ここにあるのはあなたが生み出した本の群れ。
さあどうぞ、あなたの物語を語っていって?

«前へ 次へ»

52スレッドみつかりました。21〜40スレッド目を表示中

今年の不満、今年のうちに (1)   無限のコロッセオ 在り得た可能性の一幕 (1)   帰宅後の一幕 (1)   虎の身上 (2)   茨の揺り籠 (2)   Remember in place. (2)   ピルグリム (2)   イフリート鏖殺 (2)   ash rain. (2)   夢の幕間 (2)   バロック幻想 (2)   イングリッシュローズとオーガンジー (2)   舞台裏の晩酌 (2)   魔女と使い魔と後片付け (2)   メイドは問い、メイドは答える (3)   道化師と蛙と0の空 (1/3) (3)   鋼鉄に想いを込めて (1)   今だからわかること。 (1)   はじめてのおつかい (1)   故郷を絶つ (1)  

 

BBS一覧へ

[0] 使用方法など
リーリス・キャロン(chse2070) 2011-12-17(土) 16:24
赤い月でね、ちょっと変わったもの見つけちゃったの。
自動製本装置って言うのよ?
このスペースに手を置いて、あなたが生み出したい物語を考えてみて?
実際にあったことでも妄想でも構わないわ。
ほら、どんどん物語が綴られていく。
出来上がった本は、ここでみんなに読んでもらえるわ。
さあ、あなたの本を作ってみない?

================================

【PL的妄言】
別にプラノベ待たなくたっていいじゃなーい?
二次創作OKなんだから、それがバンバン発表される場所があってもー?
だってみんなかっこいいからもっといろいろなお話が読みたーい!

というわけで、二次創作(?)専用スポットを開設しました。
本を書かれる方は、新規スレッドをお立ち上げください。
スレッドタイトルが、本の題名となります。
発言者名が著者になります。
多分1回に3000字くらいまで書けるんじゃないかと、どちらかのスポットで発言があったような・・・?
実際にあったとご本人が力説されることでも、架空でも、実はこの事件の裏で俺はこんなことしてたんだよでもOKです。
著者がPCさまである以上、どんな物語でも二次創作に該当するものと思います。

基本は1話完結、スレッドの続きは他の方の感想になると思われますが。
連作って書いて、どんどん繋げちゃうのもありだと思います。(最初の著者さまの許可は取ってくださいね?)

あと、基本として。
掲示板で楽しく交流するための7つのルールは守りましょう。
他のPCさまが登場するなら、その方の許可を取って名前を出しましょう・・・私も失敗して反省しました。

みなさまのさまざまな活躍を、拝見できればうれしいです。
(なお、基本リーリスはおりませんので雑談スペースもありません)

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[53] 今年の不満、今年のうちに
チェガル フランチェスカ(cbnu9790) 2012-12-31(月) 15:30
 復興が進む0世界。
 クリスマスムードに染まるターミナルカフェの一角にて不平不満を言い合っている女性達。あんなの絶対おかしいよねー。えー、マジ?キャハハ、何それキモーイ。もうねー、本当にあの時ぶっ飛ばしてやろうかと思った。まわりのことなど気にせずやいのやいのと言い合い、同調しあう。
 と、その一角でテーブルに突っ伏していた水色の獣竜人が身じろぎした。
「……何がメリークリスマスだ」
 明らかに着色料を使った色をした液体が入ったジョッキを持ち、顔を上げる。据わった目つきが同席している女友達達を見渡した。
 ジョッキに残っていたその液体を一気飲みで飲み干す。プハーとおっさん臭い声。
 そもそもそれは酒なのか。お前未成年でしょ。え、なに、酔ったふり?
 ドン引く女友達をギロリと睨みつけて、空になったジョッキをテーブルに勢いよく叩き付けた。既にテーブルに並べられていた空のジョッキが振動で震える。
 ついでに同席していた人達もビクリと震えた。
「大体今日明日限定で聖なる夜とか!どうせ性なる夜なんでしょーどうせならその時の話をしてくれて妄想ネタを増やしてくれたって良いじゃない。どいつもこいつも辺りを見渡せば大体幸せそうな顔しやがって旅団員もその中に混じってるわお前ら最近まで敵だったでしょうが何なのなんでそんな我が物顔でターミナル闊歩できるのナンなの食べ物なの?」
 もうね、アボガド、バナナかと。
 半ば呂律が回ってない舌。それはネタで言ってるのか呂律が回ってない影響なのか。っていうか酔ってるの?顔赤いし。酔ってるよね、それお酒?チューハイなの?
「ボクが飲んでるのは何だっていいでしょー。そんなことよりおかしいでしょ。何で敗戦したはずの旅団がターミナルを悠々闊歩してるわけ?これどういう状況なの?ありえないっしょ?」
 いや、それは館長がそういう方針だし―――
 毛皮に包まれた手がテーブルを激しく叩いて言葉を遮る。
「それがおかしいっていってるの!攻め込まれた側でそれでも迎撃して勝利もぎ取った図書館が何仲良く手を取り合って仲良しこよしの方針とか頭おかしいでしょ!!あいつらにどれだけ色々と邪魔されたと思ってるの!?ロストレイルも奪われてるし!カップに刺されるし!ああもうあの時手を出さなきゃ良かった!ボク手を出さなくてもあの2人いれば全くもってモーマンタイだったじゃん!?何なの!?手出し損刺され損なの!?しかもそのまま医務室運び込まれたら栄養偏ってるからとかいう理由で強制入院させられるし!病院食不味いし!!マジカップふざけんなし!!どれもこれもカップの所為だし!!やっと殺したと思ったら何故か生き返ってるしお前普通に死んでるなら大人しく死んでおいてくれませんかねぇ!!?ご都合主義マジ乙なんですけどそれマジ萎える展開なんですけど!!」
 でも薄い本でにゃんにゃんに持って行くためならご都合主義大歓迎だけど、というかしかもあいつリア充になってるし本当に爆発しやがれ。木っ端微塵になりやがれっていうかボクがさせたい。一気に吐き出した後、ジョッキの淵を指でなぞりながらさらに愚痴は続く。
「それで運動会とか開いた時点でお前何言ってんの状態だったけどその時はまだどこに攻め込もうとこちらはアクション起こせるぜ的宣伝だったらしいからまだ納得したけど!でも結局またロストレイル奪われかけてるし!ついでになんか相手に色々と鬱陶しい事されてるし?何?シャドウとか利用されてるじゃん変身系ツーリストもいるんだしそういう可能性十分考えられたじゃん結果論だけどさー。馬鹿なの?死ぬの?そういやあいつなんか自滅したとか聞いたけどあいつ一度復活したんだっけ?またご都合主義乙なんですけど萎えるわーマジ萎えるわー。でさらに図書館で自滅?なんかあの裏切り者と一緒に?そういやあいつも勝手に暴走してくれたよねーやっぱあの時説得と書いて物理と読むしておけばよかったかなー、警戒はしていたんだけどなー」
 物騒な発言がぽんぽんと飛び出す獣竜人に、流石にまずいと判断した女友達がまぁまぁと宥めにかかるが、それも焼け石に水、というか油火災に水をかける形になる。
「まぁまぁ!?なんでそんな穏便なのさ!大体敵に対しても自分から望んで裏切った奴に対しても甘ちゃん過ぎるでしょ世界図書館って!裏切り者を弔って泣く人も居るし!!普通敗戦国相手なら属国にする!属国にする旨みがないなら完膚なきまで叩き潰して資源を根こそぎ奪う!!今回迎撃戦だったから叩き潰す余裕がない?それはおかしいでしょ相手は本拠地ごと攻め込んできてるんだよ!?ただナレンシフの軍隊で攻めてきてるんじゃないんだよ!?相手の総力上げての決戦に勝ってんだよ!?おまけにこっちにはまだ余力あったっぽいじゃん!潰せるじゃん!こっちはトップの館長は守りきれてるに対してあっちは原初の園丁ころころしたし、というかボク率いてしたし!それ以外でも相手ほとんど主戦力失ってるじゃん!?ノエルだっけ?クランチだっけ?勝手に同士討ちしたじゃん?ああそういえばノエルのほうにはまた裏切り者乗ってたんだっけ!!」
 ゲラゲラ笑いながらさらに新たなジョッキに手を付ける。一気に半分ほど飲み干して、友達に戻された顔は怒りの表情。
「っていうか本当にあいつは自分を殺しても意味無いとかいってたけど相手のトップの首獲ったんだから褒美ぐらいくれてもいいじゃん!?それが何本当に仲良く手を取り合って復興しましょうとかそんな糖分100%よりも甘っちょろいこといってこっちには褒美も何もなしだよ!?ありえないっしょ!!なんで平穏乱した相手にそこまで甘くなれるわけ?悪いのはイグジストだけ?ふざけんじゃないよ組織全体の決定方針なら組織全部潰しても文句ないよねー!頭のネジ飛んでるんじゃないの!?長生きしすぎて平和ボケなの痴呆なの?」
 こちとら決死の思いでぶんどりに行ったってのに本当に骨折り損のくたびれもうけすぎるし、出向いた所為でカップのクソ野郎の復活阻止できなかったし。もうね、アボガド、バナナかと。そう言いながら再びテーブルに突っ伏する。
 よほど大声で叫んでいたのだろう。店内も含めしんと静まった店内に、
「これも全部どれもこれもカップの所為だー。あいつなんで図書館登録するんだよーころころできなくなっちまったじゃんかー」
 ころころしたらボクが捕まるし。あんな奴のために捕まりたくないし。
 呟くような独白が、響いた。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[52] 無限のコロッセオ 在り得た可能性の一幕
「んだよ!笑いたければ笑えぇ!」
桐島 怜生(cpyt4647) 2012-12-18(火) 00:17
「視察上等、図書館ロストナンバーの実力見せつけちゃる!」
怜生は両手に装備したギアを打ち鳴らした。
「リュカオスさん、遠慮しないでどーんと強敵イッちゃってー!どんな相手だろうと俺が倒してみせる!」
天を指差しながらコロッセオで怜生は叫んだ。


―――――――その10分くらい後。


「ぎぃやああ!」
「ガォオオ!」
コロッセオに悲鳴と咆哮が響いた。必死に走る怜生を追いかけて、次々と赤い火柱が上がる。
「馬鹿じゃねぇの!馬鹿じぇねぇの!馬鹿じぇねぇの!強敵にも程があんだろ!!」
逃げる怜生に次々と火球を飛ばしているのは真紅の竜だ。手の平サイズなんて可愛いものでなく鱗も立派な巨大サイズだ。
「こういうのはどっかのドラケモ好きに回せぇぇ!」
次々と襲いかかる火の玉が途切れた。
速度を落とした怜生が振り返ると、竜はその口から赤々とした炎を吐き出した。
「デスヨネェェー!!」
怜生が気合いを入れて再び走り出す。吐き出される火炎がコロッセオの地面を嘗めながら押し迫る。
「長い長い!どんだけ吐くんだぁぁ!なんかチリチリすんだけどぉ!?」
怜生が足下でギアの気弾を爆発させる。その爆風と衝撃に押された怜生の体が一気に加速して飛び出す。
「ふぬぁ!!」
炎を振り切った空中で体の向きを変える。そのままコロッセオの壁面にぶつかるように体を止めた。
炎を吐き尽くした竜は再び青い火の玉を吐き出す。それを怜生はギアの気弾で撃ち落とす。
ギアの連射性は竜のそれを上回り迎撃の合間を縫って竜に気弾が命中する。しかし、竜にひるむ様子は全くない。
(敵の攻撃食らえば即死。こっちの攻撃はノーダメ。攻撃、防御、スタミナ、全部向こうが遙か上って無理ゲにも程があるだろ。相手がそんなに動かないってのがまだ救いだけども!こんなの同じ竜である清闇さん呼ぶしかなくね?!)
赤い火の玉を吐き出したのを見た怜生が再び走り出す。その後ろで赤い火柱が噴き上がった。
(青玉が通常、赤玉は炸裂使用のちょいゲージ消費技。さっきのブレスが使用するとゲージがりがり削る大技って感じか)
「おら、どうした!威勢がよいのは最初だけかー!」
「逃げてちゃ勝てねえぞ!」
「死ぬ気で一発かましてみせろー!」
逃げる怜生へと観客からの野次が飛ぶ。
「うっっさい!こっちは必死なんだかんね!!」
(とはいえ)
怜生が足を止めると、体を反転させて竜へと駆け出した。
「一発殴っとかないと気がすまねぇな!!」
怜生を狙い青い火の玉が次々に浴びせかけられる。それをギアの気弾の連射に任せて片っ端から迎撃する。
青い火の玉に紛れて赤い火が怜生の目に映る。反射的に危険と判断した怜生が赤い火の玉に気弾を集中させた。
(壊れねぇ!チッ、赤玉は避けるパターンにしても遠い。んが、やってやろうじゃんか!!)
不利な状況下で怜生の負けん気に火がつく。その闘志を糧にギアが力を生み出す。
飛び込み前転の要領で前方へと怜生はその体を投げ出した。
「ダイブ!」
両足のギアが気弾を爆発させる。その爆発力を利用して怜生は矢のように真っ直ぐに低く飛ぶ。
怜生の頭上を火の玉が次々と通り過ぎて、後方で火柱を上げる。しかし、竜まで距離はまだある。
そこで怜生は更に加速する。熱さで背がひりつくのを感じながら、再び足下で気弾を炸裂させた。
「第二エンジン点火!」
急激な加速で体の臓器が押し下げられるような感覚に襲われるも、怜生は歯を食いしばって耐えた。
さすがの竜も怜生の動きの急激な変化に対応しきれない。
竜の伸びた首の根本近くに、体当たりで怜生がぶつかった。
「オリャァァ!」
怜生の両手が目映い光を放つ。0距離からのギアの全力攻撃。轟音と体全体に感じる振動が怜生に手応えを伝える。
大きく揺れた竜の頭につられて、ぐらりとその巨体も揺れ動く。
「どうだぁ!0距離からの全力攻撃!」
成功の興奮がアドレナリンを大量に生み出し、怜生から気持ち悪さを忘れさせる。
怜生がにらみ付けたその先。竜の目は敵意に燃え盛っていた。
「あり?」
見れば、先ほど攻撃した箇所は多少焦げている程度。
「あ、あれー?も、ももも、もしかして、怒らせちゃっただけだったりー?」
「グルルル。ガオォォォ!!」
竜の返答は、地鳴りを起こすほどの怒りに満ちた雄叫びだった。
「ヒィィィ!!」
竜の怒号をまともに浴びた怜生は腰が抜けそうな恐怖を味わった。
(チ、チビるぞこれはぁ!?)
しかし、恐怖に震えている暇は怜生にはなかった。
竜が鋭い牙が並んだ口を開けば、その奥に真紅の炎が揺らめいていた。
「そらいかーん!」
向きも何も考えず怜生は空へとダイブした。
空へと撃ち上がった怜生と入れ替わるように真紅の火炎が雪崩込む。
ほっとしたのも束の間、空中の怜生へと竜が口を向ける。頭上に広がったコロッセオから炎の帯が迫るのが怜生の目に入った。
反射的に突き出した腕から気砲を放ち、真横へと体をスライドさせる。
しかし、竜も負けじと怜生を追って首を動かす。空へと吐き出される火炎の息を、UFOもかくやという動きで怜生は必死に避ける。
「ははは!いいぞ、兄ちゃん!」
「頑張って避けろー!」
野次に応える余裕もない、口を開こうものなら舌を噛む。さらに、無理矢理な方向転換とその度の加速が怜生をどんどん苦しめる。
(も、もうあかーん!!)
意識が飛びかかった頭に活を入れて、地面っぽい色をしている方へとどうにか体を撃ち出す。
「ぶるぁ!!」
どうにか四つん這いの体勢でコロッセオの地面に激突する。その衝撃で体全体が痺れた。
しかし、そんなことを気にする余裕は怜生にはなかった。
(せ、世界が回る!俺の三半規管のライフはもうマイナスよ!)
ぐるぐると回る視界の中に竜がいる。立ち上がろうと足掻くもまとも立っていることさえできなかった。
そこへ竜が赤い火の玉を吐き出す。
避けようと怜生は走り出す。つもりだったが、足がもつれて無様に転げた。
(ヤバイ、赤玉は壊せねぇ!直撃なしでも爆発で)
閃いた思いつきのまま怜生はギアへと意識を集中する。仰向けのままで弓に矢をつがえるイメージをする。応えたギアが放出する気を弓へと変化させる。
放たれた矢が赤い火の玉へと突き刺さると、赤い火の玉が火柱を上げて爆発した。
「よっしゃぁー、ビンゴ!爆発仕様なら風船みたいに針刺せば割れる!俺、天才!」
仰向けのまま怜生はガッツポーズを決める。
「ガオォォォ!」
吼えた竜が青い火の玉を次々と吐き出す。
「うわわわ!」
火の玉をギアで撃ち落としながら、よろよろと怜生は距離を取った。そこに追撃が来ない。
「およ?」
よく見れば竜は体で息をしている。
「竜が疲れてるぞー!」
「反撃のチャンスだ!兄ちゃん、イイとこ見せろー!」
(まぁ、そうなんだけどさ)
まず怜生はこっそりと股間に手を当てた。
(良かった。漏らしてない)
未だにしっかりとしない足下、疲れが溜まり出した体。
(赤玉、青玉は攻略できる。が、次に火吐かれたらアウト。ダイブで避ける体力はなし。当てにした攻撃は大して効果なし。あれ以上のは下準備必要。となると、攻めるにしても、生物共通の弱点っぽい目、鼻、耳、口ん中になる。けど、顔に近寄るのは自殺行為)
僅かな時間でも息を整えて体の調子の回復を図る。
(癪だけどここらが潮時かな。一発入れたんで良しとしとくか)
怜生はリュカオスへと降参宣言をしようと手を挙げた。
「ガオオオー!」
竜が力強い雄叫びとともに翼を羽ばたかせた。
「お?お、お、おおおおお!?」
驚いた怜生が動きを止めた僅かな合間に、コロッセオに暴風が吹き荒れた。
「ちょ!どんだけ!?風速おかしくない?!」
吹き飛ばされまいと前傾姿勢で怜生は暴風に耐える。
(羽ばたいてこんだけの風が起きるわけない!これだからファンタジー生物はぁ!降参するからいいもののこれでさらに火吐かれたら詰むじゃ)
その思いつきで怜生の心は一気に冷えた。
「ちょ、降参!降参!俺の負けで終了!」
しかし、怜生の叫びは暴風にかき消された。
「イヤぁぁ!?試合中の選手の声はもっと細かく拾ってぇぇ?!」
暴風の向こう側に小さな赤い光が灯るのを怜生は見た。
(あ、詰んだ)
怜生の脳裏に今までの人生が過った。
(結構好き勝手してきた人生だったなぁ。ってこれ走馬灯?!縁起でもねぇ!!律ならギアで火を斬れる、永光なら術で防げる、バのおっさんはどうにかできそう、ルイスとエイブラムはーーー、考える間が惜しい!ああもう、律のギアならイイのにぃ!俺のギアなんてたかが)
怜生は唾を飲み込んだ。
(あった。んが、ぶっつけ本番失敗は死ってどんだけハードなんだっての!)
緊張感に怜生の体にぶるりと震えが走る。
(しっかし、この感じ癖になりそ。やっべ)
怜生の顔に不敵な笑顔が浮かぶ。
少しずつ大きくなる赤い火を見据えてタイミングを見極める。極限状況下で、怜生の集中力が跳ね上がり意識が研ぎ澄まされる。
真紅の炎が怜生を飲み込む寸前、眼前に重ねた両手から巨大な気弾を膨らませる。しかし、炎に巻かれた気弾はほぼ一瞬でかき消される。
「アクセル全開!!」
同じ気弾が怒濤の勢いで連射される。泡のように膨らみ弾ける気弾が炎を受け止めて勢いを削ぐ。
右手のギアで高速連射、左手のギアで気弾の膨張。一瞬で壊れる盾だが、壊れるそばから新しい盾を用意する。そうすれば、炎を押し返せずとも、巻かれるまでいくらかの時間を稼げる。
その時間が竜の炎を吐く時間より長ければーー。
「んぎぃぃぃ!!」
決死の表情で歯を食いしばって怜生は堪え忍ぶ。視界を埋め尽くす真っ赤な炎とじりじりと狭くなる気弾の範囲が、怜生の精神を容赦なく削る。
(ヒィィィ!これ焼かれる前にSAN値0で発狂するぅぅ!!いっそひと思いに殺ってぇぇ!?律の前で子猫虐めるよりキツいぃぃ!?)
涙で滲む怜生の視界がいきなり開けた。そして、その先には大きく体で息をしている竜がいた。
(チャンス!)
連射を止めた怜生は熱気に包まれた。
「あっち!あっち!!夏の浜辺よりあっつい!!」
ぴょんぴょん跳ねながら焦げていない場所まで怜生は避難した。
「宣言通り今から倒してやんよ!」
着ていたパーカーを脱ぎ捨てると怜生は竜へ駆け出した。
火に巻かれた選手が生きていた事実にコロッセオの観客席から歓声が上がる。
ふらつく竜が青い火の玉を次々と怜生へ浴びせかけるも、気弾で相殺しながら怜生はどんどんと距離を詰める。
(これが最後の)
「ダイブ!」
急加速した怜生の体が矢のように飛び出す。
しかし、今度は竜の体にぶつかる直前、真下へと気弾を撃ち出し反動で真上へと跳ね上がる。
そして目の前にあった竜の首に手を掛ける。
「おらぁぁ!」
勢いのまま回転した体を無理矢理動かして竜の首に後ろから抱きついた。
「我慢比べじゃあ!!」
両手両足のギアが高速連射で気弾を炸裂させる。竜の首で炸裂する気弾の振動が竜の頭部に伝わり激しく揺さぶる。
「ギャオオオ!」
苦悶する竜が張り付いた怜生を剥がそうと首を振り回す。
「に゛に゛に゛に゛!」
振り飛ばされそうな体に必死に力を込めて、怜生は首にしがみついてなおも気弾を炸裂させ続ける。
暴れる竜に加え、ギアの気弾の衝撃はもちろん怜生にも響く。
(おごふっ、色んなもん吐き出して全部台無しにしそう!)
「グギャオオ!」
今までないほど首を真上に伸ばして竜が吠えた。すると、力を失った頭がぐらりと落ちるのに合わせて、その巨体も地響きを上げて倒れ込んだ。
硬直した体を無理に動かして怜生は倒れた竜の上に立ち上がった。
そして、頭上に拳を突き上げて高らかに宣言した。
「ギブアーーーップ!」
その意味を理解した観客席から一斉に大ブーイングが巻き起こる。
「うっさい!宣言通り倒したっての!こっちはもうヘトヘトで減らず口叩くだけでも辛いんだからな!」
「それで構わないのか?」
落ち着いたリュカオスの声が怜生に確認を求める。
「いいっていうか、むしろお願い。こっちはもう歩くのさえしんどいけど、竜は目を回しただけ。復活したら瞬殺されるのがオチでござんす」
「解った。この勝負、桐島怜生の負けとする!」
乗っていた竜の実体化が解除される。そうなれば、上に乗っていた人物はもちろん落下するわけであり。
「え?」
言った通りに歩くことさえままならぬ怜生は、受け身も取れず地面と激突し意識を飛ばした。
「医療班、回収を頼む」
リュカオスの要請を受けた医療班がコロッセオから怜生を回収していった。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[51] 帰宅後の一幕
せつない
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2012-12-16(日) 23:20
マーメイド達の休日仕立屋リリイの間の一場面)

