その日、カフェ入口扉の横にある、真鍮製のガーデンフェンスには、こんな貼り紙がなされていた。+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+ ご来店いただき、ありがとうございます。 本日、当クリスタル・パレス店長ラファエル・フロイトは、 川原撫子さまより「予約指名」をいただいております。 終日、川原さま専属となっておりますので、 ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+ 撫子はドアノブを思い切り引き、高い吹き抜けを見上げながら、息を吸い込んだ。 すがすがしい緑の匂いと花の香が胸に満ちる。「いらっしゃいませ、撫子さま。お待ちしておりました」 観葉植物の林を飛び交う色とりどりの鳥の中から、青いフクロウが羽音を立てて滑空する。 撫子を出迎えるためにその前に立ち、うやうやしく一礼したとき、フクロウは、青い翼を持つ男性へと変貌していた。「お久しぶりです。赤の城の聖夜以来でしょうか? このたびはご予約ありがとうございます」「こんにちは〜! いちどクリスタル・パレスにお邪魔してみたかったんですよぉ☆ 店員さんたちの美形オーラに当てられて、普段の3倍いけそうですもん☆」 撫子はにこにこと店内を見回す。カフェは通常営業中であるため、客足はそれなりにあるようだ。「あ、でも私、お店の雰囲気壊すつもりないのでぇ、他のお客さんから見えにくい4人席がいいんですけどぉ……。お願いできますぅ?」「かしこまりました」 葉を広げたアレカヤシが、ちょうど他席からのスクリーンの役目を果たしているローテーブルのソファ席に、撫子は案内された。 腰掛けるなり、目を輝かせてメニューをチェックする。「わぁ、どれも美味しそうです〜☆ でも、私、あまり食べられなくて……」「小食でいらっしゃるのですね。撫子さま向けにアレンジさせていただきますので、何なりとお申し付けください」「そうですねぇ……」 撫子はおずおずとためらいながら、しかしその指先は、メニューの該当部分を上から下までつつつつつーーーーーっとなぞる。「全制覇はちょっと無理っぽいのでぇ、可愛らしく前菜からピザとパスタとリゾット全部までかなぁ☆」「……あの、今何と?」「小食なのでぇ、それくらいしか食べられないんですぅ。でもでも、デザートは別腹ですからジャンジャン持ってきてくださいね~☆」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>川原 撫子(cuee7619)ラファエル・フロイト(cytm2870)=========
MENU1★情熱のアンティパスト 「嫌いなものもアレルギーもありません~☆」 と、頼もしく仰った撫子さまのお言葉を、ラファエルは、インカムを介して、厨房スタッフたちに伝達した。本日は従業員一同、胸ポケットにトランシーバーを忍ばせての臨戦態勢なのだ。 (……☆!!!) いつも無口なペンギン料理長は、それはそれは張り切っていた。厨房には、壱番世界に転移して保護されたばかりの、ライチョウのラウールとタンチョウヅルのフィリップという特別天然記念物コンビがシェフ見習いとして入っている。 「食前酒として何か、お召し上がりになりますか?」 ワインリストが広げられたが、しかし撫子は首を横に振る。 「うーん。今日はお料理を堪能したいのでぇ、お酒はパスしますぅ。お勧めのソフトドリンクお願いしますぅ☆」 「それでは、ペリエ・スパークリングか、サンベネディット・スパークリングなどがよろしいかと」 撫子の意を受け、グラスにはペリエが注がれた。 同時に、最初の一皿が厨房から上がったと連絡が来る。 オリーブオイルを数滴かけてから供されたのは、ブラックオリーブペーストのカナッペだった。 「お気軽に手で、お召し上がりください」 「いただきまーす。……わ、かりっとして香ばしいですぅ〜」 綺麗な仕草でカナッペをつまみ上げ、撫子はあっという間に完食した。すぐに、次の皿が来る。 「季節の野菜のバーニャカウダです」 「いいにおい。彩り豊かで食欲でちゃいます〜☆」 はむはむ。はむはむ。皿の温度を確かめてから、バーニャカウダソースが冷めないうちに食べ切った。 「こちらも、野菜だけを使用したラタトゥイユになります」 「バジルとオレガノの風味付けが絶妙です☆」 はむはむ。 「帆立稚貝の白ワインバター蒸しです」 はむはむはむ。 「ツナとタマネギとルッコラのフリッタータです」 はむはむはむはむ。 「アサリとハマグリとムール貝のマリナーラです」 はむはむはむはむはむ。 「サーモンのマリネとカリフラワーのムースです」 はむはむはむはむはむはむ。 撫子は気持ちよく食べ続け、ラファエルは飲み物をサーブする。 ひとまず、撫子さまのお食事は、アンティパスト制覇の次はパスタ、その次はピッツア、その次はリゾット、という流れになっていたのだが。 ――突然。 