イラスト/ピエール(isfv9134)
――まるで、ガキか小娘みてぇだな。 ファルファレロ・ロッソは自嘲気味に吐き捨てる。 眠れなくて夜を持て余すなんざ、冗談じゃねぇ。 時の動かない世界で人工的に夜の闇を設け、それを、さらに街灯が照らしているとは、何という茶番だろう。 そもそも夜というからには、たとえばインヤンガイの、凝固しかけた血溜まりが広がる暗がりや、たとえば壱番世界の暗黒街の、銃声が響き硝煙が立ちこめる路地裏を彷彿とさせるべきではないのか。 ファルファレロの苛立ちは、0世界の闇の濃度がいささか薄くて物足りないことに起因していた。 そして――どこかおずおずと遠慮がちな闇のやわらかさが、かつて、青い石をそっと指さした少女の残像を結びはじめたことにも。 夜通し運行しているトラムに乗っては降りて、あてどなく歩き回った。いつしかファルファレロは『クリスタル・パレス』の前を通った。……否、通り過ぎようとした。 店はもう閉まっている時間だろうに、何やら灯りがついている。 もとよりこんな、若い娘が好みそうな小じゃれた菓子やら、飲むのが面倒くさそうな蘊蓄つきの紅茶やらが出てくる店に用はない。 だが、つい、ガラス越しに店内を見て―― 思わず、目を疑った。 飴色に磨き込まれたカウンターには、見たこともない酒瓶がずらりと並んでいる。 壱番世界のものとおぼしきウイスキー、ラム、ブランデー、スピリッツ類はおろか、ヴォロス産の山ぶどうを醸したワイン、蜂蜜酒、ブルーインブルーの海賊旗がプリントされた蒸留酒に至るまで、品揃えは多種多様だ。セピア色のラベルがところどころ剥がれ、色褪せているものもあれば、たった今入荷したてのように真新しい瓶もある。 どういう趣向か、カウンターに立つ店長の背後には、ワイン樽の底部分だけが、まるでインテリアのように飾られており、アンティークのオイルランプが、くすんだ琥珀色の灯りを投げている。 ゆらりゆらりと、紫煙が漂う。 夢とうつつの狭間で揺れる陽炎のように。 カウンター席には、男がふたり、腰掛けていた。 黒地のロングコートと中折れ帽を店長に預け、紫煙をくゆらせているのはスタンリー・ドレイトンであるし、黒い革手袋から伸びた鋭い爪でロックグラスを器用につかみ、嘴に運んでいるのは村山静夫だった。 冷ややかな灰の目とそら恐ろしいほどの貫禄をたずさえた紳士と、獰猛な鷲の容姿を持ちながら、真面目で礼儀正しい任侠は、まるで古い昔なじみのように肩を並べている。 「おいおい、ありえねぇ面子だな。どこの怪しげな会員制バーだよ」 気づいたときには、ファルファレロは店内に入り、どっかとカウンターに陣取っていたのだった。 † † † 聞けばふたりは、店が閉まる前からカフェに来ていたのだという。 スタンリーはずっとテーブル席で、狸のすがたのセクタン『カンザス』にチェスを教えていた。カンザスの上達ぶりは目覚ましく、優秀なほうの息子が幼児だったときよりも、呑み込みが早かった。 時おり、鋭いポジショナルアドバンテージを見せてスタンリーを追いつめる局面もあり、しぜん指導に熱が入る。よって、チェス盤を前にして長い時間が過ぎ、いつの間にか閉店時間と相成った。 すでに他の客は帰ったあとだったので、スタンリーも退出しようとしたところをラファエルに引き止められ、カウンターに移動したのだ。カフェは閉店しますが店長権限でパブを開店しましょうと、私物の酒瓶を並べ照明をオイルランプに変えたところ、バーと間違えた村山がやってきたのである。 誤解に気づいた村山は踵を返そうとしたが、スタンリーに声をかけられたのと、店長に相席を勧められたのとで、その隣に座ったのだった。 ひとめ見ただけでスタンリーのひととなりを察した村山は、『よその親分さん』に対する尊重と礼節をもって話しかけ、適切な距離を置きながらも穏やかに話は弾み、現在に至ったということである。 「騒がしい御仁だ。店主さんにあまり迷惑かけちゃあいけねぇ」 傍若無人な3人目の珍客に、村山は肩をすくめた。