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長女の懊悩
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| 金町 洋(csvy9267) 2014-02-01(土) 22:45 |
玄関ドアの前に立つ。山間から走り去るロストレイルと、先ほど別れた同行者達ーー正確にはそのうちの一名ーーの顔を思い浮かべて頭を数度振る。 切り替えなきゃ。
ドアノブを掴むと同時に声を張った。
「たーだいまー!!!」
リビングからは妹の瑤子の声がする。テレビを付けているところからすると洗濯物の片付け中か。 「おかえりー......ってうわ、酒くさ! おねぇ、今日飲み会だったっけ?」
ソファの上に、乾燥機から出されて暫く経った洗濯物たち。また昼間に干さないで無精して。 でも冬だしね、寒いよね洗濯物。柔軟剤の香りと柔らかそうなタオルについ顔を埋めながら妹に擦りよる。
「んー?いや、合コンー。」 「まだ行くことあったの?院生にもなってなにしてんのー。おとーさん呆れるよ?」 タオルに乗るあたしを押し返しながら、テレビからは目を離さず器用に畳み続ける。なんだか最近妹はクールだ。お父さんに似てきたと思う。
「いや、今日のは人数合わせだったの!合コンとか興味有る?!って困ってた青年に力をかしてあげたの!人数合わせだったんだってー困ってるひとには親切にするのが仁義ってもんでしょーもー」 我ながらグダグダな台詞だ。ところが瑤子はそこで初めて手を止めて、こちらを見てきた。
「......おねぇ。」
何かあったでしょ。
視線でそんな事を伝えてくるなんて。わが妹ながら恐ろしい奴。 「............かあわいいなあーそんなにおねーさまの異変に気づけるなんてなんて出来たいもーとなのー!んーもーよーちゃん好きよー」
「ちょっ、ちょっと洗濯物乗らないで!! あとお酒臭い!そんなになるほど飲むなんておかしーじゃんお父さんじゃあるまいし!」
「うへへへー」 こうなったら誤魔化すに限る。手が止まったのをいいことに妹との間にそびえるタオルの壁ごと倒れ込む。いい匂い。瑤子もお母さんと似た匂いがする。
「ね、ちょっとほんとどいてってば! ......本当にどしたの?何かあったんじゃないの?」
「それがさー、どーしてそーなったのかわっかんないんだよねー!」 ほんとに飲みすぎた。あの後ダンスする気恥ずかしさやらでけっこう強そうなカクテルを飲んで勢いつけたのが悪かったか。頭がふわふわする。舌先と頬に熱が乗る。瑤子の髪の毛が冷たくて気持ちいい。
「......また失敗しちゃったとか?気になった人いたのに盛り上げ役に徹したとか?こないだ面と向かってオンナっていうか新しい動物みたいって言われたのとおんなじ目にあったとか?」
「......」 黙ってのし掛からせてはくれない。的確にこっちが反論したくなるネタを盛り込むあたり賢しい。 でも、反論が思いつかない。
「ちょ......黙んないでよ、おねぇらしくもない。」 声に少しだけ心配する気配が混ざる。 あ、だめ。そうじゃない、心配かけたい訳じゃない。ただ甘えさせてくれればいい。 でも、あのことを言葉にするのがとにかく、恥ずかしい。
「...された」
「は?」 ようやく絞り出した言葉は酒がらみの喉でかすれてしまう。ああこんなの自分で言えない。でも言うしかない。
「告白、らしきことを、された。」 絞り出す。言葉にすると、あの時の事が一気に思い出される。
「............」
「......」 沈黙。首が熱い。
「良かったじゃん。で、返事は」
「ちょっと?!なんかクール!よーちゃんクールじゃない?!ここは女子らしくキャーキャーといろいろ根ほり葉ほり聞いてあたしのこの混乱した心境誤魔化すのに一役かってくれてもよくない?!」 期待していた掛け合いではなくさっぱりと結果を出したか聞かれて狼狽える。勢いよく半身を妹から引き剥がしたもんだから、タオルの壁はあえなく崩れた。
「おねぇ心の声ダダ漏れ!やだよそんなのめんどくさい。おねぇってば自分ごとに関してはほんとダメじゃん!んであたしにグチグチいうじゃん!」 容赦のない言葉は全部事実だ。お節介好きで話し好きのあたしを相談相手にしている妹は、あたしの相談相手でもあるのだ。
「ぅぅ一ミリも言い返せない。でもさぁ、一緒にいた子たちもめっちゃ雰囲気良かったんだよ?あたしなんてまただんそ......じ、ジーンズにブーツで参加だったし。」 「いや服装関係ないじゃん、ていうか!その人に聞いてみたらいい話じゃんどうして自分なのかって。」
正論すぎてもう言葉もない。頭が只でさえ回ってないのに勘弁してほしい。 「ぇぇぇ......でもさぁ......」
「あーもー!人の恋愛ごとにはどんどんいうじゃん!でも自分になるとダメじゃん!そーゆー時のおねぇは卑屈でヤダ。はい、話はお終い!お洗濯畳むのもお終い!!いつもあたしには言うじゃん、『大事なことは言わなきゃわかんない』って!もー自分もそうしなよ!!」
一息にまくしたてながら立ち上がった瑤子が、頭にバスタオルを押しつけてくる。
あたしは動けない。 痛いところを突かれて。 タオルの香りに眠気を誘われて。 あの時の言葉の、本当の意味が解らなくて。
考えさせて下さいと言った。 まだ答えは見えない。けど
「瑤子!」 リビングから出て行こうとする妹にありがと、と声をかける。瑤子は手をひらひらさせながら、タオル宜しくと呟いて出て行った。
ソファに横になる。タオルが下敷きになってグラグラする。 トラベラーズノートを取り出す。指先があったかくてフラフラとペンが揺れる。
そうだ。 まだ何も話せてないや。 あたしは聞きたい。
上手く聞けるかも判らない。 上手くできるかもわからない。けど
ページに現れた宛先へ向けて、メッセージを綴り始める。
どうしてか聞いてみよう。 あたしのことも、聞いてもらえたらいいけど、先ずは
嬉しかったってこと、伝えよう。 |
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後日談
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| 金町 洋(csvy9267) 2014-02-01(土) 22:50 |
ノベル 【Crystal Palace Mystery Night】探偵都市トキオ 〜鹿鳴館戀模様〜
帰宅後の様子。参加が遅くなりご心配をかけました。
ご一緒の皆様、神無月WR様ありがとうございました、楽しかったです。 |
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