紅茶専門店の中に設けられたティールームの一席で、華やかな笑い声が起こる。 サシャ・エルガシャと、黄燐の二人だ。 彼女たちは百貨店ハローズで偶然出会い、意気投合すると、せっかくだからと一緒に買い物をすることにし、似合う服を選び合ったり、お互いの興味のある店を回ったりした。 それから少し休憩しようとここへと来て、サシャのおすすめの紅茶を楽しんでいる。「……でね、今度のデートに、これを着ていこうと思ってるの。どうかなぁ?」 サシャが先ほど買った服を紙袋から取り出して見せた。 すると、ティーカップをテーブルへ置こうとしていた黄燐の動きが、ぴたりと止まる。「……サシャ、それ、買ったの?」「え? ……だってさっき、黄燐ちゃんも一緒に選んでくれたじゃない? お花の柄が可愛いねって」「花……といえばそうかもしれないけれど……」 言葉を濁す黄燐に、サシャは訳がわからず、目をしばたたかせる。「ひゃっ!」 その視線が自らの持つ服へと移った瞬間、思わず上がる小さな悲鳴。 服は彼女の手から離れ、ひらひらと揺れながら下へと落ちていく。 床の上に広がったそれは、可愛いというには程遠い、花の形になった髑髏が散りばめられた、どす黒い服だった。「ど……どういうこと? ワタシ、こんなの買ってない」「あれ?」 今度は黄燐が小さく声を上げる。「世界の拷問大全……買った覚えがないわ」 ふと自分の紙袋の中を見た彼女が見つけたのは、全く記憶にないタイトルの本だった。 本屋に寄ったのは確かだが、こんな本、置かれていただろうか。「呪いのレターセット!?」「裏が剣山のぽっくり……」 楽しいショッピングで買ったはずのものは、どれも不気味な商品となっていた。 もちろん自らの意思で選んだ覚えは全くない。知らないうちにすり替えられてしまったのだろうか。「血まみれダージリン地獄のフラッシュ……さっぱり意味がわからないけど、これって……」 サシャが紅茶缶をじっくりと見る。「h・o・r・r――ホラーズオリジナル。ハローズじゃない!?」 そう言った彼女の手から、缶が勝手に飛び出し、落下していく。 それは床に当たると、どさりという音とともに、甲高い悲鳴を上げ、周囲に赤黒い液体を撒き散らした。 そこで、二人の意識は急激に遠ざかる。 ……サマ……。 オキャクサマ……。 呻きにも、泣いているようにも聞こえる声がし、サシャと黄燐は重いまぶたを開けた。 周囲は真っ暗だ。しかし、暗視能力を持つ黄燐の目には、それがどこかの部屋だということがわかった。 先ほど飲んでいた紅茶に何か入っていたのかもしれない。意識がはっきりしてくるにつれ、そんな思考が巡る。 重く感じる首をゆっくりと動かすと、隣にはサシャがいた。二人とも、ふかふかのソファーに座らされているようだ。 彼女は緊張した面持ちではあったが、落ち着いて様子を伺っているように見えた。手首や足にはロープが巻きつけられている。 黄燐も腕や足に少し力を込めてみた。しっかりと結ばれてはいるが、痛いというほどではなく、解くのもそれほど難しくはなさそうだ。 いざとなれば、彼女の爪を使って切ることも可能だろう。「オメザメデスカ、オキャクサマ……」 先ほど聞こえたのと同じ声が今度はすぐ近くでし、二人はそちらへと視線を向ける。 そこだけぼんやりと明るく、人影が浮かび上がっている。その全身は、周囲の闇から生まれ出たかのように黒かった。薄ら笑いの形にくり抜かれた目と口を持つ真っ白な仮面をつけ、白い手袋をした手には包丁が握られている。「あなたは……!?」 声を漏らしたサシャに応えるように、その者は、じりじりとこちらへと近づいてくる。 包丁から滴る真っ赤な液体が、ぽたり、と床に落ちる音がした。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>サシャ・エルガシャ(chsz4170)黄燐(cwxm2613)=========
