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[165] 【偽シナリオ】祭の夜・霧の森の幻術士
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157) 2011-11-03(木) 02:51
 僕はいつでも、そこにいたよ。
 そこにいたのに、誰も僕を見てはくれなかった。 そう、君でさえも。

 ※ ※ ※

 ヴォロス辺境、《栄華の破片》ダスティンクルでの祭、「烙聖節」の夜が終わりを告げた。
 祭を楽しんだ者も、万一に備え警備に当っていた者も、夜が過ぎればやがて帰路へと向かう。

 町外れの森を警備していた少年、ニッティ・アーレハインもそのうちの一人である。
 一部では街中以上の盛り上がりを見せた地点もあったらしいが、それを彼は知る由もない。
 この森は思いのほか広大なため、その喧騒が聞こえぬところがあっても不思議ではないのだから。

「結局、なーんにも起こんなかったじゃん!」
 誰に言うわけでもなく、ニッティはそう不満げな声を上げた。
 答えるものはほんの僅かの静寂と、木々の小枝や葉が擦れる音しかない。

「もーぅ、不思議なことが起こるかも? っていうからちょっと期待してたのにぃ……こんなことならフツーに楽しんでおけばよかったぁ!」
 領主の館で行われていた『仮面舞踏会』のイメージを脳裏に浮かべてみる。赤、青、黄……その他の様々な色したランタンが行き交いながらの舞踏会。 こちらにも訪れようとは考えていたが、時間は誰にも平等で残酷なものだ。 後悔先に立たず、などという異郷の言葉を思いつつ、彼も重たい足取りで森の中を歩いていく。

「……むぅ?」
 ふと意味を成さない声を上げつつ首をかしげる。 先程から気がついてはいた現象が、すぐ目の前を横切っていったからだ。

「……これ、もしかして霧?」
 うっすらと白いもやは、いつの間にかニッティの辺りを漂い周囲を覆いつくさんばかりに広がっていた。 気がついていた頃こそは本当に気にも留めない程度のもやだったものは、今では視界を塞いでしまうほどの濃度を持っていた。

「やだー、これ迷子フラグじゃん!? ヤバいかも……っ」
 普段ならばつけていた「ちょっと」の言葉は出てこない。 霧は辛うじて翳した手が見える程度の濃度になっており、三歩先の状況を把握することすら満足に出来ない。フラグは既に立っていた。
 迷子の不名誉を得ることを覚悟し、支給品のトラベラーズノートを開いて助けを求める。 顔とノートの間を阻む霧のせいで、手元の文字がちゃんと書けているかの確認すら困難だった。

 がさり。

「……誰!?」
 反射的にノートを閉じ、手にはトラベルギアである槌を持って振り返った。先ほどまで自分以外の気配はなかったハズなのに、「誰かが近くにいた」という気配を感じたからだ。けれど振り返った先には誰も居ない、仮に誰かが居たとしても、見ることは出来なかった。 霧はもう伸ばした手の先が見えなくなるほど濃くなっていたから。

「ここまでくるとこの霧、自然現象なんかじゃないよね。 キミが起こしてるの?」
 槌をしっかりと構えて声を上げるが返答はない、ただ彼の視界が封じられていることを既に知っていて、それを愉しむかのように、木の葉を踏みしめる乾いた音だけが響き渡る。 白いもやに包まれた中で、ふと赤い光が走った。

 来る、そう感じて槌の柄を握り締めたとき、耳にしたのは歌だった。 ただし歌と呼ぶにはお粗末な、ただ猫がにゃあにゃあと可笑しなテンポで鳴いているだけの音。それをなぜ歌だと感じたのか……彼の中では既にどうでもいいことになりつつあった。
 槌を握る手から力が抜け、先ほどまで気張っていた意識が朦朧としている。 がさり、と大きく鳴った枯葉を踏み砕く音のするほうへ、緩慢な動作で振り返ると。

