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[202] 【偽シナリオ】黒歴史は幾度も輝く
ブレイク・エルスノール(cybt3247) 2012-01-10(火) 22:34
「魔法少女ふわふわニコル、華麗に参☆上 なのじゃあぁぁぁぁ!!」「もう魔法少女でいいや」

 ※ ※ ※

 真夜中の静まり返った民家街に、野太い咆哮がかすかに響く。けれど住民が眠りに着いた時間帯ということもあり、これを咎める住民は偶然にも一人すらいなかった。

 この咆哮を上げている人物、老人ニコラウス·ソルベルグは涙していた。 今年還暦を迎えるニコラウスは、自身の書斎にある棚を一つ横に動かすことで出来る隠し扉の前で、ぽろぽろと飴玉のように真ん丸い涙を、しわくちゃの肌の上に滑らせている。
 隠し扉は開かれていた。 周囲の壁と色合いが差ほど変わらず、普通の壁とほぼなんら変わらぬそれは回転式で、まるで忍者屋敷の仕掛けにも似ていたが、問題はその部屋の中だ。 そこには厳粛なる態度を今まで崩さなかった老人が心の内に秘めていた情熱が、おもちゃばこをひっくり返したかのように溢れ出している。
 ふりっふりのひらひらが備わった緑色のローブ、黄色い星のマークが愛らしい緑のとんがり帽子、サンタクロースと見紛うほどの立派な白い付け髭に、怪しげな文字列が並ぶ本がたくさん、そこら狭しと転がっていた。 いや、ニコラウスからしてみれば「荒らされていた」と言うべきだろう、普段はこんなに本が飛び出ていることなど有り得ないし、密かな宝物だった「魔法使いマーリンの杖(レプリカ)」に至っては、先端についた星の飾りの先っちょが僅かに欠けている。
「ああ、ワシの、ワシのサンクチュアリ(聖域)が、なぜこんなことに……うぅっ」
 あまりの惨状に思わず自問するニコラウスだが、既に心当たりはあった。 去年の暮れの大掃除、この書斎を掃除してくれた兄は帰り間際に、どこか意味深な笑みを浮かべていたのだ。 「おまえにそーんなシュミがあったとはのう!」と、ニターリとした嫌らしい笑顔だったと記憶している。 まさか、兄はこの部屋を見たというのか。 いやもうそれ以外考えられない!
「うぅ……、ひどい、ひどいよエリックお兄ちゃぁん……」
 まるで子供のような口取りで泣くニコラウス。 彼は兄にこの部屋を、自身のシュミを知られたこと以上に、そのシュミをぞんざいに扱われてしまった事実に果てしない悲壮感を抱えていた。 しかもバカにしたような笑顔つきで。

「そりゃーたしかに酷いなぁ」
「!! やめてぇ! これ以上ワシのハートとサンクチュアリ(聖域)を傷付けないでぇ!!」
 突如聞こえた声にニコラウスはすかさず身構え、浜辺に打ち上げられたかのように寝転がっていたマスコットキャラ「まじかる☆テディさん」のぬいぐるみをぎゅぎゅっと庇うように抱き締めた。 既に深手を負った心の傷を、また第三者に抉られるなどもうゴメンだった。
「いやいや違うって。 酷いのはじーさん、アンタじゃないよ。 時に相談なんだけど」
「ハンパな慰めなんていらんわぁ! 何処の誰かは知らんが今すぐ出て行けぃ、さもなくばワシに秘められた壮大なる魔力が暴走しt」
「なぁじーさん、魔法使いになりたくなぁい?」
「なりたい! ワシは魔法使いになりたぁぁい!!」
 けれど相手がすらりと提示した条件に、ニコラウスの決断は異様なほど早かった。
 ニィィ……と、心底楽しそうな笑顔を浮かべる朱色の獣は、着ている背広の皺を伸ばしながら、老人に手を差し伸べる。

「その願い、叶えてやるよ。 だから、オイラと契約しt」「ワシを魔法少女にしておくれぇ!!」「いやソコは魔法使いでいいと思う」

 ※ ※ ※

「純粋無垢な少年の心。 それを持ち続けてる大人は輝いて見える。 ……本当に?」
 じとり、と不愉快を全面に押し出しました、という表情を猫の顔に浮かべる世界司書のディスは、悔しさを滲ませながらも導きの書を開いた。
「世界樹旅団が動いてる。 場所は壱番世界、ノルウェー。 <真理>に覚醒したコンダクター、ニコラウス·ソルベルグを旅団員が勧誘し、それに成功してしまった。 今から行っても、ニコラウスを止めることは……もう難しい」
「遅れを取った、と言うことですか?」
「グサっと言ってくれるね、キミ」
 横槍で見事に猫の心中を貫いた緑色の魔導師に、灰色の猫は緑色の瞳で不届きモノをにらみ付けた。 その真横でゲラゲラと下品な笑い声を上げる悪魔の石像も巻き添えにして。 いやいや、と首を横に振るう猫はひとまず彼らを切り捨てて話を再開させる。
「ニコラウスを止めることはもう難しい、けれどニコラウスがこれから起こしてしまうであろう殺人ならば、今からでも食い止めることが出来る」
 ここで先ほどまで騒がしかった笑い声が止まる。 殺人と聞いた魔導師が、主の権限を行使して石像の声を止めたからだ。
「ニコラウスとその勧誘者はナレンシフへと乗り込む前に、とある民家を襲撃し、その住民である老人……エリックを殺害すると導きの書は示した。 君達には、それを阻止してもらいたい」
「ちょっといいですか? 旅団の目当てはそのニコラウスさんの勧誘……ですよね。 なんでそのエリックさんを殺害する必要が」
「煩い黙れ横槍入れるな。 ……エリックはニコラウスの兄、殺害の動機は、弟の趣味を兄があざ笑ったから」
『チナミニソノ趣味ッテノハ何ダ?』
「……それも後で話すから横槍止めろ」
 一瞬だけ本気でブチ切れそうになった猫は、「今回は必要だろうから」と、世界樹旅団から派遣された勧誘者についてのメモを取り出し、その場にいるロストナンバー全員に向けて飛ばした。 人々の目前で浮かぶ一枚の紙には、黒い背広を着こなし、蝙蝠のそれに似た翼を生やし、黒のアイボリーハットを被った朱色の獣人が描かれている。
「勧誘者の名はテリガン。 見た目は翼を生やしたカラカル……ネコ科の獣人だけど、当人は悪魔を自称。 能力は今のところ……『願いを叶える力を持っている』としか。 結果、テリガンはニコラウスの『願い』を叶え、彼を魔法使いに変えてしまった」
「悪魔!?」『魔法使イィ?』
「横槍入れるな餓鬼共。 ……テリガンは願いを叶える悪魔。 ニコラウスの願いは『魔法使いになること』。 そしてテリガンの力で魔法使いになったニコラウスは、その力の証明として、兄であるエリックに行使しようとしている。 けど力加減も分からないヤツが扱う魔力だ、ちょっとした弾みで相手を殺しちゃうなんて話……」
 よくある話だろう、と猫の瞳はその場にいた誰かへと問いかけている。 その問いへ脳裏に何かを感じたのか、魔導師……ブレイク·エルスノールは微かに俯いた。
「ニコラウス達がエリック邸へ向かうためのルートは既に判明している。 君達にはそのルート上にある森林地帯で彼らを待ち伏せてほしい。 エリック殺害を阻止するためには、ニコラウスとテリガンの両名を無力化、もしくは撤退させる必要があるから、戦闘準備はしっかりと整えておいて。 ……それと」
 作戦の要点を言い終えた後、猫の口が暫し止まる。 数秒か、数分かの静寂の後、「これは思い過ごしかもしれないけれど」と自信なさげに呟かれた。
「……ニコラウス達を退けても、油断はしないでほしい、かな。 曖昧だけど、嫌な予感がする。 暫く警戒を続けてほしいんだ。 念のため、エリック邸の場所もノートに送っておくから」