ターミナルの屋敷に戻り、シュマイトは旅の荷物を片付け出した。
初めに鞄からそっと取り出したのは貝殻のブレスレット。
窓からの日射しに透かして光に目を細めた後、手首に嵌めてみた。
紫のテイルコートの袖に素朴な輝きが映える。
似合う……ような気がする。
つけた姿を大鏡で確認し、内心でそうつぶやく。
しばらく身に着けてみようか。
一度はそう思うも、迷った末にはずす。
大切なものだからこそ、持ち歩いて壊したり失くしたりしてしまうのが嫌だ。
その臆病さこそがシュマイトの本質。
だが、とシュマイトは思う。
身につけていくべき日はきっと遠くない。
ブレスレットをくれた親友の結婚式。
花嫁との絆を忘れないために。
そこにすがらないと、泣き出してしまうかもしれないから。
ブレスレットを棚の箱に収め、シュマイトは荷解きを再開した。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[13] 虎の身上
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-02-01(水) 18:20
猥雑な活気と喧噪渦巻く謀略と諜報の都、港湾貿易で栄えた人種の坩堝ー上海。
綺麗に区画整備された租界と朱い雪洞を鈴なりに連ね人力車疾駆する歓楽街とが隣り合う混沌の魔都、その底辺をしぶとくしたたかに生き抜く時代の申し子にして落とし子たちーストリートキッズ。

ある者は親に捨てられある者は親を捨て、似たり寄ったりの生い立ちの仲間と徒党を組み、かっぱらいや掏摸を生業として路上で生きる子供達。

年少の身でありながら、彼はその愚連隊の一群を率いていた。

少年の名はリエ・フー。
母譲りの艶やかな黒髪、猫科の猛獣めいて獰猛な黄金の双眸の少年は、行き場を失くした孤児らの寄り合い所帯を仕切り、彼等が口を糊するだけの糧を与えていた。

「はっ、はっ、はっ」

人民服に包まれた薄い胸を喘がせ、息弾ませ駆けるリエを、殺気走った官憲の一群が追い立てる。

「待て小僧、自分が何しでかしたかわかってんのか!」
「牢屋にぶちこんで嬲り殺しにしてやる!」

憤怒の形相で手に手に警棒を振りかざす官憲ども、喧々諤々乱れ飛ぶ怒号と罵声、市場の屋台を引き倒し蹴散らし転々と跳ねた瓜を踏み潰し果汁を散らす。

捕まれば一巻の終わり、私刑に遭ってあの世行き。ここでは人の命は軽い。子供の命はなお軽い。

瞼の裏にちらつく凄惨な光景。
路地裏の血だまりに倒れ込んだ亡骸、その傍らに愕然と立ち尽くす少女の戦慄の表情。

『私、だって私……』

青ざめ震える唇が紡ぎ出すのはひとごろしの自己弁護、せめて自分を見つめるリエにだけはその秘めたる真実をわかってもらいたいとつっかえつっかえ訴える。

『私、わたし』

白い手には血塗れの簪。
確か、客に貰ったのだと言っていた。
少女にとっては売られた娼館での数少ない良い思い出の一つなのだろう、髪に挿した簪の由来を語る時だけは窶れた顔が綻んだ。

名前も知らない。
生まれも知らない。

ただ、貧しさ故に売られたのとだけ語る少女の境涯がけして幸多いものではなかったろう現実は、薄汚れた旗袍越しにもわかる痩せこけた体がいやというほど代弁している。

出会ったのは偶然だった。
少女は街角で客を取っていた。

夜毎違う男に体を開く苦痛に耐えきれず娼館を逃げ出したものの、年端もいかぬ少女が身を立てるにはどのみち売春しかなく、他の街娼の縄張りを冒さぬよう、街燈の明かりさえ届かぬ路地の暗がりでひっそりと身を縮めていたのだ。

そんな少女にまともな客が寄り付くはずもなく、ある夜、しこたま客に殴られていた現場に偶然通りかかったのがリエだった。

その夜、一仕事終えたリエはちょっとばかし懐が温かった。
阿漕な商売で儲けた金持ちから分厚い財布をスッたのだ、腹はくちて胸も痛まぬ痛快な宵だ。

鼻歌まじりにねぐらへ向かう帰途、そんなリエの耳に助けを求める声が飛び込んできた。

劣情に息荒げ、少女にのしかかる男の後ろ襟を引っ掴み、器用に体重を流して投げ飛ばし、敵に起き上がる暇も与えず少女の手を引いて逃げ出した。

『謝呀……あなただれ?』
『どうでもいいじゃねえか、そんなの』
『名前を知らなきゃお礼も言えないわ』
『リエ・フー』
『本名?』
『さあな』
『名前に虎が入ってるのね。強そう』
『どうせ似合わねえって言いてえんだろ。悪かったな、こんなちびで』
『ううん。いい名前。心に虎が棲んでるのね』

ひとの運命はどう回るかわからない。
あの夜助けたのをきっかけに、なんとなく縁ができてしまった。

勘違いするな、気まぐれで助けたのだと放言して憚らぬリエに対しても義理堅く恩を尽くし、街で見かけるたびに小さく手を振って寄越す、ただそれだけの……他人以上知人未満の関係。

リエはそう思っていた。
たとえ彼女が遠慮がちに振って寄越す手に咲き初めの思慕とうぶなはにかみが添えられていたとしても、娼館で生まれ育ち、男女の営みの酸いも甘いも知り尽くし冷めた達観に至った少年は、けして思い上がりはしなかった。

あの夜少女を襲った暴漢が警官だと判明したのは、つい先刻の事。

この界隈では札つきの悪徳警官でゆすりたかりは当たり前、そんな男があの少女に目をつけて、真昼間っから路地の暗がりに引きずりこんだのだ。

なんであの場所を通ってしまったのか。
他にもねぐらに帰る道は多々あるのに、なんで今日よりにもよってあそこを通ってしまったのか。

まさか、と走りながら自嘲する。

まさか、あの女に会いたくて?
たった一度助けたっきりの名前も知らない女が性懲りなく手を振って寄越すもんだから、いつのまにか自分でも気付かぬうちにあの道を選んでしまったとでもいうのか?

馬鹿な。
馬鹿げてやがるぜ、まったく。

そういえば、初恋の女に少しだけ似ていた。
顔の造りはそれほどでもないが、儚げに目を伏せた表情と、はだけた裾を楚々と直す指遣いに既視感を憶えた。


だから俺は、

『リエ!!』

耳を劈く金切り声、薄暗い路地裏に響き渡る悲痛な絶叫。

非力な少女を組み敷き、今まさに事に及ぼうとしていた制服の尻に蹴りを入れ地面に転がす。
少女の顔は真っ赤だった。鼻血だ。警官に殴られたのだ。頭が真っ赤になった。一瞬で沸点を突破した。

『なんだてめえは、あっち行ってろ!これからお楽しみ……』

喚き立てる胸ぐら掴み、渾身の力で拳を振り抜く。
一発、二発、三発。
風切る唸りを上げて拳を振り抜けばぐしゃりと肉が潰れる感触、重く鈍い衝撃に合わせ直に伝わる違和感。五発目で鼻が折れる。

混ざりてえか?
粘着な吐息に乗せた揶揄が耳朶を濡らした刹那、理性が消し飛んだ。
リエの体が吹っ飛ぶ。警官が凶器を使ったのだ。ベルトに挿した警棒を引き抜き、リエの頭髪を鷲掴んで吊るし上げ、顔と言わず肩と言わず胸と言わず殴打する。

所詮大人と子供、体格と膂力の差は圧倒的。
相手は警官、それなりに場数も踏んでる。

警棒の一振りごと体中に衝撃が爆ぜ、焼けるような痛みが四肢に広がる。
額が切れ目に血が流れ込む。
鮮烈な赤が瞬くたび朦朧と意識が遠退いていく。

見上げた空は左右に迫り出す建物に区切られて細く狭く遠く、何もかもが煤けていてー……

『リエを離して!!』

頭髪を束で鷲掴みにする腕からふっと力が抜ける。

尻に衝撃。
地面に尻餅ついたリエは、嬉々として自分をいたぶっていた官憲の背後に寄り添う少女の姿を網膜に焼きつける。

少女の手には簪。
その鋭利な先端が官憲のうなじに深く深く食い込んでいる。

『ぐっ……でめ……』

濁り濁った断末魔が、戦慄く唇から血泡と一緒に滴り落ちる。
簪をそのまま横に引けば断ち切れた頸動脈から血がしぶき、少女の髪を、顔を、手を、服を、全てを赤く禍々しく濡らしていく。

栓が抜けた頸動脈から大量の血を噴き上げ、さしたる抵抗もなく倒れた官憲。
不規則な痙攣が止めば、そこにあるのはただのモノ……脂肪の塊に成り下がった人間のなれのはて。



かちゃん。
血脂でぬめる指を擦り抜け、簪が地面で跳ねる。



それが、先ほど起こった一部始終。
彼が行きずりに関わってしまった喜劇の幕切れ。


「警官を殺したらどうなるかわかってんだろうなあ、クソ餓鬼!!」

背後に殺到する靴音と口汚い罵声がリエを現実に引き戻す。

今は官憲を巻く事にだけ集中しろ、がらにもねえ物思いは後回しだ。

『こいつを殺ったのは俺だ』

咄嗟に出た言葉は、けして正義感から来るものじゃない。

己が作り出した血溜まりに蹲りがたがた震える少女を無関心に一瞥、地面に落ちた簪をひったくる。

『サツを殺ったら箔がつく。仲間にもデカい顔ができる』

ためつすがめつひねくりまわし、べったり指紋を上塗りした簪を投げ捨て、死体の懐を素早く漁ってぱんぱんに膨らんだ財布を没収する。

『思った通り、ためこんでやがるぜ』

最初からそれが狙いだったのだと仄めかし、したたかで不敵な笑みを片頬に刻む。

相変わらず腰を抜かしたまま、呆けたように虚ろな目でこちらに凝視を注ぐ少女を振り返り……


初めて、手を振り返す。
申し訳程度のそっけなさで。

『再見……は、ふさわしくねえか。あばよ小姐。せいぜい達者でな』



それが最後の言葉。
最初で最後の別れの挨拶。


もう二度と会う事もないだろう少女の泣き顔をかぶりを振って追い出し、ひたすらに前だけ見て走り続ける。


後悔はない。悲嘆もない。正義ではない。同情でもない。


では気紛れか?
対(トエ)。


官憲を敵に回して得た収穫と現在進行形の窮状が釣り合わなくても、最終的に嬲り殺され路上で息絶え野犬の餌となる運命が待ち構えていたとしても、後悔はしない。


これは只の気紛れ。
だからこそ、後悔はしない。





『ー……あんたの正義感を満たすのはコリゴリよ?ああ、利用するのはいいかもね!……残念。オレサマは世界樹からのことしか「記憶」はなくてねぇ。きっと食った奴が悪かったんだなぁ、うけけけっ!』


神経に障る甲高く軋んだ哄笑に、およそ八十年余りを遡る追憶に沈んでいたリエ・フーは薄らと目を開く。

剣呑な眼光を点した黄金の瞳が、正面に囚われたシャドウを射貫きー

ふっと、不敵な笑みを片頬に刻む。
容姿を裏切るが如き冷めた達観と底冷えする凄味とが同居する、獰猛な虎の笑み。


「勘違いすんな下郎」


薄く形良い唇をねじり、唾棄するように吐き捨てる。

「正義?偽善?しゃらくせえ。一体そんな戯言にこの俺の魂を売り渡す値打ちがあるってのか?お安く見さらすのも大概にしやがれ」

耳を澄ませば今も聴こえる、今も耳に響く甲高く硬質な軍靴の音。
忘却の彼方から幾重にもこだまする故郷の残響を振り払い、伝法な所作で足を組む。
用意された椅子に踏んぞりかえり、フライトジャケットを羽織った肩をぞんざいに竦め、皮肉な巡り合わせで得た永い余生を持て余し、己の血潮が燃え上がる刹那をこそ貴ぶ仮借なき博打打ちの笑みで。


「アレは只の気紛れだ。こちとら気紛れに悔いを残すようなしみったれた生き方はしてねえんだよ」

『んじゃなんだってあんな質問を?』

高飛車に啖呵を切るリエを二度と会う事はないと思っていた少女の顔で胡乱げに見返し、シャドウが尋ね直す。

「ありゃあ只の皮肉だ」

そんなこともわかんねェのかよ、と、リエは嗤った。


それこそが、虎の身上にして信条。


[50] 追記
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-12-14(金) 18:15
「【世界樹旅団】シャドウ・メモリに尋問」北野東眞WRより。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[7] 茨の揺り籠
ゼシはちっちゃいからバナナは半分しか食べられないの
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675) 2012-01-11(水) 10:02
だれかが泣いている。

ゼシカ・ホーエンハイムは廃墟の教会にいた。
時系列は判然としない。前後の脈絡は分裂している。ここがどこか、どうしてここにいるかもわからない。ただ、歩いている。

過ぎし日極彩色の恩寵を与えた給うた壁の高みのステンドグラスは無残に割れて、直接注ぐ日射しが塩の柱のように淡く空間を照らしている。
朝な夕な訪なう敬虔な信者の靴裏に削られた床板は朽ちてささくれ、割れた窓や抜けた屋根から吹き込む雨風に長年晒され、傾いで撓んだ部分も多くある。

左右対称、等間隔に配置された信徒席の中央を真っ直ぐに貫いて、両開きの巨大な扉から三叉の燭台が鎮座まします説教台へと信仰の道が敷かれている。

石灰質の静寂が耳を塞ぐ。

そう、ここはとても静かだ。でも、ゼシカにはわかる。何故だかわかるのだ。
だれかが泣いている。
とても哀しそうに、苦しそうに泣いている。

悲痛な嗚咽。
咆哮のような慟哭。

そして、唐突に気付く。

静寂に満たされた教会の片隅に、繊細な装飾を施した矩形の箱が安置されている。
柩を立て掛けたような不吉な印象にも増してゼシカが怯んでしまったのは、その外観が「鉄の処女」なる中世の拷問具に似ていたから。

『ねえ知ってるゼシカ、悪い魔女は教会に捕まって拷問にかけられるのよ。異端審問ってヤツよ』
『いたんしんもん?』
『中でも凄いのは鉄の処女っていってね、見た目は何の変哲もない等身大の箱だけど中には鉄の棘がいっぱい生えててね、閉じ込めて扉を閉めると棘がぐさっ、ぐさって……そうやって体中の血を搾り取っちゃうのよ』

拷問の本で読んだという知識を得意げに語り聞かせてゼシカをさんざんに脅かしたのは、孤児院にいたちょっと意地悪でおませな女の子。
ゼシカより三つ上のお姉さんで、ゼシカの知らない事をたくさんたくさん知っていた。
あとで先生に見つかってうんと叱られたけど、その夜ゼシカは恐怖のあまり眠れなかったものだ。

即座に回れ右して逃げたくならなかったといえば嘘になる。
辛うじて踏み留まったのは、その柩の中にこそ求めるものがあるという啓示のような直感に導かれたから。

ポシェットの肩紐をぎゅっと握り、きっと顎を引き、なけなしの勇気を振り絞って一歩を踏み出す。

一歩、また一歩。

小刻みに震える足と笑う膝を叱咤し、一歩ずつ近付いていく。
逃げちゃだめ。逃げちゃだめ。逃げちゃだめ。
怖くない。だいじょうぶ、きっとできる。

きつく目をつむり、孤児院の先生や友達の顔、近所のおばさんやおじいさんおばあさんの顔、優しくて大好きな故郷の人達の顔を思い出す。

怖くない。みんないる。
ゼシはひとりぼっちじゃない。

ひとりぼっちなのは……

柩の前で立ち止まり生唾を嚥下、恐怖と混乱に潤んだ瞳で、緊張に強張った顔で、その外観を仔細に検める。
遠目に棺と見えた物は柱時計のような形状をした小部屋で、正面に扉が付いていた。


告解室だわ。


心の中で呟く。
ゼシカ自身はまだ入ったことはないが、その存在は修道女の話で聞いていた。教会に備わる、罪を告白するための小部屋だそうだ。
罪を悔いて赦しを得る為の小部屋。
もし自分なら何を告白するだろう。こないだおねしょしちゃったことかしら。

他愛もない考えで恐怖を紛らわせつつおそるおそる手を伸ばし、少しだけ力を込めて押してみる。

軋りながら開いた扉の向こうを覗きこみ、ゼシカは絶句する。

「ここは……」

扉の向こうにはもう一つ教会があった。
ゼシカがいた教会とよく似た、どころか全く同じ教会。
信徒席の配置も説教台の位置もステンドグラスの割れ方さえ寸分違わず同じだが、唯一にして最大の違いを挙げるなら、左右の信徒席を隔てる床に深々と亀裂が穿たれている事だ。

覗きこめば千尋の闇。
冥府へと誘う暗黒の深淵が待ち受けている。

床の亀裂に怖じて思わずあとじさったゼシカの目が対岸に何かを発見する。

だれかいる。
こっちに背を向けて蹲っている。

胸を押さえ突っ伏した姿を最初苦しみ悶えているものと勘違いした。

どうしたの?
大丈夫?