「退屈なんだ、遊んでよ。 ――ディナーの後にでも」
 一瞬だけ見えた、赤い瞳をした猫の顔。
 それが誰かなど判別する間も無く、首筋に何かが突き刺さった。

 ※ ※ ※

『ある所に、霧に覆われた大森林があるんだ。近くに住む人は「霧の森」と呼ぶ。近くに住む人々は夜になると、この森に近付こうとしない。何故なら、森には「幻術士」って呼ばれる銀色の猫がいるから。彼の歌を聴いた人は心を奪われ、森の奥へと誘われてしまうんだ。森へ誘われた人は、朝になったら帰ってはくるんだけど……でも首筋を見ると、猫に噛まれた跡や爪痕がいくつも残っていてね。その日から夜か来る度、歌に誘われて森の奥へと足を運ぶらしいよ』

 ※ ※ ※

 これは地表の多くを海で占めている世界で、とある領主の為に一人のロストナンバーが語った物語。この物語の主人公と、それを語ったロストナンバーは同一の者であった。
 近隣の人々を、魅了の歌と惑いの霧で森の奥地へと誘う「幻術士」。 誘った後の者に明白な「印」を刻み、また誘う銀色の猫のお話。
 それは『貴方』の記憶にある話かもしれないし、報告書で見知った情報かもしれない。 中には当然、知らないという人も居るだろう。

 いずれにせよ、『貴方』は深い霧が漂う森の奥地へと足を踏み入れてしまった。
 次第に濃くなっていく霧の中、まだ覆い尽くされていない視界の先に、ロストナンバーの少年が太い木の幹にもたれ掛かっているのを見つけた。
 服の肩の部分が僅かに破れ、首筋には獣の爪や牙の跡が痛々しく刻まれていたが、穏やかな息遣いで眠っているようだった。
 これほどの傷を負っているのにも拘らず、端から見れば出血の量は少ないように見える。 しかし顔色は僅かに悪く、肌に触れれば人肌とは思えぬほどに冷たかった。

「美味しかった。 けど……もう寝ちゃったみたいだね」
 がさり。
 深い霧しかなかったハズの所で物音がした、どこか楽しげで無邪気な少年の声も不気味な風に響く。

「せっかく後で遊ぼうと思ってたのに……って思ってたら、また来てくれた。 流石は世界図書館だ」
 先に響いた声とは別のほうから声は響く、たまにけらけらと笑う声もするが、それだけは周囲からじわりと迫る霧全体から響いているようにも思えた。

「おっと、僕は世界樹旅団の者じゃないよ。 キミ達とおんなじ、世界図書館側のロストナンバーさ。 少し姿を見せようか? コレで僕と分かる人がいれば、だけど」
 ひゅん、と霧の中から飛んできた銀と赤の物体。 それは枯れ草の上にかさりと音を立てて落ちる。 それは銀色の五角形を象るプレートに、緋色の猫の瞳のような宝石が埋め込まれたペンダントだった。 持ち主の名を口にするものが居れば、あははっ、と嬉しそうな声が聞こえてくる。
 ぎしり、と木の太い枝がしなる音に釣られて顔を上げれば、ペンダントの持ち主は口許を血の赤に染めたまま、にんまりと笑顔を浮かべていた。
 霧の森の幻術士、アルド・ヴェルクアベルは銀色だった瞳を緋色に輝かせ、右手で己の胸をぽんと押さえてから、言った。

「ねぇ、遊んでよ。この僕と」

[166] PLコメント(偽クリエイターコメント)
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157) 2011-11-03(木) 02:54
この度は当スポットにお越し頂き、ありがとうございます。
巷では世界郡を跨いでの大運動会のプレイング期間中ですが、空気を読まずに偽シナリオのOPを公開致しました。

