アーグウル街区の南、異界路(イージェルー)に建つ、英国貴族のマナーハウスを模した造りの洋館ホテル、螺旋飯店―― そのレセプションで、支配人である黄龍(ファンロン)は、五枚のカードを並べ、考え込んでいた。 ふだんの人を喰ったような笑みは消えており、黄絹のマスクの下、鋭い瑠璃の眼はいささか困惑気味である。 青。朱。白。黒。黄。カードは五色の色分けがなされている。「困ったねぇ。わけありのお客さまをお迎えしての、ルオシュエンホテル渾身のミステリーナイトイベントだというのに」 オーク材のカウンターに肘をつき、カードを弄びながら、ため息をひとつ。「……まさか、暴霊に侵入されるとはね」 ――と。 しゅ、しゅ、しゅっ、しゅん! その声に呼応するように、鋭利な風が四陣、彼の頬を吹きすぎた。 黄絹のマスクは切り裂かれ、ばらばらになってカウンターに散らばる。「やれやれ」 ちり、ちりり、と、見えない刃物はなおも蠢く。 銀朱のブロケード織りの壁布を細かに切り裂き、文字を刻み始めたのだ。 斬られるは、東の男の左腕。 焼かれるは、北の男の左足。 刺されるは、南の女の左胸。 吊られるは、西の女の白い首。「これだから後先考えないメンタリティの暴霊は困る。この壁布の修復費用がどれくらいすると思っているんだか。館内保守管理担当の墨(ムオ)に叱られるのは私なんだよ」 まあ、芸の細かさに免じて、つきあってあげようか、と、またひとつため息をついたあとで、黄龍は、螺旋飯店が誇る四人の腕利き従業員、蒼(ツァン)・墨(ムオ)・紅花(ホンファ)・雪花(シュエファ)を呼び寄せた。「予定していた余興の内容を変更する。きみたちにも、それぞれの役回りを担当してもらいたい」 † † †「正直申し上げて、この案件は、あまりおすすめできません」 リベル・セヴァンは言いよどむ。冷静で実直な彼女のこととて、ムジカ・アンジェロの促すままに概要の説明は的確になされたが、それでも、チケットの発行を渋りに渋った。 希望者五人分をようやく発行したものの、なかなか渡そうとしない。旅人たちの手腕を知っているはずのリベルでさえ、逡巡するほどの依頼だったのだ。 アーグウル街区の螺旋飯店で、暴霊による不吉な予告があったという。 折りも折り、螺旋飯店では、宿泊客対象のミステリーナイトイベントを行っていた。 ホテルの客室は四つ。宿泊客は四人。少年ふたりに少女がふたり。 螺旋飯店は宿泊客の素性を問わないので、彼らのバックボーンや人となりは不明。 だが、容姿の美しさと気品ある所作、衣服や装飾品の上質さから見て、インヤンガイの上流階級の子弟、子女と思われる。 予告をよそに、ミステリーナイトは順調に進行していた。 東にある《青》を基調とした部屋からは、精緻な蝋人形を死体に見立て、左腕を欠損させ、代わりに、とある架空の動物のぬいぐるみの左腕をあてがったものが発見された。 北にある《黒》を基調とした部屋からは、左足を欠損させ、代わりに、とある架空の動物のぬいぐるみの左足をあてがった蝋人形が発見された。 南にある《朱》を基調とした部屋からは、左胸を、作り物の「くちばし」で貫かれ、周囲に朱の羽毛を飛び散らせた蝋人形が発見された。 西にある《白》を基調とした部屋からは―― 天井から首をくくった体裁でぶらさがった、どこも欠損していない蝋人形が発見された。足もとには、首を千切り取られた、とある架空の動物のぬいぐるみが転がっていた。「ここまでは、主催者のイベント進行に則っていました。ですが」 四つの部屋は密室だった、いや従業員は鍵を持っているから密室ではない、なとど、謎解きに興じていたのもつかの間、意図せぬ事態が、起こってしまったのだ。《青》の部屋に泊まっていた少年の左腕が、実際に斬られた。鋭利な刃物を何度も振るわれたような傷口は、骨が見えるほどだった。 続いて《黒》の部屋に泊まっていた少年の左足が、大火傷を負った。天鵞絨のカーテンが突然燃えて、足に絡み付いてきたという。どちらも、見えぬ何者かによる犯行であった。「これが暴霊の殺人予告であるなら、このままでは済まないでしょう」 次は、《朱》の部屋の少女が、左胸を刺されるのでは? そして、《白》の部屋の少女が、首をくくられて―― ルオシュエンホテルは今、一方通行の結界に閉ざされている。 入ることはできるが、出ることはできない。 優美な調度と内装、洗練された料理、圧倒的なセキュリティ。高額な宿泊料とひきかえに、わけありの客をあらゆる暗殺者から守ってきた、異形の洋館ホテル。ここは、インヤンガイのどこよりも安全な場所であったはずなのに。「あなたがたの命も、保証しかねます」 リベルは、そうも言った。「でも、まだ、殺人事件は起きていないんですよね?」 