ACT.1★暗躍は闇の中で 色あせた畳敷きの六畳一間。ひび割れをガムテープで繕ったガラス窓。家具らしきものは、ろうそくを1本立てたちゃぶ台がひとつだけ。先ほどまでチカチカと瀕死の瞬きをしていた裸電球がとうとう息を引き取ったため、ろうそくの周囲以外は真っ暗だ。 いきなりだが、ここはターミナルで暗躍する闇組織のひとつ「アンダーグラウンド★レボリューション」通称アン★レボのアジトとして鋭意運営中のチェンバーである。 ちゃぶ台の周りには、いかにもベタな悪の秘密結社ふうの、頭の先っぽが尖った黒のかぶりものをした怪しげな連中が、肩を寄せ合うようにしてみっしりと取り囲んでおり、そこはかとない物悲しさをそそる。 一見したところでは、誰が偉くて誰が下っ端なのか判別がつきかねるが、かぶりものの額部分に「おかしら(えっへん☆)」と白マジックで書かれているのがおそらくは首領で、「配下Σ(シグマ)」「配下Ω(オメガ)」「配下Φ(ファイ)」などと記されているのが、まあ、文字通り配下なのだろう。モブ配下のほうがカッコいい語感なのはなぜ、など、いろいろツッコミどころは多かろうが、文字数にも限りがあるので話を進めよう。 「我が組織の財政は逼迫している。もう、ろうそくの在庫もない。そもそもおまえたちが採算の取れない趣味の悪事にばかり走って……、いや、よそう。とにかく、このままでは新年の雑煮にもありつけなくなるぞ。早急に手を打たなければ!」 おかしらはどん! と、ちゃぶ台を叩く。残り少ないろうそくの炎が揺らいだ。 「……あのう……、おかしら……。発想の転換をして、年末年始は活動を休むってぇのはどうでしょうねぇ?」 配下Σが、おずおずと言う。 「そうですよ〜。俺たちだって、このコスチューム脱げば、年末年始年越し便に参加できるじゃないですかぁ〜」 「いいっスねそれ。みんなでアリオの実家に行って餅つき大会しましょうよー。年越し予算の心配もないしお雑煮にもありつけるし。アリオんち広そうだから10人20人押しかけても平気っしょ」 配下Ωと配下Φも、顔を見合わせてうんうんと頷く。 「ブルーインブルーで初日の出もいいよな……」 「ヴォロスのオーロラか……。綺麗だろうなぁ……」 「インヤンガイの屋台巡りかぁ……」 「『朱い月に見守られて』で犬猫をもふもふ……」 配下γ(ガンマ)と配下δ(デルタ)と配下ε(イプシロン)と配下Ζ(ゼータ)にいたっては、もうすっかり、遥か異世界での年越しに心を飛ばしまくっている。 しかーし、おかしらは非情にも首を横に振るのだった。 「そんなことでは闇組織崩壊の危機だ。オレに考えがある。すでに配下α(アルファ)とβ(ベータ)が水面下で動き、着々と成果を上げている。……おまえたち、耳を貸せ」 ちゃぶ台を囲む輪が小さくなる。一同、素直に身を乗り出しておかしらの計画を聞き……、 「……セクタンを……?」 「あの可愛いセクタンを、そんな……」 「ぷるぷるぽよぽよのデフォたんを」 「ふかふかふさふさなフォクたんを」 「くりくりおめめのドングリたんを」 「ふわふわフェザーのオウルたんを」 「もふもふほこほこポンポコたんを」 「レトロでキュ〜〜トなロボたんを」 「片っ端から誘拐して福袋に詰め込んでターミナル商店街新春大セールのどさくさにまぎれて売りさばくなんて……!」 「おかしらは鬼だ」 「悪魔だ」 「まるで闇組織の首領みたいだ……」 その悪逆非道ぶりに戦慄し、悪に加担せざるを得ない我が身の運命に身を震わせるのだった。 ☆ ★ ☆ (……なるほどねー) しかし配下Χ(カイ)だけは、言動を周りに合わせながらも、ひとり考えを巡らしている。 (そういうことかぁ。さあって、どうやってカジカジさんに連絡しよっかなー) なんとなれば、配下Χの中のヒトは、このところ多発しているセクタン失踪事件について、鰍と連絡を取り合いながら調査中、アン★レボの存在に、一応、行き当たり、 「いや〜〜〜。いくら何でもねー。脱力系事件専門のアン★レボが、こんなわかりやすい誘拐を企画するわけないよね〜〜。全力全開で『はーい! オレたちの仕業でーす!』って絶叫してるようなもんだしねー」 と思いながらも配下になりすまして潜入してみたら(ちなみにあっさり潜入は成功した。というか、誰もこれっぽっちも疑ってくれなかった。哀れなるかなモブ配下Χ)さっそくおかしらが打ち明けてくださる場に居合わせることができた――誰あろう、仲津トオルであったとな。 ACT.2★旅人も走る師走 ――そもそも。 