ACT.0■マタイによる福音 わたしについて来なさい。 そうすればわたしはあなたたちを、ひとをすなどる漁師にしよう。 ACT.1■いざ《真珠島》へ 凪いだ海は蒼天の空を映し、手を触れた指先が染まりそうなほどに青い。 見上げれば白い海鳥が一羽、青一色の空を、ひとすじの雲のように行き過ぎる。郷愁を誘うような鳴き声は、蓮見沢理比古に、いたみを伴う懐かしい記憶を想起させた。 (ひとは亡くなると、海の向こうへ行くのだという言い伝えがある。鳥は、誰かのたましいが姿を変えたものだそうだ。旧い神話で、ヤマトタケルが白鳥となったように) あれは、いつどこで、誰に言われた言葉だったろう? 氷の刃のようなまなざしと、焼けた火箸のような声音だけは、覚えているのだが。 海鳥は、すぐに視界から消える。 と、その後を追うように、新たな海鳥が二羽、平行線を描いて懸命に同じ軌跡をなぞった。 ――おいていかないでくれ。 鳴き交わす声は、そうも聞こえる。 今しがた、この海の世界に産声をあげたばかりの真夏の太陽は、すでに強靭な青年の残酷さだ。理比古の灰がかった瞳に、銀のゆらぎが与えられる。 (追いつけるものか。永遠に) 虚空は、空も海も見てはいなかった。 たった今、ジャンクヘブンの船着き場に横付けにされた大型漁船さえも。 それに乗り込み、デルタ海域の真珠島付近へ釣りに出かけることが今日の目的であり、そのためにあるじが賓客を誘ったことは重々わかっているにせよ。 理比古に声をかけるでもない。ただ、あるじの双眸が映し出す鳥の影だけを見つめていた。 こんなときの理比古は、虚空といえども近寄り難い、玻璃の壁をつくりだしている。 それは溶岩の坩堝に突き落とされても溶けはしない、凍った金剛石の檻であり、どんな汚泥の中にあろうともけがれを寄せ付けずに凛と咲く、白蓮さながらの孤独だった。 強い陽射しに焼かれた波止場から、陽炎がゆらゆらと立ち昇る。 薄いヴェールのように、あるいは白い翼のように理比古を抱き込んでいく。常でさえ、どこか浮き世離れしたあるじが、まるで遠い異世界の住人さながらに見えて――しかしそれもわずかな間のことで。 「あれ? どうしたの虚空?」 潮風が前髪を散らした。 陽炎のヴェールと玻璃の壁はかき消えて、いつものように理比古が笑っている。 ++ ++ 「おーい、そこの兄ちゃんらち。待っとったよ。あんたがたかいね、デルタ海域で真珠魚を釣りたいゆう酔狂もんは」 短く刈り上げた頭にねじり鉢巻きをした船長が、日焼けした赤銅色の腕を大きく振った。 素朴な島なまりの言葉と、筋肉の鎧のような頼もしい体躯が、いかにも漁師歴の長そうな海の男、という風情である。 「そうなんです。このたびはご無理を聞いてもらっちゃって」 「やー、いつもやったら断るんやが、『他でもない蓮見沢氏の要請ゆえ、聞き届けられたし』とか、偉い人に言われてのう」 「ありがとうございます」 理比古が、にこやかに頭を下げる。さらりと「無理を聞いてもらった」と言っているが、この漁船と船長を手配することが旅人には如何に困難なことであったか、ことここに至るまでにどのような水面下の攻防があったのか、容易に見当がつくというものだ。そしてそれは、理比古であったからこそ、難なくクリアできたのであろうことも。 デルタ海域は謎に満ちた場所であるから、どんな不測の事態が起こらないとも限らない。 何かあったときに対応できる経験豊かな船長は必須であるのだが、海のおそろしさを熟知している地元のひとびとは、無鉄砲な旅人の提案にそうそう乗ったりしない。それなのに、この船長はどう見ても―― 「船長さんは、《真珠島》に住んでる漁師さんなんだよね?」 「そうや。