偽シナリオとは、言葉の通り非公式のシナリオっぽいものです。
この偽シナリオの執筆しているのは正規のWR様ではなく、普段はPCを動かしている一人のPLであることをご承知頂ければと思います。
このお話は、10月30日まで行われていた掲示板イベント「【烙聖節】祭の夜」の後日に発生したモノとお考え頂ければ幸いです。

今回のお話では当PCの一人である猫、アルドが皆さんと「遊んで」ほしいと誘っています。
この地に踏み入れてしまった『貴方』は、周囲を深い霧に囲まれてしまった以上、アルドから逃げることは困難です。
どのようにして「遊ぶ」か、どのような声を掛けるかをお考え頂ければと思います。

尚、アルドと「遊び」終えた世界図書館所属のロストナンバーが一人倒れています。
彼が『貴方』とアルドが「遊んで」いる間、勝手に目覚めることはありません。
何らかの処置を施せば目覚めますが、再び「遊び」に参加することはありません。

※お話の登場人物
◆アルド
「銀色の幻術士」と呼ばれることもある、銀毛の猫獣人の少年。霧に纏わる魔法を操る。
現在は普段は銀色だった瞳を緋色に変えて、町はずれの森に霧を発生させて愉しんでいるが、その理由は不明。

・特殊能力一覧
・焔の幻術
緋色の瞳で睨むことで、睨んだ対象に「全身を炎で焼き尽くされる幻」を見せる。

・霧変化
周囲の霧と一体化する。 霧を伝った移動をすることも可能。

・チャームスキャット
にゃあにゃあと鳴くだけの歌を唄い、聞き入る者を意志を奪って魅了する。

・吸血撃
両手で捕まえた後、鋭い牙で噛み付いて血を吸う。

(尚、これらの能力を二つ同時に使うことは出来ない。)

◆ニッティ
最近ロストナンバーになったばかりの少年。
町はずれの森の奥地を警備していたが、アルドに襲われて気絶、重傷判定。

◆And You…….(4/4)
・ツィーダ
・飛天 鴉刃
・最後の魔女
・幽太郎・AHI/MD-01P

※プレイング
プレイングの受付は11月13日、3:00まで。
プレイングはPC「アルド・ヴェルクアベル」宛てに400文字以内の行動プレイングをお送りください。

※最後に
これは、世界司書の依頼でもなければ、世界樹旅団が関係している事件でもない事柄です。
『螺旋特急ロストレイル』の本筋とは全く無関係な、所謂「二次製作のシナリオっぽいもの」です。
それでも、銀色の幻術士と対峙して頂けるというお方がいらっしゃいましたら、霧の森と化した一帯で共にお待ちしております。

これまでの説明でまだ不明な点がございましたら、このスレッドにて質問などをしていただければと思います。
[167] 【参加表明】

ツィーダ(cpmc4617) 2011-11-03(木) 08:01
「お祭り騒ぎで浮かれるのはいいんだけどさー…流石にちょっとやり過ぎ、じゃないかな?
 
 …ねぇ、アルド?」
0と1の青い鳥、迷い込む。
[168] 【参加表明】

最後の魔女(crpm1753) 2011-11-03(木) 17:05
「いいわ、一緒に楽しく遊びましょう。
…くくっ、たっぷりと、弄んであげるわ。」

全てを台無しにする魔女、迷いこむ。
[169] 【参加表明】
通常・正面
飛天 鴉刃(cyfa4789) 2011-11-03(木) 19:43
「追い掛けてみれば怪しげな霧に……これか。
 これがお前の心配していたことか?」

追い掛けた龍人、迷い込み。
[170] 【参加表明】
…分析照合、完了… 君ト会ウノハ初メテ…宜シクネ…
幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008) 2011-11-03(木) 21:16
「迷子ノ人ガ居ルッテ聞イテ来タヨ…
 …君…何処二居ルカ、知ラナイ…?」