声をかけたくてもこの距離からでは届かない。
人を呼んで来ようか迷ってきょろきょろあたりを見回すも周囲には誰もおらず、思い詰めて振り返れば柩の扉は固く封印され、元の教会に戻る道さえ絶たれている。


対岸に蹲った人影に目を凝らす。
どうやら猫背の男性のようだ。
漆黒の牧師服に包まれた体躯は薄く貧弱で頼りなく、深く垂れた頭を飾る髪もまた黒い。


牧師さんだ。


次の瞬間、悟る。

男は苦しんでいるのではなく泣いているのだと。
両の手にロザリオを握り締め、額を十字架に伏せ嗚咽しているのだと。


どうしたの?
どこか痛いの?


慰めてあげたいのに十字架に縋って嗚咽する姿があまりに痛々しくて、喉の窄まりから上手く声を汲み上げる事ができない。

男はけっして振り向かない。
亀裂を挟んで対峙するゼシカの存在に気付いたふうもなく、細い指に幾重にも指を絡め十字架を揉みしだき、何事か譫言を口走りながら泣き続けている。
底知れぬ絶望と孤独に打ちひしがれ、よすがとした十字架に額を預け、物狂おしく咽び泣く。


ねえ、どうしたの。
なにかできることある?


そっちへ行けたらいいのに。今すぐ男の元へ駆け寄りたい、大丈夫だよと安心させてあげたい、優しく頭をなでてあげたいのにできない、彼はゼシカに気付いてもいない、ただ泣いている、魂を絞るような声で


ねえ神様、どうしてあの人は泣いてるの?
どうしてそばにだれもいないの?


ひとりぼっちは可哀想。


誘われるように一歩を踏み出す。一歩、また一歩と床を踏みしめた爪先が断崖の手前で止まる。

男はもうすぐそこにいる。手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
その距離まで近付いて、漸くゼシカは気付く。
違う。
牧師服が与えた先入観のせいでまたしても錯覚していたが、よくよく手元に目を凝らしてみれば男が握り締めているのはロザリオではない。


一冊の古い手帳。


革の装丁は擦り切れて手垢に光り、如何に使い込まれているかを物語る。
長く伸びた前髪に沈んで表情は見えないが、男はその手帳を大事そうに胸に抱き、薄く頼りない体全体で包み込んでいる。


生まれてこなかった子供を抱き締めるように、
力及ばず守りきれなかったものを、今度こそ守り抜こうとしているかのように


あの手帳にはきっと、大事なひとの名前が書いてあるのね。
とても大事なことが書いてあるのね。


子供心に身を挺して手帳を死守する切迫した様子からそう察したゼシカは、なんだかたまらなくなって、崖の際に踏み止まった体勢から目一杯に手を伸ばす。

男はゼシカに気付かない、振り向かない、手帳を抱きしめて嗚咽している。ゼシカが一生懸命呼んでもどれだけ必死に手を伸ばしてもこちらを見ようともしない。
涙を吸った手帳が手の中でふやけて撓む、前髪に隠れた顔が悲哀に歪んで胸が大きく波打つ。
ねえこっちを向いて、ゼシを見て、どうしたのどこが痛いの?
もう大丈夫だよと言ってあげたい、怖いことなんか何もないよと慰めてあげたい、あともう少しで届きそうなのに深い深い地獄にまで達するような断裂が歩みを阻むのがもどかしい、男は泣いている、あんなに泣いているのに……ゼシまで哀しくなる、目が潤んで視界が霞む、息を吸って吐くだけの簡単な動作に肺腑が焼けるような苦痛が伴う。


「       !!」


声を限りに叫ぶのに、男は気付かない。


「       !!」

声を限りに祈るのに、神はいらえを返さない。

神様、とゼシカは念じる。神様どうかお願い、ゼシいい子になります、お手伝いもたくさんします、お寝坊ももうしませんわがままも言いませんだからお願い神様


あの人をたすけてあげて
あの人のもとへ行かせて


涙腺がゆるんで目がじんと疼いて熱い涙が頬を濡らす。胸がひどく苦しい。
こっちを見て、こっちを向いて、お願い顔を上げて。
なのに男は顔を上げない。ゼシカの求めに応じる事なく、断崖越しに差し伸べられた手にも呼びかける声にも一切反応らしき反応を示さず絶望の殻に閉じこもっている。

この崖を飛び越えてあの人のところへ行けたなら。

死と隣り合わせの危険な誘惑に心がぐらつく。
そうでもしなきゃだれがあの人に大丈夫だよって言ってあげるの、もう泣かないでいいのよって教えてあげるの?
きつくきつく目をつむり、小さな手を胸の前で一心に組んで祈る。奮い立つ勇気が恐怖に打ち克つ。
再び目を開けた時、青い瞳は一途な使命感と強い意志とに磨き抜かれて冴えた光を放っていた。



神様はなにもしてくれない。
ゼシがなんとかするしかない。



あの人を助けようとそう望むなら、ゼシカ自身が頑張らなきゃいけないの。
どんなに怖くてたまらなくて逃げたくても諦めて引き返すわけにはいかなくて、しんこうしんとかしめいかんとかはくあいせいしんとかきっとぜんぜん関係なくて、こんなに近くに泣いてる人がいるのにほっとけないってただそれだけの理由じゃなくて、上手く言えないけど、そうだ、だって


『ゼシカ』


ママならきっと、こうするでしょう?
ゼシカが崖の向こうに行くのを手伝ってくれるでしょう?


いちども会ったことないママ、優しくてキレイなママ。結婚式の写真でパパと一緒に笑ってた幸せそうな花嫁さん、ゼシカを産んで死んじゃったママ、でも生まれてきてごめんなさいなんて言わない、だってそんなのすごくすごく頑張ってゼシカを産んでくれたママに失礼だもの、そんなこといったら産んでくれた人が哀しむもの、きっとがっかりしちゃうもの。


かわりにありがとうって言いたい。


「ママ、」

産んでくれてありがとうって、大好きなママにお礼を言いたい。

「パパ、」

でも、ゼシの誕生を楽しみに待っててくれたパパにはごめんなさいを言いたい。赤ちゃんの時、ゼシが元気なかったせいで哀しい思いをさせてごめんなさい。パパはゼシもママも死んじゃったと思って、それがすごく哀しくて、家族がだぁれもいなくなっちゃったのがすごくすごく寂しくて、それでいなくなっちゃったの。いなくなった家族をさがしにいっちゃったの。


本当はちゃんとここにいるのに、ゼシの事が見えなかったの。


じりじりとにじりさがり重心を低く構えて深呼吸、まっすぐに対岸を見据えて覚悟を決める。
怖くないわけがない。でも、ひとりぼっちのほうがもっと怖い。
「ゼシ、知ってる」
ひとりぼっちとひとりぼっちが一緒になれば、もうひとりぼっちじゃなくなるんだよ。家族が、友達ができるんだよ。
靴裏で床を蹴る。助走、跳躍。軽い体が風に舞いあがる。スカートの裾がふわりと膨らみ、足元に深い深い奈落が口を開ける。



あと少し、もう少しで届く。



対岸に足が掛かろうかという寸前、手帳を抱きしめ泣き崩れていた男が、風に呼ばれたようにふと振り返る。
長い前髪がばらけてほんの一瞬、泣き濡れた素顔が露わになる。縁なし眼鏡をかけた穏やかな顔は、ゼシカがずっと捜し続けていた人物とそっくりで……




パパ。





「!」
目覚めた時、ゼシカは天幕の中にいた。
神託の都、メイム。過去に遡る、あるいは未来を暗示する神秘の夢を見せるという都。

たゆたうシーツの上で陽だまりの仔猫のように丸まっていたゼシカは、眠気の残滓を帯びた極端に緩慢な動作で目をこすり、ぱちぱちと瞬きする。

「パパ………?」
夢見心地に呟き、口惜しげに唇を噛み、どれだけあがいてもがいても何も掴めなかったちっぽけなてのひらを見おろす。


結局、この手は届かなかった。
子供の小さな手では孤独に凍えた背を掴めず、短い足では断崖絶壁を飛び越せず、精一杯張り上げた甲高く澄んだ声は崖底から唸りを上げる風の音に消されてしまった。

あんまりにも無力で非力でちっぽけな。
せっかく覚醒してもただの子供でしかないゼシカ・ホーエンハイム。


だけど、


「………そこにいたのね、パパ」
からっぽの手をきゅっと握り、己の胸へと持っていき、反対の手をそっとこぶしに重ねて温める。


漸く居場所がわかった。パパはあそこにいる。暗く冷たく寂しい廃墟の教会にたった一人、彼が精一杯の願いと祈りを込めた手帳を抱いているのだ。
生まれてくる子供の名前を何十何百と書き留めた手帳……ゼシカが貰うはずだった名前がひそやかに埋葬された手帳を。


「むかえにいくから、待っててね」

その時こそ、ゼシカはにっこり笑ってこう言うのだ。
先生から教えてもらったママの口まねをして、ドジでうっかりさんなパパを脅かしてあげるのだ。


『おねぼうさんなハイド、そろそろ起きる時間よ』と。
[49] 追記
神様はきっといる。
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675) 2012-12-14(金) 10:09
「茨の籠」(阿瀬春WR)のゼシカ視点の話。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[24] Remember in place.
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799) 2012-07-18(水) 19:41
祝福の鐘は聞こえない。
代わりに鳴り響いたのは二発の銃声。

一発目は花嫁の胸に。
二発目は司祭の胸に。


「………」


LAの片隅の小さな教会。
等間隔に整列する長椅子の間を貫くように世に言うヴァージンロードが敷かれている。
終点には燭台を立てた祭壇が設えられ、その背後にはキリスト受難像を象った巨大な十字架が掲げられている。

壁の高みに穿たれた窓から、ステンドグラスを透かして極彩色に染め抜かれた陽射しが降り注ぐ。

窓の向こうには鏡面のように残照を鋭角に反射し林立するビル群。
暮れなずむ空の下に清と濁、聖と俗を併せ呑む背徳の都市が広がっている。

黒背広に身を包んだ男は、足元に横たわる死体を黙って見下ろす。
純白の衣裳の上に撒き散らされているのは倒れた拍子にブーケから零れた花びら。
戯曲のオフィーリアを再現するかの如く、色とりどりの花びらに埋もれ臥した花嫁の顔は見えない。

ふと視線を動かし指先に目をやれば、花嫁の左手薬指で紛い物の宝石が輝いている。

同棲を始めた少年からの初めての贈り物。
女が大切にしていた安物の指輪。

恋人同士は運命の赤い糸で繋がれているという、いかにも夢見がちな女が好みそうな馬鹿げた迷信を思い出す。

『知ってる?左手薬指と心臓は一本の太い血管で繋がれてるの』
『それがなんだってんだ』

無愛想に聞き返せばはにかむように微笑んで。
彼の指を遠慮がちにつついて、言う。


『ここに指輪を嵌めるのはね、貴方に心臓を捧げるという宣誓なのよ』


彼女の心臓には温かい血が通っていた。
彼の心臓は鉛でできていた。
言ってしまえばそれだけの話だ。ただそれだけの話。


銃を持たぬ方の手で無意識に唇をなぞる。
唇にはまだ誓いのキスのぬくもりと痺れるように甘美な余韻が残っているというのに、花嫁は動かない。
彼が殺した。心臓に鉛弾を撃ち込んで。

モルグと化した聖域に立ち尽くす男の視線が、祭壇の前に横たわるもう一つの亡骸へと動く。
そこに倒れているのは司祭服を着た黒人男性。
撃ち抜かれた個所から大量の鮮血が零れている。

銃の腕は健在だ。狙い通りの正確さで右胸を撃ち抜いている。

「自慢の喉がそのザマじゃゴスペルも唄えねえな。鎮魂歌にゃお誂え向きなのによ」

どうせ紛い物だ。
何もかもが嘘っぱちの幻覚、一瞬の夢。
現実の司祭は飲んだくれのろくでなしで、マフィアの抗争に巻き込まれて死んだのだ。
ある冬の寒い朝、生ゴミに塗れ放置された路地裏の死体を一番に発見したのは彼だが、死んでなお酒瓶をひしと抱いて手放さぬ心意気にえらく感心したものだ。
ボロい聖書はポケットにしまわれたまま、神よりアルコールを愛した堕落司祭を終ぞ守りはしなかった。


これは夢だ。
最初から夢だった。
薬指に嵌めたまま忘却しかけていた隷属の枷に舌打ち一つ、力づくで引き抜き投げ捨てる。
板張りの床で高く跳ねた指輪がヴァーミリオンの光にきらめきつつ転がっていく。

もうすぐ夢が終わる。
夢から覚める時がくる。

花嫁の傍らに片膝突き、キスの時と同じ仕草でヴェールを捲り上げ素顔を暴く。

目を見開いたまま、哀しみよりも驚愕に凍りついた死に顔を無言で眺める。

ためらいつつ手を翳し、思いがけぬ優しさでその瞼を閉ざそうとして、白い顔をシミのように這う指の影に虚を衝かれ、らしくもねえと自嘲がてら引っ込める。

何も掴めず行き場をなくした手をたらし、再びヴェールで覆われた花嫁を虚ろに見つめるうちに、いつかどこかで見た退屈な映画のワンシーンが甦る。


R・I・P
Rest in Peace.


朽ちた墓に刻まれた墓碑銘―『安らかに眠れ』。
その頭文字をとって、全く別の文章が脳裡に黒々と浮き上がる。


R・I・P
Remember in place.


「はっ」

英語の文法に照らし合わせば間違っているはずのその単語が、何故だか強烈に焼き付いて離れない。


それはまるで啓示のように。
捨てた指輪と失くした愛に代わる、彼女から彼への最期の贈り物のように。


覚醒の前兆だろうか、白く淡く輝く光に呑まれ周囲の景色が薄れていく。
輪郭を朧な粒子にほぐし、清浄な光に擁かれ霧散していく花嫁がその一瞬、口元を緩めて安らかに微笑んだ気がしたのは錯覚か。



それでも私は幸せだったわと、花葬にされた花嫁が彼の耳元でだけ囁いて消えていく。



Remember in place.
この場所を思い出せ。



END
[48] 追記
ベットorドロップ?
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799) 2012-12-14(金) 10:06
「桃源の淵の夢――三界去来」蒼李月WRより。
素敵なお話ありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[22] ピルグリム
「斯くの如く世界は美しい」
イルファーン(ccvn5011) 2012-07-07(土) 17:31
『有り難うイルファーン』

それは幸薄き少女の遺言。
彼女は謝辞を託し彼の腕の中で息絶えた。

男にしては華奢な腕、その腕と比べてもまだ痛々しく痩せ細った躰から最後の吐息と共に魂が昇天していくのを見届けたのち、イルファーンは村を発った。


最期を看取り幾日経ったろう。
焼け跡を去り幾日経ったろう。
否ーことによると何か月か。時間の感覚はとうに摩耗し欠け落ちて久しい。


苛烈に照りつける太陽の下、灼熱の砂漠を彷徨い歩く。
あえて実体化を解かぬまま灼けた砂を踏むのは焼き鏝で烙印を捺すに似た自罰行為、裸の足裏には火脹れができている。
精霊の体は喉の渇きとも餓えとも無縁だ。
癒せぬのは魂の餓え、その絶望と渇望だけ。
手にはまだ少女の感触が残っている。
それが一般に錯覚と名付けられる存在の残滓に過ぎなくとも、呵責を実感として引き受けるモノにとっては決して幻痛ではない。

『うそよ、こんな――』

栄養失調気味の薄く貧相な躰、おまけに鉄の足枷という錘を引き摺った状態で苛酷な砂漠を越えられたのは奇跡に等しく、それ以上に彼女自身の不屈の意志力に拠る所が大きい。
物狂おしい望郷の念に駆りたてられ、ろくに呑まず食わずで故郷の村に帰り着いた少女を待ち受けていたのは、皮肉なことに略奪と凌辱にさらされ荒れ果てた焼け跡の情景だった。


希望は人を生かしも殺しもする。
どちらに転ぶか見定めるのは時として骰子の目を読むより難しい。


行きは二人、帰りは一人。
少女と歩いた涯てなき旅路を今度は独り引き返す。
柔らかに崩れ去る砂地に点々と穿たれた足跡だけが流浪の軌跡を留め置くも、それすら一刻もせず儚く埋もれ消えゆく宿命。

『愚者め』
『偽善者め』

嗚呼、知っている。
判っている。
僕を責めるこの声ーよく知っている、嫌というほど聞き覚えがある。
生まれた時から常に傍らにいた片割れの、自分とはまた性質を異にする太く美しい声音。
イルファーンのそれが水琴窟のように清冽に澄んだ美声なら、何処からか波紋を描いて響くこの声は聴衆を平伏させる超俗的な神威に充ちた低音。

声の主が嘲弄する。
イルファーンを侮蔑する。

『お前は愚かだイルファーン。お前の救済は結局のところ誰も救わぬ、お前は己が施す偽善で己を充たしたいだけ、究極の利己主義者だ』

そうだとも。

『お前の奉仕は決して報われぬ。人間を不幸に突き落とすだけ、さらに深い絶望を与え給うだけだ』

自責の念から来る幻聴か、罪悪感の産物か、実際に何処からか見ているのか。
ありえぬ話でもない、精霊の中には千里眼をもつものもざらにいるのだ。
彼方と耳朶から同時に響く声は、那由多の砂漠を越えて流離うイルファーンを執念深く追い立てる。
いや、と漠然と考える。
絶え間なく自分をなじるこの声は呵責に病んだ心の深奥から響くのか、魂の深泉から湧き出ずるのやもしれぬ。

僕はまた過ちを犯した。

見捨てた方が良かったのか。
見殺しにすべきだったのか。
そうすれば彼女は辛い思いをせずにすんだのか、絶望の底で命を絶たずにすんだのか。
盗賊に襲われ壊滅した隊商の唯一の生き残り、鉄の足枷を嵌められ倒れ伏す少女の傍らを何もせず通り過ぎるのが正しかったのか。

万能の精霊とて全能神がしるし給うた運命の書を盗み読む所業は許されぬ。
少女の身に起きる事を、降りかかる悲劇を、どうしてあの時イルファーンが予想できたというのだろう。


僕は人の護り手を志した。
あの国で嘗てそうだったように人の近くに在りたかった、ただそれだけだったのに。


本当にそうだろうか。


『人に拝まれ崇められるのは快いかイルファーン』
『業深な自尊心の疼きは癒されたか』


「僕は、」
続く言葉を呑む。
「私は」

彼は異端にして異質。

精霊は本来人の営みに干渉しない。
稀に強い魔力を生まれ持った人間と契約を結びその権能を揮うことはあれど、それは精霊の価値観において手遊びの施しの域を出ず、無償の奉仕ではありえない。
精霊の多くは人間を流血と闘争を好む野蛮な短命種、下等で卑小な存在と見下している。

そんな中でイルファーンは人に焦がれた。
不変の永遠に倦んで、一瞬きの刹那を生きる人の眩さに恋い焦がれた。
予定調和の永遠を返上してまで市井の人に寄り添い、怒り泣き笑い喜ぶその闊達な生命力を、種蒔き命育むその営みを全身全霊で護りたいと願った。

異端にして異質。
故に愚者の霊と謗られる。

僕が間違っていたのか。
人と精霊は所詮相容れぬ存在なのか。
自分が余計な事をしたせいで彼等彼女らを破壊に巻きこみ死に追いやってしまったのか。

嘗て抱いた赤子のぬくもりが掌に甦る。
イルファーンが名付け親となった稚けない嬰児の無垢なる笑顔が、眼裏にあざやかに甦る。
痛みを伴う記憶の中、天から情け容赦なく降り注ぐ硫黄の火が罪なき赤子の笑顔を焼き尽くす。


「すまない」


護れない。守れない。僕が殺した、殺してしまった。愛していたのに、好きだったのに、愛しかったのに、彼等のそばに在ろうと決めたのに。


「ああ」


五大元素から生じる精霊に死の概念はない。精霊が定義する死は即ち自我の消滅、存在が薄らいで大気に消えゆく一種の自然現象を意味する。


一滴の恩寵さえ望めぬ日照りの砂漠をひとり往くイルファーン。


風が死んだ砂漠を渡る白き孤影。
それはまるで、巡礼の旅。


―終―
[47] 追記
「斯くの如く世界は美しい」
イルファーン(ccvn5011) 2012-12-14(金) 10:00
「身を知る雨」(藤本たくみWR)より。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[23] イフリート鏖殺
イルファーン(ccvn5011) 2012-07-18(水) 10:14
「人殺し!」
「化け物め!」


ここは地獄か煉獄か。
金切り声の悲鳴と罵倒が一方的な殺戮劇の火蓋を切る。

紅蓮に染まる空から絶え間なく硫黄の火が降り注ぐ。
阿鼻叫喚の渦の中、屋台を薙ぎ倒し逃げ惑う人々が地面に落ちた果実を踏み潰す。

殴り合い押しのけ合い我先にと逃げだす住人たち、躓き転んだ我が子と引き離された母親が這い蹲って手を伸ばせばその甲が土足で踏みにじられ蹴飛ばされる。

獣に退化した人間達が命がけで互いを喰らい合う、なんとしても生き延びたいという一念に駆り立てられ狂乱の態で互いを蹴落とし合う。

往日砂漠を渡る隊商に重宝された商都の賑わいは跡形もなく、酸鼻を極めた光景が一面に広がっている。

燠が燻る瓦礫から揺らめき立ち上る陽炎の帳越しに、あたり払う大股で一人の男が歩いてくる。
黄金律を体現するかの如く均整取れた長身。
身に纏うのは砂漠の民の伝統衣装、王侯貴族のような風格ある誂えと仕立ての薄衣。
光沢ある褐色の肌が神話の情景じみて轟々と荒れ狂う炎に照り映える。
何より美しいのはその髪。
砂漠の男には珍しい腰まである長髪が、威風堂々たる歩みに合わせ関節のない生き物さながら妖美にたなびく。

そしてー

「上等だ」

ピジョン・ブラットー最高級の紅玉を嵌め込んだ切れ長の瞳が嘲笑に歪む。

「お前たちはそう言ってアレを虐げたのだろう」

火の粉が舞う。燠が燻る。
腕を大きく振りかぶり、体内で練り上げた魔力の塊を解き放つや方々で火柱が立ち、体液ごと沸騰させられた人間が一瞬で蒸発していく。消し炭すら残さず消滅していく。

破壊の権化。殺戮の担い手。復讐の代理人。
その名は最も高貴なるもの、アシュラフ。

「枯れろ朽ちろ燃え落ちろ。女を殺せ、男を殺せ、羊を殺せ、駱駝を殺せ、老人を殺せ、乳飲み子を殺せ。息あるものただ一人も残さぬぞ」

男が踏み締めた大地がどす黒く変色する。
草が枯れ井戸が涸れ樹が枯れて、彼が歩んだ道筋にある全てが一つ残らず腐り落ちていく。
砂漠の彼方より降臨した美しき異形は、擬人化された疫病の如くただ其処に存在するだけで遍く死を蔓延させ災厄を撒き散らし、ありとあらゆるものを原初の渾沌に帰していく。

「どうか命だけはお助けを!」
「そうだ俺の駱駝をやる、死んだ親父から受け継いだよく働く駱駝だ!コイツがありゃ砂漠で行き倒れる心配なしだ!」
「私が死んだらこの子はどうなるの、こんなに小さいのにどうやって生きていけば」
「お慈悲を!お慈悲を!」
「ああなんだってこんなコツコツ地道に働いてきたってのに、悪い事なんて何もしてねえのにあんまりだ、神様なんぞ信心するだけ無駄だった!」
「家宝のエメラルドをやる!金貨をはたいて宝石商人から買った最高級のエメラルド、売っ払えば一生遊んで暮らせ」
「五月蠅い」

平伏して命乞いするもの、涙と洟水、全身の毛孔という毛穴から汚い体液を垂れ流して慄くもの、股間にどす黒い染みを広げるもの……いずれも極限状態まで追い詰め、人間性の醜悪さを容赦なく暴き立てた上で恐怖のどん底に追い落とし嬲り殺す。

鏖殺に次ぐ鏖殺。
虐殺に次ぐ虐殺。

無秩序状態の街路を遁走する人々を生きながら火柱に変える行為も、男にすれば家畜の屠殺と一緒。
否、それ以下の感慨しか揺り起こさぬ小手先の児戯。
蟻を潰す方がまだ手ごたえがある。

「俺とアレを化け物と罵ったその口で命乞いをするのか?」
「ひっ!」

秀麗な口元が侮蔑に歪み、底知れぬ邪悪さを秘めた紅玉の瞳が底光りする。

後ろ手に這いずり逃げる男の喉笛を掴んで高々吊るし、その口腔を無理矢理こじ開け指をねじこむ。
口腔まさぐる間にも異変が起きる。
哀れな生贄の躰がみるみる干からびて、遂には骨と皮だけの抜け殻となる。
男の四肢が不規則に痙攣し、やがて止む。
余さず精気を搾り取ったなれの果てを無造作に投げ捨て、呟く。

「つまらん。二枚ではなかったか」

あとから投げ捨てられたのは干し肉に似た何かの断片……
干からびた舌の残骸。


これは断罪だ。
あれが贖罪の徒なら、俺は断罪の徒だ。
あれの報いを受けさせる為にはるばる此処にきた。


「劣等種が」
「助け」
「俺はあれほど慈悲深くはないぞ」


暴君の如き傲慢さで世界を傅かせ、その暴威で周囲をねじ伏せながらあちこちに火を投じる。
行き倒れた駱駝が、屠られた羊が、絞められた鶏が、四肢が千切れた男が、輪切りにされた女が一斉に燃え上がる。炎によって浄化されていく。
瞋恚を縦糸に、忿怒を横糸に織り上げた破壊と混沌のフーガが方々で炸裂するごとそれぞれ声域の違う断末魔が空を切り裂く。
瓦礫の一部が崩落し、瀕死の生存者が四肢を引きずり這い出てくる。
その目が映すのはまじりけない恐怖と戦慄、自分の運命を悟ってしまった者の絶望。

「化け物め……!」
「判っているではないか」

そう、俺は化け物だ。
お前達が憎み呪い石もて迫害したアレと同じ、アレの唯一の同胞にして理解者だ。

「くそっ、くそ……化け物が!!」

警邏隊の生き残りが槍を構え、余力を振り絞り特攻を仕掛けてくる。
その槍を指一本で止め、退屈げに目を眇める。
鏃が砕け、槍がへし折れる。
恐怖に凍り付いた警邏隊の生き残り、思わずあとじさったその額にとぷりと指を沈める。

「ああ、あ」
「……視える。視えるぞ。そうか……相変わらずだな。本当に変わってない……」

くく、とさも可笑しげに喉を鳴らす。
長い睫毛に縁取られた瞼を閉じて瞑想に没入する。

脳裡に指を沈め、過去の記憶を「視る」。

伏せた瞼の裏で眼球が動き、端整な美貌に憂愁の翳りが落ちる。

「……変わってない。全く、腹立たしい程に変わってない。何故抗わぬ?何故殉じる?理解できん。お前に痛みがないと?何も感じぬと?まさか。お前は愚者だ。己の痛みを蔑ろにしてまで人に尽くす、その返礼に人はなにをした、施しに何を報いた?奴等は忘恩の徒だ。お前の血は赤い。受肉している間は我々精霊も赤い血を流しヒトと同じ痛みをうけるというのに……」

瞼の裏の暗闇で、槍に貫かれ血を吐いた同胞が苦痛と悲哀に顔を歪める。


否。
胸を穿つこれは裏切りと絶望の痛み。



嗚呼ー……
泣きそうじゃないか、お前。



再び目を開いた時、一対のルビーがなおいっそう冴え冴えと輝きを増す。
衣の裾が大きく舞い上がり、それに伴う風圧で艶やかな黒髪が荒々しく踊り狂い、男を中心に生じた颶風が瓦礫も人をも巻き込む巨大な螺旋を描いて天へと駆け上る。
天をも飲み干す竜の顎(あぎと)―イフリートの権能。  
豁然と見開かれた切れ長の双眸で緋色の妄執が燃え上がる。


「俺はアレの半身だ」


彼は理解した。
あの時槍に貫かれたのはヒトの模造品にすぎぬ仮初の心臓ではなく、同胞の魂そのものだと。


「アレを傷付けてよいのは俺だけだ。死ね」



殺戮は夜通し行われた。
住人は全滅し、商都は滅亡した。



いや、まだだ。
あと一人、生存者がいる。
あえて最後の最後まで生かしておいたのだ。


「可哀想に……可哀想に……」

払暁が浄暗を駆逐する頃、周りを瓦礫に囲まれながら一か所だけ破壊を免れた広場に足を運ぶ。
炎に炙られ煤けた絞首台の傍ら、地べたに蹲りブツブツと独りごちる老婆。
その腕が搔き抱くのは腐った死体。

嘔吐を催す悪臭も気にならぬかのように、蛆と蠅がたかった死体に頬ずりし、赤子をあやすかのように軽く揺さぶってみせる。

蟻の行列が老婆の膝によじのぼり、蛆に抉り抜かれた骸の頬をよぎっていく。

「あの化け物にさえ出会わなければ……こんな事なら私が死ねばよかった、親が子より先に死ぬのは当たり前じゃないか、アイツが私達親子の人生をめちゃくちゃにしたんだ」

蛆の苗床と化した死体を無造作に蹴り飛ばす。
老婆が悲鳴を上げ追い縋る。
視力が衰え白濁し始めたその目は、悪臭匂う腐肉の塊しか映さない。


「愚かな」


これがお前の選択か、イルファーン。
人の救い手たらんとした心優しき精霊に問わず語りに問いかける。


同胞のいらえはなく、ただただ寂しげに、哀しげに微笑むのみ。
見方によっては諦念の笑みとも解釈できる残像を瞠目で断ち切り、老婆の頭上にゆっくりと手を翳す。

その一瞬、自らの死期を悟って顔を上げた老婆が無表情に呟く。


「お前も化け物の仲間か」
「それが俺の誇りだが」
「呪ってやる」


男、それに答えて曰くー


「面白い」

震える手で槍を掴み、一矢報いんと狙う老婆の企みは成功した。
同胞が傷を受けたのと同じ場所を槍で刺し貫かれた男は、面倒くさそうに顔を顰め、片手でその柄を鷲掴む。

「この程度か」

激痛を克服した口元が嘲りの弧を描く。
老婆が愕然とする。

「お前の呪いとやらは我が心臓にも届かぬぞ」


穂先を掴む手に焔が生じる。
槍を遡った炎が一瞬にして老婆に燃え移り、その足元に侍る蛆が沸いた骸ごと火葬に処す。

ここは地獄か煉獄か。

業火に焼かれ死に逝く老婆に酷薄な一瞥をくれ、緋色の眼の暴君はあっさりと身を翻す。


「本当に愚かなのはどちらか……」



後に残るは廃墟だけ。



[46] 追記
歌はいいねえ
イルファーン(ccvn5011) 2012-12-14(金) 09:58
「Monsters」(宮本ぽちWR)より。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[35] ash rain.
ゼシになにかご用?
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675) 2012-10-06(土) 20:01
「パパ!」


何が起きたかわからなかった。
突如として奇妙な浮遊感に包まれ、次いで光の球に呑まれて放逐される。
気付けば自分の体は0世界空域を漂っていた。
まわりには同じ状況のロストナンバー達が多数浮かんでいる。
背後に迫るのはロストレイル蟹座車両、戦場に似合わしく切迫した予祝の命の声が甲高く響く。
何を言ってるかわからない、光の膜壁に遮られて聞こえない。
ううん、聞こえないのは目の前の光景に完全に意識を奪われてるから?
そっと手を触れた光の膜、シャボン玉のように脆く薄く見えるのに柔靭な弾力があってどんなに暴れても破れも割れもしない。

閉じ込められた。
出られない。

「パパ!」

どうして?

眼前に滞空するのは轟々と燃え盛るノエル叢雲。
世界樹旅団が持てる技術の粋を集め建造したバイキング船型巨大戦艦、それ単体でイグシストに匹敵すると畏れられた船舶が燃えている。

どす黒く煤けた空に火の粉舞う黙示録の情景。
手を伸ばせば届きそうなのに届かない。

どうして?
パニックで真っ白になった脳裡に疑問が泡立つ。
どうして?やっと会えたのに、ゼシの事わかってくれたのに、ちゃんとお名前言えたのに。

どうして?

手にはまだ先刻のぬくもりと感触が残っている。
自分をしっかりと抱擁する手の感触をはっきりと覚えているのに、こうしている今も物凄い速度で遠ざかる船舶は、いくら行かないで行っちゃやだと駄々をこねても止まる気配がない。

シャボン玉をぶつ、殴る、くりかえし平手で叩く。
叩きながら崩れ落ちるように縋りついて、もう見えなくなってしまったノエル叢雲へと呼びかける。

その船を操る人物へ

「う……」

なんで?どうして?
せっかく会えたのにどうして行っちゃうの、ゼシまだなんにも言ってない、大事なこと云えてない、言いたいことが沢山ありすぎて胸が押し塞がって喉にひっかかって出てきてくれなかったの


おうちに帰る前にやることがあるってパパは言った。
それが終わったら、ずっとずっと一緒にいてくれる?
ずっとずっと一緒だって約束してくれる?
もうひとりぼっちにしないって約束してくれる?


パパは約束を破ったりしないもん。


優しい魔法使いさんや優しい郵便屋さんがそう言ってくれた、ゼシのパパは本当は優しい人だって、だから諦めちゃだめだって背中を押してくれた。


だから


ポシェットの紐をぎゅっと握る。
本当はパパの写真、ちゃんと持ってる。
ママと一緒に撮った結婚式の写真、ふたりともおめかしして幸せそうに笑ってる。
おそろいの指輪を嵌めたママとパパ、世界でいちばん幸せそうな花嫁さんとお婿さん。
でも、世界でいちばん幸せなひとがふたりいるなんておかしいわ。
ゼシが前にそう言ったら、孤児院の先生がこう言ったの。

『ちがうわゼシカ。もしひとりだったら世界でいちばんしあわせにはなれないのよ』
『世界でいちばんしわせになりたかったら、自分のことを一番好きでいてくれるひとと一緒になるの。いちばんといちばんがくっつくから、世界で一番幸せになれるのよ』

まだ小さくて難しい単語がよくわからないゼシカの為に、先生は一つ一つ言葉を選びながらそう教えてくれた。

ターミナルで、ヴォロスで、ブルーインブルーで、インヤンガイで、モフトピアで、他の世界で。
行きかう人にパパを知りませんかと声をかけては邪魔にされて断られて、それでもへたっぴな似顔絵をしまわなかったのは、これがゼシのパパだからよ。

これが、この人が。
ゼシが心の中でずっとずっと思い描いていた、世界のはてまで追いかけた、たった一人のパパだから。

パパに会いたい気持ちとパパが大好きだという気持ちをありったけこめて、照れたように笑う写真の男の人を、真っ白な画用紙に描き写した。
クレヨンで肌や髪を塗りながら、まっすぐに心を入れた。

現実を切り取る写真より、人の心を通した絵の方が伝わる事がたくさんあると信じて。
一種の願掛け。
託したのは希望と憧憬。

漸く会えたと思ったのに。

「パパ……」

ママの形見の結婚指輪をぎゅっと握りしめ、臍の緒で繋がれた胎児のように小さく丸くなる。

やりたいことって何?
それはゼシより大事なこと?
今、どうしてもやらなきゃいけないこと?

唇をきっと引き結び後から後からこみ上げる嗚咽を噛み殺すも、堪えきれず俯きしゃくりあげる。

なんで言えなかったのかな。
本屋さんに連れてってもらった絵本の中ではちゃんと言えたのに、何度も練習したのに。

「一緒におうちに帰ろう」

たったそれだけ。

「寂しいのも哀しいのも、これでおしまい」

頬を手挟んで、まっすぐ目を見て微笑んで、もう大丈夫だよと言ってあげたかった。
パパが悪い事したの、知ってる。
ゼシ、少しでもパパの事知りたくて、いっぱいお勉強してたくさん報告書を読んだの。
ナラゴニアが攻めてきて、パパがどこにいるのかわかって、パパがなにをしたのか聞いたの。

ブルーインブルーの偉い人に針を刺してファージに変えた。
世界司書さんを死なせた。
世界計を壊した。

謝っても許してもらえるかどうかわからない。
でも、どうせなにしても許してもらえないから謝らないのっておかしいわよね。
許してもらえなくても、償えなくても、やっぱり謝らなきゃいけないの。

だからゼシ、一緒に謝ってあげるつもりだった。
パパが怖くて一人で謝りに行けないなら、ついてってあげるつもりだったの。
叱られてる間じゅうぎゅっと手を握っててあげるつもりだったの。
もしちゃんとごめんなさいが言えたら、世界中のひとが他に誰も許さなくっても、ゼシカだけはよくできましたって頭をなでてあげるつもりだったの。


でも、待ちくたびれちゃった。


「パパ……」


またおいてけぼり。


「さみしいよ」


どうして連れてってくれなかったの?
ゼシはそんなに邪魔だった?

もうおねえさんなのに。
いい子にしてるのに。
邪魔なんてしないのに。

「ばか……」

呟く。
刹那、堰を切ったように荒れ狂う激情が溢れ出す。
脳裡をぐるぐると巡るパパの顔、写真で見たまんまの少し困ったような笑顔に向かって思いつく限りの悪口をぶちまける。

「パパのばかばか、嫌いっ、だいっきらい!泣き虫弱虫自分勝手意気地なし、うそつき!!」

脳裡に浮かぶ顔が申し訳なさそうに歪んで胸が痛む、でもやめない、哀しそうなパパの顔に向かって震える声をぶつける。

「うそつき、うそばっかりついて!うんとうんとさみしかったのよ、とっても怖かったのよ、すっごく怖かったのにごめんなさいももらってない、皆にも言ってないでしょ、ママだってきっと天国でかんかんよ、どうしてすぐ迷子になるの大人のくせに、ゼシだって帰り道くらいわかるわよ!」

こんなに怒ったのは生まれて初めてかもしれない。
怒っているのに涙が止まらないのは何故だろう。
胸が苦しくて、叫んでも叫んでもつっかえがとれなくて、指が食い込むほど握り締めた指輪を熱を持つ額にあてがい、深く息を吸いこみー




誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。




大粒の涙で潤んだ瞳が捉えたのは雲間から射し込む一条の光……

天使の階梯。

次第に広がる雲の切れ間から、濁り渦巻く瘴気を掃き清めるように光のかけらが降り注ぐ。


ゼンマイや針やネジ、不可思議に透き通った無数の機械部品が、仄かに発光しながら0世界へと降り注ぐ。


きらきらと、きらきらと。


歌のように。
レクイエムのように。


「……きれい……」


怒りも哀しみも忘れ、光の球越しの神秘的な情景に見とれる。
透明な球面に両手を添え、清浄な光充ち渡る遙か天の高みを仰ぎ、魅入られたように唇を動かす。



『Twinkle, twinkle, little star,
 How I wonder what you are.

 Up above the world so high,
 Like a diamond in the sky……』


きらめくエーテルを無垢に澄んだ青い瞳に映し、忘我の境地で途切れ途切れに口ずさむのは、孤児院で教わった童謡……『きらきら星』、冒頭の一節。


『Twinkle, twinkle, little star』

きらきら光る お空の星よ

『How I wonder what you are.
 Up above the world so high,
 Like a diamond in the sky……』

瞬きしては みんなを見てる……


羊水の揺り籠でまどろみながら聴いた母の子守歌と、ふくらみはじめたお腹をこの上なく愛おしげになでる男の人の手のぬくもりを思い出す。


遠い遠い記憶。
大事な記憶。


障壁を擦り抜けゼシカのもとへ届いた光の欠片が髪に触れて霧散する寸前、だれかに頭をなでられた気がした。


『Twinkle, twinkle, little star.
 How I wonder what you are……』


今にもかき消えそうな歌声を紡ぐ合間にも小刻みに唇が震え、すべらかな頬を伝い落ちた涙が足元で弾け散る。


『Like a diamond in the sky……』


聞いたことがある。
ダイヤモンドは灰からできてる。
大事な人が死んだら、その人を燃やした灰を固めてダイヤモンドを作ってもらうんだって。
その人を永遠に忘れない為に。


睫毛の先に宿った涙のせいで視界が淡く滲む。
虚空へとさしのべた手に豊穣な慈雨を受け、頬に彫り込まれた涙の跡を優しく慰撫するよう濡らされながら、ゆっくりと祈るように目を閉じる。


この天翔ける光の雨も、だれかの灰でできてるのかもしれない。


END
[45] 追記
ゼシになにかご用?
ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675) 2012-12-14(金) 09:54
マキシマムトレインウォー結果ノベルを受けて。
大変お世話になりました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[34] 夢の幕間
儂が貴様如きに下剋上を許すと思ったかね?
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517) 2012-08-12(日) 16:20
彼女には紫の薔薇が似合うと思った。
夢見る少女の時期を過ぎてそろそろ熟女と呼ばれるのに抵抗がなくなった年代の女性に薔薇を贈る時はいつも迷うのだが、一目見た瞬間からベルダには紫の薔薇を贈ろうと決めていた。

ジョヴァンニがもう少し若ければ、そして既に最愛の伴侶を得ていなければ、それを一目ぼれと呼ばれる種類の運命的な霊感と混同したかもしれない。

「どうかしたのかい?」
すっと細められた切れ長の目に悪戯っぽい色がちらつく。
嫣然と笑う女に、こちらもはぐらかすような笑みを返す。
「マダムの美しさに酔いしれていただけじゃよ」
「ふふ、上手だこと」
彼女の名はベルダ。
壱番世界では伝説と化したディーラーである。
目にも艶やかな赤と金で奢侈を極め装飾された店内には、どこか物悲しく物狂おしい、異国情緒溢れる胡弓の調べが緩慢に流れている。

風雅な胡弓の調べに乗せて踊りながら、シルクの手袋に包まれたほっそりとたおやかな手の感触を楽しむ。

胸刳りの深いドレスから覗く豊満な胸元、妖艶な曲線を描く肢体、扇情的にくびれた腰としなやかに撓う長い脚。

豪奢に波打つシャンパンゴールドの髪は照明を跳ね返し、音楽と戯れ揺れるごと、樹脂を固めた琥珀の色にも蒸留酒のように深い飴色にも変化する。

ディーラーとして世界を股にかけ飛び回るあいだはシンプルなモノトーンの制服に身を包んでいるが、最高級のドレスで装い、華奢な手足をアンクレットやブレスレットで飾り立てた今のベルダは、匂いたつような色香を振りまいている。

魅力的な女性だとジョヴァンニは思う。
容姿は言うに及ばず、惹かれたのはむしろその心意気。
欧州裏経済を動かす黒幕と目され、裏社会を牛耳る老マフィアとして恐れられる彼とも対等に渡り合う度胸の良さと、センスの良いユーモアを散りばめ会話を弾ませる機転にこそ、とりわけ深く感じ入った。

「さすが一流ディーラー、接客術についてはプロフェッショナルというわけか」
「世辞が上手だね。褒めても何もでないよ」
「褒美ならもう貰っておる」
「え?」
「その笑顔じゃよ」

前戯のような軽口の応酬、ウィットとエスプリの利いたジョークの交換。

ごく薄いシルクに火照りを透かす柔肌の艶めかしさと、軽く添えた掌に伝わる柳腰のくねりの悩ましさが、枯れた官能に訴えかけてくる。

それが露骨な欲望を呼び起こさず、かえって敬意を表した振る舞いへと彼を導くのは、生まれ持った美貌と洗練された所作が自然と醸し出す淑女の気品、付け加えジョヴァンニ自身の騎士道精神に拠る所が大きい。

唇の片端に浮かぶのはしたたか且つ不敵な笑み、恋愛にスリルを求める男を挑発してやまぬ雌豹の媚態。彼女を手に入れる為なら全財産を擲っても惜しくないという男は世界中にいるだろう、そう想像させるにあまりある危険すぎる微笑。
甲高く澄みきった胡弓の伴奏が西洋ダンスの様式に馴染むまでは時間がかかる。
が、ベルダは素晴らしいまでの呑み込みの速さで順応し、主導権はパートナーに委ねて顔を立てつつ、まったく引けをとらぬステップで魅せてくれる。
まるで夢のような一夜。
抱擁するように腰に手をあてがいリードしつつ軽やかに円軌道を滑り、お芝居上の打算を含んだ共犯者の視線を絡ませる。

その透徹した瞳を見ればわかる。
アメジストの瞳が映す、諦念を哀愁で割ったほろ苦い微笑を視ればおのずとわかる。

お互い心の中ではただ一人、運命の人を想っている。
けっして忘れられないその面影を胸に懐き、最初で最後の恋に生涯かけて殉じながら、お互い納得ずくの計算ずくで一夜の火遊びを真似てみる。
それは自分の純情を試す行為でもあったが、してみるとおのれはいまだにそのたった一人に恋し続けているらしい。

それは多くを語らぬ彼女も同様で、時折思い出したようにジョヴァンニの指を視線でなぞるしぐさには、もはや追憶の中にしか存在せぬ男の痕跡を倣いで追い求める情熱の残り火が燻っていた。

いや……自分と違い彼女はまだ若い。
諦めずさがしつづければいつかは、あるいは。

彼女には紫の薔薇が似合うと思った。
蒸留酒の中に落とした氷がゆっくりと融けていくように、コケットリーとエレガンスが絶妙に融け合うベルダにこそ、紫の薔薇は似つかわしい。
[44] 追記
儂が貴様如きに下剋上を許すと思ったかね?
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517) 2012-12-14(金) 09:52
『終わりなき夢』葛城温子WRより。
その節は素敵なお話ありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[10] バロック幻想
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2012-01-17(火) 23:33
第一印象はバロック真珠。


固い貝殻に孕まれ守られ育まれる歪んだ真珠。
脆く儚く壊れやすい核を覆うのは光を複雑に屈折させる曲面。
形状は歪でも、輝きは本物。

従来の真珠は正円を最良のものとするが、バロック真珠もまた雅趣あるものとして玄人筋に好まれる。いわく、完璧な真珠は無難すぎて面白みに欠けるのだそうだ。
瑕疵を価値とする一点において宝石の通念を覆すバロック真珠は、その存在自体が異端である。


真珠は丸くなければ。
その概念から零れ落ち、欠陥品の烙印を捺されたバロック真珠こそが、極光を閉じ込めたような彩なる輝きを宿すのは皮肉な話。


だから、彼女の印象はバロック真珠。
歪みの中に美を宿し、美の中に歪みを秘める……
脆く儚く壊れやすく、歪んでいるからこそ美しいその魂。倒錯の美学。


空から降る雪がターミナルを白銀に染めていく。
黒い光沢のエナメル靴の先端に雪の切片が触れ、六角形の結晶を削り出す。
華奢な肢体に纏うのは細い胴を締め上げ裾を膨らませた、喪服のような漆黒のドレス。
高い襟と長い袖でもって手首足首に至るまで素肌を覆い隠す古風なドレスが、雪花石膏にも喩えられる病的なまでの肌の白さをいっそう引き立てる。

裾が翻らぬよう粛々と歩く少女の右肩には、やや顎を上げ気味に、ツンと取り澄ました風情のオルフォームセクタンがちょこなんと留まっている。
彼女のセクタンの毒姫だ。
セクタンはコンダクターに似るという。なればこの少女も高飛車な性格なのか。
が、折にふれ彼女が発揮する高慢さは暴君の虐政ではなく暇を持て余した女王の慰みに近い。

黒い靴が行く手を踏みしめるたび金糸の縁取りを縫い込んだドレスの裾が重たげに揺れ、それに合わせて腰まで伸ばした黒髪も揺れる。
少女の名は東野楽園。
覚醒してから数十年余りを少女の姿で過ごしている事実が示す通り、コンダクターである。

今年もまたキリスト生誕の季節がやってきた。
ターミナルではお祭り好きな館長の方針でホワイトクリスマスが企画され、今も楽園の行く手にもちらちらと雪片が舞っているが歩みを妨げる程ではなく、目障りと疎ましがる程の量でもない。

現に途中すれ違ったロストナンバー達は空を見上げ楽しげに笑い合っていた。
天に掌を翳し雪を受けるメイド服の女性、雪だるま作りに奔走するお団子頭の少女、薄汚れたフライトジャケットに無造作に手を突っ込んだ少年……

千差万別の表情でターミナルに溶け込むロストナンバー達の中で楽園だけが浮いていた。
このお祭り騒ぎを心から楽しめず、やり場のない苛立ちと憂いを胸の裡で燻らせ、自虐と感傷に傾きがちな己を振り切るようにして無心に歩き続けるうち、誰に気兼ねする事もなく独りになれる特別な場所の事を思い出したのだ。

目指す建造物が視界に姿を現す。

去年、とある世界司書に教えてもらった場所。

「あった……」
当たり前だ。ここは時間の経過と無縁に存在し続けるチェンバーなのだから。

遠目には巨大な鳥籠に見えた建造物は、硝子と鉄で出来た温室だった。


閉ざされた庭。
司書はそう呼んでいた。
人嫌いで気難しい管理人が所有するこの温室にはある秘密があった。


昨年、聖夜に招待を受けた楽園は、他のロストナンバーと時間を隔てこの場所を訪れ、一面音の吸い込まれた銀世界で心静かに追憶のひと時をすごした。


「……愚かね」
引き換え、今の自分は招かれざる客だ。
なんといっても、今年は正式に招待を受けてないのだ。
一瞬の躊躇が冷えて凍えた胸に忍びこむ。
下唇を軽く噛み、礼儀正しく来訪を申し立てようとした拳を力なく解いて垂らす。
何故ここに来てしまったのか。
空からの贈り物に皆が浮足立ったターミナルに居場所がなくて、行きかう人皆親しい友人や恋人、愛する家族と連れ添い歩く祝祭の喧噪から少しでも逃れたくて、ほんのひと時でもいい、安らげる場所を求め無意識に歩いてきてしまった。


歓声と嬌声と。
反比例する疎外感と孤独感と喪失感と。


私はきっと、場違い。
バロック真珠は円く完璧な真珠のようには光を通さず、中に閉じ込めてしまうものだから。


家はある。
帰る場所はある。
でも、そこにはぬくもりがない。
天蓋付きの豪奢なベッドと羽布団があっても、人肌のぬくもりで癒されないならば、ひとの魂が満ちて足る事などけしてないのだ。


来訪の伺いは立てず、扉を開けて温室へと入る。


圧巻の一語に尽きる光景が広がる。
硝子の穹稜を備えた高い天井の向こうではちらちらと雪が舞っている。

「ホワイトサンクチュアリ……」

ここは白い聖域。

感嘆の吐息が掠れた声と一緒に白く溶けて消えていく。

ここでは全てが清浄なる白一色に埋め尽くされている。四季折々、春夏秋冬の植物を配した全区画例外はない。
ここでは何もかもが白いのだ。
向日葵も山茶花も薔薇も椿も桜も、その全てが黒で統一された楽園と対を成すかのように清らかに白い。

「誰もいない」

何故鍵が掛かってないのか、管理人はどこにいるのか。
疑問は尽きせねど、今の楽園にとっては些末な事でしかない。


誰もいないという事は、自分を偽らなくていいということ。
誰もいないという事は、誰も欺かなくていいということ。
誰もいないという事は、もう誰も……


肩にとまった毒姫をそっと胸に抱き、折り畳まれた翼に体温を移すよう頬ずりする。

「さあ、飛んで」

道しるべを促すように腕をさしのべ毒姫を天へと解き放てば、力強い羽音が静寂をかき乱す。

毒姫が優雅に羽ばたいて虚空の高みに飛翔、温室の壁に添うようにして上空を迂回する。


毒姫が落とす影を追ってワルツを踊るように一歩、二歩と踏み出せば、天鵞絨のドレスがごく淑やかに翻る。


白い聖域で楽園の名を持つ少女が踊る。
黒髪従え踊る少女の輪郭を白い背景が冴えやかなコントラストで切り取る。
意地の悪い猫のように蠱惑的に艶めく黄金の瞳には、伏し目の瞬きのたび倒錯した光が過ぎり、精神の均衡が上手くとれずにいる内面の真実を表す。


彼女はバロック真珠。
猟奇と狂気を愛でる異形の魂を生まれ持った異端の存在、見目麗しくグロテスクなフリークス。


されど、孤高を是とする女王の気高さが寂しさの裏返しと誰が知る?


それを知る唯一の人は、楽園の手が届かぬ遠くへ行ってしまった。覚醒してから出会った中で彼女が心を許した数少ない人物、そばにいてほしいと願った人は、彼女の呼びかけに背を向け歩み去ってしまった。


だから今、楽園はひとり。


軽やかに踊りながら長袖をたくしあげ、細い手首に巻いた包帯をしゅるしゅると解く。
螺旋を描いて緩やかに舞い落ちる包帯の下、暴かれた肌には無数の傷痕が刻まれている。
今だ痛々しく血を滲ますものと皮膚に薄く生白い跡だけ残すもの、新旧自傷の傷痕が刻まれた両の手首がたなびき纏わり付く包帯の下から露わになる。

楽園は唄う。
硝子の鳥籠の中、風切り羽を去勢された金糸雀のように澄んだ歌声を響かせる。
高く高く、どこまでも天へと昇るようなソプラノで音階を追うのは有名な讃美歌……


キリエ・エレイソン。


神を信じぬ楽園が、神へと捧げられた歌を言霊で聖別し命を吹き込む。
ここでなら唄える、今はなき愛する人たちに鎮魂歌を捧げる事ができる、信じてもない神にきよしこの夜の祈りを捧げる代わりに今はもういない愛する人達の冥福を祈る。


嫉妬と憎悪にどす黒く染まった己の全てをさらけだし、氷点下の殺意に凍えた胸に復讐の炎を点し、狂気の衝動に任せ切り刻んだ醜い傷跡もさらけだし、胸郭に吸い込んだ息を歌声に醸して生き返らせる。


閉ざされたガラス天井を空に見立て羽ばたく透明な歌声。
さしのべた腕の先にはただ虚空が広がるのみ。


至高の天を目指すも昇りきれず、脆く砕け散るような硝子質の歌声は玲瓏と澄むほどに不安をかきたて、会いたいと狂おしくこいねがう人の幻影は訪わず、いつしかそのぬくもりも忘れ去ってしまいそうで、ともに過ごした安らぎの記憶すら泡と消えてしまいそうで


それはきっと、絶望よりも救いがたい孤独。


この胸に、この眼裏に、愛しい人の面影を少しでも永く焼き付けようとそう望むなら殺意にすりかえるしかなくて、貴方をけして忘れないと手首を刻んで証立てるしかなくて。
滴る血が温かいうちは、きっとまだ貴方を覚えていられる。
無骨に節くれだった指を、ぎこちなく不器用な抱擁を、帽子の庇に隠れた横顔を、広く大きく逞しい背中を、垣間見せる優しさと強さを、私が愛した貴方の全てをはっきりと覚えていられる。
せめてその間だけは私の中に息衝く貴方の残滓、あるかもしれないそのぬくもりに縋ることができる。
証立てる事は操立てる事と同じだから、忘れないと誓う事は愛してると宣する事と同じだから、だから、私は。


長い睫毛が震え、切れ長の眦から一粒の水滴を生み出す。
眦から生まれ落ちた雫はすべらかな頬を濡らし、顎先で結んで虚空に落ち、エナメル靴の先端で弾けて消える。


歪んでいるからこそ美しく、愛も憎しみも光も影も虚実入り乱れたバロック真珠の涙。


そして今、楽園はひとり。
楽園でひとり。

【END】
[43] 追記
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2012-12-14(金) 09:49
クリスマスイラストSS「【ターミナルのクリスマス】ホワイト・サンクチュアリ」から温室をお借りしました。
絵師様&WR様、その節は素敵なお話有り難うございます。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[9] イングリッシュローズとオーガンジー
スコーンが美味しく焼けたよ!
サシャ・エルガシャ(chsz4170) 2012-01-14(土) 18:17
『約束の品ができたから取りに来てほしいの』

画廊街に店を構える美しき仕立て人から完成の一報を受け、いそいそ足を運んだのはまだ午前中の事。

「えっと、こういうときは……掌に『入』って書いて呑みこむといいってジュリエッタちゃんに教わったっけ」

『サシャはそそっかしいから覚えておくとよいぞい』と教わった時は余計なお世話だよと憤慨したが、いざ敷居を跨ぐ段になれば物知りな友人のアドバイスは有り難い。
もつべきものはさすが小説家志望の親友だ。

微妙に間違った知識をおさらい、掌に『入』と書いて呑みこんだのちゆっくり深呼吸。
「お、お邪魔しますっ!」

ノックから一呼吸おくや勢いよくドアを開け、決心が鈍る前にとずんずん踏み込んでいく。

「いらっしゃい。よく来たわね」

飼い猫オセロと一緒に奥から出てきたリリイが、同性も惚れ惚れするような完璧な笑顔で歓迎の意を表す。

リリイさんてば今日も美しい……だめだめサシャってば、見惚れてる場合じゃないでしょ!変な娘だと思われちゃう。

既に手遅れと知らぬは本人ばかりなり。
軽く頬を叩いて喝を入れ、目上への作法にのっとってスカートの端を摘まみ、憧れの仕立て人にご挨拶。

「リリイ様におかれましては本日もご機嫌麗しゅう。それでその、約束のものができたって聞いて訪ねてみたんですけど……」

お取り込み中なら出直してきますが。
リリイが口を開く前に先回りし、むしろ逃げ出す口実をひねりだすよう今入ってきたばかりのドアと彼女を見比べれば、その様子がおかしくて女主人がくすりと笑う。

「いいえ、ちょうどいい時間よ。じゃ、早速始めましょう」
「もうですか!?」
「いけなくて?」
「いけなくなくはないんですけど、えっとその、まだ心の準備が……!」

悪戯っぽい目配せに赤面、スカートの裾を揉みしだき指組み換えしどろもどろに答えれば、遂にこらえきれずリリイが鈴振るような笑い声を響かせる。

「そんなこと言ってたら心の準備なんていつまでたってもできなくてよ?」
「でも……」

似合うかどうか不安で。
続く言葉をやっとの思いで嚥下したのは、仕立て屋の腕を信頼してないともとられかねぬと懸念したから。
失礼にあたるかもと不安の吐露を差し控え、もじもじと俯いてしまうサシャを優しく鏡の前へと誘い、その繊手で軽く肩を叩く。

「大丈夫」

職業人の自信に満ちた声音。

等身大の姿見の前に立てば、もう一人の自分が不安げな表情で見返してくる。

リリイ様を疑うわけじゃないけど、本当に似合うのかしら。
以前店を訪ねた時に見せてもらったデザイン画を回想、人知れず煩悶する。
ちょっと大胆すぎやしないかしら。それにあのスリット……リリイ様みたいな脚線美の持ち主なら目の保養にもなるけど、ワタシが着たって恥をかくだけじゃないかしら。リリイ様みたいに足が長くないし、色っぽくもないし、まだまだコドモだし……

ああでもないこうでもないとおこがましくもリリイと自分を比較しては悶々悩み、延々おのれを卑下して試着の前から自信喪失しかけたサシャのもとへ靴音が近付いてくる。

「お待たせ」


ああ、神様旦那様。とうとうこの時が来てしまいました。


きゅっと目を瞑り、下腹部で強く手を組んで覚悟を決める。

「さあ、着てみて頂戴」

穏やかに促され、緊張にもつれる指で一つずつボタンをはずしていき、リリイに時々手伝ってもらいながら新しい服に袖を通す。


行きに着てきた紺色のエプロンドレスがぱさりと足元に舞い落ち、シンプルな下着に包まれた健康的な褐色の肢体が露わになる。


代わりに身に纏うのは憧れてやまない仕立て屋リリイの最新作。
しっとりなめらかなシフォン生地の肌触りに、もうそれだけで天にも昇るような心地になる。


「さ。目を開けて」


たおやかな声と手に導かれ、おそるおそる目を開けてみる。

そこにいたのは……


「どう?」
「………え………」


鏡の中には紺色のシフォン生地を贅沢に使ったドレスを着た、咲き初めのイングリッシュ・ローズを思わす初々しく可憐な淑女がひとり。


華やかに襞を織り込んだシフォン生地の下から覗くのは七色の光沢帯びた真珠色のレース。
左足に入った大胆なスリットは、デザイン画で見た時は正直気後れしたけど、実際に着てみれば冒険心と好奇心旺盛なサシャ本来の魅力を十二分に引き出している。

「とても、素敵です……」

そんなあたりまえの感想しか出てこない。
もっと言葉を尽くして褒めたいのに、この感激を表現したいのに、鏡に視線を吸い込まれたようになってそんな単純な言葉しか出てこないのがもどかしい。

けれど、リリイは微笑む。
そのつたなくも率直な第一声が、どんな美辞麗句で飾り立てた称賛にも増して尊い労働の報酬だとでもいうように、ぼうっと夢見心地のサシャの背後に回って囁く。

「こないだ会った時、似合う服と着たい服は違うって言ったわよね」
「え?は、はい」
「今でもそう思う?」

形良い唇が嫣然と綻び、コケットリーな流し目に微笑ましげな光が宿る。

「…………」

今。
サシャが着たいと憧れた服は、晴れて彼女に似合う服となった。

「貴女に着てもらえてこの服も喜んでるわ」

色んな人との出会いを経て色んな経験を積んで、知らぬ間に一端のレディとして磨き上げられていたのだろうか。

おそらくは体の採寸ではなく心の採寸が合ったのだろう。

店に入ってからずっと強張っていた顔が、じんわり込み上げる嬉しさ誇らしさに蕾が綻ぶよう笑みほぐれていく。

含羞に赤らむ頬にお茶目な少女と落ち着いた女性が同居する笑みを浮かべ、ドレスの裾を少し摘まんで一回ターン。

正面きってリリイに向き合い、最大級の感謝と精一杯の真心こめてお辞儀をする。

「この度は有難うございます、リリイ様」
「お力になれたかしら?」
「ええ、とっても!」

ターミナルでできた大切なお友達の顔、大好きな旦那様の顔、大好きなあの人の顔が次々と脳裏に浮かぶ。

早くこの服を見せたい。
みんな何て言うかな、驚くかな?

期待と興奮に胸ふくらませ、輝くような笑顔できっぱりと断言する。

「ワタシ、リリイ様にお会いできて本当によかった!」

憧れで終わらず目標とする人ができた。
リリイその人になりたいわけじゃないけれど、一輪挿しのイングリッシュローズさながら気高く凛とした在り方、職業人として見習うべきプロフェッショナルの姿勢は、くよくよ悩みがちなサシャの指針となってくれた。


主役は薔薇。
なれど花瓶はその魅力をさらに引き立てる。


過信せず慢心せず、努力を惜しまず自らの美を磨き上げる蕾たちに正しい道具立ての示唆を与えるのが彼女の天職。
似合う花瓶がないなら四の五の選り好みせず自ら研鑽し生み出すのが誇り高き薔薇の気概、恋に仕事に人生に悩める少女達を導く大輪の薔薇の矜持。

なればこそ咲き誇れ蕾たち、青春を謳歌せよ。

リリイ様がくれた最高の贈り物。
今日はとても素晴らしい日。


【END】
[42] 追記
スコーンが美味しく焼けたよ!
サシャ・エルガシャ(chsz4170) 2012-12-14(金) 09:46
「Color me, yours!」(瀬島WR)の続きです。
素敵なプラノベありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[38] 舞台裏の晩酌
「ミンナニハナイショダヨ」
ヌマブチ(cwem1401) 2012-10-13(土) 21:10
.
――そもそもの発端は……ああ、そうだ。

走行中のロストレイルが旅団の襲撃に遭った、あの事件の事は覚えているかな?
襲撃の結果、幾人かのロストナンバーが重傷を負い旅団の手に囚われた。
その時の事でありますよ、Dr.クランチが我々に取引を持ちかけたのは。
【ロストレイル襲撃!】緑の牢獄

某と彼はその要求を呑んだ。理由? なに、某はただの命惜しさであります。
その後、我々は世界樹旅団の本営へと迎え入れられた。今でこそ明らか、ナラゴニアだな。
以降我等二人は旅団の――…否、今にして思えばクランチの尖兵となり、
旅団員として幾つかの任務を共にする事と相成った訳であります。
いやはや……まこと、縁とは不思議なものでありますな。


最初はヴォロス……そう、ダスティンクルだったか。
思えば彼とキャンディポッドの縁もまた、ここから始まった訳であります。
……百足兵衛? ああ、悪いがその男の名前は出さないでくれ。酒が不味くなる。
あまり良い記憶はないのでありますよ。キャラ被ってるとか言ったらハリ倒すぞ。
彷徨える森と庭園の都市
そうそう、確かこの時は図書館員の攻撃でナレンシフが墜落してな。
実はその後、我々はダスティンクルの森で暫く立ち往生をしていたのでありますよ。
望めば街の祭りへ顔を出す事も出来ただろうが……まあ、どの面下げて、というものだ。
ダスティンクルの災厄~水面下~


次に与えられた任務はブルーインブルーで発生した事件に便乗する形だった。
事件に乗じ、ジャンクヘヴンと世界図書館との関係に亀裂を生じさせよ、とな。
当時は気にする余裕は無かったが、渦中であった少女とは嘗てここで話をした事もある。
人の進む道は本当にどう転ぶか分からんものでありますな。
……彼の道もまた、この頃より袂を分かっていたのでありましょう。
【赤の手配書】海風に不和を奏でよ

この件でジャンクヘヴンの宰相が一人、レイナルド…――実はジャコビニだったらしいな、
意外なものだ――…は、死んだ。
またもう一人の宰相であり、元ロストナンバーであったというフォンスもまたファージ化し、
後にファージのまま死んだ。……罵言結構、甘んじて受けよう。結果が全てだ。
だがまあ、この件はクランチにとっても聊か予想外の事態だったようであります。
その後、旅団より増援としてキャンディポットが派遣され、フォンス確保の命が下った。
結果は……ま、この辺りの事は貴殿もご存知でありましょう。
【世界樹旅団】雷鳴に哭く竜


次に呼び声がかかったのは、壱番世界での世界樹の苗木の植樹作戦の際であります。
彼の件は図書館員達の活躍で全て防衛されたと聞いている。お見事。
この時、我々は魔女っ娘大隊の内の一小隊を借り受け、任に当たった。
【侵略の植樹】まつろわぬもの
彼に疑われているだろう事は自覚していた故に、某も多少の自衛策はとっていた。
小隊の懐柔もその一つだ。……まあまるっきり嘘だったとも言わんが。
結果的にそれが功を奏したのか何なのか、某は首の皮一枚繋がったという訳でありますな。
とはいえ、後の事を思えばそれらも全て無意味だったのかもしれないが。

ああ。そう言えば、彼女らは捕虜として幾人かは生き延びているんだったか?
うむ、なれば是非またお近づきに……失礼、何でもない。私事であります。


次に声がかかるまでには、幾分か間が空いた。……その間に多くの事が起きていたな。
叢雲が産まれ、朱い月に見守られてが崩壊し、マスカローゼが図書館へと渡り。
ナラゴニアに図書館からの潜入部隊が送り込まれ、新たに幾人かの図書館員が、
取引を受け入れ旅団へと渡ってきた。ふむ、この辺りの話は某よりも貴殿の方が詳しそうだ。
ああ、確か銀猫伯爵が死んだのもこの頃だったな。

故にか――…旅団の中では、対図書館への気運が高まっていたようだ。
『原初の園丁』、しるあぬ……しるぁ……シルウァヌス・ラーラージュが、
集会を開くとか何とかでナラゴニアの広場に姿をあらわすことになった。
この男は確かトレインウォーで討ち取られたんだったか。……結局、奴は何だったんだろうな?
また、Dr.クランチが図書館侵攻の為に我々から意見を募ったのもこの際であります。
結果は……あー、クランチの飯を作る羽目にならなかった事だけは、良かったと言っておこう。
世界樹のもとで


次。我々の下に緊急招集が届き、図書館攻撃作戦の決行が告げられた。
提示された作戦はノエル叢雲による図書館強襲と館長アリッサの暗殺の二つに一つ。
どちらに参加をするかは任意だったが、拒否権は無かった。
ようやくあの悪趣味な首輪が首を締め始めたという訳でありますよ。
緊急招集

そしてカンダータよりターミナルへと潜入したと思われるウォスティ・ベルの手により、
キャンディポッドは死亡、ホワイトタワーは崩壊。フォンスも死んだ。
それを先駆けとしてナラゴニアが0世界へ出現、旅団の侵攻が開始された。
某はノエル叢雲の乗組員として戦闘に参加した。
某は知らんが、アリッサ暗殺へ向かった者も当然居ただろうな。
戦いの結果がどうなったかは……まあ、今となっては、言うまでも無いだろう。
【進撃のナラゴニア】 強襲! ノエル叢雲



――……さて、その後の流れは貴殿もご存知の通り。
旅団対図書館の総力戦の末、新たな謎を残しながらも、今が訪れたという訳であります。
失ったものは山のように。対して得たものは? ……さあな、こればかりは某にも判らん。
だが、まあ……過去がどう在ろうと、生きる者の時は今後も変わらず続いていく。
時間を喪ったロストナンバーであろうともそれは変わるまい。
故に、この先に待ち受けるものが何かを見出すかは……貴殿次第というものだ。




ふむ、つまらん話が長引いてしまったな。なに、肴には丁度良い? ならば結構。
であれば……さてお客人。そろそろ店仕舞いだ、勘定を済ませて頂きたい。
ツケ? 生憎だがこの店ではもうツケは受け付けていないとの事だ、残念だったな。
何、下手にツケなど溜めこむものではないでありますよ。清算に苦しむのは己だ。
ご安心召されよ、経験談であります。

なに? ……貴殿も物好きだな。まあ好きにしたら良い。
ああ、何なら今度はもっと早く来るんだな。
酒の相手がこんな片輪の給仕ひとりではつまらんだろう。

何より、マスターもこう言っている。
……酒は、ゆっくり飲むものでありますよ。

.
[39] (PL:)
ヌマブチ(cwem1401) 2012-10-13(土) 21:11
(各パーソナルイベントは当該PC様全員の御許可を以て公開しております。
 何かございましたら当方までキャラクターメール等でご連絡頂ければ幸いです。
 ご快諾下さったPL様各位には心より感謝申し上げます。)

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[36] 魔女と使い魔と後片付け
瀬尾 光子(cebe4388) 2012-10-07(日) 13:58
世界樹旅団×世界図書館、螺旋衝突ブッチギリウォーズも終わり、世界樹は機能を停止して崩壊……
『するなんて思っていた時期が、私にもありました……』
ターミナル某所、呪い屋“跡”

世界樹旅団の襲撃により、ターミナルはあっちこっちねっこや砲撃によって穴だらけにされ、当然ターミナルにあるいくつかの建物も被害を受けることに……そしてこの店もその被害をこうむってしまったのだ

『……どこぞのアニメ監督が、メインキャラの死なない都合のいい戦争なんてナイとか言ってましたが……いいじゃないですかフィクションでくらい夢見たって……』

さめざめと泣く使い魔シャーロットの目の前には太い根っこにあちこち貫かれた上、砲撃を食らって屋根が吹っ飛んでいる慣れ親しんでいた呪い屋がその変わり果てた姿を晒していた

「くぉらぁシャーロット! 泣いてないで荷造り手伝いなぁ!」
そんな彼女に無慈悲な罵声を浴びせかけるのは魔術師瀬尾光子、この店の店主である
『だってだって……こんなのあんまりですわ……せっかく必死に切り盛りしてたこの店が壊されるどころか、この忌々しい根っこのせいで同じ場所で営業することも不可能だなんて……』
「別に店の引越し何ざ今に始まったことじゃないよ……つか必死だったのはあんただけだろうが」

そうなのだ、実はこの店、営業30年中、引っ越した回数は10だか15だか、40だか50だか、その理由のほとんどは、無茶な実験による爆発だったりという、うっかり発明家のようなミスが原因だったりする

『……魔術師としての腕は決して悪くない光子さまの商品が売れないのはそういう理由もあったのですね……』

「こんな趣味でやってるような店が売れなかろうがあたしには関係ないよ……とっとと引越し終わらせて、ナラゴニアとあの樹海の調査へ行きたいもんだよ」

『……なんかムカつくほど落ち込んでいませんわね、わざわざ対価払ってブエル様と契約してまで助けよーとしてた人間の神父が死んだって言いますのに』

シャーロットが面白くなさそうに言っているのは、マキシマムトレインウォーにおいて、敵の一人として立ちはだかったコンダクター、三日月灰人のことだ、尤も、彼女の場合助けようとしてたわけでなく……

「あたしゃ単に、いっぱい食わされた借りを返そうと思ってただけさ、そしてそれは成功したんだ、落ち込む理由がないね」
『……まぁ貴方にツンデレなんて期待してませんから、多分それが本心なんでしょうけど……』

理解不能

シャーロットの頭に浮かんだのはそんな言葉である
悪魔に己の存在を定義する物を対価として払って契約するというのは、本契約という非常に重要な契約……本契約をかわせば、その悪魔の能力をほぼ最大限に、回数無制限で扱うことができるが一度契約を結んだが最後、その魔術師は生涯をかけてその悪魔と付き合っていくことになる

『(それをそんな理由でやってしまうなんて……痺れも憧れもしませんわ)』

彼女がブエルを召喚する際に結んだ契約はそれである、対価についてシャーロットは聞かされてはいないが、それにより瀬尾光子は、ブエルの持つ治癒に関する魔法……特に精神の治療に優れた魔法を扱えるようになったのだ、洗脳を解いたのもその魔法によるものらしい

「何かムカつくこと考えたろ今? いっとくけど、あいつとの契約での対価は大したもんじゃない、現状維持の方針が更に強固になったってところだ」

そしてそれ以上は語らず、再び作業に戻りはじめたが、しかし、シャーロットは店を見上げて、こう言わざるをえなかった

『現状維持……というかすでにその現状が破壊されておりますような……』

好奇心と激情に支配されている瀬尾光子という魔女は停滞という言葉とは無縁なのだろう、恐らく
[37] 書いた人のコメントを使い魔シャーロットから
使い魔人形シャーロット
瀬尾 光子(cebe4388) 2012-10-07(日) 14:02
『ちなみにこの作品、本当は自スポットの新しいスレッドのスレ立てに書いた物なのですが、話が続かなさそうなので、ちょっと編集してこちらに初投稿……書いた人は読み物としては些か見苦しいかもしれないとびくびくしているらしいですわ』

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[31] メイドは問い、メイドは答える
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2012-08-07(火) 23:45
  壱番世界は猛暑の夏を迎えている。
  ゼロ世界は相変わらずの温暖な気候であるが、季節の移り変わりを愛でたくなる時もある。サシャもその一人だった。
  デパートの一角、もうすっかり顔なじみとなった茶葉の専門店でアイスティー向きの茶葉を吟味し、三種類を購入する。ティーセットも涼しげな物を新しく揃えたいが、それはさすがに予算オーバーだ。
  ショウウィンドウをしばらく眺めた末にそう結論付け、サシャはエレベーターホールに向かった。何の気なしに店内を眺めていたサシャの視界に、見憶えのある姿が映る。
  黒いゴシックなメイド服に映える白いエプロンと紫の髪。そして何より、過剰に自己主張をするはちきれんばかりの胸元。
  ハイユ様だ、とサシャは気づいた。
  ハイユの右手にはデパートのロゴをあしらった紙袋がぶら下がり、その口からは酒瓶が何本も顔をのぞかせている。あの数では相当に重いはずだが、いつものとろりとした笑みは崩れていない。その緑の瞳がサシャの方を向いた。
「おー、サシャちゃーん!」
 ハイユの大声に、店内の客が一斉にハイユを、次いで視線の先にいるサシャを見る。サシャは顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
  千鳥足でゆらゆらと歩み寄るハイユをあわてて抑え、サシャは小声で言う。顔を近づけるとハイユの息はすでに酒臭かった。
「ハイユ様、酔ってます……よね?」
「あたしの美しさに?」
 酔っている。確実に酔っている。
「あの、帰りませんか? ワタシ、お送りしますから」
「何だよー、一緒に飲もうぜ? その胸のサイズでもハタチなんでしょ?」
「むっ、胸のサイズは今、関係ないじゃないですか!」
「だからさぁ、飲みっぷりでオトナのオンナを見せてやりなよ」
 もう何を言っているのかも良く分からない。サシャは説得を諦めた。
  紙袋を持っていない左手を引くと、ハイユは案外素直に付いてきた。
  着いたエレベーターにはサシャとハイユ以外、誰も乗っていなかった。
「サシャちゃんよぉ」
「何ですか?」
 階数を示すランプを見上げながらサシャは軽く返事をする。
「シュマイトお嬢の話とか聞きたくない?」
「また別の機会に」
 この状態でまともな話が聞けるとは思えない。
「今の方がいいよ」
 しかしなぜか、ハイユは粘った。
「聞くだけでいいんよ? 屋敷に着くまでの間メイドさんの話を聞くだけの簡単なお仕事です」
「……分かりました」
 しつこく言われ、サシャは渋々うなずく。何か知らないが、ハイユにはよほど話したい事があるらしい。
  デパートの外のオープンカフェに目をやり、サシャは聞いた。
「ハイユ様、口直しに何か飲まれます?」
「これ」
 ためらいもなく紙袋から新しく酒瓶を出したハイユに、サシャはため息をつく。予想していた通りの回答だ。
「お酒以外で」
「じゃあいらない」
 サシャはすっきりとした味のレモネードを二つ注文し、一つを「どうぞ」とハイユに渡す。懲りもせず酒で割ろうとするハイユを制して、
「それで、シュマイトちゃんに何かあったんですか?」
 この調子では、いつ本題に入れるか分かったものではない。サシャの問いかけにハイユは、ぼんやりと宙に視線を流して言った。
「んー? ああ、お嬢ね。そう、最近お嬢がおかしいって話なんだけど」
 聞き逃せない発言だった。思わず表情を硬くするサシャに、ハイユはだらだらとした締まりのない口調で話し続ける。
「けっこう前にさ、サシャちゃんとお嬢があたしの寝込みを襲いに来たことあるじゃんか」
「変な言い方しないでください」
 何の事を言っているのかはすぐに分かった。ハイユがシュマイトに「恋人のできたサシャはシュマイトから離れて行ってしまう」と吹き込み、シュマイトが悲壮な覚悟を持ってサシャの真意を確かめに出た一件だ。とは言え、結果として誤解は解けた。シュマイトはサシャと一緒に、昼寝をしていたハイユを叩き起こして問い詰めた。その剣幕にはさすがのハイユも「悪かったよ」と認めた。
「あれは絶対にハイユ様のせいです。シュマイトちゃんがどれだけ悩んだか、分かってるんですか!?」
「そこなんよね」
 ハイユは、アルコールの感触がないのが不満なのか、ちびりちびりとレモネードを舐める。
「あの後さ、お嬢、告解室探したりメイム行ったりしてるみたいなんよ。そもそも、あたしのメイドさんジョークまで真に受けるとかね。何つーか、あそこまで他人に入れ込んでるお嬢、初めて見たわ」
 サシャは少し意外だった。シュマイト本人は恥ずかしがってあまり話そうとしないが、彼女にだって元の世界に気になる男性──機械技師のラスという人物がいたと、サシャは知っている。彼に対しては、シュマイトもきっと、可愛らしい表情をひっそり浮かべていたのではないだろうか。
「それだけで『おかしい』だなんて、ひどいですよ」
 苦笑してサシャは受け流そうとした。しかしハイユの表情からは、いつの間にか笑みが消えていた。
「問題はこの後だ。実はお嬢が覚醒した後、あたしらの世界で事件が起きた。あたしはそれを完璧に隠したつもりでいたけど、バレてるのかもしれない。それがきっかけでお嬢の精神が不安定になって、救いを求めてサシャちゃんにこだわるようになったのかも」
 そこまで言ってハイユは黙り込んだ。
「何があったのか、聞いてもいいですか?」
 迷った末に覚悟を決めて、サシャは聞いた。
「ラスが拳銃で自分の頭を撃ち抜いた」
 かすれた声でハイユは答える。
  サシャには一瞬、目の前にいるハイユの姿が揺らいで見えた。
  シュマイトのトラベルギアは「ラス11号型」という拳銃だ。魔法の込められた弾を撃てるらしい。サシャには拳銃の事などまったく分からないが、シュマイトが目を輝かせて銃について話すところは何度も見ている。
  自分以上の腕を持つラスによって作られた、自分には作れなかった性能の銃なのだ、と話すシュマイトはとても誇らしげだった。
  そのラスが、自殺した?
  そんなはずはない。サシャは震えの起きる体を必死に抑え、心の中で繰り返す。
  そんなはずはない。ラスはシュマイトの帰る日を待っていたはずだ。シュマイトだってそれを信じていたはずだ。それなのに、どうして。
「あたしも詳しくは知らないけどさ。自分の銃の性能を疑われたのが嫌だったらしいよ」
 サシャは再び言葉を失う。やっと出てきた一言は、多分に怒りを含んでいた。
「どうして、そんな事で……!?」
「あたしに聞かれてもね」
「ワタシ、自分の腕を疑われたら、そんな事ないです、ってお見せします。お料理でも、お掃除でも、なんでもやります」
「ラスもそうしたかったんじゃないの?」
 ハイユの落ち着き払った態度に、サシャは焦燥を覚える。ハイユの中では一通り整理されているのかもしれないが、自分にとってはまだ驚きがあまりに生々しい。ましてや、シュマイトがその事実に触れかけているとしたら、その心はどれほどにきしみを挙げているか。
「これが、あたしのしたかった話よ」
 ハイユはそう言った。
「──ご存知でしたら、教えて下さい」
 サシャは努めて落ち着いた声で話そうとした。
「ラス様が亡くなったのは、どれくらい前なんですか? お葬式とか、お墓とか」
「死んでないよ」
 それは光明と言って良かったのだろうか。
 サシャははっと顔を上げ、ハイユに食い寄る。
「ご無事だったんですね! でも、お怪我は」
「全然」
 再び完全に否定をしたハイユは、レモネードを一気に飲み干そうとして、むせる。
  何度も咳き込み、肩を震わせる。
  違う、とサシャは気づいた。
  ハイユはむせているのではない。笑っていた。レモネードのグラスをテーブルに戻し、必死にこらえようとする。それも長くは続かなかった。隠そうともせずにテーブルを叩いて笑い転げる。
「ハイユ様」
「んー?」
 サシャの心は別方向への怒りで塗り潰された。
「だましたんですか!?」
「嘘はついてないよ」
 ハイユはふてぶてしく笑う。
「あたしは嘘を言っていない。ラスが拳銃で頭を撃ち抜いたのは本当。でも生きてるどころか無傷なのも本当。ちなみにラスは不死身でも機械の体でもない、普通の人間だよ」



 ハイユは宙に目をやった。そして宣言する。
「さて、ここで読者のみなさんに挑戦です。ラスが自分の頭を銃で撃ち抜いたのに生きているのはどうしてでしょう?」
「ハイユ様、変なこと言って話をそらさないでください」
「正解発表は今週中にUP予定。簡単すぎるからってコメントで正解を書いたりしないでね? お姉さんとの約束だ」
「ハイユ様!」
[32] 回答編
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2012-08-11(土) 23:51
「あたしは嘘を言っていない。ラスが拳銃で頭を撃ち抜いたのは本当。でも生きてるどころか無傷なのも本当。ちなみにラスは不死身でも機械の体でもない、普通の人間だよ」
 そう言われてサシャは考えた。
  ハイユの世界の物理法則について詳しく聞いた事はないが、話を聞いた限りでは、魔法の実在を除いては壱番世界と大きく変わらないようだ。だからハイユの「普通の人間」という言葉は文字通りに取って良いのだろう。
 撃たれた側が普通の人間だとしたら、普通でないのは、撃った方。当事者であるラスについてのわずかな情報と、ハイユの言った動機を考え合わせるならば。
「ラス様は、シュマイトちゃんの銃を作った方なんですよね」
「魔法拳銃のラス11号型ね」
「それで確信できました」
 すうっと息を吸い、サシャはハイユを真っ直ぐに見て言った。
「答えは『撃たれても死なない魔法の銃を使った』です!」
「正解」
 ハイユは満足そうにほほ笑む。
「その銃の機能を疑われたから、ご自分の身で証明して見せた」
「そういうこと。銃で頭を撃ち抜いた人間が無傷で生きてたら、さすがに普通の銃じゃないってのはわかるだろうからね」
「でもハイユ様、さすがに悪趣味すぎません?」
 問題は解けたとは言え、あまり良い気分にはなれず、サシャは聞く。ハイユは不思議そうに、
「何が?」
「人が亡くなった冗談なんて」
「本当にあった愉快な話なんだからしょうがないじゃんか。それに、ラスはたぶん自殺なんかしないよ」
「そんなこと、分からないですよ」
 ラスの死を望む気持ちなどあるはずもないが、ハイユのように軽々しく言われるとどうも引っかかる。
「平気平気。いくら自分の作ったものに自信があるからって、自分の頭を銃で撃ち抜くような男だよ? 自分に絶望するなんてあるわけがない。それで言うと、お嬢の方が危ないかな。今まで天才発明家とか言われて調子に乗ってたのに、いきなり自分の世界よりもはるかに進んだ機械文明を見せられちゃったんだから」
 それは確かに、あるのかもしれない。シュマイトが壱番世界で平然とパソコンを使いこなしているのは見たことがあるが、その時に何を思っていたのかは分からない。
 サシャが考え始めた向かいで、ハイユは小銭を置いて席から立ち上がる。
「じゃ、先に行くわ」
「はい、また今度」
 ハイユは酒の紙袋を手にデパートの入り口へと戻って行った。その頭上には「屋上・ビアガーデン」の垂れ幕がかかっている。念のため、サシャは素早く会計を済ませてハイユを追い、確認した。
「ハイユ様、これからどちらへ?」
「醒めてきたから迎え酒」
「帰りましょう」
 夏物ティーセットよりは安い額だ。すぐに馬車を借りて、シュマイトちゃんのお屋敷まで連れて行こう。とサシャは決意した。

【終】 
[33] 謝辞
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2012-08-11(土) 23:53
サシャさん、ご出演ありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[28] 道化師と蛙と0の空 (1/3)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2012-08-03(金) 00:30
けたたましい轟音—列車の発車音で目が覚めた。


駅のホームの隅の端、 手入れを忘れられ煤けた壁と
同じ色の土煙が、届かぬ光を板状に映写している、 どれだけか人目につかず久しい場所。

おざなりにまとめられた赤茶色の髪、地味な無地のシャツの青年は、そこにいた。

どのくらいそこに寝ていたのだろう。
身体には埃が積もっている。
漂着、というにはずいぶん内地の様だ。
感じる空気は異国、 いや、異世界の物だった。


額に触ると、長い前髪が手に触れる。
滲んでしまった自身の記憶は、酩酊したように、まどろむように、思い起こせない。

共にここに落ちていた、使い倒した鞄を探ると
「マスカダイン・F・羽空 (パウロ)」
英字混じりのカタカナでそう記された紙を発見し、
それが自分の名前だという事を思い出す。
嫌になるほど呼ばれ続けた自分の名前。
暫く眺めたのだが、Fの部分はどうしても思い出せなかった。

嵐の後のような静謐。
ほこりじみた空気が居辛い。

立ちあがると、乾いた吹き溜りのものたちが身体からぱらぱらと落ちる。
ズボンの土ぼこりは、払ってもとれなかった。


この世界—この街の枢軸らしき施設。
ほどなく保護され、連れて来られた
そこの人間の言葉を、黙って聴くにつれ、
自分が世界から放逐されたのだと知った。



街を歩く。
晴れ上がった昼の空が眩しい。
呆けた様に模様を変えない空に、冴えない目を硬く細める。

本名が一部欠けていても、提出書類は出せたようだ。
年は20ということにしておいた。
確か酒は飲めていた様な記憶がある。
受け取った配備品はどこかにしまい込んだ。
存在を持続してやるかわりに何かをしろと
言われた気もするが、どうでもいい。

日陰を選び進むと、街の人影はだんだん減っていった。
西洋を模した町並みは、さながら閑散としたテーマ・パークの様だ。

薄汚れたズボン、大きめのシャツを着ていると、少し自分が小さくなれた気がした。
口を真一文字に締め、擦れた鞄のベルトを強く握る。

視界の端に入った人々はずいぶん奇異な姿をしている物も
いる様に見えたが、
それすら、染み付いた生活スタイルは 青年を人目を避ける様に歩かせた。
足は自ずと人気のない方へ行く。


誰も居ない広場に出る。
街の最端に位置するそこは、街の「外側」が良く見渡せる場所だった。
石造りの広場の中ほどには、少し大きめの木が一本植えられている。
そこに向かって歩みを進める。

崖の様な町並みを背に、空の下ぽつりと生える木の下の
木陰、そこに腰を下ろした。

迷子な訳じゃない。
どこにも行くあてが無いだけだ。

幹に寄りかかり、一つ、深い溜め息をつく。
空腹なはずなのに、不思議と何も食べる気がしない。


まるで忘れてしまった様に、模様を変えない空を
流れる雲はコンベヤのように、白々しく、地平の果てへ消えていく。
下を見れば、無機質なチェッカー・フラグの様な地面が永遠に続いていた。
醒めない夢の中の様な世界だ。
抜け出せない悪夢。

嵐の後のような静寂。

赤茶けた髪に、不自然に光を照り返す銀色の目。
街角のガラスに映った、奇特な風貌を思い出す。

嘘ばかりついて生きてきた。
特異な見掛けのせいで目立たず地味に暮らす事もできず、
自分のせいで荒事を立てない様に、なるべく物事が大人しく済んでくれる様に、
—だけどそんな腹の内を悟られない様に、
その場をしのぐ言動ばかりを憶えてきた。
気がつけば、そういう生き方だけするようになっていた。
いつだって、どんなときだって、そうしてきた。

家族も、友達にも、 —いや、友達はいなかったかもしれない
相手の望む様に、顔色ばかりうかがって、表面ばかり取りつくろってきた。

思い出せないのも当然だ。
自分がいたことなど、一度もなかったのだから。
その分他人に心を割いて、暮らしてきたつもりだ。

そうして行き着いた先が、この何もない世界。

ずいぶんじゃないか。
[29] 道化師と蛙と0の空 (2/3) (…長ったらしいのも演出のうち!)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2012-08-03(金) 00:32
木の幹に寄りかかる。
痩せた肩が食い込んで痛いが、どうでもいい。

雲が流れてゆく。
眩しい暮れない昼が、夜目に利く目に痛い。
忌々しく晴れた青い空、無機質に通り過ぎてゆく雲。

その風景すら意識からはなれ、視界を白ませててゆく。
そういえば何も食べていない。
飢えた心が、おのずと四肢の自由をうばってゆく。
このままここで死ぬのかもしれない。
それでも別にいい、と思った。
どうせ思い出す人もいない。どうでもいい—


いつからこんなに摺れてしまったのか。


「やぁ、なにをしているんだい?」

その視界に突如、異質がとびこんだ。

聞こえた声の主は、目の前の、きょろついた目をもったモノ。
離れた目で、首を傾げながら、こちらを覗き込んでいる。

(…ツーリストか)
先刻図書館で得たばかりの知識を掘り起こす。
コンダクターである自分の世界とは別の世界から来たツーリスト、その中には
普通の人間と姿を異にする亜人がいると。そんな事を聞いた気がした。
ほとんど上の空で聞いていたが。

目の前に立っているのは、体こそ人の形につれ、それと風貌を異する亜人。
その顔は、カエルとバジリスク—蜥蜴を足して割ったような…そんな感じだ。

それが几帳面に燕尾服を着込んでいる。

B級映画か、タチの悪いカートゥーンだ。

「なにをしているんだい?」
蜥蜴男は、さらに滑稽に首の角度を傾斜させてみせる。
黙っているのも失敬だ。

「…宗教の勧誘ならお断りなのね」
羽空は辛気臭い目付きのせいか、よくそういうのに声を掛けられた。
わけのわからないものを拝んでまで友達など欲しくないし、はなから形のない物に縋るのなんてまっぴらだ。
…言ってしまえば、同業者の腹の内など知れている。

蜥蜴男は シュウキョウ? と、いうように、こんどは反対側に首を傾けた。単語の意味が通じてないらしい。

羽空は元々他人と話すのが苦手だった。
自分では一生懸命話しているつもりでも、どこか怪訝な顔をされがちなのだ。
そうして会話を避けるうち、「普通な喋り方」を学ぶ機会は余計減っていく。
体もだるいし、早く終わらせたい。

「そういううさんくさい優しさの押し売りはごめんだと言っているのね」

「そういうことなら安心だ、僕は道化師、キミみたいな人のために来た!」

そのツーリストは頓狂な声でそう叫ぶと、その手元から豪炎を吹き出し—

—炎、その中から一羽の白い鳥 —おそらく、その時はそう見えたなにか— が飛び出し、
白い羽を羽ばたかせ、 またたくまに、 空高くへと飛んでいった。

突如の出来事に、体の重さも忘れて、飛びのいていた。
驚嘆の顔を見て満足する様に、ツーリストは待つ間もなく喋りだす。

「さあジェントル・エンド・ジェントル! ココは人が居ないようだからね、
 今日はおとっとき、キミのためのワンマンショーの始まりだ!」
おどけた仕種で翻ると、かっちり着込んだ黒い燕尾服の、どこからともなく極彩色が溢れ出す。
浮かび上がった大量の風船がぱん、ぱん、と弾けると、今膨れたはずのその中から、おもちゃの兵隊が現われ、
マーチングバンドを奏でだした。その楽隊に拍子を合わせながら軽やかに回したスティッキが
空中で紳士帽にかわり、中から金銀宝石が溢れたかと思うと、それはあっというまに
花弁となり、風につむじを巻いたかと思うと、一人の高貴な女性の姿をとり、手の甲へとキスをした。
めくるめくイリュージョンに次ぐイリュージョン。

子供騙しだ。 頭の隅でそう思いながらも、
取られた手をそのままに呆気にとられながら、
その高度な幻想に見入っていた。

そういえば昔、…ずっと昔、小さな子どもの頃、サーカスにつれて行ってもらったことがあった。

息をのむパフォーマンスに、動物たちの感心する技、おどけたピエロの曲芸。
極彩色のスポットライトに照らされて、誰も皆キャンディー・カラーに染まった会場。笑顔と歓声。
痛くなるほど手を叩き、時間も、なにもかも忘れて、目の前で次々繰り広げられる混沌に、非現実に見入っていた。

そうだ。
心から、何かを楽しんでいたこともあったのだ—


つかれた赤茶の頭に止まった蝶々を、ツーリストの指が拾う。
白い手袋の上の蝶々に ふ、 と息を吹きかけると、
虹色に輝く粉となって、風に吹かれていった。

光の粉が、しばし空中に舞う。
 
[30] 道化師と蛙と0の空 (3/3)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2012-08-03(金) 00:33
 
広い広場の木の元で、一人分の拍手が響く。
それは社交辞令で、 無口な青年の、精一杯の賛辞の表現だった。

それを聞いて、燕尾服のツーリストは、大仰に胸を張る。
「…ありがとうごさいますなのね。」

うっとり目を閉じポーズを決めたツーリストに、青年は弱々しく口を開く。
「でもごめんなのね。ボクお金持ってないのね。一銭も払えないのね」
彼は きょとん?と また、首を傾げた。
「高等な芸当を見せてもらってありがとうなのね。でも、ボクなにもあげられるものが—」
「なにをいっているのかな、」
目の前のツーリストは、おどけたポーズから、またどこからともなく紳士帽を出し、深々と一礼する。
「僕は道化師、”人を笑顔にする”のが仕事なのさ」

「…だから、お仕事なら、何かしら見返りを」
それを聞いて燕尾服の蜥蜴男は、滑稽に肩をすくめさせた。
「だから僕は道化師、”人を笑顔にする”のが「仕事」。”見返り”なんていらないよ」
今度ははきょとんとするのは、こっちの方だ。

「…それ仕事って言わないのね」
自分の行ったことで、対価をとってこそ「仕事」だ。
対価を取らないのでは、それでは、ボランティアというか…
…なんていうか、お人好し?

「キミの仕事は何だい?」
目の前のツーリストは、こんどはこちらに、何の気はなしに問いかけた。
並んで違うお弁当を食べている相手に、「そのおかずは何?」と聞くくらいの乗りなのだろう。
その無邪気な問いに、自嘲を浮べ気味に答えた。
「…そうだね、じゃあボクも道化なのね。」
身を削って、刹那の幻想の後。残るのは何もない空き地だ。
それなら自分の人生、正しく道化だった。

「じゃあ、キミも同じだね!」
その自身の答えを聞いたツーリストは、よろこびを体現する様に、
陽気なポーズで飛び跳ねる。
無邪気な仕種に、一抹の自責の念が湧く。
マイナスの感情は、怒りの糸口を呼びおこし、抑え込んでいた言葉を紡がせた。
「同じじゃないのね。他人なんて、薄っぺらい言葉で、お粗末なパフォーマンスで、
 その場その場でテキトーにおべっか使ってれば事なきを得るのね。
 だから、そうやって嘘ばかりついてきたのね。」
「それがなにがわるいんだい?」
「だって…やっぱり嘘をつくのは良くないことだよ」
「これだってウソさ」
そういうとツーリストは、ばらばら、と袖口から、
さまざまな、—今は仕組みは差し図れないが、たくさんのタネらしき物を落としてみせた。
「!」
燕尾服のツーリストは、散乱した構造物と自分の顔を交互に眺める青年の姿を見て、いたずらっぽくその目を輝かせている。


「…でもやっぱり貴方とは違うのね。ボクはただ相手を怒らせたり困らせたりしないように—」
「やっぱりキミも同んなじじゃないか」
燕尾服の蜥蜴男は微笑んで、言葉を繋げる。
「だって、人を怒らせたり泣かせたりしないってことは、人を笑顔にしてるってことだろう?」
言いたい事はままあった。

でも、言い返せなかった。

その言葉、考えが、ひどく魅力的な物に思えたから。


「笑ったね」
蜥蜴の顔のツーリストは、大きな両目を、にまぁ、と細め、
口角を弓の形に上げ、こちらを見つめ、そう言った。

それはそうと言われなかったら気付かなかったろう。
自分の口の端が、わずかにゆるんでいた。
めったに使わない筋肉を動かしたような、いびつなゆがみ。
見られたことになぜか羞恥心が湧き、俯く。

「じゃあこれで、僕の”仕事”はおしまいだよ」
頭の上でツーリストが言葉を言い終えた端—小さな爆発音が起こり、

「!」
また驚きに視界を閉じた刹那、再び目を開けると、
もうもうと立つ四色の煙を残し、そこには誰も居なかった。


嵐の後のような静謐。


見開いた目に、眩しい昼の光。
呆然と、しばし眺める。
四色の煙が混ざり逢い、風に運ばれていく。
その霞の中に、何かあった。
さっきまであのツーリストの立っていた場所。

近寄る、昼の光が眩しい。でも進む。
何かが反射している、 フレームの丸い眼鏡のようだ。

プレゼントなのか、おとし物かは分からない。
拾い上げてかけてみたが、元々人より良い視力の視界は歪むことなく、
心なしか、景色が良く見える様になった気がした。
青い空、白い雲。
振り返ると、折り重なった西洋建築の町並みが、バースディケーキのように、晴天に照らされちらちら輝いている。
広場の木を背に、街へ歩きだす。

歩き始めると、そういえばお腹がすいた。
しまい込んだパスケースの中から、トラベルギアを引っ張りだす。
おもちゃ型のそれから、ぽん、と空中に飴を打ち出すと、そのまま口でキャッチした。 こういう遊びは昔から得意だ。
広がる甘さに、気のせいか体が軽くなった気がした。
街に駆け出す。

使い古した鞄を売った。
自分の趣味ではないそれは、—誰かに買い与えられた物かもしれない
なにか名の通ったブランドのデッドストックだったらしく、ずいぶんな高額で売れた。
食べ物だけでなく、余分な物も買えそうだ。

鞄の中身も売ろうと、古書店をみつける。
そこで、奇術の指南本を買った。
初歩の手品が沢山載っている。タネは意外と簡単なもので、いくつかは明日にでもおぼえられそうだ。
小さいながらも手の上で幻術が繰り広げられると、気分が上がった。
練習すればだれかに見せられるくらいになるかもしれない。
指南本片手に次のマジックをこなそうとして、よれた無地ののシャツの袖口が目に入る。
そうだ、それにはこの格好はすこし大人し過ぎるかもしれない。

新しい服を買った。
気分が明るくなるような、そんな明るい色の服。
街のショーウィンドウのガラスに映った、自分の姿を眺めた。
頓狂な色彩の服は、浮世離れした風貌によく合っている様に思える。なんだ、もっと早くこういう格好をすれば良かった。
おどけた色のシャツを着ていると、少し自分が大きくなれた気がした。
ま新しいトランクのハンドルを強く握り、小踊りで駆け出す。

景色を高く見上げれば、雲が流れている。
底抜けに澄んだ青空に浮かぶ真っ白な雲。子どもの描いたような空に、ゲーム盤のような地面。
なにもない世界。
腕を振り上げ叫ぶ。
「自由 な の ね ー!」
人気のない街は、さながら開園したてのテーマ・パークのようだ。

もう少し軽るいふうになりたいな。
そうだ、髪を染めよう。
あの空を行く雲と、同じ色に。


丸い伊達眼鏡、おどけた色のシャツ、雲の色に染めた髪。おもちゃの銃を振り回し、
自然と上がる口角。鼻歌混じりに、街角を行く。

ふと、開けた交差点で、誰かに出会う。
道の真ん中、小さな、猫の姿の亜人だ。女の子もののスモックを着て、
ポシェットを握りしめ、宙を所在無さげに見渡している、
その姿は迷子然としていた。

「どうしたのね?」

羽空は、首を傾け、にこやかな笑顔で、その子の顔を覗き込む。
不安な面持ちの子猫の少女は、はっと少し驚いた顔で見上げ、
小さな言葉を発した。
「…お兄さんは誰?」

羽空は、おどけたシャツを翻し、陽気なポーズをしてみせた。
「ボクは道化師、人を笑顔にするのが仕事なのね!」




ツーリストに、魔法なんていくらでも
使えるものがいるのを知るのは、また後々の話。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[27] 鋼鉄に想いを込めて

七代・ヨソギ(czfe5498) 2012-07-29(日) 07:04
昔は鉄と炎だけが己の全てだった

物覚えが付いて初めて手にしたのは、玩具ではなく槌。気がついたら、ごく自然に
鍛冶修行をやっていた。
何の疑問も抱かなかった。
父や祖父の修行は厳しかったけど…諦めるなんて、辞めるなんて考えもしなかった。
だって、僕にとってはそれが当たり前。普通の日常生活。
数々の名品を作り続けてきた父や祖父、御先祖様の事は凄く尊敬してるけど…
目標にしてるかと聞かれたら、正直言うと分からない。
僕は唯、僕自身であり続けたいだけ。目の前の鉄を叩き続けるだけ。
何も考えない。何の感情も抱けない。
祖父は、それでは駄目だって言うけど…僕には良く分からなかった。

…だけど…彼女が僕の事を変えてくれた

彼女が工房に訪れたあの日。
父さんが鍛冶場から僕を呼び出して彼女に僕の事を紹介してくれて、
僕の中に新しいものが生まれた。
鉄と炎しか知らなかった僕に、彼女は人の暖かさを教えてくれた。
僕は彼女の力になりたくて。最高の武器を作ってあげたくて、必死に頑張った。
どれだけ頑張ったかは…必死になりすぎて、ちょっと覚えていない。
だけど、父さんと爺ちゃんは認めてくれた。
ヨソギの名を名乗ってもいいって。一族始まって以来の快挙だって。
僕は良く分からない。
だけど、今は誰かの為に鍛冶仕事をしたいんだって事は分かる。

今日も僕は、誰かの為に鋼鉄を鍛える
 
だって、それが僕の全てだから 

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[26] 今だからわかること。
にぱー☆
音琴 夢乃(cyxs9414) 2012-07-22(日) 21:05
ぼくのお祖母ちゃん、8人兄弟のしっかりもの長女で、家を継いだんだそーです。結局廃業?しちゃったらしいけど。

祖母の一人娘である母は、祖母の末の妹、ええっと、ぼくから見ると大叔母さん、と、姉妹のように育ったらしいです。10かそこらしか離れてなかったとか。だけど並ぶと、母の方が姉に見られてたとか。



で。今から話すのはその大叔母さんのこと。



旅行が趣味の翻訳家。
おもしろいはなしをたくさんしてくれたから、ぼく、すごく懐いてて。
たまに日本に帰っているときには、よくひとりで遊びに行ったりね、したんですよう。

あ、うちと、大叔母さんちって近所で。幼稚園児が徒歩で行ける距離。
母も大叔母が面倒見てくれてるから、安心してたんじゃないかなーって。
うちにぼくがいなくなってて、大叔母が日本にいる期間だったら、きっと一緒にいるのね、って、いつか母は思うようになってて。

でも。
その日は夕方になっても、夜になっても、ぼくが帰ってこなかった。

大叔母に電話入れてみたのだけれど、誰も出てこなくて。家に行っても、電気も付いていなくて。
携帯電話なんて持ってないから、あちこち探し回ったり、警察に届け出たり、したんだって。

そして、一晩経ったら、ぼくだけが歩いて帰ってきた。
大叔母ちゃんは、列車に乗って行っちゃったよ。っていうのが、当時のぼくの証言。
でも、最寄り駅に彼女らしき人影を見た人は誰もいなくて。
大叔母は、そのまま行方不明。
今でも、戻ってきてないんですよー。

そこまでが、ぼくの幼い頃の記憶。

で。
あれは大学入った後だったかなあ。
その、大叔母の娘っていうひとが、祖母の葬式に来てたの。
ぼくは記憶になかったけど、母は、大叔母そっくりだって。


――ね。わかるかなーあ?


そのとき、ぼく、覚醒してなかったけど。
今なら、もしかしてって、思うんですよーう。

大叔母さん、ロストナンバーだったんじゃないかなって。
ぼくはもしかして、小さいときにロストレイルを見ていたんじゃないかな、って。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[25] はじめてのおつかい
音琴 夢乃(cyxs9414) 2012-07-22(日) 00:17
ぼくは0世界が大好きだから、ほんとうはどこにも行きたくなかったんです。
だけど、図書館に属するものとして、どの依頼にも行かずにいるのも、甘えているなあと、いちおうは考えたんです。
0世界にお店でも構えていたら、ちょっとは、免罪符になったかもしれないですけど。

それで、ごくごく簡単な依頼――危険なんてなにもない、ビギナー冒険者が引き受ける最初の依頼のようなの、もらいました。
アニモフの島の調査。
コンダクターなら、こっちがいいんじゃないかって。もふもふと遊んでくるだけだからって。

依頼は、ほんとにほんとに簡単。
前もって他の報告書に目を通した時は、どれもすごーく適当だったので、こんなのでいいのかなーあーって、正直思ってたんですけど、あれ、・・・しょーがないんですね。なんか納得しました。
ぼくも小学生の作文みたいな報告書になっちゃいましたもん。

―――でも。

ねえ、なんでみんな、アニモフを気持ち悪いと思わないんですか。
そりゃ可愛いですけど。ものっすごく可愛いですけど。触ってるといつまでももっふもっふしたくなりますけど。

なんなんですかあのこたち。

なんにも考えないでロストナンバー受け入れて、あけっぴろげで、真っ白でまっしろで、
ぼく、ぼく、やっぱりにへらって笑って、一緒においしいお茶飲んで、お菓子のお土産やまほどもらって。
もう、ぼく、なんだか、ずううっと、へらへらって笑うしか。
笑う、しか。

アニモフがきゃっきゃと笑うたび、ぼく、ものすごく空しくなっていくんです。

おかしいのかな。
ぼく、おかしいのかな。
彼らが笑えば笑うほど、虚しくて、怖くて。
すうっと身体が、冷めて、視界が、遠のいて、無邪気に可愛いアニモフが、ずうっと離れていくような、幻覚、が。

まだ、大丈夫です。
ぼくはひとりでも、大丈夫です。
いつでも、にへらって笑うくらいは、出来るようになったですもん。

だから、ちゃんと、最後には。
お別れ―ってむぎゅむぎゅ抱きついてくるから、仕方なくちょっと抱き返して。ちょっとだけって思ってたのが足んなくて。嬉しそうにするもんだからむっぎゅーって抱き抱きして。
山ほどのお土産のお礼も忘れずに。
またねって、笑って言って。

ロストレイルがディラックの虚空へ入るとき、ちょっとだけ、ちょっとだけ、ぼくの足元にも大きな穴が見えた気がして
ぼく、ずっと眠って帰ってきた。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[21] 故郷を絶つ
小竹 卓也(cnbs6660) 2012-04-03(火) 20:49
2012年3月某日。

「うん、―――うん―――」
携帯を耳に当て、荷物の準備をしながら親との電話。
「まー、無事に卒業決まって本当に良かったよー。このご時世、内定をもらえたのに4年になってから単位足りないって気が付いて一時期顔真っ青になったけどさ」
苦笑。携帯の向こうから聞こえてくる親の小言。
そしてそこから社会人としての心得をさらに聞かせてくる。適当に相槌を打つ作業。
……良い親なんだろうけど、小言が多いんだよなぁ。
鞄の中に詰められる荷物をメーゼがベッドの上から見ている。相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。
着替えも詰めた、パソコンも持った。後は足りない物はっと……。
「よしっと。ん?あー、旅行の荷物整理中。ほら、内定先に引っ越す前に卒業旅行に行こうと思って」
あらそうなの。どこに行くの?
特に心配してない様子の親の声。
海外。どこそこの国。1人で。
そう答えた瞬間、また、分かっていると思うけど。そう付け加えてから海外旅行での注意を一々言ってくる親。
本当にこれさえなければなぁ……。
「1週間程度行く予定ー。まぁ楽しんでくるよ」
チケットを確認する。搭乗日は明日。
「それじゃもう今日は遅いし、じゃあね」
そう言って携帯を耳から離して

一瞬躊躇した後に

通話終了ボタンを押した。


「―――ごめんなさい」



僕は別段、特別な家に生まれたわけじゃない。
普通よりほんのちょっと裕福かもしれない家庭に生まれて。
普通に育って、普通に学校に行かせてもらって。
そして普通に進学して。
大学に入ってから性分の文章好きが高じてライトノベル大賞に応募しては落選して。
そんな大学2年生の冬。
そのライトノベル大賞用に書いていた小説が切欠で、僕は世界の外を知った。
飛天 鴉刃。そしてその世界。
まさか空想で考えていた世界が、人物が現実にあるとは思わなかった。
人の頭上に数字が見えるようになって混乱する僕は0世界に連れて来られて、そして今に至る。

正直、未練が全くないわけじゃない。
でも、壱番世界の帰属は考えられない程に、覚醒した先に見た物は僕にとって楽園だった。
壱番世界ではただの空想の産物でしかなかった、昔から憧れて、空想の中で遊んでいた魔法や獣人、そして竜。
それが壱番世界の外では現実の物となっていることを知ってしまった。
今思った様に壱番世界に帰属する気はない。
だけど壱番世界で過ごすにはこの体はあまりにも不便すぎた。不老と壱番世界基準離れした身体能力を持ったこの体では。
覚醒して2年と半年。今は大丈夫だけど、5年後、10年後。いつかはばれる。
だから、僕は。
大学卒業のこの時期に、壱番世界を捨てることにした。
ツーリストの皆や、訳あって帰れないコンダクターの人達が聞いたら激怒する様な行為だろうけど。
今まで育ててくれた両親、付き合ってくれた友達や知り合いの皆さんも裏切る行為なのは理解しているけど。
それでも。怪しまれずに消えるには。この時期しかないと思った。


空港に辿りついて、チケットと時間を確認。電車でも何度も確認したから当たり前だけど時間はまだ大丈夫。
「えーっと、この行き先の便はっと……」
目的地の海外行きの便を探すとすぐに見つかった。
0世界で既に、行き先での滞在中にロストレイルがその国へ来ることは調べてある。
後は海外旅行を装ってその国へ行って。
そこからロストレイルに乗車する。ただそれだけでいい。
荷物は確認した。忘れ物はない。
壱番世界では海外へ卒業旅行中の学生1人が旅行中に忽然と姿を消して行方不明になった、規模はどうあれ騒がれるのであろう。
そして僕の知り合いは心配して、悲しむのだろう。親は泣くかもしれない。色々とお金をかけることになるだろう。一応銀行には怪しまれない程度に大きなお金を貯金したけど、そんなのは雀の涙だ。
最後まで親に迷惑をかけっぱなしどころか、最後に最大の親不孝をする最悪な奴だと自分でも思う。
でも―――

ゲートを潜り抜ける。

一度振り向いて立ち止まる。

「……ごめんなさい。それと」

―――行ってきます

壱番世界を捨てる足は踵を返して、そのまま止まることなく雑踏の中に消えた。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

«前へ 次へ»

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン