ロキことマルチェロ・キルシュとシオン・ユングは、ターミナルのイベントで顔を合わせる機会が多い。 とはいえそれは、クリスマスのときのときの、氷のダンジョンで魔王ブランに立ち向かえ、だとか、バレンタインのときの、特殊効果チョコ大盤振る舞いによる壮絶な愛憎カオス展開であったりとか、何らかのトラブルとセットになっているのが常だったりするのだが。「あのさー、今度ロキと遭遇するときはさー、氷浸けになるほど寒くもなくってさー、収拾がつかないカオスになってない場所だといいなぁ……。でも、ターミナルだと無理かなぁ……」 シオンがそんなことをしみじみ言ったのは、バレンタインの混乱が一段落したあとのことである。「シオンはたしは、壱番世界に詳しかったな。じゃあ、春になったら、花見を兼ねてどこかに観光に行こうか?」「マジ? いいの? やったね!」 ロキの提案に、シオンは巣立ち前の雛鳥のような無邪気さで喜んだ。「すっげーうれしい。誰かと旅行なんて久しぶりだなぁ。ロキのイケメン度が十割増しに見えるぜ! で、どこ行くっ?」 がっしと手を掴まれてぶんぶん振り回されながら、ロキはしばし思案する。なお、ロキ本人は自分の容貌がすぐれているという自覚がまったくないため、イケメン発言はまるっとスルーだった。「そうだな。日本の古都がいいかな。金沢はどうだろう?」 もちろんシオンに異存のあろうはずがない。「よっしわかった仕切らせてもらう。まずロストレイルで深夜の上野公園あたりにこっそり行って、上野発の寝台特急『北陸』に乗る。いやまでよ、東京から新幹線の『とき』と特急『はくたか』を乗り継ぐルートか、それともいっそ米原経由で特急『しらさぎ』でいくか。ともかく金沢駅って、市街地や観光地から少し外れてたところにあるんで、着いたらすぐ金沢観光用の1日バス券買おう。宿は香林坊あたりの旅館でどうだ? 旅館に荷物預けてから観光開始するとして、兼六園と茶屋街と武家屋敷町と尾山神社と忍者屋敷とそれからそれから」「わかったから、ちょっと落ち着けよ」 前のめりの様子に苦笑しながら、今日の運びとなったのである。 * * * そしてふたりは、金沢駅に降り立つ。 シンブルで動きやすい旅装のロキと、翼をたたみ、スプリングコートを羽織ったシオンは、気ままな学生のふたり旅に見えるようで、あちこちの老若男女から親切な観光案内の声がかかる。 愛想良く情報収集につとめるシオンに、ロキはふと、聞きそびれていたことを思い出した。「ところでさ……」「ん?」「バレンタインのときの記憶が曖昧なんだけど……。いったい、何があったんだ? 目を覚ましたときは医務室で、ひどく頭痛がして、クゥさんに『……チョコの効果だ。気にするな』って言われて」「クゥ姉さんが気にするなっつってんなら、気にしないのがいいんじゃないかなうんうんうん。それはともかく、これどうよ。【金沢芸妓のほんものの芸にふれる旅】。通常は一見さんお断りのお茶屋のお座敷を気軽に体験! 要予約、お茶・お菓子つき!」 シオンは入手したてのパンフレットを開き、盛大に話を逸らした。 ロキは重ねて問おうとしたが、「おーい、そこの加賀美人のお姉さーん! 迷える旅人におすすめスポットの紹介よろしくー!」 などと、通りすがりの美女に駆け寄っていったので、なし崩しになった。 おりしも金沢は、桜が満開の季節だった。 桜の名木が多い兼六園では、ひとつの花に300枚の花弁をつける『兼六園菊桜』が咲き誇っていることだろう。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)シオン・ユング(crmf8449)=========
:::*:::菊桜三変化 JR金沢駅が、アメリカの旅行雑誌「トラベル・レジャー」のWeb版で、ロンドンのセント・パンクラス駅やイスタンブールのシルケジ駅などとともに、「世界でもっとも美しい駅」のひとつに選ばれたのは、2011年のことだという。そうそうたる名駅が並び立つなか、日本からは金沢駅だけがチョイスされたらしい。 これはッ、世界に向けて金沢の魅力を発信し、外国人観光客にアピールするチャーンス! 金沢市観光協会がこぶし握りしめて「いよっしゃアアア!」と思ったことは、通りすがりのお姉さんにも十分伝わっているようで、ロキとシオンは、到着早々、かなりの観光情報を得ることができた。 