一一 一が進み出る。「だったら、いかなくちゃ。助けられるかもしれない人がみすみす殺されるのを、黙っている訳には参りません!」「そうだな。俺たちが行けば、未来は変わるかも知れないな」 できることなら助けたい。相沢優が、口元を引き結ぶ。「……ちょうどいい。インヤンガイには用があったところだ」 由良久秀がくわえ煙草のまま、リベルの手からチケットを引ったくる。「インヤンガイって行ったことがないけど、ご一緒させてもらっていいですか?」 ハニーブロンドをふわりとなびかせ、エレナが歩み寄った。「謎があるのなら、解きたいもん」「決まりだな」 ムジカが促し、リベルはとうとう人数分のチケットを渡す。 彼女の『導きの書』に浮かんだという、不可思議な文言を言い添えて。 ************************************ 招かれざる客は、四神により殺されるだろう。 招かれざる客は、四神とその長により守護されるだろう。 この予言は、矛盾することなく成就される。 ************************************ † † † アーグウル街区を訪れる旅人の案内役は、たいてい、この地の探偵カイ・フェイがつとめている。しかし、今回、探偵の出迎えはなく、五人は直接、螺旋飯店へ向かうことになった。 鬱蒼と蔦が絡まる門扉は、固く閉ざされている。 だが、旅人が近づくにつれ、その到着を待っていたかのように音もなく開き――再び閉じたのだった。「さて皆さん。新しいお客人が揃ったところで、余興がてらにペアを決めましょうか」 旅人たちの訪れを驚きもせず、客人として丁重に迎え入れ、黄龍はにこやかに五枚のカードを取り出す。 お好みの色をどうぞ。 そう言われ、エレナは《青》のカードを引いた。《青》の部屋の宿泊客である少年が、やわらかく微笑みかけてくる。吸い込まれそうな輝きを放つ、蒼味を帯びた銀の瞳。華奢な左腕全体が包帯で巻かれているのが痛々しい。 一が引いたのは《黒》。 長身の少年が無言で頭を下げる。彼が《黒》の部屋の宿泊客か。漆黒の髪に漆黒の瞳。衣服までもが黒。なのに左足だけが、包帯のせいで忌まわしく白い。《朱》を引いた由良の肩を、《朱》の部屋の宿泊客であるらしい少女が、陽気にぽんぽん叩いた。朗らかな笑顔に、愛くるしいツインテール。真朱色のミニワンピースがよく似合う。「よっろしくぅ~。っと、よろしくお願いしますね♪」 おしとやかにしなさいって言われてたのに、と、肩をすくめる。屈託のない様子は、不吉な予言などなかったかのようだ。まだ十四、五であろうに、この度胸は「わけあり客」ゆえのことか。「俺は……、《白》だな」 カードを手にした優は、《白》の宿泊客の少女に視線を移す。 月白というのだろうか、白に近い銀髪の巻き毛が、ごく淡い白藍のドレスを、まるでレースのように飾っている。月光の幻にも似て、今にも消え入らんばかりの、儚げな風情だった。「お手数をおかけいたします。足手まといにならぬようにいたしますので」 深々と頭を下げられて、かえって優のほうが恐縮した。「あ、いやそんな。こちらこそよろしくな」 予言は、少女たちの身が危ないことを示唆している。なんとか阻止しなければと、改めて思う。「ということは、おれは、あまりかな?」 最後のカード《黄》を、表情のある指先でぴんと挟み、ムジカが問う。 黄龍は大仰に一礼した。「おそれいります。《黄》は支配人室のテーマカラーでして。ご不満とは思いますが、ムジカさんの相方は私がつとめさせていただきます」「このペアは、どういう趣旨のものなのか、聞いておこうか」「文字通りのペアですよ。守ったり守られたり、見張ったり見張られたり、疑ったり疑われたり」「悪趣味だな」「それも、重要な趣旨でして」 とりあえず、お茶にしましょうか。 このイベントは一夜限りですが、なにぶん、夜は長いですのでね。 黄龍がそういった途端、天を割くような雷鳴が、異界路一帯に響き渡った。 閉ざされた館の扉を激しく叩く、横殴りの雨。 それが、戦慄のミステリーナイトの、幕開けだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)由良 久秀(cfvw5302)エレナ(czrm2639)一一 一(cexe9619)相沢 優(ctcn6216)=========
