イラスト/TERIOS(iyre6662)

クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-27218 オファー日2014-01-28(火) 02:54

オファーPC 奇兵衛(cpfc1240)ツーリスト 男 48歳 紙問屋

<ノベル>

 大地が低く呻き声をのぼらせた。呻き声は次第に大きなものとなり、遂には足元を揺るがす地鳴りと化して一帯を覆う。よもやこれは噴火の兆しか。連れ立ち足を運び来た同胞たちの間に脅えの波が打ち始めていた。

 人にあらざるものである存在である”威人”、それが住まうのは”威国”と称される国。対して人が住まう世界は”秋津島”と名付けられている。この二国はかつて在する場所を違え、互いに交じり合う事のない営みを送っていた。
 が、その営みが一変するに至った因となるのが、霊的な力が稀有な程に強力な場である神山、その麓にある御霊門が開かれた事だ。謂わば二国の境界としての役目をも担っていたこの門が開放された事で、威国と秋津島とは互いに同じ位置で肩を並べるものとなったのだ。
 やがて締結した協定により、互いの国から其々に役人を選び定め、威人と人、其々の領域の中に踏み入り犯罪を犯すものやその罪――”異形”と称されるものを取り締まるため、互いの国に向けて派遣する事になったのは、変異が起きた後、幾年月を経た後の事だ。”異形改方”と銘打たれた役人たちが、互いの国の中で異形の罪を追っている。
 それから更に幾年月。人と威人の混成から成る組織に倣ったのか、同じく人と威人との混成から成る異形の一団が頭角を現し始めるようになった。彼らは下天講と称されるものとなり、その狙いを神山を噴火させる事で御霊門も含め世を滅ぼそうという点に定めていた。
 かくして下天講を追い詰め捕らえるべくして動き始めた異形改方は、長く繰り返された衝突の果て、ついに下天講の一味を追い詰める事に成功したのだ。
 ――が、追い詰めたその場こそが神山だった。
 神山は稀有なほどに強力な力を有する霊場だ。その地に立てば如何なる術も制限され、力を使えば常よりも数段激しく消耗する。故に神山の領域内では特異な力の使用は忌避されるべしとされてきたのだ。
 かねてより下天講に忍び入り、逐一情報を流して寄越していた密偵が、下天講が一同に集う日付と場所を掴み流して寄越したのだった。よりにもよって神山の頂近く。――否、彼らの目的を思えば当然の場所ではあるのだが。
 改方は顔を揃えて話し合った。されど話し合ったところで弾き出される答など知れている。下天講が総員一つところに揃うと言うならば、それが何処であろうとも出向し、取り押さえるが最善の策。そもそも神山の噴火など引き起こしてはならぬもの。天の采配による溢れるものであるならば自然の道理。だが地にあるものたちが己が意思でそれを起こして良いわけもない。
 そうして改方は筆頭たる長官を含めたほぼ総員で、神山を目指し来たのだ。

 奇兵衛もまた改方の一人として一行に混ざり、目的を果たすべく長い山道を登り歩いて来た。
 威国から秋津島へ遣わされた威人である奇兵衛だが、秋津島も暮らしてみればなかなかに興味深く面白い地であった。住まう人間たちの大半は罪を犯す事もなくのんびりとした暮らしを営んでいる。
 威人と逸し、特異な能力など到底持ち得ない身である人間たちが、特異な能力を有する威人と対等に肩を並べるに至っている。むろんそこには人間たちが持つ技術――冶金や鍛冶、それに独自の武術といったものの弛まぬ鍛錬と進歩があるのだろう。だがいずれにしても、能力を有するが故に技術の鍛錬を離れてしまう威人にとり、人間たちの努めは充分に脅威足り得るものだ。
 にも関わらず、人間たちは穏やかで純朴。他を疑う事すら滅多にしない。そんな性質を持っている。容易に騙され、気付けば顔を赤く染める。珍しいものを見れば稚児のように集い歓声をあげる。――そんな温和な質を持ちながら、反面ではゐれきせゑりていとなどという物騒なものを造りだしたりもするのだ。
 ――人間は面白い。威人などよりもずっと遥かに。
 改方に属し、そこで人々と触れ合うようになって以降、そう考える心は一層強くなった。
 目刺しや芋を焼いたと言っては七輪を囲み、通りかかれば奇兵衛にも同じように声をかけて招く。非番の夜には長屋に集い月や花や雪を見ながら酒を呑む。子が生まれたとあれば皆で駆けつけ命を祝し、年寄りが死ねば涙を流すのだ。
 奇兵衛が何事か屁理屈を返せば烈火の如くに食い掛かり、喧嘩ともなればそれを囃し立てるものや仲裁しようと割りいるもの、――情に溢れた人間たちと接するのは、本当に楽しいものだった。

 下天講に忍び入っていた密偵は手足を縛られ、切り出された粗末な木材に逆さに括られた状態で火口のすぐ近くに立たされていた。その顔は見るも無残に腫れあがり、くぐもった声しか放てぬ口の奥、伸びるべき舌は切り取られている。
 密偵は現れた改方の集団を目にするなり何事かを口にし始めたが、それがかたちを成す事はなく。加えて世界を揺るがすように響く地鳴りの音。今にも地震が起こるであろう事は明確だ。地が揺れれば密偵は木に括られたまま転び、そのまま火口に落ちてしまうかもしれない。 
 地の咆哮に恐れ気をやるよりも、同胞を助ける事が優先される。改方は先んじて走り出した長官に続き火口を目指した。奇兵衛は彼らが密偵の救助に向けて走って行くのを追う。
 良からぬ予兆が胸を染めた。この事態の流れはどこかに大きな欠陥がある。考えて、密偵の救助を今しばし堪えるようにと忠言するために追ったのだ。けれども人間たちは常より情に篤く、斯様な事態になればより一層の結びつきを見せる。その情に中てられた威人までもが流れに乗じていた。
 待て、と。そう言いながら手を伸べた、その刹那。
 下から突き上げるような振動が響き、男たちは一斉に体勢を崩し転んだ。そもそも岩の多い、足場の悪い場所だ。勢いと共にまろべば、中には酷い怪我を負って瞬時に動く事が不能になってしまうものもいる。
  ――と、その機を狙っていたように、そこここにある岩の陰から下天講に属する男たちが飛び出して来た。各々に得物を持ち、次の行動に頭を巡らす事が出来ずにいる改方たちに振りかざしたのだ。
 奇兵衛は大きく遅れをとってしまった。場に滲む違和感を読みながら、同胞たちを止める機も遅れてしまったのだ。
 ――秋津島に渡った威人たちには、何らかの概念によって強制的に弱点を付与される。奇兵衛に付与されたのは”火に対する恐怖”だった。神山は今まさに噴火の兆しを見せている。それを思えば、踏み出す足の動きがわずかに竦んでしまうのだ。
 出遅れた奇兵衛の視界の中、互いに得物を抜き斬り合いしている男たちの姿があった。その視界が大きく揺れる。地が揺れ、岩が転がった。地の咆哮は一層強いものへと変じ、火口の中からは漆黒色の煙が噴き出し始めている。
 絶叫と歓喜、双つの声が神山の噴火を迎え待つ。神山はそのどちらに応えるともなく足場を揺さぶり、天を目がけて産声をあげた。

「いけない!」
 懐に手を差し入れて抜き出したのは幾枚もの紙だった。奇兵衛はその紙束を男たちに向けてばら撒いた。紙は雪のように舞い散って改方の男たちの頭上に降りていく。――と、紙に触れられた男たちの姿が次々とその場から消えていった。熱に触れて瞬時に融けて消える淡雪のように、忽然とその場から消えたのだ。
 後に残ったのは下天講に属する男たちと奇兵衛のみ。男たちは改方たちが一瞬で消えたのに驚愕し、しばしその場で呆としていた。が、すぐに気を持ち直し、残る奇兵衛を目掛けて得物を振り上げ、足を踏み出した――が、踏み出した足は地に固定されているかのようにびくともしない。見れば其々の足は数枚の紙によって固定されていた。
「おまえさん方は逃がしゃしねぇよ」
 奇兵衛の口角が歪んで吊り上がる。

 火口がもう一度産声を放つ。地の揺れはもはや噴火の報せを目前に控えたものとなっていた。
 奇兵衛は、しかし、その場に力なく膝をついた。
 今日この場に足を運んだのは、ほぼ総員に近い数の改方だ。その総てを余す事無く安全な場所――神山の火口を離れた場所まで一度に転位させたのだ。それも、それぞれの記憶はそのままに、今日より数日ほど遡った時間の中に。
 神山は強力な霊場。立ち入れば所有する能力も制限され、能力を使用すれば相応以上の消耗がもたらされる場所だ。奇兵衛の中にはもはや半歩動く力すらも残されてはいなかった。
 下天講どもの動きは制した。彼らの襲撃を受ける事もなく、彼らをこの場から逃す事もない。場に倒れ、火口から噴き上がる煙によって厚く覆われていく天を仰ぐ。
 間もなく神山は火を噴くだろう。そうすれば今この場にいる己たちは皆等しく死を迎える事になる。が、そうなれば御霊門も壊れ、はからずも下天講どもの狙いは達成してしまう事になるのだ。
 死に瀕しながらも男たちに悲壮がほとんど感じられないのは、いずれ総てが滅びゆくという結果を確信しているからに違いない。
 奇兵衛は目を閉じる。
 数日前に飛ばした同胞たちには、奇兵衛の思念がそのまま届くようにしてある。下天講どもはここで死ぬ。が、神山の噴火に対する対応にまで渡らせる力は残っていない。故にそれは同胞たちの手に委ねるより他にないのだ。
 繋いだ思念に情報をのせ、同胞たちに後を頼む。
 それから再び目を開けて天を仰いだ。
 ――思い浮かべるのはかつて手にかけた養い子。
 異形に身をやつし、有する能力をもって罪を重ね、遂には他ならぬ奇兵衛本人の手で斬り伏せた、無二の存在。
 抱く心が親としてのそれなのか、――あるいは個としてのものなのか。
 考えれば不思議と頬が緩む。

 ――それにしても、よもや己のようなものが世を守るために戦う事になろうとは。まして、その末に死を迎えようとは。
「人間は不可解で……おっかないねぇ」
 呟き、物々しく広がっていく雲から視線を落とした。
 ――その瞬間、奇兵衛は思わず息を飲んで目を見張る。

 ぼうやりと浮かぶ仄かな光。その奥からゆっくりと腕が伸びてくる。腕だけだ、その他には何もない。故に誰の腕なのかも知れないそれを、けれど奇兵衛は深い確信を抱きながら見つめた。
 繋いだ指、成長を重ねていくにつれて逞しくもなっていった腕。重ね合わせた夜もある。その腕を、――指を。
 どうして忘れる事が出来るだろうか。

 奇兵衛は身を起こし、弱々しく手を伸べる。一度、名を口にしたかもしれない。指先が遠慮がちにその指に触れた。

「いこう、奇兵衛」

 
 そうしてまた新たに男がひとり、時の流れから放逐される。

クリエイターコメントこのたびはプラノベオファー、まことにありがとうございました。お届けが本当にぎりぎりになってしまいましたこと、初めにお詫びいたします。

元となるピンナップは以前拝見していました。こういう感じの覚醒なのかーと思っていましたが、まさかそれを書かせていただけるとは。身にあまる光栄です。ありがとうございました。

奇兵衛様にも大変お世話になりました。色々な場面を任せてくださいましたことに深く感謝いたします。

それでは、どうぞこれからもお元気で。
またのご縁、心からお待ちしております。
公開日時2014-03-31(月) 21:50

 

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