それでも、ファルファレロに同じ匂いを嗅ぎ取ったようで、ぞんざいな口調には、佐々木興業の若い衆をいなすような気安さが含まれている。 「ファルファレロ君にも、眠れない夜があるとはね」 スタンリーはそれだけを言い、葉巻を静かに灰皿に乗せる。ファルファレロとは人鬼たちの館に関わった縁もあり、知らぬ仲ではないのだが、何かあったのか、どうしたのか? とは聞きはしない。 ファルファレロも「まぁな」としか答えなかった。 驚いたのはラファエルだった。ファルファレロが現れたことに対してではなく、別の理由でだったが。 「これはファルファレロさま。今、ちょっと感動しました。お気遣いありがとうございます」 「……何のことだ?」 「ファルファレロさまは、人生の指針として、ドアというドアはすべて蹴り破る主義でいらっしゃるのだとばかり」 「俺がふつうに手でドア開けて入ってくるのがそんなに珍しいかよ」 ターミナルでの人狼事件のおり、行方不明になったリリイを発見し、劇場まで連れてきたときのことをラファエルは言っているのだった。 あのとき、ファルファレロが足で蹴り壊した劇場入口扉の修理代は、ラファエルが立て替えたままなのである。 「まぁ借金はそのうち返す。もうしばらくツケといてくれ。それよりその酒、何てんだ?」 村山が飲んでいる酒に、ファルファレロは興味を示した。 村山はグラスを持ち替え、返事の代わりに酒瓶に鉤爪を向けた。ラベルには堂々たる冠鷲が翼を広げた絵が描かれ、本場泡盛『冠鷲』と、筆文字で書かれている。 「泡盛の古酒ってやつか。俺にも一杯よこせよ」 「悪いな、兄さん。これが最後の一杯なんだそうだ。店主さんが秘蔵してた残りを飲ませてくれてな」 「なにぃ」 「申し訳ありません、ファルファレロさま。今のところ酒造元では生産終了している銘柄のようで」 「兄さんは、無理を通して道理を引っ込めさせて、そのうえに無理の二段重ねをしてきたみてぇだな。女子衆も随分と泣かせてきたんだろうさ。ウチの若い衆なんぞよりも、イキが良くてヤンチャなのは結構なこった」 「ヤンチャっておい」 若い衆扱いされ、軽くいなされて、さしものファルファレロも言葉に詰まる。 「それでも、堅気衆に迷惑かけるのはいけすかねぇ。そういう性分じゃないかい?」 「どうかな? 堅気にもタチの悪い連中はいるぜ? 清廉潔白なツラしたおエラいさんが、ウブな小娘をヤク漬けにして売春宿に叩き込んでヤリ殺されるまで客を取らせるのなんざ、珍しくもねぇ。しかもそれをマフィアの仕業にしやがる。糞溜めよりも汚ねぇぞ」 「権力を傘にきた悪徳政治家ってなもんは、どんな世界にもいるもんさ。そういえば――」 からん、と、丸い氷が溶けて、グラスを泳ぐ。 「ウチのボスがやってるカジノの上がりの多さに目ェつけた、おエラいさんがいてな。雲の上の御仁、といっていいくらい、下々のものはお目もじもかなわぬ権力者だったが、それでも政治資金とやらは、どれだけあっても足りないもんらしい」 村山は語る。佐々木興業のボスが運営するカジノ「ミリオン・バックス」に、ある日突然、警察のガサ入れが入ったのだと。それ自体は不思議ではないが、解せないのは、その手法が一切の手続きを凌駕した超法規的なものであったとこと、大掛かりな捜査員が投入されたわりには、構成員やボスを罪に問うでもなく、もちろん拘束するでもなく、捜査資料を押収するでもなく、ただただ、当日のカジノの売上だけがごっそり持っていかれたことだった。 「ギャングなどよりも、品のないことをする」 新しい葉巻に火をつけ、ふっと、スタンリーが言う。 「まったくでさぁ」 「それでどうしたんだよ? 泣き寝入りか? 俺だったらきっちり仕返しするけどな」 ファルファレロが続きを急かした。 「もちろん、佐々木興業総出で意趣返しをしたさね。とりあえず警察署に殴り込みかけたら、向こうも気まずいもんだからビビっちまって。暴力はやめてくれときたもんだ。どっちが暴力なんだかね。結局、取られた売上入りのダンボール箱全部、カゴ車に乗っけて持ち帰ったよ」 「悪徳政治家とやらはどうなったんだ?」 「それがまた傑作で。