──── ある暴霊の慟哭 ──── 返せ。 返してくれ。 おれの《半身》を。 あの日完結するはずだった、失われた《物語》を。 ──── レセプション/PM19:00 ──── ささやかなお茶会を、と言われ、一同はダイニングルームに移動したが、エレナとムジカだけはしばらくの間、レセプションに留まっていた。 壁に刻まれた「予告」を、エレナはずっと眺めている。やがて、ほっそりした手首が差し伸べられ、白い花のように五本の指が広がった。 エレナの指先が、切り裂かれた壁紙をなぞる。 風もないのにハニーブロンドがふわりと舞い上がり、黄金の翼さながらに、その背にたなびいた。 「……記憶を、読んでいるんだね」 「うん」 『そこ』」にあるものに蓄積された過去の情報――記憶。それを無生物からでも、エレナは読み取ることができる。 『もの』は嘘をつかない。つくことができない。ただし、符号化され保持されたそれは、ひとの記憶とはまた違い、錯誤やすり替えのないものである代わりに、愚直で断片的な情報になっている。 だから、全貌はわからない。 それでも、この予告を刻んだ暴霊のエゴイズムと、その背景となった事象、そして絶望と哀しみは感じ取ることができた。 「――このひと、美麗花園(メイライガーデン)出身みたい」 今は死の街となった、隣接する街区。 この暴霊がかつて「青年」であったころ、家族四人で住んでいた街。 「路地裏の小さな家で、ご両親と妹さんと暮らしてて、とても仲のいい家族で。このひとは、妹さんを溺愛してて――だけど」 妹の婚約が決まったその日。 悲劇が起きた。 美麗花園は、一瞬で、暴霊が跋扈する地となった。 エレナが語るおぼろげな輪郭を補完するかのように、ムジカが腕組みをする。 「イベントに則った殺人予告は、何かの復讐だろうか?」 「わからない。もっと複雑な感じがするの。どうして狙われるのは左なの? どうして白い女だけが『首』なの?」 「『四神』とは、何だと思う?」 「うーん」 壁から手を離し、エレナはくるりと振り返って微笑む。 「ムっちゃんは、もう見当がついてるんじゃない?」 「ある程度はね。でも、できれば名探偵の手腕を観賞したいものだから――そろそろお茶をいただこうか?」 ──── ダイニングルーム/PM19:30 ──── 嵐と雷鳴に窓を叩かれているはずなのに、ダイニングルームには、淡い霧が立ちこめているかのような静寂があった。電灯はいっさいなく、照明は、銀の燭台に灯されたキャンドルのみである。 オークのダイニングテーブルに並べられた、アンティーク・ロイヤルドルトンのティーカップに、香り高い紅茶が注がれる。 「アフタヌーンティーというには遅過ぎて、申し訳ない限りです」 「名探偵自ら紅茶をサーヴいただけるとは、恐悦至極」 ムジカが言い、黄龍は苦笑する。 「……少々事情があって、従業員のシフトが手薄になっておりましてね」 「そうだろうな。別の仕事で忙しいだろうから」 由良はちらりと、隣席の《朱》の少女を見やる。 対象の粉飾を切り刻んで素裸にするようなその視線をものともせず、少女は両手でカップを包み込み、ふーふーと吹いていた。 「んもー。この紅茶熱いー。あたし、猫舌なんですよぅ」 少女はおもむろに、自分のカップを由良のほうへと押しやる。 「ペアでしょ? ふーふーして?」 「断る」 「ファンちゃん。あの肖像画のひとたちはだぁれ?」 育ちの良さが醸し出す物腰でエレナは紅茶を楽しんでいたが、いとも無邪気な口調で、深紅のブロケード張りの壁面に視線を移す。 そこには、幾人もの貴婦人の肖像画が飾られていたのだ。 髪を結い上げて典雅なドレスを身につけ、扇を手にした彼女らは、いずれ劣らぬ、美しくも優美な女性たちである。 「皆、故人ですよ。ご先祖であったり、私と近しいひとであったり、さまざまですが」 「……そういえば何となく、みんな、黄龍さんと似ている感じ、しますもんね。特にこのひととか、そっくり」 一が指さしたのは、金髪に青い瞳の、どこか儚げな雰囲気を持つ美女だった。この世ならぬ遠い世界にすでに飛翔しているような、つかみどころのない眼差しを投げかけている。 「もしかして、お母さんだったりして? 美形の血筋なんですね。いいなぁー」 女子高生らしい快活さで、一はにこにこと言い、黄龍もまた、ごく自然な調子で返す。 「いやいや。私自身は、あまり母親似ではありませんで。この女性は、父の前妻だったかたなのですよ。不思議なことに、私は実母よりもこのかたに似ているんです」 (母親似……) そのフレーズが、優の心の何かを、想起させる。 金髪に青い瞳の誰かは、常に優のこだわりの大部分を占めてはいなかったか。彼の隠し持つ謎に少しでも近づきたいと、思ってはいなかったか。 今は仮面をつけていない支配人の横顔を、優はうかがう。 オールバックに整えられた、手入れの良い金髪。瑠璃の瞳と高い鼻梁。穏やかだが、どこか含みのある、声のトーン。 ……誰かに似ているような、気がするのだが。 (考え過ぎかな) 関連付けて考えるくせが、ついてしまっているのかもしれない。