オープニング

 薄明かりのなかでかつて魔王であった魔はまどろみから目を覚ました。
 寝台につもるほこりを払って起き上がる。

 いつしか黒曜石から切り出された魔王城にも灰が入り込むようになっていた。

 かつては万の軍勢で埋め尽くされた大広間にはかすかに明かりが差し込むだけで、冷たい静寂をたもっている。

 中庭へのバルコニーに出ると、塵を運ぶそよ風だけがいた。
 なんど、目を覚ましてもあのころの風景は帰ってこない。

 この魔界にはもはや誰もいない。
 中庭に飾られている魔王の石像も摩耗しもとの麗しい形は保っていない。
「わらわも…… 、もうずいぶん誰ともしゃべっていない。自分の貌も思い出せぬ」

 天を見上げると同じく灰色の大地がこちらを見下ろしていた。

 悔恨


  †


 インヤンガイからの帰り道である。
 ロストレイル号は機関に不調が発生し、ディラックの空を漂流した。原因を車掌に問いただすも要領を得ない。
 気がついたときは、ずいぶん遠い座標まで流されていたことがわかった。0世界まで戻るのにずいぶん時間がかかるだろう。

 その時、窓の外を見ていたロストナンバーの一人が、ディラックの空に浮く繭のようなものに気がついた。
「あれって…… 世界」

 車掌に伝えると即座に進路を変更することとなった。
 繭を突き抜け、見知らぬ世界に入ると、まずは砂嵐に巻き込まれた。そして、視界が晴れてくると、互いに向き合う二つの大地が見えた。大地は絡み合う二つの帯のようにかなたへと続いている。

 漂流中に故障したロストレイルを修理するのにしばらく停留する必要がある。
 修理は車掌とアカシャが行うのでロストナンバーにやることはない。
 ならばとこの世界の探索を行うこととなった。ロストレイル号は片方の帯状の大地に近づき臨時プラットホームを出した。

 一見、壱番世界の住宅街と言った雰囲気である。住み心地の良さそうな住宅が街路樹のある道に沿って並んでいる。しかし、それも昔の話しだ。
 今は、壁はすすけ、太陽は無く、大地はひび割れ、人の気配はしない。
 木々は枯れ、動くものと言えばむなしい風に煽られた切れた電線ばかりである。
 この光景は、細長い世界が遠く霞むのとばりへと続いている。

 車掌は、始めに世界番号を確認したい、と言って乗客を見送った。

 薄明かりのなか空を見上げると、ちりちりと埃が舞っている。天井のようなこちらを向いた大地がかすみの向こうに見える。その黒々とした大地には赤い傷跡が縦横無尽に走っており不吉な予感をさせた。天の大地も細長く、こちら側の大地と遠くで絡み合うようにしていた。


  †


「なんも無いな」
「誰もいませんね」
「かつては高度とまでは言わないが、文明があったのだろうな」
「ここの住民はどこへ消えたのだろう」
「プラスの世界っぽいのだが、戦闘の跡がある」

 破壊された広場のモニュメントには小枝が捧げられていた。
 
「桜の樹の枝だ」

 近寄ってみれば、咲き終わっており、散った花びらは灰色に変じ土に混じっていた。

「看板かな」
 かすれていて、字が判別出来ない。

―― よ、こそ、、千、街

 モニュメントに腰掛けると、帰ることのできない故郷が思い出された。
「なぁ、お前の世界の話しを聞いて良いか?」

品目シナリオ 管理番号1679
クリエイター高幡信(wasw7476)
クリエイターコメント 廃墟探索にかこつけてアンニュイな気分を味わっていただくシナリオです。
 心情メインでお送りいたしたいと思います。
 もう故郷に帰れないトラベラー、コンダクターでも理由があって生まれ育った街に足を踏み入れることのできない者もいるでしょう。
 プレイングでは他のPL様に声をかけあっていただくと良い気がします。
 何を調べても良いのですが、有意義な情報はあまり残されていない気がします。

 0世界程度のあまり広くない世界ですが、世界の中はロストレイル号で移動出来ます。
 戦闘は発生しません。
 幽霊が出てきたりもしません。人に会えるとしたら魔王だけです。イベントのスパイスとして配置しているだけですので別に会わなくても良いです。