「ところで」 現地入手したパンフレットをひたすら検分するシオンに、ロキは素朴な疑問をのべる。 「移動ルート案に鳥の名前が多かったのは気のせいかな?」 「気のせい気のせい。つうかさ、特急はくたかの表定速度って100km/hを超えるんだよ日本の特急の中ではトップクラスの速さなんだよ。でも2014年末予定の北陸新幹線開業後は廃止されるみたいだ。列車名の由来は立山の開山伝説の『白鷹』からきてるしもったいないよなー」 などと、シオンがいらん蘊蓄を長々述べている間に、ふたりは兼六園に着いていた。 「本当に綺麗な庭園だな。どこを見ても手入れが行き届いている」 それが、園内に足を踏み入れたロキの、最初の感想だった。 「見応えあるよなぁ」 シオンもうんうん頷く。 「しかも、桜の季節は無料開放だなんて、さすが加賀百万石。アリッサ並みの太っ腹だ」 兼六園は、土地の広さを最大限に生かした、江戸時代の代表的な林泉廻遊式庭園である。 園内を彩る桜は、おりしも満開。池や苔の美しさも申し分ない。サトザクラやヒガンザクラやソメイヨシノが華やかに咲き乱れ、日本最古の噴水に花びらを散らしている。 旭桜(アサヒザクラ)、兼六園熊谷(ケンロクエンクマガイ)など、桜の名木も多いのだが―― 「まずは兼六園菊桜かな」 「それそれ」 明治紀念之標に向かって左手へ進む。 「もしかしてロキは、菊桜みたことある?」 「いや、俺も初めてだよ」 曲水にかかる石橋「千歳橋」付近に、その桜はあった。 若葉の緑の中にこんもりと、淡紅色の桜花が咲き誇っている。 「おっ、これかぁ!」 シオンが歓声を上げた。 「目立つな。華やかというよりは、可愛い印象だけれど」 兼六園菊桜は、開花から落花までの間、花の色を三度変える。蕾のときは深紅、咲き始めると薄紅、落花の時は白色に近くなる。 「だんだん色が淡くなるって、ちょっといいな」 「ああ。清楚な感じがする」 「今、ロキが誰を思い出したか、当ててみようか?」 「ええと、日本に現存する最も古い噴水ってあれか。水位の高低差だけを利用して、水を噴き上げさせているらしいよ。ポンプみたいな動力は一切使わずに、位置エネルギーだけを利用してるんだって」 「話逸らすなよー」 園内はかなり広い。ふたりは思わず、小走りになった。 :::*:::フェザータッチ・オペレーション 兼六園を堪能したあとは、フェザーアクセサリー製作体験をすることにした。 天正三年創業、加賀前田藩が城下を開く前から針の製造販売を行って430年という老舗による指導である。 ごく細い絹針を用い、色鮮やかに染められたフェザーをハイセンスなアクセサリーに成形していくさまは、非常に現代的なように見えるが、すべて天伝統の技術に基づいているのだそうだ。 「ブレスレットとかも作れるんだ? それにしようかな」 「いいね。そんじゃおれはチョーカーで」 「あと、お土産に……、コサージュを」 自分用には、あえて染色していない白のフェザーを。彼女には薄紅のフェザーを、ロキは選び取る。 「ん〜、こんなにあると色に迷うなぁ」 「シオンは、名前と同じ紫苑色が似あうんじゃないか?」 淡い紫のフェザーを、ロキは指さした。 「へえ。紫苑色?」 「こういう色の花があるんだよ。紫苑の花言葉はたしか『あなたを忘れない』じゃなかったかな」 「おおっ! 今、かなり感動した。ちょっと待ってくれメモる」 すごい勢いでノートを取り出し【シオンは、名前と同じ紫苑色が似あうんじゃないか? by ロキ】と書きつける。 「何もそこからメモしなくても」 「いやー、ロキが女の子にもてる理由はこれかあと思ってさぁ……! おれもまだまだ修行が足りないよな〜」 そうこうしている間にも、儚い羽毛を花びらに見立て、薄紅の花がかたちを整えられていく。 ロキの手元のコサージュは、完成しつつあった。 :::*:::春はあけぼの 「金沢は茶の湯文化の町なので、繊細で愛らしい和菓子が、たくさん生み出されてきたのです」 お茶席に使う上生菓子や干菓子は、味もさることながら、四季折々を題材にし、とても繊細な美しさを持っている。 フェザーアクセサリー製作を終えたあと、今度は、老舗の和菓子職人による和菓子作り体験に、ふたりは参加したのだった。 お茶席で利用される練り切りあんを使った上生菓子を、ヘラや茶巾布・ふるいを使い、三種類製作するのである。 「さっきも思ったけど、こういう作業するとロキって手際いいよな。