イラスト/キャラクター:久保川

ノベル

~前編~

■ 対立を超えて ■

「待ってくださーーーーーーい!!!!」
 剣を抜いたロックの前に、一一 一が飛び出してきた。
「そんな事したって意味なんかない事ぐらい分かるでしょう! 命令にただ従ってるだけが良い部下だとでも言うつもりですか!? ロックさんがここで止まらないと人狼公も馬鹿ってことにされますよ!」
「そのとおりだわ。お馬鹿さんね」
 東野楽園が、ユリエスとロック双方に視線をうつろわせながら――「お馬鹿さん」なのはユリエスもだ、と言いたげだった――言葉を添えた。
「主君に義理立てるのはいいけど忠義と隷属を誤解してなくて? 主君の為との建前に逃げて守るべき民に剣を振るう、それは騎士でなく犬の生き方よ。貴方は人狼公の騎士の座を降りて彼の飼い犬に成り下がったのかしら」
「どうとでも言うがいい」
 ロックは低い声で応えた。
「それがしは公のご決断が誤っているとは思わぬのでな」
「やめなさい!」
 近づいてきたのはニコル・メイブだ。
「だからって力ずくなの、大鷲さん? そんなの私は認めない。文句ある? なんなら纏めて相手になるよ」
 拳法の構えをとった。
 ほう、とロックが剣呑な眼光を閃かせる。場の緊張が高まった。
「ぼ、暴力は駄目ですよー! お願いロックさん、攻撃はやめてください!」
 司馬ユキノが叫んだ。
 ユリエスたちは青ざめた面持ちであり、それはすなわち、いざとなれば自身に勝ち目のないことは理解しているのだ。それでも、退けない理由がかれらにはあるのだろう。
 ――と、そこへ
「ユリエスじゃねぇか」
 からんできたのはファルファレロ・ロッソである。
「こいつよりも、おまえが憎いのは俺じゃねぇのか。原初の園丁をぶっ殺したのは俺様だからな。……どうだ、今ここで勝負しねぇか。三発目まで見逃してやる 思いきり殴っていいぜ」
「なにしてるのよ、この馬鹿!」
 ヘルウェンディ・ブルックリンが、ファルファレロの耳をつまんでひっぱった。
「な、なにしやがる!」
「事態をややこしくしてどうすんのよ!」
 ファルファレロ的には、ここで彼とユリエスが喧嘩になればその隙に調査隊が先へ進めるかもというような計算があったようななかったような感じなのだが、父娘が言い争っているあいだに、ユリエスの傍らにすっと立つ影があった。
「あ――」
 ユリエスは驚いて目を見開いた。
「ごめんなさい……私はもうあなたに会う資格がないって分かってるけど、あなたの身の危険を放っておけなかった。今だけでいいから、あなたを守らせて」
 村崎 神無だ。
 刀を抜いた。
「ちょ、神無」
「ユリエスを否定するのは許さない……誰であっても!」
「あー、もう、どいつもこいつも! いいわ、全員一発ずつ殴って黙らせる。それで終わりよ!」
 あまりの混迷ぷりにニコルがキレかけたとき、ロストナンバーたちからユリエス率いる人々へ向けて、口々に声がかかった。
「ロックさん」
 相沢 優がロックの前に立つ。
「お願いします。この場は誰も殺さないで下さい」
「公の邪魔をせぬのならな」
 優は頷く。
「説得します。その間は、手を出さないで」
 そう言って、優はユリエスたちのほうを見遣った。すでに仲間たちが、平和にこの場を収められるよう、言葉を尽くしているところだった。