厨房のフィリップから、SOSが届いてしまった。 (店長。店長。聞こえますか、どうぞ) (こちらラファエル。どうぞ) (緊急事態が発生しました。ご注文いただいた中に『ブルーインブルーの漁師風新鮮魚介のリゾット』が含まれているんですが) (どうした?) (材料のひとつ、大天使の手長海老の鮮度が今いちで。ペンギン料理長が、これではお客様にお出しできないと) (そうか。だったら仕方がない) (他のオーダーに変更いただきますか?) (いや。それでは撫子さまに申し訳ない。誰か、今から調達に行ってもらおう) (マジですか!? だって大天使の手長海老ってロストナンバー複数名いないと倒せないレベルの巨大海魔ですよ? これからロストレイルで駆けつけて戦闘して戻って間に合いますか?) (パスタの後でピッツアを焼き始めるし、リゾットはその後になるから、まだ時間はあるはずだ) (了解です! ではその間、店長は何とか場を持たせてください) ☆ ☆ ☆ 真鯛のカルパッチョをはむはむしながら、撫子は小首を傾げる。 「どうしたんですかぁ?」 「何でもございませんよ。撫子さまは、好き嫌いがおありにならないようで、うれしい限りです」 「だって、どの料理も美味しいですもの〜☆」 「良く食べるかた、というのは、良く行動するかたでもありますので。とても好ましく思います」 「もしかして、褒められちゃってますかぁ?」 「もちろんですとも」 ☆ ☆ ☆ (店長。店長。聞こえますか、どうぞ) (こちらラファエル。どうぞ) (たった今、ペンギン料理長自らブルーインブルーへ材料調達に出立しましたッ。トラベルギアの出刃包丁をサラシに巻いて。……ご立派です。ううう) (そうか。で、その間の料理は誰が作るんだ?) (急遽、シオン先輩が料理長代理として厨房に入ってます。今日はちっとも指名がないとか、可愛い女性客は全部店長が持っていきやがるとかぼやきながら) MENU2★特別メニューをどうぞ そうこうしているうちに撫子さまは恙なくアンティパストメニューをクリアなされ、パスタシリーズへと突入していた。 「タコと白ねぎのアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノです」 「ん〜☆ スパイシーでおいしいです〜」 はむはむ。はむはむ。 「仔豚とグリーンアスパラガスの手打ちスパゲッティです」 「小麦の香りがいいですねぇ」 はむはむ。はむはむはむ。 「ほうれん草とくるみのゴルゴンソースフェットチーネです」 「歯ごたえが絶妙☆」 はむはむはむ。はむはむはむ。 「桜海老と春菊のリングイネです」 「ちょっと和なんですね〜」 はむはむはむはむ。はむはむはむ。 ☆ ☆ ☆ 「撫子さまは、お食事の仕方が綺麗でいらっしゃいますね」 「だってぇ、料理は美味しく食べたいじゃないですかぁ☆」 そう言って笑う撫子のパスタ皿は、それこそ、もうすっかり綺麗になっている。 (こちらラファエル。シオン、パスタメニューはもう終了か?) (こちらシオン。うんそう。撫子姉さんの食べっぷりだと、もうピッツア焼き始めないとだけど、どうする?) (料理長の守備はどうだ?) (なんとか戦闘終了して、手長海老さばいてるとこだってさ) (ではもう少し時間がかかるな) (じゃあさ。メニューにはない料理を、間に挟めばいいんじゃね?) ☆ ☆ ☆ そして撫子は、特別料理を提案された。 「撫子さま。よろしければ『鮮魚のアクアパッツァ風ロースト』をお試しになりませんか? こちらは、当カフェからのプレゼントメニューとさせていただきます」 「それって、どんなお料理ですかぁ?」 興味を惹かれ、撫子は目を輝かせる。ラファエルは軽く咳払いをした。 「つい気取った表現になりましたが、早い話が、本日の鮮魚丸ごと1匹オーブン焼と申しましょうか」 「わあ豪快☆ ブルーインブルー産のお魚ですかー?」 「いえ。こちらは瀬戸内海の播磨灘産の天然スズキです」 MENU3★ピッツアとリゾットの饗宴 播磨灘産天然スズキのオーブン焼きを、撫子さまが美しく完食したあたりで、料理長が厨房に戻ってきた。今日の手長海老は特に活きが良かったそうで、大戦闘でボロボロになってはいるが無問題だということだ。 何ごともなかったように、ピッツアが焼きあがる。 トマト・ナス・バジルが、花のように生地の上に広がっているメランツァーネ。 ゴルゴンゾーラ・モッツァレラ・グラナ・スモークの、4種類のチーズを使用したクァトロフォルマッジ。 青唐辛子とカラブリアサラミのピッツア。 撫子はこれらを一枚ずつ順番に八等分して、手が汚れぬように持ち、華麗にはむはむ完食した。 ――そして、とうとう。 料理長直々に仕入れに出向いた、ブルーインブルーの漁師風新鮮魚介のリゾットが、テーブルに置かれる。 「ん〜〜☆」 スプーンを口に運んで、しばしため息。 「この海老、すっごく新鮮です! おいしーい☆」 (だそうだ。