クリエイター錦木(wznf9181)
管理番号1144-13563 オファー日2011-11-10(木) 06:31

オファーPC メルヒオール(cadf8794)ツーリスト 男 27歳 元・呪われ先生

<ノベル>

 耐えられない。このままでは俺は、メルヒオールという男は早晩狂ってしまう。だが誰に言うことも許されない。誰が信じるというのだろう? 俺だって自分の身に起こったことでなければ、いや自分の身に起きたことであっても最初の晩は、信じていなかったのだ。況や赤の他人に話したところで一笑に付されるか、医者を進められるかのどちらかだ。
 だが俺は、俺の身に起きた忌まわしい出来事を抱えたまま死ぬことにも耐えられない。誰かに話を聞いて欲しい。俺に何があったのかわかってほしい。だがそれは既にかなわないことも知っているのだ。日は沈んだ。外は血のように赤い。もうすぐに夜が来る。夜と一緒にあいつはやってくる。そうなったらもう終わりだ。時間がない。俺は恐ろしくてたまらない。白状する。恐怖に耐えかねてペンを握っているのだ。何かしていなければ魔女が来る前に俺はどうにかなtってしまう。論文用に買い込んだ羊皮紙があったから書いているだけだ。なかったらいっそ無心に叫ぶか、あるいは自分の血ででも床や壁に綴っていただろうか。これを読んでいるおまえは、俺を臆病だと思っているんだろう? ならお前も俺と同じ目にあってみればいい。魔女に恋されてみろ。そうすれば俺の気持ちがよくわかるだろうさ。
 魔女と聞いておまえは何を思い浮かべる? 当ててやろうか。絵物語の、杖を一振りしてお姫様をヒキガエルやロバに変えて高笑いする、そういうものを思い描いたのだろう? あながち間違いではない。魔女にも何か種類があるなら知らないが、俺の出会った魔女は確かにそのような魔法を高度に使いこなす恐るべき存在だった。その魔法とは、いや、その魔法についてはこの後で詳しく述べることにする。自分について決定的な物証を記されたことに魔女が気づいたら、俺は今すぐ殺されるかもわからない。嫌だ。死にたくない。せめてこれを書き終えるまで生きたい。
 魔女はいる。信じろ。俺は魔女と直接、言葉も交わした。奴らは伝承の中の存在ではない。奴らはどこにでもいる。何から書こうか少し迷ったが、やはり最初の出会いから書くべきだろう。俺が魔女と会ったのは、魔法学校の教室でだった。いつものようにルーズベリアが休んで、その代わりに授業をしに行った。授業中に特に不審なことはなかった。あるいは、不審だと思われないよう魔女が何か魔法を使ったのか。今となっては解明するすべはない。ともかく俺はいつものように授業を始め、授業をし、授業を終えて、片づけをしている最中に、昼休みの解放感に賑やかな教室の一角に、ふと、としか言いようのない理由で視線を向けてしまった。
 ああ、クソ。クソ。どうして俺は見てしまったんだ。手元だけを見ていればよかったんだ。どうして顔を上げようという気になったのか、そんなこともう覚えていない。前髪が伸びてきたのかもしれない。まつ毛についた埃を払おうとしたのかもしれない。あるいは、その席にいつも座っていた女生徒が、その日たまたま体調を崩して午前中は休むという連絡が来ていて、それが心配という訳では全くなく、そろそろ来るころだろうと、まっとうな教師としての意味で、そういう、どこにでもある平々凡々な日常風景が理由だったのだ。わからない。わかったところでもう遅い。重要なのは、俺のその行動がたまたま魔女の気を引いてしまった、ということだけだった。俺の身体をこんなにした原因、おぞましき金髪の魔女。
 休んでいる女生徒のことは、生徒の中でも特に覚えていた。昼食に俺がリンゴを食おうとしているとテコテコやってきては「それだけ?」と眉を顰め、「私のおかずあげるね」とこっちが返事もしていないうちから自分のランチボックスを開けて、これを食えあれを食えとサンドイッチを俺の前に山盛りにするような(ピクルスは嫌だと言ったのに聞いちゃいない!)少しそそっかしいところのある娘だった。しかし成績自体はかなり優秀で、特に魔法の言語化について独自のユニークな見解を持っていることろなど、本人には絶対に言わないが、将来、彼女が書くだろう論文を読むのが楽しみだった程度には気にかけていたような気がする。(※この手記を読んでいる人へ もし魔法学校関係の奴にこれを見せることになったら、ここから上の五行ほどは塗りつぶしておいてくれ)特にその日の授業範囲は彼女ならきっと興味を持つだろうと思い色々とネタを……ああ、もう。この話はいい。とにかく、その授業中ずっとぽっかり人気がなかったはずの席にいたのだ。魔女が。もっともこの時はまだ魔女だとは認識していなかったが。認識できていたらどんなに良かったか。魔女は頬杖に顎を乗せ、夕日よりも月よりも赤い大きな瞳でじっと、こちらを、俺を、メルヒオールを、見ていた。金色の髪が一房、つまらなそうにひんまがった唇を縦断していた。顔立ちは、美しかった、はずだ。今はおぞましいとしか思えないが、確かにあの時の俺は魔女を美しいと感じた。ただ、人形じみて非人間的な不気味さも同時に感じてはいたが。
 魔女は年齢だけならクラスに溶け込んでいたが、生憎とその席は休んでいる彼女の席だった。見知らぬ子供が休んでいる生徒の席をかってに占領していたのだ、教師としては声をかける以外に選択肢はない。
「おまえ、隣のクラスの奴か? 友達とおしゃべりしたいなら、生憎その席はもうすぐ本当の持ち主が――」
「私のことがわかるの?」
 俺の言葉を遮って、魔女が驚いたような声を上げる。少女らしすぎるほどに澄み切った、ガラスの鈴の声色。
 近くで見ると、その少女の髪が尋常でなく長いことが分かった。背中に隠れて正確にはわからなかったが、最低でも膝までは伸びているだろう。それが絹繻子の輝きで肩や背中や胸や膝を艶やかに覆い尽くしている。まん丸の形に、目が見開かれる。そこで初めて、俺はその女生徒に白目の部分がないことに気づいた。赤い、二つの穴がぽっかりと虚ろに開いて、俺を吸い込もうと誘っている――そんな想像をしてしまい、背筋にぞくりと震えが走る。なんだこいつ。なんだこれ。それを隠すように声はいささか乱暴になった。
「は、あ? 何、言ってるんだ。現にこうして……いや、そんなことより、今のうちにさっさと――」
 最後まで言い切れることなく、再び俺の言葉は途切れる。背後から衝撃。同時に何か温かいものが背中にぴったりとくっついて、腹に回された腕にぎゅっと力が込められる。
「先生、おっはよー!」
 例の、休んでいた女生徒の登校だった。今まで寝込んでいたとは思えないほど、声は溌剌としている。首を捻って確認するが、抱きつかれている体勢のせいで、つむじしか見えない。名を呼ぼうとして、舌先が強張っているのに気づいた。唾を一つ呑みこんで、息を吸って、吐く。
「アヌシュカ」
「ごめんねー先生、せっかくの先生の授業なのに出られなくて。私がいなくて寂しかったでしょう?」
「な、に言ってんだ。いいから大人しく席に」
 ついとけと言おうとして、勢いよく視線を戻す。背後で「はぁい」と軽い返事が聞こえ、アヌシュカは机にぴったり引っ付いた椅子をガタガタ音立てて引いて腰かける。
 あの人間じみた何かは既に金髪の一筋さえ残っておらず、ただクスクスと、硝子の笑い声の遠い残響のようなものが微かに、聞こえた気がした。

 それから幾日かが経ち、俺はあの日のことなどすっかり忘れていた。きっとどこかのクラスで変身魔法の実習でもしていて、悪戯心のある誰かにからかわれたのだろうとでも疑念に無理やり折り合いをつけて、日常の暮らしに戻っていった。戻ったふりをした。ああ、「日常」、こんなに薄っぺらい言葉を俺は知らない。きっとすでに俺はわかっていた。わかっていて目を逸らした。あの古ぼけた椅子から音も立てずに立ち上がり、すぐ隣にいた俺に気づかれないよう教室を出ることが、どんなに不可能なのか、きっと俺は気づいていた。気づいていて目を逸らし続けた。報いはすぐにやってきた。
「あれから私、色々調べてみたのだけれど、やっぱりあなたの魂が一番、おいしそうだったわ」
 図画と辞典の谷間で論文をガリガリしていた俺に、魔女はそう言った。背中にしょった窓から、滴るような赤い満月が輝いて、魔女の全身を血染めにする。魔女は一糸まとわぬ姿をしていた、と言っては語弊があるかもしれない。服らしい服は身に着けていなかったが、代わりに長い金の髪がまっすぐ、マントのように魔女の少女の姿をした体躯を覆っていた。
「お前、どこから、」
「そんなことどうだっていいじゃない。ねえ、いいでしょう、ぜんぶちょうだい」
 魔女が裸足の足を一歩、踏み出す。ひたり、ひたり。俺は突然気づいた。部屋が冷たくなっている。暖炉には薪が燃えていたはずだ、机の上にはランプもあった。なのに今背後から感じるのは炎のぬくもりではなく、何かクチャクチャと生物の肉をすりつぶすようなおぞましく冒涜的な音で、俺はふりむこうとさえ思えなかった。振り向いたら俺という人間が終わると、本能が教えてくれた。
 魔女は微動だにしない俺を見てますます嬉しそうになる。瞬き一つしない虚ろの赤がにんまりと三日月の形に細められる。狂気的な美的感覚の吟遊詩人なら、その光景を麗しの乙女の恋の微笑みとでも表現したかもしれないが、俺にとっては恐怖の塊でしかない。
 足音は俺の前で止まった。俺は動けない。魔女は笑っている。その顔がぐにゃりと非幾何学的に歪む。一体ここはどこで、これは何だ。一切の挙動というものを忘却の彼方に置き忘れた俺の手を、魔女が掬う。夜よりも氷よりも冷たい手の温度に一瞬心臓が縮まるが、続く衝撃に比べればかわいいものだ。
 魔女は尊いものを扱う手つきで俺の右手を持ち上げると、その甲にちゅ、と軽い音を立てて口づけた。その唇もまた凍てついていた。おおよその生物が持ち合わせている体温というものが一切、感じられない。その唇が燃え上がった。熱い。熱い痛みが口づけられた箇所から手の甲全体に広がっていく。経験したことのない苦痛に手と言わず全身が跳ね、椅子から転げ落ちるが、魔女に握られた手だけは微動だにしない。地獄のような痛みは突然に途切れた。魔女の唇がゆっくりと離れていく。口づけられた箇所は灰色の、石じみた質感に変わっていた。
「お前、は一体……」
「うふふふふ」
 魔女の真っ赤な二つの穴には、絶望に目を見開く俺の姿が映しだされていた。
「こんにちは、せんせぇ。私は魔女。あなたのことがだぁいすきで、私だけのものにしてあげるために参上した、石の魔女」
 その後何時間なぶられ続けたのか、正確な記録はわからない。断片的な記憶の中で、クスクス、魔女はいつも笑っていた。手の甲が終わると、今度は指先。指の股までねぶられて、何度も気が狂いそうになる。そのたびに魔女はまたちゅ、と音を立てて皮膚を冷たく燃やし、その痛みで俺は正気の世界に戻ってくる。魔女が笑う。俺は泣く。
 やがて朝が来た時、解放されたと思った。右腕は肩まで完全に石となり感覚の一切は失せていたけれど、命だけは。与えられ続けた痛みに絶叫し続けたのどがかさかさにひび割れて血を噴いていた。全身は冷や汗にぐっしょりと濡れそぼり、ハアハアと浅い息を吐く俺は追い詰められた小動物じみていたに違いない。
「今日はおしまい。また、こんや、ね」
 白磁の頬もなめらかに垢一つ浮かばせず、魔女は禍しく笑んだ。
 もうどうにもできない。手は尽くした! 魔女に関するあらゆる論文を読み魔法陣をためし果ては絵本にまですがった! 考えられるあらゆる手段でもって夢とも現実ともつかない空間そのものに立ち向かおうとした! その結果がこれだ。もう無理だ。時間がない。(字が乱れていて三行判別不能)右腕は完全に石と化し、右足も左足も、胸から下のすべては魔女の支配下に置かれてしまった。唯一俺に残されているのは左手だけだが、これもあとほんの少し時が経てばになればあの女に奪われ、そして俺の全ては完全にあいつの所有物と化すのだ。猛烈な眠気に襲われる。だめだ。魔女がきた。もう時間がない。もう字が書けない。窓ががたぴし鳴いている。あいつが叩いていrう。まだいわなければならないこと、やまほどあるのに、まぶたはおも(手記はここで途切れている)

クリエイターコメントお待たせいたしました。

捏造歓迎ホラーな雰囲気でということで、筆に任せて書き重ねさせていただきました。
メル先生の一人称楽しかったです。
女生徒さんの設定は以前のプラノベから拝借です。
この度はご依頼ありがとうございました!
公開日時2011-12-20(火) 23:00

 

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