クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-27358 オファー日2014-01-31(金) 23:05

オファーPC ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
ゲストPC1 贖ノ森 火城(chbn8226) ロストメモリー 男 32歳 世界司書

<ノベル>

 それは、まだ、0世界にワールズエンド・ステーションの存在が――というよりも、その実在が――はっきりとは認知されておらず、また、ロストレイル13号など影もかたちもなかったころ、少なくとも一般のロストナンバーたちにはそれらの片鱗を伺うすべすらなかったころのこと。
 ちょうど、アーカイブに生じた損傷によって、昏睡状態に陥る世界司書たちが増え、ロストナンバーたちの活躍と献身によってそれも徐々に落ち着きを見せ始めていた時期のことだ。
 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、ターミナルの奥の奥、実に辺鄙な場所に位置する緑多きカフェ、彩音茶房『エル・エウレカ』へと足を延ばしていた。
 ここの台所を預かる料理人は、本職を世界司書に持つ赤眼の男である。
 名を、贖ノ森火城という彼は、つい先日、世界図書館と世界樹旅団の和解を示す親睦会とでもいうべき茶会の――といっても、主目的は炊き出しや周辺の修繕で、茶会はそのあとの労いのようなものだったが――さなか、意識を失って倒れ、昏睡状態となったところを、ロストナンバーたちの活躍によって救い出されたのだった。
 ジュリエッタは、その救出劇には参加していない。
 しかし、炊き出し及びその後の茶会には加わっていたため、とても心配していたのだったが、おそらく救出作戦に参加したものと思われるロストナンバーたちから火城が回復した旨を聴き、様子を見に『エル・エウレカ』を訪れたのだった。
「火城殿。どこじゃ……火城殿」
 じっとしていられない性分の男であるから、どうせ、なんぞこしらえているのだろうと、店の入り口をくぐり、あちこち呼ばわる。
 すると、作業や接客に精を出していた巫子と魔女ッ娘おっさん(この時は幸いにも普通の出で立ちだった)が顔を覗かせ、火城ならば厨房だと、彼女をそちらに通してくれたのである。
「……火城殿。今日はいったい何を……ほう、新作の開発かの」
 赤眼の強面司書は、色とりどりの瑞々しい材料を調理台に広げ、さまざまな調理を試みている様子だった。
 ジュリエッタが声をかけると、火城はにんにくを刻む手を止め、顔を上げ、そしてかすかに笑う。
「ん、ジュリエッタじゃないか。茶でも飲みに?」
「いや、火城殿のことが気になってな。その後、体調はどうなのじゃ?」
「お陰さまで、何ごともない。すこぶる元気だ」
 表情豊かというわけではないが、赤眼の司書が穏やかで真面目な性質の持ち主であることは周知の事実である。彼が元気というからには、元気なのだろうが、それにしても、とジュリエッタは笑う。
「しかし、休む間もなく新メニュー研究とは」
「まあ、好きだからな。料理をしていると、嫌なことも憂鬱なことも、すべてが瑣末なことのように思えてくるから、不思議だ」
 肩をすくめたのち、ハーブを刻み始める火城は、本当に料理をするという好意を楽しんでいるようだ。今のところ、将来有望な婿殿絶賛募集中のジュリエッタの恋愛センサーに引っかかってくる類ではないが、何となく、手を貸したい、と思わされるのは彼の仁徳なのか、それともジュリエッタがお人好しなのか。
「ほう……ならば、わたくしにもなんぞ、お手伝いをさせていただけるかの」
 ジュリエッタが腕まくりをすると、火城は小首を傾げたのち、
「そうか、それは楽しみだ」
 そう言って、彼女にエプロンを差し出した。
 うむ、とうなずき、エプロンを身に着けつつ、ジュリエッタは「自由に使ってくれて構わない」と提示された食材の物色へ向かう。
「さすが、よいものばかりが揃っておる」
 いくつかの肉の塊と香味野菜を物色し、調理台の一角に固めて置いたのち、次にトウモロコシの粉、それからりんごと小麦粉をチョイスしてから調理器具を取り出す。
「材料からして、イタリア料理か」
「うむ、まずはボッリート・ミスト・アッラ・ピエモンテーゼを」
「ほう。壱番世界はイタリア、ピエモンテ州の郷土料理ということだったか……初めて見る」
「そうじゃ、イタリア風おでん、イタリア風ポトフなどとも呼ばれておる。様々な種類の肉を香味野菜とともに茹で、サルサ・ヴェルデとともにいただくのが最善じゃの」
「サルサ・ヴェルデなら判る。ちょうどバーニャ・カウダをやろうと思っていたところだ、サルサ・ヴェルデもいっしょにつくろう」