参加者
アコル・エツケート・サルマ(crwh1376)ツーリスト その他 83歳 蛇竜の妖術師
墨染 ぬれ羽(cnww9670)ツーリスト 男 14歳 元・殺し屋人形
細谷 博昭(cyea4989)ツーリスト 男 65歳 政治家
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師

ノベル

 世界を包む繭を通り抜けるとき、不思議といつも感じている衝撃が無かった。
 だから、ロストレイルは突然に砂嵐のただ中にいたことになる。故障にしていると言う機関に砂の粒が入り込んでしまえば、修理も一手間であろう。
 憂鬱な気分にさせられる。

 やがて、視界が晴れてくると、薄ぼんやりとした明かりの差す窓からは上下二つの大地が見えてきた。対になった二つの大地は絡み合う帯のようにかなたへと続いている。
 それは生命を記述する二重螺旋を彷彿させた。

 大地はいずれも色は無いぼんやりとしたモノトーンに覆われ、ところどころひび割れている。それでも、一方には街のようなモノがみえ、もう片方は火山に荒らされたかのような地獄風景であった。

 高度を下げつつ、街の風景が徐々に明瞭になってきたが、生き物の気配はしない。
「この世界の植物は全部灰色…… ということはないよね」
 ニワトコがつぶやいたとおり、畑があったとおぼしき灰色の区画や、走るものの無い街道が見える。
 ロストレイルは街のあるほうの半世界に、線路と駅のような構造物を見つけると、プラットホームに滑り込んだ。

 紛れもなくゴーストタウンだ。

 車掌に列車から追い出され、手持ち無沙汰なロストナンバー達は修理を待つ間に探索を行うことになった。
 列車から降りると、しんしんと灰色の粒子の降りそそぐ空間に出た。見た目とはうらはらにほんのり暖かい。老龍アコルは風の吹いてくる方角を見上げた。
「砂かと思ったが違うようじゃの。灰の方が近いのう」
「嫌な雰囲気だよ」
 故郷から焼け出されたニワトコは火事を連想させる灰に忌避感がある。灰の粒子は口に入りこむと雪のように溶け、苦い後味だけが残った。
「……」
 殺し屋ぬれ羽と政治家細谷が続く。駅舎には人の気配は無い。

 駅前の広場には小さなモニュメントがあり、桜の小枝が捧げられていた。灰色に埋め尽くされたこの世界で初めて見る色だ。
 細谷がかがんで、桜を手に取る。
 枝の花はとうに枯れており、周囲の土をよく見ると灰色に変色した花びらがかすかに残っていた。
 桜は細谷の国…… 元いた世界の国の国花だ。
 老政治家の胸には去来するものがあるのだろう。彼はしずかに枝をもとに戻した。

「花が捧げられていると言うことは、この世界にも住民が残っていると言うことでしょうか? それにしても人影が見当たりません」
 砂塵が宙を舞う。
「まさか、この砂…… 灰が ……毒だということは無いよね」
「……」
 ニワトコが不安を漏らし、ぬれ羽は沈黙を保つ。
「ふーむ…… 霊の気配もなし。毒、というよりは呪いのようじゃな。まるで世界の基盤を取り残したまま生命だけ文字通り消し飛んでしまったようじゃなぁ。世界の崩壊とはこういうことかもしれやぬ」

 地割れが至る所にあり、建物の多くに傷跡がある。かつて戦闘が行われたことを想起させる。なんらかの脅威により放棄された街なのであろう。しかし、不思議と危険は感じない。毒も呪もない。老龍アコルの軽口のとおり正にも負にもなにも感じられなかった。

 つられてか、ニワトコも桜の小枝に手を伸ばした。それから土をひとすくいする。
「誰もいない街……。ここに住んでたひとたちは、どうしていなくなったのかな。家も道もみんな……捨てて行っちゃったんだね。誰もいなくて、忘れられて。そのうちこの街も、なくなってしまうのかな。不思議だね。別にぼくが見捨てられたり、忘れられたわけじゃないのに、なんだかとってもさびしく感じるよ」
 乾燥した土くれを払い、大地の傷跡のほうを見た。ニワトコは警戒し、近けない。
「人だけじゃなく、命もみんな、ここを去ろうとしているのかな……」