符合を探しすぎているのかもしれない。 だが、かつて、エドマンド・エルトダウンの消息を追い、世界図書館が総力を挙げてインヤンガイに大捜査線を敷いたとき、この支配人こそがそうではないのかと、調査の対象になったことはあったのだ。 その経緯の詳細と、結局、彼は前館長とは別人であったことを、報告書を丹念に読み込んだ優は知っている。 ――それでも、あのとき候補にあがった人物はいずれも、どこか「ファミリー」を思わせたのは事実だ。 「優さま?」 黙り込んだ優に、《白》の部屋の少女が、気遣わしげに声をかける。 「……ああ、ごめん。何でもないんだ」 「体調でもお悪いのでは?」 「そんなことないよ。ここに来る前に、ぐっすり寝てきたから元気。今夜は眠る余裕がなさそうだからね」 「ほほう。ミステリーナイトの何たるかを、よくわかっていらっしゃる」 黄龍が大仰に一礼し、優は笑顔を見せる。 「『ホテル宿泊イベントなのに、寝ている暇はない』んですよね?」 「まさしくそのとおりです。お客様に長丁場を強いることになるのが、心苦しい限りで。よろしければ、甘いものでも召し上がりますか?」 「お願いします」 ピスタチオとグリオットのカップケーキが、優の前に置かれた。 それを食べながら、思案する。 似ているといえば、四人の少年少女たちの容貌は、報告書にあった螺旋飯店の従業員たちに合致している。これが意味するものは―― 「本物の客」は、いないのかもしれない。 (彼らは暴霊のターゲットになる役割を負っているか、実は俺たちこそが真実の狙われた客で、彼らは俺たちの護衛だとしたら。蒼と墨のふたりが、実は怪我をしていないとしたら、次のターゲットも、対応も変わってくる) ――慎重に行動しなければ。 《白》の部屋の少女の白い首を、優はそっと見つめた。 ──── ダイニングルーム/PM20:15 ──── 「はいはいはーい! 名探偵に質問でーす!」 さらっとさくっと話題転換しつつ、一はその場の雰囲気に明るさを付加する。黄龍は口元をほころばせ、目を見張った。 「私が名探偵かどうかは、少々怪しいと思うよ?」 「ですね! 事件を未然に防いでこそ名探偵を名乗れるんじゃないかと思うので、そこらへんは期待値も含めてます! ひとりたりとも犠牲者を出すべきじゃないです!」 「ははは」 心底楽しそうに、黄龍は破顔する。 「なるほど。もっともだ。それで?」 「この事件の犯人は、暴霊だと仮定します。心当たりって、ありますか?」 「一応は」 「なぁんだ、わかってるんならオープンにしてくださいよぉ」 「いや、『ひと』であったころの素性も、犯行動機も不明なんだけれどね。この暴霊は以前にも、類似した事件を複数回、この街区で起こしているんだ。被害者は常に四人。男がふたり、女がふたり」 「今回のミステリーナイトとの関連性は?」 ムジカが問う。 「当然、ある。といいますか、もともとこのミステリーナイトは、暴霊の次のターゲットと目される四人の要請により、企画したのだから」 「どういうことだ?」 「両親と娘、そして娘の婚約者。狙われるのはいつも、この組み合わせです。両親と婚約者は、左半身のいずれかを損傷したうえで殺害され、娘は必ず首をくくられる」 「両親と娘と、その婚約者とすると。――今回の参加者は、年齢が合わないようだが?」 由良が言い、《朱》の部屋の少女は、ぶふーーーっ、と、紅茶を噴いた。 ……由良に向かって。 「ちょっとおぉー! やっだあユラりん。空気読んでよぉー! あたしたち必死なのよ! 命賭けてんのよ。誰のためだと思ってんの」 「何を」 顔にかかった飛沫を、憮然と由良は拭う。 「……。……。……!」 ムジカは常ならぬ声を発するのを防ぐべく、喉元を抑えるしぐさをしている。 「おや、ムジカさん。暴霊に首でも絞められましたか?」 にやりとする黄龍に、ムジカは咳払いをして冷静さを取り戻す。 「いや、暴霊は関係ない。生身の人間が放つ言葉も、時としてなかなか破壊力があるね。さいわい、窒息は免れたようだ」 「それはよかった」 黄龍もしばらく、何かを堪えていたようだが、やがて吹き出した。 「……黄龍さんて」 その笑み崩れる表情に、一もまた、誰かを思い出す。 「私の知ってる、ものすごくいけ好かない金貨野郎に、ちょっと似てるような」 「それはきみの、想い人かな?」 「ちょ。単なる知り合いですっ。じょーーーーだんでもやめてくださいよぉぉぉぉぉーーーー! 悪趣味ぶりは似たりよったりですけど、変に勿体ぶらない分、黄龍さんのほうが100倍感じいいですよ。どっちかを選べと言われたら、私、迷わず黄龍さんと添い遂げられますよ!」 「それは光栄の極み……、ぷ、くくっ、あははは……、あ、すまない、くくくっ」 黄龍はとうとう、身体を二つ折りにして笑い転げた。爆笑がおさまるまでに時間がかかったので、一はむうっと頬を膨らませる。 「乙女の純情に対して、失礼じゃないですか?」 「いやはやまったく。……しかしきみが、とても純粋でまっすぐな、正義感にあふれた女の子だということはわかった。兄に反感を持つのも、当然だと思うよ」 (兄……?) 優が、はっと、顔を上げた。 ──── ダイニングルーム/PM20:30 ──── 黄龍の言葉が示唆する衝撃を咀嚼したあと、一同はしばらく、それぞれの考察に沈む。 やがてエレナの、耳に心地よい愛らしい声が、静寂を破った。 「ねぇ、ツっちゃん?」 《青》の部屋の少年が、おや? とでも言いたげな表情を浮かべる。 エレナの呼びかけは、この場に仕掛けられたからくりのひとつを、解き明かしていたからだ。 「それは、僕の名前かな?」 「うん。だって、ツっちゃんは、ここの従業員でしょ? ムっちゃんも、ホンちゃんも、シュエちゃんも」 エレナは、ひとりずつ視線を合わせた。 《黒》の部屋の少年と。 《朱》の部屋の少女と。 《白》の部屋の少女と。 「どうして、そう思う?」 「この状況で平然としているって、不自然だもの。本来の招待客はどこ? それとも、いないの?」 「……やれやれ、お見通しか。まあ、想定内ではあったけど」 《青》の部屋の少年――すなわち蒼(ツァン)は、黄龍に向かって肩をすくめた。 「バレるのが予定より早かったですけど、どうします、支配人?」 「大勢に影響はないのでね。イベントはこのまま続行だ。引き続き、彼らを護ってくれたまえ」 ──── ダイニングルーム/PM20:35 ──── 「あー。てことは墨(ムオ)さんですよね? どうも、このたびはお疲れさまですー」 《黒》の部屋の少年に、一は、ぺこりと頭を下げる。 「ああ、まあ、そういうことだ」 墨はあっさりと認め、頷く。 「おれたちも支配人に振り回されているが、あんたがたも、いろいろ大変そうだな」 「ホントそうですよー。お偉方はなかなか情報開示してくれなくて、肝心なことは自分たちで調べろ命は保証しないぜグッドラック! な、世界ですからねー」 「ろくでなしのトップの下だと、真面目で誠実な人間ほど割りを食うんだよ」 「ですよねー」 「まあ飲め」 「いただきます」 立場と感情の共有ができた一と墨は、お互いに紅茶を注ぎ合うのだった。 ──── ダイニングルーム/PM20:35 ──── 「やっぱり。雪花(シュエファ)だろうなとは、思っていたんだ」 白い髪、赤い瞳の少女を、優はすでに雪花と比定していた。 「申し訳ございません……。」 雪花は長い睫毛を伏せ、恐縮する。 「謝ることないよ。俺たちを護ろうとしてくれているんだろう?」 「はい。……ですが」 「そーだよー。気にすることないって。あたしたちが身体張ってるんだから、感謝感激されて当然よね。萌えちゃうよねデート申し込みたくなるよね。ねっ、ユラりん?」 「……どうだか」 ふいっと、由良は顔を背ける。 《朱》の少女の度胸の座りっぷりと、まったく物怖じしていない言動、そして、時おり見せる動作の機敏さに、かなり早い段階で、これは紅花(ホンファ)であろうと当たりをつけていたのだ。 血の匂いを受け止めてなお、少しも動揺しない。暗殺者から客人を、あるいは自分の身を護るためには、鮮やかに肉切り包丁を飛ばし、敵の首をはねることも厭わない少女。わかったうえで牽制し、警戒し、距離を置こうと思っていたのだったが。 由良の気も知らず、紅花はその袖口をつんつんと引っ張る。 「んねーーー、ユラりんてさ、写真家さんなんだよねー? ここに来てからあちこちでカメラ構えてたし」 「それがどうした」 「あたしの写真も撮ってぇ」 「断る」 「なんでぇ? 撮ってくれたっていいじゃなぁい。あたし、自分で言うのもナンだけど、そこそこ美少女だと思うの。もーね、あたしのお兄ちゃんて探偵なんだけどね、あたしにヘンな虫がつかないかってすごく心配してるの。ユラりんと仲良しになったって聞いたらもう」 「断る」 「けちー。そんなこと言わないでさぁ」 紅花はほっそりした腰に右手の甲を当て、わずかに胸を反らせてポーズを取った。 ますます辟易した由良は、ぽり、と、首筋を掻き、くわえ煙草で紅花から離れ、ついでにダイニングルームからも退出しようとする。 「わかった! わかりました! 今、ユラりんの熱い気持ちが伝わってきました。あたし、脱ぎます!」 ぽろっ、と、由良の煙草が口元から落ちる。 「ユラりんは芸術家だから、ありきたりの写真じゃ不満なんでしょ? だいじょうぶ、芸術のためだもの覚悟はできてる! さあさあさあ、《朱》の部屋に行きましょう。ふたりっきりで禁断の領域を極めましょう!」 