滅多に他の街には往かんがやが、ちょうどジャンクヘブンに用があったがや。断れん筋からどうしてもと言われたもんで、あんたらを乗せることにしたがやちゃ。真珠魚を獲るにゃ、おらみたいな、島の漁師がおらんと無理やさかいになぁ」 あっさり言っているが、つまり、この人材を得られたのは、信じられないくらいの幸運であることを虚空は理解した。 おそらくはブルーインブルーの貴族たちを招待しての豪華客船ツアーより、ハードルが高かったはずなのだ。そもそも当初は、こういう本格的な冒険をはらむ趣向ではなかったはずで……。 「つーか、たしか俺には、蓮見沢総合地所のドバイ進出にパンゲア社の子会社が口利きしてくれた御礼として、ロバート卿を誘っての『豪華客船で行く釣りツアー』だって言ってなかったか? ブルーインブルーに行くついでに、現地のお偉いさんたちにも声をかけて。そりゃまあ、こういう漁船で少人数でいくほうが、俺は好きだが」 虚空は思わずため息をつき、さらりとした銀髪を掻きあげる。どちらにせよ、あるじの決定に異論があろうはずもない。左腕全体に咲いた入れ墨の蓮花が、海風を受けてほころんだ。 「そう思ったんだけど、旅客船は漁労に適していないし、ロバート卿――アーサー・アレン・アクロイド氏はクイーン・アリス号の所有者だから、客船でのリゾートとかは珍しくないだろうし」 周囲を振り回しているという自覚もまったくないままに、理比古はにこにこと返すだけだ。 曰く、デルタ海域の外れには、平島――別名を《真珠島》と呼ばれる、ごく僅かの人々が細々と暮らす島がある。 つましい暮らしのはずの平島が、《真珠島》の異名を持つ所以は、その近海で《真珠魚》を得ることができるからだ。その身に色とりどりの真珠を形成するという真珠魚はデルタ海域の伝説として名高く、時として海賊さえも釣りに乗り出すという。 だが、未だ、島の漁師以外に真珠魚を捕獲したものはいない。 「お心遣いありがとうございます、ミスターハスミザワ。このたびは素晴らしい冒険にお誘いいただきまして」 理比古と虚空から少し距離を置いて、ロバート・エルトダウンは、興味深げに漁船を眺めていた。 年越し便で新春のブルーインブルーに釣りに出向いたときと同様の、貴族のお忍び旅行といった風情の旅装である。真珠魚を求めてのデルタ海域への航海を、非常に気に入ったらしい。 「旅客船と違って、漁船は一定の航路を走るわけにはいかないですからね。ましてやデルタ海域の潮の流れは複雑怪奇だ。だから漁船は、複雑な動きに対応可能な構造で設計されますし、揚網作業などでバランスを崩しやすいので復原性が重視されます。……船長、この船は、一本釣りではなく、投網漁に適した造りのようですね」 「おっ、金髪の兄ちゃん。あんた、若いのにわかっとるね!」 「見かけほど若くはないので、年の功ですよ。ということは、伝説の真珠魚は、いわゆる『釣り』よりは、投網漁に向いている魚ということになりますが」 「そんながやちゃ」 ……肯定とも否定ともつかぬ言い回しに、理比古と虚空は顔を見合わせる。 「やはり、そうなんですね」 ロバート卿が頷く。肯定だったらしい。 「真珠魚漁は、天気に恵まれた日に、うまいこと魚群に逢うことができるかどうかが分かれ目ながや。ぶつかれば大漁やし、そうでないと一匹も獲れん」 「天候と運が左右するということになりますね。僅かなチップをどの目に賭けるか――さいわい、ミスターハスミザワは大変な強運のようです。期待していますよ」 ACT.2■真夏の雷 船長の操舵は巧みで、航海は順調だった。 「――いい風だ」 ひとまとめにした腰までの黒髪を、潮風が梳いていく。 雪・ウーヴェイル・サツキガハラは、こんなときでも武人らしく美しい姿勢を崩さない。