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[89] 聖剣☆エクストラカリバール 〜道化師マスダ最期の旅路〜

マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-04-30(水) 22:03
ちっぽけな擦切れたペンチ。時代遅れの古くさいアパート。そのほかはなにもないだだ広い広場に注ぐ心地好い木漏れ日。
「う~ソウコソウコ」
そこに駆け込む妙にレインボーな人の影。
新時代黎明期の混迷、異文明への憧憬と捨てきれない自文化。溶合った衝突とちぐはぐな和合、捨て失われなお穏やかに刻を重ねる夢の遺跡。
前人に生み出され、些細な長い時を放置されたらしいチェンバー、 どこか懐かしい居心地の良さを感じ、ターミナルに来てから自ら決めた居住区。今や慣れ親しんだその場所に、羽空はいた。
っていうか今更羽空とかこっ恥ずかしいな。マスダでええねんこんなもん。
で、そのマスダが何の用でンなとこ来やがったかというと

「あったあったのね!」
マスダは目標物を視認すると、身につけたちかちかしたカラーの小道具を小五月蝿く鳴らしながら
成人男児にあるまじき機敏なダッシュで駆け寄り、
 『災害用備蓄倉庫』 と 退色したペンキで書かれた そのバラック倉庫の扉に勢いよく手を掛ける。
「んっ!」
錆びついた倉庫の引き戸は手応えが堅い。どうやら施錠がかかっているようだ。
「どーせ誰もきやしないのに無駄にガードの固いやつなのね。こんなんじゃカンジンな時に中身も持ち腐れちまうのね。
ん~…」
閉ざされた扉を腕を組み見つめる。


 …*しばらくお待ちください*…


マスダは放送には乗せられない形状に曲げられた針金を薮に放り投げると、
「道化師☆ラピッドストライク!」
何故か鍵の開いた扉を軽快に蹴破った。

倉庫内の土煙を巻き上げ前方に倒れる古びた引き戸。
その延長線上の向こう、視線の奥に、
闇に包まれた倉庫内—浮び上がる一つの姿がある。

 舞い上がる土煙をダイヤモンド・ダストのように照り返し。
敬虔な輝きに包まれた—
先端の湾曲した鉄製の棒、が一本。

それは、劣化した屋根に出来た裂目の隙間より注ぐ外光に
スポットライトのように照らされ、
倉庫の壁に立てかけられていた。


「バールなんて食べられないのね~。お兄さんは今食べられるものを求めてるのね!」
神々しい存在感を誇示する工具をスルーしてとっとと食材を探しに向かうマスダ。

「待たんかー!」
刹那の瞬き、輝きを増す閃光。そして、同時に上がる号令。
振り向き見ると共に、その異様な現象と声の主が、姿を現した。

「よくぞこの神殿の封印を解いてくれた!ワシはこの聖剣に宿りし神じゃ!
永き時を閉じ込められ、お前のような者が現れるのを長らく待っていた—
さぁ、その聖なる鉄剣・エクストラカリバールを今すぐ手にとり、この世を失墜に至らしめん暗黒の魔王を討ち
世界を救いにゆくのじゃ!」


 屋根からのライトに照らされ輝く立て掛られた工具の上部、荘厳なオーラを纏い中空に浮かぶのは、30cm程度の白衣の人影である。





—その存在が 姿を顕現させると、目の前に立っていた者は


奇貌な装束は出身世界の類推を撹乱させるも、
凡下な風体ついでに顔は、俗にコンダクターと呼称される壱番世界人である。

流れる雲の色に染め抜いた髪とその出身世界には珍しい銀色の双目で、
0世界で覚醒して半月、ツーリスト達との交流も深め、迎え過ぎるは第二章ラスボス戦の連続、 さすがのマッスーさんも、こういうの慣れた。というような間の抜けた顔で眺めている。



「こんにちはなのねー。お邪魔していますのね。先住者の方がいられるとは気がつきませんでしたのねすみませんなのね。」
男、と呼んでやるには若干軟弱く見えるそれは、余分な立端を折れ曲げぺこりと頭を垂れた。
「ボクは道化師のお兄さん! 人を笑顔にするのがお仕事!」


「そうか、道化師のオニイサンよ、よくぞこの封印を問いてくれた!
 私は神。 この聖剣を勇者に与えし神である!」
「神さま! そいつはびっくりなのね!」
壱番世界日本の昭和の漫画のようなリアクションで驚嘆の意を示す道化師の男に、神々しさ顕かに笑んで告げる。
「さあ、世界を救う勇者となり
 暗黒の魔王を討つがため
その聖剣を手に取るがよい!」
「そーなのねー」
道化師の男はにこやかに笑みを返し、ギアを構え
玩具のそれにしては、妙に冷たく感じる銃口が額に当たる。
「え? …何をしておるのだ。ワシは神」
「うん、だから神さまなのね。」
ポップ・パンドラ、そう名付けられた操者の意のままに飴を射出するギアがギリギリと押し付けられる。
「聖剣の勇者だぞ、悪を討ち世界を救うんだぞ、こんな殺し文句を聞いてなんもおもわないのか」
「殺しにかかってきたのならこちらも目には目を、ハニホヘトだね」
「迎えが来るのを何も出来ずに待っていたのだぞ!ずっと閉じ込められていたのだぞ!かわいそうだとは思わんのか!」
「ボクがヘッピリ腰奮い立たせて自地防衛の為必死に闘っていた頃安全地帯の隅に引き籠って必死にオイノリしてたと」
「神だぞー!お前達を創ってやった創造主だぞ!敬う気はないのか!」
「この世に生まれたことを後悔させたコトを後悔させてやるのね—!! ソイソースだか何だか知らネェがいますぐボクのギアでスィーツ脳(物理)して
天国に自宅送迎してやッから歯ァ食いしばれこのク○ッ●●*[ピーーー]ーーー!!!!!」
「待て待て待て!!!ワシは神などではない! この鉄の棒に宿る神っぽい、 ただの精霊とかそんな感じの何かだ! なんかそういう大層なものじゃなくてちっぽけな妖精さんみたいなものだ! 助けてくれーー!!」
「困った人は助けるのね~」
陽気なポーズを取った道化師がにこにこと立っている。
「んもぅ~神とか言うからマスダさん勘違いしちゃったのね~。あやうく罪なき救い求める者をドンパッチするトコロだったのね。テヘペロ☆」
体をくねらせ頬を染めるお茶目な仕種の
残念男の姿に得をするのは、 とりあえず命の危機は脱したっぽいバールに宿った神っぽい何かのみだった。

「ボクは道化師、困った人を助けるのはお仕事!
でっ、どちらがお困りのなのね?」
道化師を名乗る男は親しげに首を傾げ小さな体を覗き込み、至極親切そうな目を向ける。
「先刻申したように、ワシはこの聖剣に宿りし神…じゃなくて、あくまでも神っぽい何かだ、あくまでも」
「このバールに宿った精霊さんなのね?」
「バールではない!聖なる鉄剣・エクストラカリバールだ!」
「つまり”バールのようなもの”ですね オッケー☆」
「…まぁいいや。それで」
一つため息をつく。無難である曲解を無理に真実に訂正し、また地雷を踏んでエクストリームモードに入られても困る。
なんにせよ、自分はこの目の前の道化師を名状する男にしか、長らく溜め込んだ心積を訴えられる相手はいないのだ。
「ともかく… 我はこの聖剣に宿り、守り、仕えるもの。
 それ故、我が存在は、宿主である聖剣に虜われていた」
真面目か不真面目なのか、にこにこと目を合わせ耳を傾けるその道化師に、身の上の語りを次ぐ。
「聖剣がこの神殿に封じられると共に、私はこの闇へと閉ざされた。」
「つまり、そのバールのようなものといっしょに、この無人の倉庫のコヤシになって放っとかれっぱなしだったと」
「何も出来ぬ只身一つの孤独と、果無く続く無音の闇…悠久の時が過ぎた—」
「このダンボールすごいのねさば缶が1000個もつまってるのね!これだけあれば向こう20年は食事に困らないのね!」
「ワシは待っていた!この扉を開き、我が存在に光をもたらす者があらわれるのを!」
「このカンパンお砂糖が入ってるのねー!甘いのねー!」
「機は満ちた!今こそこの倉こ…神殿よりバー…聖剣を解放し、暗黒の魔王を討ちに…  あの、聞いてください」
「あっこの毛布ほかほかなのね~」
道化師の男は災害備蓄品の箱から床に広げた毛布にミノムシ状態に包まりごろごろ転がっている。
「人の話はきちんと聞けと幼稚園でおそわらなかったのか!」
「ボクが幼少期教わったのは、人に正義などないということでした」
「おい」
「小学校で教わったのは、大人は必ずしも助けてくれないと言うことでした」
「あの」
「その次に教わったのは、庇護者は救いなどもたらさ無いと…  だから… だから… 」
道化師の男は毛布に隠り呪詛と謝罪の言葉を交互に呟き続けている。

「端っこで小さい声でボソボソ呟かれてもなんだかわからん。
 なんでもいいが
 いいか、人の話を聞け 貴様—いや、封印を解きし勇者よ、御前は選ばれたのだ」
「のね?」
俯伏せに包まった毛布から顔だけ出す涙目の男に、溜息を抑込み眼を合わせる。

どうやらよりによって表れたこの男のようなものは頭がユルいらしい。だがむしろそれは自分にとって今は幸わいだ。

「このボロい倉庫で毛布にくるまってドロップおいしがってるだけの貴様に、
巨悪を討ち、世界を救う
聖剣を担うヒーローになるチャンスを与えてやろうと言うのだ。」

「その決断の右と左で世界の命運を揺がし救うヒーロー…
それはなんてステキで魅惑的な響きなのね…」
「そうであろう。 今ここで、勇者となり目覚めるがよい!」

「やだ」
「そうかありがたい。では早速この聖剣エクストラカリバールをを手に取り…って えっ」
[90] 聖剣☆エクストラカリバール 〜道化師マスダ最期の旅路〜 (2)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-04-30(水) 22:04

「聖剣の勇者となれるんだぞ!」
「へー、ボクは道化師だもん。」
「神殿の封印を解いた者は勇者となるべき運命なのだ!」
「自分の運命は自らの手で切拓き生み出すものなのね!だからボクはパス!」
「お前が討たねば誰が悪を討つ!」
「その悪を悪を決め討てと言ったのは誰なのね」
「それは神…うぐっ」
「ちっぽけなナンタラさんのごたいそうなお考えなのね?」
毛布を剥いだ道化師がドロップを噛み潰し立ちあがる。
「只身一つとか言ってたけどこんなに周りにいくらでもさば缶もドロップも毛布もあるだろーのね。果てないとかっつってたかが倉庫内なんか数mなのね?あと何も出来ぬとかいってたけどあんたがここに宿ってこーやってわんわんさわいで教えなきゃだれだってこりゃ何も思わないただのバールなのね

ここは先人が僕達の安心な未来のために作ってくれた大切な資源備蓄場所なのね。ドロップの甘さと毛布のぬくもりの本当の豊かさに気付かない奴に正義だの平和だのの意味なんか押付けたくられねーのね。

ともかくボクはもうボーリョクも義族のフリもしたくないのね!だからマスダさんはヤんないのね!退治するとかブチ○すとかそういうのごめんなのね!」
「ここでお前に放っておかれたら 永い時を待ち続けたワシの想いはどうなる!」
「何が永い時なのねたかが40ン年くらいでしょう」
「今壱番世界は21世紀も十年を越えた所だぞ」
道化師の瞳が驚愕の色を見せ、目を丸くした。
「えっ… 恐怖の大魔王来なかったの? ちくしょうノストラダムスの詐欺師野郎!」
地団駄を踏む道化師の足元からまた土埃がきらきらと舞う。
「暴れるな!狭い場所では音も響く!」
「さっきデケー声で自己主張してたヤツにいわれたくねーのね。 悪戯な狂言で人の人生追いつめやがってちくしょうちくしょう!」
「都市伝説を信じていいのは小学生までだよねー。そんな神話だの聖典だの根拠の無い俗説に引っかかった奴がバカなんじゃろ」
「ヒキコモリゴッドに運命と抗い続けたマスダさんの悔しさの何が分かるってんだー!いいからメシ寄こすのねー!」
「感情と目的の向かう方向が混同して的外れになっておるぞー!」
己の肩をひっ掴み揺らす道化師に二度目の命の危機を感じ牽制する。

「そうだったのね、マスダさんはもう向かう敵を見誤ったりしないとこの心に決めたのね…
そういうワケで今現在ジャパニーズソウルフルかつネタになる可食物を真剣かつ可及的速やかに求める道化師のお兄さんは食べられない無機物とそのスピリチュアルっぽい何かが語るブッソーな計画に構ってるヒマはないのね。」
「お前さっき「困った人を助けるのが仕事」とか言ってなかったか!道化師だか知らんが、そう言うのなら働け!」
「 「人」をね。
 ボクは道化師、「人を笑顔にするのがお仕事」! 誰かが死んで喜ぶ人でなしの言うことなんかおめおめきいちゃるか」
わるびれず言い放つと、物資の物色を再開する。

「それじゃあ誰がやるというんだ? 魔王は誰が倒すのだ。」
「ボクはやらない。」
「お前は神殿の封印を解いたのに、人々を守り世界を救う義務を放棄するのか」
「ボクが人を守り世界を救う方法は「人を笑顔にする事」だよ」
「ここで逃げても、結局誰かがすることになる。なら今お前がやらなければならないんじゃないのか」
「…ボクはやらない。」
「じゃあどうすればいいというのだ。 世界を救うためにどうすればいいのだ」
「今は…まだわからない。 でも、ボクがそれを選ぶのは『違う』。」
「わからないのに、 人より自分が合っていると言えるのか。架せられた運命と責任に背くほどのものなのか」
「ヤなのね!ボクは今まで目を瞑ってばっかりだったのね!見ないふりしてばっかりだったのね!
心の向う方も行動の責任も誰かにまかせて自分じゃ何も考えないで真実なんか映さないでずっと眠っていたのね!
だからこれからは楽しいものたくさんみるのね!ステキなこといっぱいするのね!好きなモノは自分で決めるのね!正しいと思うコトは自分で考えるのね!
ケンカなんかやなのね!殺すのなんかいやなのね!黙って誰かに従がったりなんかしねーのね!」

「…そんなことで世界が救えると思うのか」

戦禍の直後の風が世界樹の蹂躙の跡を孕んだ広場の空気を掻混す。

「自分勝手に主張して、理解されない主義論説を喚なり立てて生きて、ただ一人で周りの世界に反いて、そんなことで世界が救えると思うのか!」

「本当の『世界』ってなんだろうね?」
扉の外の景色を逆光に暗闇に立つ道化師の顔を上から射込む光に慣れた眼は捕える事が出来ない。
「本当の『自分』ってなんだろうね」

「等しいはずの世界が生きる命を選ぶなら、それは本当の世界なんだろうか」

「生きる為のはずの命が死を求めるなら、それは正しい運命なのだろうか」

「ボクがボクを間違っていると思うなら、それは本当のボクなんだろうか」




けたたましい嬌声。


広い木蔭の公園に、一人分の笑声が響く。

「あっははは! あっはは!  『おかしい』ねぇ!
ほんとにもう、笑わせてくれるよ! 笑っちゃうねぇ、
キミ達は ボクが どうしようもなく、
  、、、、    、、、、、、
頭が足りなくて、もう笑うしかないことにも気付かないのに。
ねえ、キミは」

少年の懇願のような純粋な目だ。

「ボクと、 遊んでくれる?」



慇懃な45度の外連な辞儀と、

独言のような口上。

「ボクは道化師、舞台の上の孤独な導手。踊る相手は自分で決める」
闇にただ浮び上がる銀の瞳が光を弾返している。



その目を見て理解した。


—あっこいつめんどい


「想像以上にめんどい」
「理解できないんならそっちがアホなのねー」
「ただのヘタレ弱虫羽虫野郎がなに希望の道化師とかなっちゃってんだよ」
「別にエゲつない腹内を見せつけたのも人払いするためで同情してもらう為じゃなかったのにね」
「弛んだ0世界をひっ掻き回して盛上げたら適当にぶっ殺す予定の捨てキャラだったのにどうしてこうなった…」
「心置なくサクッと殺せるようにぼくの考えた最強の絶望も真実の愛と自由で吹っ飛ぶ程度の物だった訳なーのねー」
「こう何度も概念破壊と価値観の逆転の連続ばっかりじゃ人間に正しい答えを求めて生きるとかやってらんねーよ」
「もう考えるのめんどくさくていやになった?」
「ばかをいうな。めんどくさいことが好きじゃなければ、
聖剣を使う勇者など求めてはいないよ」