「では、お願いしよう。このトウモロコシの粉は、」
「ポレンタにするんだろう」
「その通りじゃが、詳しいの」
「うちの常連というか半分店員みたいなやつに、神楽と言うのがいるだろう」
「うむ」
「アレがな、世界こそ違うが、イタリアと日本のハーフなんだ」
「おや、神楽殿はわたくしと同じじゃったか」
「まあ、そういうわけで、時々イタリア料理をつくれと言われるのもあって、いろいろと知識やレシピはある」
「なるほど……しかし、ボッリート・ミストには馴染みがないということは、ピエモンテ料理とはあまり縁深くないようじゃな。では、張り切って伝授せねばなるまい」
 牛の塊肉、牛タン、豚スペアリブ、鶏もも肉の塊を、大雑把に切った人参やセロリ、丸ごとの玉ねぎやにんにくとともに鍋に入れ、肉がかぶるくらいまで水を入れて火にかける。アクを取りながらことことと煮込むだけの、豪快で温かい、冬の名物料理である。
「ここに、コテキーノと呼ばれるサラミや、粗挽きのサルシッチャを入れて煮てもおいしいのじゃ」
 ボッリート・ミストの仕込が終わったので、ジュリエッタはポレンタづくりへと移行する。
 ポレンタとは、トウモロコシの粉を沸騰した湯やだしで煮揚げる料理である。これを焼いて、料理に添えることもある。もともとは、寒冷な北イタリアで主に食べられてきたものであるらしい、素朴で滋味深い料理だ。
「硬いのとやわらかいの、どっちだ」
「ボッリート・ミストには硬いほうが合いそうじゃの」
「なら、天火の準備をしておこう」
 鍋に湯を沸かし、そこへトウモロコシ粉を振り入れて煮、焦がさないように練り上げてゆく。工程はシンプルだが、神経を使う作業ではある。
 巧みに練り上げたポレンタをオーブンで焼き、ボッリート・ミストのつけあわせにする。
「こっちのりんごは?」
「ドルチェに、りんごのフリットを薦めてみようかと思っての」
「ああ、それはいい。ちょうど、壱番世界の日本から、質のいいりんごを大量に仕入れたところだった」
「うむ。日本のりんごの品質と来たら、世界がうらやむレベルゆえな」
 ジュリエッタがフリットの支度をする傍らで、火城はサルサ・ヴェルデ――たっぷりのイタリアン・パセリにオリーブオイルやパン粉、ワインビネガー、にんにく、アンチョビなどを加えてつくる、肉とよくあう緑のソースである――をつくりつつパプリカやニンジン、セロリ、ブロッコリー、カリフラワーを蒸している。オリーブオイルににんにくとアンチョビを加え、更に生クリームを加えたのち滑らかに裏ごししたソースをつけていただく、バーニャ・カウダがあっという間に出来上がる。
「ジュリエッタ、他に、冬に適したピエモンテ料理はあるか?」
「うむ、それならばフリット・ミスト・アッラ・ピエモンテーゼであろうな。ピエモンテ州は夏暑く冬寒い地域での、冬にはカロリーの高いものを食すことで温まろうという意図のもと、揚げ物をよく食すのじゃ」
「なるほど。材料は?」
「野菜、肉、果物、チョコレートまで、何でも揚げるのが身上じゃの。衣は、パン粉をつけたものであったり、てんぷらのようなものであったりする。ポレンタ粉をつけて揚げるのも美味じゃぞ」
 滔々としたジュリエッタの説明を、火城は一言一句聞き漏らさぬ様子で頷き、彼女から伝えられた情報をもとに、カリフラワーや蕪、きのこ、豚肉や鶏肉を食べやすい大きさにカットする。その傍らで、ジュリエッタが、輪切りにしたりんごに衣を絡め、手際よく上げてゆく。
 香ばしく、甘い香りが漂った。
「あとは、ピエモンテ州と言えばワインじゃ。バルバレスコにバローロ、アスティ・スプマンテなど、上質のワインにはこと欠かぬ。バローロで煮込んだ牛肉、ブラザートもお薦めじゃな。内臓系が好きなら、トリッパ・アッラ・ピエモンテーゼもお薦めじゃ」
「トリッパ……ハチノスのことだな」
「うむ。しっかりと茹でて臭みを抜き、香味野菜やキャベツ、バターとともにブイヨンで煮込み、仕上げにグラナ・パダーノをすりおろしてかける。それはもう、たっぷりとじゃ。トマトと煮込んだトリッパはポピュラーじゃが、わたくしはトリッパ・アッラ・ピエモンテーゼのほうが好きじゃな。食べつけておるからかもしれぬが」
 ふむふむと頷きつつ、火城がフリットを揚げはじめると、ジュウジュウという食欲をそそる音と匂いが立ちのぼった。
「火城殿、りんごのフリット以外に、何かデザートを?」
「今のところ、ザバイオーネは考えている」
「おお、それは素晴らしい。マルサラ酒で練られたザバイオーネ(カスタード・クリーム)と来たら、大皿一杯でもぺろりと行けてしまうゆえ。そうそう、ヘーゼルナッツがあるのなら、トルタ・ディ・ノッチョーレをお薦めしたいのじゃが」