「断る」 由良の腕を、紅花はぐいぐい引っ張る。全力で由良は踏みとどまる。 「…………っ!」 その様子を見ていたムジカは、またも、自分の喉元を押さえる仕草をした。 (面白すぎる) ──── ウォルナット・ステアケース/PM21:15 ──── 四神とは、各方角を守護する聖獣を意味する。 青龍、玄武、朱雀、白虎。中央を護る黄龍、あるいは麒麟。 それぞれが、方角に基づく各部屋の担当者を指しているのであれば、予言が示す四神は四人の従業員であり、その長とは、支配人のことではないのか。 そう言ったのはエレナであるが、それは五人の総意だった。 東西南北、四つの客室を見てみたい。そして、支配人室も。 それもまたエレナが提案し、ムジカと一と優が賛同した。由良は、客室を見るよりも他の情報を集めたいという観点から、一階に留まることになった。紅花はぴたっと由良にくっついている。 蒼は頷いて、螺旋階段へと先導した。エレナを守るべく、周囲に気を配りながら。 わずかの間、ムジカは階下から、精緻な巻貝のような造型を観賞していた。すぐに黄龍をうながし、その後に続く。 「珍しいな。木製の螺旋階段とは。オーク材かな?」 当たり障りのない問いを投げながら、ムジカは、オウルフォームに変化させたセクタンを館内に放った。さりげなく、トラベラーズ・ノートを広げる。 コンタクトを取る相手は由良だ。 「胡桃の木の階段(ウォルナット・ステアケース)です。たしかに手すり部分はオークを使用していますけどもね」 「ところで」 何かから庇うように、ムジカは自らの腕を、黄龍の胸元へ水平に伸ばす。 「一番危ないのは、あんたじゃないのかな?」 「どうでしょう。あなたという可能性もありますよ」 「違いない」 ムジカは笑う。自分の危険は顧みず――いや、彼は、自らの危機さえも、娯楽に通じる透徹は持ち合わせているのだったが。 「わあ! 綺麗な階段ですね! 芸術品って感じがします」 墨を振り返り、一が言った。 「東西南北の四つの客室って、全部、階上にあるんですか?」 探りを入れるというより、ペアの墨とコミュニケーションを取ることを意識しての問いだったが、答えたのは黄龍だった。 「そうですね。主要な部屋は階上にまとめています。英国のマナーハウスは、その構造にイタリアのヴィッラの様式を取り入れたことも多く、それにならっていますので」 (このひとは何者だろう? ……やっぱり?) 何のてらいもなく、壱番世界の国名が連続で出てきたことに、優はかすかな違和感を抱く。 自分が薄々、その答を見いだしていることは認識していながらも。 その優を、見えぬ《敵》から護るべく、雪花は静かに控えている。 メイド服の裾から、少女が扱うには重過ぎるはずの、アサルトライフルの銃口を覗かせながら。 ──── レセプション/PM21:00 ──── ――階上にあるのは舞踏室(ポール・ルーム)、応接間(ドローイング・ルーム)、撞球室(ビリヤード・ルーム)、支配人室と兼用の書斎(ライブラリー)といったところか。他にも空き部屋はいくつもあるが、客室として運用しているのは、2階の四隅にある離れのみだ。今のところどこにも、人の気配はないな。 トラベラーズ・ノートを介して、ムジカから由良へ、情報が伝えられる。 (だったらやはり、「招待客」は存在しないということか) 由良は、そう結論づけた。 (そうだな。おそらくは、本来の招待客の身の安全を計るため、黄龍は従業員たちを身代わりにして、ミステリーナイトを決行したんだろう) (なら、予言の「招かれざる客」は、俺たちを指すことになる) (ひとつはね。「四神に殺される客」と「四神とその長に守護される客」は別じゃないかと、おれは思っているから) ──── 《青》の部屋/PM21:20 ──── 部屋の内装と調度品は、精緻を極めていた。 優美なドレープを描く青絹のカーテン。その飾りひもにも、細工を施した青い留め金があしらわれている。 「チッペンデールの家具のレプリカが、多いみたいだが」 ムジカは、繊細なデザインのサイドテーブルを見る。 「チッペンデールはロマンですので。いかにもミステリの舞台にふさわしいと思いませんか? ……とはいえ、本物のアンティークを揃えるのは難しいですしねぇ」 「ファンちゃんが原画のコピーをインヤンガイの職人さんに見せて、作ったんだね」 肘掛け椅子に手を触れ、エレナはその記憶を読む。 チッペンデール自らが描いた、美しい原画。それに基づいて、腕の良い職人が忠実に再現したのだ。天蓋付きのベッドも革張りのソファもテーブルもライティングデスクも。 猫脚のバスタブは濃紺。仕切りのガラスは淡い水色。