 違和感の正体は、通りを進むとすぐに明らかになった。
 交通標識はのっぺりとした灰色、そして、看板も同じ
 唯一、広場の入り口に掲げられた看板にのみかすかに痕跡が残っている。
『 よ、こそ、、千、街 』

 世界から字が失われようとしていた。
 駅には時刻表も路線図も無かった。モニュメントもつるつるしてなにも刻まれていない。
 この世界は最初から文字を持たない文化であったと言う可能性は、虚ろな空白のある看板から否定された。
 街を探索すると、本屋があった。
 ぬれ羽がその本屋から一冊の本を持って出てきた。
「……」
 ロストナンバー達に見せつけられた灰色の冊子にはかすれたページしか無かった。どんなに目をこらしても意味のある内容は読み取れない。それも降りそそぐ灰に汚され、なおさらにぼやけていく。
「忘れ去られているんだ。チケットの力でも読めないほどなのね」
「我々もパスホルダーを失えば、そうそうに同じ運命を辿るのでしょう。この世界には字を読める者がもはや存在しないからなのかもしれません」
「春画なら字がわからなくても読めそうじゃが。どうよ、いいのが見つけられなかったか? お主」
「……」
 意味のある絵も見つけられていない。
 乾いた暖かいはずのこの街で寒気を感じる。普段は意識しないロストナンバーの運命が思い出された。
 一行は街の探索を続ける。

 ぬれ羽はそっと、みなから離れて街を見下ろす小さな丘までやってきた。
 殺せる者が見当たらないので面白くないのかもしれない。あるいは、殺しをたしなめてくるアコルを避けているだけなのかもしれない。
 途中、飛び越えた裂け目は深く、底まで見通すことはできなかった。ロストレイルから見た様子から、亀裂はこの大地を突き抜けていると考えるのが妥当だろう。
 そして、上を見上げると、反対側の黒々とした大地が見える。あちらがわには殺せる者がいるのかもしれない。

 アコルがみんなを乗せて、ぬれ羽のいる丘まで漂ってきた。
 さけようとする暗殺者に声がかかる。
「ワシら、あちら側に行こうと思うのじゃが、お主はこちらに残るかえ」


  †


 老龍に乗った一行は、天の大地をめざした。
 上空に上がるほど細かい粒子が増え見通しが悪い、だからと言って反対側の大地が見えなくなると言うほどでは無い。霧のように肺にへばりつき、体が重く感じる。
 ロストレイルからは黒く地獄のように見えた地ではあったが、近づいてみればそれは単に火山支配する不毛の大地というにすぎなかった。溶岩が流れた跡はすっかり冷え切ってしまったようで煙が上がってくることも無い。
 こちら側も終わった世界であろうことが容易に推測された。

 探索する価値のある場所を探してさまよううちに、一行の話題は自然とそれぞれの出身世界の話しになった。
「ぼくの故郷の話? ……そうだね。緑と光があふれていて、動物たちがいて。あ、ひとはいないんだけどね? とても綺麗な場所だったよ。ただ、ぼくは他のみんな(木)とぜんぜん違う姿だから…… いいことも、悪いことも、たくさんあったけど」
「ニワトコさんの世界は平和な世界でありましたか。私の世界は壱番世界とよく似ておりました。歴史こそ違えども、人の辿る道筋は似通うと言うことでありましょう。ニワトコさんは壱番世界へは?」
「うん、壱番世界とか、森の深い場所に行くと、何だか懐かしい気分になるんだ」
「お主は帰りたいんかえ?」
「そうだね。今は…… まだ、分からないな。昔ね、ぼくが小さい頃に、ぼくがこんなかたちで生まれたのにはちゃんと理由がある、って言ってくれたひとがいて……。ぼくには足がある。だからいろんな場所へ行ける。まだ歩き続けたいって思ってる限りは『帰りたい』とは思わないのかもしれないね。他の皆はどうなのかな? もし帰れるとしても、帰りたい? 帰りたくない? 」
 そう聞き返されこと「……考えた……ない」とぬれ羽は首をかしげてしまう。一方、細谷には強い想いがある。しばし思案し、発言した。
「元いた世界ではどれだけの時間が経っているのかわかりませぬ。大日本皇国、ええ、私のいた国です ……は今どうなっているのか非常に気がかりであります。今はただ、何としてでも元の世界に帰り着く術を探すのみでございます」
 細谷は家族も残していれば、総理や閣僚達の無事もきがかりである。そう語る細谷をぬれ羽はじっと見つめていた。
「ワシの世界かえ? 物好きじゃなー。なーんの変哲もない、自然と神に挟まれた者共が過ごしていた世界じゃよ。かくいうワシも魔物から妖術一本で神にのし上がったモノでの、ほほほ。ま、その神の中では成り上がったばかりの小神じゃて、下働きばかりさせられてたんじゃがな。ん? その内容? 死神じゃなー。死んだ者共を霊界へ連れて行く系の。霊界の門にはこわーい犬の神がおってのぉ、ワシもようサボるなと叱られたもんじゃ」
 そこまで、一気にしゃべるとアコルはおもむろにためを作った。
「……ま、その世界はもう今はないんじゃがな」
 ニワトコが息を飲み、ぬれ羽は耳をふさぐように大地の交わる彼方を見やった。
「……神の間で戦争が起こってしまってのぉ。壱番世界ではラグナロクと言うんじゃったか? 戦争は泥沼になってその結果世界がぼろぼろ、修復は不可能でもうこのまま崩壊を迎えるしかないというところまで行ってしまったんじゃよ。まぁワシは随分と長生きしたし世界諸共死ぬのも悪くないとは思ったんじゃが、世界崩壊直前の時になってワシの上司がな、少しでもワシらを生かそうと本来ならば世界から追放するための魔法を使いおったんじゃ。その結果が、今のワシじゃがな」
 黙って聞く一行に、アコルを続ける。
「そして、この大地じゃがな。元いた世界の終わり際に似ているようで、の。落ち着くというのものじゃ、ほっほ」
 火口が見える。そこに何かを見つけたのかぬれ羽は飛び降りてしまった。
 唐突な行動は深層の焦燥を無意識に隠そうとしてのものかもしれない。
 ぬれ羽は故郷のことなど考えたことも無いはずだ。
 だから、帰りたいなどと思うはずも無い。戻った所で以前と同様に暗殺者として働かなければならない運命にあるからだ。ぬれ羽を救い、優しく頭を撫でてくれた和尚ももういない。
「……」
 だってぬれ羽が殺した。
 そして、彼は魔王城に辿り着いた。


  †


 ぬれ羽の周囲は、火砕流の流れた跡で、冷え固まった溶岩に混じって古くからある岩がごろごろしていた。見上げれば、火山の頂点まで間もないところで歩いて登るのもたやすい。
 そして、目の前には洞窟がぽっかりと穴をあけていた。

 何かにさそわれるように、歩を進めた。

 火山にできた天然の洞窟を利用したとおぼしき構造で、おとぎ話に出てくる悪魔の居城と言った風情である。
 冷え固まった溶岩はガスの跡が細かい穴として残るが、もろい。それが砂嵐にうたれると瞬く間に削れていく。そのためか、ところどころ崩落した壁が通廊に横たわっていた。
 ぬれ羽は、崩落したとおぼしき岩を音も無く飛び越えて、より深いところへとすすんでいった。
 やがて、光が洩れている角があり、覗いてみると、中庭のようであった。進んできた道のりから考えると、ここは火口だ。

 灰色の庭園の一角には ――色があった。

 赤と蒼の衣装に身を包んだ小柄な人影である。身長はぬれ羽と大差ないようだ。だが、頭部も布に覆われているので性別はわからない。
 人影は、巨大な石像を祈るように見上げ、じっと動かない。
 殺し甲斐のある奴であればよいと、殺し屋は足音をころして忍び寄った。
 ぬれ羽に気付く様子は無い。その衣装は近寄ってみれば豪奢な刺繍の施された袍で、王者の気風があった。
「……だれ?」
 暗殺者は匕首を後ろからそっと走らせた。刃は苦も無く顔を隠すフードを貫いた。ちょうど、頸に突きつけた形になる。
 返答は意外にも、鈴のような少女の声であった。
「客人か? どこからきたのか?」
「……つよい?」
「この世界では一番」
 わざと背後をとらせたのだろうか、確かめるためにぬれ羽は殺気を故意に放って、匕首引いた。
 フードがはらりと倒れ、貌が明らかになった。
「一番強い、だから ……魔王」


  †


 残りの一行は魔王城の、城門をみつけた。
 ニワトコと細谷が老龍アコルの背から降りる。

 火山を丸ごと城に改装したような威容で万の軍団が駐留出来るだけの広大さである。しかし、アムネジアに打たれ、ねずみ色にくすんだ城は崩れ落ちようとしていた。

 開け放たれた城門をくぐると一直線に回廊が続いていた。それはアコルが悠々と通れるほどの巨大さである。
 洞窟は泥溶岩の通り過ぎた天然のものかと思いきや、不思議と地面は黒光りする黒曜石でできており、進むほどに、壁や天井も磨き上げられた美しいものになっていった。
 外ではあれだけ飛んでいた灰もここでは少ない。

 程なく広間に出た。
 四方をバルコニー囲まれ、かつても栄華が偲ばれる。
 正面の壁には巨大な肖像画が掛かっていた。
 しかし、そのほとんどはくすんでいて、描かれていた人物がどのようなものであったのかはまったく判別出来ない。
 肖像画だとわかるのは背景に描かれている玉座とおもわしき物体が、目の前にあるからだ。
 地面からそのまま生えてきたかのような継ぎ目の無い王座である。施されていたはずの彫刻は崩れているが、それでもなお威厳が感じられた。

 玉座の向こうの玄室をくぐると、火口にある魔王城の中庭に通じていた。

  †


 魔王の頭を隠す布がはらりと舞い、――乳白色のしゃれこうべがあらわれ。
 闖入者の刃は頸骨を滑るが、裂くべき動脈はそこには無かった。
 おもわず飛び退くぬれ羽に対して、魔王を名乗る彼女は泰然とかまえていた。
 頭蓋骨の空の双眸に銀色の炎が浮かぶ。

 そしてその頭上にはぼんやりと数字が浮かんでは消えている。その値は一定で無く、正数と負数がせめぎ合うように入れ替わっている。
 頭上に向けられた視線に気付いたのか、彼女は問う
「わらわの頭になにか?」
「……」
「教えておくれ」

「あのひと! 真理数が二つあるよ!」
 魔王所の中庭にニワトコ達が追いついてきた。
「真理数?」
 振り返ったしゃれこうべから可愛らしい声が響き、アコルは思わず警戒を緩めてしまう。よくみれば、赤と蒼の衣装も可愛らしくできている。むき出しの骨が無ければどこか異国の姫君と見まごうところである。
 その実、本人の名乗りの通り魔王であるなら、姫君というよりは女王と呼ぶが適切であろう。

「教えておくれ」

 再度、詰問が飛ぶ。
「どこから説明したものかのう。お嬢さんの上には数字が二つ見えるのじゃ」
「数字?」
「真理数だよ」
「はい、我々には世界の住民の上にその者の属する世界の番号が見えるのであります」

 戦いの機運が削がれて、ぬれ羽は刃を納めて庭園の方に注意を背けた。
 この庭園にも灰が天から降ってきている。石畳にうっすらと積もっていた。

「世界?」
「ワシらは他の世界からきたのじゃ。わかるかい?」
 魔王は天を仰ぎ見た。遠く、霞の向こうに町並みが見える。
「対になる大地のことではありません。私共は、他の世界から来ました。正確にはどの世界にも属していません。故に、真理数がみえるのです」