ウチのボスの娘ってのが、度胸のある子でね。『秘密でお会いしたいの……』てな手紙をそいつに出して待ちぼうけくらわせてから、びりびりに服破いて、泣きながら新聞社に駆け込んだのさ。そいつに乱暴されそうになったって。で、新聞記者を何人も連れて、その足でヤツのお屋敷に乗り込んだって寸法だ」 「やるじゃねぇか」 「ま、ボスの娘についちゃあ無実の罪だが、叩けば埃は出るんでね。別件でいくつも調査されて、政治家生命は地に落ちたってなもんだ」 ――何にせよ、ウチのボスの娘は、それこそ、カンムリワシみたいに勇猛だ。とてもかなわねぇ。 オジロワシに似た男は、そう言って笑う。 『冠鷲』という泡盛は、伝説的なボクサーにちなんで、名付けられた。 そのボクサーは引退し、彼をたたえた泡盛も、もう作られていないけれど。 鷲たちはいまもどこかで、それぞれのリングに上がっている。 † † † 「私はギネススタウトをもらうが、君もどうだね? 樽詰めを振る舞ってくれるそうだ」 スタンリーが鷹揚に提案した。ファルファレロは眉を片方だけ、ひそめる。 「ギネスったら黒ビールだろ? 悪くはねぇが」 どうやらもっと強い酒を欲していたらしい。不満げなファルファレロに、ラファエルは苦笑する。 「麦芽は高品質ですし、水はウィックロー山脈の『女王の井戸』。お気に召すと思うのですが、では、まず、スタンリーさまにだけ、お出ししましょうか」 ふだんはあまり活用されていないが、カウンターにはビールサーバーが設置されている。 ガラスより薄く、ゆえに口当たりの良いクリスタルのグラスが置かれた。香ばしく泡立つ黒い液体が注がれる。 「本来なら、泡でシャムロックを描くべきなのですが……」 壱番世界の英国式パブなどにおいては、ギネスを注いだグラスをシャムロック(三つ葉のシロツメクサ)の形の泡でデコレートするのがプロのバーテンダーのたしなみといわれている。しかし、それには熟練の技術が必要なのだった。 「難しいですね。付け焼刃では、なかなか」 スタンリーの前に置かれたグラスの泡部分には、たしかに、三つ葉、らしき、ものが、見受けられる、気もする。 「それなりに、いい出来じゃないかね。ちゃんとシロツメクサの形に見える」 君の努力は認める、という主旨のブリックロード・カンパニー会長発言に、ラファエルは恐縮した。 「……おそれ入ります」 「18世紀半ば、若きアーサー・ギネスは、廃業した醸造所を借り受けて、年45ポンドの賃貸契約を結んだそうだ。それがギネス社の原点で、今やギネスは壱番世界140ヶ国以上に名を知らしめているのだが」 なめらかな泡の浮かぶ漆黒のビールを、スタンリーはランプにかざし、心持ち目を細める。 「その契約期間は『9000年』らしい。250年経った今も、契約は有効と聞く」 「なんだソイツ。どこのロストナンバーだよ。ロバート卿みたいなやつだな」 「何もロバート卿だけが、未来を俯瞰したビジネスの才に恵まれているわけではないのだよ。ロストナンバーになり得なくとも、偉大なビジネスパーソンは存在するものだ」 スタンリーは軽くグラスを掲げる。 乾杯の仕草だ。 おそらくは、アーサー・ギネスへの。 † † † 「ロバート卿のお名前が出たところで、私からも、ファルファレロさまにカクテルをプレゼントいたしましょう。ドバイの高級ホテルのような材料は、ありませんけれども」 ファルファレロの前に、クリスタルのゴブレットが置かれた。 ついで、「ドメーヌ・シャンドン・リッシュ・エクストラ・ドライ」という、舌を噛みそうに長ったらしくていかにも高価そうだが、シャンパンよりはお手頃価格の、スパークリングワインの栓が抜かれる。 ぽん、と、軽やかな音が響いた。はじける金色の泡が、ゴブレットに半分、注がれる。 残り半分をギネスで満たしたあと、ステアはせずに、カクテル『ブラック・ベルベット』は完成した。 「どうぞ、おためしください」 「おいこら店長。