ノートを見て駆けつけた機械竜、迷い込む。
[171] 参加者確定、OPノベル
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157) 2011-11-04(金) 03:00
「迷子ノ人ガ居ルッテ聞イテ来タヨ……。君……、何処二居ルカ、知ラナイ……?」
「あははっ、何言ってるんだい? 霧に巻かれた時点で君も迷子だ、迷ってないのは、僕一人だけ」
 トラベラーズノートを片手に尋ねた鋼の竜――幽太郎・AHI/MD-01Pに対し霧の森の支配者は歌うように囁く。
 木の枝から飛び降りて、周辺がすっかり霧に覆われたことを知れば、ヒゲをピンと立ててまた哂う。

「追い掛けてみれば怪しげな霧に……これか。 これがお前の心配していたことか?」
 黒の龍人――飛天 鴉刃が投げかける問い、それを受けた銀色の猫は答えない。
 一応、声のする方へ向き返りはするが、その動作はまるでまたたびに酔っているかのように緩慢だ。
 事実、酔っているのかもしれない。 竜刻の力が満ちる夜は、彼にとってそれほどの力を持っていた。
  
「お祭り騒ぎで浮かれるのはいいんだけどさー……流石にちょっとやり過ぎ、じゃないかな? ……ねぇ、アルド?」
「……これくらいしなきゃ、みんな帰っちゃうだろう? そんなのやだ、つまんない」
 木に寄り添うように眠る少年を見てか、周囲に立ち込める霧を見てか。青い鳥――ツィーダの諭すような言葉を聞けば、アルドはぷいと視線を逸らす。

「真っ暗で、静かで、月も綺麗で、心地良い魔力に満たされた夜……だと思ってたのに、ひっくり返るくらいニギヤカなんだもの。 これじゃ僕のしたかった『遊び』が出来ないよ、つまんない。 けど……」
 一度逸らした視線をまた別の人物、鎧を纏った女性――最後の魔女に合わせてにたりと微笑む。
 普段通りの活発な光の篭らない眼を細めている仕草は、何かの品定めをしているようにも見えた。

「君らが遊んでくれるんだろ? 僕と、さ」
「いいわ、一緒に楽しく遊びましょう。 ……くくっ、たっぷりと、弄んであげるわ」

 ダスティンクルの烙聖節は、すでに最後の時を終えている。
 けれどこの一帯だけ、竜刻と夜と霧が齎す不思議な一夜が続いていた。


-----------------------参加者-------------------------

・ツィーダ
・飛天 鴉刃
・最後の魔女
・幽太郎・AHI/MD-01P
[172] 本編ノベル
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157) 2011-11-19(土) 22:32
 ふっ、と口の端から小さな笑いが漏れた。
「何をして遊ぶのだ? 鬼事か、隠れん坊か?」
 祭の夜はとうに過ぎ去ったというのに、と飛天 鴉刃が嘲るように言う。先ほどの猫によく似た口ぶりに、それを受け取ったアルド・ヴェルクアベルは満面の笑みで返した。銀色ではなく、緋色に染まった瞳を歪に細める。 獲物を見つけた肉食獣の穏やかな笑みだ。
「それじゃ、両方で。 鴉刃達はかくれんぼで、僕は鬼ごっこ! ……一人も逃がさないよ?」
「ああもう、なら分かったよ」
 その手に生み出したばかりの長棒を握り締め、ツィーダは苦々しくも構えを取った。アルド……友達に刃物や銃口を向けることを嫌った青い鳥は、殺傷性の低いものを遊具に選んだのだ。
「満足するまで遊んであげる。 その代わりいろいろ聞かせてもらうからね」
 常人からすれば、決して「遊び」には見えぬ空気を前に表情を引き締めたのは、鴉刃とツィーダ。 彼等の背後に控えた巨大な竜の着ぐるみ――幽太郎・AHI/MD-01Pの表情は伺えないが、その傍らに立つ甲冑姿の女性、最後の魔女は猫とよく似た笑みを浮かべていた。
「メインシステム……起動……、情報取得……、開始……」
 どこか可愛い風のドラゴン着ぐるみの中から、か細い機械音声が聞こえる。 それを「遊び」の開幕と受け取ったアルドの瞳が、ギラリと怪しくきらめいた。
 その刹那。