「あなた方の聖地に土足で踏み込むことになってしまい、本当に申し訳ない」
 メルヴィン・グローヴナーの真摯なまなざしが、人々ひとりひとりに思いを伝える。
「しかし、我々は皆出身世界を見失ったロストナンバーだ。自分たちの世界に帰る方法もそうだが、世界樹やチャイ=ブレと今後どのように関わっていけばよいのか、その答えが、今回の調査で必ず明らかになるはずだ」
「ごめんなさい!」
 マスカダイン・F・羽空も、身体いっぱいをつかって、心からの謝罪をしてみせる。
「でもわかって。大切なものを奪われて心の裂ける思いをしたのは君達だけじゃない。君達の神様が授けてくれるものでかつて失った
大切な故郷を取戻す事が出来る者がいる。奪ったものを憎むなら君達は与えてくれないか。僕らにかえさせて。新しい未来を」
「あなた達の聖域に押し入ってしまってごめんなさい、どうか許してください」
 司馬ユキノはトラベルギアを使ってその声を届けようとする。
「でも、この中にあるかもしれない物が必要なんです。世界図書館だけじゃない、ナラゴニアの皆さんにとっても故郷が見つかるかもしれないチャンスなんです」
 かれらが言うのは、人々の気持ちに理解は示しつつ、この調査の意義を説くというものだ。
 蓮見沢 理比古は、そこに加えて、かれらへの共感を強く訴えた。
「あなたたちが世界樹を拠り所と慕う気持ちが判るし、共存を望むからには寄り添いたいと思う。だけど人狼公は、今はまだあなたたちの切実な思いを理解しようとは思っていないよね」
 理比古の言葉に、我が意を得たりと、百が続けた。
「いずれ、この不当の代償は誰かが払うでしょう。けれどそれは純粋な信仰のあるお前さまたちでないことは確かでございます」
 そのうえで、彼は言うのだ。
「お前さまたちと争いたい気持ちはみじんもございません」
「無駄な死、不要」
 百の傍らで夜叉が言う。いざとなれば、夜叉の唄と舞が人々をたちまち眠らせてしまうだろう。
 ほかにも、万一の場合には双方を無力化させるべく備えているロストナンバーが大勢いた。
 理比古が言った。
「今、あなたたちが排除されてしまったら、世界樹を守る人や真実を伝える人がいなくなってしまう。声を荒らげて殉教するだけが信仰や抵抗ではないって人狼公に教えるためにも、今は堪えてもらえませんか」
 どのみち、戦いになれば傷つき倒れるのは自分たちのほう。
 そうわかっていたユリエス陣営は、ここまでの説得でかなり態度を軟化させられることになった。
 あのう、と、そこへ川原撫子。
「竜星に『原初の園丁』と名乗る人……犬だけど……があらわれたの知ってますかぁ? 今の貴方達は、世界樹さんの意志を受けて行動してないと思いますぅ☆貴方達の神が眠ってしまったと言うなら、なおの事その意志を確かめるのは重要じゃないでしょぉかぁ? 神の意志に会いに行くか、それを伝える人に会いに行くか……ここで睨みあうだけじゃただの駄々っ子ですぅ……一緒に行きませんかぁ?」
 撫子のもたらしたヴォロスでの出来事についての情報は、人々のあいだに物議をかもすことになった。
「ユリエス!」
 ヘルウェンディが、ユリエスに声をかけた。
「頭を冷やしなさい。原初の園丁の遺志を継ぐ人が民を危険に引っ張り込んでどうするの!」
「……」
 それは、彼としては痛いところだったようだ。自分は殉教の覚悟があっても、人々に同じことはもとめられない。だがこのまま強情を突き通せばリオードルの命を受けたロックはかれらを殺すだろう。
「世界樹は」
 ユリエスは、リオードルへ向かって言った。
「その枝の下に頭を垂れぬものを決して許さない。貴方があくまで不敬を貫くなら、その報いはかならず受けるでしょう」
「承知のうえだ。俺に過ちがあればその責は俺が負う。俺が愚かな王として王座につくなら、おまえたちはその首を刎ねるがいい」

「……さて。いい加減、その剣を収めてはどうかね」
 ジョヴァンニ・コルレオーネが、ロックへそう言いながら、どこからか小さなテーブルを運んできた。
 その上にはチェス盤がある。
「そんなに争いがしたくば盤上でやるがよかろう。ルールは教えよう。調査隊の帰還を座して待つには最適の遊戯じゃ。これならば誰も死なずにすむしの」