よくやった、料理長) (……!!!) 料理長が厨房で男泣きしている間に、撫子さまは魚介のリゾットを完食し、すぐに、ポルチーニ茸のチーズリゾットをお召し上がりになっていた。 「あ、ポルチーニ茸☆ 茸、凄く好きなんですぅ☆」 はむはむ。はむはむ。 「このチーズリゾット、後でレシピ教えて貰っても良いですかぁ?」 「かしこまりました。料理長に、そう伝えます」 「そうだ。これ、お代わりお願いできますぅ?」 「かしこまり……」 そう答えかけたラファエルのもとに、再び、厨房からのSOSが! (大変です店長! ポルチーニ茸、在庫切れです!) (なんだと? シオン、シオンはいるか?) (はいよ。こちらシオン、どうぞ) (『エル・エウレカ』に飛んで、少し譲ってもらえるようお願いしてくれ。あそこなら、仕入れているはずだから) (了解! ブルーインブルーに行くよりはお安い御用だ) ☆ ☆ ☆ 「どぉしよぉ……。腹八分目が良いって、わかってるんですけどぉ」 残すはデザートのみ、となった撫子さまであったが。 「もぉ少しだけ、何かつまみたいなって。……お肉とか☆」 肉料理はおつまみというよりメインなんじゃ、というツッコミを、クリスタル・パレス従業員一同、するわけもなく。 ほどなく、クイーンポークの燻製グリルが運ばれてきた。 「桜のチップで薫製したポークを、シンプルに塩胡椒で焼いてみました」 「レモンを絞ると美味しいです♪」 それが本日の、小食な撫子さまの、軽いお食事であったそうな。もちろん、デザートは別腹である。 MENU4★スイーツを貴女に 「フォンダンショコラです。ピスタチオのアイスクリームを添えさせていただきました」 「ああん〜。このクリームがたまりません」 「ラム酒入りティラミスのチョコレートムース包みです」 「とろけるようですぅ☆」 「抹茶わらび餅入りあんみつです」 「はうーん。美味し~」 「京湯葉豆乳のブラマンジェです。黒蜜のソースでどうぞ」 「あぅ〜、んもう☆」 「桃づくしのパフェです」 「ソースが甘酸っぱい〜☆」 「ドライイチジクのパウンドケーキです」 「きゃあ」 「マンゴーリキュールのプリンです」 「も……。もうもう……、どうしましょお……」 ほとんど夢見心地な表情でスイーツを食べ、紅茶を飲みながら、撫子はふと、ラファエルを見上げる。 「あの……。ティータイムのお話し相手が欲しくなりましてぇ……。お向かいに座って頂いちゃ駄目ですかぁ?」 「撫子さまが、さしつかえないようであれば」 「……ごめんなさい。言ってみたかっただけなんです、忘れてください」 ラファエルが同意しないと思っている撫子は、しゅんとうなだれた。 「よろしいですよ」 「ホントごめんなさい! お仕事中ですもんね」 「いえ、その。……よろしいですよ?」 「え?」 「今日は、撫子さま専属ですので」 「……え? ええええ? いいんですか?」 「では失礼して、掛けさせていただきますね」 ラファエルと向かい合った撫子は、じっと、その顔を見つめる。 「ほんと……。似てます……」 「おつとめ先の店長さんに、でしたね?」 「あっ、でも、ラファエルさんはラファエルさんですよ。こうしてると、ちょっとデート気分で、嬉しいです」 あのう……、と、撫子はおずおずと口を開く。 「はい?」 「ラファエルさんは、誰かとデートしたりとか、します……?」 「……そうですねぇ」 何やら難しい命題を与えられたかのように、ラファエルは真剣に考え込む。 「『デートの定義』はひとそれぞれでしょうが、個人的には、どなたかとふたりで出かけることが、すなわちデートとも思いませんので」 「じゃあ、どういうのがデートなんですか?」 「そのかたとの関係を進展させたいという前提がある場合でしょうね。そういう意味では、私にデートの機会は巡ってこないのではと思いますよ」 「ちょっと待ってください。だったら、つまり、お友達として一緒に出かけたりはしてくれるんですかそうなんですか? 遊園地で遊びましょうとかOKなんですか?」 がたっと、撫子は前のめりになる。 「はい。基本的に、私がお客様のお誘いをお断りすることは、まず、ありませんので。ただ、どうしても店を離れられない場合は、時期を改めてまた、ということになりますけれども」 ☆ ☆ ☆ 「美味しかったし、楽しかったですぅ☆ ……そうだ」 見送るラファエルを、はたと撫子は振り返る。 「ターミナルでのお勧めのバイト先、ご存じないですかぁ? ここは鳥さんじゃないと、ダメなんですよね?」 「そうでもありませんよ。何度か、ロストナンバーのかたがたに臨時店員になっていただいておりますし。……ですが」 「やっぱりダメですか?」 「そういうわけでは。ただ、店長としての私はかなり容赦がないので、あまりお勧めできないかと……」 「じゃあ、少し考えてみますぅ。大学卒業したら、0世界に引っ越そうと思いましてぇ」 また来ますね〜☆ そういって撫子は、大きく手を振った。
このライターへメールを送る