外の世界の光の影に大樹の枝葉が揺れている。

「私は創造者の端くれだ。つくるものだからわかる。
 世界はめんどくさい。」
風に木葉がざわざわと揺れる。
「ただ一粒落ちた種は、
 外に向って四方八方に進み育ち、好き勝手に枝葉を伸ばす。
 枝葉は絡み衝かり、天を覆い、また新たな世界 —生命を育てる」
葉の揺れる度に漏る日の光が点燈する。
「だが、その根源はひどくシンプルだ」
道化師が笑んで首を傾げる。


「私は、ここから出たかっただけだ
あれやこれや小難しいもっともらしい理由を付けて、ただ出たかっただけだ。」
あの光射す外へ。

「そ~なら素直にそー言えばいいのね~。なんだか知らないけど本当の気モチごまっかしてダダ捏ねるからだいぶ遠まわりしちゃったのね!」


「…持っていくがよい」
無作法に開け解たれた扉を見詰める。


「愚かな迷える旅人道化師よ、私を自由にしろ」

「それなら☆マッスーさんにおっまかせー!」

光射す壁に立掛けられた先の湾曲した鉄製の工具が、
勢い良く握られ、手に取り、空へと掲げられた。


「なにッ…!」
腕を伝う約73cmの鉄の棒の感覚、空を切る20000g質量相当の重力、これは—
「びっくりするほどただのバール!」
「聖剣・エクストラカリバールだ!」
「びっくりするほどただのバール!」
「バールとしてはバールでそれはそれで便利な物なんだぞ!」
「びっくりするほどただのバール!」
「何度も言うな、悲しくなるから」

「やったー!マッスーさんは人助けとともに色んないみで便利なバールを手に入れたのねー!」
「まあいい、これで私もやっとここから出られる」
 道化師は古びた倉庫のバールを握り締め、扉の向こうの出口へと駆け出した。
「いくのねー!」
        「いくぞー!」
並んでいる筈の二人から離れて聞こえる声の間。
「あれ?」

バールは道化師の手に取られ倉庫の出口へ身を出している。
だが以前精霊の姿は倉庫の中の最初の位置のままだ。
「私はその聖剣から離れられないはずなのだが…」
「ずっと聖剣の側で守ってたから、そう思いこんじゃってただけなのね?」

道化師が手腕で自由に操るバールを、自分の立っているこの場所から、眺める。

「私の身はとっくに、自由だったのか」
「そうみたいだね」
道化師は微笑んで笑う。
聖剣の精霊も 頬緩せて、笑う。

道化師は手に入れたさばの缶詰を一つ手に、
出口の倒れた扉を持ち上げ、元の敷居へと直す。
「んじゃそういうことで、マッスーさんはみんなと楽しいおでんを作りにいくのねー!」
「ああ、この度はありがとう」
「ばいばーい!」
道化師は向こう側の世界から手を振り、 そして、
重い音を立てて闇が降り、扉が閉まる。
「おっ! ちょっと! 待て!お前!おい道化師! 私を ここから出して—!…」
 ご丁寧に鍵を締め直して、異様に早い駆出す足の音と気配が遠ざかる。

叫びの届かずか、成人男児に色んな意味であるまじき速度で遠ざかる人の走行音が消えるのを聞いていた。
明かされた出口を再び暗闇が閉ざした。

祭の後のような静寂。


もっと自由に気付いていたら。努力をしていたなら、動けることさえ知っていたら。もっと早く素直であったなら。
やっかいな御託や名分など抜きにして、さっさと望む世界に飛び出してしまえばよかったのだ。
自分の惰弱を悔いた。愚かしさを呪った。
待に待焦がれ続けた一世一代のチャンスを、自分はフイにしてしまったのだ。

一人残された身を、天井から注ぐ照明が照らしている。

ほう、と、一つ溜息をついた。

去りゆく空虚な希望を恨みがましむように、光源を見上げる。

古びた小屋の裂隙から、光が入っていた。
遠い天井から見えるのは、木葉の揺る影。
ぼうやりと眺めた。ただそこに映るのは、憧れ続けた外の景色。
闇に封された我が身を、唯白く浮び上がらせる。
僅かな間、いたずらに照らす。小さなこの身を、全て包むように。


「あ」

小さな身体。
見上げる青空。
空を自由に浮く自分。


「あっこから出れんじゃね…?」

 

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螺旋特急ロストレイル

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