■ 突入 ■

 そうして、翠の侍従団と市民たちを退かせることに成功した後、調査隊はいよいよ世界樹の内部へと足を踏み入れる。
 幹に開いた亀裂から侵入……暗い洞窟のような路を進む。ここは幹の外縁部――いわば樹皮にあたる箇所だろう。それだけで数百メートルはあるのだから、世界樹の巨大さがうかがえる。
 前方に、淡い光が灯っていた。
 そして、かれらの前方に、その光景が広がる。

「すげー!でっかい木だな!」
「そういうのをな、壱番世界じゃ『小学生並みの感想』っていうんだ」
「うるせえ!俺がなんと言おうと俺の勝手だろうが!『頭』はこっちにもあるんだよ!」
 ロスとレイルが言い合うのも無理もない。
 すべてを見渡せないほどの空間であることはわかる。
 複雑に、枝というべきか蔦というべきか、世界樹の体組織でできた構造物が交錯している。表面からはでたらめに樹木が生えており、葉をしげらせているため、視界は非常に悪い。
 エッシャーがだまし絵として描いた密林、とでもいえばよいだろうか。

「ふむ。でかいのぅ。上を見ておると首が疲れそうじゃの」
 と逸儀=ノ・ハイネ。
「我らの所為で之がまた起きだしたりしての」
 くっくっと笑いながら言った不吉な言葉が実現したかのごとく――
「くるぞ!」
 誰かが叫んだ。

 茂みの中から、樹木の陰から――、いたるところにある死角から、それらが飛び出してきた。
「やはり虫か!」
 鍛丸がこうもあろうかと持参してきた殺虫剤をふりまく。
 そう――
 何対もの脚をわさわさと動かすもの。節のある長い身体でうねるもの。毒々しい斑紋をぶよぶよした巨体に浮かべているもの。透き通った翅をふるわせて飛ぶもの。ギチギチと鋭い顎をかみ合わせているもの。長い触角を伸ばしたもの。凶悪そうな口吻をもつもの。複眼で侵入者をねめつけるもの。
 ひとつとして同じ姿のものはいないが、いずれも昆虫や節足動物を思わせる姿のなにものかが、調査隊に襲いかかってきた。
 世界樹内部に棲息するワームなのか、それとも世界樹が生み出した眷族のようなものなのか、それはわからないが、ひとつ言えるのは鍛丸の殺虫剤はあまり効かなかったようだ。
 ずば、と歪の大剣が飛び掛ってきた怪虫の一体を切り伏せた。
「鋼の護り人の名に懸けて、必ず皆を守ろう」
 めしいたその眼差しは布に覆われているのに、突き刺さるような鋭い気迫が周囲へ放たれた。

「ここでひきつけて、食い止めます。本隊のみなさんは先へ!」
 七夏が放つ糸がネット状になって虫たちを包み込み、縛り上げた。
(これが世界樹の防衛機構――)
 あとからあとからあらわれる虫の群れに、七夏は眉をひそめた。
(防衛機構はまだ生きている。いえ、というよりも……)
「世界樹は、まだ死んでなどいないな」
 ハクア・クロスフォードの抱いた感想は、ほかのロストナンバーの多くが共通して感じたものだったろう。
 チャイ=ブレも同じだ。休眠しているにすぎない。
 白銀の銃を撃ち続けながら、魔法陣を敷き、防御のための結界を展開する。
 そうしながら、意識の片隅ではその思索が渦巻いていた。
(世界樹やチャイ=ブレがいつか目覚めたら、0世界や壱番世界はどうなるのだろう)