「そ――その包丁おろして、ね」 サシャは口の渇きに言葉を詰まらせながらも、不気味な人影に向かって言う。 (黄燐ちゃんはワタシが守る! ワタシの方がお姉さんだもの。……実年齢はよくわかんないけど) 黄燐を守らなければという強い気持ちと、言葉を実際に発してしまったことで覚悟が出来たのか、段々と気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。 「お料理に使う物を人に向けちゃ失礼です」 身動きがままならない中でも精一杯胸を張り、悪戯っ子を諭すように続ける。 その間にも腕のロープだけでも解けないかと動かしてみるが、流石に前を見て会話をしながらでは難しかった。 「ワカリマシタ……オキャクサマ……ホウチョウ、オカイアゲデスネ……アリガトウゴザイマス……」 仮面の人影のぼそぼそとした言葉に続き、どこからかチーン、とレトロなレジ音が聞こえてくる。 「えっ?」 何を言われたのか飲み込めずにいると、冷たいものが指先に触れる感覚がした。 恐る恐るそちらを見れば、そこにはいつの間にか赤い液体を滴らせる包丁が。 そして、仮面の人影の手には、包丁の代わりにナレッジキューブが握られている。 「ええっ!?」 包丁――お買い上げ。 先ほどは意味が理解できなかった言葉が、ここに来てはっきりと像を結び、サシャは愕然とする。 あのナレッジキューブは、彼女の持ち物の中から移動したに違いない。 (何、この拉致経営戦術。毎回こうしてるのかしら?) 隣の黄燐も、腕をもぞもぞと動かしながら、状況を見守っていた。 (無駄に技術力高いわね……買った商品すり替えとか。いつの間にすり替えたんだか) さらに今、サシャは赤い液体を滴らせる包丁を買わされてしまった。 だがこれで、向こうがこちらに危害を加える気がないというのは、はっきりしたといえよう。 ――この商品の売り方はどうなのだという問題は残るが。 黄燐も床に落ちた包丁を一瞥する。明らかに料理には使えないが、彼女であれば活用できる。 (せっかくホラーズに来たんだから、イタズラ用品を買わないとね) 裏が剣山のぽっくりだって普段手に入るようなものではないし、ありがたく持ち帰るつもりだった。 彼女はふふふ、と密かに笑むと、爪を伸ばし、素早く自らとサシャを捕らえているロープを切る。 チーン。 再び鳴った音に、自由を得た体を伸ばしていた二人の動きが止まった。 「ロープ、オカイアゲ……アリガトウゴザイマス……」 「要らないわよ、こんなの!」 「オキャクサマガ、キッテシマイマシタノデ……」 黄燐の抗議は、さらりと流される。 「だって――」 あのままじゃ動けないじゃないのよ、とロープを振り回しながら続けようとした彼女の口が、途中で止まった。 切ったはずのロープが、いつの間にか元に戻っている。 「キッテモ、マタツナガルロープデゴザイマス……」 「マジックみたい。でもそれなら弁償しなくてもいいんじゃ――?」 しかし、サシャの指摘を退けたのは、他ならぬ黄燐だった。 「そ、そうなの? そういうのなら貰ってもいいかしら。興味深いし」 もちろんそれは、イタズラに使えそうだと思ったからである。 いそいそとロープを仕舞う彼女を見て、サシャは口をつぐむ。本人が良いと言っているのだから、これ以上食い下がる意味はない。 ちらっと仮面の人影のほうを見ると、彼(?)の所作は、接客業のそれらしくも見えた。 (う~ん……最初はびっくりしちゃったけど、悪い人ではなさそう?) やり方には問題があるが、ただ商品を販売したいという一心なのだろう。 「髑髏のお洋服だってよく見れば可愛いし……」 その呟きを耳にし、ロープのほうを見たまま、黄燐が口を開く。 「サシャ、今度、デート行くって言ってたわよね。それ用の服、ちゃんとハローズで買い直すか、すり替えられたのを取り戻すかした方がいいんじゃない?」 (だって、デートの装いって、大切じゃないの。あたし、幸せなデートを願ってるんだもの) やっぱり、友達には幸せになってほしい。 そんな素直な気持ちが少し気恥ずかしくて、ようやく隣へと視線を向けた時だった。 「……サシャ?」 そこにあったはずのサシャの姿が、いつの間にか消えていたのだ。 思わず仮面の店員に目を向けると、彼(?)は手の先ですっと背後を示す。 そこには、シャワールームのように見える個室が、いくつか並んでいた。 また気づかないうちに移動させられたのか、周囲が変化したのかはわからないが、目に映るのは先ほどの部屋ではない。 辺りは明るく、壁一面が、様々な服でコラージュされたかのように埋め尽くされていた。 となると、あのシャワールームは試着室だろうか。 カーテンの隙間から、湯に混じった赤いものが見えるのも、恐らく演出だろう。それは、ごぼごぼと音を立てながら、リノリウムの床に穿たれた排水溝へと吸い込まれていく。 「お待たせ!」 やがてカーテンを開け、女性の甲高い悲鳴と共にサシャが出て来た。 もちろん彼女の悲鳴ではない。彼女自身が一番驚いて、危うく転びそうになる。 「……どう 似合う? 一度着てみたかったの」 気を取り直し、彼女はくるっとその場で優雅に一回転してみせた。 「オニアイデス、オキャクサマ……ロウニンギョウニ、シテシマイタイクライデス……」 シックなゴスロリドレスに身を包んだ彼女を見て、ククク、と低く笑う店員の言葉は物騒だが、単に褒めているだけで害はなさそうなので無視を決め込む。 「そうね、とても似合うわ。でも、デートの……」 黄燐がもう一度そう言いかけると、サシャの目がこちらをじっと見たので、彼女は慌てて、ひらひらと手を振った。 「あ、あたしのは、別に良いのよ。これはこれで勉強になるから。主にイタズラに転用――げふんげふん」 「今度は、黄燐ちゃんにも見立ててあげる」 しかし、サシャの思いは別のところにあったようだ。いつの間にか何着ものドレスが、その手に掴まれている。 そして黄燐が何かを言おうと口を開く前に、問答無用で試着室に引きずり込んだ。 かわいらしい悲鳴と一緒に、絶叫(演出)も上がる。 しばし、シャワー音(演出)と、犬の遠吠え(演出)だけが辺りに響く。 「すっごく、似合うよ!」 やがて助けを呼ぶ声(演出)と共にカーテンが開き、続いてサシャの嬉しげな声が上がった。 「そ、そう? 何だか落ち着かないけど」 そう言って黄燐は、自らの姿を鏡に映してみる。 そこに映っているのは確かに自分だとわかるのに、全く馴染みのない姿だというのは、何となく不思議な感覚だ。 アンティークドールを思わせるようなサシャの装いに対して、黄燐のドレスは東洋的な雰囲気を醸し出している。どちらも細部まで丁寧に作り込まれた作品だった。 「オニアイデス……イチマツニンギョウニ」 「これも何かイタズ……勉強になるかしらね」 「可愛いけど、デートに着ていくのはちょっとなあ」 彼女たちは自身の姿をチェックするのに余念がなく、仮面の店員の褒め言葉は再び無視される。 「……ううん、女は度胸よサシャ。ロキ様だって気に入ってくれるかも?」 「サシャ、せっかくだから、もっと店内を見て回らない?」 前向きさが無茶な方向に発揮され始めたところで黄燐に声をかけられ、サシャははっと我に返った。 ◇ 二人に増えた仮面の店員に案内され、サシャは書店、黄燐はおもちゃ売り場と、それぞれ希望の売り場へと辿り着く。 サシャは愛読している恋愛小説の新刊が欲しかったからであり、黄燐はイタズラグッズを買うためだった。ハローズにあるものだと、最近人にも気づかれるようになってしまったし、せっかくホラーズに来たのだから、何かホラーなイタズラグッズが欲しかったのだ。 元々そうなっていたのか、自由に変えられるのかは謎だが、同じフロアの近い場所に二つの売り場があったので、安心して買い物を楽しむことが出来る。 おもちゃ売り場は古城の中の子供部屋といった雰囲気で、天蓋つきのベッドの上に人形やぬいぐるみが無造作に置かれていたり、小さなピアノや錆びた三輪車、木馬、積み木など、様々なものが床に転がっている。 「あれでしょ、この人形が動くのよ。わかってるんだから」 そう言ってゆっくりとベッドへと近づいた黄燐の上に、突然何かが覆いかぶさる。 「――!? やっ、何!?」 「オチテクルテンガイ、デゴザイマス……ドコニデモカンタンニセッチデキテ、スキナトキニ、オトセルノデス……」 店員のぼそぼそとした説明を聞いて、黄燐はもがくのを止め、体の上の天蓋を取り去って起き上がる。 「わ、わかってたわよ、これも。いかにも落ちて来そうだったし。……いいわね、これ」 「オカイアゲ、アリガトウゴザイマス……」 例のごとく、レトロなレジ音と共に、会計が自動で済んでいく。 少し息をつき、ベッドからそろそろと離れた彼女の目の前で、今度は突然木馬が笑い出した。 思わず口から飛び出そうになった声を、手で押さえ込む。 「べ、別に怖かったわけじゃないのよ。ちょっと驚いただけで」 そう小さく言うと、彼女はさらに慎重な動きで売り場を物色し始めた。 一方の書店は古い図書館のようになっていて、暗い店内は不気味といえば不気味だが、趣があるといえば趣がある。 サシャは愛読している恋愛小説の新刊を探し始めたが、それは意外にもすんなりと見つかった。 若干色合いが暗く、紙質が安っぽい感じはするが、探していた作品に間違いない。 ひとまずほっとし、中をめくってみる。 「……良かった。ソフィアとジュド、無事に会えたんだ」 前巻では、ずっとすれ違っていた主人公の男女が思わぬ再会を果たし、また会う約束をしたところで終わっていた。 『ソフィア、ずっと……ずっと会いたかったんだ』 『……本当は、わたしもなの』 『ぼくたち、同じ気持ちだったんだね』 『ええ、今までのことって、何だったのかしら』 そして寄り添い、抱き合う二人。 再会を果たし、ようやく思いが通じた二人に、サシャの目頭も熱くなる。 『ジュド……愛してる』 『ぼくもだよ、ソフィア。こうしてまた会えて、嬉しくて、嬉しくて―― 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて うれしくてうれしくてうれしくてうれしくてうれしくてうれしくてうれしくてうれしくしくしくうぅぅぅぅぅぅぅれれれぇぇぇぇぇぇしぃぃぃぃくくくくぅぅぅぅ』 「いやぁぁぁぁっ!」 唐突に話がおかしくなり、サシャは本を思わず落としてしまう。その瞬間、チーンとレジの音がした。また買ったことになってしまったらしい。 彼女は本を拾い上げると、埃を手で払い、もう一度中を覗いてみる。 先ほど字が踊るように動いていたような気がするのだが、今はそんな様子はなかった。続きに目を通すと、危険を感じたソフィアはジュドを突き飛ばし、その場から逃げている。 筋立てが変わっているのは明らかだが、この後どうなるのか一応気にはなったので、まあいいかと自分を慰め、別の本も見てみることにした。 「これもなの? やだあ~、ミンミン、可愛いキャラだったのに……」 他の小説や漫画も、やはり内容が変わっているようだ。 「ううー……でも続きが気になるし、買っちゃお……」 夜眠れなくなりそうな気もして悩むのだが、それなりに面白そうではあるし、また買えるかどうかもわからない。 「アリガトウゴザイマス……」 レジの音が、また高らかにフロアに響いた。 ◇ 「何だかんだでお買い物楽しかった!」 「ええ、色々と収穫もあったわ」 一通り見たあと、二人は書店で合流する。 黄燐の手にも、数冊の本があった。それぞれのタイトルの上に小さく、『とびだす絵本シリーズ』とある。当然、中身が本気で飛び出すのである。 「こんなお店があったんだよって、お友達にホラーズの宣伝するよ。そしたらお客さんが流れてくるだろうし」 サシャはそう言って店員を見た。 「店員さんは このお店が大好きなんでしょ? ホラーズのよさをもっと沢山の人に知ってもらいたかったんだよね。だからこんな事したんでしょ?」 そしてにっこりと笑みを浮かべる彼女を、店員はじっと見た。 表情はわからないが、戸惑っているようにも見える。 「ウォー……ウォー……ウォー……」 やがて店員は、獣の遠吠えのような声を上げ始めた。 どうやら泣いているらしいとわかった頃には、同じような仮面の人物や、仮面を被った犬のような動物、仮面を被ったぬめぬめしたもの、仮面を被ったもやもやしたもの、仮面を被ったぴちぴちしたものなどが、どんどん集まってくる。 「な、なに!? ワタシ、悪いこと言ったかな?」 「ちょ、ちょっと、メソメソするのやめなさいよ! 気色悪い仲間がどんどん集まってくるでしょ!?」 うろたえるサシャの隣で、ぴしゃりと言い放った黄燐の言葉に体を震わせると、店員は泣き止み、仲間たちはぞろぞろと帰っていく。 黄燐はほっと胸をなでおろし、蹴りの形に上がっていた足を下ろした。 「アカジ……デ、ゴザイマス……」 店員は、少し間をおいてから、ぽつり、と話し始める。 必死で営業するものの、中々客が来てくれないこと。 そのためにハローズから誘導する形で、客を迎え入れていること。 「リピーターガ、コナイノデス……」 「来るわけないでしょ」 いつの間にか連れて来られる上に、押し売りである。 むしろ、ひっそりとでも営業出来ているのが不思議というものだ。 「オキャクサマガタハ、イイオキャクサマデス……」 そう言って店員は、何度も頭を下げる。 こうやって普通に買い物をしてくれる客というのも、珍しいのだろう。 (従業員にこんなに愛されてるんだから、きっと良いお店なんだ) 「どうしてもって言うならワタシ ホラーズの店員に――きゃっ」 使命感が轟々と燃え盛り始めたサシャを、黄燐は先ほど買った、気持ち悪い虫グッズで黙らせる。流石にそんな約束をさせるのは心配だ。 気持ち悪い虫グッズが煙のように消えていくのを横目で見ながら、彼女はサシャに言った。 「まずは、あたしたちでアドバイスしてあげたらいいんじゃない? 今のままだとすぐにお客さんも逃げちゃうから、意見すら聞けないでしょ」 「それもそうね。ワタシ、紅茶には詳しいから、アドバイスできるよ」 「例えば、ハロウィン……だったかしら? その時に何か企画すれば、お客さんも来るんじゃない? 雰囲気もぴったりだし」 「いいね! イベントを上手く活用するのは大事よね」 店員は二人の言葉に頷きながら、黄ばんだ紙に羽ペンでメモを取っている。 周囲はいつの間にか、紅茶売り場になっていた。置いてある缶は、どれも不気味なデザインではあるが、好事家に好まれそうでもある。 「これは?」 黄燐が手に取った缶には、棺桶で眠る吸血鬼がデザインされていた。 「ヒトクチノムト、イシキガナクナッテ、グッスリナ、チャバデゴザイマス……」 ここに来た時飲まされたのは、これだろうか。記憶が蘇り、二人は複雑な表情を浮かべる。 「じゃあ、これは?」 続いてサシャが手にしたのは、シャーマンのような人物が踊っているデザインの缶だ。 「オドリガ、トマラナクナリマス……」 「もっと、普通の茶葉ってないのかな?」 「アルニハアリマスガ、ホラーズノ、コセイ、トイウモノガ……」 「個性で店、潰したいの?」 黄燐に言われ、しゅんとなる店員。 「黄燐ちゃんの言うとおりです。個性より、お客様のことをまず考えないと。……途中で意識が飛んじゃったけど、茶葉自体はいいものだと思うのよね。缶のデザインも面白いし」 「ハローズにない道具も色々あるし、売り場も本格的で、悪くないと思うわ」 「そうそう、本屋さんも図書館風で素敵だった! でも小説もマンガも、元々あるものを勝手に変えるんじゃなくて、オリジナルのものを置いた方がいいんじゃないかなぁ?」 「それと、あの試着室って演出過多じゃない? うるさくて敵わないわよ」 「あと、やっぱり勝手に人を連れて来て、商品をすり替えたり、よくわからないまま買わせるのも良くないと思う」 「突然仲間が集まってくるのも趣味悪い。子供なら泣いちゃうでしょ。あたしは別に怖くはなかったけど」 二人の容赦ないダメ出しに、店員は文字通り体を縮こまらせていく。 ついには売り場の紅茶缶と同じサイズになりながらも、ホラーズ再生のためにメモを取り続けるのだった。 ◇ それからしばらくして、ホラーズはテーマパーク型百貨店としてリニューアルオープンすることとなる。 他の店と同じように目立つように営業し、宣伝も堂々とし、誰もが気軽に入りやすいようにした。 ハロウィンだけではなく、クリスマスやバレンタインにもホラーテイストを加えたり、誕生日もホラーな演出で祝うなど、独自の色を出したイベントは人気を呼び、どの売り場も以前よりずっと賑わっている。 サシャがアドバイスをした紅茶や、黄燐の希望を反映したイタズラグッズも順調に売り上げを伸ばしているようだ。 そして時折、サシャの元には一風変わった缶の紅茶、黄燐の元にはイタズラグッズ、それぞれ店頭販売されていないプレミアムバージョンの品物が届くようになったという。
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