異変に早々と気づいたコンダクターは、少数派であったろう。 クリスマスのプレゼント交換でセクタン便がぽよぽよとてとてとターミナルを行き交い、しばしコンダクターたちのもとを離れるのは冬の風物詩であるし、そういったイベント時でなくとも、自分のセクタンがふい、と、すがたを消し、いつの間にかひょっこり戻ってくることなどは日常茶飯事であるから、セクタンの不在を取り立てて気にするものはそんなにいない。 たとえいつになく帰りが遅かったとしても、「あー、また、どっかの隙間に挟まってるんだな」となり、そしてたいていの場合は、その通りなのであるからして。 だが……、藤花夕日は気づいた。 それは彼女が、警察庁警備局企画課総合情報分析室室長補佐という、犯罪への嗅覚の敏感さを持つ職業であったからかもしれないし、彼女のセクタン、チェリーは、どこか包容力を感じさせる性格で、いつもは、どちらかといえば、夕日のほうがチェリーを振り回しているという関係性によるものだったかもしれない。 チェリーが、何からの予兆を見せずにいなくなるなど、ありえない。そんな信頼を無意識のうちに持っていたのだ。 なぜなら、チェリーは、夕日のそばを離れるときはいつも、事前に必ず、何らかの告知をするのが常であったから。 ――あのさ、しばらく留守にするけど、心配すんなよ? つーか、おまえのほうが心配だなぁ。オレがいない間、おとなしくしてろよ。すぐ、戻ってくるから。 もの言わぬセクタンだが、それでも、言わんとすることは宿主には伝わる。 そのチェリーが突然、いなくなった。夕日に何も告げずに。 いつどこでいなくなったのかさえも特定できないほど、さりげなく。 ということは―― チェリーの意思ではないことに、他ならない。 物理的な認識よりも、自分の中の何かが欠落した感覚に、夕日は唇を噛む。 普段は意識していない、大切なものの喪失。 (これが、事件なら) いや、事件でないはずがない。 警察庁キャリアの直感が告げる。 チェリーは、誘拐されたのだ。何者かの手によって。 (犯罪は許さない!) もしこれが、世界樹旅団などが関与した組織犯罪であれば、他にもさらわれたセクタンがいる可能性は高い。 そういった情報はどこで手に入るだろう? トラベラーズ・カフェ? それとも? (図書館ホールへ行ってみよう) 世界司書の『導きの書』に、何かが浮かんでいるかもしれない。 ☆ ★ ☆ ターミナルは華やいでいる。 年越し便が引っ切りなしに行き交う時期とあって、プラットフォームに向かうひとびとは多い。 世界司書も旅行を許可されるため、珍しい顔ぶれがロストレイルに乗り込む光景も見受けられる。 人見宏介は、年末の人混みに若干不機嫌だった。 楽しそうにさんざめく人の波は、そう、壱番世界でもおなじみの「帰省ラッシュ」というやつを、どこか彷彿とさせる。 故郷との繋がりを失ったひとびとが異世界に旅立つさまに、その情景を重ねるのも筋が通らない。 だが、それでも宏介は、ロストナンバーである前に「家出人」だった。 だから、気づくのに少し、時間がかかった。セクタンの耕介と、はぐれてしまったことに。 (耕介……?) オウルフォームのセクタンを連れたコンダクターとすれ違うたび、振り返る。セクタンと目を合わせる。 だけど、ちがう。 耕介じゃない。 宏介だけを宿主とし、宏介だけに属し、どこに行くにもついてきて冒険をともにした、宏介だけのセクタンじゃない。 (あれ?) ふと、二足歩行の大きなアライグマが2匹、連れ立って歩いているのに目を留める。 あらゆる異世界出身者が集うターミナルのこととて、アライグマだろうとプレーリードッグだろうとジャンガリアンハムスターだろうとフクロモモンガだろうと二足歩行していてもまったくぜんぜん問題ないわけだが……。 宏介は見たのだ。 彼らがその手に、デフォルトセクタンプリントのエコバッグを持っているのを。 そして、そのバッグが、もごもごうごめいているのを。 まるで、中に、何か小さな生き物が、たくさん詰め込まれているかのように。 あからさまに、怪しい。しかし確信は持てない。 とりあえず、後をつけてみることにした。 アライグマたちは俊敏だった。人通りの多いターミナルを、大荷物を抱えているというのに、その歩みは早い。宏介は小走りになり、そして。 狭い路地裏に入ったところで……、見失った。 ボロボロのみすぼらしい集合住宅が、いくつもならんでいる。 (註:壱番世界ふうに言うならば、築40年くらいの安アパートですかね。