能』を相手に与えることができる。たとえば『私に従わなければ爆発する機能』などだが……望めば他の能力も与えてやれるだろう」
 ドクタークランチの姿はどこかから投影される映像であるので、向こうがこちらを見ているのかどうかはわからない。しかしその黒い瞳は見透かすようにこちらを向いているのだった。
「決断したまえ。……『世界樹旅団』は諸君を歓迎する。われらが一員になるのなら、美しい『彷徨える森と庭園の都市』へも迎えられるであろう。世界樹旅団と世界図書館は本質的には同じものだ。生きるために鞍替えするのも、合理的な選択だと、私は思うがね」
 ふっ――、と映像は消えた。
 コトリ、と音がして、苔むす床のうえには、あの立方体が落ちていた。

ご案内

ロストレイル襲撃において捕らえられてしまったみなさんは、世界樹旅団のドクタークランチなる人物から相手方に寝返るよう、提案されています。

状況を整理します。
=====
・みなさんはバラバラに捕縛されていて、他の人の状況や行動を知ることはできません。
・トラベラーズノート、トラベルギアは手元にありません。
・コンダクターの方のセクタンも見当たりません(どこかに隠れているようです)。
・次の方は負傷しているため、十分に力を発揮できない可能性があります。小竹 卓也(cnbs6660)さん、日和坂 綾(crvw8100)さん、ヌマブチ(cwem1401)さん、ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイド(ccbw6323)さん、ツィーダ(cpmc4617)
=====

ドクタークランチの『部品』を受け入れた場合、ドクタークランチに従わざるを得なくなるかわりに、世界樹旅団の一員として認められ、行動することができるようになります。※状況によっては一時的にNPCとして扱われることもあります。

拒否する場合、どのような処遇が待っているかはわかりません。ターミナルに生還するためには、全力で抗う必要があるでしょう。

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)
鰍(cnvx4116)
小竹 卓也(cnbs6660)
ムシアメ(cmzz1926)
日和坂 綾(crvw8100)
三日月 灰人(cata9804)
ヌマブチ(cwem1401)
ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイド(ccbw6323)
ツィーダ(cpmc4617)
※このパーソナルイベントの発生条件
シナリオ群『ロストレイル襲撃!』で「世界樹旅団に捕らわれた」方がいた場合

参加者の方は、ドクタークランチの『部品』を受け入れ、世界樹旅団側に属するかどうかを選択していただくことになります。そのうえで、プレイングでは、この場における行動などをお書き下さい。字数が限られていますので、絞り込んだ内容がおすすめです。

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。結果のノベルが全体に公開されるかどうかは結果の状況によります(参加者の方には結果はお知らせします)。

なお、期限までに参加者のプレイングがなかった場合、「【B】敵の提案を受け入れない」を選択したうえで、「自分が生き延びるための最善の努力をした」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、プレイングは200字までとなり、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイングの受付は終了しました。

参加者
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ツーリスト 男 29歳 機動騎士
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
小竹 卓也(cnbs6660)コンダクター 男 20歳 大学生・ノベライター志望(H21時点)
ムシアメ(cmzz1926)ツーリスト 男 27歳 呪術道具
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
三日月 灰人(cata9804)コンダクター 男 27歳 牧師
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイド(ccbw6323)ツーリスト 男 38歳 重戦士
ツィーダ(cpmc4617)ツーリスト その他 20歳 放浪AI

ノベル

「これで……?」
 日和坂 綾の声は、震えていたかもしれない。
 恐怖にではなく、怒りにだ。
「これでリオ君たちの行動を縛ってたの? ……誰が聞くかいっ! って、痛ーーーー!?」
 思いっきり、立方体を踏みつけ、そして痛みに転げ回った。
 素足だったからだ。
「なんで裸足ーー!?」
 それは彼女の靴がトラベルギアだからである。
 取り上げられていたのだ。
 とにかく、不屈の精神で立ち上がった綾は、なんと、壁を登り始めた。樹木の壁は足をかけることはできるから、不可能ではなかった。このまま、頭上に見える開口部から脱出できればいい。だが、そんな誰でも思いつくことを、捕虜を得ているものが許すだろうか? 答えは否であった。
 壁から槍のような枝が生えだし、綾を突き落とした。
 落下し、ひとしきり呻いてから、しかし、彼女は再び登りはじめる。
『勘違いしてもらっては困るが』
 ドクタークランチの声が聞こえたようだ。
『世界樹旅団の誰もが私の部品を受け入れているわけではない。心から旅団に運命を預けているものがほとんどだ。きみたちと変わらないと、言ったはずだがね……』