ブラック・ベルベットてのは、ドライなシャンパンとギネスを1対1で合わせるモンじゃねぇのか」 「よくご存知で」 「何でシャンパンじゃねぇんだよ」 「スパークリングワインを使用するレシピもあるんですよ? ……まあ、予算的な問題なんですけど」 「しょうがねぇな。我慢してやる」 まるで大ジョッキでもあおるように、ファルファレロはゴブレットの中身を一気飲みした。ベルベットという名のとおり、天鵞絨のようにきめ細やかな泡を持つ黒いカクテルは、なかなか悪くなかった。 ……が、やはり。 「やっぱ物足りねぇな。もっとこう、ガツンとくる酒を出せよ」 「そう仰ると思いました」 心得ていたようで、今度はシンプルなウイスキーグラスが渡された。 「ファルファレロさまは、ラウドスピリッツ(主張する酒)であるところの、モルトウイスキーがお気に召すかも知れません」 手にしたウイスキーは、Glenfarclas105PROOF(グレンファークラス105)。60度という高い度数のモルトウイスキーである。そのまま、注ぐ。 「氷は?」 「入れません。常温でどうぞ」 とろりとした濃い琥珀色の液体が、強く芳醇なピート香を放つ。 口に含めば、骨太で重厚な刺激が舌を刺す。 強烈な味わいだが、しかし。 「微かな甘さが、あるでしょう? どこか、ファルファレロさまに似ています」 「……俺が、甘いってか?」 「甘さというのは生きる希望です。情熱も強さも、非情ささえも、甘さに裏打ちされているものですよ」 ファルファレロは何も言わずに、もうひとくち、飲んだ。 青い石の残像が、琥珀の中に沈む。 「グレンファークラスは、『鉄の女』の異名で呼ばれた英国のもと女性首相が愛飲なさってたとも聞き及びます」 「イイ女が気に入ってた酒なら、文句はねぇな」 おかわり! と、ファルファレロは言い放つ。 最初の刺激とは裏腹なやわらかく甘い後味をかき消すように、ぐい、と、飲み干してから。 † † † 夜が更けるにつれ、酒瓶は次々に空になっていった。 「ところで皆様。今夜はPublic Hous方式の営業となってますので、キャッシュ・オン・デリバリーでよろしくです」 「いいともさ。店主の秘蔵の酒ばかりなんだろ?」 「いかにも英国式パブのようだね。面白い」 村山とスタンリーは快くナレッジキューブを置いたが、ファルファレロは文句たらたらである。 「ツケとけよ」 「では、ファルファレロさまへの貸付金にプラスということで」 「ケチくせぇ。そんなら気の利いたつまみくらい出せよ」 「残念ながらございません。どうしてもと仰るなら英国式にcrisps(クリスプス)をどうぞ」 「ポテチかよ。しけてんなぁ」 † † † 「しっかしむさくるしいにも程がある絵面だな。イイ女のひとりくらい呼びつけられねぇのかよ?」 「鳥のギャルソンヌに会いたかったら、営業時間中に訪ねることだね」 「俺なんざ、お姉さんがいない店のほうが気楽だが」 「そうですね。素敵な女性がその場にいますと、それは華やかで楽しいですが、反面、言動に配慮したりなどの緊張が絶えませんで」 「俺は女に気ぃ使ったりしねえけどな。おいラファエル、あんたも飲めよ」 「よしきた店主、俺がおごらせてもらおう」 「ここはファルファレロ君がおごってあげたらどうかね?」 「わかった俺にまかせろ。遠慮すんな、かたっぱしから飲め飲めホラホラ。代金はツケでな」 「貸付金が増えるだけじゃないですか!」 † † † 「初めて村山さまにお会いしたとき、てっきり陛下だと……、私がお使えしていた国の王ですが、そのかただと思ってしまったことがありまして。その節は失礼しました」 「おぅ、花見の時か。そういや、そんなこともあったなぁ」 「すると国王陛下は、オジロワシに似ているのだね」 「はい。金色の翼を持つ、猛々しく武勇にすぐれたかたですが、その反面……、非常に几帳面な部分もお持ちでして」 「王様が細かいってのはどうなんだ? やりにくいんじゃねぇのか?」 「そういや店主は、俺に謝ってたけな。何でだ?」 「はい……。王宮経費に関するすべての帳簿を検算し、少しでも不明な点や誤差を発見なさいますと、それはそれは厳しい追及が」 「すぐれた資質だと思うが。