オープニング

▼導きの書が示すもの『とある御伽噺』
 何を切っても 壊れず 刃こぼれせず 錆びたりもしない 魔法の鋏(はさみ)がありました
 鋏には心があり こう思っていました

「たくさんのものを切って ひとの役に立ちたいんだ」

 その鋏の噂を 聞いてやって来た ある職人は 言いました

「なんて素晴らしい鋏だ
 おまえのような鋏を たくさん作って みんなの生活を 便利にしたい」

 鋏は 職人のもとへ行き 職人によって研究されながら ものを刻んでいきました
 鋏には いつしか たくさんの弟や妹が できました
 鋏は嬉しくなって もっともっと ひとの役に立とうと たくさんのものを 刻んでいきました
 けれど 魔法の鋏を作る技術は いつしか戦争や処刑の道具として 利用されるように なっていったのです
 鋏と その弟や妹は 戦争に駆り出され ひとを傷つけるようになり その刃は 血で濡れていきました

「ぼくは ひとを助ける道具に なりたかったのに
 ひとを傷つける道具に なんか なりたくなかった」

 鋏は 自分の刃が ひとの血に染まっていたことに 気がつくと 悲しくなって涙を 流しました
 その涙は 鋏自身のからだを 錆び付かせ やがて鋏は壊れて 朽ち果ててしまいました
 すると それを悲しんだ たくさんの弟や妹も 涙を流し 錆びついて 壊れてしまったのです


▼導きの書が示すもの『ある少女の、心の声』
 お人形。
 私のお人形。お父さんかお母さんが、私に残してくれたもの。
 でもお人形は、私を助けてはくれない。おじさんやおばさんの癇癪から。同級生のいじめから。
 どうして私ばかり、こんな目に遭うのだろう。私は何も、悪いことなんてしてないのに。
 おじさんもおばさんも、同級生のあの子たちも。みんな嫌い。
 ……でも。
 嫌だ、なんて言えない。臆病な私には。偽りの笑顔を張り付けて「ごめんなさい」と言うしかできない。
 痛い、痛い、痛い。心が痛い。
 でも言えるわけがない、逆らえるわけがない。
 怖い、怖い、怖い。皆が怖い。
 なら、この痛みはどうすれば消えてくれるの? どうすればいいの?
 だから、私は。そうするしかなかった。
 この鋏で、形見のお人形を。
 そして、他のお人形たちも。
 そうすれば……心の痛みは、少しだけ消えた。
 心が痛むたび、私は。鋏を取るようになった――。


▼0世界ターミナル、休憩室にて
「皆さん、皆さん! 事件ですよぉー!」

 慌しく廊下をばたばたと駆けながら、川原・撫子(かわはら・なでしこ)が皆のもとへとやってきた。
 休憩室の一角でお茶をしていた面々は先日、夢想機構ミスタ・テスラでオートマタの子ども達の子育てをした者たちだ。
 何やら、ミスタ・テスラにおいて発生しているオートマタの連続失踪事件を調査する依頼があるということを、世界司書から聞いたのだと言う。身振り手振りを加えつつ、撫子は早口にそう語った。

「ミスタ・テスラにて怪事件発生、か……わりと物騒なところなんだな」

 相変わらず覇気のかけらも漂わせず、のったりとした様子でメルヒオールが呟く。

「そういえば以前、ミスタ・テスラの世界に転移したナントカ博士ってのがいたよな。関係がないとも言い切れない、か……?」
「名は確か、キルケゴールだったな」

 メルヒオールの言葉をそっとつないだのは、煌・白燕(こう・びゃくえん)だ。腕を組みながら壁に背をもたれている。
 白燕の発言に撫子はこくこくと頷きながら、皆に提案する。

「そのキルケゴール博士が動き出したのか、あるいは世界樹旅団がファージや誰かを送り込んだのかは、分からないんですけどぉ……どっちにせよ、このまま放っておくわけにもいかないと思うんですよぉ」
「そうよね。コルロディ島のあの子達にも、矛先が向かないとは限らないし……あぁでも、どうしよう。今月はもう生活費のナレッジキューブが……」

 ヘルウェンディ・ブルックリンはこそこそと自分の財布(?)を確認しながら、依頼への参加欲求と今月の生活費の兼ね合いとで、ぐるぐる悩んでいる様子だ。

「まぁ、あの世界は僕も好きだし……それに僕の瑠璃や皆のオートマタの子たちに被害が及ぶのは、避けたいところだしね。いいよ、協力してあげる」

 クセのある長髪を涼しげにかきあげながら、縁記・志音(えんぎ・しおん)は依頼へ同行する意思を表明した。
 オートマタのみが意図をもって襲われているのであれば、ヒトの身体ではない自分も標的にされる可能性はあったが、むしろそれは有効利用できそうな特徴でもあるか――と、志音は内心でそうも考えていて。
 ともあれ志音が参加を表明すれば、緋夏(ひなつ)もガタッと席を立ち、はいはーいと大げさに挙手をする。

「あたしも行くよ! 仮にもかわいい娘のいる世界で、勝手は許せないからねっ。それにこの手の事件解決には、あたしの頭脳が冴えわたる――かもしんない!」
「私としても、我が子たちが居る世界の様子は、やはり気になるからな。彼らが安心した暮らしを送れるように、私にも協力させてもらおう」

 興奮気味な緋夏とは逆に、白燕は落ち着いた様子で参加を表明する。
 乗り気な面々に、メルヒオールは面倒くさそうな表情で頭をかいていたが、やがて諦めたように溜息をひとつついて。

「……はぁ。ま、俺も気にならないって言えば嘘になるしな。同行させてもらうよ」
「ふふ、そんなこと言って。実は愛しい教え子ちゃんが、心配で心配で仕方ないんで――」

 悪戯っぽく目元を歪める志音の顔面に、メルヒオールは食べかけだったお茶菓子のクッキーを無言で投げつけた。志音は椅子に座ったまま、身体を器用に捻ってひょいと軽く避ける。
 投げられたクッキーを、ヘルがその場から動かずに電光石火の手つきだけでキャッチすると、足元にいたオウルセクタンのロメオの口へ、それを無造作に放り込み。

「食べ物、粗末にしてたらまたイーリスに怒られるわよ?
 ……とりあえず、お財布事情は何とかするから、私もやっぱり行くわ。こうやって、あの時のメンツが偶然集まってるのも、きっと何かの縁だしね」

 吹っ切るように勢い良く財布を閉じると、ヘルも参加の旨を告げる。
 改めて面々の顔ぶれを確認してみれば、以前の依頼のときとメンバーはそっくりそのままで。ちょっとしたおかしさとそのめぐり合わせに、皆は揃って頬を緩め合う。

「あはは。ほんと見事に、コルロディ島で一緒になったメンバーが集まったねー」
「あの子らとは仮初めの関係だったとは言え……親として、皆が同じ気持ちなのだろうな」

 皆を眺めながら面白そうにきゃっきゃと笑う緋夏の隣で、白燕は穏やかな表情でそう続けた。

「皆さんの様子を見ていたら、『激突! オートマタ大量失踪事件VSコルロディ島パパママ団!』って煽り文句が浮かんできましたぁ」
「安直なネーミング・センスだな……」

 くっ、と握った拳を震わせながら、わくわくとしている撫子の言葉に、メルヒオールは苦笑を返す。
 そんな中、ヘルはひとり、腕を組んだまま憂いげな面持ちで思案をしていたのだが、やがてぽつりと呟いた。

「でも、コルロディ島のあの子達が心配だわ。ベルなら襲われた仲間の事を心配して、現場に行っちゃいそうだし……」
「私のジングは、正義感の強い真面目な子だ。彼なら、自ら解決に乗り出しているかもしれないな」
「……心配じゃないの?」
「無論、心配する気持ちがないわけではないが……もし本当にそうであれば、誇らしくも思う。他者を助けるため奔走するというその姿勢こそ、心の在り方に結びつくものであるからな」

 怪訝な様子で眉を潜めたヘルに、白燕は満足そうに頷きながらそう返し。

「そういう意味だと、瑠璃も興味だけは持ちそうかなー? オートマタの内部機巧をじっくり見れる、良い機会になるだろうしね」
「……そんなジングや瑠璃を引き留めようとして、苦労してるイーリスの姿が目に浮かぶよ……」

 座椅子をくるくると回転させながら、のん気な調子で話す志音の言葉を耳にして、メルヒオールはあきれたように小さく溜息をひとつ。

「うちのミオちゃんは、多分興味持たないし近づかないかな……」
「でもあの子、ジングが行くなら私もーって、着いていきそうだよね」
「あぁ、そうかも。うぅミオちゃんたら、もう――って、そうじゃなくてぇ!」

 あっけらかんとした様子で喋る緋夏の言葉に、撫子は複雑な表情で頭を抱える。
 けれどはっと気が付いて、ばんと勢いよく席を立ち、皆に言い放つ。

「今回はコルロディ島、行きませんから! 子どもたちにも会いませんから。事件解決に専心するんですからねっ」
「えー。せっかくあたし、マヤとまた会えるって思ってたのにー」

 緋夏は頬を膨らませ、皆の代表として(?)ぶーぶーと一番先に文句を言った。

 ともあれ。
 そうしてコルロディ島パパママ団(名称は撫子案)は結成され、ミスタ・テスラにて起こっている怪事件に立ち向かうこととなったのだ。

 †

 一行は撫子の案内で、ある世界司書のもとを訪れた。今回の依頼へ参加するにあたって、導きの書に記された情報を得るためだった。
 世界司書は、導きの書を通して得た、様々な情報を与えてくれた。
 ……どこか挑戦的な感情を匂わせる、不敵な微笑みを浮かべながら。


▼ミスタ・テスラ、都市部にて確保したホテルの一室
 その後、渡されたチケットを片手に、一行はミスタ・テスラへと向かった。大衆紙『コメット・エキスプレス』の編集長にして元ロストナンバーでもあるシドニー・ウェリントンから、現地に関する情報もいくつか手に入れて。
 そして今、皆の前には多くの情報があった。