宏介くんのようなお若いコンダクターさんには知る由もなかろうが、六畳一間トイレ共同お風呂ナシ、台所は部屋を出て廊下を隔てた向こう側、住人はむさ苦しい男子学生ばっかり、みたいな物件が、昔の東京にはたくさんあったものじゃよ。美人の管理人さん? いるわけないっしょそんなん二次元世界のかたですよ) そのうちのひとつに、怪しげな看板が立っていた。 【アンダーグラウンド★レボリューションの秘密基地♪ 入っちゃダメ】 (……ええと) 一匹狼の気性を持つ宏介ではあるが、このときほど、ひとりきりの調査の限界を感じたことはなかった。 くるりときびすを返し、図書館ホールへ向かう。 ひとつ、ため息をついたあとで。 ACT.3★脱力系『導きの書』 「あーあ」 左手のピンキーリングをもてあそび、あちこちハネた髪をがしがし掻きむしったりして、ため息をついている少年は、ここにもいた。神喰日向である。 「セクタンの抱き枕がないと寝られねーよぉ。けっこう気に入ってたんだよ、あの人形」 ややツリ目がちな金の瞳は、少し曇り気味だ。余談だが、ツリ目の少年というのは笑うとめちゃくちゃ可愛い。ギャップ萌えってやつ? ……こほん。 これは、鰍の探偵事務所での一幕である。 日向がこのところ抱き枕として愛用していたデフォルトセクタン人形は、もしやリリイさんが内職で作りましたか疑惑が発生しそうなほどの出来映えで、縫い目がわからないくらいに精巧で、ぷるんぷるんでつるつるで触り心地が良くて、本物と見まがうばかりだったのだが。 それが、いなくなってしまったのだ。 人形であるはずのそのセクタンに魂が宿り、ひとりでに去っていってしまったかのように唐突な出来事だったと、日向は主張する。 「人形が動くはずないだろ」 「そうなんだけどさぁ」 「ホリさんまで、自分の意思でいなくなったとは思いたくないけどな」 鰍は鰍で、フォックスフォームセクタン頑固一徹一本槍のホリさんが突然姿を消したことに動揺していた。トオルのセクタン、グミ太の行方がわからなくなったと聞いて調査に着手した直後のことだったので、なおさらである。 ホリさん失踪は鰍にとって驚天動地の大問題大事件であった。 内弁慶でツンデレでドSなホリさんに、鰍は頭が上がらない。どっちが宿主だかわからないほどに。もしホリさんが冒険旅行なさるのならこちらがパスホルダーに収納されかねない勢いなのだ。 「どうも、引っかかるな」 「……ホリさんに捨てられたことが?」 「ホリさんが俺を捨てるはずがねぇー! 裏があるんだよ裏が」 鰍が日向を連れ、トオルと分担して調べた限りでは、他にも複数のセクタンが、この年末に集中して行方不明になっているらしい。引っかかるのは、それがセクタンであるからだが、同時に、「人形」までもが失踪したからだ。 今、日向に言ったように、自分で移動することが可能なセクタンとは違い、人形は動けない。 だから人形に関していうならば、これは「盗難」だ。 セクタン失踪を誘拐と仮定すれば、「誘拐」と「盗難」は、別のベクトルで発生する事件のはずで、同一犯とは考えられない。 ……普通は。 だが。 だが。 だがしかし。 鰍はふと、思い出す。 まったく別件で、以前、百貨店ハローズの特選青果コーナーの売場担当者から調査依頼を受けたことを。 桐箱入り最高級キングメロン(北海道の山田さん作)が外側だけを綺麗に残し、中を全部器用にくりぬいて食べられてしまうという事件が発生したのだ。 しかも。 【ごちそうさまでした。Ωが美味しくいただきました。やっぱり山田さんのメロンは最高です、大ファンです!】 と、サインの横に肉球らしきものが押された小さなカードが添えられていたそうだ。 同様の犯行が、最高級アップルマンゴー5個セット木箱入り(沖縄の鈴木さん作)でも発生し、こちらは、【ごちそうさまでした。ΣとΦとδとεとΖが美味しくいただきました。もう少し完熟させればもっと美味しいと思うので、鈴木さんにそうお伝えください】となっていたそうな。 この話を聞いたとき、 「へー。なんだか壱番世界のアライグマ被害みたいだね。わかりやすいなぁ」 トオルは、そう言った。 そして、今回の事件との関連性にも、思い至ったようなのだが……? ☆ ★ ☆ 鰍は日向とともに、図書館ホールへ出向いた。 今回のセクタン失踪が、世界図書館と関連性の高いものであるなら、誰かの『導きの書』に予言がなされているかもしれないと考えたのだ。 