が、いつになく穏やかな表情をしていた。 潮をふくんだ風はしっくりと身体になじみ、強いくらいの陽差しも、むしろ心地よい。 生きとし生けるものは海から生まれ、そして海に還る。 雪は、死に瀕して覚醒した際、虚空と理比古に保護されたという経緯がある。生来の生真面目さゆえ、よく難しい顔をしているので、「力を抜くのも大事だよ」と理比古に引っ張って来られ、同乗することになったのだ。 「釣りは得意だったよね?」 「放浪生活が長いからな。しかし」 厳密には釣りではないようだが、と、理比古を、虚空を、ロバートを、そして、もうひとりの同行者、アキ・ニエメラを見やる。 「あっはは。何とかなると思うぜ? 念動力で魚を獲るのは、無粋だからやらないけどさ」 深海と同じいろの目を細め、アキは楽しそうに破顔した。 漁船が出発する直前に声を掛けられたとき、アキは、気ままに路地裏を散策していたところだった。 ジャンクヘブンは、ひとり歩きに適した街だ。下町の喧騒と港町特有のにぎわいに満ちている場所もあれば、思わぬところに静かな街並みや、第一線から引退した治世者の邸宅らしきものがあったりなどして、ひとときも旅人を飽きさせるということがない。相棒を連れてくるのに丁度いいスポットはないものかと探して船着き場まで足を伸ばした矢先、知り合いの理比古と鉢合わせしたのだった。 「珍しい魚も楽しみだけど、セクタンがこんなふうに揃ってるのを見るのも面白いな。来て良かった」 アキの視線の先には、ジェリーフィッシュフォームとなったセクタンたちがいた。ロバートのミダス、理比古のリンネ、虚空のヒンメルである。 ほわほわ、ふわんふわん、と三匹、気ままに浮かびながら漂いながら、時おりぺちっとぶつかっては、あ、痛かった? ごめんね的フォローを、足を伸ばして頭を撫でるなどして行っている。 特筆すべきはジェリたんバージョンのミダスで、くりんとした目といい、ぷっくりしたラインといい、あどけなくも初々しい動作といい、とてもロバート卿のセクタンとは思えないほど愛くるしい。セクタン違いではないかと小一時間問いつめたいほどだ。 「ん?」 アキが、額に手をかざす。 セクタンたちの向こうに、島影が見えたのだ。あれが真珠島であるならば、いつ真珠魚と遭遇してもおかしくない領域に近づいているのではないか。 伝説の魚が今にもすがたを現しそうな気がして、一同は、波打つ水面を見据える。 ++ ++ 「空の色が変わった」 雪が眉をひそめた。雲ひとつなかった空を、重々しい暗雲が覆いだしたのだ。 つい先ほどまでは鮮やかな群青だった海が、暗い灰色に塗り替えられていく。 波が高くなっている。鈍色の海は、冷たささえ増したようだった。 (嵐が来るかもしれないな) 何か対策をしたほうがよいのではと、アキは言おうとした。と、無言で海と空の変化を見ていた船長が、一同を振り返る。 「ひとつ、お願いながやけど」 船長は落ち着いていた。これは非常事態などではないと言いたげに。 ロバートがゆっくりと聞き返す。 「何でしょうか?」 「真珠魚はどんな料理にしても旨い魚や。昔から土地が少のうて何もないおらっちゃの島が、ほそぼそと暮らしてこれたんは真珠魚のおかげやちゃ」 「――はい」 「そやさかい、おらっちゃは、真珠魚に感謝して、ありがたく食べるだけにしとる。魚から出てきた真珠は全部、海に還しとる」 船長がいわんとしていることを、雪は察した。 「なるほどな」 「それがせめて、おらっちゃを養うために海から獲られて食べられてしもうた魚への供養やと思うがや」 「船長さんのいうこと、よくわかります」 間髪入れず、理比古と虚空が大きく頷いた。 