「……――!」

 四人を包んでいる霧は、瞬く間に赤々とした炎へと変わった。 徐々に燃え広がるものではなく、一瞬のうちに焼き場へと放られたかのように、その身を焼き尽くされる――錯覚。
「くっ……、その様な術では私は惑わせぬぞ、アルド!」
 鱗が焼け爛れるように疼く痛みを感じながらも、鴉刃は正面へ立つアルドへと向かっていく。 その行動に驚いたのか、アルドは素早く霧の中へと身を投げて姿を眩ませた。 彼に追いつけなかった鴉刃もすぐさま3人の下へ身を翻す。
「熱センサーに反応はないよ、いきなり燃えたように見えたから驚いたけどさ」
「やはり幻術であったか……この様な霧の中だ、あれほどの炎が瞬時に燃え広がるのは非常に不自然だ」
「着グルミモ……燃エテナイヨ……」
 幻術に存在した違和感を見破った鴉刃に、熱源を見破る術を持つツィーダと幽太郎が応じていく中、くつくつと失笑するのは最後の魔女。 彼女は初めから炎に焼かれる幻など見せられてはいなかったようだ。
「子猫の手品にしては、なかなか面白いわね」
「手品ではない、あれがアルドの幻術だ。 この霧もアルドが起こしているものだろう」
「へぇ、この霧も? ならそれも“術”では無くなるわね」
 かつては自身がその身に受けた――その時は本当に「遊び」だったが――と言う鴉刃の忠告を、最後の魔女はばっさりと切り捨てる。  子猫と称した幻術士が消えた方へと身体を向ける。
「私の名前は最後の魔女。この世に存在する全ての魔女。ここには私以外の魔女は存在しないし、私以外に魔法を扱う者が存在してはならない」
 深い霧に呑まれた森は気味の悪いほどに静かで、その静寂を打ち破るように響く魔女の声だけが辺りに染み渡る。
「幻術を、そして霧を操る猫など存在してはならない。 そんな魔法のような力を持つものの存在はこの私が認めないわ。 なぜなら――」
 ありとあらゆる魔法の存在を否定し、その言の葉を重ねていく最後の魔女。 締め括りの言葉として、彼女は壮絶な笑みを浮かべて宣言する。
「私が、最後の魔女だから」
 まるで唄うような言葉の後、最後の魔女らを覆っていた霧は静かに退いていく。『最後の魔法』、彼女の否定し認められることのない全ての不思議な力は、その力と存在意義を失い消えゆこうとしていた。
 霧の森と化した一帯が、幻術士が愛した『霧の森』では無くなっていく中。 その中に身を隠していた銀色の猫が現れる。 その獣の表情から笑顔は既に消え、緋色の瞳に静かな怒りが灯っていた。
「自慢の手品のタネを暴かれた気分はどうかしら、子猫ちゃん?」
 幻術士たる力を封じられた子猫へ、「Witch of LastDays」たる最後の魔女が尋ねてみれば、忌々しげな唸り声だけが帰って来た。