「ヘーゼルナッツか、それならある」
「粉にすることは?」
「先だって、フードプロセッサーとミルミキサーというものを譲ってもらった。あれは便利だな、なんでも一瞬だ」
「うむ、ミルミキサーがあれば、挽きたてのコーヒーがいつでも楽しめるものな。さておき、ヘーゼルナッツは、ピエモンテ州の名産品なのじゃ。トルタ・ディ・ノッチョーレは、そのヘーゼルナッツの粉を使った、素朴なパウンドケーキでの」
 もそっとした口当たりながら、口いっぱいに広がるヘーゼルナッツの香と、この素朴な味わいの虜になるものは少なくない。
 ジュリエッタから材料とつくりかたを聴きつつ、火城は次々と料理を仕上げてゆく。今回の、火城の手際のよさは、ジュリエッタの説明の巧みさに比例していると言ってよかった。
「ふむ、参考になった、ありがとう。しかしジュリエッタ、あんたもいい腕をしているな。説明が巧いのは当然ながら、手際もいいし、食材への見極めが的確だ。将来は、そういう仕事を?」
 ジュリエッタから教わった、タルトゥフォ・ビアンコのタヤリン(白トリュフのパスタ)を仕上げつつ、てらいなく、世辞など一片も含まぬ風情で火城が賛辞と疑問を口にする。
 ジュリエッタははにかんだように笑い、頷いた。
「わたくしの母が時々つくってくれた、懐かしい味じゃ。母に、もう一度その味を乞うことは出来ぬが、わたくしがこうして覚えておれば、そしてそれを繰り返しつくり、誰ぞと舌の楽しみを共有することが出来れば、記憶が失われることはない」
「……そうか」
 ジュリエッタのしんみりした気持ちから彼女の背後事情を汲んだか、火城が悼みの含まれた眼差しを向ける。ジュリエッタは、彼の心遣いに応えるように、ひときわ明るい笑顔をみせた。
「まだ、先のことなぞ判らぬがの。いずれはイタリア料理の店を開きたいと思うておる。ピエモンテ料理だけではない、イタリア全土の美味なものを集めた、おもちゃ箱のような楽しさと、我が家のようなくつろげる空間を組み合わせたような喫茶店にしたいのじゃ」
 それはまだ、夢でしかないが、ジュリエッタにとってはいずれ必ず叶えるべき未来でもあった。
「あんたの、大切な思い出や、夢のこもったメニューを教えてくれて、ありがとう」
 それを察したのだろう、火城が深い謝意を口にする。
 ジュリエッタは微笑んだ。
 好い御仁じゃ、などと内心で思いつつ、
「少しでも新作メニューの役に立てば嬉しいぞ。さあ、皆とともに食べようではないか」
「そうだな、皆、喜ぶだろう」
 ジュリエッタは肉を取り分け、サルサ・ヴェルデを添えたボッリート・ミストの皿を差し出した。
「?」
「火城殿のぶんじゃ。――快気祝いも兼ねて、たまにはおぬしも、どうじゃ?」
 悪戯っぽく、片目をつぶってみせれば、しばしの沈黙ののち、火城は皿を手に取った。微苦笑とともに頷く。
「では、相伴にあずかろう」
 ジュリエッタは満足げな笑みを浮かべ、大きな盆へと料理を載せてゆく。
「賑やかにやろうではないか。日々を楽しむこと、楽しみを見つけ出すこと、それを受け止めることは、とてつもなく大切なことじゃと、おじいさまからも教わったゆえ」
 もちろん、火城が、それを否定するはずもなかった。



 ――それはまだ、恋心からは遠いころ。
 孤独から道を反れた老婦人を殺め、苦悩に沈むジュリエッタが、火城のちょっとした励ましと助力から、降ってわいたかのような想いを抱くようになるのは、もう少し先のことである。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
ジュリエッタさんがまだまだ『子ども』だったころの、ほのぼのとした一幕をお届けいたします。

ご紹介いただいたピエモンテ料理、恥ずかしながら不勉強でしたので、今回、執筆しながら調べさせていただいたのですが、まあなんというか涎の止まらない料理の数々でありました。
また、ジュリエッタさんやご両親はピエモンテ州に何かの所縁がおありなのかしら、だとするとお家にはトマト農園の他に、もしかしたらブドウ園もあったのかも……などと、奪われ失われたジュリエッタさんの故郷に思いを馳せるなどさせていただきました。

ピエモンテ料理に心惹かれすぎた結果、料理の描写に全力投球してしまいましたが、なんやかんやで息の合うふたりの、初期のころはこんな感じだったのかなあなどとお楽しみいただけましたら幸いです。


それでは、どうもありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけることを祈りつつ。
公開日時2014-03-23(日) 19:30

 

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