洗面台に用意されたリネンには、二重螺旋のように絡み合う双頭の竜の刻印と、螺旋飯店のロゴさえも青字で記されているという凝りようだ。 部屋の中央には、左腕をもがれた人形が横たわっている。 あてがわれたぬいぐるみは、青龍。 ──── 《黒》の部屋/PM22:00 ──── 「わわわ! かっこいいお部屋ですね! 華麗なのもいいですけど、こういうのも素敵です」 一が目を輝かせる。 北に位置する《黒》の部屋は、黒一色だけで揃えられているかと思いきや、漆喰の白と漆の黒の対比で表現されており、スタイリッシュなモノトーンでまとめられていた。 「マッキントッシュのヒルハウスチェアがある」 チャールズ・レニー・マッキントッシュ。英国のモダニズム建築の第一人者にして、インテリアデザイナー。その特徴的な椅子のデザインは有名であるため、優も名前だけは知っていた。 ……その椅子の上に、左足を損傷した人形が腰掛けている。 あてがわれたぬいぐるみは、蛇をまとった脚の長い亀――玄武。 特に驚きもせず、片膝をついて、人形とぬいぐるみを検分した優は、おもむろに蒼と墨を振り返った。 「やっぱり。《青》の部屋のもそうだったけど、これは、ホテル側が用意した演出のままみたいだ。ふたりとも本当は、怪我はしてないよね?」 蒼の左腕と墨の左足の包帯を見ながら、優は言う。 「ああ」 「そのとおり」 ふたりは同時に、包帯を解く。 骨が見えるほどの刺傷であるはずの蒼も、大火傷を負ったはずの墨も、その傷はあとかたもない。 「「螺旋飯店の従業員が、暴霊ごときに傷を受けてどうする」」 「無傷なら、それに越したことありませんよ!」 一が、明るく言い切った。 ──── 《朱》の部屋/PM22:30 ──── 《朱》の部屋は、《青》の部屋よりもやや、モダンな印象だ。 家具にあしらわれた猫脚(カブリオレ)と、玉と爪(ボール&クロウ)の脚部彫刻や、唐草やロカイユのモチーフは共通しているものの、カーテンとベッドカバーに、ローラ・アシュレイのロマンチックな小花模様が使用されていたからである。 「……これは。……紅花のような女の子だったら、泊まるのには適しているだろうが……」 ムジカは笑いを噛み殺す。 このホテルに足を踏み入れたとき、由良が、《朱》の部屋には絶対近づかないと、トラベラーズ・ノートを介して伝えてきたのを思い出したのだ。 それは、紅花の正体が不明だったこともあるが、もしかしたら―― (似合わない、と、思ったのかもしれないな) ――ただ。 左胸を、「朱雀」の「くちばし」で貫かれ、朱の羽毛を飛び散らせた蝋人形は、由良にふさわしいかもしれないのだが。 ──── 《白》の部屋/PM23:10 ──── 白というよりは、淡いアイボリーの濃淡でまとめられた部屋は、あたたかで居心地の良い雰囲気に満ちていた。 《青》や《朱》よりも、アール・ヌーヴォーやアール・デコのアンティークな小物が多い。テーブルにはルネ・ラリックの、乳白色のガラススタンドが置かれ、チェストの上にはドームの蜻蛉のランプ。半透明のシャンデリアは、エミール・ガレのデザインだ。 天井から吊るされた、そのシャンデリアに、人形は首をくくられ、ぶらさがっている。 足もとに転がっているのは、首を千切り取られた、白虎のぬいぐるみ。 ──── レセプション/PM23:45 ──── シャッター音が響く。 壁に刻まれた予言を、由良が写真におさめているのだ。 ――と。 「ユラりん、気をつけて!」 紅花が、異変を指摘する。 またも壁紙が刻まれ―― 新しい予言が、いや、今度こそ、あからさまな殺人予告が記されていくではないか。 許さない。 おれの邪魔をする支配人を。 遠い世界から来た連中を。 ──── 支配人室/PM23:50 ──── 「あの蝋人形とぬいぐるみの演出には、どういう意味があるのかな?」 支配人室の壁にある《麒麟》のタペストリーを眺めながら、ムジカは問う。 「あなたは、どう思いますか?」 黄龍に聞き返され、少し考える。 「イベントを盛り上げるためかな、とも思ったけれど、おれたちは正規の客じゃないし」 「そうですね。あなたがたを正式な招待客としてお迎えするのであれば、壱番世界のホテルイベントに準じたミステリーナイトを用意はしませんでした」 ――なんとなれば、あなたがたの前に、論理的考証が可能な、作り物の謎は提示できない。 「普通の人間」が考案し設定した稚拙な謎など、瞬時に看破されてしまいますからね。 黄龍を無言で見つめたムジカは、おもむろに口を開く。 「挑発、かな? あんたから、暴霊への。……そして、世界図書館に連絡を取り、おれたちをここへ呼んだのも」 なぜなら、犯人はもう、わかっている。 だから、舞台を整えた。 自白を、うながすために。 