 侵入口を確保し、本隊を先へ進ませるべく力を振るうと決めたものたちにより、怪虫たちとの戦闘が繰り広げられた。

「GOGOGOGO!! 突入しろぉ!!」
 ネイパルムのスナイパーライフルが咆える。ネイパルム自身も咆える。
「とりあえず出てきたもんぶっ壊しゃいいんだよな!」
 ハンドガンをぶっぱなしながら、古城 蒔也が声を張り上げる。
「味方巻き込んで爆発させんなよ!?」
「ケチくせーな!」
 ダダダダダ!と向かってきたゾウほどもあるアブかハエのような虫に銃撃に浴びせると、打ち込んだ銃弾を爆破させる。怪虫どもは不死ではないようだ。組織を爆散させて絶命する。爆破できるなら、それはすなわち蒔也の獲物である。

「撃ち落とす」
 天倉 彗は手近な木の枝に駆け上がり、上空を舞い飛ぶ羽虫たちへ二丁拳銃を撃つ。
 その中をよぎる影は玖郎だ。
 味方からの攻撃が飛び交う空間をものともせずに飛び回り、飛翔するものどもを相手取る。すれちがいざまに雷撃が閃けば、焼かれた虫たちがぼとりぼとりと堕ちていった。
 地を這う虫に対するは祇十。
「虫だろうがなんだろうが知らねぇが、やろうってんなら相手になってやろうじゃねぇか!」
 『止』――と書かれた紙が舞い、長虫たちの動きを止めてゆく。
 レーシュ・H・イェソドが練術で高めた膂力に任せてそいつらを足場から投げ落としてゆく。どこともしれない世界樹の深層へ棄てるように。

 クアール・ディクローズが展開する光り輝く壁――ダンドリーウォールが、ハチのような怪虫の打ち出してくる毒針や、ムカデのような怪虫の吐きかける毒液を防ぐ防護壁となっていた。
 そして負傷したものが転がり込んでくる避難所としても機能する。
「だ、だいじょうぶですか……!」
 舞原 絵奈が怪我の手当てをしようとするが……
(どうしよう。治癒能力は覚えたばかりだけど――)
 ちらりと視線を移せば、永光 瑞貴やオゾ・ウトウといった、サポート系の能力に長けたロストナンバーたちが治療や援護の力をふるって活躍しているのが目に入る。
「絵奈」
「……! あ、はい!」
 星川 征秀が声をかけてきた。
「サポートも立派な役目だ、支えがいてくれるからこそ攻撃役は安心してそれに専念できるんだ、俺も含めてな。だからしっかりしろ」
 それだけ言い置いて、槍を手に飛び出していく。
「は、はい……!」
 しっかりしなきゃ。できることを精一杯頑張ろう。
 絵奈は思った。

「有明、あんま身体揺らすな!酔ったらどないすんねん」
 子狐がわめいている。それは晦だ。
「せやけど兄上殿、揺れんように走るん難しいんやでー」
 晦を背に乗せ、駆けている大狐が有明。
 この斬り込み部隊の役割は、本隊が世界樹のさらなる深部へ踏み込む侵入口を見つけるのも任務のうちだ。
 稲荷神の兄弟はその口を捜すために戦場を駆け抜ける。
「きた、避けろ!」
「ええええ、狐は急に止まれないーーー!」
 ごう、と急降下してくる影。三対の顎をもつ異形のクワガタだ。
 晦の結界があるとはいえ……
 ――と、光弾が迸り、怪虫の腹を射抜いた。
 アヴァロン・Oがキィン!と空気を裂きながら上空を旋回している。
「この先だ。敵の反応が少ない」
「ほんまか!」
 アヴァロンの情報をもとに狐たちが駆けると、はたして、密集した蔦の壁と、そこに開いた入り口とを発見する。
 位置関係からして、この先は世界樹のより中心部と見てよさそうだ。
「おおい、こっちや!」
 駆け戻る兄弟からの情報を、ベヘル・ボッラのトラベルギアが拾って、仲間たちに伝達してくれた。