「条件を詳しく聞きたい!」
 小竹卓也は虚空に向かって声を張り上げた。
「仲間になれば、何を求められるんだ。いつか自分の世界に帰属できる可能性はどうなる」
 ややあって、答が返ってきた。
『……旅団の人員の務めは旅団の運営に協力することだ。だが自由意志は尊重される。再帰属の可能性は否定しない』
「部品の機能って具体的には? 副作用はないのか」
『機能は私が設計する』
「どこに埋め込むんだ」
『好きなところでよい』
「返答を信じるに値するものを示せるのか?」
 最後の質問に返ってきたのは、渇いた笑いだけだった。
『世界図書館はきみのそれを示したかね?』
「……俺の答えはこうだ」
 彼は言い放った。
「断る」


「人のこと調べてから言えや。……まあ、人ちゃうけど」
 ムシアメは不機嫌だった。
「わいが呪術道具『呪い紡ぎの蚕』である矜持を、道具の矜持を踏みにじってんなぁ。部品埋め込んで従わせるっちゅうん。それは、信用がないって事や!」


「残念だけど、“首輪付き”にはなりたくないからね」
 ツィーダはそう答えた。
 だから、ここから“ログアウト”させてもらうよ。赤い瞳に宿る強い意志。ツィーダの手の中で、『部品』にぴしりとひびが入り、砕け散った。


 次々と――
 決して示し合わせたわけでもないのに、ロストナンバーたちは拒否の意志をあらわしていた。
「笑止! 貴様に命運を握られるというのは旅団ではなく貴様に従うということではないか! 貴様が世界樹旅団の長というなら話は別であるが、拙者は二君に仕えずの騎士道を貫かせてもらおう!」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードはそう答え、太い腕を組み、どっかりとあぐらをかいた。
 ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイドも黙りこんだまま、宙をにらみ、そしてしかるのち、自らに回復の魔法を施す。
「ふん、こんなところに閉じ込めようってことか、世界樹旅団! そうはいかんぞ」
 髭の下で、低く、つぶやく。
「えーと、それで、その場合、給料って出るのかな? え、それさっきも聞いた? そうだっけ。この提案ってドクターの独断なの? ちょっとくらい答えてくれたって……」
 鰍は質問を繰り返して時間を稼ぐ。
 かならず機会がやってくる。
 世界図書館の仲間たちが救出にやってきて、ここを脱出する機会が。


 しかし。
 それは可能性に過ぎないのだ。
 ヌマブチは、先の戦いで負傷した身体を壁に預け、床のうえの立方体をじっと見つめていた。
 三日月灰人も、神妙な面持ちで、『部品』をてのひらのうえで温める。

 そして、いったい、どれくらい時間が過ぎたのだろう。
 遠くから、振動と騒音が伝わってくる。

 時はきた――!
 ガルバリュートの兜の中で、眼光が閃く。彼は立ち上がり、壁に向かって突進していった。
 壁から蔦が飛び出し、四肢にからみつくのを、力任せにむしりとり、雄叫びとともに壁を構成する枝葉を破壊していく。

 気配を、ヌマブチもむろん察していた。
 軍帽の影の下で、表情はうかがい知れない。
 助けの手が近づいていることはわかる。しかし……、と、ヌマブチは考える。
 もしも間に合わなかったら? 信じていないのではなく、可能性は冷静に判断して行動しなくては軍人とは言えない。最善は生き残ることだ。それに、もし全員が取引を拒めばどうだろう。救出の手が迫っている今だからこそ、旅団は即座に行動を起こすかもしれない。
 彼はすっくと立ち上がった。手の中には、『部品』がある。
 そして大声で言ったのだ。
「同胞よ、要求を受け入れろ! 死ぬな!!」

「バカな、早まるな!」
 ギルバルドは叫び返した。そしてすばやく詠唱に移る。
「我が鋼鉄と炎の神よ、その炎の力持って、数多の障害を退けたまえ。『インフェルノ=
テンペスト(火災災厄)』!!」
 ごう、と巻き起こる魔法の大火。
 それが外壁を焼き切るのを待つことさえもどかしく、煙の中にギルバルドは突っ込んでゆく。

 灰人もヌマブチの声を聞いていた。
「……私は……」
 『部品』を、てのひらに包み込む。
 長い長い沈黙のあと、彼は言った。
「……わかりました、ドクタークランチ、提案を受け入れましょう」

 ヌマブチの両眼が宙を睨む。
 彼は咆えた。ありったけの大音声で、すべての感情を吐き出すように咆えた
 肉体に『部品』が埋没してゆく、感触は、不気味でありながら、どこかしら甘美でもあるのだった。

  * * *

「9人のうち、2人かね」
 ドクタークランチは言った。
「そのようですね。……で、どうしましょう。ロストレイル2台による強襲がすでに始まっています」
 映像を通してさえ、向こう側の喧騒が伝わってくるようだった。
 ドクタークランチは異形の片手で顎をなでながら、
「その拠点は放棄するしかあるまい。撤退しなさい」
「わかりましたわ、先生。私もすぐナラゴニアへ戻ります。新しい2人の仲間を連れて……」




ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン