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ゼンマイと木炭
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| シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2013-11-05(火) 00:04 |
ロストレイルからミスタ・テスラに降り立ち、シュマイトは身を震わせた。吐く息は白い。 「温度センサー、10℃ヲ確認。寒イノ?」 幽太郎が心配そうに聞く。 「ああ。この世界も冬を迎えているのだな」 冷えた空気を覆う曇天に目をやったシュマイトに、幽太郎は努めて明るく言った。 「モウスグ、コノ世界ノロボットサンニ会エルンダヨネ。楽シミダナア」 「ここでの呼び方は『オートマタ』だ」 「ア、ゴメンネ。ロボットッテイウ呼ビ方ガ慣レテルカラ、ツイ。ソレニ、ホカノロボットノ人ニ会エルノガ嬉シクテ。世界群ッテ機械技術ノアル世界バカリジャナイカラ」 ヴォロスとモフトピアは機械類に無縁。ブルーインブルーは一応存在するが遺跡の範囲で、下手をすれば機械海魔扱いされる。残るはインヤンガイだが、サイバー技術に比べると遅れを取る。ロボットのいる世界は少ないらしい、と幽太郎は常々感じていた。 元の世界を考えるに、ロボットの多い世界が幸せな世界とは限らないが、自分が異分子だと強調されているようで、幽太郎は時おり、居心地の悪い思いをする。 「デモ、オートマタサンニロボットッテ言ッタラ、キット怒ラレチャウヨネ。気ヲツケルヨ」 「そうだな。『彼女』への接触に失敗したら、今回の仕事は難航する」 二人はこれから、アリソフというオートマタの少女に探しに行く予定になっている。 ただし目的はアリソフではない。アリソフに耽溺し、彼女以外のためにゼンマイを作らなくなってしまったゼンマイ職人のスティーロを工房に連れ戻してほしい、というのが今回の依頼である。スティーロはアリソフ以外が家に入らないよう厳重な警備を敷いており、過去に連れ戻しに行った者は入口すら見つけられなかったらしい。 「そうは言っても、だ」 シュマイトは幽太郎と作戦の確認をする。 「スティーロ自身は普通の人間に過ぎない。食事を摂らなくては生きていけない。それにアリソフに何か作ってやるにも素材を調達せねばならん」 「アリソフサンガ買イ物ニ来タトコロデ接触スレバイインダヨネ」 そこまでの流れには問題はない。アリソフをどう説得するかは、それぞれに考えてはあるが、不確定な要素が多いので本人に会ってからの判断としている。 「デモ、チョット変ジャナイカナ」 「何が?」 「スティーロサンハアリソフサンガスゴク大事ナンダヨネ? アリソフサンヲ外ニヒトリデ行カセテモ平気ナノカナ?」 「まあ、な」 シュマイトは歯切れ悪く、 「ただ、スティーロ本人が外で一切目撃されていない以上、アリソフが買い出しに来ているのではないか、という選択肢しか残らない。スティーロが話にしていただけで、実際のアリソフの顔は知られていないのだから」 「ソウカモシレナイケド……」 幽太郎としても、違和感の正体がはっきりと見えているわけではない。話しながら歩いているうちに目的に市場に着いたので、それは後回しにする事にした。 「さっそくで済まないが、頼む」 「ウン」 幽太郎はサーチに意識を集中する。雑踏の中からたった一人、あるいはそこにいないかもしれないオートマタを探す方法として、二人は幽太郎のサーチを選んだ。 「オートマタノ識別パターンニ該当ナシ。今ハイナイノカナ」 「そうかね。どうする? 他の市場に行ってみるか、それともここでもう少し粘るか」 「別ノトコロ、行ッテミヨウカ。 デモソノ前ニ」 幽太郎はおずおずと付け加える。 「エネルギー補給シテオキタイナ。ロストレイルニ乗ル前ニゴハン食ベルタイミングガナクテ」 「食事か? それは構わんが、キミのエネルギーになるものはこの世界にあるのか?」 「石油……ハ普及シテイナインダヨネ。純度ガ低イカラ効率ハ悪イケド、石炭カ木炭ナラ食ベラレルヨ」 「木炭なら市場で売っていそうだな」 「アソコノオ店」 そう言って幽太郎は、炭火焼の肉を売る屋台を指し示した。 「熱源ニヨリ、稼働用エネルギー摂取プログラムノ活性化ヲ確認」 「それがキミの『食欲』というわけかね。面白い。だが、木炭なら木炭の店の方が良いだろう」 それはもちろんそうだ。だが今の幽太郎には別の意図がある。 「同ジオ店デゴハン買ウノ、ヤッテミタクテ」 「そうか……。そうだな、少し目立つだろうが、一緒に食うか」 「ウン!」 「そこの大きいお兄さん、一つどうだい? 熱々だよ」 幽太郎の視線に気づいたのか、肉屋が声をかけてきた。旅人の外套の効果で、幽太郎は「体が大きい」とだけ認識されているらしい。 「アノ、ボク、オ肉食ベラレナイノ。ゴメンナサイ」 「肉を一つ。彼には木炭をやってくれ」 シュマイトが平然とした顔で注文を出した。 「妹さん、冗談が過ぎるよ」 「妹ではない。わたしの方が年上だ」 笑いながら返した肉屋に、シュマイトがむっとしたように言った。 「木炭モラッテモイイデスカ?」 「面白いねえ、あんたたち。タダでいいよ」 肉屋は真っ赤におこった炭をトングで差し出した。冗談に悪乗りして見せたのだろう。 「イタダキマス」 ぱくり、と幽太郎は炭をくわえこんだ。しゃりしゃりとした噛み心地を味わってから飲み込む。じわりと温かい。 「ゴチソウサマデシタ」 肉屋は目を丸くしていた。 「すごいな、お兄さん!」 肉屋が「火喰い男」と言い始めた。周囲の視線が幽太郎に集まってくる。あっという間に二人は観客に囲まれてしまった。 「ア……、ヤッパリダメダッタカナ」 きょときょとと周りを見回し、幽太郎はつぶやいた。その首の動きが途中で止まる。 「パターン一致ヲ確認。オートマタノ人ガアッチニイルヨ!」 「幽太郎、わたしを乗せて跳べるかね?」 「ダイジョウブ。デモソノ前ニオ客サンヲナントカシナイト」 「キミまで芸人の気分になってどうする」 シュマイトはギアの拳銃を取り出し、上に空砲を撃った。 「お集まりの諸君。我らは近日当地に参る予定のサーカスの一員だ。彼は火喰い、怪力、軽業、なんでもこなす当一座の花形。本日は大跳躍をお見せして幕とするが、巡業の際はぜひとも来られたい」 拍手が巻き起こる中、幽太郎はシュマイトを抱えてオートマタの反応をめがけて「大跳躍」をする。オートマタはにぎわいに背を向け、市場の外へ向かっていた。幽太郎が着地をすると、見守っていた観客たちは再び拍手をし、徐々に散って行った。 「シュマイトモ、チョット楽シソウダッタネ」 「人前で話すのは慣れているのでな。それより、オートマタは?」 「アノ人」 暗い色のフードをかぶった後ろ姿に二人は駆け寄った。 「失礼、キミはオートマタのアリソフ嬢ではないかね」 シュマイトの問いに相手は何も答えず、二人の存在すら無視して歩み去ろうとした。 「ボクタチ、スティーロサンニ会イタインデス。ボク、好キナ人ト一緒ニイル時間ッテスゴク大切ダケド、ソレダケジャ何カ足リナイヨウナ気ガシテ」 幽太郎が重ねて言うと、相手は振り向き、幽太郎に金色の瞳を向けた。黒髪に白い肌つやの映える少女だった。 「それだけで充分じゃない」 やっと発された声には、甘えるような、それでいて否定を許さない傲然とした響きがあった。 「スティーロは私のためにゼンマイを巻いていれば良いの。スティーロは私のお人形よ」 幽太郎は自分たちの思い違いに気づいた。 スティーロは確かにアリソフに溺れていた。ただそれは、予想をはるかに超える度合いだった。アリソフが主導権を完全に握るほどに。閉じ込められていたのも、アリソフではなくスティーロの方だ。 「どうせあなたたちもスティーロを連れに来たんでしょう? そういう人たちが来ているのは知っているわ。良いわよ、一緒に来ても。どうせ説得なんてできないんだから」 アリソフは二人に微笑んで見せた。
スティーロの家は市場から少し離れた町はずれにあった。高い煉瓦の塀に囲まれている。アリソフは鎖が厳重に巻かれた門の前を通り過ぎて裏手に回ると、塀の煉瓦を複雑なパターンで順に押した。壁が振動し、扉のように開く。 荒れ放題の庭を抜け、アリソフは玄関を開けた。 「スティーロ」 アリソフがそう声を挙げると、やせぎすな中年男が階段を駆け下りてきた。 「おかえり、アリソフ!」 それから後ろの二人に目を止める。口調が一転して冷え込んだ。 「用件は分かっている。帰れ。俺は工房へは戻らない」 「アナタノゼンマイヲ必要トシテイル人タチガイルンデス」 「何のために必要か、まで聞いているか?」 「アリソフサンミタイナオートマタノ人……ジャナインデスカ?」 「違う」 アリソフ以外のゼンマイを扱わなくなったと聞いていたのでそう思っていたが、スティーロはそれを否定した。 「爆弾にゼンマイ動力を付けて、狙ったところに忍び込ませて爆発させる。工房はそのために新式のゼンマイがほしいんだとさ。だから俺は引き受けなかった。俺はアリソフと平和に暮らしたいだけなんだ」 「兵器ノタメ?」 幽太郎の胸に痛みが走る。自分もかつてはそうだったから。 「幽太郎、帰るぞ」 シュマイトが言った。 「エ、デモマダオ仕事ガ……」 「キミはこのままで仕事を完遂したいか?」 シュマイトは幽太郎に問う。 「スティーロの話を工房その他に再確認する必要がある。もし事実であれば、最初から受けなかった依頼だ。わたしは降りる。自分の作ったものをそんな風に扱われたくはない」 「……ソウダネ」 幽太郎もしっかりとうなずく。 「オ話ヲ確認シテカラニスル。本当ダッタラ爆弾サンタチガカワイソウ。ソレニ、隠シ事ノアル依頼ナンテサレタラ困ルモン」 「ずいぶんとあっさりと信じてくれるんだな」 スティーロは返って戸惑った様子だった。 「わたしにも彼にも、思い入れのある問題なのでね」 「帰るなら帰ってくれる? 早くスティーロと二人になりたいわ」 アリソフの声からは、かすかに険が取れていた。
二人はアリソフの先導を受けてスティーロの家を出た。 「ネエ、シュマイト。ターミナルニ帰ル前ニ、チョットダケ時間イイカナ?」 「何かあるのか? そう言えばキミはオートマタに会うのが目的だったか。アリソフとはあまり話ができなかったな。戻るか?」 「ソッチジャナクテ、サッキノ続キ」 「続き?」 シュマイトは首をかしげる。 「同ジオ店デ、ゴハン。サッキシュマイト、オ肉食ベラレナカッタデショ?」 「ああ、そうだったね。あの炭火焼の屋台で良いか?」 「ウン!」
後日、図書館から二人へ、この一件について取り消しの連絡が入った。スティーロの主張が正しかったらしい。その時、幽太郎とシュマイトは、重工場でタイ焼きの型に高純度エネルギー体をゲル状にして流し込む実験をしていたのだが、それはまた別の話。 |
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謝辞
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| シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2013-11-05(火) 00:05 |
幽太郎さん、ご出演ありがとうございました。 最初は工場でタイ焼きを作る話を考えていたのですが、気が変わってこんな話になりました。 |
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