クリエイター玉響(weph3172)
管理番号1351-26436 オファー日2013-11-24(日) 23:41

オファーPC ドルジェ(cstu8384)ツーリスト 女 18歳 東宮妃の女房

<ノベル>

「ねえ、愛しているの」
「愛しているよ」

 ふたり、全く同じ声音で囁く。

「こっちを見て」
「よそ見をしないで」

 ふたり、全く同じ微笑みでねだる。

(――どうして)

 哀れな小鳥の嘆きを聴く者は、いなかった。

 ◇

 高らかに、歌うように咲き誇る白い薔薇のアーチを潜る。緑と花に囲まれた庭園は目に美しく、あまやかな芳香を湛えていて、脳髄が痺れるような毒気さえも感じさせた。この場所に長く留まっていると、培ってきた野生の感覚が鈍ってしまう、と脳が警鐘をならすが、ドルジェは素知らぬ振りで前を行く男に付き従った。
「エステラ、リュネット」
 四阿(あずまや)の下に腰掛ける、二人の少年と少女が見える。豊かな金髪を靡かせて、美しい少年少女はこちらへと駆けてきた。
「お父様!」
「そちらは?」
 父親に飛びついて甘える少女と、ドルジェの存在にいち早く気が付いて問う少年。聡明さと魅力を兼ね備えた、ドルジェよりも二つ三つ年上であろうと思わせる、よく似た二人――双子、のようだった。
「今日からお前たちの傍仕えをする、ドルジェだ」
 男が紹介するのに合わせて、ドルジェは静かに膝を付き、頭を垂れた。身寄りのなくなった自分が下僕として彼に買われ、この二人に与えられたという事は判っている。野に生きながらも聡い彼女は、これから己の主となるであろう双子に無言でかしずいた。
「顔を上げて」
 ――ふたり、同じ声音が乞う。
 命のままにドルジェが貌を上げれば、美しい双子の主は、自らの下僕に対しても優しく微笑みかけた。

「よろしくね、ドルジェ」
「よろしく」

 その笑みの清らかさに、ドルジェの心はひどく揺さぶられた。

 ◇

 弓の師、そして人生の師であった老翁を喪い、十四歳にして天涯孤独の身となったドルジェは、自暴自棄の侭、それでも生きていくために山を降りた。生前の師がそうしていたように街で懸賞金の掛けられた魔物の情報を探し、或る貴族の募集していた討伐隊に参加した。
 柔な女の腕にそぐわぬ豪壮な一矢を放つドルジェの勇姿を、討伐隊を率いていた男が認め、双子の子供たちの護衛を探しているという街の貴族に話を通した。片目を眼帯で覆った異様な少女の出で立ちに初めは貴族も難色を示したものの、その場で見せた弓の腕と、少女の素朴で素直な人柄に惹かれ、彼女を雇う事を決めた。
 山を離れ、初めて暮らす人里。
 それも(僕としてではあるが)貴族の邸に仕えるとあって、幼い少女には何もかもが初めてだった。

「――そうじゃないのよ。カトラリーには使う順番があるの」

 慣れぬ手でナイフとフォークを動かすドルジェの隣で、少女の主――リュネットが優しく口を挟む。食器の使い方もマナーもろくに知らぬ、山で生まれ育った僕に何くれとなく世話を焼き、こうして常識や作法を教える事を彼女は楽しんでいるようだった。それは恐らく、自身を幼い頃に躾けた母親や教育長の真似をしているだけなのだろう。子供の飯事の延長だが、リュネットの教えてくれる事はドルジェにとってもいつか必要になるかもしれない知識ばかりだった。――いつか、彼女が人並みに家庭を持つときに。

「ドルジェはどうしてそんなに細いのに、あんなに力強く弓が弾けるんだ?」

 遠い空を飛ぶ小鳥をたった一矢で撃ち抜いて見せれば、少年の主――エステラが訝しげに首を捻った。貴族の嗜みとして幼い頃から弓術を習わされ、惰性で続けていたらしい彼を、今はドルジェが師として教えている。鍛えるどころか山へと分け入った事もなかろうと思わせる華奢な腕に、ドルジェは苦笑を零した。生きるために弓を番え、一矢に命を預けてきた己と違い、暖かな場所に暮らすエステラには確かに馴染みの薄いものであろう。

 双子は彼女を、僕としてではなくひとりの友人として扱った。共に食事を取る事を望み、共に学ぶ事を望み、共に遊ぶ事を望み――子供の我儘の範疇で、奴隷である筈の彼女に様々な自由を与えた。
 彼らとの触れ合いの中で、流されるままに生きてきたドルジェの右の瞳にも、次第に光が燈り始めた。二人の傍に仕え、命を護る己の職務にも、誇りを抱けるようになった。――そんな頃、だった。

