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[59] 【サティ・ディルの仕立屋】メイド服の攻防
くすっ☆
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-08-25(日) 15:39
親しい人たちにさよならを告げるのは、この店を構えてからと決めていた。
ガラス張りの扉に、開店中であることを示す為コルク素材の小さなドアプレートをかける。

『ビスポークテーラー "サティ・ディル" あなただけの服をお仕立てします』


 ドアベルが鳴った。サシャは反射的に顔を上げ「いらっしゃいませ」と笑顔を向ける。
「とりあえずビール」
 入って来た客はそう告げた。
「ありません」
「おつまみも適当に」
「ですから」
「指名料いくら?」
「……ハイユ様」
 サシャはため息をつき、黒いメイド服の客──ハイユを見上げる。
「ノリ悪いな。モテないよ?」
「必要ありませんから」
「言うねぇ、人妻」
 ふん、とつまらなそうにハイユは鼻を鳴らす。
「まっ、まだ正式には……!」
 サシャはあわてて話題を切り替えた。
「それで、何かご用ですか?」
「安心しろ、冷やかしじゃない。ご用があるから来たんだよ」
 先輩メイドはあくまで尊大だった。
「服を新調しようかと思ってね」
 その一言で、サシャの心に火が灯る。
「それでしたら承ります。どんなデザインにしましょうか? ハイユ様だと……」
 ハイユの抜群のプロポーションを眺め、ふと、サシャは疑問に思った。
「ハイユ様、普段はどんな服装なんですか?」
 たまにお祭り事があると、ハイユは毎回のように、目を覆うばかりの過激な水着姿を見せる。しかし普段を思い返してみると、サシャはメイド服以外のハイユを見た記憶がなかった。
「いつもこれ」
 自分の襟元を引っ張ってハイユは言う。
「作ってほしいのもこれ」
 サシャの仕立屋としてのプライドがわずかに傷つく。
「ワタシ、ハイユ様のためだけの服だって作れますよ」
「これがいいの」
 しばし二人は無言で対峙する。先に口を開いたのはハイユだった。
「サシャちゃんには前に話したよね? 御館様の事」
「え? あ、はい」
 唐突な話題の変更に戸惑いながらサシャはうなずく。
「これは御館様からいただいたメイド服なの。だからあたしはこの形の服しか着ない」
「そう、なんですか……」
 とっさには反論できず、しかしサシャは逡巡する。ハイユのプロポーションなら大抵の服は着こなせるだろう。もったいない、というのが正直な気持ちだ。それに御館様は、年頃の少女だった彼女に、メイド服しか与えなかったのだろうか。御館様を悪く言いたくはないが、それは少しかわいそうなのではないか。
「そ、その割には、着崩してらっしゃるんですね」
「しょうがないでしょ。この年に御館様が亡くなられたんだから」
 トレードマークの大きく開いた胸元を見やり、間をつなぐ軽い冗談のつもりで口にした言葉に、ハイユはそう答えた。へらへらと笑っているような表情の裏にある感情は読めない。
「ほら、あたし胸がこのサイズじゃんか。メイドになってから急に成長が始まってね。恋をするとでかくなるってやつだと思うんだけど。だから御館様が、胸が苦しくない特別のデザインにしてくれてたんよ。しかも毎年サイズ更新。で、御館様が亡くなられてからも成長し続けたから、今はこうして着るしかないってわけ」
 どこまでが真面目でどこからが冗談なのか、もうサシャには分からなかった。だから、代わりに言う。
「ハイユ様なら、ほかの服も似合いますよ」
「知ってる。でもね、あたしはこの格好でいたいの。御館様の下さった姿で」
「……分かりました」
 頭の中で考えていたいくつものラフスケッチを、サシャはあきらめた。
「光栄に思いなさいよ。ターミナルに来てから新しく服作ったの、最近だとリリイさんとこでお嬢のコスプレ作って以来なんだから」
 リリイの名が出ると、今でも少し緊張してしまう。シュマイトのコスプレでいったい何があったのかは深く気にしないことにした。
「それなら、今回もリリイ様のところでよかったんじゃないですか?」
「メイド服ならリリイさんよりあんたの方が得意でしょ」
 リリイ様より、上。
「そっ、そんなこと……」
 否定すべきなのか、肯定していいのか。サシャは頭の中が真っ白になってしまった。
「じゃ、脱ぐからサイズ測って。ああ、服のサイズの方ね。あたしの体は測りたいなら測ってもいいけど」
「──待ってください! ここ店内ですよ!? 採寸なら奥でできますから!」
 エプロンの結び目をほどき始めたハイユを、我に返ったサシャは全力で制した。

 実物があれば型紙はすぐにできる。しかも着慣れたメイド服だから作りはよく分かっている。それでも「メイド服ならリリイより上」と言われてしまった以上、絶対に失敗はできない。緊張感と戦う数日が過ぎた。
「ドレス姿のハイユ様、見てみたかったな」
 仕立て上がりを満足そうに眺めるハイユに、内心で胸をなでおろす。その開放感から、サシャはわざと未練があるように言ってみた。
「そういうのはお嬢にでも作ってやってよ」
 振り向きもせずに返したハイユに、サシャは思わずまばたきをする。
「シュマイトちゃん、言ってないんですか?」
「何を?」
「ええと……」
「お嬢、見た目完全に幼女だし、嫁に行くとか無理じゃね? 色仕掛けとか物理的に不可能でもさ、服だけでもなんかまともなの着せたらどうよ?」
 どうやらシュマイトは、想い人の話をハイユにもしていないらしい。
 そう気づいたサシャは、あの名前を出さなかった。どんな人なのか聞きたい、という気持ちを抑えながら。
[60] 謝辞
くすっ☆
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-08-25(日) 22:49
サシャ・エルガシャ様、ご出演ありがとうございました。

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