「大丈夫、真珠は持ち帰ったりしないから」 「当然だな」 雪とアキ、そしてロバートも、同意にやぶさかではない。 「それが礼儀というものだろう」 「美味しい魚を食べさせてもらえるだけで大満足だよ」 「冒険の醍醐味はロマンですのでね。貴婦人の胸元を飾ることもなく、海底で眠り続ける真珠も、それはそれで美しい」 「何やて」 船長は、まじまじと五人の男たちを見る。すぐには受け入れられないだろうと思っていたらしい。 「……いやぁ、びっくりしたぁ。あんたら、欲がないがやな」 「そんなことないです。欲はありますけど、本当に欲しいものって目には見えないものだから」 「そっか。うん、……うんうん。そうか」 にこりとする理比古の肩を、船長はぽんぽんと叩く。 「そんなら、ぼちぼち網を曳くちゃ。この天候なら、今日は大漁や。きときとの魚、いっぱい捕るまいけ」 「あれ……?」 虚空が空を見上げる。 「好天じゃないと、一匹も獲れないんじゃ?」 「これでいいがや。晴れたままやったら、だめながやけどな」 船長は白い歯を見せ、豪快に笑った。 「真珠魚漁で『天気に恵まれる』ゆうたら、『雷』のこっちゃ。真珠魚は雷が好きな魚でのう」 「「えっ」」 「……ほう」 「へー」 「それはそれは」 五者五様の反応と呼応するように、 黒雲を切り裂き、幾筋もの稲光が走った。 雷鳴が轟く。 船長が網を操る。 そして、全員、力を合わせて引き揚げた網の中には―― 青緑色の背。丸々とした銀白色の腹。腹と背の間に走る黄色の帯。 流線型の美しく堂々とした魚体が、いくつもいくつも跳ね上がっていた。 ACT.3■海賊来襲 「この魚……。ブリに見えるんだが。それも、氷見の寒ブリレベルの最高級品。そりゃあ、壱番世界のブリは真珠を産出しないにしても」 食材に詳しい虚空が、15kgはあろうかという大物を押さえつけて検分する。 「日本のヒミ漁港で水揚げされるブリのことなら、聞いたことはある」 「さすがにロバート卿も知ってたか。築地に氷見ブリ乗せたトラックがやってきたら思わずみんな道を開けるという、超高級ブランド魚だしなぁ」 ともあれ、真珠魚漁は大漁だった。虚空が巧みな包丁さばきを見せるごとに、魚体から、いくつもの真珠がこぼれ落ちる。 真珠の色はさまざまだった。清楚なパールホワイト、淡いオレンジ、薄紅、華やかなローズカラー、シルバー、ゴールド、海の申し子のようなブルー、しっとりと深みのあるグレー。 「おや、これはまた」 ロバート卿が手のひらに乗せたのは、深緑に赤みがかった反射を持つ、孔雀いろの「ピーコックグリーン」である。花珠(はなだま)と呼ばれる高品質の黒真珠だった。 「なんとも、贅沢な冒険だね」 「で、あんた、刺身は食えるのか?」 流れるような仕草で三枚おろしを行いながら、虚空が問う。 「壱番世界にも同様に存在する食材を用いての料理でしたら、どんな文化圏のものでも尊重していただきますよ。外国のかたとの会食の場で、好き嫌いなどをいうのは失礼ですのでね」 「そりゃ頼もしい。腕の振るいがいがあるってもんだ」 「いやー、脂が乗ったいいブリだよなぁ。刺身やブリしゃぶ以外に何作ろうかな。塩焼きと照り焼きとかぶと焼きとブリ大根とそれから」 アキがメニューを考え始めた、そのときである。 小ぶりの海賊船が一隻、漁船に近づいてきたのは。 ++ ++ 海賊船はあまりデルタ海域走行に慣れてないようで、漁船に横付けにするのすら、よろよろとおぼつかなかった。 どうも、あまり予算もないらしく、船体は古びており、ツギハギだらけの海賊旗がもの哀しい。 彼らに刀を構えた海賊は、わずかに五人。 「その魚をよこせ!」 「真珠魚はオレっちのボスのもんだ!」 「美味そうな匂い……、い、いや、魚はどうでもいいんだ。