オープニング

 公然の秘密、という言葉がある。表向きは秘密とされているが、実際には広く知れ渡っている事柄を指す。秘密とはこの世で最も脆いもののひとつ、それを打ち明け共有出来る友を持つ者は幸いである。胸に抱えた秘密の重さは人に話してしまえば軽くなるものだし、更には罪悪感を連帯所有することで深まる絆もあるだろう。

 ……さて。あなたはそんな、誰かに打ち明けたくてたまらない秘密を抱えてはいないだろうか?それなら、ターミナルの裏路地の更に奥、人目を避けるように存在する『告解室』に足を運んでみるといい。
 告解室、とは誰が呼び始めたかその部屋の通称だ。表に屋号の書かれた看板は無く、傍目には何の為の施設か分からない。
 ただ一言、開けるのを少し躊躇う重厚なオーク材のドアに、こんな言葉が掲げられているだけ。

『二人の秘密は神の秘密、三人の秘密は万人の秘密。それでも重荷を捨てたい方を歓迎します』

 覚悟を決めて中に入れば、壁にぽつんとつけられた格子窓、それからふかふかの1人掛けソファがあなたを待っている。壁の向こうで聞き耳を立てているのがどんな人物かは分からない。ただ黙って聴いてもらうのもいいだろう、くだらないと笑い飛ばしてもらってもいいだろう。

 この部屋で確かなことは一つ。ここで打ち明けられた秘密が部屋の外に漏れることはない、ということ。
 さあ、準備が出来たなら深呼吸をして。重荷を少し、ここに置いていくといい。

品目ソロシナリオ 管理番号1815
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメント乙女の秘密、それはもはや秘密ではない!
こんにちは瀬島です。

さて、秘密を打ち明けてみませんか。
独り言によし、愚痴によし、懺悔によし。
どシリアスからギャグまで幅広く対応いたします。

【告解室について】
OPの通り、一人掛けソファと小さな格子窓のついた狭い部屋です。
西洋の教会にある告解室をご想像ください。
採光窓はすりガラスになっており、外から見えることはありません。

話を聴いてくれる人物は声以外の全てが謎に包まれています。
プレイングにてご指定いただければある程度人選を行います。
優しい女性がいい、同世代がいい、説教されたいなどお気軽に。
お任せや描写なし、過去納品された中からのご指定も歓迎です。
特に指定がなければプレイングの雰囲気に合わせて適宜描写します。

【ご注意】
格子窓の中を覗く・格子窓の中に入るなど、話を聴いてくれる人物と声以外で接触するプレイングは不採用といたします。

中の人など居ない!(ピシャッ)

参加者
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師

ノベル

 告解室。いつからかそう呼ばれている小さな部屋の奥、つまり格子窓の向こうがどうなっているのかを知っている者は殆ど居ない。そもそも誰が何の為に作った施設なのかもよく分かっていないのだが、一説には、小説のネタに困ったコンダクターが作ったとか、人の秘密を食べて生きる世界のツーリストが中に居るとか、そんな噂が時々流れる。しかし仔細を確かめようとする者は誰も居なかった。
 ただし『中の人』は日ごと交替するらしいというのは知られている。告解する者の入る部屋のレイアウトや掃除の丁寧さで少しずつ差があるようだ。今日はベルベットの一人掛けソファの傍に小さなサイドテーブルが置かれており、壱番世界製と思われる魔法瓶の水差しと小さなグラス、それから小分けに包装された数種類のクッキーが載っている。どうやら中には気遣いの細やかな誰かが居るようだ。

「こんにちは」

 オークの分厚いドアを控えめにノックする音がとん、とん、と二回。それからそっとノブを回す音の後、部屋にあらわれたのはニワトコの姿だった。

「わあ、ほんとうに誰も居ないみたいだね。お邪魔します」
「はい、こんにちは。どうぞ座りなさい」

 ニワトコがきょろきょろと部屋の中を見回し、外から見えない採光窓と、声だけを伝える為の格子窓と交互に視線を動かしてから素直な感想を述べると、『中』から穏やかそうな、かなりの年齢を感じさせる男性の声が返ってきた。

「ありがとう。……顔が見えないひとにお話するのって、なんだかふしぎな気分だね」
「そうかもしれないね。誰かの顔を見ながらのお話には必ず宛先があるけれど、ここではそうじゃない。もう一人の自分が居ると思って話してくれたらそれで構わないよ」
「うん」

 必要ならば、水もお菓子もあるから、と。指し示すような声にサイドテーブルへ目を遣り、ニワトコは卓上のグラスに魔法瓶の水を注ぐ。水が採光窓のすりガラスを通ったやわらかい光を反射して、ゆらりときらめいた。

「お水、嬉しいなあ。いただきます」

 誰が見ているわけでもないがグラスに向かって両手を合わせ、いただきますの合図。目を細めてグラスに口をつけ、何から話せばいいかと考えをめぐらせる。飲み下した水が体の隅々に行き渡る心地よい感覚、自分の気持ちもこんな風に隅々まで分かればいいのになと、ニワトコは少しだけ笑った。

「……じゃあ、ぼくの話、聞いてもらっていいかな?」





 ぼくね、ツーリストなんだ。
 ぼくの故郷には『人間』がいなくって、でも、ぼくみたいな樹のなかには、しゃべったり顔があったり……人間っぽい樹はいたんだよ。うん、ぼくは植物なんだ。

 けどね、ぼくみたいに足があって自由に歩けるくらい、『人間』に近い樹はひとりもいなくて、ここに来て初めて、ぼくは『人間』にそっくりなんだ、って知ったんだ。ぼくすごくびっくりして……なんだかね、夢の中にでもいるんじゃないかなって思ったよ。

「故郷では寂しくなかったのかね?」

 うーん……そうだね。夜、外にいるとね、動物がまちがって襲ってきちゃうから、ひとりで隠れてないといけなかったんだ。だから夜はちょっとさみしかったかなあ……。

 それでね、ここに来てからしばらくの間、『人間』のひとたちをじーっと見ていたんだ。もしかしたら、あなたのことも見ていたかもしれない。へんに思ってたらごめんね。……見てたらね、気づいたんだ。ぼくはそのひとたちともちょっと違うんだなってことに。

 例えば、ぼくはおひさまの光とお水があればおなかいっぱいになるけれど、他のひとたちはそうじゃないとか。ぼくみたいに、髪に花は咲かないとか。駅前広場で、女の子が髪に咲いた花をとってつけ直したのを見たとき、すっごく痛そうにみえて思わず声が出ちゃった。けどあれは飾りなんだよね。もうおぼえたから驚かないんだ。

 けどやっぱりちょっと痛そうだなあ……ふふふ。こういうのって、すぐには変わらないよね。
 あ、お話それちゃった。続けていいかな?

 『人間』のひとたちをずーっと見るときは、カフェにいることが多かったんだ。
 故郷ではおひさまの光があればよくて、あとはときどき川で水浴びしてたら喉も渇かなかったから、なにか食べるってことは思いつきもしなかったんだけど……ここでお友達になった女の子といっしょにアイスクリームを食べたことを思い出したんだ。あの女の子も、ほかのみんなも、とっても幸せそうな顔をしてた。『おいしい』ってきっと幸せな気持ちなんだよね。

「食べ物は美味しくないのかい」

 おいしくないんじゃなくって……なにを食べても飲んでも、おなじなんだ。アイスクリームも、チョコレートパフェも、あなたがここに置いてくれたクッキーもきっとそうだね、ぜんぶおなじ。ぼく、きっとカフェとかお料理をするところではお仕事できないんだろうなあ。だからカフェでみんなが『おいしい!』って言うものをつくるひとをすごいなあって思う。

 ぼくはきっと、色んなことに憧れてるんだ。
 ぼくは自分のことを『樹』だと思っているけれど、大地に根付いて生きることがどんなことなのかわからない。根付いたまま生きて、やがて倒れて次の命の糧になる……それがわからないからそうなってみたいと思う。それは、『人間』のひとがごはんを食べて『おいしい』って思う気持ちがわからないから、おいしいと思ってみたいのと一緒なんだよね。
 ……すごく欲張りだよね。

「そうか……それはね、好奇心ともいうのだよ」

 こうきしん? わからないからわかりたいって思ったり、知らないことにわくわくする気持ちのことだよね。……そっかあ……。

「物語の世界では、樹木は何でも知っている年寄りのように書かれる事が多い。それは樹木がひとところに留まり、長い時間世界を見ているからなのだろうね。だけど君は違う」

__その足は、広い世界を見るためにある

 ……うん。
 ぼく、自分が欲張りだと思ってたし、今でもそう思ってる。『人間』じゃないって思ってるのに、『人間』に憧れてるどっちつかず。壱番世界だと、『根無し草』っていうんだって。ぼくのこと、そのままだね。でもずっとね、こんな気持ちを持ち続けていくんだろうなって思ってもいるんだ。明日や、あさってや、その先のずーっと明日はどうなるか、まだ分からないけど……。

 だけど、あなたの言葉ではこの気持ちは『好奇心』なんだね。
 それを聞けて、今日はよかったな。きっと、この体で、この気持ちのぼくだから分かること、あるような気がしたんだもの。

 お話、聞いてくれてどうもありがとう。
 『誰でもない誰か』に聞いてもらうのって、ちょっとくすぐったい気持ちだね。






 喋り終えたニワトコはほうと息をつき、すっかりぬるくなったグラスの水を大きく一口飲み込んだ。汗をかいたグラスの水分がてのひらに吸い込まれる感覚と、話し続けることで渇いた喉を水が通る感覚は、似ているような、そうでないような。
 若木の旅は続く、まだ見ぬ答えがそれと分かる日まで。

 告解室では今日も、誰でもない誰かが『あなた』の話を待っている。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『告解室にて』お届けいたします。
何度もエントリーいただきましてありがとうございます……!お待ちいただいた分、一生懸命書かせていただきました。お気に召すものになっていれば幸いです。ニワトコさんのようなおっとりした口調は書いていてとっても楽しかったです!

ニワトコさんの旅路に見つかる答えが、おひさまの光のように優しくありますように。
ご参加まことにありがとうございました!
公開日時2012-04-13(金) 23:40

 

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