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[73] 道化師の朝(もしくは、つくり方)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-02-07(金) 22:07

道化師の朝は早い。


日に焼けた畳の色も黄金に変り久しい八畳間。その和式で無機質な風景に相容れず
置かれる家財品は、飴玉色の玩具、上質な工芸細工、はては縫いぐるみなど
妙にメルヘンな要素を色取り醸す。

その中で唯一生活感のあり、かつ生活用具である
敷布だけの煎餅布団。

白いそこに半裸で転がるのが、この部屋の住人である。


一張羅の派手なシャツは、脱いで丸めて畳んである。
外した装飾品を周りに散乱させ、
疲れた身体をそのまま倒れ臥し、阿呆面で爆睡している。

普段の道化師を見ている者からすれば
いかにもそこにいる男は、明灰色に染められた長目の髪を除けば、
アイディンティティーを失ったぬけがらであったが、

季節の境界、涼しさと温もりを共有する午後の心地よい日射しを模し続けるこのチェンバー、
ただ一人と、外の公園の野良猫だけが住む昭和式古アパートでは気に留む必要もないことである。


窓の大樹の木葉が揺る音。


銀の双眸が現世の灯を捉える。

年号一つ前分の時を使い均されたであろう風情を漂わす、万年床から、細身の身体が起上がる。

掌に力を入れると、体温ですっかり温った冷たい硬質の感覚が跳ね返る。
武骨な、懐中時計だ。耳を当てれば心臓の鼓動、静かな部屋に心地良い音がする。 その普通の人が見れば執拗に、職人が見れば感心するほど手入れされた
鋼の輝きを満足げに眺めると、 柔い光を照り返す肌に触れ、螺子を巻く。
「おはよ~パヴロくん」
この世界の一人目の「家族」への挨拶、今日一日の始まりの日課だ。

純和室の一間に近代式の水場が隣接した部屋に、薄ら暖かい暗がりが包んでいる。
朦朧とした意識を錆が浮くステンレスの流台に連れて行き、
年式の古い冷蔵庫を開くと、濃厚な甘い香りと共に、現われるのは いっぱいの色彩および量が詰込まれた華美なデコレーションにまみれたまんじゅう。
普通の人間なら手にするのもドン引くような甘ったるいそれを、至高の美味であるように嬉しそうにほおばり
その次は蛇口に口をつけ、普通の人間ならなんでも感じないような水道水を美味しそうに飲んだ。


睡眠により整理された頭を甘さで覚醒させると、
(今日もまたチケットとってあの街に行って、司書さんに出す申請書まとめて、今度の依頼に備えて報告書読込んで、
おさかなさんのところに修行にもいかなくちゃ)
覚醒した当初から住続けている
この部屋には、今日も寝に帰ってきたようなものだ。

しかし目には疲労でなく、爛々とした輝が留っていた。


立ちあがると、肩にはと丸がぴょこんと飛び乗ったのを頬でふれて確認すると、
先刻のまんじゅうを少し分け、一番甘さと装飾のドギツい部分(本人曰く「一番いい所」)を差し与える。
それをまたうけ取った飴玉色のデフォルトセクタンは、穏やかな聖像のような笑みで、おいしそうにほおばった。

振り返れば、八畳間が見える。
枯草色の空間に、さまざまな色を発つ、手に入れた財産たちが、それぞれの居場所で鎮座している。


薄暗い灯り、このだだ広い部屋に、 初めて来たばかりの頃、なにも考えないでいることが、一人唯一の休む場所だった。
人と顔を会わさぬ日は、ただ何時間も座り続けていたこともあった。


今は、大切な物も増えた。
空っぽだったこの中も随分賑やかになったものだ。




僕は道化師、みんなはお客さんなのだよ。
 演者は舞台の上のみの存在でなくてはならない。
幕が引かれれば朽ちるに向かうための命、時計仕掛けの幻想に、
守るものがあってはならない。求めることがあってはならない。
虚構の物語、花やかな演出の裏にある奈落を見せてはならない。

信頼してはいけないし、信頼されてはいけない。
そう思っていた。


嘘をつくのは得意だ。虚に踊るのは自分の業だ。
錆びたこの身が偽りの訪れを露呈する日まで、

明日を知らない祭りのように
今の楽しみを騒ぎ、享楽の仲間に浸り、
笑顔の共有の真似をすることを、

いつしか心のうちから楽しんでいた。


思い起こせば、笑顔にするのが仕事と言っている癖に、
困惑させたり、怒らせてしまったばかりのことが多いように思う。
それでも空(カラ)の魂と、犠牲になる為の身なら、かまわないとおもっていた。
だけど、

心から思うことで救われる力があると知った。
人のために、届かねばならない言葉があると、
信じてもらわなきゃいけないことがあると知った。

楽しかったと、礼を言ってもいいのだろうか。
さまざまなものを与え合った、先行の幸せを願う者たちを
友達と、呼んでもいいのだろうか。




水で洗い、濯いだ顔を、びしょぬれのまま掌で拭う。ぜいたくを忘れる癖がまだ抜けない。
弱光の部屋に浮く、己の白い手を眺める。何も持たない身とはもう言えない、ただ気付いたことは、傷付き迷いを重ね、考えれば考えるほど答えはシンプルになっていくと言うことだ。

床に丸められた道化師のシャツ。
腰を屈がめ、手を伸ばせば、もそりと蠢く。よくみれば、極彩の布地の保護色に紛れるように、はと丸が
いつのまにか待っていたように、ちょこりと座っている。

その頭を、優しく撫でた。
わしりと手の平で包み、微笑む。



望んだ訳ではなかった。 決して。
想像さえしなかったものが、あちらからやってきた。



それでも、小さく揺れる魂を、明日の風が望むのなら。

「…化えてしまうのなら、正しいことをするまでだ」

それは、旅人のパスケースによって翻訳された、
壱番の者がそのまま聞けば、聞得難い訛りに満ちた、男の地声。



低いそれを打ち消すように、大手のシャツの翻く音が響く。

重ね着を羽織れば、奇術の仕組が詰込まれた懐の内を調え、装飾品を身に付ける。

結んだ髪を掻き上げれば、どこからか、はと丸が丸眼鏡を射し出す。それを手で受取り、瞳へと当て



「みんなの街の夜明けの地平におはようモーニングスター☆変化・登場!道化師☆マッスーさーん!」



満面の笑、
丸眼鏡を ウルトラセ○ンのように片手で掲げ、気障なポーズを三段階変化させて
そこには畳の上で踊るアホの姿が!

それにしてもこの道化師、ノリノリである。


孤独な部屋で行われる、突飛な動作にホコリが舞い上がり、
陰を温色に染める柔かな陽に照らされている。


身に付けた装備や装飾をジャラジャラ鳴らし動き回るだけで五月蝿い人間ドロップ缶がだだ広い八畳間を駆け回る。
「いってきますなのね~」
部屋の「家族」達に一通り挨拶を終え 車輪付きトランクに機敏に荷造りを済ますと、

耀くパヴロくんを手に、黄金の鎖の先のはと丸ロケットを大切そうに握り、その左胸の懐にしまう。



水道、戸締まりを確認すると(ガスはない)
玄関の靴を履き、鉄色のノブを握れば大げさながら軽い音を立てて開く、錆びついた扉から身を発ち飛び出した。


「ん~」
射す日差しに背伸びをすると、公園のチェンバー全体にごう、と風が吹いた。
三階の階段を駆け下りると、赤タイルに白い壁、おとぎじみた古アパートを背に
木漏れ日に包まれた公園広場が広がっている。

手にした荷物を引き摺って、 ちらちら光る地面を踏みしめ出口に向って歩き出す。

今日も猫は姿を見せない。たまに会えば差し出した手を引っ掻いて去っていく。
もっとも、伸ばした手を素直に受取るような相手なら、始めから追掛けたりしていなかったかもしれなかった。

取り出したギアから飴を前に打ち出すと、空に放り出されたそれに向かって駆けて口でキャッチした。こういう遊びは昔から得意だ。
ぐるりと回り遠心力で二重円のダンスを描く、荷物の重みで重力を破り、もつれた足をステップに化え、
吹く風に身体を加速させ、街へ踊り出す。


特別だなんて思わない。
選ばれた人間だなんて思わない。
みんな同じだと思う。 だからボクはやるんだ。
笑ってみせることなら、アホにもできる。

ただ、自分ができることがある。
そして自分にはそれができる、だから決めた。



さあ、今日も、スキなものを好きだと言って、素敵なものを守りにいって、
気に喰わないものにはケンカを売らなくちゃ。
「やるならやってやんのね運命が笑顔の邪魔をするなら神も相手にして惚れさすだけなのね!飴は舐めてもなめんなのね伊達や酔狂で道化師やってねーのねケーキ食らわば周りの紙もなのねにょほほほほ—っ!」

自分がやらなければならないことが、世界には星の数ほどある。

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