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[65] 初心者大歓迎! 誰にでもできる簡単なお仕事です!
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-10-09(水) 23:21
「ロストナンバーの保護 2(1)」
 エミリエの字で書かれた司書室伝言版の記事は、ハイユの心を微塵も動かさなかった。
 「2(1)」とは世界司書の使う符丁で、募集人数2人に対して参加者がまだ1人、という意味である。出発時刻は数時間後だ。2人の枠すら埋まらないとは、よほど人気のない依頼らしい。「初心者大歓迎!」「誰にでもできる簡単なお仕事です!」「コツコツがんばれる人に最適!」と隙間に書き加えてあるのがもの哀しい。
 帰って酒でも飲んで寝ようかな。
 自堕落な日常に戻ろうとしていると、下からスカートを引っ張られた。金色の髪の少女が小さな手でスカートをつかんでいる。ゼシカ・ホーエンハイムだった。
「おー、ゼシたんか」
「メイドさん」
 ハイユを見上げ、ゼシカは言った。
「メイドさん、お時間ありませんか?」
 ロストナンバーは暇をもてあましている連中しかいないのか。とは言え自分も、シュマイトだけ相手にしていれば良いので、実際暇ではある。
  ゼシカはおどおどとした口調で続ける。
「あのね、ゼシね、このお仕事に行くの。でも行く人がゼシだけしかいなくて」
「そっかあ。がんばってね。じゃ」
 ハイユは軽く手を振って去ろうとしたが、ゼシカはハイユのスカートをつかんだままだった。
「お願い、お話だけでも聞いて」
「……わかったよ」
 小さな背を追ってエミリエの元へ向かう。
 この子、将来変な宗教の勧誘とかしないだろうな?
  ついて来ているかと時おり自分を振り返りながら先に立って歩くゼシカを見て、ハイユはふとそんな事を考えた。

 壁に向かってうつむいているピンク色の頭を見て、ハイユは状況が好転してないらしいと悟った。
「ピンク髪さん」
 ゼシカが小走りに駆け寄って声をかけると、エミリエは猛然と振り向いた。ハイユを視界に入れたらしい瞬間、「来たっ!」と目を輝かせる。
「エミリエたんよ、あたしはまだ行くとは言ってないんだが」
「そっ、そんな事言わないで、話だけでも聞いてよ! 誰でもできる簡単な仕事だから!」
「じゃあなんでこんな狭い枠が埋まらないんよ?」
「それは……なんでだろうね?」
 わざとらしく疑問符を浮かべて見せるエミリエ。逆に興味が湧いてきた。
「ロストナンバーの保護だったよね? 行先は?」
「インヤンガイ」
「相手は?」
「ツーリストの樹菓っていう女の子」
「ヤバいやつ?」
「ううん、おとなしい女の子みたい」
 おかしい。避けられる要因が見当たらない。
「ただ、ちょっと真面目な子みたいでね。探し物を手伝ってほしいみたいなんだけど」
 付け足しのように急いで言ったエミリエに不審を覚え、ハイユは問い質す。
「どこから何を探すのか言え」
「書庫から、本を一冊」
 ハイユの頭にはハーケズヤ家の巨大な書庫が思い浮かんだ。
「すげーめんどくさそう」
「だよねー」
 肯定の相づちを打ってから、エミリエはあわてて否定する。
「大丈夫だよ! 根気さえあれば誰でもできる簡単な依頼!」
 よりにもよって、ハイユには最も縁遠い要素だった。
「やっぱ帰る」
「メイドさん!」
 二人の会話をおろおろしながら見ていたゼシカが声を挙げる。
「何?」
「メイドさんは、やればできる子よ」
 はげますようなその言葉は、まるでハイユを応援するかのようだった。
「なめられちゃったわね」
 こんな小さい子に。
「いいわ、その仕事、受けてあげる。万能メイドさんの力を見せてやろうじゃないの」

「じゃ、詳しい状況を説明するね」
 エミリエが喜々として予言書を開く。
「さっきも言ったとおり、保護対象は樹菓っていう女の子。彼女は冥簿っていう本を持っていたんだけど、転移の時に手から離しちゃったの。転移したのは蔵書家オーリョウの書庫。書庫って言っても、地上2階地下1階階建の別館ね。樹菓は本の海から、冥簿を必死になって探してる。だからオーリョウに見つかる前に冥簿を探して、連れてきてほしいの。オーリョウは本のためなら人くらい余裕で殺すタイプだから、気をつけてね」
「一回失くしたんだから諦めろよ」
 ハイユはにべもない。エミリエは苦笑し、
「あたしもそう思うんだけどねー。樹菓にとってはすごく大事なものだから、見つかるまで動かないと思うよ」
「ゼシ、わかるわ」
 ゼシカが大きくうなずいた。
「ゼシもママの写真がなくなったら、みつかるまでさがすもの」
 大切な人、大切な存在。それはハイユにとっても、唯一の泣き所だった。
「ほらほら、もう時間ないよ! あとは各自の独断専行に期待します!」
 便利な言葉と共に、エミリエは二人のロストナンバーを送り出した。

 ロストレイルに乗り込んだ二人はオーリョウの屋敷内の見取り図を広げた。問題の別館は本館から続く入口以外、通気用の小窓しかない。出入りは入口を使うしかなさそうだった。
 ロストレイルで行けるのは屋敷の前まで。屋敷の中へは自力で入らなければならない。
  潜入するとしたら王道は……。
「どうするよ、ゼシたん?」
「ちゃあんと考えてあるのよ」
 もしかするとゼシカは、ハイユに声をかけた時点からこの作戦を考えていたのかもしれない。ハイユがそう思うほど、話を振られたゼシカの口調は自信ありげだった。
「ゼシひとりじゃ入れてもらえないわ。でもメイドさんが一緒で、親子ですって言ったら、入れてくれると思うの」
「やっぱそれかなー」
 メイドとしての潜入。ハイユ一人でならともかく、ゼシカと一緒に行くとしたら完全な隠密行動は難しい。不確定な要素は多く、名案とは言いがたいが、ハイユは乗る事にした。この依頼はゼシカと二人で受けた依頼。ゼシカと果たさなければならないのだ。
 それにしても「母親」ねえ。
 26歳と5歳だから、姉妹よりは自然な設定には違いないけど。
「メイドさん。ひとつだけいいかしら?」
「ん?」
「ゼシのほんとうのママはひとりだけなの。だからおままごとみたいに、メイドさんのこと、おかあさんって呼ぶわ」
 少しだけ、他人行儀に。
  家族を持たないハイユは、母親がどんな存在なのか、今一つ実感が湧かない。だが、大切な人との絆は知っているつもりだった。
「オーケー。じゃあ、あたしからも一つ、聞いてもいいかな?」
「なあに?」
「なんでゼシたん、この依頼受けようと思ったん? 大切なものを探してるから?」
 ゼシカは胸を張って答えた。
「ゼシ、おねえさんだもの。迷子さんがいたらおむかえに行くわ」
「いい答えだね」
 ハイユは目を細めた。少し、まぶしかった。

 母娘連れのメイドは、あっけないほどすぐにオーリョウ家に採用された。主人は書庫にこもりきりらしい。それは、書庫への潜入が難しい事も告げていた。樹菓は自身の特殊能力によって、ある程度は人に気づかれず行動できるそうだが、何日も待てる状態ではないだろう。
 屋敷内の案内を受けた「母娘」は、狭い一室をあてがわれた夜に行動を開始した。
 ハイユが蝋燭を手に持って別館へ、ゼシカの歩調に合わせながら暗い廊下を進む。
 ハイユはふと、ゼシカの小さな背中を見降ろした。彼女の父がどんな人物であるか、ハイユはよく知らない。ただ、父を思うゼシカの言動を目にするたび、この幼い身に酷な事を、とは思っていた。平穏な家族という、自分の知らない空間。最初からなかったのと、あったはずのものを失うのでは、どちらがより苦しいか。
  あの突き当りを右に曲がれば別館だ。頭に入れた館内地図と照らし合わせてそう判断したハイユは、それ以上の思索を止めた。
  突き当りの左の通路からガラガラとワゴンを押す音が聞こえ、光が近づいてくる。ゼシカがヒッと小さな声を挙げた。
 蝋燭を消そうと思ったが間に合わなかった。「誰かいるの?」と年かさの女の声が呼び掛けてくる。メイド長だ。
「あなたたち、新入りの? どうしてこんな所に?」
 向こうの火がハイユの顔を照らした。ワゴンの上に数本の蝋燭を立てた燭台が載っていた。
  仕方ない、気絶でもさせて黙らせよう。
  ハイユがそう思って身構えると、
「こんばんは」
 ゼシカが先に声を発した。
「お手洗いってこっちですか? おかあさんといっしょに来たのに迷っちゃって」
 メイド長は顔をしかめた。
「ずいぶんとひどい迷い方ね? そんなことで、お屋敷で働いていけるのかしら?」
 ハイユはあわてて話を合わせる。
「すいませんねー、田舎者なんでこんな立派なお屋敷、初めてなんですよ。で、どっち行ったらいいですか?」
「あなたたちの部屋は向こうです」
 細々と始まった道案内をハイユは聞き流していた。
「ありがとうございます。ところでメイド長こそ、こんな時間に何かご用で?」
「ご主人様のお夜食です。ほら、早く帰りなさい」
 これ以上粘るのは難しそうか。
「おかあさん、早くあっち行こうよ」
 ゼシカが急に、ハイユの手を強く引く。ハイユはその態度の変化に戸惑い、わずかによろけた。
「何よ、いきなり」
 言ってから気づく。
「おっと」
 手に持った蝋燭を、ハイユは床に落とした。
「やべえ、水!」
  ワゴンの上からティーポットをひったくって火の上に叩き落とす。一緒に夜食も廊下にぶちまけた。床に落とされたティーポットから茶が飛び散り、火は消えたが、廊下はひどい散らかりようだった。
「あっぶねえ」
「ちょっと、なんて事をするの!?」
 メイド長が二人を叱りつける。
「ご、ごめんなさい……」
 震えながら謝るゼシカ。それはメイド長の剣幕に対する実際のおびえも含まれているようだった。
「ここはあたしらが責任持って片付けときますんで、蝋燭1本だけ置いといてもらえます?」
「当たり前です。わたしはお夜食を準備し直します。あなたたち、首も覚悟しなさい」
 憤然と言い放ち、メイド長はほぼ空っぽになってしまったワゴンを押して廊下の向こうへ去って行った。
「ゼシたん、ナイス」
 親指を立てて見せると、ゼシカは照れたような笑顔を浮かべた。
「行きましょう? おかたづけをしないのはよくないけど、急がないと迷子さんが」
「おう」
 廊下の惨状を背に、書庫への通路を進む。
  やがて、がっしりとした木の扉が二人の行く手をふさいだ。
 見上げてハイユは考える。破壊するのは不可能ではない。だが、あまり騒ぎを大きくしても良くないだろう。さっきの一件だけで充分だ。
「なんだ、今の音は?」
 木の扉が細く開いた。痩せた背の低い男が、落ちくぼんだ目でハイユたちを眺めまわす。面接すらしなかったので初めて見るが、彼が主人のオーリョウなのだろう。二人がメイドである事を認識したのか、オーリョウはわずかに警戒を解きながらも、
「ちょうどいいところに来た。夜警を呼んで来い」
「さっきの音でしたら、夜食のワゴンがですね」
「そんなものはどうでも良い」
 オーリョウは不快そうに首を振った。
「書庫で本の位置が何ヵ所か変わっていた。何者かが書庫に侵入したようだ」
 ハイユはゼシカに視線を投げた。ゼシカがうなずく。
  すでに樹菓は存在を突き止められている。もう猶予はない。
「どうした? さっさと呼んで来い。本をけがす紙魚は処分する」
「……分かりました。ただ、この子はちょっとの間、ここに置いといていいですか? 急いで呼びに行くのにジャマなんで。あとで連れに来ますから」
「好きにしろ。愚図愚図していると紙魚の巻き添えにするぞ」
「分かってますよ。じゃ、ゼシカあとよろしく」
 ハイユは軽く手を振ってゼシカとオーリョウに背を向け、夜警の詰所へと廊下を戻って行く。
  残されたゼシカは顔を挙げた。ここからは自分が一人でやらなければいけない。
「あの、ここ、入ってみてもいいですか?」
「良いわけがないだろう。メイドの分際で」
 ゼシカの問いに、オーリョウは少女をにらみつけた。体が震えるのを抑えるように、ゼシカは固く目をつぶり、相棒の名を呼ぶ。
「アシュレー!」
 フォックスフォームのアシュレーが現れた。身にまとう幻の光の最大の明るさにして。
「何だ!?」
 オーリョウが強烈な光に視界を奪われた隙をついて書庫へ入り込む。執務机の横を通り抜けると、真っ暗な空間を本と本棚が埋め尽くしていた。
「じゅかさーん! じゅかさーん!」
 普段はめったに大声など出さないゼシカだが、迷子になった友達を探すときは大声で名を呼ぶ。果たして、薄緑の衣装を着て杖を持った少女が姿を現した。
「私を、ご存知なのですか?」
 ゼシカは大きくうなずいた。
「おむかえに来ました!」
 樹菓は深々と頭を下げながらも、
「それはそれは、ありがとうございます。ですが、私は今、大切な本を探しています。失くすわけにいかない大切なものなんです」
「あそこに、ないですか?」
 ゼシカは入口すぐにある執務机を指差した。何十冊もの本が積み上げられた中に目をやり、樹菓が息をのんだ。
「あ、ありました!」
  言うと同時に駆け寄り、その中の一冊を愛おしげに抱きしめる。
「貴様、何をしてくれる……!」
 怒気をはらんだ声と共に、視界の回復したらしいオーリョウが歩み寄って来た。手には細いペーパーナイフを持っている。
「紙魚の仲間か。まとめて処分し」
  そこまで言ってオーリョウは倒れた。その後ろには手刀を振り下ろした姿勢のハイユが立っていた。
「おつかれ、ゼシたん」

「ゼシたん、なんで本の場所が分かったん?」
 帰りのロストレイル車内でハイユは聞いた。ゼシカは照れくさそうに、
「だって、本の場所が変わっていたことにだって気がつく人でしょう? だから、知らない本があったら絶対に持って行って読もうとすると思ったの」
「なるほどねー、オーリョウを利用すれば良かったんか」
「でも、メイドさんがもどってきてくれたおかげよ?」
「あれで本当に夜警なんて呼んだら詰みじゃんか」
「仲がおよろしいんですね」
 二人のやり取りを眺めていた樹菓が、いとおしむような目で二人を見ていた。
「ですがお嬢さん、お仕事の名前であっても、お母様をメイドさんなんて呼ぶのは感心しませんよ」
「あたしら、親子に見える?」
「違うんですか?」
 樹菓はきょとんとした顔で問い返す。
「それは今回のミッション用の設定。あたしらは」
「お友だち、よね?」
 ゼシカがそう言うと、ハイユは照れ隠しのように、ゼシカの頭を乱暴に撫でまわした。
[66] 謝辞
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-10-09(水) 23:23
ゼシカ・ホーエンハイムさん、ご出演ありがとうございました。いただいた単語そのままはロストナンバーの設定上難しかったので「母娘」で書いてみました。

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