クリエイターふみうた(wzxe5073)
管理番号1142-26613 オファー日2013-12-08(日) 21:01

オファーPC ルサンチマン(cspc9011)ツーリスト 女 27歳 悪魔の従者

<ノベル>

 竜刻回収依頼は、幸運と偶然の作用で1日も経たず完了した。

 竜刻を研究材料としている魔術師たちが集う街の話だ、余所者であるロストナンバーたちが、たった1つの竜刻を探し出すには、その能力を駆使しても7日はかかると見られていた、はずだった。

 だが、今、タグの貼られた小さな竜刻は、ルサンチマンの手にある。依頼を終えたと見るや、ヴォロスと縁深かった同行者たちは、それぞれ訪ねたい街が人がいるのだと、各地へ飛んでいった。

 疾うに目的を完遂した以上、何をすればよいのかと戸惑ったが、連絡係がいるとありがたいと言うので、請け負うことにした。ロストレイルが予定より早くくる可能性が、皆無ではないなら必要だろう。





 山肌張り付くような、坂の多い街だった。派閥によって住む場所も違うという。山頂近くに従い、大小の魔術師の塔が林立し、街の外には多少の農地と、未墾の森が広がる。

 ルサンチマンは、まだ宿すら確保していなかった。迎えが来るまでの間、無難に過ごせる場所はどこか、物色しながら街を歩くことから始めた。

 いつしか市場通りらしき場所にたどり着く。他の通りよりは賑やかに見えるが、想像以上に客足は少なく、客引きの声も聞こえない。
 ルサンチマンは宿屋を探して、視線をさまよわせた。店の少なさに、見当たらないかもしれないと、歩みを緩めて思案を始めた、その時、


―――くんっ。


 服の裾を、引く手があった。
 素早く身を翻して距離を取れば、きょとんと驚いた瞳と出会う。
 年の頃、6つ7つ。簡素な服に、赤髪を二つに括った女の子。小枝のような指が、宙に浮いている。
「すみません。びっくりさせたでしょうか」
 近付いて、ルサンチマンは目線を合わせるために、膝を折った。
「何か、用ですか?」
「……」
 微かに頬を緩めたようだった。それから、無言のまま、手を伸ばす。遠慮がちにルサンチマンに触れた手は、次第にぎゅっと握り込まれる。
「何か?」
「……」
 親しみとも、懐かしいとも、込められた視線を向けられている。何処かで会っただろうか?
 ルサンチマンは幾つか質問をしてみたが、彼女は首を振るばかりで、答えらしい答えは返ってこなかった。
 ただただ真っ直ぐに、ルサンチマンを見上げている。


………ラ!


 遠くで誰かを探す男の声が、ひどく大きく聞こえた。小さな肩が跳ねる。
 それまでルサンチマンから離れなかった視線が、振り向いて誰かを探しているようだ。

「シーオーラー! ……っとスイマセン! ゴメンナサイ!」

 名を叫びながら、あちこちぶつかって睨み付けられ、ぺこぺこ謝りつつ、進んでくる男が見えた。
 街ですれ違った魔術師たちとは異なる、焼けた肌。農夫風の出で立ち。

「シオラ! おまえドコ行ったかと思ったぞー。このお姉さんに遊んでもらってたのか? ほんと、どーもすいませんうちの娘が――」
 そこでルサンチマンを見た彼は、ぽかんと口を開けたまま、固まった。まじまじと凝視してくる様に、親子の姿が重なる。
 男の手が伸び、仮面に、手が

「――何か?」

 やや冷ややかな声音で、ルサンチマンは問うた。
 男は我に返ったのか、上げた手をめちゃくちゃに動かしながら、
「いや、あの、ヘンな意味で無くて、似てるなーって思って、思わずっていうか、わあああごめんなさい!! 悪気はないんだ! 許して!」
 あたふたと言い訳をしながら拝み倒す男。
 そんな二人を交互に見上げながら、小さな唇が、ぽつりとこぼす。

「死んだお母ちゃんみたい」


 それからルサンチマンは男に質問攻めにされた。どこから来たのか、旅人が来るのは珍しい、泊るところはあるのか、ないなら是非うちに泊っていけ――
 無駄に元気で陽気で考え無しでおしゃべりな男と、会ったときから手を離さぬ幼女に挟まれて、ルサンチマンはいつのまにか、彼らの家にやっかいになる流れとなっていた。




* * *




 魔術師ではない親子は、街の外れに住んでいた。
 ロストレイルの停車場は森にある。街中よりはこちらのほうが都合が良い、と、ルサンチマンは考えた。何くれと歓迎してくる二人を見ながら、数日ならば滞在を許しても良いかと、判断する。

 それに、彼ら親子と話していると、0世界で再会した3人の楽団員たちを思いだした。ルサンチマンの不気味な雰囲気や容姿を敬遠せず、彼らもまた同じように、ごくごく普通に接してくる。

 そう、例えば、名前を聞かれたときもそうだった。

 彼の名はウィル、娘はシオラ、と言った。
 あんたの名を教えてくれ、と言われ、ルサンチマンはちょっと考え込んでから、正しく答えた。
「“ルサンチマン”と呼ばれています。私個別の名前ではありませんが、今は他のルサンチマンとは会えていませんので、便宜上そのままで」
「そう呼ばれてるんなら、それが名前だろ?」
「いえ、ルサンチマンは総称で」
「じゃあ、ルサちゃん!」
 シオラが声を上げる。当初出会った時よりも、随分打ち解けた。
「ああ、そりゃいいや。アンタはこれから“ルサちゃん”だ」
「ルサちゃん、よろしくね」
 ウィルの決めつけに、同じ呼び方をされたことを思い出す。シオラの朗らかな声が、重なって聞こえる。
 あの時覚えた何かが、また胸に去来する。


 ウィルが朝早く仕事に出かけた後、シオラが一人で家事をこなしているというので、ルサンチマンは自然、それを手伝いながら、シオラの遊び相手をして過ごすことになった。
 淡々と、手慣れた様子で家事をするルサンチマンを度々見上げては、シオラがえへへと笑いかける。
 何か嬉しそうなのだが、ルサンチマンにはよく分からない。


 夕食後3人で話しているうち寝入っていまったシオラを抱えて、ウィルが立ち上がる。彼らの寝室へ、昼、掃除に入れなかったことをルサンチマンは思い出し、聞いてみた。
 たぶん、何かの魔術なのだろうと予想はつく。けれど、ウィルは魔術師ではないはずだ。
「あの部屋、元々はお母ちゃんの研究室だったんだよ」
 亡くなった母親は、はぐれの魔術師だったのだと、彼は説明した。どの派閥にも属さず、独自研究をする、この街では珍しいタイプだ。
「家族しか入れないようにしたって前言ってたことがある」
 だから今は、ウィルとシオラしか出入りできないのだと。

 何故か、ごめんな、と謝られ、お休みなさいと返して送り出し、ルサンチマンはひとり片付けを始めた。
 この街の魔術師たちは、基本家族にすら研究室を見せないのだと聞いていた。けれど、彼らは許されている。自分に似ているという母親は、どんなひとだったのか……想いを馳せかけて、ルサンチマンは首を振った。何をしているのだろうか。
 見つめていた食器を置き、次の皿に手を伸ばした。







 穏やかに数日が過ぎた。

「手料理ありがとう、ルサちゃん」
「いえ、世話になっている対価ですから」
「でもすんごく美味かったよ」
「ルサちゃん、明日はアップルパイ作ろうよ」
 ウィルに労われ、甘えて膝上で抱っこされていたシオラからはおやつをリクエストされる。
 随分と前からこの家にいたような、あたたかな時間。
 隣の畑の爺さんが腰をやられたので手伝ってきたとか、遊び友達から受けた悪戯のお返しが上手くいったとか、話を聞きつつ共に茶を飲み――、いつしかほんわりと唇を緩ませていた。







 夜に不似合いな乱暴すぎる音で、それは突然訪れた。

 シオラをルサンチマンに預け、ウィルが素早く立ち上がる。相手を知っている顔だ。
「……悪いけど、奥に行って」
 聞いたことのない声音だった。
 怯えたシオラがしがみついてくる。抱えて、席を離れた。

 シオラたちの部屋には入れない。ウィルの様子を見る限り、歓迎されざる客のようでもあった。そっと自分の部屋にシオラを隠そうとするが、強く首に抱き付かれ、そのまま廊下に身を潜める。

 今開ける、と言うウィルの声にかぶって、扉が蹴り飛ばされる音。今日こそ入れてもらえませんかね、客人が居るんだ帰ってくれ、煩い、待ってくれ、そんな押し問答。殴る音、倒れる音、それから――

 客間を耳で探っていたルサンチマンは、嫌な気配にシオラを下ろそうとした。
「いや。だめ。ここに、いて」
 シオラが涙声で訴える。ルサンチマンを案じているようでもあった。安心させるように、胸に抱きしめ、背を撫でる。

 遠慮の無い足音が二組、近付いてきた。うめき声が後から聞こえる。

 現れたのは、魔術師姿のふたり。それから、腕を押さえたウィルも姿を見せた。焦げた臭い。
 ローブの二人は、物珍しそうにルサンチマンを見遣り、娘に視線を移し、それから迷いなく近付いてきた。

「娘に手を出すな!」
 ウィルの腕が焼けているのを、ルサンチマンは見た。

「彼女の研究の成果を何も知らぬまま埋もれさせておくなんて、モッタイナイんですよ。我らがありがたくも引き継いでやろうと言うのに」
 ローブの男は横柄に言い放つ。
「渡さねば、家ごと燃やそうか。客人も娘も、さぞ困ろうな」
 床に、炎があがり、消え、また薄い炎があがる。
「さあ、我らを招き入れろ」
 彼女の研究室を真っ直ぐ杖で指す。彼らもまた、そこへの入る権利を持たないようだった。
「俺は知らないと言ってるだろう!」
 叫んだウィルが、見えない力で壁に吹き飛ばされる。シオラが泣き出した。


――そこまで、ルサンチマンは見ていた。


 気付けば、魔術師二人の襟首を掴んでいた。
 関係ないとも思った。けれど。
 何故だろう、身体が燃えるようだった。

 戸外へと一気に走り抜け、荷物のように放り投げる。
 入り口の扉を固く閉ざし、守るように背を向ける。

 尻餅をついた二人が、屈辱の顔でルサンチマンを見ている。
 彼女は口の端だけで嗤い、冷ややかに言い放った。
「私は悪魔の従者。お前たちの理の外にいる。――その力、私には効かぬと思え」
 音もなくギアを構えた彼女の腕が飴のように伸び、彼らの胸元を狙う。その異形の姿に、彼らの瞳へ恐怖が宿った。

 あの母親の魔術よりも、彼らの使う術は格下だった。
 結果、ほどなく魔力の源たる竜刻をルサンチマンに破壊された二人は、戦意を失い、立ち尽くすことになる。
「もしまた2人の前に現れたら……わかっているな?」
 彼らの喉元へ刃で印を付けながら、ルサンチマンは囁いた。

「この家に、二度と近づくな」
 逃げ帰る二人の背を睨みつけ見送って――我に返る。

 今のは依頼でも従者の役目でもなかった行動だと気付く。二人に見えぬよう閉じた戸を振り返る。消えた二人の行方に目を移す。振るった武器を見る。私は……

 これは、私の意思だった。

 芽生えた何か。いや、もう既に芽生えていたのかもしれない。
(“守りたいから守った”)
 自分の元になった3人の音楽家の記憶や感情に動かされたのでもなく、ルサンチマンでもなく“ルサちゃんが”守りたいから、守った。


 これからこの戸を開けて、私はどんな顔をしたらいいのか。
 ルサンチマンは途方に暮れた。




* * *




 今日、ロストレイルが迎えに来る。

 彼らはルサンチマンが何をしたのか聞かなかった。ただ彼女のみを案じて、無事でよかったと喜んだ。それから、諦めてくれればよいのに、と。
 明くる日からは、何事もなく時が過ぎた。


 別れの時が近いと告げた時、ウィルは何も言わなかった。今日も、ただ寂しそうに微笑んで、ごく自然に、ルサンチマンを抱きしめた。
「元気でな」
 とても優しい抱擁だった。


 シオラに手を引かれて、母親の研究室へと導かれる。
 ドアを開けて、先に入った少女が手を引っ張り、来ると思った反発は、何かの暖かな膜と感じ取れた。あるいは優しい手のような。
 明るい部屋は、多くの器具と書に溢れていた。おそらく何年も動かされていないだろうそれらは、綺麗に保たれている。掃除をする二人の姿が目に浮かんだ。

「これ、ルサちゃんにあげる」
 シオラが大事そうに何かを持ってやってきた。
 両手を開いて見せてくれたのは、古いペンダント。
「お守り。お母ちゃんの護りが、ルサちゃんにありますように」
 言って、小さな唇を寄せた。真っ直ぐな瞳が、涙で溢れそうだ。
「“ルサちゃん”のこと、忘れないよ」
「……ありがとう、シオラ。大切にする」
 思わず小さな身体ごと包んで抱きしめて、頬を寄せていた。


 自分も2人を忘れない。
 誰でもない、今活動している『ルサちゃん』が、そう思う。

 決して、決して、忘れない――

クリエイターコメント大変お待たせ致しました。ようやくのお届けです。
長らくお待ち頂き、ありがとうございました。
公開日時2014-03-27(木) 21:20

 

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