「どうしても、だめ?」

 リュネットが、小悪魔のようにいたずらな仕種で首を傾げる。ドルジェよりもわずかに背の低い所に在る、可愛らしい紫の瞳が潤みながら彼女を見上げていた。
「……禍を招くものであるから、不用意に人目に曝さぬように、と亡き祖父に云われましたので」
 ドルジェは困ったように眉を下げながらも、慇懃に固辞する。
 言葉遣いも、仕種も、淀みなく立場に合わせた振舞をできるようになった。
「私たちはドルジェの事なら何でも知っておきたいの」
「君が抱えている悼みなら、僕らも一緒に背負いたい」
 ――その、優しい言葉に胸を打たれたからこそ、拒むべきだったのだろう。
 しかし彼らを心から慕うようになっていたドルジェにそれを拒む意思はなく、また僕である彼女にそれを辞す力もない。
 請われるがまま、従順に彼女は右眼を覆う眼帯へと手を伸ばした。後頭部で結んでいる紐をほどき、数年ぶりにそれを外気に晒す。
 其処に隠されていたのは――煌々と輝く、光そのもののいろをした黄金の虹彩。
「綺麗」
「きれいね……」
 双子が手放しに賞賛する。うっとりと、惚けたように僕の瞳に魅入っている。
 ドルジェは祖父の言いつけを破った事への罪悪感と、二人の主が忌むどころか喜んでくれた事への喜びに、複雑そうな笑みをこぼした。

「本当に綺麗よ、ドルジェ」
「噫、その綺麗な瞳は――君は僕たちのものだ」

 ざわり。
「――ッ」
 ドルジェの背筋を冷たいものが這う。唐突な空気の変化。双子の聲が、甘やかで美しかった彼らの囀りが、今だけは、怖ろしくて堪らない。
「どうしたの?」
 双子が同じ仕種で首を傾げ、後退るドルジェを捉える。
 美しい二人の主は、変わらず透明な笑みを湛えている。無垢でやさしい、穢れない光のような。ひとつの創もない、完全な笑みを。
 ――その瞳に、粘着質な火が燈ったのを、哀れな僕だけが気づいていた。

 ◇

 ドルジェの双子の主は美しく成長した。
 実の父親をも魅了して已まない、愛くるしく優雅なディレッタントとして。

 客人の持て成しを終えた娘を労おうとして、父親は気が付いた。
 その後ろに控える僕が、何処か苦しそうに貌を俯かせているのを。
「如何した、ドルジェ」
 それを訝しんだ男が問いかけても、僕である少女はただ俯いて応えない。聡明で素直であった筈の僕のその様子をますます訝しみ、雇い主は彼女の貌を覗き込もうとした。
 心優しい彼の、気遣わしげな眼差しに胸が痛む。
 ――意を決したように、ドルジェは顔を上げる。
「――旦那さま、」
「何でもないわ。この子、ちょっと疲れているみたい」
 それを遮るように、リュネットが柔らかく微笑んで二人の間に割って入る。
 娘を愛する父はそれだけで疑念を払拭し、ドルジェを一瞥しただけでそれを信じた。体調には気を付けなさい、と僅か失望したような声音に、俯いたままの僕がびくりと肩を震わせる。
「ねえ、お父様。もう下がってもいいかしら」
 そして、少女はそう乞うた。訪問者への顔見せは済んだ。年頃の娘は自由を求める。甘えるような視線で、誰もが愛さずにいられない無垢な少女の貌で、訴えれば、父親は何を疑う事もなく頷き、彼女たちを解放した。
 リュネットは何かに怯えるような表情のドルジェを従え、弾む足取りで階段を昇っていく。――やがて、父親の視線が届かなくなった辺りで、足を留めた。
「もう」
 拗ねたような、甘えるような声音で、少女が声を零す。
 長い髪を翻して僕を振り返り、うっとりと、惚けるように微笑んだ。

「駄目じゃない、ドルジェ。――人前では口を利いてはいけないって約束、忘れたのかしら」

 その無垢な唇から紡がれるのは、毒を含んだ聲。
 無垢な少女の微笑みのまま、主は蔑みの色を湛えて、僕を見ていた。
「――ッ! 申し訳ありませ、」
「言い訳なんて聞きたくないわ」
 怯える僕の謝罪をも聞き流し、身を翻して自室へと向かう。
 扉を開けば、もう一人の主が彼らを待っていた。
「御帰り、リュネット」
「ただいま、エステラ」
 流れるような所作で扉に鍵をかけ、リュネットは双子の兄の元へと駆け寄っていく。ベッドサイドの椅子に坐した彼を抱きしめるようにしな垂れかかって、二人よく似た双子の主は、互いを慈しむ。ドルジェは扉の傍に佇んだまま、それを見つめる事しか出来ずにいた。――目を逸らしてしまえば、また彼らの機嫌を損ねるだけだと判っているから。
「ね、エステラ。聞いてちょうだい。ドルジェってば、お父様に告げ口しようとしたのよ」
 兄の膝の上に腰かけ、少女は甘えるようにそう告発する。言いつけを破って、と唇を尖らせる姿は可愛らしい少女そのものだが、その笑みが昏く、愉しそうに歪んでいる様子は背筋が凍るほどに怖ろしい。
「そうか。懲りないな、ドルジェも」
 呆れたように妹に同調するエステラの、蔑みの視線が立ち尽くしたまま動けないドルジェを突き刺す。