しかし鰍は想定外の――いや、年末であることを考慮するなら想定内ではあったのだが――事態に遭遇する。 世界司書が、出払っているのだ。 異世界への移動が許される時期とあって、みな、年越し便に乗ってしまったらしい。 リベルやシドやエミリエはいうに及ばず、こんなときに頼りになるはずのルルーはモフトピアへ、モリーオはブルーインブルーへ、ロストナンバーたちと出かけてしまっている。 「この際、贅沢はいわないから、誰か……」 魔がさしたとしか思えない発言を、ついうっかり、してしまったときだった。 ぱらら、ぱららららん。 『本』が一冊、開いたページを翼がわりに羽ばたかせ、鰍のもとへやってきた。 まるで、「さあさあさあさあ、私をお読み!!!」といわんばかりに。 意志を持つこの本は、その名も「The Book」という。 革表紙には象牙とスターサファイアとムーンストーンがあしらわれ、深遠な世界観を連想させる紋様が浮き彫りになっている。いにしえの修道士が、預言者を通して伝えられた神のことばを鷲ペンで記した時代の、神聖な書物のようでもあり、あるいは、闇のちからを得ようとして、みずからの精神と身体を現世の地獄に堕としめたものが、絶望の淵でしたためた呪詛の書のようでもある。手に取って頁をめくるのも恐れ多いほどの神秘性を持つ本なのだ。 ……ただし。 おとなしく書架におさまっていたならば、だが。 導きの書でもあり、世界司書でもある……らしい「The Book」は、それってアリなのグレーゾーンどころかアウトじゃないの? と、ロストナンバーたちに囁かれて久しい。 せめて人型に変化するなどの芸当ができるのならまた話は別かもしれないが、残念ながら「The Book」は本以外にはなれない。 しかも、そこに浮かび上がる予言は脱力系ばかりのため、確認するのも時間の無駄という始末だ。なのでこの導きの書は、図書館ホールをこれ見よがしにぱらぱら飛んでても誰にもかまってもらえないのが仕様だったりする。 しかーし、同僚の有能な世界司書たちが出払っている今なら! 私の出番! と、思ったようだ。 当然ながら、鰍は目に入らないふりをした。 だが「The Book」は執拗である。すでにロックオンされてしまっている。 この好機を逃がしてたまるものかと、熱烈なアタックをしかけてくる……! びったーーん!!! 分厚い豪華本の全力キッスは、電撃のように強烈だった。 「何しやがる!」 口に届く前に鼻をへし折られそうになった鰍は、まるで巨大なハエに襲われでもしたかのようにギアを使って叩き落とす。 しばし、図書館ホール内の出来事とは思えないほどの激しい戦闘シーンが繰り広げられ―― やがて。 鰍を押し倒した「The Book」は、強引に、自らの身体に浮かんだ予言を、これでもかこれでもかと見せつけるのだった。 ☆ ★ ☆ トオルさんがねー、アン★レボの配下になりすまして真相に迫ってるよー。そろそろカジカジさんあてに連絡くるんじゃないかな(*⌒ー⌒)ο∠☆: チェリーたんを探してる夕日たんが、そろそろ図書館ホールに来るよ。頼りになるひとだからラッキーだね(o^ー^o) 宏介くんがか〜な〜り〜イイ線に迫ったみたいなの( ̄ー ̄) 彼もここに来ると思うけど、ツンな子だからって冷たくしないでね? 優しくしてあげてね (*^_^*) あ、カジカジさんのホリさんは、トオルさんのグミ太たんと夕日たんのチェリーたんと宏介くんの耕介たんと日向くんのセクタン人形たんと一緒に、綺麗な色の福袋に入れられて、おめでたい紅白のリボンで結ばれて、新春セール特売の準備万端だよー(=^▽^=) ACT.4★あけましておめでとう……なの? 「うちの子に何しやがるーーーーー!!!!!」 「抱き枕を返せーーー!」 「これはある意味テロリズムよ。許さないわ!」 「無事ならいい」 「……福袋内でやたら無駄な動きしてるセクタンがいるな誰のセクタンだろう落ち着きがないなぁと思ったら、やっぱりグミ太だったかぁ〜」 ☆ ★ ☆ ということで。 皆さん、闇組織のアジトに乗り込みまして、セクタン連続誘拐事件は落ち着くところに落ち着いた、らしいです。 カジカジさんが、離れていた間、淋しい思いをしていたホリさんに思いっきり蹴られるとか、アン★レボの皆さんが年末年始は百貨店ハローズの特設カフェの厨房で皿洗いにいそしむことになったとか――以外は。
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