鉄骨とガラスと、豊かな観葉植物で構成されているそのカフェの前で、吉備サクラは怪しい含み笑いをした。「ここが噂のクリスタル・パレス……。美形だったり美少年だったりする羽根つきさんがたくさん居るんですよね……。楽しそうにお話ししたりじゃれあったり、ときどき喧嘩とかもしながらお仕事してるんでしょうか。くふっ……。ふふふっ。くひっ」 ――サクラたんは、腐女子であった。 本人は女子高生でおさげで眼鏡っ娘という萌え要素満載でありながら、純度200%のまごうかたなき、すがすがしい腐女子であった。 今日の来訪の目的は、友人と出店する予定の、造形メーカーKY堂の主催する世界最大のガレージキットイベントがらみだった。レイヤー向けグッズとガレキの衣装がサクラの担当だったのだが、友人が作成した羽根つきくんに見合うコスが完成しないのである。 放映時の衣装はもちろん試作してみた。だが、どうしても『彼が日常的に、たとえば家で着ていそうな服』も押さえたかった。 つまり、試作品のコスチュームに、サクラはまだ納得することができなかったのだ。 その理由を、後ろ身ごろの造形の甘さだと判断したので、羽根つきさんの着衣の背中部分を実際に観察したい、という結論に至ったというわけである。 見えなかった部分をこの目で補完することで、いっそう妄想力が倍増する。 それが、サクラの持論である。 羽根は、どういう状態で服から出ているのか。 そもそもその服は、自分ひとりで着脱可能なのか。 追及するときりがない。しかし、そのリアリティが、サクラの作るコスチュームを更なる高みに引き上げてくれるに違いない。 だが。 扉を開けるなり、サクラの意表をつく光景が広がった。店内に飛び交っていたのはさまざまな種類の鳥であって、うるわしの有翼人はひとりとていなかったのだ。「何なんですか、この鳥くさい空間は……!」 サクラは思わず愛用のバッグをかき抱く。その中には、数種類のメジャーとB5のスケブと自作した簡易布見本と色見本とデジカメが入っていて準備万端だというのに! ぱたぱたと飛んできたシラサギが、「そりゃあ、一応、ここ、バードカフェなんで」 ぐわしっ、っとサクラの頭に止まる。「ええー!? 有翼の美形ギャルソンが接客してくれるのが、ここのウリって聞いたんですけど?」「まーそーなんだけどさ。そういう色恋営業はいらんから、とにかく鳥を出せ鳥だ鳥、というニーズもあったりするわけだよ。……な、店長? 商売は難しいよな」「いやはやまったく。そういうことで皆様のご要望にお応えし、本日は『バード・デー』とさせていただいております。営業時間中は、私どもは人型にはならない趣向をお楽しみいただくと申しましょうか」 店長の青いフクロウが説明を始めるが、しかしサクラはそれくらいではくじけない。「じゃあ、閉店まで待ちます」「え?」「私、仕立て屋見習いなんです。練習のために、あなたの服を作らせて貰えませんか?」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>吉備 サクラ(cnxm1610)ラファエル・フロイト(cytm2870)=========
「枕営業もなしに色恋営業だなんて、二百年早いです!」 閉店までの時間つぶしにと案内されたカウンターに腰掛け、麦茶入りのコップを、サクラはぐぐっと握りしめた。 ちなみに麦茶はセルフサービスである。何たって今日はバードデー。全員鳥状態なので、店員たちはギャルソンとしては役立たずなのだった。そこらへんにいてお客様と楽しくお話をしたり、あるいは黙って観葉植物に止まっていたりするだけのおしごとであった。 「おおっとぉ、そうきたか」 「のっけから豪快にかっ飛ばすなぁ、サクラちゃん」 成り行きでカウンター周りに陣取ったシラサギと七面鳥は、サクラたんの熱烈スパークぶりに顔を見合わせた。 「たとえ無機物対象であろうと、貴腐人は鋭意BL妄想が可能なんですよ。おふたりとも、そこに並んでください! ぴたっとくっついて」 「お? おう」 「何か意味あるのかな?」 「おおありです。鳥なんてまだまだナマモノじゃないですか。楽勝です。激甘です」 「え、じゃあ今のおれたちでも妄想できるの? すげぇ」 「とはいえ、乙女の妄想は繊細だから、ストレートに応えると興ざめなんだろうな、たぶん」 顧客ニーズの把握力と対応力の高さを、シオンとジークフリートは無駄に発揮した。 