 ※ ※ ※

「ふぉおおおぉぉぉっ! スゴい、スゴいぞぉ!! これが、ワシの、魔法少女の力ぁああぁ!!!」
「つか魔法使いでいいだろじーさん、にしてもスゲェ嬉しそうだな。 オイラも嬉しいぜ……おっと」
 “契約”の後、夜中だと言うのに歓喜の余り叫びまくる老人の横で、黒い背広を着た獣――テリガンはちょっと失礼、と一言許しを口にして懐に手を伸ばす。 取り出した携帯電話の数字キーをぴ、ぽ、ぱ、と押した。 呼び出し音が数回響いた後、画面に映る文字が「通話中」に変わる。
「よぅリーダー、こっちは上手くいったぜ。 そっちもスタンバーイ宜しくにゃー♪」
「りーだー? 誰なのじゃ、その“りーだー”とは。 も、もしや……悪魔の上司と言えば、魔王か! いやそれとも魔神!?」
 ぴ、とただ一言の通話を終えた頃に準備万全、といった様子の魔法少女(自称)が興奮止まぬ状態のままテリガンに問いかける。 それに対しテリガンはにこりと、ただ楽しそうに答えた。
「魔王でも魔神でもねーけど……けどま、オイラたちのリーダーだよ。 “物好き屋”とも呼ばれてるけど……ま、アンタも会ったら気に入ってくれると思うぜ」

[203] PLコメント(偽クリエイターコメント)
ブレイク・エルスノール(cybt3247) 2012-01-10(火) 22:38
この度は当スポットにお越し頂き、ありがとうございます。
そして新年、明けましておめでとうございます。 となる2012年の門出にも偽シナリオのOPを公開致しました。

偽シナリオとは、言葉の通り非公式のシナリオっぽいものです。
この偽シナリオの執筆しているのは正規のWR様ではなく、普段はPCを動かしている一人のPLであることをご承知頂ければと思います。

今回のお話の舞台は壱番世界、ノルウェー。 この地で覚醒した老人、ニコラウス・ソルベルグに纏わるお話をお届けにあがります。
ニコラウスはこの時既に、世界樹旅団の勧誘を受け入れ、彼等の仲間となっています。 けれどこれより先に予言された「一人の現地人の死」はまだ未確定の未来です。 皆様にはその死を防いでいただきたいと思います。
今回、皆様に向かっていただくのは森林地帯。 エリックに出会う為、ここを通過する予定のニコラウス達を迎え撃って頂きたいというのがディスからの依頼です。

ただしディスは、ニコラウス達の襲撃以外にも不穏な気配を感じているようです。 襲撃後も警戒を怠るなと、エリック邸の場所を提示しています。 これが何を意味するかは……皆様でお考え下さい。

なお、本日の横槍担当だったブレイク&ラドヴァスターは同行していません。


※このお話の登場人物。
◆ニコラウス・ソルベルク
今年の1月に還暦60歳を迎える予定だった、壱番世界出身の老人。
厳粛たる姿勢を今まで崩したことのなかった人物だったが、心の内に秘めた情熱を抱えていた。
テリガンの力で魔法少女ふわふわニコル(!)となり、その力を兄エリックに披露すべく彼の元へ向かっている。

※特殊能力一覧
・召喚「まじかる☆テディさん」
ファンシーなくまのぬいぐるみを召喚、対象一人をぎゅぎゅっと抱き締める。 ベアハッグは強烈。

・秘められし魔道「まじかる☆パッションレーザー」
情熱を放出させるが如く熱線を放ち、直線に立つ敵対者を貫く。


◆テリガン
世界樹旅団のツーリストで、ネコ科の生物カラカルをベースにした獣人。
悪魔を自称し、それを象徴するかのような漆黒の翼と「他者の願いを叶える能力」を有している。
現在はニコラウスに同行し、彼の「願いを叶える」ために動いている。

※特殊能力一覧
・ハンティング
隠し持った猟銃で、敵対者一人に高い命中力の射撃攻撃を行う。

・ショットガン
猟銃を拡散モードに切り替えての射撃攻撃。 近接であればあるほど威力が増す。


◆エリック・ソルベルグ
今回の護衛対象。 ニコラウスの兄で、彼の趣味を笑ったが為にターゲットにされてしまう。


◆And You…….(4/4)
・オズ/TMX-SLM57-P
・ネモ伯爵
・蜘蛛の魔女
・医龍・KSC/AW-05S

※参加表明
発言時のタイトルを「【参加表明】」として、このスレッドに発言してください。 それを参加表明と受け取ります。
万一、参加表明されたお方が5名以上になった場合は、抽選をとらせて頂きます。 抽選期間は1月12日の0:00まで。