 ※ ※ ※

 緋色の二つ光が夜の闇を駆ける、霧がなけれど「遊び」は継続されていた。
 喉の奥から威嚇音を漏らしながら、アルドは仕舞っていた獣爪をむき出しにして周囲を跳ね回る。 誰かとぶつかる寸前の距離を駆け抜け手を大きく広げれば、伸ばした爪は幽太郎の着ぐるみに引っかかる。 布を切り裂く音、鋼を擦る音の両方が響くと幽太郎はビクっと身体を震わせた。その反動で固いもの同士がぶつかる音がする。
「……ッ」
「ア、ゴ、ゴメン……」
 幽太郎は傍に立っていた最後の魔女とぶつかり、彼女から無言の一瞥を受けては涙目になりながら謝る。 この間にも彼の熱源センターとレーダーはフル稼働中だ。 背中合わせの位置に居るツィーダと無線回線で情報を共有しながらアルドの行動方針を探っている。 どうやら夜目の効かない最後の魔女と、身体の大きな幽太郎を優先して狙っているらしい。 特にあらゆる魔法の存在を無力化する魔女の存在は、銀色の幻術士にとっては非常に邪魔な存在だった為、集中的に狙われていた。 その証拠に魔女を庇う幽太郎が着込んでいた可愛らしい着ぐるみも、今となっては様々な箇所をズタズタに切り裂かれていた。
 猫の凶刃は幽太郎の脇を通り抜けて最後の魔女へと迫る。 その行動を分析していたツィーダは、最後の魔女がトラベルギア「最後の鍵」を構えるより早くアルドの前へ躍り出た。 両の手で握り締めた長棒でアルドの爪を食い止める。
「フゥウウッ!」
 ――邪魔をするな!
 そう言いたげな唸りを受けつつもツィーダは血にも見える瞳を見返す。 彼には“この”アルドに対して尋ねたいことがあったのだ。 同様に、伝えたいことも。
「君は一体、誰なんだろう。 アルドの一部なのかな」
「…………!」
「遊んであげる代わりに、いろいろ聞かせてもらう約束だろ?」
「うるさい! 僕はちっとも満足なんかしてないよ!」
 爪で押し付けられていた棒がふと軽くなる、アルドが棒を引き寄せていると気付いた時には遅かった。 突如引いた棒をアルドが勢い良く蹴り飛ばす。 くるりと回転しながら天へ上るそれを目で追ったツィーダは、肉食獣の爪にがっしりと捕らえられた。間髪を入れる間もなく喉笛を食いつかれ、後に続く声を潰される。 血を吸い出すどころか、肉を食い千切らんばかりの力を顎に込められ声にならぬ呻きを上げた。 その脇から現れた一陣の黒き風――鴉刃は、隙だらけになったアルドの腹を蹴り上げた。
「がふッ――」
 トラベルギアの力はなく殺さぬ程度に留めた一撃であろうと、暗殺の術に長けた竜の一撃は重い。痛みに耐え切れずにアルドがツィーダの喉から口を放す。 鴉刃は僅かに開けた間と隙を見逃さず、体捌きはそのままの勢いで尻尾を繰り出してアルドの胴へと叩き付けた。 薙ぎ払われる形で地に転げるアルドのその先で、予め仕組まれていたワンサイドゲームのチェス盤を盛大にひっくり返した魔女が哂っていた。 最後の鍵、未だ本来の用途が発揮されぬ――それその物が武器と見紛うほど巨大なそれを振り上げて。
「お遊びはここまでね。 ここからは――楽しい楽しいお仕置きの時間よ」

 斧のようにも見える鍵の先端が、地へ振り落とされた。

 ※ ※ ※

「起キテ、起キテ……」
 ぺちぺち。 幽太郎の爪先が彼の頬を優しく叩くが、反応はない。 空いた手に持ったトラベラーズノートを広げ、受け取ったメールを確認しながらさらに続ける。
「ボクニ、迷子ノメールシタノ、キミダヨネ……? 迎エニ来タヨ」
 現在の幽太郎の視覚は熱源センサーによって補完されている。 発見した当初は冷たくなっていた体が人肌の温度に戻っていることに気付いた彼は、「モシカシタラ起キレルカモ」と思い、懸命に声をかけていた。
 そこへ、ゆらりと黒く長い影が差し込んでくる。 それは記憶に新しい速度で迫り……。