さすが左利き」 「関係あるか?」 「左利きのひとは器用っていうじゃん」 「皆さん、たいへんお上手ですよ」 講師の和菓子職人の指導は、とても親切で丁寧だった。 『春野』『あけぼの』『ひとひら』と銘打たれた、息を呑むような上生菓子が、ほどなく出来上がる。 「追加といたしまして、もうひとつ『菊桜』をお持ち帰りください」 ふと、ロキは思い立つ。 (孤児院の皆には、伝統菓子を日本茶と共に出してみようか。授業として) ロキは普段から、気候、地理と、食も含む伝統文化の関わりを中心に授業をしている。 だからこのお菓子も、このうえない立派な教材になることだろう。 :::*:::人呼んで「忍者寺」 「なあなあ、忍者屋敷行こうぜ忍者屋敷!」 シオンがものっそイイ笑顔で、目をきらきらさせていったので、つい、ロキも同意した。 「そうだな。面白そうだから見に行こうか」 しかしながら、シオンの言うところの忍者屋敷とは、通称「忍者寺」と呼ばれる日蓮宗正久山妙法寺のことであるのだが……。 「大変だロキっ!」 「どうした?」 さっそく観光予約の電話を入れたシオンは、涙目になっている。 「忍者寺に忍者っていないんだって!」 「……ああ、うん……。妙法寺は前田家の祈願所であると同時に、万一の場合、出城としての役割を持たせた、ということらしいから……。『忍者寺』の別称は、建物全体が迷路状で複雑な構造を有していることから来てるんだよ」 「おおおおーーー!!! すげーーー!!! 賽銭箱が落とし穴になってる〜!」 忍者忍者うるさかったシオンであったが、いざ到着してみれば大はしゃぎだった。 本堂正面入口に埋め込まれた賽銭箱には細工が仕掛けられ、落とし穴として活用できたことに歓喜し、 「ロキーーー! ここここ、隠し階段! いいよなロマンだよなー」 物置の戸を開き、床板をまくれば階段が現れる。階下への通路が巧妙に隠されているあたりがぐっとくるらしく、 「ちょーーー、なにここ、廊下も落とし穴になるのか〜〜! やるなぁーーー!」 落とし穴は、廊下部分の床板をはずしても出現する。 あちらこちらでいちいち騒いでは振り返るシオンに、とりあえずは、来て良かったなと思うロキであった。 :::*:::月見光路 そのあとも、ロキとシオンは、金沢の見所を気ままに訪ねた。 気になる店舗や施設があれば見学し、珍しい名物を見つけたら追及し、喉が渇いたりお腹が減ったりしたら「勘」で良さげな店に入って注文してみるという、大変フリーダムな道行きであったが、結局はそれが功を奏した。いろんなことをやり遂げた充実感とともに、その日は暮れたのであったから。 「シオンは、なんで旅が好きなんだ?」 ロキがそう聞いたのは、ライトアップバスの中だ。 空には、上限の月がくっきりと昇っている。 金沢駅東広場から、三味線の音が流れるひがし茶屋街へ。 梅ノ橋から、泉鏡花の「化鳥」の舞台となった中の橋、そしてしいのき迎賓館へと、バスは進む。 シオンは、覚醒時に世界中の鉄道を乗り継いで大移動し、保護に赴いたロストナンバーたちを大いに困らせたらしい。 それはとりもなおさず、それだけ旅が……、特に鉄道旅行が好きなのだろう。 同じ旅好きとして、そのことを、いつか語り合いたいと思っていたのだ。 「う~ん。改めて聞かれると深遠な問いだなぁ」 考え考え、シオンはぽつりぽつりと言う。 「おれなんかは、その気になれば飛んでどこかにいくこともできるけど……、それは単なる移動であって『旅』じゃないと思うんだ」 「そうか。そういうものかもしれないな」 「ん。列車の旅が好きなのは、窓の外の風景が移り変わっていく感覚かな。特に国際列車だとそれがダイナミックでいいよなぁ」 そう言うロキは、どうなんだよ? 笑うシオンに、ロキもまた、旅への想いを自覚する。 「俺は、外の世界の歴史や文化を知るっていうのが楽しくてしょうがなくて」 御曹司としての窮屈な生活の中――外を知る、数少ない機会。 それが祖父の、旅の思い出話だったのだ。 光の街は、昼間歩いてきた場所と同じとは思えない、また別の趣を見せてくれる。 「金沢城と兼六園だ。ちょっと降りようか」 ロキは立ち上がり、シオンを促す。 光の中の菊桜は、きっと美しいだろう。
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