「ためしてみるか。シオン、ちょっと俺の背中に乗って、三日前の擦り傷の様子確認してくれ。なんかかゆくてさ」 「いいっすよー」 七面鳥の背に、シラサギはばさりと飛び乗った。くちばしの先で、背中部分の羽毛を探り、かき分ける。 「このへん?」 「いや、もうちょい右」 「あったあった。この傷、ジークさんが無名の姉さんに壁際に追いつめられたとき出来たやつだよね。治りかけだから、かゆいんじゃないかな」 「んー、ついでに掻いてみてくれる?」 「かさぶた剥がれるよ」 「そっとやりゃ大丈夫だろ」 「難しいなぁ。足場悪いのに。……こう?」 「痛っ! おい、もっと気を使え」 「ジークさんが急に動くからじゃん」 「ばっちりです!」 サクラは眼をきらきらさせ、デジカメを構えた。立て続けにシャッターが切られる。 「次は逆バージョンでお願いします」 「え〜? 鳥状態だと体格的に無理あるっしょ」 「俺は別にかまわんが」 「ジークさん重いもん。乗っけるのヤダよ」 「ばっっっっちりですっっっ!!!!」 はたからみれば、シラサギと七面鳥がしょうもない話をぐだぐだとしているだけの図であるが、サクラのスパークは止まらない。おさげを揺らしながら、角度を替えて激写を続けた。 「いい写真がとれました!」 「そう……、なの?」 「まあ、サクラちゃんが喜んでくれるならそれで」 「あとですねぇ、色恋営業っていうのは、もっと、こう」 さらに熱弁を振るおうとしたサクラは、しかし、はっと気づいた。 「いけない、閉店までに方向性を煮詰めなきゃ」 *:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:* (ハルくんは王子さまだから、ベロアのスーツがいい) 友人の考案した有翼の少年のキャラクター設定に、サクラは思いを馳せた。 紅い瞳と、純白の翼を持つ、王位継承者。 (布地の色はどうしようかな……? 濃い赤? ううん、いっそ――黒にも見えるダークレッド) スリーピースだと重くなりすぎるから、ツーピース。 スリムパンツにしようか? ううん、ヒップハングのベルボトム。 スーツよりも、少し赤みの強いベロアを、幅広のベルト風に巻いてもらうの。 ドレスシャツも、光沢のある白がいいかな。 だけど素材は何にしよう。しなやかで肌触りが良い、上質の……、シルク? ウイングカラーのプリーツシャツで、リボンタイをつけよう。 タイの真ん中は、珊瑚を使ったカメオとか……。 広げられたスケッチブックに、さらさらとデザインのラフ画が描かれる。 「お、やるじゃん」 その達者な筆致に歓声を上げかけたシラサギを、青いフクロウが制した。 「邪魔をしてはいけない。サクラさまは今、遥かなる高みで、無から有を創造なさっているのだから」 *:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:* 「……サクラさま。お待たせいたしました」 デザイン案の調整に余念がなかったサクラは、耳元で声を掛けられて、はっと我に返る。 「……ふぇっ!? すみません、もう閉店ですかっ!?」 「はい。バードデーは終了しております」 顔を上げたサクラの瞳に、クリスタル・パレス店長の、ラファエル・フロイトのすがたが映った。 見れば、シオンもジークフリートも、有翼のギャルソンに戻っている。 「それじゃ、お願いします」 ラフ画を指さし、採寸する箇所をひとつひとつ説明する。 「かなり細かく測る場所があるのですね。……45箇所?」 「オーダーメイドだとそうなるんです。採寸箇所が多い程、きれいなシルエットになるんです。フィットさせることは当然なんですが、大切なのは、その人の体型に応じて、いちばんきれいなシルエットラインを見つけることなんです。……御免なさい」 「サクラさまが謝ることでは。学生さんでいらっしゃるのに、すでにリリイさんもかくやとばかりの、素晴らしいテーラーでいらっしゃる」 その技術者魂にラファエルは感嘆し、大きく頷く。 「私などでよろしければ、何なりと協力させていただきます」 「ありがとうございます。じゃ、さっそく」 サクラはメジャーを手に取った。 