「そうか、お前らには我が運命がそう見えるのか、これが消えればわらわも…… 旅立てるのだろうが」

 そして、互いに簡単に名乗りあった。名乗りの通り、この巫妖はリッチーであって、不死者をすべていたという。
「して、魔王殿。この世界は当初よりこのような姿だったのでございますか」
 彼女はかぶりをふった。そして、天を指さした。
「最初は二つ大地はもっとはなれていたのじゃ。そう、特別な魔法を使わないと行きかえないくらい」
 近くに別の世界があることは次元門や遠見などの術、あるいはたんに夢見により昔から知られていたと言う。
 なんらかの手違いによって両界を隔てる深淵を超える者も時にはあらわれた。それは滅多に無いことで、たんに伝説に一文付け加える程度の意味しか無かったはずであった。
「だが、いつしか空を飛ぶだけで世界をまたげるようになった。荒れ果てたわらわの世界と、豊穣な彼の世界」
 対岸は豊かで生命に溢れ、そして、この世界の民には強力な魔法力があった。
「争ってめざした。だが、彼の世界の民は強靱であった。」
 脆弱に見えた彼の世界は、世界そのものの生命力を操るだけの力をもっていた。特に秀でた者達は強力な生命の魔法をもって魔法少女を名乗って次々と魔王の眷属を討ち果たしたと言う。やがて、彼女たちは巨大な樹を伸ばし、次々とこの世界に押し寄せ、魔王達は追い詰められた。
「だが、そうこうしているうちに二つの大地はぶつかり合い、わらわは眷属をすべて失った。そして、彼の世界の民の生き残りは不思議な乗り物にのっていずこへと去ってしまった」
 結局、争っている場合では無かったのである。近づく二つの世界はそのまま衝突し大地は失われた。
 両の大地に残る裂け目は、その衝突の名残である。
「これですべてじゃ。この世界にはもはやわらわしかおらぬ」

 これで話しは終わりだと、そして、魔王はためらいの後に求めた。
「なぁ、お前ら、わらわを連れて行ってくれ」
 二つも真理数を有するが故に、彼女がロストナンバーでは無いのは明らかだ。それどころか、二つもあるというのはいかなることであろう。
「繰り返しますが、あなたの数字は真理数と言って、その者の属する世界の番号です。世界の外に出るにはこの数字を失うことが条件になります。しかし、我々はその数字を人為的に捨てる方法を知りません。お力になれなく申し訳ありません」
「さっき言いかけたんだけど、あなたにはそれが二つも見えるんだ。こんな人に出会うのは初めてだよ」
「この大地とあちらの大地と両方を行き来出来るからじゃな」
「なら、あちらの世界を手に入れることだけは ……わらわはできたのだな」
 自嘲気味につぶやくと、少女はみずからの彫刻像の台座に腰掛けた。巨大な石像と比べて魔王の肩はあまりに小さい。


 と、その時、汽笛を高らかにロストレイルが城の中庭に滑り込んできた。 車掌が言うには修理が完了したようだ。そして、ナレンシフの船団の接近が予言されたと告げられた。

「撤退でございますか」
「……」
「と言うわけじゃ、お嬢さん。すまんのう。ワシらは帰るとするよ」
「またね」


  †


 ナレンシフから色とりどりの衣装に身を包んだ少女達が降りたつと、灰色の広場に整列した。
 その中で赤に身を包んだ娘が、羽状複葉の葉を茂らせた枝を大事そうに抱えている。

 一歩前に出てひざまずくと、枝をモニュメント=戦没者記念碑の前に捧げた。
 整列した少女の一人がタクトを掲げると、この場に似つかわしくない明るい曲調の合唱が始まった。


♪ ♪ 我ら、愛と勇気の千草~ やさしい朝日の目覚め ♪♪♪


 霞の向こうで灰色の太陽が昇ってきた。

クリエイターコメント 珍妙なシナリオにおつきあいいただきありがとうございます。

 とりあえず、

!! 全員の口調が違うと楽だーー !!

 すみません。取り乱しました。


 実は、本シナリオはロストレイルが始まった頃から考えていたシナリオです。最初は、ストームブリンガーでエルリックがちらりと立ち寄る無味乾燥とした〈法〉の世界のようなものを出そうとしました。「新しい世界の調査依頼→何もありませんでした」的な。
 時は流れ、企画シナリオも始まりました。自分の故郷を探したいPC達もそろそろ行動を始める頃合いではないのかと考えたところから、投下しました。
 それに対して、それぞれの切り口のPCが集まったのでうれしく思います。
 この崩壊した世界は今回限りの予定ですが、このような新しい世界が舞台の冒険に需要があるのかはかりかねているところであります。
 企画とかあるといいね! それでは!
公開日時2012-03-05(月) 21:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル