●「鬼はーそとー!!」 彼がアホみたいに豆をぶつけられまくってる理由は一つだけ。 ただ、頭にちょっと角が生えているだけだ。 理不尽に異世界にはじき飛ばされ、理不尽に豆をぶつけられまくれ、理不尽に追い回されている。 だが、彼は怒っていなかった。「福はーうちー!!」 (いたっ! いたたた!!) 痛いのだ。豆とはいえそれなりに当たれば痛いのだ。額が若干赤い。 だが、彼は怒っていなかった。(もっと! さあ、もっとだ!!) 恍惚の表情を浮かべる鬼に対して、純粋なお子さまはこう言った。「お兄ちゃんきもーい」●「あぁもうっ! めんどくさいっ!!」 なんで私のとこにはこんなんばっか集まるんでしょうかねとロズリーヌ・グリーベルはぐったりとして言った まあまあと天使のようなツーリストの少女が宥めている。「こんにちは。みなさんにお願いがあります。壱番世界に飛ばされてきたロストナンバーがいます。保護してくださいませんか?」 それで、何がめんどくさいんだと旅人達が尋ねると、ロズリーヌは頭を振った。「いえ、内容としてはそんなにめんどうではありません」 詳細はこうですとロズリーヌは説明する。 場所は壱番世界、日本。そこに人型のロストナンバーが飛ばされた。 幸い、多少背は高めなものの、壱番世界の人間としてもそう問題はない体躯。髪色は銀に近い灰色で目は赤いけれど、どこかのヴィジュアル系のお兄さんかくらいにしか思われていない。 ただ、一箇所。特異な点があった。「額に一本の角があるんです。角」 それって問題じゃないのかと旅人達が怪訝な顔をすると、再びロズリーヌは頭を振った。「今回に限れば、ほとんど問題ありません。節分なんです。あ、知ってますか? 日本に伝わる風習です。その日は頭に角の生えた鬼に豆をぶつけるイベントが各地で開催されるのです」 だから、みなさんがたどり着く頃には、鬼役と勘違いされたそのロストナンバーは豆を人々にぶつけられている事でしょうとロズリーヌは言った。 それって可愛そうじゃないか、怒って暴れ出したりはしないのかという問いに、ロズリーヌは三度頭を振った。「大丈夫です。まったく問題ありません」 どうしてと尋ねると、ロズリーヌはフッと笑った。「その人、豆ぶつけられて喜んでます」「「…………」」「むしろ、保護しようとしたら、ここを離れたくないとか言い出すと思います」「「………………」」 そんな事もわかるもんなのと微妙な顔で尋ねた旅人をロズリーヌはキッと睨み付けると続けた。「わかっちゃったんですぅー……その人、基本的に敵対的な行動はとらないと思いますけど、特殊な嗜好をお持ちですので、保護の際は多少対応をお考えください。破壊的な特殊能力があるわけではないのですが、単純に力は強いので駄々をこねられるとめんどうでしょう」 でも、とロズリーヌは続ける。「きっと、そんなに手間取らないと思います。だから、終わったら少し遊んできてもいいですよ?」 片目を瞑りながら、ロズリーヌは人数分の紙切れを差し出した。「地域の豆まきと恵方巻き会が行われているところなんです。豆まきに参加してもいいですし、これを差し出せば、自分の好きな巻物を作って食べられますよ」 手作り感の溢れるチケットを旅人達に一枚一枚手渡してから、ロズリーヌは頭を下げる。「私はここを離れられないので迷い子を助けてあげることが出来ません。みなさん、お願いします。気をつけて行って来てくださいね」 いってらっしゃいと手を振るロズリーヌの笑顔は心なしかいつもより清々しかった。
●この鬼、外に逃げ出さない 寒空の下、どこからか元気に走り回る子供達のはしゃぎ声が聞こえる。 「おにはーそとー!!」 「この鬼つえぇ! 全然逃げない!」 「豆が足りない! 補給はまだか!!」 鬼役の一人だったおじさんが鬼のお面をとって休憩中だ。町内会のテントの下で数人のおじさんとおばさんが湯気の立つ紙コップを手に和やかにその光景を見守っていた。 「助かるなぁ。若い人にやってもらえると」 「特殊メイクまでしてくれてなぁ。映画みたい」 「派手なお兄ちゃんが出てきて何かと思ったけど、優しい子なのね」 そうじゃないんですけど。 何も知らないというのは幸せなことである。 「あの、すみません」 「はい?」 「ヴィジュアル系な、銀髪っぽい赤目の鬼……知りません?」 「あらまた綺麗な格好のお嬢さん達ねぇ」 「なるほど、あの兄ちゃんの知り合いかー。あっちで子ども達の相手をしてくれているよ」 現場に到着したディーナ・ティモネンがテントの人達に尋ねると、彼らは一箇所を指差した。 はしゃぐ子供達の中で頭三つ分くらい飛び出ている銀の髪。 「居た。何か、楽しそう?」 「あれだな」 「あの人を、保護して帰らないといけないんだね」 「すみませぇん。その前に……ハギノさんとディーナさん、お久しぶりですぅ☆他のお二方は……多分初めまして? 川原撫子ですぅ、宜しくお願いしますぅ☆」 「あ、ご丁寧にどうも。虎部隆です」 「お久しぶり」 「お久しぶりっすね」 「こんにちは、ニワトコです」 「よろしくお願いしまーす」 一仕事する前にほんわか自己紹介タイムを終えた旅人達は、さてどうすると顔を見合わせる。 ひとまず子供達は大はしゃぎでテントに駆け込んでは豆を受け取りまた駆け戻っていく。色々と楽しそうではある。 「さっそく、どうしましょうかぁ?」 「やる気満々だな」 「そりゃ恵方巻きが待ってますもん☆依頼解決に熱意漲っちゃうのは仕方ないですよぉ」 「それで、節分っていうのはえっと」 「角の生えてるひとに豆をぶつける……?良く分からないけど、不思議な日があるんだね。ぶつけられる役の人は、嫌じゃないのかなー……」 「どちらかというと好きこのんでやるものではないと思いますぅ」 「でも、今回の角の人は楽しいみたいだからいいのかな?」 「まー、ぶつけられて悦ぶとかちょっとそういうの理解できないけど……別にいいじゃん?」 数日もしたら豆まきも終わるわけだし当てられて悦んでもらおうぜと軽い調子の隆。 子ども達から怒濤の豆の集中砲火を浴びせられている(ちなみに屋外につき回収しやすい落花生)鬼の彼は幸せそうに微笑んでいるのがここからも見えた。 「先にこっちのチャレンジ、しちゃ……駄目だよ、ね……説得、頑張ろう」 思わず恵方巻きのチケットに描かれた会場(公民館)の方を見つめてしまうディーナ。 「あ~、何か特殊な趣味をお持ちの方っぽいんですけどぉ……具体的には、M?」 「あれが噂に聞くドM……輝いてますねぇ。いやいや、ここまでくるといっそ清々しいすよ」 豆をぶつけられている眺めるハギノの顔には温い笑みが浮かんでいた。 いつまでも放っておいても平気そうなムードではあったが、放っておくわけにもいかないのである。彼はロストナンバーなのだから。 悦んでるみたいだからこのまま連れて行ければいいだろうと、豆が飛び交う中を果敢にも隆が突っ込んでいく。 「痛い痛い!」 豆を受け止めながらも鬼の彼に近づいていく。 「わー兄ちゃんは援軍?」 「いや、違う。おい、ちょっとそこの! 名前……」 「「「鬼の仲間が来たぞーーー!!!」」」 「ちょ、まてコラ!」 ゲシゲシゲシゲシ 「おまえら! 蹴りは駄目だろ蹴りは!!」 鬼に近づいていった為、新たな鬼の一味とされてしまった隆が子ども達の襲撃を受ける。この年頃のお子さん達にとって、隆くらいの年頃のお兄さんは良いカモである。 子ども達に群がられてしまった隆は必死になんとかしようとするものの、会話もままならない。 「ちょっと、ごめんね。通してもらってもいいかな?」 子ども達に謝りながらディーナも鬼に接近していく。 「ごめんね、彼、バイトの行き先間違えちゃって。みんな待ってるから、こっちに来て」 準備してきた迷子用のチケットを彼に握らせながら小声で話しかける。 「今の状況をキミに説明したいの……聞いて貰えないかな?」 「あ、この状況?」 彼にとって心地よい環境だった為に、どうやらすっかりこの異常事態の事を忘れていたらしいが、言われて思い出したようでコクコクと彼は頷いた。 間違えるとかだっせーとかまだ勝負はついてないぞという声を背中に受けつつ、引きずりながらみんなの元へ戻る。 「あの、この状況って? 貴方達はなんなんですか? 急にわけのわからない言葉の子供達が寄ってたかって僕にバシバシ何か投げてきたり……」 自分で話ながらウットリしている。 「あのぉ、初めましてぇ。私、撫子って言いますぅ……貴方のお名前は?」 「素敵なお名前ですね。僕はシークと申します」 礼儀正しく挨拶をする。非常に紳士的な物腰だ。話をつけるのは容易いかのように見えた。 「あんたはこの世の迷子になってるんだ。このままじゃ消えちまうよ?」 「迷子? いや、確かに迷子かもしれませんが消えるって何が」 「あんたが」 「へ?」 「世界が多重だと知った者は世界から弾かれて自分の世界を見失う。それが今のキミの状態」 「世界が、多重?」 「変な数字とか見えなかったすか?」 「あ……あぁ!」 幻覚とかじゃなかったんだと言うシークに一同は同意を示す。 「そうなるとね、ぼくたちは飛ばされて迷子になっちゃうんだよ」 「所属していた世界から全然別の世界に飛んじゃうんですぅ」 「キミはこのままじゃ消える運命なの……昔の私たちのように」 「消えてしまう? どうして? いや、私達のようにって事は……貴方達も消えてしまうんですか?」 「ううん、だいじょうぶ」 「キミを助けたい。キミの消失の運命を止める手段が世界図書館という場所にあるの」 「そこでコレをもらえれば、消えたりしないですむんだ」 隆がほらコレだとパスホルダーを見せる。はっと気づいて自分の手に握らされたチケットをが見つめる。 「貴方に渡したチケットはこの場だけのもの。生き延びて自分の居場所をもう1度見つけるために……一緒に来て、貰えないかな?」 ディーナが真摯な表情で訴えかけると、シークは真剣な顔で考え込む仕草を見せる。しばしの時を経て、急に表情がぱあぁっと明るくなった。 「……いい!!」 何を考えていた結果、その言葉が出てきたのだろうか。 「あのぉ……何がそんなに喜ばしいのか、お伺いしてもいいですかぁ?」 「存在を世界レベルで無視される……これも放置プレ、いやいや、幸せの究極の形の一つだと思わないですか!!」 (思わないですけど) 細かい差違はあれど、そう思った一同であったが、あっけにとられている間にはグッと拳を握りしめて言い放った。 「僕、この素晴らしい土地で太く短い人生を終えたいと思います!!」 そう叫ぶと、だだーっと子ども達のところへ走っていってしまう。再び子ども達の歓声が響き渡る。 「えぇ!? まだ話は終わってな……!!」 「あれはあれで幸せそうですけどぉ、一時の衝動で消失しちゃうのってどうでしょぉ?」 「その、せつぶんっていう日は一日だけなんだよね? だったら、終わるまでいっぱい楽しんだら、きっとぼくらのお話も聞いてくれると思うんだ」 「そうよね。今日だけのことなんだもの……」 「ここが気に入って離れたくないっつーなら……離れたくなってもらえばいーんすよねぇ?」 「まあどうしてもっていうんなら仕方ない。いろいろ試してみようか?」 ハギノが何か企み顔でにやりとすると、隆も頷いた。 ●彼にとって必要だったもの 「どーすかこれ?」 