「後ろ身ごろの作りを確認したいので、ベストとシャツの作りを拝見したいです」 「かしこまりました」 「それを脱ぐところと、着るところも見たいです」 「脱ぐ……、んですか? ここで?」 「着脱のしやすさを確認したいので」 「しかし、うら若いお嬢さんの前で、それは、その」 「脱がないと、計測できないじゃないですか。全部じゃなくていいです。見せられるところだけで」 「たしかに、それは、ごもっともですけれども……」 「往生際が悪いですよ、店長」 ジークフリートはいきなり、ラファエルの腕をぐいと掴んだ。 「おい、ジークフリート」 引き寄せてその首筋に手を伸ばし、ゆっくりとタイを外す。 「何をする」 ふっと笑い、タイをサクラに手渡してから、ジークフリートはかしこまった口調になる。 「店長は当然、CS(顧客満足)を意識して、日々営業していらっしゃいますよね」 「……? もちろんだが」 「では、サービス内容が『期待どおり』の場合と『期待以下』の場合の、リピーター率の違いについては?」 ラファエルは少し考え、答える。 「それは、『期待どおり』のほうが高いだろう?」 「そう思うでしょう? しかし、そうではないんです」 言いながら、今度は、シャツのボタンにそっと手をかけた。 「『期待以上』『期待どおり』『期待以下』を比較したところ、『期待どおり』と『期待以下』のリピーター率はほぼ同じで、高くなるのは『期待以上』のみ、というデータがあるんですよ」 「なんだと」 「『期待以下』などは論外ですが、『期待どおり』であってもお客様は満足なさらない。ですから、我々は常に、お客様に『期待以上』のサービスを提供しなければならない。そういうことなんです――シオン、店長の動きを封じろ」 「はいよ、了解」 シオンが素早く後ろに回り、羽交い締めにする。ボタンを外しながら、ジークはサクラを振り返った。 「俺が手伝って脱がしても問題ないよな、サクラちゃん」 「まったく全然ちっとも無問題です喜んで! あ、でも、いきなり引ん剥かないでくださいね。順番に計測しますので、ゆっくりお願いします。羽根の寸法だけじゃなくて、服と羽根の接点部分を細かく採寸したいんです」 いったんメジャーを持って採寸モードに入ったサクラの瞳は、すっかりプロフェッショナルな職人のそれだった。 *:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:* 生き物のようにメジャーがうなる。容赦なく、確実に、採寸はなされていく。 作成のさいの資料として、デジカメにも、何百枚もの各計測ポイントの画像がおさめられ―― 「はい、これでOKです」 スケッチブックのデザインラフに、採寸後の数字を詳細に書き終えて、サクラはにっこりと笑う。 「ラファエルさんもジークフリートさんもシオンさんも、お疲れさまでした」 「いえ、私は何も……」 あられもない半裸状態で途中で席を外し、胃薬を飲んでから戻って来て、ようやくおつとめを果たしたラファエルは、ほっと息をつく。 「少しでもお役に立てたのでしたら、よろしいのですが」 「ばっちりです。これで、羽根つきくんの衣装のネックだった、形状の詳細の不明瞭さによる造型の甘さが克服できそうです」 スケッチブックを抱きしめたサクラは、とても満足そうだ。 「もう、今から作るのが楽しみです。ガレキのハルくんとは色違いにしようかな」 「それにしてもサクラさまは、本当に、服を作ることがお好きなのですね」 「はいっ!」 まっすぐな瞳に明るい夢を宿し、サクラは微笑む。 「将来、俳優さんが映画の中で着る服を作れたらって思います」 「映画のコスチュームですか。とても素敵ですね」 「それって、世界で1番、夢が溢れた服だと思うんです」 *:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:* そして、1か月後。 礼服にも活用できそうな、羽根部分が出しやすく配慮された、赤い飾り帯つきの漆黒のベロアのスーツと―― マリン柄のアロハシャツと、 七分丈カーゴパンツが届けられた。 夏の普段着として着用ください、というメモ付きで。
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