 斬り込み部隊に援護されながら、本隊が一丸となって、発見された蔦の壁の先へ。
 一方、斬り込み部隊はここにとどまり、かれらが撤退してくるまでこの出入り口の安全を守りぬく。
 本隊が成果を持ち帰ってくれることを願いながら、その背中を見送るのだ。

(この調査で得られた成果をもとに……故郷が見つけられる可能性があるなら)
 後方から、防御や治癒の呪文を書き付けた紙で援護をしながら、メルヒオールは気持ちが高ぶるのを感じる。
(ロストナンバーも楽しいけどいい加減故郷に帰りたいもん)
 臣 雀は思う。
(お父さんお母さんも心配してるし、兄貴と許嫁の蓮華さんを会わせてあげたいもの。蓮華さんの婚礼姿、きっと綺麗だろうなあ……)
 ……彼女だけでなく、ほかのロストナンバーたちのなかにも、それぞれの思いを、託しているものたちがいる。
 どうかそこに希望があらんことを。
 しかし行く先は未知なる地。
「聖域を侵すんなら相応の覚悟を持てよ」
 呉藍が、本隊へ声をかけた。


■ 世界樹の内なる世界 ■

 世界樹の内部は、同心円状にいくつかの層に分かれていると考えてよさそうだった。
 もっとも外側が厚く硬い樹皮がみっしりと詰まった層。マキシマムトレインウォーで牡牛座号のドリルが掘るのに苦労した防護壁がこれであり、調査隊はここに開いた亀裂を通り抜けて内部へやってきた。
 次に、空洞内にランダムな格子状の構造がある層。内向きに生えた樹木による密林が広がり、無数の怪虫の群れが生息している場所だ。
 そしてその内側、蔦の壁を越えて踏み入った先が、第三の層とでもいうべき場所があった。
 そこは、ほぼからみあった蔦枝に満たされた場所であり、その隙間が狭く入り組んだ道になっている。怪虫のいた層よりもさらに視界は悪い。いわば“世界樹の迷宮”だ。

 その迷宮のなかを、調査隊は進んでゆく。
 おもに先行して偵察や順路をたしかめるものたちと、そうして安全が確認された場所を詳しく調べるものとに役割分担することになっていた。

 ゼノ・ソブレロは前者の役割。小型の偵察機をバラまいて飛ばし、地形の情報を収集する。
 集めた情報をもとにマッピングしていった結果、路はいくつも枝分かれしており、またさほど広くはないので、実際に進むには分かれる必要があることがわかった。
「チーム組んで最低3人以上で探索を推奨するよ。何があるか分からないからね。1人罠にかかっても1人救出、1人助けに呼べるように」
 チェガル フランチェスカがそう進言し、ロストナンバーたちはそれぞれ目星をつけたルートへ。
「迷子にならないようついてきてよ!」
 ルッカ・マリンカが飛んだあとには虹ができる。はぐれない目印にもなるし、帰るときにもこれをたどればいいというわけだ。

「再びこの命を使う時が来たか……」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードは先頭にたち、いざとなればおのれが盾になる構え。
 そのうしろを、ミルカ・アハティアラが慎重についてゆく。
「無茶は禁物です。わたしも気をつけますから」
 逐一、ノートで状況を告げ、連絡役になるつもりだ。
 ヴァージニア・劉が鋼糸を投げ、蔦で構成された壁のあいだに足場をつくって駆け上がる。
「この先も道があるぜ」
「気をつけて。あまり一人で先に行かないほうがいい」
 アマリリス・リーゼンブルグが彼を追って飛ぶ。
「なに、べつに犬死するつもりはねぇよ」

 そんな先行隊のひとつを、ほかならぬ人狼公リオードルが務めている。
 自ら先陣を切るのは勇ましいとも言えるが、
「後ろに居てくれた方が有難かったのは本音だな。これでもしも失敗して人狼公が死にでもしたら我々世界図書館側は立つ瀬がない」
 百田 十三がそうこぼすのもムリはない。
 しかもリオードルは、
「待て。俺より前に出るな」
「しかし」
「出るな」
 有無を言わせぬ口調で、一二 千志が先行しようとするのを許さない。
 リオードルの周囲には、しかし、大勢のロストナンバーが集まり、付き添っていた。
 阮 緋はシンイェに騎乗して(「我が相棒だ」と、彼は公に紹介した)、リオードルの傍にいる。ここで有事にはともに戦えれば愉しかろう、と彼は考えていた。
 ほかにも、チャンはここで手柄を立ててリオードルに認められれば経営するホストクラブのパトロンになってもらえるかも、という思惑があったし、サリム・アルハーディーも自分の商売を広げるきっかけを掴みたいと考えていた。
 そしてルンは、
「何でお前ここに居る? 本隊、後ろだ。お前が居なくなる、困らないか?」
 とたえまなく彼を質問責めにし、ジル・アルカデルトは
「リオードルさんは権力や支配力とかそういうんが欲しくて王様になりたいん?」
 と彼に訊ねた。
「心配には及ばん」
 リオードルは、次々に投げかけられる質問に、答えてやっていた。
「権力など望む必要はない。そんなものは王座に着いてくるものだ。俺は俺が王になることが、俺がパン屋になるより良いことだと知っている。それだけのことだ」
 そんな道中のことである。

「――!」
 その機会をずっとうかがっていたニノ・ヴェルベーナァが、電撃的なすばやさでリオードルに殴りかかった。
 ニノが銃をつかわずに、体術を頼りに攻撃したのが、リオードルにはさいわいしたと言えるだろう。このとき、傍にいるものたちのなかで、「リオードル本人に危害が加えられる可能性」を予見し、「リオードルをかばう」ことをはっきりと意識していたものが3人いた。
 そのなかでもっとも俊敏に動けたのはジューンであり、ニノはジューンに取り押さえられることになった。
 ジューンはリオードルが無事に帰還することこそ、この調査でもっとも重要な事柄であると認識し、警護にあたっていたのである。
「問おう、愚かな犬風情」
 おさえつけられながらも、ニノはリオードルに向かって言った。
「おもての騒ぎはなんだ。あれはお前が自分のしたいようにして招いた結果だ。なぜあんな無駄な争いを呼ぶ。よく考えろ、お前は王の器ではない、無能」
「お下がりくださいませ。不逞の輩の言葉に耳を貸す必要はありません」
 もうひとり、リオードルの安全を特に気にかけていたサエグサ スズが、前へ進み出た。
「三下にも程があります」
 鼻で笑う。
「……」
 リオードルはなにか言いかけたが、それより先に、気配にハッと振り向いて、前方へ視線を投げた。
「なんだ。なにかある」
 大股に進んでゆく。
 路の先は、蔦が縦横に走ってやがて閉ざされている。だがその隙間からかすかに漏れる光があった。
 人狼公の手の中に、武骨な鉄の塊――大きなガトリングガンが出現していた。だが、「火器は拙いか」とひとりごちると、阮 緋たちを振り返った。
「やれるか?」
「無論」
 阮 緋が応えるのと同時、いやそれよりはやく、シンイェの漆黒の蹄が地を蹴っていた。
 阮 緋のギアの鈴が鳴り、人馬を雷が包み込む。そのまま吶喊。蔦の壁が文字通り木っ端微塵だ。
「おお」
 リオードルが開けた空間へずかずか踏み込んでゆく。
 そこにあるものへ手を伸ばそうとしたそのとき。
「待て」
「……」
 一二 千志だ。
「……俺の背後をとったつもりか?」
「一度戦った相手に負けることはない、そう言ったな。だが、その相手がいつまでの変わらないままだと思うか?」
 影が、千志の身体を覆ってゆく。
「貴様どういうつもりだ」
「そいつに触れるな」
「俺はこのために来たのだ」
「もし、あんたが0世界の平穏を乱す元になるなら……俺はそれを許さない」
 千志は言った。
 リオードルの野心は争いを呼ぶ。だが0世界は、騒乱とは無縁の世界であってほしいと千志は願うのだ。多くの旅人たちにとって救われる場所であってほしいと。
「おまえもさっきのやつと同じだな」
 リオードルが振り向く。
 千志を覆う影が、甲冑と化した。
 瞬間!
「だめーーー!」
「……っ!」
 千志の攻撃は、宮ノ下 杏子の寸前で止まった。捨て身の覚悟でリオードルをかばうと決めていた3人目のロストナンバーだ。
「お願い――お願いです、人狼公を邪魔しないでください。流転機関は必要なんです! 皆さん、故郷に帰りたいんです。わかってください……!」
「違う、俺は――」
「言い分はあとで聞こう。さっきのやつのもだ」
 リオードルが言った。
「俺がすべてにおいて正しいなどとは言わん。だが、『人狼公に意見ができる恰好いい自分』を披露したいだけなら後にしろ。いいか。『今』『ここ』で、俺に異議をとなえて何になる。調査隊の指揮を混乱させ、参加しているもの全員を危険に晒すだけだ。よく考えろ、小僧」
 それだけ言うと、彼はその発見物へと向き直った。
 翠色の光が、リオードルの瞳に映り込む。