そう言って現れたのは、着ぐるみで赤鬼に化けたハギノだ。見た目は厳つい鬼だが、その声でハギノだという事がわかる。 「わ、あかおにさんだ!」 「立派な鬼ですねぇ~」 「この格好で乱入すれば、群衆の注目と豆は僕のもの!ぶつけられなくなって寂しくなったおにーさんの心の傷口に、僕らの説得が塩水の如く沁みわたるっつー寸法すよ」 「なるほどね。でも、そんな傷口に塩水だなんて……」 「例えがひどい? この場合正しくないすかね?」 「確かにあのシークさんは喜びそうな話ですけどぉ~」 「えぐいな、あんた」 「え? 悪どい? 全てはおにーさんのためなんすよー。あー心が痛むなー」 ハギノの心が痛むかどうかはさておき。 強引に豆まきから引き離しても、シークは話を聞きそうもなかったし、盛り上がってる子ども達も可哀想だ。みんなは相談して、その場の豆まきに参加しながら、彼の再説得を試みることにした。 そこで現れたのが、この着ぐるみである。その姿を見た町内会の方々は大喜びで、ありがとうありがとうと一同に言った。 「助かるわ。何にもないけど、最後に余ったお豆とか持って帰っていいからね!」 「え、本当ですかぁ? ありがとうございますぅー!!」 撫子がキランと目を輝かせる。 他の旅人達も、次々と豆の入った升を借り受ける。 「ぶつけるルールとか分からないけど、えっと、とりあえずいっぱい豆をぶつけてもらえばいいのかな?」 「鬼は外、福は内って言うんすよ」 「ふくはうち?」 「悪い鬼には外に行ってもらって、代わりに福……えーっと幸せに来てもらうんだよ」 節分を知らないニワトコに、他の面々が教えてあげると、ニワトコは嬉しそうに笑ってから、ちょっと寂しそうな顔をした。 「そうなんだ。でも、鬼さんも幸せになれればいいのにね」 「……」 「あー……まぁ、あいつは外に追ん出されても幸せだと思うタイプだからいいんじゃね?」 「?」 いまいちMの人の事がよくわからないニワトコであった。 「おまえらーーー!!」 「「「あーーーー!!!」」」 隆が大声で呼びかけると、またあの兄ちゃんが来たぞーと子ども達が色めきだった。 「さっきはよくも蹴り入れてくれたなぁー! 仲間連れて戻ってきたぞー!!」 「うがーーー!!」 隆の背中から現れるのは赤鬼。虎のパンツに金棒(スポンジ製)完璧な鬼の姿である。 正直言ってリアルに鬼なシークより、絵に描いたような鬼のハギノの方が子ども達にとってわかりやすい。視線は一気に集中する。 「「「わあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」 「たおせぇぇぇぇ!!!」 「やられてたまるかぁぁぁっ!!!」 お子さん達の中の精鋭(=悪ガキ)は一気に二人に突進していく。 「はっはっは。我こそは鬼の中の鬼。赤鬼王であるぞ!」 「強いぞー赤鬼王は強いぞー。お前らけちょんけちょんにされちゃうぞー」 「うっせー豆ぶつけんぞ!」 「くらえイワシの頭!」 「あ、こら! どっから取って来ちゃったんすかそれ!」 「柊は地味にいてーから!!」 「鬼よえー!!」 「まだ本気だしてないすよ」 「くっ……この俺達が倒れても第二第三の鬼が……」 「みんなやれー!!」 「少しは聞けよ!」 もう大騒ぎである。子ども達の頬は真っ赤に染まり、瞳はキラキラと輝いている。いい仕事だ。 「わぁー元気いっぱいですね☆」 蚊帳の外に置かれた撫子たちはのほほんとそんな光景を見つめる。 「あの鬼さん達、すぐにみんなにやられちゃいそうね」 その場にまだ残っているまだ小さな子や少しだけ大人な女の子達にディーナは微笑みかける。 「ほら、みんな。こっちにも鬼さんがいるよ」 「!!」 赤鬼フィーバーに取り残されている子ども達に、同じく取り残されているシークの方を指差す。子ども達の視線にシークの瞳が輝く。 (いっぱいぶつけられたら痛くないかは心配だけど……にこにこしてるから、たぶん大丈夫なんだよね?) たくさんのみんなとやる方が、きっと楽しいだろうというあくまで善意からの発想だ。 「おにはーそとー」 「ふくはーうちー」 「いたたたた……いたっ……さぁもういっちょぉぉ!!」 もう鬼役が天職なんじゃないだろうかという様子である。若干、聡明な女の子の一部が怪訝な顔をしているけれど。 「あんな小さい子の力じゃ、あんまり痛くないんじゃないかしら?」 「そこはほらぁ、精神的なものもありますからぁ?」 (あぁ! こんな小さな子にまで豆をぶつけられるなんて駄目な僕!!) 全然問題ないようである。 「ぼくもちょっと、ぶつけてあげようかな」 シークが心から楽しそうにしているようなので、ニワトコも彼に豆をぶつけてみることにする。 「えっと、おにはそと!」 ぱらぱら 「追加入りましたぁ!!……遠慮せずにもっと力一杯!!」 「え、えぇ?」 力控えめに投げたニワトコだったが、それじゃ物足りませんと言われる。いつまで付き合っても終わる気配がない。エンドレスドM。 「あのね、お楽しみのところ申し訳ないんだけれど聞いて!」 「僕の事は放って置いてくださって構わないんですよ」 「いいから!」 「はい」 ちょっときつめにディーナが言うと、シークは背筋を真っ直ぐに伸ばした。怒られながら嬉しそうである。 「今日はこの世界の厄払いの特別な日なの。キミはその役と同じ角を持ってたから、今日は喜ばれて豆をぶつけられるけど…明日からはそうじゃない。異端として、本気で狩られかねない。今日一日は構わないけど……一緒に来て欲しい。お願い」 「……でも」 煮え切らないシークに対して撫子も続ける。 「精神的にM属性だと仰るならぁ、好きなだけ貴方を弄って下さる方、零世界にはたくさんいると思いますぅ。言いたくないですけどぉ、肉体的に痛い事好きだと仰るならぁ、多分その願望も満たせると思いますぅ……だから、一緒に零世界へ行きましょぉ?」 「そうだぜ! 0世界じゃぬるい方だぜ!」 よれよれになりながら、子ども達を振り切ってきた隆も続ける。彼の実感のこもった短い言葉には妙な説得力がある。 「そんな素晴らしい世界が……?」 別に0世界はそんな酷い世界ではない。単に隆が余計な事を言ってしまって被った被害が多いだけのことである。 「いや、0世界はそんなわけのわからない世界じゃないけれど……」 「やっぱここに残ります」 「あ」 ちょっと乗り気になってきていたシークだったが、真っ当なツッコミに反応してくるりと踵を返そうとする。しかし、そこに彼を呼び止める声。 「いいんすか?おねーさんも言ってましたけど、こんなに豆をぶつけてもらえるのは今日だけすよ? ここでは年に一度の行事すからねー。でも、残念だなぁ。僕らと一緒にくれば、豆だろーが米だろーがぶつけてくる世界が見つかるかもしれないのになー。同志も見つかるかもしれないのになー」 赤鬼の格好を止めたハギノだ。ふと遠くを見ると、赤鬼とったどーと雄叫びをあげながら、抜け殻の赤鬼を振り回す子ども達の姿があった。 「同志のいる世界?」 「あ、言ってなかったすか? ロストレイルっていう列車に乗れば色んな世界を旅出来るんすよ」 「ぼくたちも、それでここにやってきたんだよ」 「まだまだ知らない世界もあるんじゃねーか?」 「まだ見ぬ世界が……」 もう一押しの様子である。 「ま、どーしても離れたくないってんならしょーがない。ずっといればいーんじゃないすか?」 ハギノが冷ややかな視線を投げかけると、シークはびくっとした。これまたどこか嬉しそうである。もうシークの心はぐらぐらだ。 