ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
その佳き日は見事な快晴。 爽やかな風が参列者たちの頬を撫で、教会のヴァージンロードを歩く花嫁のヴェールをふわりと揺らしてゆく。 「ああ……綺麗だ。とっても輝いている。おめでとう、幸せに」 真新しいスーツに身を包んだ親友が、目を細めて手を振っている。 その横では、 「よかった、ホント。これで俺も思い残すことは……一杯あるけど!」 真新しい首輪をつけたペットが尻尾を振っている。 「まさか、こんな日が迎えられるとは思ってもみなかったわ……私までこんな幸せな気持ちになれるなんて」 幸福ゆえの涙を白いハンカチでそっと拭いながら、母が眩しげに見ている。 「父さんも同じ気持ちだ。幸せを分けてくれてありがとう」 母の様子に、腕を組んで歩く父が微笑む。 「うん……」 それらの言葉に、はにかんだ笑みが漏れる。 前方で待つ花婿の、隙も無駄もなく引き締まった――いつもとまったく同じ武装だが似合っているのでよしとしよう――、百戦錬磨の武人然とした立ち姿を目にするだけで、幸せと愛しさが込み上げる。 「ありがとう、親父。俺、幸せになるよ」 「ああ。お前ならきっと大丈夫だ」 逞しい長身を、マーメイドラインのスレンダーなウエディングドレス、純白のシルクをふんだんに使った、やわらかな光沢の美しいそれに包み、手には清楚なブーケを持って歩む花嫁に、惜しみない惨事もとい賛辞と祝福とが贈られる。 ヴァージンロードの果てでは、神父を前に、伴侶が待っている。 「ダニー……」 ダーリンとハニーを掛け合わせた愛称で花婿を呼ぶと、彼が振り向き、片方だけの目を細めて笑った。 差し伸べられた手を取り、彼の横に並ぶと、神父が厳かな口調で式を執り行い始めた。 荘厳な聖歌のあと、指輪を交換し、生涯をともにする約束を交わし、――そしていよいよ、誓いの口づけ。 ヴェールを上げると、花婿の、雄々しく闊達な美貌が目に入り、尚更照れる。 ……照れるのだが、何か違う、と心の奥底で誰かが叫ぶ。 いやいや違わないってと裏拳でその誰かを沈黙させ、 「では、誓いのキスを」 神父の声に従ってふたり、顔を寄せ――…… その時になって、 「せ……」 何故その声が漏れたのか、自分でもよく判らない。 判らないが、 「せめて婿にしてええぇ――――ッ!?」 気づけば、花嫁は……桐島怜生は、絶叫しながら飛び起きていた。 正直、突っ込むとこそこだけでいいんだ、とツッコミが返りそうな叫びだったが、その時の怜生は必死だったので気づいていない。 荒い息とともに周囲を見渡せば、目に入るのは天幕。 傍らには性別の判然としない、朱金の髪の奏巫子。 「起きたのか。一体何の夢を――……」 言いかけた神楽・プリギエーラに、 「うぼあ@2:,あおo56&ぇあr%$$n@~|\./むご&=>あばああああ!!」 人間には理解不能な宇宙言語のような――いや、宇宙人だってこんな音声発しねえよ、とクレームがつくかもしれない――奇声を上げて、今まで横たわっていたベッドから躍り上がり、掴み掛かる。 「……?」 軽い錯乱状態の怜生に小首を傾げる神楽。 と、その足元から不意に、黒々とした巨大な影がせり上がり――それは、真紅に燃える七つの目を持つ異貌の竜だった――、神楽に今にも触れようとしていた怜生を、光ひとつない闇のような顎を開いてペロッと飲み込んだ。 「んぎゃあああああッ!?」 全身を何とも言えない感覚が貫き、怜生はそれで漸く正気に返る。 絶叫とともに正気に返った途端、お前なんか食えねーよとばかりに――さも不味そうに影竜の口からペッと勢いよく吐き出され、顔面から地面に着地しつつそれはそれで凹む。 「まあ落ち着け。何があった」 一歩間違えなくても危険すぎるショック療法を軽く断行した神楽に背を向け、 「俺は嫁が欲しいんであって、嫁になりたいんじゃないんだよー」 天幕の片隅で鬱陶しくいじけ続ける怜生。 そんな怜生を不思議そうに見ながら、 「嫁? まあ、もらうのもなるのもそんな違いはないだろう」 「いやいや全然違うって!?」 「それに、神託がもたらした夢だ、ありがたく受ければいい。これで怜生の未来も安泰だな」 「だから、受けたら嫁になっちゃうんだって! ていうかいかにも確定みたいな怖いこと言わないでー!」 「大丈夫だ、嫁の怜生も似合わないこともないかな、と思わなくもない、ような気がする」 「何がどう大丈夫なの!? っていうかそれ何のフォローにもなってませんがいかがかしらー!?」 多分神楽が口にしているのは励ましだ。 しかしそのどれもが、傷心の怜生をザクザク抉っている。 普段周囲を振り回している自分が振り回される、この切ない現実。 親友などは、そんな怜生を見たら、たまにはいい薬だ、と笑ったかもしれない。 「あああ……しかし、これ、正夢になったらどうすんだ……」 現実と照らし合わせても、のっぴきならない事態に陥りつつあるような我が身である。 ――頭を抱えて蹲った怜生が、壁に向かってそのまま小一時間煩悶したのも、無理のないことだったかもしれない。
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