※プレイング
プレイングの受付は1月21日、0:00まで。
プレイングはPC「ブレイク・エルスノール」宛てに600文字以内の行動プレイングをお送りください。

※最後に
これは『螺旋特急ロストレイル』の本筋とは全く無関係な、所謂「二次製作のシナリオっぽいもの」です。
それでも、中ニ病を今更発症させた老人や願いを叶える猫悪魔に関わって下さるお方がいらっしゃいましたら、深夜のノルウェーの森林地帯の一角で共にお待ちしております。

これまでの説明でまだ不明な点がございましたら、このスレッドにて質問などをしていただければと思います。
[204] 【参加表明】
オズ/TMX-SLM57-P(cxtd3615) 2012-01-10(火) 23:29
ほう、悪魔(ドウギョウシャ)か。
あまり調子に乗って貰われても困るのでな。
少々大人しくしてもらおうか?
[205] 【参加表明】

ネモ伯爵(cuft5882) 2012-01-10(火) 23:30
ひとの趣味を嗤うのはいかんのう。そんなけしからん奴にはおしおきじゃ!

……と、おしおきするのは旅団の方じゃったな、失敬失敬。

というわけで参加希望じゃ。
[207] 【参加表明】

蜘蛛の魔女(cpvd2879) 2012-01-11(水) 18:42
悪い魔法少女には世間の厳しさっつーのを教えてあげないとね。魔女であるこの私が直々に体に叩き込んでやるわ。ついでに蝙蝠お化け(旅団)も串焼きにして美味しく頂こうかしら。キキキキキ!
[209] 【参加表明】
畏まりました。ワタクシに御任せ下さいませ。
医龍・KSC/AW-05S(ctdh1944) 2012-01-11(水) 23:17
申し訳ございません。かつて知り合ったワタクシの友人に御姿が被りましたもので、放ってはおけませんでした。
魔法に関しては専門外ですので、どれ程対処出来ますか不安には御座いますが…。
[210] 参加者確定、OPノベル
ブレイク・エルスノール(cybt3247) 2012-01-12(木) 00:09
「ほう、悪魔(ドウギョウシャ)か」
 あまり調子に乗って貰われては困る、とチケットを手にしたのはオズ/TMX-SLM57-P。
 豹の頭部を持つ獣人型のロボットはとある悪魔を模した姿を取っており、「悪魔」を自称するツーリストに目をつけたようだ。
 彼を見送る悪魔を象った石像は、『新手ノガーゴイルカ?』と愉快そうに話しかけるが、フンと鼻であしらう。
「ひとの趣味を嗤うのはいかんのう。 そんなけしからん奴にはおしおきじゃ!」
「相手、間違えてるよ」
「……と、おしおきするのは旅団の方じゃったな、失敬失敬」
 司書猫が飛ばしたチケットを受け取ったネモ伯爵は、矛先を向ける相手を指摘されてにやりとほくそ笑む。 そこへキキキキッ! と独特な笑い声が響いた。
「悪い魔法少女には世間の厳しさっつーのを教えてあげないとね。 魔女であるこの私が直々に体に叩き込んでやるわ!」
「魔女ー、初めて見たー」
「ついでに蝙蝠お化けも串焼きにして美味しく頂こうかしら。キキキキキ!」
「え。 悪魔って食べれるの」
 ぱちぱちと緩い拍手を送るブレイクの横には魔女がいる。 背中から生やした蜘蛛の足揺らす彼女は緑の魔導師に「ところでなんの魔女さん?」とゆるい調子で聞かれ、「私こそが蜘蛛の魔女様よ! しかと覚えておくのね!」と胸を張っていた。
 そこへ。
「申し訳ございません」
 白衣を着たドクタードラゴン、医龍・KSC/AW-05Sが深々とした一礼の後にチケットを手にする。
「かつて知り合ったワタクシの友人に御姿が被りましたもので、放ってはおけませんでした」
「姿は似ていても、他人の空似と言うことを忘れずに。 ……気をつけて」
「勿論にございます」

-----------------------参加者-------------------------

・オズ/TMX-SLM57-P
・ネモ伯爵
・蜘蛛の魔女
・医龍・KSC/AW-05S
[226] 本編ノベル
ブレイク・エルスノール(cybt3247) 2012-02-25(土) 22:04
 壱番世界の夜は静かだ。
 閑静な田舎町となれば活動している人間も限られてくる上、森の中の獣ものん気なものならばすやすやと寝息を立てているこの時間帯。
 森の中を突き進むのは朱色の獣と、緑色のふわふわとしたローブを着込んだ老人という奇妙な二人組。 老人――ニコラウス・ソルベルグに至っては鼻歌を交え、るんたるんたとスキップまでしていた。
「じーさん、あんまはしゃいですっ転ぶとかナシだぜ?」
「心配無用! なぜならァ、ワシは魔法少女ふわふわニコ」
「あーもう魔法少女でいいから静かにしてくれっての。 あの連中が来るかもしれねーだろ?」
 念願の魔法使いになれて上機嫌なニコラウスと裏腹に、自慢の耳をぴんと張りつつ金色の瞳を光らせる獣――テリガンは周囲を警戒しながら先を行く。 先ほどまで被っていたアイボリーハットは左手で握り締めていた。
「あの連中? そういえば“契約”の時も言っておったのぅ……らいばるがおるとかなんとか」
「そうそうライバル。 連中と出くわすよーになってから、契約相手見つけるのも一苦労でさ。 実を言うと出来るなら、もうちゃっちゃとナレンシフ? とか言うのに乗り込みてーんだけど」
「その前に兄さんの元へじゃ! 魔法少女と化したワシのパゥワーをぉぉ!」
「デスヨネー。 ……っと、ウワサしてりゃなんとやら?」
 騒ぐな、と騒ぐ老人の口を帽子で塞ぐと、空いた右手でニコラウスのローブの襟をがっしりと掴んでから耳元で囁いた。
「じーさん、走れる?」
「ニコルと呼んでもいいのじゃよ? 勿論走れるとも、魔法少女☆ふわふわニコルを侮るでない!」
「あ、やっぱ走んなくていいや」
「え――」
 と、ふわふわニコルが声を漏らす前、黒い背広の内に隠した獣の筋肉を躍動させてテリガンは夜の闇を駆け出す。 後に残るのは夜の静けさ――ではなく。
「ヒィィィィ?!」
 凄まじい勢いで引き摺られていくニコラウスの哀れな悲鳴。
 そして。
「哀れな魔法少女は――」
 ニコラウスが引き摺られながらも指差す先には――居た。 背の向こうに蠢く何かを忙しなく動かし、疾走するテリガンとニコラウスを追い立てる存在が、すぐそこに。