「移動に手付が必要なら、今お支払いしますけどぉ……」 パッチィィィン!! 「「「!!」」」 パンッ!! 「「「!!?」」」 乾いた音が続けて鳴り響いた。その場にいた者達は何が起こったのかわからず凍りつく。 「どちらがお好みでしたかぁ?」 撫子が笑顔で問いかける。強烈な音だが痛くない張り手と音はともかく超痛い張り手を連続でかましてあげたのだ。 シークの右の頬はほんのり紅葉の模様。左の頬はなんかもう怖い色になっている。歯がぐらぐらしそうなビンタであった。 「…………」 「あれ? お気に召しませんでしたかぁ?」 「……一生ついていきます!!」 「一生はけっこうですぅ」 「でも、ついてくるんだよね?」 「それはもう、なんと言われようとも!!」 どこまでもお供させていただきますとシークはへこへこしている。 「……えっと、解決したのかな?」 「したんだと思うぜ」 「もっと早く殴っておけば良かったんすかねぇ……」 ドッと疲れを感じる一同。 「みんなー!! お汁が出来たから、恵方巻き食べにいらっしゃーい」 公民館の窓からお玉を手にしたおばさんが叫んでいる。 「行こうか?」 「そうですねぇ。そろそろ寒かったですし」 「よっし食うぞ食うぞ!!」 子ども達と一緒に旅人達も公民館へと駆けだした。 ●えーほう? 「お願いしまーす」 暖かな室内に入ると、気のよさそうなおばさんが受付をしていた。 「はい、お皿」 それぞれに紙皿が一枚ずつ渡される。恵方巻きチケットの分だけ。つまりは五枚。 「調理室で巻物を作ったら、会議室で食べてね」 「ふふふふ……僕だけ除け者感。たまりませんね」 悦んでは見せつつも哀愁が漂うシーク。 「キミも、食べる? あの…もう一枚お皿貰ったら、駄目、ですか?」 「あれ? チケットなかったの? でもいいわよ。そこのお兄さんには大分遊んでもらったみたいだし」 ディーナがお願いすると、おばさんはこころよくもう一枚紙皿を渡してくれる。 「ありがとうございます!」 「いいのよーどうせ余分に用意してあるんだから」 たくさん食べてねというおばさんにみんなは笑顔で頷く。 調理室と書かれたプレートのある部屋をのぞくと、何名かの町内会の人が笑顔で出迎えてくれる。 「ごはんとかはそっちね。終わったらこっちへいらっしゃい。お椀によそってあげるから」 大きなお鍋をかきまぜているおばさんがそう言った方を見ると、そこには大きな木の桶。つやつやとした酢飯が用意されている。 うちわをもったおばさんがそこにしゃもじがあるからねと教えてくれる。 「せつぶんも、知らなかったけれど。えほうまきっていう食べ物も、初めて聞いた」 「恵方巻きっつーのは、豆によって打ち倒された鬼を簀巻きにして荒野に放置……」 「えぇ!?」 「ってのは冗談で~。節分に食べる縁起物すよ」 よかったとニワトコはホッとする。今からシークを簀巻きにするのかとドキっとしたらしい。 「心の中でお願い事をしながら黙って一本食わないといけないんだぜ」 「今年のいい方角? を向いて、一言も話さないで、望んでいることを考えながら、巻き寿司を一本完食するから……えーほう巻き?」 「大体あってる」 「恵方っていうんすよ。漢字で恵まれた方向って書くんす」 隆とハギノに教えられて、なるほどとニワトコとディーナが感心する一方で、一心不乱に恵方巻きを作っているのは撫子。既に手際よく海苔を巻いていた。 「何を巻いて作ってるの?」 「椎茸と玉子とでんぶとシャケとイクラと干瓢とマグロで」 「わぁ……長いんだね」 「短かったらただの巻き寿司になっちまうからな」 「ぼくも作れるかな……」 「手伝うっすよ?」 料理が得意なハギノが申し出ると、ニワトコはホッとした笑顔を見せる。 「ありがとう。この黒いのでぐるぐるってするの?」 「いいすかー? あんまり欲張ると綺麗に巻くのが大変だから……つーかそのチョイスで大丈夫すか?」 「え、うん?」 「食べ物粗末にしたら怒られるすよ……」 食べることは好きだけれど、食べ物の味に関しては疎いニワトコは手近なところにあった具材を適当に盛りつけようとしていた。 たくあん、桜でんぶとほぼ同量のワサビをのせようとしている。色合いは綺麗だけれど、味のバランスがとんでもないような気がする。 ハギノは更に具材を乗せすぎそうになったニワトコを止めて無難な具を乗せてやると、巻き方を教えてやる。やぶれたりはみでることなく巻けた。 「すごい。ハギノは上手だね」 才気溢れる身ですからとなんでもないことのようにハギノは言うけれど、褒められたらそれはそれで嬉しそうである。 「恵方巻き……たまごとカニカマとほうれん草とエビ、巻いてみる」 ディーナも真剣な表情で巻きに入る。 「できた……」 「お、うまいもんじゃん?」 「そうかな?」 「みんなも上手に出来たみたいですねぇ☆」 タッパーに黙々と作り続けた恵方巻きを詰め込んでほくほく顔の撫子。 おばさんに余り物を持ち帰れないか尋ねてみたら、余った調味料やら開けてない海苔の袋なんかの日持ちしそうなものもドサドサ渡されてご機嫌である。家計は大助かりだ。 「熱いから気をつけてね」 「あっつ! いい仕事しますね、奥さん」 「早く行って! 後がつかえる!!」 熱々のお椀で火傷をしそうになりながら白い歯を見せて笑うシークにおばさんは首を傾げる。 深く突っ込まれる前にさっさとシークを追い出しにかかる一同。 「みんなもこぼさないように気をつけてね」 「「「はーい」」」 お椀を受け取り、全員でテーブルにつく。普段は会議に使われているらしい長いテーブルには一枚ずつ手作りのランチマットがひかれていた。すみっこに可愛らしい鬼の子の刺繍が施されているそれをみて、シークは渋い顔をした。 「うーん、こんな良い扱いをされてもうれしくな……」 「「「いっただっきまーす」」」 「お願い事は決まってる?」 「どうしようかな」 「ふふ……このスルー感がたまりませんよ。制作中も完全スルーでしたしね……」 だから恵方巻きなんて作れなかったですよと失敗してしまった結果、巻き寿司ともちらし寿司とも言えないものの前でシークはしょんぼりしている。 「おにーさんも食べといたらどーです? ほい」 ハギノがシークにも綺麗に出来た恵方巻き一本手渡ししてやる。 「ありがとうございますっ!!」 これで願い事が出来ると大喜びだ。願い事に関しては聞きたくもないがなんとなく察してしまって温い笑みがこぼれた。 「どっちを向けばいいの?」 「さっき、ここまで来る途中のスーパーで見た……今年は北北西」 用意してきていた方位磁石で方角を確かめる。 「あっちね」 「「「………………」」」 (今年もはぁはぁする機械沢山見れますように☆) (新しい世界に再帰属できますように。料理人になれますように) (今日よりも良い張り手に出会えますように……) 「みんなでおんなじ方向を向いてるね。いったいあっちにはどんな良いことがあるのかなぁ……」 「みんなの良いことがたくさん待っているのよ、きっと」 「そういや、ロストレイル止めてきたのって」 「ちょーど北北西?」 「良いことありそうですねぇ」 全員笑顔で顔を見合わせる。そして、なんとなくお椀の中身も無言で一気に飲み干した。 「「「ごちそうさまでした!!」」」 外に出ると、日はすっかり落ちてしまい辺りは暗くなっていたけれど、北北西からロストレイルの汽笛の音が聞こえた。
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