真珠だ」 「そうだ、真珠をよこせ!」 「……えーと。俺たち、料理で忙しいんだが」 刺身包丁を離さずに、虚空が困惑する。 「ば、バカにしやがって!」 特徴的な髪型をした、一応、ボスらしき風体の海賊が、虚勢まじりに胸を張る。 「我こそは鋼鉄将軍アスラ・アムリタの部下」 「なんだと」 雪の表情が引き締まる。刃金のケンタウロスの異名を持つ鋼鉄将軍のことは、聞き及んでいたからだ。 「……になりたくて押し掛けたんだが断られてそれでもあきらめきれなくて108日屋敷に通い詰めてようやく109日目に根性だけは認めようおまえならガルタンロックにも仕えられる後の世で逢おうと名誉あるお言葉を賜ったアフロ・マツリダだ! 恐れ入ったか」 「恐れ入った。違う意味でな」 相手をしている暇も惜しいと言いたげに、雪がギアのスタンバイを行った。金色のアーモンドアイズに厳しい光が宿る。 「つまり部下でもなんでもないんだね」 理比古が小首を傾げる。 「ガルタンロック向きって言われて、うれしいかな」 アキが虚空を見る。 「俺だったらまっぴらだ」 「だよなぁ」 そして、次の瞬間には、雪・アキ・虚空のコンビネーションにより、海賊たちはあっさり、ばっさり、きっぱり、のされてしまった。 どさくさにまぎれて、ひとまとめにされた真珠を、そーーーーっと盗もうとした部下のひとりは、死角からギアを操作したロバート卿により、阻止された。ごく僅かな隙間をぬって、コインが放った一条の光が手首を撃ったのだ。 哀れなるかな、アフロ・マツリダ一行。彼らの運命や如何に。 果たしてガルタンロックに受け入れてもらえるだろうか。だってガルたんにも選ぶ権利はあるんだし。 ACT.4■海底に眠る あっという間に海賊を一掃したところで、一同はようやく、料理を堪能する時間を持つことができた。 さばきたての新鮮なブリの刺身。豪快なブリのかぶと焼き。柚胡椒風味のブリの照り焼き。オーソドックスなブリ大根。さくさくとジューシーで歯ごたえの良いブリの唐揚げ。風味ゆたかなブリのわさびホイル焼き。趣向を変えて、ブリと小葱のオイルパスタなどなど、虚空とアキの料理はバリエーションゆたかなうえにプロ顔負けで、船長も感動しきりだった。 「ここまで美味く料理してもろうたら、真珠魚も浮かばれるちゃ」と。 ――そして、約束どおりに。 色とりどりの真珠を、一同は、海に投げ入れる。 きららかに輝きながら、真珠は、産まれた場所に還っていった。 「この地の、海底の光景を見たいのですが、許していただけますか?」 ロバートは、船長に了解を取る。 船長が頷くやいなや、ためらいもせずに、着のみ着のままで海に飛び込んだ。 その意図を察した理比古と虚空が、すぐに後に続く。 ++ ++ 海の底には、 真珠の塔があった。 それは、島びとを養うために獲られ食べられてきた魚たちと、嵐の海に繰り出して、命を落とした漁師たちの記憶の蓄積。 島のひとびとと、真珠魚の、生と死と営みの鎮魂歌だった。 僕は多くのものを手に入れていて、これ以上何がほしいのか、よくわからない。 おそらくは壱番世界の黄金を、歴史上の誰よりも手にしているはずのロバート卿が、 巨万の富や、豪奢な貴金属といったものに慣れ、飽いて、摩耗しているはずのロバート・エルトダウンが、 思わず息を呑む。 ――これは、慰霊塔なんだね。 ひとが触れてはいけない、聖域だ。 三人のコンダクターは、しばらく海底に立ちすくむ。 ジェリーフィッシュ三匹も、ゆらゆらと漂う。海中を泳ぐ、魚たちとともに。 まるで太古の昔から、そこでそうしていたかのように。
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