経営者としては、だがね」 「立派なかたですので、もちろん尊敬申し上げているんです。ただ、ご期待に添えないことも多々あり、いつも胃が痛くて」 「男の話はどうでもいい。過去の女関係はどうなんだ? 聞かせろよ」 「私のことなどどうでもいいじゃありませんか。女性絡みのエピソードでしたら、ファルファレロさまがたくさんお持ちでしょうに」 「あんたの話が聞きてぇんだよ。国に好きな女とかいて、将来を誓い合ったりしたんだろう?」 「はあ……、それはまあ、はい」 「なんで結婚しなかった?」 「その……、振られましたので」 「あんたが女に逃げられるってのが、信じられねぇんだよな。その女は今、どこにいるんだ?」 「『トリ』であることを捨てて、対立している国の皇太子の側室に……。すみません、この話は、また、いずれ……」 「そのへんにしといてやんな。店主の顔が真っ青じゃねぇか」 「そういうあんたは、ボスの娘とどうなんだ?」 「色めいた話を俺にふるのかい!?」 「あんたがそんな姿になったのは、その娘が拉致されたとき、助けにいったからだろうが」 「さぁて……。ボスの娘で、若いのに肝っ玉の座った女だ、嫌いなわけはないが……」 「会長サンはどうなんだよ? どんな女が好みだ? おっと、奥さん以外でだ」 「妻以外でなら、とても可愛いと思う女がふたり、いるな。わがままで生意気で、決して私の意のままにはならないのだが、そこがいい」 「おっ、それそれ。そういう話を聞きたかった。愛人か? どこで知り合った?」 「なかなか懐いてくれないのだよ、孫娘たちは」 「グランパの孫自慢かよ!」 † † † かくして全員、ほどほどに酔いが回り―― 「あれは××で○○するしかなかったんじゃねぇか」 「ふむ。別の方法を模索することもできたと思うが」 「そういうもんですかねぇ。あmcそdkg;hん@cld血をvmkってのは、無理もねぇと思いますぜ」 とても報告書には書けないような、あっと驚く冒険旅行こぼれ話や、人前ではいっさい公開したことのない愚痴やら本音やらがぽろりぽろりと溢れだしたところで、やや、雲行きが怪しくなってきた。 ファルファレロが村山を挑発しだしたのである。 発端はふたりとも、その特技が『早撃ち』という相似からだった。 「あんたのトラベルギアも拳銃か。さぞかし腕に自信があるんだろうな?」 「そりゃあね。若い衆には負けるはずもねぇ」 「へえ。じゃあ、勝負してみるか?」 「望むところよ」 ファルファレロは銃を抜き、村山もそれに応じた。 ふだんのもの静かな村山であれば、血気盛んな若い衆のいうことなど気にもとめないのだが、いかんせん、今日は、酔ってしまっている。 「どうか穏便に。銃声が響き渡っては、就寝なさっている近隣のかたがたまで目を覚ましてしまいます」 ラファエルが止めに入り、村山ははたと我に返る。 「それもそうだな。ご近所の安眠妨害になっちゃあ、いけねぇ」 † † † そして。 勝負の決着は、ダーツでつけることに落ち着いた。 インテリアよろしく、ワイン樽の底部分がカウンターに飾られていたことがきっかけとなったのだ。 ダーツの起源は、百年戦争のさなか、酒場にたむろしていた兵士たちが、ワイン樽にめがけて矢を放つ余興をおこなったことによるからである。 よって、14世紀に遡る発祥に忠実なハードダーツ大会が、関係ないはずのスタンリーやラファエルも巻き込んで開催された。 ……開催された。 のだ。 が。 その結果ときたら……。 「はいはいはい、ファルファレロさまが優勝ですひとり勝ちですおめでとうございます!」 「おい、まだ一巡しかしてねぇだろ」 「これは賞品です。ラム酒漬けチェリー入りのブラックチョコとホワイトチョコをふたつずつ。再会したお嬢さんと最近親密なお嬢さんに差し上げてください」 「どさくさまぎれにさらっと何いってやがる」 早々と優勝者が決定したというのに、酔っぱらい紳士たちのダーツ大会は夜が明けるまで続行した。 誰がどこに矢を放ったのだか、まったくもって混沌としたままに。
このライターへメールを送る