「……さて。こいつは面倒なことになったな」

 書類や写真など、膨大な資料が机の上に散らばっている。それらを見下ろしながら、メルヒオールは指の腹でとんとんと己の頭を叩き、思考している。
 ヘルは資料の束を整頓しながら、指差しでひとつずつ重要な項目を確認していく。

「ちょっと情報を整理しましょ。まず今回の事件に関わる、一番大切なことは……断章石(だんしょうせき)の情報よね」

 壱番世界の言葉で表現するのであれば、時代がかったセピア色の写真といったところ。すなわち篆刻写真(てんこくしゃしん)のとある一枚を、ヘルは資料とともに皆の前へと差し出した。

【断章石について】
・事件の原因は、この〝断章石〟という存在である。
・断章石。オートマタ失踪事件に関わる怪奇現象を引き起こしている物体の名称である。見た目は指先でつまめる程度の、透き通った宝石のような鉱物。ヴォロスにおける竜刻のように膨大なエネルギーを内包しており、放置しておけば世界群に影響を与える危険性を持つ。
・強い想い(主に負の感情)に反応して誰かの身体に寄生し、宿主とする。宿主が抱いている想いを極端に歪めた形で認識し、その欲求を果たすために多様な形態(怪物のような姿が多い)をとる。
・そうして具現化された存在は「怪異」と呼ばれ、宿主の意思とは無関係に様々な凶行へと及ぶ。
・依頼内容は、あくまでこの断章石の回収、あるいは破壊である。
・断章石を回収するにあたって、例えば「犯人である人物を殺害し、断章石を無理やり抜き取る」ことも方法のひとつではあるが、断章石や怪異についての情報を参考にし、別の方法を取ってもよい。
・その他の回収手段としては「怪異を徹底的に撃破する(ただし怪異の力は強大であるため、力任せの撃退はかなりの危険を伴う)」「宿主にアプローチして心の状態を変化させ、断章石が宿主を放棄することを誘発させる」等が挙げられる。
・断章石を回収、あるいは破壊した場合、断章石に関わった人物は、それに準じた情報や記憶の一部を失う。その際、接触したロストナンバーのことも忘却するケースが多い。

「断章石そのものが、俺たちロストナンバーに備わった〝旅人の外套〟のような効果を持つ、ってことか」
「これだけでも私たちの行動の自由は広がりますし、色々と楽になりますねぇ」

 メルヒオールと撫子が納得するように頷きながら、資料に目を通している。

「……だが、いざとなれば最悪の方法を取る必要があるということは、念頭に入れておかねばならんのかも……しれんな。できるかぎり、そのような手段は取りたくないが」

 白燕は目を細め、難しそうな表情で重く呟いた。その言葉に、皆も表情を固くする。

「えっと。それで……犯人、って言っていいのかな。だめ? 犯人に人物の情報については、こんな感じだよねー」

 場の空気を変えるように、緋夏が努めて明るく声を弾ませる。両手に抱えたファイルの束から、資料を一枚ずつぺいぺいと取り出し、机に並べていく。

【重要人物の情報】
・名はルブーア。教育施設の碩学院(せきがくいん)に通う、17歳の女学生。2つの束に分けたおさげと、黒ぶちの眼鏡が特徴的。趣味は布製の人形集めや人形作り。
・両親はおらず、親戚に面倒を見てもらっている。義理の両親は教育に厳しく、失敗は徹底的に叱り、体罰も辞さないスパルタ教育を主とする。ルブーアへの愛情は薄く、自らの評価を高めるための道具にしか思っていない。
・威圧的な家庭で育ったためか、ルブーアは素直に感情を表現できず、口数も少ない。いつも何かに怯えているような様子がある。
・そうした性格が災いしてか、周囲に友人はおらずいつも孤独。
・追いつめられるようにして机に向かっているためか、下手に焦ってしまい、成績は不安定。でも落ち着いて取り組めば、上質な結果を出せる。
・ルブーアは、ある女学生のグループから陰湿ないじめを受けている。
・そうしたことから生じた負の感情に反応し、断章石を宿してしまうこととなったと推測される。

「なるほどねー。そのルブーアっていう女の子に、断章石がとり付いてて。それに生み出された怪異っていう化け物が、ルブーアの意志とは関係なくこのオートマタの失踪事件を引き起こしてる……ということだよね」

 志音は皆の情報整理に耳を傾ける一方、気取った姿勢で、ミスタ・テスラ現地で発行されている新聞に目を通していた。
 新聞には『オートマタ、またもや行方不明に』『多発する謎の失踪事件に、警官隊は警戒を強化』『オートマタ連続失踪事件、未だ手がかり掴めず』といった見出しがあり、大々的に事件を取り上げていた。一部のマイナーなコラムには『不審者の目撃情報、一部で相次ぐ。機械人形たちの死神か?』『奇怪な失踪事件、マッドサイエンティストが関与?』『オートマタ製造を反対する勢力の犯行か?』『暗黒教団による秘密儀式の可能性も示唆』など、眉唾物の根拠で記された情報もあって。

「しかし、ミスタ・テスラにこうした幻想存在が確認されているというのも、少々驚きだな……」

 白燕は資料を睨むように読みながら、読み終えたものを隣の人物へとまわしていく。

「そういえば……誰が断章石を宿しているか分かっているならぁ……直接にその女の子のところに行って、説得すればいいんでしょうかぁ? あとは怪異って怪物を、私たちが倒しちゃうとかすれば全部きれいに解決できます、よねぇ」

 撫子は資料から目を離さぬまま、素直な疑問を口にした。断章石、怪異、宿主となる人物……これらが判明しているのであれば、事件の解決は容易ではないかと思ったのだ。
 けれど志音が新聞を見ながら、撫子に資料を差し出してくる。

「いや、僕らがルブーアって子へ単刀直入に〝君が怪異を生み出していて、それが事件を引き起こしてるんだ〟って言っても、耳は傾けてくれないと思うよ。怪異の性質が、きっとそうさせる。これを見てご覧よ」

【怪異の情報】
・ルブーアを宿主とする断章石によって生み出された存在。
・怪異は言葉を操り、思考をする知能もある。だがその言動は狂気的。
・怪異は、宿主の感情や生命力をエネルギーとして活動している。宿主の想いや心情に変化がない限り、怪異は何度も復活する。ただし宿主の生命力が枯渇した場合、断章石は宿主を放棄して、行方をくらませることがある(これは「一時的に断章石の活動を抑制させた」として、依頼終了の条件には含まれている)
・今回の怪異について。少ない目撃情報によれば、棒切れのように細く、錆びた金属の体躯をした、人型の怪異と推測される。薄汚れた長いボロ布を外套のようにまとっている。巨大な鋏を持つ。
・その他、怪異はいくつかの共通法則を有する。

・1:不可視である
 怪異は、大衆の前には決して姿を見せず、居たとしても大衆の目に移ることはない。ミスタ・テスラ特有の時代背景により、大衆が「怪異といった御伽噺のような存在など、今の時代には在りえない」と信じてしまっているためである。
 よって「怪異のような怪物がいる」と主張しても、それを聞いたものが怪異の存在を信じるようになる、ということは基本的にない。それは断章石の宿主となる人物にいたっても同じで、宿主は自分が怪異を出現させていることは知らないし、それを自ら認めることも基本的にない。よって「あなたが怪異を発生させるから○○をやめて」と真正面から説得しても、怪異という異質な存在を受け入れてはくれない(ロストナンバーの覚醒条件における「世界の真理」が、知識だけでは受け入れられないことと似ている)。

・2:神出鬼没である
 怪異は、ひとの想念から溢れ出る存在である。感情を「空気中に拡散して漂う霧のようなもの」と仮定すれば、感情はどこにでも存在すると言えるし、どこにも存在しないとも言える。よって、怪異は急に現われたり消えたりするため、捕縛して隔離すること等はできない。

・3:物理法則を無視する
「1」と「2」の法則より、怪異は霧のように希薄で不確定な存在と言える。科学的に存在すると証明できない彼らは、故に科学的な法則に縛られず、それを無視したような逸脱した特性や能力を持つ。まるで御伽噺の竜や悪の魔法使い、怪談の中の異形たちのように。
 なお、怪異は標的が独りになった時を見計らって広い迷路のような幻想空間に閉じ込め、そこで凶行に及ぶことが多い。

・4:迷信の制約を受ける
 物理法則に縛られないという点は、前述のような長所となる一方、怪異にとっては致命的な弱点ともなり得る。それは「迷信で信じられている制約を受ける」というものである。
 迷信とは、言い換えれば「人に信じられていながらも、合理的な根拠を欠いたもの」であり、それは「非常識の中の常識」とも言いかえることができる。例を挙げるのであれば「幽霊は昼間から姿を現さない」「悪魔は残酷で恐ろしいが交わした約束を破れない」「狼男は銀の武器に弱い」「吸血鬼は十字架や太陽の光に弱い」「ゴーレムを壊すには額の文字のeを削る」などが挙げられる。
 物理法則を無視した脅威の力を誇る怪異でも、古来から信じられている伝承や広まっている迷信には逆らえない。怪物が怪物であるための力だけでなく、その制約をも付随させた上で、宿主の想念は怪異を生み出している。
 よって怪異が引き起こす凶行は、童話や寓話、御伽噺、伝承などの一部を模していることがあり、そこから制約や弱点を推測することができる(例外も多くあり、必ず役立つとは限らない)。

「……うーん、つまりあれでしょ。怪異ってとても強いけど、何だか変な弱点があるってことでしょ?」
「ま、間違ってはいない、と思いますけどぉ」

 怪異の特徴についてとても端的に述べる緋夏へ、苦笑しながら撫子が反応する。

「怪異の発生源……という言い方は好まぬが、ルブーアという少女の想いが怪異を生み出しているのならば、事件解決の鍵はルブーアの心情にある、と言っても良いはずか」
「そうね。つまり、ルブーアって子に私たちが何らかしらのアプローチを加えて、その想いを変化させてあげられれば、怪異はいなくなって事件も起こらなくなる……ということだと思う。怪異とは関係なく、その子の心をどうにかして助けてあげたり、導くようなことをすればいい、のかな。たぶん」

 白燕の、誰に向けたわけでもなかった無意識の問いかけに、ヘルが答えた。そのまま続けた言葉には、戸惑いが交じっていて。

「怪異は、何度でも復活するけど限度がある……か。でもきっと、無理に撃退するような方向性だと、宿主になったこの子はどうなっちゃうのかな……」
「宿主のエネルギーを媒介に顕現する怪異……。特殊能力の素質を秘めてるわけでもない一般人が、そんな異質なことに自分のエネルギーを使わされるんだ。命を失うか、そうでなくとも発狂や昏睡など……まぁ、あまりいい結末は予想できそうにもないねー」

 ヘルのか細い呟きに、志音は肩をすくませながら、あくまで己の考察を無慈悲に淡々と告げる。ヘルは表情を暗くさせ、嘆息をもらした。
 メルヒオールは無造作に資料を机の上に放り出すと、冷めた珈琲を一気に飲み干す。

「ふぅ。一般人は、怪異を知らないし目にすることもできない、だから解決できない。例え怪異を認識しても、物理法則を無視してるような怪物に一般人が立ち向かえるわけでもない……だから解決できない。魔法みたいな力を持つ怪異を、警官たちで捕縛できるはずもないしな。なるほど、よくできてる」

 メルヒオールは眉をしかめ、寝癖だらけの頭をわしわしと掻く。
 白燕は彼の発言を首肯しながら、言葉を続ける。

「つまり一般人ではない私たちにしか、この事件を解決することができない、ということだな。私たちは、この世界における大衆ではないため、怪異を認識することができる……。
 断章石を回収するのであれば、少女や怪異を撃退するのみという単純な依頼だ。しかしうまく少女を助けながら、怪異だけを打ち倒すということになると、そう簡単にはゆくまい。
 あの世界司書は、ここまで分かっていて私たちに依頼してきた。つまりは試されている、ということだろうな。私たちがどうやって、この事件を解決していくのかを」

 あの世界司書が挑戦的な笑いを口許に浮かべていた理由を、白燕は何となく察した。弄ばれているような印象を受けて、白燕の淡白な表情がわずかに怒気をはらむ。

「それで、こういった情報が今、あるわけだけどぉ……まずはどうしましょうかぁ……?」

 当初は観光気分で、わくわくとしていて。事件が安易に解決できればコルロディ島に行って、あの子達のその後の姿を……という考えがないわけでもなかった撫子。
 けど、想像していたものよりも重い何かが、その肩にのしかかってきて。どこか息苦しさを感じる。背後に冷たい何かを感じる。まるで部屋の隅の陰に、この怪異が潜んでいて。様々な情報に翻弄される自分たちを、ほくそ笑みながら観察しているような気がしてきて。

「……ちょっと撫子、だいじょーぶ? 顔色悪いよ……」
「え、あーいや。大丈夫ですよぉ……」

 緋夏が気遣って、背中をさすってくれる。力なく笑いながら、撫子は顔を上げた。
 そのとき。
 緋夏の後ろにあった、大きな鏡の中に。薄汚れたボロ布をまとい、巨大な鋏を携える異形の姿。
 それが両手で構えている、悪寒で身震いするほどに眩しく鋭く輝いている、大きな鋏の刃先は。背後から自分の首筋へと、向けられていて。

「――!」

 悲鳴をあげる前に突如、部屋を怪奇な現象が襲う。
 前触れも無く、皆の目の前にあった大きな机が破裂した。バラバラに吹き飛んだ。鋭い木片がつぶてのように襲い掛かる。ヘルや緋夏が悲鳴を上げる。とっさに顔面を腕でかばう。
 部屋に生臭くて濃い香りが漂った。燃料にも似た刺激物の匂い。薬の匂い。吐き気を催すような匂いをまとって突然、凄まじい突風が室内で渦を巻いた。叩きつけてくるような風が、部屋の中で暴れ回る。調度品が吹き飛ばされる。資料や紙の束が、群がる蟲のように宙を舞う。暴風によって皆は床に押し倒される。床の上で身を小さくさせることしかできない。

「な、なんだこいつは……!」
「くっ、怪異からの攻撃か?」

 メルヒオールや白燕は鋭い破片に顔を傷つけられながら、部屋を襲う嵐の中に敵の姿を捉えようと、目を凝らす。けれどその姿が見えない。

「……!」

 身を低くしていた志音が、後ろに気配を感じて。肩越しに振り返る。
 そうした動作を含めた時間の流れが、ひどく緩慢に感じた。部屋の中を旋回するように躍る様々なものの、ひとつひとつの軌跡すらも追えそうなほどに、すべての動きを鈍く認識する。
 振り返る。振り仰ぐ。こちらを見下ろす人影がいた。あちらこちらが破れて汚れている、粗末な外套をはためかせて。深く被ったフードの暗がりの奥で、紅い目が煌々と光り輝く。
 赤い双眸が、にまりと。いやらしい弧を描いた。

「ネェ 僕ノ 玩具ニ ナッテ 頂戴」

 直後、暴風はさらに激しさを増した。部屋が轟音で満ちる。敷かれていた絨毯が切り裂かれる。分厚い冊子ごと本棚がえぐられる。窓硝子が弾け飛ぶ。カーテンが千切れ飛ぶ。
 そして急に、驚くほどに。荒れ狂う風は、何の残滓(ざんし)もなく、ぴたりと止んで。
 恐る恐る顔を上げた面々は、戦慄する。壁に、天井に、床に、部屋のすべてに。大きく裂かれたような痕が、数え切れないほどに刻まれていた。まるで巨大な刃か鋏で、無慈悲に切りつけたかのように。
 その裂け目から、じくりと滴る何か。銀色の液体。
 ただの木製であるはずなのに、まるで傷つけられた生き物であるかのように。刻まれた痕から、液体が。血のように、どろりどろりと溢れて零れ。

「あ、あれって……」
「オートマタに通ってる液体燃料。血の代わりに身体を巡ってるもの……だな」

 唇を震わせながら呟く緋夏の言葉に、メルヒオールが淡白に返した。
 部屋を蹂躙した見えざる何か、壁や天井に刻まれた痕、そこから染み出す銀色の液体。前触れも無く襲い掛かってきた奇怪な現象に、一行は戦慄し、沈黙を保つしかできなくて。

 ――かちり。

 一際大きく、部屋に備えられていた柱時計が音を立てた。その音に、皆がはたりと気付く。
 部屋が、元の状態に戻っていた。壁の裂傷もにじみ出す液体も、何もない。弾け飛んだはずの机や椅子、数々の調度品、窓硝子やカーテン……何事もなかったかのように、全てが元通りとなっていた。
 面々は互いの顔を見合わせ、不安げな面持ちをすることしかできなかった。

 闇色の御伽噺が、幕を開ける。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>
川原 撫子(cuee7619)
緋夏(curd9943)
煌 白燕(chnn6407)
縁記 志音(cexa6858)
メルヒオール(cadf8794)
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)
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品目企画シナリオ 管理番号1810
クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
クリエイターコメント【シナリオ傾向タグ】
シリアス、ちょっとした推理、バトル、ホラー、ミステリー


【補足】
 今回のシナリオにおけるキャラクターの活躍シーンは、以下のような「フェイズ」による構成を想定しております。フェイズは1回だけではなく、何度か繰り返されることもあります。

◆防衛フェイズ
 防衛フェイズに参加するキャラクターは、怪異に追われている被害者を守りながら、怪異と対峙することになります。
 この時点で怪異はとてつもない脅威であり、倒すことはできず、基本的にはただ逃げるしかできません。しかしここで怪異を抑えることは、これ以上の事件の犠牲者を増やさないことにもつながりますし、事件の犯人にアプローチするメンバーが怪異によって妨害されることを防ぐ効果をもちます。イメージキーワードは護衛、かばう、逃走、負け戦、囮(おとり)、陽動。

◆行動フェイズ
 行動フェイズに参加するキャラクターは、怪異の発生原因ともなってい犯人に、様々なアプローチをしていきます。事件を違った結末に導くための、重要なフェイズとなるでしょう。イメージキーワードは説得、変化、導き。

◆戦闘フェイズ
 戦闘フェイズでは、行動フェイズでのアプローチによってもたされこととなった、約束された結末(ハッピーエンド)を否定すべく、敵である怪異が宿主を離れ、さらなる猛攻を仕掛けてきます。宿主の精神がアプローチにより変化してしまうことは、断章石が活力を失うことであり、怪異にとってそれは自らの消滅と同じであるからです。
 このフェイズに参加するキャラクターは、防衛フェイズで苦しんでいた味方を助けるため、颯爽と駆けつけるようなシーンを得ます。キーワードは巻き返し、リベンジ、底力、決戦、味方の増援。
 なお、前述の行動フェイズにおいて宿主に変化を与えられた場合、戦闘フェイズにおいて怪異を撃退しても、宿主に悪影響はありません。


【大まかなプレイング方針】
・主にどのフェイズで活躍したい? 3つ全部を広く浅くでもいいし、1つか2つに絞ってもいいみたい。
・怪異の発生を止めるために、あなたはどうする? 怪異とひたすら戦う? あるいはルブーアと接触して変化を促す?
・ルブーアの心を変化させるため、あなたはどうアプローチをしていく?
・強大な力を有する怪異と、あなたはどうやって立ち向かう?
・オートマタのあの子達がもし、事件に首を突っ込んでいたら。見かけたらどうする? 再会を喜ぶ、それとも危ないと叱る?(こちらの優先度は低めですが、文字数に余裕があれば描写されるかもしれません)

【追記1】
 依頼の目的は「断章石の回収」ですが「怪異の発生を食い止めて、これ以上事件を発生させないようにする」とも言い換えることができます。
 怪異が事件を起こすこととなる背景は決まっており、怪異の発生源となる犯人も特定されています(今回はルブーアという少女です)。
 端的な解決方法は示されていますが、違ったかたち(いわばハッピーエンド)の結末を迎えるためには、「犯人の心情を変化させ、怪異の発生源ともなる負の感情を絶つためには、どんなアプローチをすれば良いか?」を考える必要があります。
 なお、OP時点でキャラクターに与えられている手がかりをまとめますと、
・導きの書が示すもの『とある御伽噺』
・導きの書が示すもの『ある少女の、心の声』
・断章石について
・重要人物の情報
・怪異の情報
 ――となります。
 これらを参考に、あなた達のキャラクターが取りそうな行動を考えてみてください。
 少女を救う方法について、明確な正解は設定してありません。ただし「心が動きそうなポイント」のようなものは、曖昧に設定してあります。どういったアプローチを取っていくかで、少女の辿る結末は変化することでしょう。
 また、怪異の撃退方法や制約についてを推理することで、怪異の行く末も変化します。力任せの撃退は一時的撤退に過ぎないため、いつしかまた事件を起こす要因となるかもしれません。しかし怪異の性質について予測が立てられていれば、うまく撃退することができ、怪異は消滅します。

【挨拶】
 この度はオファー、ありがとうございます。夢望ここるです。ぺこり。
 ミスタ・テスラを舞台に、今回は奇怪な事件に挑むシナリオですね。
 ヴォロス世界において「暴走する竜刻を回収せよ」というシナリオのテンプレートがありますが、それをモチーフにした「ミスタ・テスラ版の竜刻回収シナリオ」を構想しておりまして、今回のオファーと組み合わせて+αを加えたものとして、上記のような内容としてリリースさせていただきました。
 ただ+αを加え過ぎた結果、OPにも関わらず1万文字を超えちゃいました……! ですがせっかくの企画シナリオということですし、自重はせず、OPからクライマックスな感じでお送りしております。
 そういえば、私が以前担当いたしましたミスタ・テスラの某シナリオのときと、顔ぶれが全くご一緒とのことで!(笑) 前回は子育てな日常でほのぼのとしておりましたが、今回はまた一味違ったミスタ・テスラでの冒険をご提供できればと思う次第です。
 それではチケットを片手に、幻想旅行へと参りましょう。行き先は夢想機構ミスタ・テスラ!

参加者
メルヒオール(cadf8794)ツーリスト 男 27歳 元・呪われ先生
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者
縁記 志音(cexa6858)ツーリスト その他 20歳 傀儡/研究者
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
煌 白燕(chnn6407)ツーリスト 女 19歳 符術師/元君主

ノベル

▼夕暮れ時、碩学院への通り道
「……まったく。怪異はともかく、ルブーアの行く末は私が握ってる、ってわけね」

 ヘルウェンディ・ブルックリンは嘆息をもらしつつも、メモ帳を片手に通りを進んでゆく。
 ヘルが向かっている先は、怪異の発生源でもある〝ルブーア〟という少女が通う、碩学院だった。
 そこへ向かっているメンバーは、ヘルただ一人だけ。

 メルヒオールや縁記・志音(えんぎ・しおん)は、面倒なことは任せると言って、怪異との接触を試みて街中に繰り出していった。煌・白燕(こう・びゃくえん)は襲われている被害者を守るべく行動したいと言い、川原・撫子(かわはら・なでしこ)も救助に奔走したいとして、そこに加わって。
 唯一、緋夏(ひなつ)だけは、有名推理小説の天才探偵のように帽子と長套を身につけパイプまで咥えて、ヘルと共に推理をしながらルブーアへの対応を練る気でいたようだけれど。

「あたし最前線で活躍するハードボイルドだから。別に推理とかできなくてもいいし!」

 そう言い残すと一方的に離脱してしまったのだった。

「ま、いいわ。やれるだけのことはやってみなくちゃね。……昔の私と同じような感じがする、あの子を。放っておけない」

 ヘルの瞳は、決意に満ちた強い意志をたたえていた。


▼それより少し前、街の通り
 怪異対策メンバーである四人は、街中を見回った。
 だが、神出鬼没である怪異がどういった場所やタイミングで対象を襲うかははっきりしておらず、成果は皆無で。今日もまた、街を歩き回っただけで終わりそうな空気が漂っていた。
 今は拠点である宿への帰路の途中であり、四人は怪異の持つ制約についての推測をしていた。

「ルブーアという少女、御伽噺、怪異。これら三つに共通するものは、鋏だ」

 白燕の言葉に、一行は相槌を打つ。

「御伽噺によれば、鋏にはもともと人を傷つけるつもりは無かったとあった。そして怪異の襲撃対象はオートマタに限定されている。人形の代わりがオートマタであると考えるなら、彼女はまだ人を傷付ける気はないのでは?」
「たしかに怪異は最初、俺達を直接は傷つけなかったな」

 メルヒオールは顎を手でさすりながら、言葉を続ける。

「そうするとルブーアの〝人形を切り刻む行為〟は、御伽噺の〝人の役に立ちたいから切り続けた〟と結びつきそうだな」
「……」
「どうした、撫子。先程からずっと顔色が優れないが……」

 いつものような活発さもなく、肩を落として疲れた様子でいる撫子に、白燕は声をかける。

「いえ、その。ホラーとかグロとか苦手なんですぅ。まさか今回、ダブルでぶち当たると思わなかったから正直きついんですよぉ。……まぁでも、頑張らないといけないですよねぇ」

 うっぷ、と気分が悪そうな吐息をもらすと、撫子は腕を組み、難しそうに眉をしかめて。

「とりあえず、そのルブーアって子に人を傷つける気はなくってぇ……だから怪異は、私達を攻撃することはできないってことですかぁ?」

 話には耳を傾けていたらしく、撫子は戸惑いがちに二人の意見をまとめた。それに対し、白燕は首肯を返して。

「おそらくは、な。それが今回の怪異に設定された制約だと考えられるだろう」
「さらに御伽噺によれば〝鋏は人を傷つけたことが悲しくて、錆つき壊れた〟とある。つまり〝人を傷つけられない〟に加えて〝人を傷つけると壊れる〟という制約もあるんじゃないかと、俺は見込んでいる。危険ではあるが、あえて鋏に傷つけられることで、怪異を止められるんじゃないかってな」
「けれど疑問だよねー」

 メルヒオールの推理に、志音はあっけらんとした様子で口を挟んだ。

「御伽噺に、鋏は戦争の道具に使われてたくさんの血を浴びた、ってあったでしょ。最後には錆びて自壊したみたいだけど、それまでは人を傷つけていたのは確かだよね」
「言われてみれば、武器として使われすぐ錆びた、という記述ではなかったな」

 志音の言葉に、白燕は神妙な面持ちで頷きを返す。

「でしょ? そうすると怪異は普通に僕達を襲うはずだし、ヒトの血を浴びせることで錆びるようにも思えないんだよなぁ、僕には……」

 ふああ、と志音がつまらなそうにあくびをして。
 今ひとつ納得できる答えが見出せず、皆が口をつぐんで小さく唸る。

「でもあの鋏って、実は優しいんじゃないかって思うんだよね、あたし――」

 そんなところへ、弾むように明るい声音がひとつ、上から降ってきた。
 皆が見上げる。建物の屋根の淵に、身をかがめて座っている緋夏の姿があった。

「緋夏? なぜここに」
「ヘルちゃんと一緒じゃなかったんですかぁ?」
「まぁまぁ。いいからあたしの名推理、聞いてよ!」

 緋夏は途中の窓枠などを足掛けにしつつ、それなりに高い場所から軽快に降りてきて、皆の前に着地した。ぱんぱんと服を叩きつつ、自分の推理を口にする。その服装は、有名推理小説の天才探偵をイメージした格好のままだ。

「志音が言うとおり……鋏は武器として使われてたから、血に濡れても錆びないんじゃないかってあたしも思うんだ。じゃあどうしたら錆びるのかな、って考えたんけど――」
「錆びさせるなら、油膜中和して水をぶち撒ければ早そうじゃないですかぁ?」

 指をしゅぴんと立てて、撫子が得意げに言った。
 一同、沈黙。

「いやいや、待ってよ撫子。怪異に普通の物理法則は通用しないんだ。だから薬か何かで錆びたりは、しないと思うよ」

 志音が片手で頭を抱えながら、撫子に注釈をひとつ。撫子はつまらなそうに唇を尖らせた。

「で、名探偵ヒナツはこう思うわけ。――鋏が錆びるには、涙なんじゃない? 血で錆びたんじゃなくて泣いたから錆びた、みたいに書いてあったし。つまり涙が弱点なのさ」

 吸いもせず口に咥えただけのパイプ煙草を、ぴこぴこ動かしつつ。緋夏は自信満々に言い放つ。
 白燕は納得するように頷き、メルヒオールは「なるほどな」と悔しそうに顔を歪めながら、頭をわしわしと掻いた。

「確かにそうも考えられるか」
「そいつは盲点だったな。で、怪異を泣かせるにはどうすりゃいいんだ?」
「あ――」

 緋夏の口からパイプが落っこちた。
 一同、沈黙。
 今度は撫子が頭を抱えて。

「肝心なトコが抜けちゃってるぅ……」
「うーん。あたしの身体を切らせてあげれば、泣いてくれるかな……」
「それじゃあ結局、メルヒオールさんの推理と変わってないよぉ」
「うー」

 目をぐるぐる回しながら、苦しそうに緋夏はうめく。
 白燕は難しい表情をしながら思考にふける。

「血か涙か、あるいは他の何か……か」
「試してみればいいんじゃない?」

 志音が提案する。

「しかし、試そうにも怪異と接触しない限りは……」
「大丈夫そうじゃない? だってほら、もうご招待されてる」

 志音は腕を広げ、仰々しい仕草をした。それに釣られて、皆が周囲を見渡す。
 気がつけば、周囲は不気味な空間へと変貌していた。一見は何も変わっていないように見えるが、ぽつぽつと周囲に居たはずの人影は消え失せている。気配もなければ生活音もなく、街中では到底ありえないツンとした静寂だけが漂っている。
 それでいて空の色は夕暮れの橙色でなく、ぜんぶの絵の具を混ぜたかのような、濃くて果ての見えない混濁した色に染まっていた。

「やっぱり標的は僕かなぁ」
「何、のん気なこと言ってるんだよ」
「あは。でも手間が省けたじゃない?」

 溜息交じりなメルヒオールとは逆に、志音は嬉しそうに声を弾ませている。

「ほら、前方から団体さんのお出ましだよ」

 志音が顎先で指し示した先。真っ直ぐに伸びた通りの向こうで、何かが群がっていた。硬い金属が擦れるような音を響かせながら、こちらへと向かってきている。
 薄汚れた長いボロ布を外套のようにまとい、棒切れのように細い腕や脚を覗かせる、人型のそれ。
 緋夏と撫子は、うげぇと気持ち悪そうに目を細めて。

「ちょっと待ってよ、なにあの怪異の数」
「うじゃうじゃしてますぅ……」
「――! 誰か、追われている者がいる」

 睨むように視線を向けていた白燕が、鋭く言い放つ。
 メルヒオールは目を凝らし、「げ」と苦そうな声をもらした。

「……おい、冗談だろ。なんであいつら、ここに来てんだよ!」

 今回の怪異はオートマタを狙う、ということは知っていた。
 だけど。コルロディ島にいたオートマタのあの子達がここにいるのは予想外であったし、しかも怪異に追われているなどとは。この事件に首を突っ込んだ挙句、巻き込まれてしまったのかもしれない。
 子ども達もこちらに気がついたようだ。恐怖に満ちた彼らの表情が、わずかに明るみを取り戻したようだった。

「し、師匠! なぜここに」
「ジング! その怪我はどうした、大丈夫か?」
「皆を守ろうとしたのですが……この有様です……」

 ジングの東洋風の長い衣は切り裂かれ、腕や服部も損傷していた。特に片腕は動かない様子だった。銀色の液体燃料が、敷石に斑点をつくっている。

「ゆ、優秀な私ですが、戦いは不得意です。助かりました……」
「やれやれ。これが終わったら、武器のひとつでも仕込んであげよう」

 言葉だけはいつも通りの瑠璃だが、その身体は恐怖で震えていて。志音はそんな少女を抱きしめ、ぽんぽんと頭を撫でてやった。

「先生……っ」
「無事か、イーリス。……その手に持ってるのは?」
「拾ったのよ。武器のひとつくらい無くちゃダメでしょ」

 いつもは結われてる長髪は乱れていて、一部が不自然に切断されていた。服や肌も、ジングほどではないが傷ついている。
 手には、細い鉄の棒みたいなものが握られていた。皆を守るために、それを振るっていたのかもしれない。

「勇気と無謀は紙一重とも言うんだが……まぁいい、説教は後だ。危ないから下がってろ」
「先生こそ大丈夫? 身体細いし、頼りないんだけど!」

 イーリスのそうした辛らつな返しを、背中で受け止めながら。メルヒオールは敵のほうを見据え、呪文が書かれてある紙切れを何枚か口に咥えた。

「……」
「もう、ミオちゃんまで……!」

 緩くて間延びしたいつもの口調が、素に戻って。
 撫子は、こんなときでも眠たそうにぼぅっとしてるミオを、抱きしめて迎えた。

「どうしてここに? 危ないでしょ」
「同じ仲間……危ないから、助けたかった……」

 撫子の耳元にあるミオの口から、小さく紡がれた言葉。それを聞いて、撫子は意外そうに目を瞬かせる。

「そっか。……軽い気持ちで首を突っ込んだなら、怒るつもりだったけど、いい。誰かを助けたいって気持ちは、大事なことだから。ほら、私の後ろに。絶対、離れないで」
「……うん」

 ミオをかばうように、撫子は立ち上がる。通りを埋め尽くすほどに群れている怪異を睨みつける。

「わーいマヤ! あたしのこと覚えてる? 忘れてない? ああ、でもともかく無事でよかったぁ」
「キスはどういいので、早くあいつら何とかしてくれません?」

 緋夏はマヤに再会できた喜びを隠しもせず、むぎゅーっと抱きつき。その仏頂面な顔に何度もキスをする。

「もちろん! かわいーうちの娘に手ぇ出す輩は、誰であろうとぶっ飛ばすっ」

 両腕をぶんぶんと振り回しながら、意気揚々と緋夏はマヤの前に立つ。かしゃかしゃと虫が這うように迫ってくる無数の怪異を目にしても、恐怖することはなく、ふふりと不敵に笑み。
 けれど。

「か、は――」

 咳き込んだ緋夏の口から、だくだくと血が溢れた。
 建物の上から、気配も音も無く飛び掛ってきた1体の怪異が。その巨大な鋏の切っ先を、緋夏の背中に突き立てていた。白銀の刃が、緋夏の身体を串刺しにしていた。
 それだけでは終わらない。次々と屋根から飛び降りてくる怪異どもは、まるで獲物を食い漁る猛禽類のように緋夏へと群がって。その鋏で緋夏の身体を切り刻んでいく。

「マスター!」
「だめだよマヤ!」

 緋夏を助けようとするマヤを、ヘルのオートマタであるティンカーベルが必死に止めた。

「緋夏、いま助ける!」

 志音がトラベルギアである編みショールを巨大化させて、投網のように怪異へ投げつける。それを横にはらって怪異を飛ばす。
 けれど怪異の数が余りにも多すぎる。際限なくわらわらと出現する怪異に、緋夏の姿はすぐに見えなくなって。

「あのぅ、後ろからも来てるんですけどぉー!」

 撫子はトラベルギアのホースから、消防活動での放水のような激流を放って、近づく怪異を吹き飛ばしている。けれど敵の勢いは留まることを知らない。

「円陣を組んで迎え撃つしかない。皆、離れるな!」

 鋭い声を飛ばしながら、白燕は術を込めた符を放ち、怪異を駆逐する。接近してきた連中には、流れるような体術を見舞う。

「ち、こいつは……」

 メルヒオールは、あまりの敵の多さに舌打ちした。これでは制約を試すどころか、このまま押し切られて全滅しかねない。
 残るは、ヘルだけが唯一の希望だった。彼女が、ルブーアの精神状態に何らかの変化をもたらしてくれる事を願うしかない。

「それまで、何とか持ちこたえるしかない、か――!」

 口に咥えた紙を、唯一動く左手で引きちぎり、魔法を発動させる。炎・雷・氷に風と、あらかじめ用意していた魔法が怪異に牙をむく。
 緋夏を除いた四人は、背後に控えさせたオートマタの子ども達を守るべく、必死で戦い続ける。


▼夕暮れ時、碩学院前
 ヘルはルブーアと接触するため、碩学院からの帰り道を待ち伏せしていた。
 しかし、碩学院を出て独りで帰ろうとするルブーアを、すぐに何人かの女生徒が取り囲み。ひと気のない路地へと、無理やりルブーアを連れ込んでいくのを目にしたのだ。いじめというやつだ。
 そこへヘルが駆けつける。

「アンタら、私のダチに何してくれてんのさ」

 凄みを利かせた低い声音を響かせながら。ヘルは目の前の女生徒達へ、挑戦的に獲物を睨むような鋭い眼差しを向ける。ついでにリーダー格らしき女生徒の胸倉をつかみあげ、鼻先が触れそうなほどにまでその面を引き寄せた。
 それだけで、陰険そうな顔立ちをした女生徒達は慌てるように退散していく。

「……あ、あの……あなた、は」

 乱暴に引っ張られたり、叩かれたり蹴られたりしたのだろうか。服装や髪型を乱れさせたまま、石畳の上に座り込んでいたルブーアは、おそるおそる顔をあげて。

「ごめんね、びっくりしたでしょう? 私はヘルウェンディ。ちょっとあなたのこと気になってて、お話したかったんだ。……昔の私に、そっくりだったから」

 ヘルは肩膝をつき、ルブーアとなるべく視線の高さを合わせるようにして。微笑を浮かべながら、彼女にそっと手を伸ばす。
 孤独に苛まれ、己でも気づかぬうちに断章石を宿してしまった、この少女に。救いの御手を差し伸べる。

 †

 その後、場所を変えて。静かな公園のベンチに並んで、ヘルとルブーアは言葉を交し合っていた。

「――っていうのが、私の状況なんだ」
「ヘルウェンディさんも、辛い事……いっぱいあったんですね」
「ルブーアは分かってくれる? 嬉しいな」

 柔らかい表情を、ヘルはルブーアに向ける。
 ヘルは、自分の生い立ちを彼女に明かしていた。細かな環境の違いはあれど、ルブーアが周囲から蔑まれて辛いめに遭っていることは、ヘルもまた同じであったからだ。
 共感、仲間意識。そうしたものを覚えて、ヘルはルブーアをどうしても放っておけなかった。だから怪異は他の味方に任せ、せめて自分だけでもと、こうして彼女のもとを訪れている。
 ヘルは、夕焼けに染まる空を見上げながら言った。

「……うん。生きるってすごく辛くて大変。人が一人でできることなんて限られてるし、人は一人じゃ生きていけない。だから支えが必要になってくる」
「支え……?」
「そう。私の支えはね、これ。大好きなママの指輪」

 ヘルが大事そうに胸元から取り出したのは、細い鎖に通されたひとつの指輪だった。指にはめず、首飾りとして身につけているらしい。

「私の父親がママに贈った物なの。それを譲り受けたんだ。辛いとき、悲しいとき、くじけそうになったとき……私はこれを見て、ママの事やママの言葉を思い出すの。
 ……なんだか不思議。こんな事を話したのは、貴女が初めて。ごめんね、自分の事ばかり話しちゃって」

 ヘルはちろりと舌先をちらつかせ、悪戯っぽく笑んだ。
 ヘルは、ルブーアに対しての救いの御手は「不幸なのはあなただけじゃないから、頑張れ」という、応援や押し付けではいけないと考えている。必要なのは「私も不幸で、あなたもひょっとすると不幸なのかな。だったら一緒だね」という共感、支え。
 留まっている彼女の背中を一押しすることではなく。立ち尽くしたまま声も出さずに泣くしかできないこの少女を、そっと抱きしめてあげるような。そんな行為や言葉、態度が必要であると考えていた。

「……いいな、ヘルウェンディさん。私は、ね。そうやって、大事にしてくれるお母さんもお父さんも……誰も、いなくて……」
「うん……」
「お義母さんやお義父さんは……失敗ばかりする私のこと、好きになって……くれないんだ。私、ヘマばっかりするから……叩かれちゃうの。自慢してもらえるくらいに立派な子どもに、ならなくちゃ……いけないのに」

 ルブーアが遠慮がちに、己のことを語り出す。
 ヘルは余計な言葉は返さず、相槌を打ちながら静かに耳を傾けていた。
 やがてルブーアが、抑え込むような嗚咽をもらし始める。ぽろぽろと涙が零れて、頬を伝う。膝の上で強く握り締めた拳に、滴り落ちる。

「えぐっ……あ、ご、ごめんなさいっ。こ、こんなこと話されても困っちゃうよね、迷惑だよね。ほ、本当にごめんなさい、さよならっ――」

 ルブーアはベンチから腰を上げると、そう言い残してヘルのもとから走り去ろうとして。

「待って!」

 ヘルの手が弾けるように動いた。ぱし、とルブーアの腕を取る。彼女を引き止める。
 袖口からのぞく、ルブーアの腕。いじめの痕跡だろうか、あるいは義理の親からの虐待だろうか。いくつもの傷と痣があった。そうして痛々しいまでに傷ついた手は、棒切れのように細くて、頼りなくて。ヘルの手から逃れるようにルブーアは腕を振るうけど、その力はとても小さかった。
 ヘルはそのまま腕を引っ張り、彼女を引き寄せた。彼女の細い体躯を、優しく抱きとめた。 

「ね、ルブーア。会ったばかりで、こんなこと言うのはアレかもしれないけど……私と友達になってくれる?」
「……」
「人は一人じゃ生きていけない。でも裏を返せば、たった一つでも支えがあれば生きていける――そう思うの。
 ね、ルブーア。私、もっと貴女こと知りたいな。貴女の本当の気持ち、聞かせて欲しいの」
「……」
「もう、一人で悩まなくて……いいんだよ」

 その言葉の、すぐあとに。
 ヘルの抱擁にも無反応だったルブーアが、大きな声を泣き始めた。ヘルの体をすがるように抱きしめてきた。
 すると彼女の背中から、翠に輝く宝石が幻のように浮き出て、宙に浮遊する。これが断章石――と思った瞬間、指先ほどしかないその宝石は、音もなく光の粒子となって消失した。
 ルブーアは泣き続けており、この現象には気づいていない。ヘルは彼女の背中を、優しくさすってあげる。

「そうだよね、辛かったよね……泣いていいよ。泣いてもいいの。大丈夫よ、ルブーア」

 母がいっぱいに注いでくれた愛情が今のヘルをつくった、そう言っても過言ではない。そうして母の愛を受けて育った自分が、今度はまったく別の誰かに、母がしてくれた時のような優しさを注いでいる。
 その、どこか奇妙でおかしくて、こすぐったさとあたたかさを感じる円環の仕組みに。ヘルの表情は自然と穏やかになった。けれど内心では、強い決意もあった。

(ママが私を救ってくれたように。私もこの子のこと、救ってあげたい)
「ソンナ事 許サナイ 僕ノ 玩具ヲ 横取リ シナイデヨ!」

 ヘルの決意を見透かしたかのように。耳元に囁きかける声が、いくつもいくつも。同じ言葉が、何度も何度もこだました。

「この声……怪異! ここに直接来たの?」
「きゃ! い、今の声、なに……?」

 ルブーアにも聞こえたらしい。耳にするだけで悪寒が走る薄気味悪い声音に、ルブーアはヘルの腕の中で身をすくませる。
 ヘルが周囲を見渡せば、そこはいつの間にか不気味な空間へと変貌していた。町並みは変わりないように見えるが、人の気配も雑音もない。それでいて空は眩いほどの夕暮れ色でなく、絵の具をめちゃくちゃに混ぜたかのような、濃くて果ての見えない混濁した色に染まっていた。
 ヘルの脳裏に、怪異の情報が走る。
 接触により宿主の精神がプラスに変化することは、断章石が活力を失うことと同じ。つまり怪異にとっては消滅の危機となる。
 今までの怪異の攻撃対象がオートマタであったのに対し、宿主であるルブーアや自分を、この不可思議な空間に閉じ込めたということは――ルブーアの精神が良い方向に傾き、怪異がそれを阻止しようとしていることを示す。

(つまり、ここからが正念場ってことね……)

 ヘルは片手にリボルバー拳銃型のトラベルギアを出現させると、もう片方の手でルブーアの手を握った。

「ルブーア、聞いて。私は貴女を守る……絶対に、守る。だからお願い、今は私を信じて着いてきてくれる?」

 ルブーアは、戸惑うように視線を泳がせた。けれどヘルの瞳に嘘や偽りの感情がなく、力強い意志がみちているのを感じて。
 こくり、とひとつ頷いた後、ヘルの手を強く握り返してくる。
 そして二人は、不気味な町並みの中を駆けてゆく。


▼怪異の幻想空間にて
 四人は円陣を組み、子ども達を守りながら戦っていた。
 次第に追い詰められ、今は背後に城壁のようにそびえる壁があった。足がかりのようになるものは無く、登れそうにない。
 四人は既に満身創痍だった。
 白燕は疲労からか、トラベルギアである符も呼び出すことができなくなっていた。その後は体術だけで怪異と立ち向かっていたが、リーチの長い鋏を武器した相手には分が悪く、その手足は既に血まみれだ。地面に突っ伏したまま荒く息をしていたが、傍に控えるジングの手を借りて、弱々しく立ち上がる。

「ジング……やるぞ。たとえここで命尽きようとも、守らなければいけないものがある」
「……はい!」

 メルヒオールは呪文紙が底をつき、念動のための魔力も枯渇していた。切りつけられた腹部からは血が溢れており、両膝をついた敷石は赤く濡れている。
 そんな彼をかばうように、イーリスが立つ。けれどメルヒオールは、少女の肩を支えにして両膝を立たせると、よろめきながらも少女の前に立った。

「イーリス、下がってろ……」
「でも、先生」
「勝手に家出した不良生徒を、無事に帰すのは……教師の仕事、だからな」

 撫子のトラベルギアは、無数の鋏を突き刺されたことによって破壊されてしまっていた。その後は自慢の身体能力を生かして怪異に立ち向かったものの、深い傷をいくつも負った。
 けれどその表情に絶望の色はにじませず。にかっと傍のミオに向けて笑む。

「……」
「そんな顔しないの。大丈夫……絶対、生きて帰るんだから」

 志音は「後で修理できるから」と、積極的に敵をひきつけていた。けれど数十体もの怪異に囲まれて、その四肢は鋏の餌食となってしまい、大きく欠損していた。身体にも、鋏が突き立てられた傷が数多くある。発する声は壊れた楽器のように明瞭でなく、かすれている。
 瑠璃が寄り添っているが、どうすれば良いか分からず慌てふためくだけ。

「あ、あるじ……ううぁ」
「ボ、僕のエネルぎー機関ヲ、暴走さセれバ、……どレくらいの数ヲ撃退でキるか、計算ヲ。瑠璃」
「だ、だめです!」

 もっとも、四人もやられているばかりではなかった。
 数え切れないほどの数の怪異を、トラベルギアや特殊能力で撃退した。見渡しの良いこの広けた場所は、鋏やその身を砕かれた怪異の骸で悲惨な戦場跡のようになっている。
 けれど、怪異は復活する。砕けた四肢や鋏の残骸が勝手に結合し、蘇るのである。

「馬鹿なマスターよ……私なんか守って、死んじゃうなんて……ひっく、ええぅ」
「マヤ……」

 普段は感情を露にすることのないマヤが、すすり泣いている。
 ティンカーベルはそんなマヤの傍で、背中をさすってあげていた。
 再生直後で動きは鈍いものの、そこへ1体の怪異が近づいてくる。マスターを失ったショックで動けないマヤの前に、ティンカーベルが立ちはだかる。

「ベルだって戦うわ。ヘルお姉ちゃんは、そうやってベルを守ってくれた……!」

 ロストナンバー達も他の子ども達も、少女を助ける余裕などなかった。怪異が、血で薄汚れた鋏を振り上げる。少女は目をぐっと閉じて、痛みを覚悟する。

(ヘルお姉ちゃん――!)

 そのとき。
 絶望的な戦場に、白く輝くいくつもの火線が雨のように振り注いだ。その全ては怪異の鋏や手元、足元を的確に貫き、行動不能に陥らせていく。ティンカーベルに手をかけようとしていた怪異も、例外なく撃ち抜かれていた。
 皆が、火線の放たれたであろう場所に顔を上げた。オートマタの子達も、群がる怪異どもも攻撃の手をやめて、ある一点を見やった。
 平べったい屋根の淵に立つ人影ひとつ。銃口から煙をたなびかせる、リボルバー式の拳銃を構えた乙女――ヘルウェンディ・ブルックリンがそこにいた。

「待たせてごめんね、皆」
「ヘルお姉ちゃん!」

 ぱぁ、と少女の表情が明るくなった。ヘルはそれにウィンクだけを返した後、すぐさま戦士の表情になって。

「このダイヤモンド・バレットで、どんなに硬い武器も……撃ち砕く!」

 屋根から飛び降り、颯爽と敷石の上を駆けながら。流れるように銃弾の装填を繰り返しながら。横に凪ぐような蹴りや脚払いも混ぜながら。ヘルはその巧みな連続射撃で、怪異どもを沈黙させていく。

「無駄だヨ、ヘル……こいツらハ何度でモ、復活するンだ……」
「たとえヒトの血を浴びせても、意味はなかった……」

 戦場を舞うヘルへ、志音と白燕が苦そうに言う。

「そうですよぉ……泣いたら錆びるかもしれませんけれど、どうやったら泣くかなんて分かりませんしぃ……」
「射撃は時間稼ぎよ。大丈夫、制約の目星はついてる!」

 撫子の言葉に、ヘルは勇ましく返した。
 ヘルは一瞬、後方を見やる。飛び降りてきた屋根の上に、恐々と戦場を見渡しているルブーアの姿があった。
 視線が交錯する。ヘルが迷いのない頷きを返すと、ルブーアも同じような首肯で返してくる。
 一時的に沈黙させた怪異の大群。けれど唯一、ある1体だけは銃撃を鋏で防御していた。怪異どもの本体であると、ヘルは感覚で理解する。
 ヘルがその前に降り立つと、怪異は鋏を構えた。ヘルも射抜くような眼差しで銃口を向ける。
 だが、ヘルはゆっくりと得物を下げて懐におさめた。仲間達だけでなくその怪異ですらも、彼女の行動に目を疑った。

「何ヲ 馬鹿ナ 事ヲ」
「貴方は戦争の道具になんか、なりたくはなかった。人の役に立ちたかったのよね? 妹や弟に胸を張れる、お兄ちゃんでいたかったのよね」
「――! ク 来ルナ 近付クナ」

 優しさやぬくもりを感じさせるヘルの言葉に、怪異は明らかな動揺を見せ、数歩退いた。
 ヘルはゆるく両手を広げ、ゆっくりと怪異に歩み寄っていく。その足取りに恐怖はないが、相手を威嚇するような攻撃性もない。そっと寄り添うような歩みだ。

「わかるわ、その気持ち。私にも妹が二人いるから」
「ウルサイ 寄ルナ」

 大きく口をあけた鋏を、怪異は拒絶するように突き出す。
 けれどヘルは避けようともしない。刃が肌にめり込むのも厭わず――その腕で鋏を、ぎゅっと抱きしめた。母が子を抱くような仕草で、ふわりと。
 鋭い刃をかすめた腕や胸、脇の下から、つぅと血が滴る。痛みが彼女の表情を歪ませるが、ヘルはそれを押し留め、穏やかな面持ちで怪異に話しかける。

「御伽噺の鋏は、涙に濡れて錆びついた。そう、刃を錆びつかせたのはヒトの血じゃない。それは、あなた自身のあったかい心。あなたの涙」

 そのまま鋏を閉じれば、ヘルの肉体は真っ二つに切断される。けれど怪異の手は止まり、かたかたと震えるだけだ。

「あの涙には、悲しみと後悔と……色々なものが混ざっていたと思う。でもその根本にあったものは、ヒトの役に立ちたいっていうあったかい気持ち。献身の心。そうでしょう……?」

 フードで隠れた怪異の顔に。宝石のように輝く、一滴の涙が溢れて、零れる。
 それに触れた鋏は一瞬にして赤茶け、ぼろぼろと崩れていく。
 復活の最中であった他の怪異の鋏も、自壊こそしないものの錆びついて輝きを失っていく。

「今カラデモ 僕ハ 立派ナ鋏ニ ナレルノ カナ」
「大丈夫よ。その気持ちさえあれば絶対に、だいじょうぶ」
「アァ――」

 いくつもいくつも、ぽろぽろと真珠のような涙を零して、泣いて。そして怪異は砂のように崩れて、消失した。
 ヘルは安堵の溜息をつく。自然と溢れていた己の涙を拭った。
 ――けれど残った妹や弟達は、消失を認めなかった。

「ソンナノ 認メナイ 切リ刻メ 切リ付ケロ 肌ヲ裂キ 肉ヲ裂キ 血ト腸デ 刃ヲ塗ラセ!」

 使い物にならない錆びた鋏を狂ったように動かして、ロストナンバー達へ襲い掛かろうとする。

「ち、せっかくここまでやれたってのに……!」

 メルヒオールは悔しそうに噛み締めた。こうなったら紙の代わりに自らの体を媒体とし呪文を発動させ、怪異を道連れにするしか――。

「よーいせ、っと」

 そんな決死の思考を遮るような、気の抜けた声、ひとつ。
 すた、と何者かが皆の前へ、軽やかに降り立った。ずたずたに切り裂かれた衣服をまとい、切りつけられた赤い髪をなびかせて。

「緋夏? 生きてたのか!」
「ちょっと勝手に殺さないでよ。出口見つけたから、皆に知らせに来――って何、まだこんなにいるの?」

 蘇生が完了しかけている無数の怪異を見やると、緋夏の口元は苦そうな弧を描く。
 そんな彼女にマヤが駆け寄り、脛を思い切り蹴飛ばしてきた。

「マスター遅いです! ……うぅ」
「いたぁい! 何すんのマヤ――え、あ、マヤ泣いてる? え? ……うぉー誰だマヤ泣かしたの!」
(アンタでしょ……)

 撫子は内心、素の口調でそうつっこんだ。
 緋夏は顔を真っ赤にし、蒸気みたいに鼻から息を噴き出して激昂する。

「マヤを泣かしたらどうなるか、思い知らせてやるっ。おらぁああ、泣かせた奴出てこーい! その鋏ごと鋳直してくれるわ!」

 怒りを含んだ叫びと共に、緋夏の全身がまばゆく輝く。鮮やかな赤の光を放ちながら、その体が巨大な異形へと変貌していく。
 灼熱の業火をまとう、それは蜥蜴か竜か。光り輝くルビーのような鉱物を思わせる鱗に、全身が包まれて。至る場所にある鱗の裂け目から、紅蓮の炎を噴き出している。まるで切傷から溢れる赤い血が、炎と化して荒れ狂っているようで。
 火炎をまとう巨大な怪物――それに変異した緋夏は、口から吐き出す真紅の炎で、怪異どもを一斉に焼き払う。
 その光景を目にし固まっている一行へ、ルブーアが声を張り上げて伝える。

「教えてもらった出口まで、案内します! 着いてきて下さいっ」

 そして一行はルブーアの案内と緋夏の援護のもと、怪異の最後の追撃から逃げ切り、その幻想空間から無事に脱出したのであった。


▼翌日、拠点の貸し宿
 その後。
 ミスタ・テスラの現地協力者として暮らす元ロストナンバーのクリスティ・ハドソンからの支援もあって、怪我の応急措置を済ませた一行。ロストレイル到着までの僅かな時間を、ここで過ごす事になり――。

 †

「へぇ。手先、器用なんだねぇ。すごいじゃーん、ルブーア」

 ルブーアが手製の裁縫道具で巧みに服を修復していく様子を、緋夏は物珍しそうに見つめている。
 緋夏は力を使い果たしてしまったため、もとの大人の女性のような外見と美しさは失ってしまい、体も小さくなっていた。今は10歳前後の女の子の姿に変わっている。
 それでもルブーアやオートマタの子ども達が自然に受け入れてくれるのは、〝旅人の外套〟が不自然さを軽減してくれているからだろう。

「あ、ありがとうございます……」

 ともあれ。
 態度や言葉遣いまで、すべてに遠慮がない彼女に戸惑いながら、ルブーアはおどおどと返事をし。

「いや、だが本当に大したものだぞ、ルブーア」

 白燕も、直してもらった衣の具合を鏡の前で確かめながら言う。その足取りはおぼつかないが、何とか自力で動くことはできるようだった。
 その横ではジングが、瑠璃に取り付けてもらった仮の義手の具合を見ている。

「布地の裁断から裁縫まで、実に良くできている」
「確かルブーアちゃんは、お人形作りが趣味なんだよね?」

 包帯やガーゼだらけでありながらも、つとめて明るい表情をしている撫子が話しかける。
 手元の櫛は、ちょこんと椅子に座っているミオの髪を梳いてあげている。

「衣服、修繕してくれて助かったよ。お礼に何か……あっ、そういえばルブーアちゃん、髪がとても綺麗だよね。よかったら結わせてもらえないかなぁ」
「いえ、でも……私、他の髪型なんて……」
「いいからいいからっ」

 ちょっぴり強引に手を引っ張り、ルブーアを鏡の前に座らせる。撫子は手馴れた仕草で彼女の三つ編みおさげを解き、櫛でたっぷりと梳いてから、長い髪を後頭部でひとつに束ねてやる。口元で咥えていた髪帯を取り、しゅるんと柔らかく巻いて仕上げた。

「へぇ、髪型ひとつでずいぶん変わるものだね」

 志音が感心するように頷いた。
 皆の中でも怪我(損傷)の激しかった志音だが、瑠璃が工房で処置をしてくれたおかげで、命に別状はなく。今は仮の義手義足で四肢を補っている。調整が間に合っていないためか、たまに小さく痙攣するような挙動はするけれど。
 瑠璃はその傍で義手義足の様子を見ながら「3番間接の摩擦係数を減らして、あとは――」などと、ぶつぶつ呟きながらメモを取っていた。
 ともあれ髪形を変えてもらったルブーアを見て、イーリスは物欲しそうに指を咥え。

「いいなー。私もやってもらいたいなぁ」
「……くそ、左手が言うこと聞かねぇ」

 ちらちらと隣のメルヒオールに視線を送るイーリスだが、肝心の彼はそれに気づいていない。石化して動かない、右腕の代わりになっている左腕を使って、紙に呪文を記す作業中だった。けど傷が痛むせいか、うまくいかない様子である。

「やってもらいたいな……やってもらい――」
「お、肘をこうすればまだ少しはまともに……」
「……このぼんくら教師!」
「いってぇ! 急に叩くなよイーリス」
「相変わらず仲いいねー」

 夫婦漫才みたいな二人を眺めて、志音が意味深ににまにまと面白そうに笑んでいる。

「よーし、じゃあまだ時間もあることだし、遊びに行こうよ皆!」

 唐突にちび緋夏がそんなことを言い出した。
 彼女も全身傷だらけで本当は倒れていてもおかしくないのだが、なぜか元気いっぱいだった。
 なお、あまりにも背丈が縮んだためマヤよりちっちゃくなっている。そんなちびマスターに手を引かれているマヤは、活発な妹に翻弄されている姉のようにも見えて。
 白燕はちび緋夏に苦笑しつつ、頭を抱える。

「……前々から思っていたのだが、緋夏はなぜ、そうしていつも元気なのだ?」
「え? 皆が元気なさすぎなだけでしょ?」
「……もういい、分かった」
「遊ぶ元気はないが、メシぐらい食いに行くとしようぜ……腹が減っちまった」
「そうそう、ごはんでもいいから行こうよ。それじゃ出発ー、行くよマヤ!」
「マスター、転ばないでくださいね」

 ちび緋夏がマヤを強引に引っ張って、先に出て行く。皆も重そうに腰をあげ、オートマタの子ども達に手を引かれながら、ぞろぞろと部屋を出ていく。

「ごめんね、ベル。ちょっと先に行ってて」
「はーいっ」
「ねぇ、ルブーア。少しだけいいかな」
「はい?」

 部屋で二人っきりになったヘルはルブーアに声をかけ、手招きした。きょとんとした表情で近づく彼女を、ヘルはそっと抱きしめる。

「もう少ししたら、私達は帰るべき場所に帰らなくちゃならない。そうしたら今みたいに、傍にはいられないわ」
「……はい」
「これから先、辛い事も哀しい事も、たくさんあると思う。でも……貴女がそれを乗り越えられる強い子だって、私は信じてる」
「……っ」
「貴女のパパとママは、もういないのかもしれない。けれどルブーア……貴女はふたりの、自慢の愛の結晶なんだから。きっとできる。きっと大丈夫よ」
「……はい。ありがとう、ヘルウェンディさん」

 ヘルの腕の中で。ルブーアは心地よさそうに目を細め、きゅっと抱き返してくれた。その瞳から零れた涙にはもう、負の感情などにじんではいなかった。
 そして二人は手をつなぎ、皆へ追いつこうと小走りで部屋を後にする。

 †

 ルブーアの裁縫箱には、ひとつの鋏があった。負の感情を向ける矛先として、数々のお人形を切り裂いてきた鋏だ。
 今、その鋏はルブーアの器用さを存分に生かし、布を切る役目に従事している。
 窓から差し込む陽光を受けて、鋏が自慢げに輝いた。

 ――こうして。
 闇色断章、第0詩篇は終わりを告げた。

<了>

クリエイターコメント【あとがき】
 コルロディ島パパママ団の冒険は、以上のような「ハッピーエンド」となりますっ。ルブーアの心を変化させ、制約に基づいて怪異を撃退することができました。

 それでは、今回のシナリオの解説を少々。本格ミステリーや推理物とは程遠いやもしれませんが、ご容赦くださいませ。
 まず今回の怪異ですが、想定していたミスリードは「人間を傷つけさせることで錆びる」という内容でした。
 OPでは確かに、直接は皆さん(人間ではない志音さんも含めて)を傷つけてはいません。また「壁からオートマタの液体燃料のような液が染み出す」といった怪奇現象も、オートマタしか傷つけないことの暗喩と取れるかもしれませんね。
 けれどもOPでの鋏の矛先が、人間でない志音さんでなく人間の撫子さんに向いていることや、OP冒頭の御伽噺に「鋏は血で濡れてすぐに錆びたわけではなく、しばらくは戦争の道具に使われていた」ということをぼかして記してあることに気づければ、「人間を傷つけさせることで錆びる」が間違いかもしれない、と予測することが……できるかな? と考えながら、配置させて頂きました。

 ミスリードについては以上となりますが、では真実の制約はどう設定されていたのかと言いますと。
 こちらについては、考え方によっては色々な解釈が見つかるかもしれない、と想定していたこともありまして……大まかなキーワードとして「涙」だけを設定しておりました。
 この「涙」も、プレイングによって多彩に変化していくと考えていました。オートマタの子ども達や誰かを、命を賭して守った結果に流す、守りたいという気持ちの涙であったり。あるいはそうして守られたことによる、悲しみや怒りの涙であったり。または言葉で怪異を説得することによる、怪異自身の涙であったり。
 そして今回はプレイングを反映し「攻撃ではなく、優しさを内包した言葉によって説得し、怪異自身に涙を流させる」ことを、撃退(浄化)の制約として設定させて頂きました。そしてその役目は、ヘルウェンディさんに担ってもらうことになりました。
 納得できない部分があるようでしたら、私の説得力不足が原因です。もしそうした感想を抱いたのでありましたら、申し訳ありません……っ。

 さて、企画シナリオということもありますし、少し皆さんへのコメントを記させていただきますね。

 メルヒオールさん。
 事件が起こるようになった過程の推理は、まさにぴったりでした。ただし制約につきましては、残念ながらハズレとなりますー、ごめんなさい。
「怪異に悲しむ心はあるんだろうか?」という独白がありましたが、今WRとして答えるのなら「今回の怪異には存在したが、その心を刺激するには的確な言葉を選ばなくてはならず、そうでない場合は言葉が届かない。心はあるが、その入り口が歪んでいる」といった回答になるでしょうか。悲しむ心云々の部分をもっと掘り下げれば、あるいは怪異にも効果を示したかもしれませんね。
 なお、イーリスとの掛け合いプレイングがありましたので、それを元に以上のような演出とさせて頂きました。

 撫子さん。
 プレイヤーというよりは、キャラクターそのものが推理したような内容が、個人的にほほえましく思いました(油膜中和云々のところ)。襲撃されたオートマタの傾向を調査する旨のプレイングがありましたが、WR回答としては「オートマタということしか共通しておらず、その他はバラバラ」となります。よってそこから次の標的を導くことはできない流れとなります。ごめんなさい。
 口調については、相手によって変わることが個性のひとつなのかな? と認識しましたので、間延び口調の合間に混ぜてみました。

 緋夏さん。
 コンセプトは「遅れて登場する主人公」という感じです。防衛フェイズでの出番終了は唐突だったかとは思いますが、クールなマヤちゃんを刺激させるために、ああいった形での演出を取らせていただきました。
 探偵姿→傷付き→蜥蜴→ちび姿 といったように、次々と姿を変化させてみました。七変化(しちへんげ)のような魅せ方ができるのは、ある種のポイントかと思います。そしてちび緋夏ちゃんはきっと可愛いはず。

 志音さん。
 囮役になる以外のプレイングはちょっと反映が難しく、ほとんどは不採用とさせて頂きました。また囮役そのものも、ひょっとしたら出番としては少なかったかもしれません。その代わりに細かい部分で、キャラクター性を生かした台詞や行動などを膨らませ、私なりの手法で描写させて頂きました。性格キーワードの「冷静・大胆・正直」というあたりから、(プレイングにはありませんでしたが)皆さんの推理に関して自分の視点から遠慮なく口を挟む、といったような描写がそのひとつです。
 なお「体内のエネルギー機関を暴走させて~」の設定は捏造ですので、ご自由にお取り扱いくださいね。

 ヘルウェンディさん。
 今回のプレイングは、個人的に素敵だったと思います。限られたプレイング文字数の中で、ルブーアを救うための行動が記され、そこにあるキャラの心理も書かれていて。怪異に関する推理も、ほとんど外れがありませんでした(書き途中であった初めのほうの仮推理プレイングでは、ちょっと違っていたのですけれども。最終的には見事に修正できていました)。さらには、推理から導いた行動(怪異にとるべき対応)についても、それに対するヘルさんの心情も交え、プレイングとしてまとめてあり。内容の的確さにくわえ、キャラクター性もよく把握できるような、素敵なプレイングと感じました。ルブーアを暗黒面に陥らせずに救えたのは、ヘルさんの想いが成し遂げたとも言えるでしょう。

 白燕さん。
 プレイングとしての採用はあまり多くできませんでした、ごめんなさい。
 ただ「被害者を守りたい」「ルブーアを励ましたい気持ちはあるが、どうすれば良いか思いつかない(つまり思いつけば行動はする?)」といった心情についてはよく伝わってきましたので、その心情を土台として各種描写をさせて頂きました。君主としての冷静さで立ち振る舞う中にも、熱き情を忘れないような。そうしたイメージの切れ端を、どこからか感じ取って頂ければと思います。

 なお今回は怪異の強さ(制約を満たさなければ撃破は難しい)を表現したいがために、ヘルさんを除いた皆さんをかなり傷付けさせてしまいました(トラベルギアにいたっては、記述がなくともヘルさん以外は、何かしら破損しているイメージです)。しかし特にステータス異常になるということはございませんので、スポットやその他ノベルに対しての調味料としてお使いくださればと思います。

 オファーから構想を膨らませホラーとミステリーな香りを漂わせてみた(つもりの)今回の企画シナリオですが。前回の『機械仕掛けの子ども達はヒトの夢を見るか?』のようなほのぼのハートフル子育てシナリオとは違い、ひょっとするとプレイングにも戸惑いを抱いたかもしれません。舞台は同じであっても、方向性がまるで違いますものね。
 企画シナリオならではの、PCが登場するOPや推理も含め、こちらのリプレイが皆さんの好みに合えば嬉しく思います。
 それでは、夢望ここるでした。ぺこり。
 これからも、良き幻想旅行を!


【『教えて、メルチェさん!』のコーナー】
「こほん。
 皆さん今日和。メルチェット・ナップルシュガーです。
 ……今回は皆さん、本当にお疲れ様でした。でもオートマタの子達も犠牲になることはなかったし、ルブーアさんも救えたわ。これで少なくとも、ルブーアさんを媒介にあの御伽噺が闇色断章として顕現することは、可能性としては小さくなったのではないかしら。皆さん、しばらくは傷を癒すために、ゆっくり休んでくださいね。
 さ、それじゃあ今回も私と一緒に、漢字の読みかたをお勉強しましょ。

▼碩学院:せきがくいん
▼奔走:ほんそう
▼咥え:くわえ
▼鋏:はさみ
▼顎:あご
▼首肯:しゅこう
▼猛禽:もうきん
▼嗚咽:おえつ
▼翠:みどり
▼骸:むくろ
▼厭わず:いとわず
▼腸:はらわた
▼脛:すね
▼激昂:げっこう
▼鋳直して:いなおして
▼蜥蜴:とかげ

 皆さんはきちんと読めましたか? もちろんメルチェは大人ですから全部読めます。当然ですよ(きぱ)」
公開日時2012-05-19(土) 00:30

 

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