「ええ。ちゃんと躾け直さなきゃいけないわ。ねぇ、ドルジェ?」

 噫。
 こころの中で、何かが砕ける音がした。
 ――歪んだ笑みを浮かべる双子の姿は、闇の中で手招きする悪魔そのものだった。

 双子が黄金の瞳に魅入られてからの数年で、ドルジェは全てを奪われた。
 祖父から与えられた、狩人としての生き方も。優しかった主との思い出も。――そして、女である己自身も。

 ――すべて、この瞳の所為なのだと。
 気が付いたときには、何もかもが手遅れだった。

(――誰か、私をここから出して)

 光に愛され、闇に冒される少女の懇願を聞き届ける者は居なかった。

 力強く成長したエステラに、無造作に突き飛ばされる。寝台へ縺れるように倒れ込む。スプリングが大きな音を立てた。
「ずっと、その才が羨ましかったんだ」
 囁くように語りかけながら、青年は起き上がろうともがく彼女を抑え付ける。眼帯を毟り取って、外気に曝される黄金の瞳だけを見すえながら、独り言のように囁き続ける。
「いや――妬ましかった」
 壁に飾られた宝剣を手に取って、その鞘を払った。柄の宝玉がシャンデリアの光を跳ね返し、鋭い色彩がドルジェの右眼を射る。
 弓を教わりながら、こんな華奢な娘にも敵わないのかと陰で詰られていたとエステラは謳う。その度に、少年の矜持は傷つけられてきたと。それでも素直なドルジェは愛おしく、やり場のない妬みを持て余してきたと。

「何でこんな簡単な事に気づかなかったんだろう。――君が弓を引けない腕になればいいんだよ」

 ――そうすれば、誰も僕と君を比べたりしない。
 身体が竦む。この期に及んで、彼女の命を支えてきた最後の矜持までも永遠に奪うつもりなのか。
 微笑みながらそう謳う少年の、歪んだ狂気が突き刺さる。逃れようともがいても、数年の虐待の末に力の衰えた少女の身体では振りほどく事も出来ない。
「少し腱を傷つけるだけだから、怖がらないで」
 それで、僕は君を永遠に愛する事が出来るから。
 主は優しく微笑み、冷たい刃の切っ先で、そっとドルジェの頬を撫でる。恐怖に、少女の貌が竦む。
 その右眼で輝く黄金が、瞬間強い光を孕んだ。
 僕の上で剣を振り上げ、恐怖に苛まれるその姿を愉しんでいた主が、それに気付いた。――闇の濃い世界に於いて、異質な光の気配に、魅了され堕ちた筈の彼は尚強く惹き込まれる。
「噫。リュネット、見て!」
 妹の名を呼びながら、恍惚とした表情で光に貌を寄せる。
 怯え、貌を背けようとするドルジェの顎を掴み、閉ざそうとした瞼を指先で抑え付けて、その黄金に唇を近づける。光に魅入られて、最早腕の腱を断ち切る事も忘れたようだ。
 形のいい歯列を開いて、鮮やかな黄金を啄もうと――、

 その刹那、全てが光に包まれた。

 ドルジェに嗜虐的な笑みを向ける二人の主も。
 優しかった頃の、彼らの想い出も。
 二人がドルジェを玩具のように弄ぶ事実に気づきもしない、無情な彼らの邸も。娘と息子を信じ続ける大旦那様も。焔のように闇を焼き尽くす苛烈な光は何もかもを包み込んでいく。

 全てを焼き払って、光の守護は彼女を解放した。
 ――闇に包まれた、歪んだ彼の世界からも。

 <了>

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。オファー、ありがとうございました!

双子の主のお名前はシンプルに『闇中の光』をイメージして付けさせていただきました。お兄様が星、妹様が月となっております。また、蛇足ですがタイトルは『禁じられた遊び』という意味合いです。
筆の赴くまま自由に捏造してしまいましたが、PL様のご期待に添えていられれば幸いです。

今回は素敵な物語をお任せいただき、ありがとうございました。
闇の世界から解き放たれたドルジェ様の旅路に、光在りますように。
公開日時2014-03-30(日) 20:40

 

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