「うひゃあぁっ!?」
 迷子メールを送信した少年、ニッティ・アーレハインは目を見開き、突如訪れた攻撃を右腕で受け止めた。 銅色の義手と漆黒の鍵がぶつかり合う、固い衝撃音が響く。
「ちょ、まっ……!? いきなりそんな仕打ちひどくない!? ボクがなにしたっていうのさ!?」
「目覚ましにするならこれくらいが丁度良いと思ってねぇ? くっくっく……」
 最後の鍵を手元に戻しながら、最後の魔女は笑う。 そのやり取りを間近で見ることになった幽太郎はまた涙目になるが、ニッティが攻撃に反応してすぐ目覚めたことに驚いていた。
「アノ……、ダイジョウブ?」
「大丈夫もなにも、この子、途中からもう起きてたわよ」
「エッ……? ソウナノ……?」
 じぃっと涙目の機械龍に見つめられ、ニッティはぎくりと体を震わせる。 それから視線を宙に泳がせるが、それは後に最後の魔女の視線と真っ向からぶつかってしまう。
「子猫ちゃんの魔法を解いた時、一緒に別の魔法も解いた感覚があったわ。 ……あなたの魔法じゃなくて?」
「……うぅっ。 ボクの『氷結化』解いたの、やっぱりキミだったのね」
「私の『最後の魔法』は、敵も味方も問答無用で巻き込んでしまうの。それに最初から可笑しいと思っていたわ。首筋の傷痕は最近付けられたもので、血も流れたばかりに見えるのに……もう体が冷え切っているなんて流石に有り得ないわ。なぜなら――」
「キミが、最後の魔女だから?」
 もう勘弁して、と言葉の先を持っていった不運の少年魔導師に、分かってるじゃない、と最後の魔女は嬉しそうに微笑んだ。
「……ところで、あの化け猫さんは?」
 ふと思い出したようにニッティが尋ねると、最後の魔女は視線をその方へと向ける。 視線の先には地に横たわる銀色の幻術士、その傍らには黒い竜人のアサシンと電子の青い鳥が座り込んで彼を見守っていた。


