オープニング

その店の名前はトゥレーン。
 樫の木のドアを押しあけて、中にはいると、静かな店内には椅子が二つ。真ん中のテーブルには紅茶と鉢植えが。
 そして、自分の席の前にある椅子に腰掛けているのはチェロを抱えた目隠しの男がにこやかに出迎える。
「いらっしゃい、お客様、それで、あなたはどんな花を咲かせますか?」

 ここでは、チェロ弾きの主人があなたの話を聞きながらそれに合わせて一曲チェロを弾いてくれる。
 きっかり三分間だけの曲を。
 そして話終えると、二人の真ん中に置いた小さな植木鉢からひとつ、花が咲く。
 どんな花かは、あなたの話し次第。
 悲しい話は暗い色を、優しい話しは淡い色を、怒りの話は激しい色を、

 ただし花にする話を語れるのは主人が弾くチェロの演奏時間だけ。
 トゥレーンはきっかり三分間だけの曲。

 その思い出の奥底にある感情を封じた花が出来あがる。
 その花を受け取るのも、店主に預けてしまうのも、または破棄してしまうのも、あなた次第。

 決して長くはない時間に語れることはほんのわずかなこと。
 トゥレーンが始まる。――きっかり三分間。
 さぁ、花にしたい記憶の断片を音楽に乗せて口にしよう。

品目ソロシナリオ 管理番号1829
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント チェロの演奏の間だけ、さぁ、自分が作り出したい花のために物語を語ってください。
 語るべき物語のカケラ、そして、それによってどのような花が生まれるか。

 花に関しては具体的な希望を書いていただいても、色だけでも。完全にお任せの場合は、ライターの独断と偏見によって花が生み出されますのでご注意ください。

参加者
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師

ノベル

 ニワトコが店のドアを押し開けて室内に一歩、踏み込んだとき反射的に頭に浮かんだのは故郷の、湿った土の匂いだ。
懐かしさがこみ上げてくる瑞々しくも冷たい空気、鬱蒼と生い茂った緑たち。葉擦れの音がまるで歓迎の声のようだ。
ニワトコの生まれた世界も緑豊かな世界だった。
 外から見たときは、室内は暗いかと危惧していたが、驚くほどに計算された配置に鉢植えが置かれて窓からの日差しで驚くほどに明るく、狭さを感じさせない。
 これなら、ぼくも眠くなったりしないかも。
 持って生まれた性質のせいか、暗いところ、閉鎖された場所はあまり得意ではない。ニワトコがドアの前でぼんやりと立ちつくしていると、店の奥からマスターが顔を出して微笑んだ。
「いらっしゃいませ。ニワトコさま、お待ちしておりました」
「うん、お邪魔、します」
 にこりと笑ってニワトコはマスターに案内されるままにふかふかのソファに腰を降ろした。横を見るとテーブルの上には紅茶とクッキーも置かれている。
「もらっても、いいのかな?」
「どうぞ。紅茶はぬるくしておりますから」
「すごいや。ぼくが、熱いの苦手なの、あなたは、わかるの?」
 カップを手に取ってひと口、飲む。確かに、熱くはなかった。程よいぬるさの蜜の甘みが口を満たしてくれた。
「なんとなく、ですよ。……さ、準備が整いました。よければいつでもお話を聞かせてください」
 マスターがニワトコの前に腰を降ろし、チェロを構える。
 ニワトコの前にはテーブルと鉢植えがぽつんと置かれている。
 ここからどんな子が現れるのだろう?
 わくわくとした好奇心がニワトコの胸に広がった。と、同じくお話という言葉にある男のことを思い出した。

 チェロの音が響く。静寂を破る、幼い子供の笑い声のような、高らかな音。次に深みのある音が小波のようにニワトコの鼓膜を愛撫し、言葉を誘いだす。
「ぼくのお話……そうだなぁ……前にぼくが行った世界でね、楽しい人に会ったんだ。その人はね、森のなかで迷子になっていたんだ。ちょっと困ってもいたかな? うん、困っていたんだ。夜の森はね、知らない人には、怖いかもしれないね。……けどね、空に煌めく色とりどりのお星様、静かな森のなかに吹く風の音、緑の匂い、とっても素敵なんだよ?」
 チェロの音は輝く星の煌めきにも似て、あぁとため息のようなそよ風の音が室内に吹き抜ける。
 瞼を閉じれば、あのときのことが蘇る。
「それでね、その迷子の人はぼくのことを見て「ドライアド」っていう樹の精霊と間違えて慌てたんだ。……あとでね、その人が教えてくれたけど、その精霊は好きな人を自分から離れないように閉じ込めてしまう精霊なんだって。ちゃんとぼくは違うよって教えたら、その人は、すごくびっくりしていたっけ……」
 たどたどしく、それでも懸命にニワトコはあの日、あの場所でのことを思い出せるだけ思い出して言葉にしてみようと奮闘した。
 その優しい目を鉢植えに向けると若々しい葉が顔を出していた。
 びん、とチェロの弦が弾ける。まるで明るい月灯りのように、再び高く、高く、音が駆けのぼる。葉が伸びるように、音が空気を震わせる。小さな蕾を作り出すような目覚めの音。
 ニワトコは頭の中で考えながら、眼だけは鉢植えから離さない。
 いつものんびりしたニワトコにとってそれは大変な努力が要するものだったが、出来れば鉢植えから、生まれる子の誕生をちゃんと見てあげたいという一心だった。
「……その人はね、優しい人だったんだと思うんだ。だって、ドライアドのお話がとても哀しいものだったから、お話を聞いたぼくが悲しい気持ちになってしまったままでいないように、いろんなお話を聞かせてくれたんだ。とっても面白いものがいっぱいあって、ぼくは夢中になって聞いていたよ。……その人はね、歌語りって言って、誰かにお話を聞かせることをお仕事にしているって、いってたんだ」
 この子も、ぼくみたいにその歌語りのことが気になって、もっとお話を聞きたくて、ここに出てきてくれるかもしれない。
 優しいチェロの音に背中をおされて。
 いろんな不思議なお話を聞きたい、と。
 ニワトコが二本の足で世界を歩いて、歩いて、歩いていくように、好奇心いっぱいに。
 けど、ここに歌語りはいないことを思い出したニワトコは困ってしまった。せっかく出てきてくれたのに物語を聞かせてあげる人がいないのでは、きっとこの子はがっかりしてしまう。

 だったら、――素敵な閃きが頭をいっぱいにした。

「その人はね、ぼくが案内してあげて、ちゃんと森から去っていったよ。ぼくのことはもう忘れてしまったかもしれないけど……今でも皆を楽しませているんじゃないかなぁ?」
 鉢植えには、緑の葉と小さな白い蕾。
 ニワトコは、蕾に微笑みかけた。
「ぼくはきみに何をお話しようかなって考えて、思いついたのがその人のことだったんだ。ぼくはお話することがお仕事じゃないから、上手く伝えきれてないところもあるかもしれないけど……ちょっとでも楽しいことや嬉しいが、伝わると良いな」
 そっと伸ばして、蕾に触れる。
 流れ込んでくるのは、木漏れ日の下にいるときのような優しくてあたたかな気持ち。
 チェロの音が静かに、深く、落ちていく。
 ニワトコは目を一度伏せた。そして、ゆっくりと開けた。

 白い花は空へと手を広げるように花弁を一生懸命に大きく開いて、ニワトコを歓迎してくれた。それにニワトコの頭に乗った花冠の白花が揺れ、生まれたばかりの花も嬉しげにふわふわと踊る。
「これは、えっと」
「ジニアですね。旅立ちのための花です。しかし、これは……」
「どうかしたんですか?」
「……ここにある植物は、本来は語られた話の感情によって花を咲かせるのですが……ちょっと面白いことになりましたね」
「おもしろいこと?」
 マスターの言葉にきょとんとニワトコは首を傾げる。
「この子はニワトコさまのお話を聞きたくて、咲いたようです」
「そうなの?」
「ええ。この子は、今は白色ですが、ニワトコさまがお話をしてくださるものによって、色を変え、咲き方も変えるでしょう。いっぱいお話を聞かせてやれば、そのぶん、この子は大きく、明るくなるでしょうが……どうしますか? この子のことは」
「持って帰ります」
 いつもワンテンポ遅れるニワトコにしては珍しいほどの即決だった。
 そろそろと手を伸ばして、鉢植えを抱えると、膝の上に置いて優しい眼差しを向けた。
「これからも、ぼくが、色んなお話、してあげるね」
 ふわ、ふわと、花が嬉しげに大きく揺れた。ニワトコがこれから進む道の――きっと両手でも持ちきれないほどの物語を聞くことを期待して。

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました。

 とっても素敵なお話に、ついつい花がもっと聞かせて、と咲いてしまいました。なんとなくニワトコさまに出来た子分(こどものイメージもありますが)のイメージで元気のいい子にしてみました。
公開日時2012-04-12(木) 21:50

 

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