「――魔女に食べられてしまいましたとさ、めでたしめでたし……。 な~んてね!」
 キキキキキキ――!!
 森の木々の間を飛び交いながら哂うのは蜘蛛の魔女。 その声を合図に、深夜の静まり返った森を舞台にして、決戦のバトルフィールドが幕を開けた。

 ※ ※ ※

 壱番世界の夜が静かだったのは、つい先ほどまでの話となる。
「冗談キツイって! よりにもよってバリバリ戦闘要員かよぉ――!?」
 魔法少女(翁)をずるずる、ずかずかと引き摺る音などかき消す悲鳴を上げながら悪魔は駈ける。 彼らが森に入ってから最初に遭遇した蜘蛛の魔女はと言えば、逃げに徹しようとする悪魔と魔法少女(翁)に嘲笑いながらその距離を縮めていく。 背に生やした八本の蜘蛛脚を自在に操り、木々で入り組んだ森を縦横無尽に駆けている。
「たった二本の足で、この私から逃げられると思ってる? お化け蝙蝠のノーミソって割と小さいのかしら?」
「出会い頭に失礼なヤツだな! オイラ悪魔なんだけど!?」
 やがて逃げ切ることは出来ないと悟ったテリガンは立ち止まると、さっきまで掴んでいたニコラウスをそこらの木に寄りかからせる。 ニコラウスと言えば力任せに引っ張られた影響で目を回し、ついでに腰を痛めてグロッキー状態となっていた。 戦う前から自力で移動が不可能に近いという最悪のコンディションである。
「中途半端な魔法少女が本物の魔女に戦いを挑むとどうなるか…、その身を持って思い知るといいわ!」
「ヒィッ!?」
 そしてその好機を見逃すほど蜘蛛の魔女は甘くなどなかった。 差ながら猛禽が鼠を捕らえに掛かるかのような身のこなしでニコラウスへと飛び掛り、その身に蜘蛛の爪を突き立てようと迫る。 しかしそれは横から飛び出した鋼に阻まれた。
「って、じーさん狙うのかよ……アンタらじーさんの横取りしにきたんじゃねェの?」
 苦笑いを浮かべながら、テリガンは咄嗟に手にした猟銃で蜘蛛の爪を受け止めていた。 その状態から身を捻り、蹴りを魔女の腹へと放つが魔女も跳躍することでそれを回避する。 引き際に蜘蛛の糸を周囲に張り巡らせ、その一部をテリガンに向けて放った。
「横取りなんて生易しいもんじゃ済まさないわよ! 私の目の前で『魔法少女』だなんてフザけたことのたまった以上、問答無用でギッタンギッタンにしてやるわ!」
「……ソレさ、オイラ完全に巻き添えコースじゃん?」
「寧ろ串焼きコースね、蝙蝠の串焼きとか美味しそうじゃない?」
「だからオイラは悪魔だっての!」
 粘着性のある蜘蛛糸を被せられてもがきながらも、テリガンは猟銃を振り回して反論する。 そこへ。
「目標、補足」「――ッ!」
 テリガンが見たのは魔女が地に足をつけたのとほぼ同時、入れ違うカタチで鋭利な刃を振り上げて迫る巨大な影。 一切の躊躇いなく落とされたブレードが眉間に当てられる前に身を横へ倒す。 だが避けられたかに見えたこの一撃に、2mほどある巨影――オズ/TMX-SLM57-Pは確かな手ごたえを感じていた。
「今ので片翼だけか……、悪魔(ドウギョウシャ)を騙るだけのことはある、と言うことか」
「……ドウギョウ? オイラにゃアンタ、ただの鉄クズにしか見えねーけど」
 ぼたり、と地に落ちた蝙蝠の翼を踏み潰しつつ、オズは倒れこんだテリガンに再度ブレードを向ける。 重装甲の脚部の下で翼はどろりと溶けて紫色の染みを作り、それもやがて煙となって消えていく。 それを見届けることなく、テリガンはすぐに立ち上がった。 背には切り落とされたはずの翼を羽ばたかせ、オズと蜘蛛の魔女から距離を置くように後退し、未だ座り込んでいたニコラウスの傍らに降り立った。
「翼はまた生え変わるのか」
「……痛ェもんは痛ェんだケドな。 のっけからゴキゲンなご挨拶アリガトよ、お二人サン」
 蛇のように長い紫色の舌をちろちろと覗かせながら、けだるそうに一礼してみせる。 腰を曲げたまま、顔だけを上へ向けると、金色の瞳をギラリと輝かせた。
「いーや、三人か」
 刹那、轟く銃声。
 顔を上げると当時に狙い澄まし、放たれた弾丸の――その先に届く前に、弾道を予測したオズがそれをブレードで切り払う。 不意に右翼を狙い撃たれそうになったのは、白衣を着た翼竜――医龍・KSC/AW-05Sだった。 弾丸を弾かれてヒュウ――と口笛を吹いたテリガンを、医龍は臆することなく前へと歩む。
「初めまして。 ワタクシは医龍と申すもので御座います」
「御丁寧にどーも。 けどオイラ、アンタらに付き合ってるヒマねーんだよなぁ」
 丁重な名乗りをばっさりと切り捨てて、煙を噴く銃口を再び医龍へと向ける。 その対応に苦しい表情を浮かべた医龍を面白がって「にししっ」と笑った後、金色の瞳を細めて白衣の龍に囁く。
「そこのねーちゃんが背中に背負ってる足一本と、そっちの鉄クズの右腕くれたら話聞いてやってもいいぜ?」
「それは――」
 医龍が口を開く前にオズと蜘蛛の魔女は躍り出ていた。 鋭利な刃と爪が左右からほぼ同時に振り翳されて、軽口を叩いた悪魔へ制裁の一撃を繰り出す。 対しテリガンは一歩飛びのいて回避を試みたが、蜘蛛の魔女の爪が右肩を抉る。 微かに顔を歪めたテリガンへ、オズがブーストで急接近して追撃、胸部を抱えていた猟銃ごと切り裂いた。
「チッ!」
 テリガンは真っ二つにされた猟銃を乱暴に投げ付け、舌打ちをしながらアイボリーハットを左手に取った。 帽子の中に右手を突っ込むと、その中から新たな猟銃を二本掴み、それぞれの手で一丁ずつ取る。 二つの銃口の片側はオズを捕らえたが、もう片方の先に蜘蛛の魔女は既にいなかった。
「うひょえぇっ!?」
「じーさん!!」
 甲高い悲鳴の先を振り返れば、ニコラウスが先ほどまで寄りかかっていた木の幹に蜘蛛の魔女の爪が突き刺さっていた。 爪を間一髪で避けたらしいニコラウスはといえば、地面に倒れこんだ状態で『魔法使いマーリンの杖(レプリカ、キズ有り)』をぶんぶんと振り回している。 長年の情熱をその身に秘めていたと言え、ニコラウスは若い頃から殴り合いすらしたことのない壱番世界人。 戦いにおいては全くの素人であり、元居た世界で血で血を拭うほどの殺戮の中を生き延びた蜘蛛の魔女に対し抗う術を持っていなかった。 だが不幸にも蜘蛛の魔女が定めた獲物は、初めから『魔法少女』一択だ。
「あんたは可憐で美しい蝶々、私は獰猛な蜘蛛。嗚呼、これは困った、戦う前から私の勝ちが確定したわ」
「魔女様、くれぐれもやりすぎては……」
「わかってる、殺しはしないよ。 おじーさん食べてもおいしくなさそうだし。 ただちょいと世間の厳しさってのを身体に叩き込んでやるだけよ……キキキキキ!」
 医龍がトラベルギアである救急医療鞄の携えつつ警笛を鳴らすが、ニコラウスの姿や言動が相当癪に障った魔女はちょっとやそっとでは止まらない。 爪を突き立てるどころか今にも頭に喰らいつかんばかりのオーラを放ち、魔法少女(素人)をぶるぶると震え上がらせていた。
「おいコラァ! じーさんに手ェ出したら――」
「余所見をしている場合か?」
「ッ!?」
 ニコラウスの救援に走ろうとするテリガンの前にすかさずオズが割り込んで行く手を阻む。 オズにとっての標的は『悪魔(ドウギョウシャ)』であり、その狙いはテリガンとニコラウスの分断だ。
「でぇい、ジャマなんだよ、ドウギョウ気取りのデクノボーめ!」
 テリガンは両の手に持つ猟銃をオズへと向け、二つ同時に引き金を引く。 銃口から放たれた散弾の全てがオズを蜂の巣にせんと迫るが、オズはその弾丸全ての弾道予測は勿論、テリガンの指の動きから発射のタイミングすら読んで演算を開始。 必要最低限の動作で散弾の効果範囲から逃れつつもテリガンとの距離と詰め、さらに追い立てていく。 ブレードを一振りすれば、切っ先がテリガンの左肩を切り裂いた。
「銃の腕はさほど良くないようだな?」
「チッ……。 おいじーさん、いつまでもへばってる場合じゃねぇだろ! せっかく魔法少女とやらになったんだ、そこの“本物”に試してみなよ、きっと楽しんでもらえるぜ?」
「おおっ、そうじゃ、そうじゃの! うひょええぇ!」
 背広を赤紫に染めつつ叫ぶテリガンに、魔法少女(翁)になっていたことを思い出したニコラウスは瞳を輝かせた。 その間にも蜘蛛の魔女から容赦のない攻撃に晒されており、それを間一髪で避け続けている所を見るに、テリガンの与えた力は老人の身体能力すらも向上させているらしい。 ニコラウスを説得するつもりで来ていた医龍と言えば、毒性の薬瓶を手にしながらもニコラウスが大怪我を負ってしまわないかとハラハラしていたが。
「ふひぃ……、わ、ワシの50年間暖め続けた情熱を甘く見るでなぁい! 我が祖先よ、今こそワシに力をぉぉぉ!!」
 当の魔法少女(情熱)は元気そうで何よりだった。 だが一息をつく暇はない、なぜならニコラウスの瞳が紫色に怪しく輝いているのを見てしまったから。 それを尤も近い位置で目にしている蜘蛛の魔女も、それに強力な魔力――借り物と言えど――を感じてそれに備える。
「受けよ! 我が秘められし魔道……」
 右手でVサインを作り、それを瞳の前……視界を遮らないように翳し、彼は唱えた。
「まじかる☆パッションレェェェザァァァーーッ!!」
 ウインク一発。 キラッと一瞬の閃光の後にそれは発動した。 ニコラウスの瞳から紫色の熱光線が真っ直ぐに放たれる。 50年間の秘められた情熱を凝縮させた力を魔女は茂みに隠れることで直撃は免れたが、その茂みも熱線の影響で焼かれて飛び火が舞う。 テリガンの相手をしていて、たまたま直線上にいたオズの装甲を僅かに掠ったらしく、少し焦げ目が残っていた。 老人の戯言と言うには洒落にならない攻撃性能に、オズはテリガンの持つ「他者の願望成就」の能力に警戒を強める。 が。
「…………えっ」「…………ちょ」
 凄まじい破壊力に目を見開き、口をあんぐりと開けているのは、光線を放ったニコラウス本人と、その力を与えたであろうテリガンだった。 このリアクションに医龍は瞳を細める。 声を掛ける機会を窺いながら、二人との距離を詰めていく。
「ちょちょちょ、ちょっと待てじーさん! まさかソレをアンタのにーちゃんに使おうとした? え、ちょ……マジで!?」
「あれ、おかしいのぅ、ワシの予定では魔法パゥワーでメロメロにする予定なのじゃが……アレ?」
「『アレ?』じゃねぇし! おいおい止してくれよ、あんなん当たったらにーちゃん黒焦げコースだろどう考えても。 リーダーは『何かが死んだ』って報告が一番キライなんだからさ、それだけはマジ勘弁!」
「ワシだってそうしたいわァ! じゃが初めて使う魔術じゃし、どう調節すればいいのやら……」
「あの……お二方。 少々宜しいでしょうか?」
 片や動揺、片や困惑した様子で話し込む二人に医龍が割って入る。 この老人、もしや。
「もしや貴方様方がこれから行おうとしている制裁行為で、エリック様が亡くなってしまうと言うことは……」
「なんと、兄さんが! だ、誰がそんな酷いことを!?」
「誰がって、アンタでしょうが」
「そんな、ワシはただ、魔法少女になったワシをいち早く兄さんに見せたかっただけなのにっ」
 こんなヤツが『魔』法少『女』を名乗るなんて――怒りを通り越して呆れるのは蜘蛛の魔女。 獲物から餌食に成り下がった魔法少女へトドメとばかりに爪を振るい、両足を貫いた。
「のおーっ!?」
「じーさん!!」
 たまらず地面に倒れこむニコラウスの前に躍り出たテリガンが蜘蛛の魔女を睨み、散弾をばら巻いて下がらせる。 距離が開いた隙に現れたのは、巨大でファンシーな風貌のくまのぬいぐるみ「まじかる☆テディさん」。 ニコラウスの悲鳴を聞きつけて現れたマスコットは、蜘蛛の魔女を押さえ込もうとのしのしやってくる。
「願え、兄ちゃんの家に行きたいって! そうすりゃここから逃げれる……早く!」
「させるか!」
 テディさんを盾に撤退を計るテリガン達に追い討ちを仕掛けるのはオズ。 ブーストでの高速移動を駆使しつつ、手頃な樹木を数本切り倒し、それらをテリガンに向けて押し倒していく。
「ワ、ワシを……」
 迫る倒木を前に、老人は瞳に涙を溜めながら叫んだ。
「ワシを、エリック兄さんの家まで送っておくれ――!!」
 叫びは途中で途切れ、阻むように大木が次々と倒れこむ。 だが最初の一本が倒れきる前には、テリガンとニコラウスはまるで初めから何もなかったかのように、忽然と姿を消していた。 オズは振るったブレードを鞘に収め、エリック邸のある方角を見据える。
「引き離しは失敗したか……」
「んじゃ、あたしらも後を追いかけるわよ。 ……その前に」
 オズのブレードで両腕を切り落とされたくまのぬいぐるみを見て、蜘蛛の魔女は八本の蜘蛛足全てを振るい、布地の身体に突き刺して。
「食べ応えなさそうだけど、いただきま~す」
 まずは一齧り、とくまの耳を食い千切った。

 ※ ※ ※

 ぴ、と携帯電話のボタンを押す。
 画面に浮かび上がる「呼び出し中」の文字をしばらく眺めて、目を細める。
 相手は呼び出しに応じない。 何かトラブルがあったのだろうか。

「……テリガン」

 ……嫌な予感がする。
 こちらの目的はもう終えたし、様子を見に行っても……いいかな。
 そう考えた青年は茶色いブルゾンコートに袖を通し、とある老人が眠る家を立ち去ろうとした。

 丁度、その時。

「待ちわびたぞ、魔法少女ふわふわニコルよ!」

 家に立ち入る前には見かけなかった誰かが、屋根の上に立っていた。

 ※ ※ ※

「むむ? おぬしがニコラウスか? 老人じゃと聞いておったのじゃが」
 現地に到着した後、エリック邸でニコラウスを待ち伏せていたネモ伯爵がまず目にした人影は、世界司書が語った人物像とはかけ離れていた。 見た目は老人というよりも、20歳前後の青年。 黒髪に黒い瞳と、壱番世界で言えばアジア人に見える男が屋根の上にいる自分を見上げている。
「……人違いじゃない? おじいさんって歳には見えないと思う、多分」
「それもそうじゃな、いやぁ、失敬失敬」
 薄笑いで返した青年に、ネモは自身の頭をぽんと叩いて微笑み返す。 そしてふと、司書が語ったあることを思い出した。
「(そういえばディスは、『嫌な予感がする』と言っておったのう)」
 青年の頭上に真理数は見えない、となればネモと同じロストナンバーだと分かる。 導きの書に写らなかったこの人物が『嫌な予感』の元凶だとすれば、油断は出来ない。 ネモが思案を巡らせていると、青年は何かに気が付いて振り返った。
「あー、リーダーお待たせ……って、うええっ、ここにも敵いんじゃん!?」
「ひぃ、ひぃぃぃ」
 暗がりの中から背広を着た獣人と、ふわふわとしたローブの老人が息を切らしつつ転がり込んできた。 二人とも激しい攻撃を受けた後らしくそれぞれ傷を負っており、特に老人の顔はどこか青ざめている。 ネモが屋根から飛び降りて彼らに近付こうとしたところで、獣人が取り出した猟銃がネモに向けられた。 銃を向けている獣人もまた、ネモを睨み――やがてぽかんとした表情でつい尋ねた。
「……は。 アンタ、なにその格好」
「ふおおぉぉっ!! あの御姿はまさしく魔法少女!!」
 どこか白い目で見てくる不届き者とは全く異なり、大怪我を負っているにも関わらず瞳をらんらんと輝かせている老人――こっちがニコラウスかの?――を見たネモは、マントをばさりと広げて名乗りを上げる。 そんなネモの現在の姿といえば、某アニメ作品に登場しそうなフリル満載のゆるふわ魔法少女のドレスローブ。 元々が天使のように愛らしい少年の魔法少女姿は、魔法使いに焦がれた老人のハートをがっしりキャッチしていた。 これには敵であるはずの獣人――テリガンも呆気に取られて銃を下ろす。
「ああ、ニコラウス様! 大変嬉しいお気持ちは分かりますが、あまり興奮なさらないで下さい。 傷がまだ塞がっていないのですから」
「落ち着いてなどいられるものかぁ! 目の前に、目の前に本物の魔法少女がおるというのにー!!」
「なぁじーさん。 あの蜘蛛足生やした女も魔女らしいぜ?」
「あんな怖い魔女は怖いのじゃぁぁぁっ」
 涙目でごろもだと芝生の上で喚く老人をよそ目に、ネモ伯爵は彼をテリガンと一緒になって宥めている白い翼竜の存在に気が付いた。
「おお、医龍ではないか」
「こちらにいらっしゃったのですね、ネモ様。 お姿が見当たりませんでしたので、どちらにいらっしゃるのかと……」
「おぬしは確か、オズや蜘蛛の魔女と一緒に森へ向かったはず。 二人はどうしたのじゃ?」
「アイツらはメンドーだから置いてきた。 その龍、医者だっつーから拉致って来ただけ」
 オイラとじーさんのケガ治さすためにな、と明らかに不機嫌な様子でテリガンが会話に割り込む。 歓喜のあまり暴れ出しそうなニコラウスや、それを押さえ込んでいる悪魔には、身体の所々を丁寧に治療された形跡があった。
「……治療の礼に、とかは期待すんじゃねーぞ。 アンタの仲間がやったんだから」
 その治療を施したであろう医龍には顔も向けずにテリガンは呻いた。 視線はぷいっと明後日の方角へ向けて、飾り毛のついた耳もぱたりと寝かせている。 ひねくれた悪魔が「お前の話など聞くものか」と、漆黒の翼を背負った背は静かに物語っていて、説得を試みようとする医龍を更に遠ざける。
「いいんじゃないの、話くらい。 聞いてあげれば」
「リーダー?!」
 そこへ助け舟を出したのは、悪魔の仲間であろうはずの青年だった。 テリガンも「リーダー」と慕う彼の言葉は存外だったらしく目を見開く。
「おじいさんを含め治療してくれたのは事実みたいだし、君を痛めつけたのもその……オズってヒトと蜘蛛っていう魔女さんなんでしょ。 それに……彼からは敵意っぽいの感じないし、さ」
「むぅ……。 リーダーが、そう言うなら……」
「じゃ、後はお好きにどうぞ。 その怖い二人が来るまで、見物させてもらうから」
「あの、ありがとうございます。 ええと……」
 テリガンの聞く耳を立たせてから、リーダーと呼ばれた青年はにこりと医龍へと微笑む。 話す機会を得られた医龍はぺこりと頭を下げた後、言葉を濁した。 その意を汲んだ青年は先に答えを述べる。
「物好き屋。 そう呼べばいいよ」
「物好き屋様……でございますか?」
「一応、敵対してる者同士でしょう。 僕はお茶は友達としか飲まないし、真の名も親友にしか明かさない主義なの」
 テリガンの次は、リーダー――物好き屋がそれっきり、もう話すことはないとばかりに首を横に振った。

「で、なんだよ?」
 テリガンはエリック邸の庭先に座り込み、じとりとした目で二人を睨む。 物好き屋に話を聞けと促されてはいるが、やはり乗り気ではない様子だった。 対しニコラウスは今もなおネモへキラキラとした瞳を向けている。
「何を隠そうこのワシも魔法少女に憧れておっての。 物は相談。同志よ、おぬしの自慢のコレクション貸してはくれぬか?」
 近頃は魔法少女戦隊が流行りらしいし、一人より二人の方が楽しいじゃろ? とネモはニコラウスから魔法少女の道具コレクションを借り受け、更なる魔法少女を演じていた。 ニコラウスが嬉々と取り出したアイテムの中には、愛らしい外見からは想像も出来ぬくらいの力で抱き締めてくる「まじかる☆テディさん」もあった。 既に所々から綿を噴き出し、無惨な姿になっていたが。 で、その残念な姿にニコラウスは今にも昇天しそうな顔で倒れこんだため――。
「(これ以上テディさんを傷付ければ、説得どころではなくなるかのう……)」
 道具を粗方出させた所で蝙蝠をけし掛け不意を突こうとしていたが、急遽取りやめた。 そうするまでもなく、対峙している悪魔と魔法少女(翁)は既に傷だらけということもあるが、ネモの背後にはテリガンの仲間である物好き屋が控えている。 迂闊に攻撃の意を見せれば、不意を突かれるのはこちら側になるかもしれない。 ちらっと背後を見れば、「ん?」と小首を傾げる物好き屋がそこにいた。
「大切な御趣味を愚弄されて悲しむ御気持ちは良く分かりますが……、しかしながら、力で制裁を加えようとする行為には賛同出来かねます。 特別な趣味というものは相手様の理解を得るのに時間が掛かるものなので御座います」
 ニコラウス愛用の杖を丁寧に取り扱いつつ、医龍は改めて説得を開始する。 その言葉はテリガンよりも、事を起こしたニコラウスに向けられたものだ。
「此処はひとまず気持ちを落ち着け、ゆっくり話し合う事は出来ませんでしょうか……?」
「……先に手ェ出したのそっちだろ」
 ギロリとテリガンが目を細めれば、物好き屋のわざとらしい咳払いが聞こえた。 それには抗えぬとばかりに視線を下げるテリガンはどうやら、物好き屋には逆らえない様子だった。 その傍らでネモはと言えば。
「のう、ニコラウス。 おぬしが魔法少女になってやりたかったのは、兄への復讐などという些事か? 正義と愛の力で世界を救うのが魔法少女ではないか? 私怨の殺人に走って秘蔵のステッキに血と泥を塗る気か?」
「そんなっ。 ワシはただ、ただエリック兄さんにワシの情熱を理解して欲しかっただけなのじゃあぁぁ」
 改めてエリックへの殺意の有無を問えば、ニコラウスは大粒の涙を零しながらそれを否定する。 しかし医龍が目にしたレーザーは兵器レベルの破壊力を持っていたことは事実であり、それを一般人に使えばどうなるか、結果は言うまでもない。 その威力に関して二人が揉めていた点を含めて考えれば、これから起こるとされた殺人は――。
「ようは“ちょっとした弾み”だったんだよね。 僕はそれを防ぐつもりで来たんだけど……何だか可笑しなことになっちゃった」
 ちょっとした弾み。 意図せぬ殺人だと言い切った物好き屋はごく自然な歩みでテリガンに近付き、彼の手を取る。 テリガンは目をぱちくりとさせて物好き屋の顔を覗き込んだ。
「帰るよ、テリガン」
「あれ、コイツらの話聞くんじゃなかったの?」
「悪いけど予定変更。 そろそろ怖い二人がやってきそうだから、撤収する」
「……はぁ、ったく、マジでしつこいな」
 座り込んでいたテリガンを引き起こした物好き屋は、彼の手を引いてその場から離れようとする。 うる目のニコラウスは庭に放っておいたままだ。
「ちょっと待つのじゃ、撤収じゃと? ニコラウスを置いてか?」
「そのおじいさんはそちらに委ねるよ。 おじいさんの本当の願いを叶えたの、テリガンじゃなくてキミだしね。 心当たりはあるでしょう」
 ネモが捨てられた子犬のような顔になっているニコラウスの傍らで問えば、物好き屋は振り返り様にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「え、リーダー、それってどういう……」
「契約はキミのお蔭で不成立。 故におじいさんの魔法はそろそろ切れると思うから、心配しないで。 それじゃ、また」
 ぱちん、と指を鳴らす音と当時に、二人の姿は掻き消えた。

 ※ ※ ※

 オズと蜘蛛の魔女が己の持てるだけの速度で駆けつけた頃、エリック邸の庭先ではある種の異世界が展開されていた。
「いざ、魔法少女ぷりちー★ねも、見参! さぁ者ども、共に参ろうぞ!」
「とうっ! 魔法少女ふわふわニコル、華麗に参上なのじゃあ!」
「さらにぃ、魔法少女きらきら☆えりくも登場じゃぞいいぃ!!」
 予めエリック邸で待機していたネモ――魔法少女ぷりちー★ねもを筆頭に、先ほどまで一人だけだった魔法少女(翁)が二人に増殖し、ふわふわきらきらと華麗にポージングをキメている。 一部は愛らしく、他はなんとも残念な出来栄えにしばし硬直する二人に、成り行きを見守っていた医龍がかくかくじかじかと説明を施した。
 医龍は云う、魔法少女に扮したネモが『おぬしが改心するのなら、このぷりちー★ねも、コンビを組んでの活動も吝かではない』とニコラウスを勧誘しちゃったこと。
 医龍は語る、話はどどんと拡大し『二人だけじゃ寂しいから、エリックも引き込んでトリオになればいいのじゃ!』と、寝ているはずのエリックの元へ向かったところ、彼は『魔法少女きらきら☆えりく』として既にスタンバイしていたこと。(ネモによって洗脳、魅了済みだった)。
 そして医龍はこう締め括る、彼もまた白いフリルをこれでもかと言うくらい盛り込んだ魔法少女衣装を着込み、白いステッキをくるんと回した。。
「魔法少女いんてり☆いりゅー、ここに推参……に御座います」
「……キサラギの。 貴様、」
「さぁオズ様もこちらをどうぞ。 アナタ様用の衣装もぷりちー★ねも様が準備して下さいましたよ」
 ぜひオズ様へ、と青のゆるふわ魔法少女ドレスをにっこりと勧めてきた。 大柄な体躯のオズでも十分着られるサイズであるところがどこか恐ろしい。
「おおっ、そちらの本家魔女殿の分もあるぞい!」
「これでちょっちダークネスな魔法少女の完成なのじゃ!」
 そして蜘蛛の魔女へ――魔女しか存在せぬ世界からの来訪者へ、ガンメタルブラックのふわっふわな衣装(ご丁寧にも八本の蜘蛛足を通す穴アリ)を推してきたのは、フザケた格好の老人二人。 蜘蛛の魔女は答えない。
「おや、黒はお気に召さなかったかのう?」
「では思い切っていめーじちぇんじじゃな! こっちの“くりむぞんれっど”なドレスも似合うかもしれんのぅ!」
「おお! そちらのでっかいマスィーンも魔法少女に興味が!? 機械魔法少女とは斬新な発想じゃのぅ!」
「カメラじゃ、カメラさんをスタンバイなのじゃあ!」
 絶賛大興奮中のソルベルグ兄弟は不幸にも気付かなかった――びきびきと、目の前の本家魔女様が青筋を立ててブチ切れ寸前だということに。 さらに勝手に機械魔法少女にされてしまったマスィーンもまた、静かにブレードの柄を握り締めていたことに。
「……オズちゃん、ちょっと手ぇ貸してくれる?」
「……無論だ」
「おろ、ドレスの着付けに手助けが必要かの? それならワシに任せんぐはぁっ」
「ニコルゥー!?」

 その後――魔女と悪魔による魔法少女狩りのサバトが始まり、ニコラウス・ソルベルグが盛大に宙を舞うことになるのだが、それはきっとまた、別のお話。

 終
[227] あとがき(偽クリエイターコメント)
ブレイク・エルスノール(cybt3247) 2012-02-26(日) 02:57
 大変お待たせ致しました、偽シナリオを公開させて頂きます。
 執筆開始から一ヶ月オーバー……長い間お待たせしてしまったこと、お詫び申し上げます。

 今回のノベル執筆は、皆様の行動が個性的で楽しかったのですが、その分悩みました。
 PC様らしい行動を貫きつつ、かつ全員の行動をどう纏めるか……この辺りは執筆者も修行が必要のようです。
 拙い文面ですが、お楽しみいただければ幸いに思います。

>オズさん
 バリバリ戦闘要員その1、鉄クズとかデクノボーとか散々な言われようですが、クールにスルーしていただきました。
 魔法少女めかにか☆おずは、ちょっとイメージブレイク過ぎるかなと思い自重しました。
 テリガンの能力への警戒し、挑発を交えての戦いは知的でもあり、ワイルドでもあり。

>ネモさん
 唯一のコミカルプレイングをありがとうございます、魔法少女(翁)が二人に増えました。写真もばっちり。
 そして唯一のエリック邸スタートを選択されたことで、別働隊の「物好き屋」との邂逅が実現しています。
(誰もエリック邸にいなかった場合、物好き屋は即座に撤退し、本編に出てくることすらなかったでしょう)
 エリックは覚醒者ではないため連れ帰ることは出来ませんが、いつでもノルウェーの民家でスタンバってます。

>蜘蛛の魔女さん
 バリバリ戦闘要員その2、本家魔女様、未熟な魔法少女どもが誇り高き「魔女」を汚してしまった罪、どうかお許し下さい。
 ニコラウスは世界図書館に保護されたため、気に触ることがあればいつでも宙へ飛ばしてあげてください。
 ガンメタルブラックなふわふわ衣装は、そんなお詫びの印としてお納め下さいませ。 カメラも同封します。

>医龍さん
 今回、バリバリ捏造してしまった感が凄まじいです。 いんてり☆いりゅーのお姿にカメラスタンバイ。
 献身的な説得プレイングの効果は覿面、テリガンはやや不信気味ですが物好き屋を敵対させずに済みました。
 テリガンへの治療はきっと自主的です、お医者さまですもの。

>ALL
 今回はノーヒントであるにも関わらず、「嫌な予感(物好き屋の目的)」についての考察も頂きました。
 ノベル本編には字数の関係で記載されていませんが、彼の目的は、次に物好き屋が登場するノベルで答えを明かします。
 そして見事「物好き屋の目的」を見抜いていたお方には、そのノベルに優先枠を設けさせていただく予定です。
(辞退することも可能です)

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螺旋特急ロストレイル

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