■ 真理によりて実るもの ■

 同じ頃――後続の調査隊。

 流転機関に代わるものがあるかもしれない、と言っても本当にあるかどうかもわからない。そんな調査のために危険に踏み込むとはずさんな計画だと皇 無音は思う。
 あたりを見回せば。
「なんとなく、こっちにあるように思えるのじゃ!」
 幸運任せにただあてどなく探している葛木 やまと。
「面白いものはど~っちだ?」
 ギアを投げている虎部 隆。
「ホリさん、なんか気になるとことかある?」
 セクタンに頼っている鰍。
 ……と、無音の目にはあまりに無計画に見える探索ばかりだ。

 しかしそんな中でも、懸命に(名誉のために付け加えておくと、やまとや隆や鰍が懸命ではなかったというわけではない)知恵を絞り、取り組んでいるものたちはいる。
 テューレンス・フェルヴァルトは聴覚を研ぎ澄ませ、イェンス・カルヴィネンは目にするものをスケッチして記録してゆく。幽太郎・AHI/MD-01Pのセンサーはフル稼働し、テオ・カルカーデは高所へも跳躍して探しにいく。水鏡 晶介は蔦や枝を魔塊でかき分けて路をつくった。

 そして。

「世界樹っていうぐらいだから『種』とかあるんじゃねえかな?」
 デュベルはそう考える。
「そしてそういう種は甘い果肉とかの中にあるもんだ」
 美味しそうなものはないかと探すデュベル。
 世界樹の力の根源は種ではないかと考えるのはヴェンニフ 隆樹も同じ意見だ。
 奇兵衛に脇坂 一人も、目指すものは植物の特性を持つと推測する。
ラス・アイシュメル、ラグレスもまた、植物に関する自身の知識を動員し、森間野・ロイ・コケとジャンガ・カリンバは、植物の声を聞くように、おのれの感覚を広げていった。
 その結果、かれらもまた、リオードルがたどりついたものと同じものへと至る。

 両の手のひらで包めるほどの大きさの、それは果実のようだった。
 なかば透き通った実は翠色の光を淡く放ち、その光が鼓動のように明滅していた。
 じっと見ていると、その中になにか見えてきそうな気がする。
 同時に、発見者たちは『理解』する。これこそ、世界樹の力の本質が凝固し、萌芽した結果実ったものであると。
 この力を解き放てば、世界へ干渉するほどの力があるだろう。
 あるいはその力を用いて、世界樹を通じ世界群の真理そのものから情報を取り出すこともできるかもしれない。

 どくん。

 果実は鼓動を打つ。

 それを前にしたものは、自分の中に激しい衝動が突き上げてくることに気づいた。
 この果実はうまそうだ。食べてみたい、と――。


(後編へ続く)

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螺旋特急ロストレイル

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