「通常、この街区の案件は、紅花の兄の探偵カイ・フェイが担当している。だが今回、カイは姿を見せていない。おれは、この依頼には、現地の案内人という意味での『探偵』はいないと思っていた」 だけど、違った。 ――『探偵』は、あんただったんだね。 ムジカがそう言った瞬間。 トラベラーズ・ノートに、由良からの通信が入った。 ――階下へ降りろ! 螺旋階段が、壊される前に。 ──── ある暴霊の告白 ──── 妹は、俺のすべてだった。 わたし、彼と結婚するの。 しあわせに頬を染め、妹が婚約者を家に連れてきたあの日。 両親が口々に祝福したあの日。 おれは家族と、その男を皆殺しにした。 半身を返せ。 おれの半身を。 父と呼んだ男の左腕を斬り、婚約者の左足を焼いた。 母と呼んだ女の左胸を刺してから、妹の白い首を締め上げる。 そして、おれの恋は成就するはずだった。 ……なのに。 その瞬間、街全体が揺らいだ。 かぼそい息を振り絞り、妹が言う。 (逃げて) (逃げて、お兄ちゃん) (まだ、間に合う。間に合うから) (……ごめんなさいね。あなたがそんなに思い詰めてるとは、思わなくて) (すまない。もっと、おまえと話せばよかった) (ごめんね。お兄ちゃん。わたし、無神経だったね。わかってあげられなくて、ごめんね?) 息を引き取ったばかりの家族の死体が、あっけなく消えていく。 逃げ遅れた、おれの身体も。 やめてくれ。 これは、これだけはおれの物語なのに。 おれの憎しみまで、奪わないでくれ。 おれの物語の成就を、邪魔しないでくれ……! ──── ウォルナット・ステアケース/AM00:00 ──── 一同が、螺旋階段を駆け下りた瞬間―― 階段はまっぷたつに割れ、粉々に砕けた。 胡桃の木は鋭く研ぎすまされ、無数の杭が生まれた。 ひゅうう、ひゅうん! 杭は次々に、旅人たちの喉を狙う。 「青龍。玄武。朱雀。白虎。彼らを護れ!」 低く鋭く、黄龍の声が響いた。 「「「「御意!!!!」」」」 「青龍のツァン、エレナを守護する」 エレナを後ろ手で庇いながら、蒼が懐からナイフを繰り出し、杭を粉砕する。 「玄武のムオ、一には指一本触れさせぬ」 墨は凄まじい身のこなしで拳を振るい、杭をたたき落とす。 「朱雀のホンファ、ユラりんに手出ししたら、あたしが許さないから!」 紅花は安定した手つきで、肉切り包丁を飛ばした。 「白虎のユエファ、優さまをお護りいたします」 メイド服のスカートから、雪花はアサルトライフルを取り出し、構える。 銃声が響くたびに、杭は確実に撃ち落とされた。 「麒麟のファンロン、ムジカを護る……、と、言いたいところだが」 黄龍はため息まじりに、乱れた前髪を掻きあげる。 「申し訳ないが、この場はまかせた。私は戦闘はからっきしで」 「名探偵ってのは、武術にも長けてると思ったが」 「ひとには向き不向きというものがあってね。小さいころから、さんざんエヴァ姫のフェンシングの相手をさせられたわりには、まったく上達しなかった」 「俺、防御壁と防鏡壁張りますよ!」 「あたしも戦う。びゃっくんパーンチ!」 優とエレナが息の合った連携プレーを行い、 「せっかくですから、私、護られちゃいます! キャーこわいですっ!」 一は墨の後ろに隠れる。 「名探偵を護るのも、悪くない」 ムジカはギアを取り出し、応戦の構えを取った。 「……まったく」 インヤンガイには、写真を届けるだけの用事しかなかったのに。 最初から嫌な予感はしていたものを。 「嫌な予感ほど、よく当たる」 ……そして、ひどく後悔する。 由良は不機嫌な顔で、自分から手を伸ばして杭をひとつ引っ掴み、投げ返した。 ──── ウォルナット・ステアケース/AM00:30 ──── ねえ。 あなたの物語は、もう、完結してるんだよ? 妹さんが「逃げて」と言ったとき、あなたは半身を得たの。 だから、もう、眠っていいんだよ? それは、エレナの言葉。 やがて―― 杭は、全て静かに床に落ちた。 ──── ダイニングルーム/AM00:55 ──── 「さて、朝までには、まだ間がありますが」 一同は再度、ダイニングルームに戻ってきた。 「皆さんは私にまだ、聞きたいことがあるでしょう?」 黄龍が言い、エレナが頷く。 「ファンちゃんの、もとの名前を知りたい」 「ベンジャミン・エルトダウンです。インヤンガイに再帰属し、螺旋飯店の支配人となったとき、私はまだ18歳でした。あれから20年を経て、異母兄ロバートの年を追い越してしまいましたがね。……他には?」 それは、元旅人の告白。 《ファミリー》からリタイアした、ひとりの男の物語が、その夜、語られた。
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