 金属同士がぶつかる音に、緋色の瞳が見開かれた。 目覚めたアルドすぐさま飛び起きようと四肢を動かすが、腹に強烈な痛みを感じて獣のように唸りを上げる。 
「この「遊び」はもう終わりだ、アルド」
 お前の負けだ――そう続けながら見下ろしている鴉刃を恨みがましく睨みつける。 それだけで発動するはずの幻術は起こらず、視界の端で最後の魔女が口を開くのを確認すると、諦めたように視線を逸らした。 彼の視界には捉えられなかったが、ニッティも幽太郎の大きな身を借りながら辛うじて立っている。
「あんまり動かないほうがいいよ。多分、肋骨が折れちゃってると思うから」
 噛まれた箇所から青いデータ片が零れるのを抑えつつ、ツィーダはアルドの身を案じた。 猫の急所とも言うべき柔らかい腹に鉄の塊が深々とめり込んだ瞬間と、何かが砕ける音を思い出すと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。 その結果、こうしてアルドを無力化できたはいいが、友人の深手を喜んではいられなかったから。
「……もうちょっと遊んでたかったのになぁ」
 けほっけほっ、と咳き込めば、口から青い塊が吐き出される。 ツィーダの喉を噛み切った時、損傷したデータ片を飲み込んでいたらしい。 曖昧な笑みを浮かべた後、アルドはツィーダをギロリと睨んだ。
「僕は……一部なんかじゃない。 “アイツ”や父さんがどれだけ僕を否定したって、僕はアルドだ。 霧の獣王の息子で、幻術士のアルド・ヴェルクアベルだ! 一部だなんて言わせない……次にそんなこと言ってみろ、その忌々しい嘴、噛み砕いてやるッ!」
「“アイツ”……。 その“アイツ”とは、私達が普段接している方のアルドのことだろうか?」
 今にも再びツィーダに食らい付きそうなアルドに、鴉刃が横から割り込む。 人格の多重性を疑った問いに緋色の眼のアルドはまた視線を逸らした。
「……。 君達が言う「アルド」は“アイツ”なんだろうね。 けれどもう限界だろうなぁ。 だから僕が出てきてやったって言うのに……“アイツ”は僕を否定する。 誰も傷付けたくない、誰にも迷惑かけたくないとか、そんな綺麗事ばかり言ってさ……」
「限界?」
「鴉刃なら知ってるんじゃないの? 鮮血を目の前にした“アイツ”の様子がおかしいこと」
 尋ね返された鴉刃の脳裏には、かつて自分の世界を、そして自分自身を描いたというコンダクターを血まみれにした際、血を「大好物過ぎてガマンできなくなる」と言ったアルドが思い描かれていただろう。 それを見越してアルドは続ける。
「僕は……アルドは元からそういう性質を持ってるんだ。 他者の血なしじゃ生きられない、吸血鬼の性質。 それをあの手この手で……性質を呪いか何かだと思い込んで、いろんな世界から魔除けの小物みたいなの買い漁って、誤魔化して……。 抑え込もうと頑張ってるみたいだけど……、元々生まれ持った性質を、そんなもので消せるワケない……」
 気付いてるくせに。 アルドはそう呟くと全てを投げ出すように目を閉じ、全身の力を抜いて横たわる。 それを去り際と悟ったツィーダはアルドの手を取り、握り締めた。
「ゴメン……君もアルドなんだよね」
 アルドは答えない。 それでもツィーダは潰れかけた喉から声を絞り出す。
「普段のアルドも、今の君も、全部ひっくるめてアルドなら、ボクは君を受け入れるさ」
 銀色の手をさらにぎゅっと握って告げれば、緋色の瞳はツィーダの赤い目を見ていた。 先ほどまでの怒りに満ちたそれではなく、驚きと戸惑いが入り混じった目。 じっと見つめ合う形になるのが気まずかったのか、アルドは目を細めつつ視線を地に逸らした。
「……。 “僕”は眠るけど、起きたらまた人を襲うよ」
「それでも、受け入れる」
「血が必要ならば分けてやる。 それがお前にとっての助けになるなら」
 ツィーダが言い、鴉刃が続けた言葉がアルドの耳に入ったかどうかはわからない。 ただ、ツィーダが握っていた銀色の手は、かすかだがしっかりと握り返されていた。


 ダスティンクルの烙聖節は、すでに最後の時を迎えている。
 そしてこの一帯にだけ起きていた祭の夜もまた、霧の森の幻術と共に終焉を迎えた。
[173] あとがき(偽クリエイターコメント)
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157) 2011-11-30(水) 23:43
 本編ノベル公開から一週間以上が経ちましたが、今更ここであとがきです。
 まずはこの突発的な非公式イベントに目を向け、参加してくださった皆様に感謝申し上げます。
 本当に、ありがとうございます。

 今回の偽ノベルは(PL的には)試運転と決め込んでおり、字数を短めにしようと思って執筆しておりました。
 結果、短すぎたなぁと反省中です、登場しているPCさんに偏りが出てしまったことには大変申し訳なく思っております。
 偽シナリオは運動会期間が終了した後、また別の偽シナを計画はしておりますが……PLの執筆力はこんな感じです。 再び参加してくださるお方が集まりましたら、ほくほくどきどきしながら頑張る予定です。

 そして最後にちまっと。
 ニッティとの会話を望まれたお方もいらっしゃいましたが、申し訳ありませんが省かせていただきました。
 理由としては、今回のニッティは重傷者として扱っていたため、誰かに寄り添って立つことが限界だと判断した為です。
 ちなみに彼を叩き起こす「適切な処置」とは「解呪」でした。
(問答無用で周囲を巻き込む魔法の効力により、自己防衛の魔法が解除されたものとしています。)

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