オープニング

 友だちの友だちは友だちかもしれない。
 悩んで思いついたことは、結局そんなことだった。


「というわけでぇ、みなさんの都合ジューンさんに聞いていただいちゃってもいいですぅ?」
「ええ、構いません。緋穂様たちには私からお願いしてみます」
 ジューンにはカンダータへの再帰属の兆候があり、川原撫子はカンダータへの再帰属を目指して活動中である。
 そして2人共、そこそこ吉備サクラの友人であると言えた。
 ジューンの再帰属自体は先であるが、それにかこつけて緋穂の家で内輪でこじんまりとお茶会ができないだろうか。
 それが撫子とジューンの思いついたことだった。
 サクラも再帰属を目指していると公言している以上、いつ会えなくなるか分からない。
 これが揃ってする最後のお茶会になるかもしれない。
「私、サクラちゃんにウェディングドレスをお願いしてるんですぅ☆ サクラちゃん服作るの好きだから、みんなの服を作ってたら幸せ気分になれるかもですぅ☆」
「では緋穂様の家で、緋穂様と菖蒲ちゃん、エーリヒを呼んでお茶会をしたい。ついでにサクラさんが皆の服を作ると言うので欲しい服があったら教えてほしい、とお願いすれば良いのですね?」
「はいですぅ☆ よろしくお願いしますぅ☆」


 笑ってさよならをしよう、皆が幸せになる方法を考えよう。
 多分これが、最後のお茶会の機会だから。


 *-*-*


 世界司書の紫上緋穂の家は3LDKの二階建て一軒家だ。彼女はそこにエーリヒという少年と住んでいる。
 司書室を訪れたジューンが緋穂にお茶会の概要を説明すると、きらきらと彼女の瞳が輝いた。
「もちろんいいよー! あ、なにか用意した方がいいかな? お茶? お菓子? 飾り付け?」
「緋穂様には食器の準備や空間の演出をお願いできれば、と」
「おっけー! エーリヒにも手伝ってもらおっと」
 ジューンはさり気なく緋穂が手作りの料理をつくることを阻止した。緋穂の料理は下手ではないのだが……なんというか、こう、微妙な味なのである。それに料理の得意な者がいるならば、その者が担当したほうがいろいろな意味でみんな幸せになれるのだ。
「あと何か用意した方がいいものとか、ある?」
「そうですね、欲しい服があったら教えていただけますか?」
 事情を説明すると、緋穂はなるほどと頷いてしばし考えこむような様子を見せた。
「浴衣は貰っちゃったしなぁ……うーん……あっ!」
 ぽむ、と自分の掌に拳を打ち付けて、緋穂はぱあっと表情を明るくする。
「あのね、スーツがほしい! といってもかっちりしたのじゃなくて、なんて言うんだろう、ジャケットとスカートのセットになった、フォーマルに着れる奴! 壱番世界の卒業式とか入学式とかで着るようなかんじの!」
「なるほど、スーツですね。エーリヒにも聞いておいてもらえますか?」
「わかった、帰ったら聞いてノートで連絡するね!」
 お茶会の日取りと時間を決めて、ジューンは司書室を出る。その足で菖蒲の元へと向かった。


 *-*-*


「え、お茶会? いいの、私も行って?」
「もちろんです」
 お茶会と聞いた菖蒲の表情も明るい。サクラが欲しい服を作ってくれると聞けば、何にしよう何にしようとくるくる表情を動かして。
「わ、わたし……お姫様みたいなドレスが着てみたい……」
 顔を真赤にして告げる。
「どこで着るんだって言われたら困るんだけど、だって、どうしても着てみたくって……」
「いいと思います。サクラさんに伝えておきますね」
 柔らかく笑んだジューンの顔を、菖蒲は見上げる。
「……子供っぽいって思った?」
「そんなことありませんよ」
「ほんと?」
「本当です」
 重ねて問うて、ようやく菖蒲は信じてくれたようだ。やさしく彼女の頭をなで、ジューンはお茶会の日時を告げて彼女の部屋を去ろうとする。
 その時。

 くいっ……

 服の袖を引かれて振り返れば、泣きそうな顔をした菖蒲がジューンを見つめていた。
「どうかしましたか?」
 視線を合わせるようにすると、菖蒲の視線がジューンの頭上へと動いた。そこにあるのは――。
「ジューンさんも、サクラさんも、いつかどこかに行っちゃうんだよね……お茶会、お別れ会じゃないよね……?」
「……、……」
 何かを感じ取ったのだろう、菖蒲の瞳は潤んで揺れている。
「お別れ会ではありませんよ」
 これは事実だ。集まるのは最後になるかもしれない、けれどもこのお茶会はお別れ会として催されるものではない。
 ジューンは安心させるように菖蒲を一度抱きしめ、その瞳を見つめて頷く。
「……ごめんなさい、みんながそれぞれ目的と望みを持って新しい人生を進む、っていうのはわかるんだけど……。お茶会の日までは、おめでとうが言えるようになっておくからっ……」
「……ありがとうございます、菖蒲さん」
 ぎゅ。今度は菖蒲が力強くジューンに抱きついてきた。そして。
「やっぱり、服……ジューンさんとおそろいのにしたい。ジューンさんの欲しい服とお揃いで作ってもらいたい」
 小さく呟いた。


 *-*-*


 花とお菓子とお茶の香りの広がるリビングで、お茶会をしよう。
 いつ別れを迎えたとしても、後悔しないように。




=========
!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ジューン(cbhx5705)
川原 撫子(cuee7619)
吉備 サクラ(cnxm1610)

紫上 緋穂(ctur5474)
エーリヒ(未登録NPC)
菖蒲(未登録NPC)
=========

品目企画シナリオ 管理番号3193
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。
ティータイムにお誘い、ありがとうございます。

オファー文をオープニングの一部に使わせていただきました。

緋穂の家の20畳のリビングでのお茶会となります。
隣接している広いキッチンもご自由にお使いください。
花咲く庭でのティータイムをご希望でしたら、そちらにも対応できます。

オープニングに書いていなかったエーリヒの希望の服ですが、ジューンさんのノートに連絡がありました。
「指揮者の人の服がほしい」そうです。

それでは、どんなお茶会になるのか楽しみにしています。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望

ノベル

「何でこんなに安請け合いするんですか短時間すぎ無茶ぶりです!」
 息継ぎもせず言い放った吉備 サクラは、川原 撫子へグーパンをお見舞いした。
「サ、サクラちゃぁん、そこを何とかぁ」

 ひゅんっ!

 懇願する撫子の眼前に突出された拳。ぎりぎり寸止めされたその影からチャラリと姿を表したのは、銀色の鍵。
「何とかしますから、死ぬ気で手伝ってください」
「ふぁ、ふぁい……」
 サクラの目が座ってる。両手を皿のように広げると、合鍵がぽとり、乗せられた。フェルトのペンギンのマスコットがころんと掌の上で転がる。
「まずは裁断からです。線が引いてあるのでその1.5cm外を切ってください」
「サ、サクラちゃん、ご飯の支度とかお掃除とかは……」
「それは合間に時間を見つけてお願いします。裁断が終わったら、川原さんは自分のウエディングドレス縫ってください」
「えぇーっ!?」
 いくらなんでも自分で自分のウエディングドレスを縫うのは……せっかく頼んだのにちょっと悲しい。でも、更に忙しくしてしまった原因は自分にもあるのだから仕方がない、撫子がちょっぴりしょげて裁ちばさみでじょきじょき裁断を進めている間に、サクラは別の頼まれた服の生地を選び、頭のなかでデザイン画を思い描く。
「サクラちゃーん、ご飯食べましょうよー」
 サクラが我に返ってみるといつの間にか数時間が経過していたらしく、撫子に頼んでおいた裁断は終わっていて、彼女はご飯を作ってくれたようだった。
「少し休憩を入れたほうがいいですよぉ。ちゃんと睡眠も取らないとぉ」
「一日二時間寝れば余裕です!」
「えぇ~!?」
 簡単に食べられるような小ぶりのおにぎりとおかずなのがありがたい。鶏の唐揚げはきちんとした味が揉み込まれているし、だし巻き卵は出しがきいている。こんな時でなかったらゆっくり食べていたいが、昆布で出汁をとった味噌汁で流し込んでサクラはささっと食事を終える。
「もう終わりですかぁ!?」
「やることはいっぱいあるんです。川原さんも食べたらウエディングドレス、縫って下さいね」
「はぁい」
 食器を流しに片付けた後、ドレス用の布を手に取った撫子に、サクラは振り返らずに告げる。
「丁寧に縫って下さいね。それ、フランさんのですから」
「えっ!?」
 二度は言わない。さすがに一度引き受けた以上、自分で自分のウエディングドレスを縫わせたりなんかしない。さっきのは、ちょっと脅かしただけだ。
(サクラちゃん……)
 撫子がその心遣いにキュンとなったのもつかの間。
「サクラちゃんに悪魔のしっぽが見えますぅ……休憩ください、ひ~ん」
 数時間後には撫子の泣き声が響き渡ることになった。


 *-*-*


 お茶会当日。ジューンは予め緋穂に連絡を入れてから、集合時間より早めに会場である緋穂宅へとやってきた。その手には沢山の荷物が……。
「ジューンお姉ちゃん……これ全部、ひとりでもってきたの?」
 出迎えに出たエーリヒがぽかんとするほどなのだ。普通の女性なら到底持ちきれぬ量と重さであろうが、ジューンはアンドロイド。力仕事などお手のものだ。
「わー……すごいたくさーん」
 少し持つよと申し出た緋穂に軽めの包みを渡し、三人でキッチンへと移動する。キッチンにある広い作業台に、ジューンはてきぱきと持参した料理を乗せていった。
「緋穂様、こちらは苺と生クリームのデコレーションケーキとチョコレートムースですので冷蔵庫に入れておいていただけますか?」
「ねえねえこれは?」
「エーリヒ、それはフルーツのパウンドケーキなので常温で大丈夫です。オレンジジュースとグレープジュースを持って来ました。一本ずつで構わないので運んでもらえますか?」
「はーい!」
 仕事をもらえて嬉しそうにエーリヒはジュースのボトルを抱えるようにしてリビングへと運んでいく。その様子を確認してからジューンが開いた包みには、色とりどりのピンチョスが詰められていた。
「大きなお皿ってこんなのでいいかなー……ってすごっ!」
 白い大判の四角い皿を何枚か持って来た緋穂が包みの中を見て目を輝かせる。
「ピンチョス? あれ、土台もなんかものによって違う? うわぁっ!」
「はい、パンフリットとチップバゲットとコカを使っています。そのお皿ちょうどいいですね、何枚かお借りします」
 ブリッククリスピーや生春巻きやミニコルテ風と趣向を凝らしていて目にも鮮やかなそれをジューンは手際よく並べていった。
「あ、お皿は必要なの棚から出していいよー。あ、エーリヒ、コップとフォークも並べられる?」
「うん!」
「ありがとうございます、緋穂様」
 ジュースをおいてきたエーリヒが戻ってきたので、緋穂は次の用事を言いつける。彼がキッチンを出たのを見て、ジューンはそっと緋穂に寄った。声のボリュームを落とす。
「緋穂様、エーリヒの再帰属について、何かお考えですか?」
「えっ……うーん」
 突然の問いに驚いたようではあるが、わざわざエーリヒに聞こえないように問うた事を理解しているのだろう、緋穂も声を落として。
「いずれは考えなきゃいけないことだと思うけど、最終判断は本人に任せようと思っているよ。ただ本人に任せるんじゃなくて、できるだけ沢山の選択肢を用意してあげようとおもってる。あの子は……本当に限られた選択肢しか与えられてこなかったからね」
 緋穂は痛そうに笑う。それは、もう家族のようになったエーリヒの旅立ちを、淋しく思う気持ちがあるからだろう。父母の愛を得られなかった彼が、遠い遠いこの世界で愛情を得ることができたことを、ジューンは嬉しく思う。
「それではカンダータも選択肢に入れておいていただけますか? 川原様はじきに帰属なさるでしょうし、私もいつかは、と考えておりますから」
「ん、わかったよ」
 話しながらも手を動かしていたジューンは、一口サイズのエンパナディージャやサモサや揚餃子の乗った皿を緋穂に差し出して。
「それにしても沢山作ってきたねー」
「川原様が居れば残ることもないでしょう……寧ろ足りるか心配です」
 これからチキンにフォワグラ、カニマヨ、サーモン、ローストビーフ、野菜ディップ、生ハム、チーズ、スクランブルエッグなどを並べるのだが、それでも足りるか心配だ。
 リビングにピンチョスの乗った皿を順番に運ぶ緋穂。ジューンは別の大皿を出して残りの料理を並べ、見ても楽しいようにリボンや旗のついたピックや楊枝を買って飾り付ける。エーリヒの種族にとって毒になるミントはもちろん避けて、他の香草もできるだけ使わないようにした。
 料理の乗った皿や取り皿などを並べていると、玄関チャイムが軽快な音を立てて響いた。
「誰か来たっ!」
「エーリヒ、でてくれる?」
「はーい!」
 たたたっと玄関に駆けて行ったエーリヒの「いらっしゃい」という嬉しそうな声が聞こえる。程なくしてリビングへ姿を表したのは菖蒲だった。
「あ、あの、お招きありがとうございますっ。これっ」
「そんなかしこまらなくていいよー。んん?」
「いらっしゃい、菖蒲さん」
 差し出された袋を緋穂が手に取る。後ろから姿を表したジューンに、菖蒲はホッとしたような表情を見せた。
「前にジューンさんにクッキーの作り方を教わったので……作ってきたんです。あんまりうまくないけど……」
「いい匂いがするー! ありがとう!」
「菖蒲さんが心をこめて作ったものですから、皆様喜びますよ」
 はにかみながら、促されて菖蒲はエーリヒとともに席についた。料理の準備も終わったし、お茶は緋穂が淹れる準備をしている。庭や温室で育てられた花が室内に飾られ、特別な空間を演出していた。あとはサクラと撫子を待つだけだ。
「まだかなぁ、おなかすいたぁ……」
 時計が予定の時間を少し過ぎた時刻をさしてエーリヒのお腹が可愛くくぅと音を立てた時、玄関チャイムが鳴った。


 *-*-*


 かさばる大荷物を持った二人が到着すれば、早速ご飯にしようと盛り上がる。
「菖蒲さんとエーリヒはジュースがいいでしょうか」
 紅茶を用意する緋穂の代わりにジューンが子ども達にジュースを注いで。飲み物が揃ったところでみんなでいただきます。
「凄いお料理ですぅ~。これ、全部食べていいんですかぁ?」
「川原様、せめて子ども達の分は残しておいてください」
「ジューンさん酷いですぅ。さすがに私も子ども達の分はとりませぇん」
 せっせと自分の皿に料理を盛る撫子。その向かいで菖蒲がエーリヒのために料理を取り分けてあげていて、どちらが年上なのかわからないなとジューンは軽くため息。
(今日は私を演じる……絶対子供達は楽しませる、気付かせない)
「サクラさん、少し疲れてる?」
「……! は、はいっ。さすがにギリギリまで作業してたものですから」
 自分を演じるよう暗示をかけながらもちょっと寝落ちかけていたサクラに目ざとく緋穂が声をかけてきて。それでもサクラは笑顔を見せる。
「濃い目の紅茶入れてあげるね。何か少し胃に入れると目が覚めると思うよ。たくさん食べたらもっと眠くなるけど」
 笑いながら席を立った緋穂を目で追う。こんな彼女を見られるのもきっと……。
「おいしいー! もっと食べていい?」
「もちろんです」
「男の子はたくさん食べて大きくなって、強くならなきゃ駄目ですよぉ。コタロさんみたいに☆」
 空になったエーリヒの取り皿を受け取って、ジューンが料理を乗せていく。撫子は自分で恋人の名前を出してキャッと照れていた。
「撫子さんは近いうちに結婚するって聞きました。おめでとうございます」
 フォークを置いて菖蒲が丁寧に頭を下げた。それを皮切りにお互いの今後についての話題が飛び交う。
「そうなんですぅ☆ もうすぐカンダータに再帰属できそうなので、まだ少し先ですけどぉ、コタロさんとカンダータで結婚しますぅ☆」
 そのためのウエディングドレスも用意してあるのだと撫子が笑えば、聞いているこっちも不思議と嬉しくなる。
「緋穂さんとジューンさんは無理かもしれませんけど、良かったらサクラちゃんも菖蒲ちゃんもエーリヒも来て下さいぃ☆」
「私も」
「ぼくも」
「「いっていいの?」」
 子供二人の声がハモる。「もちろんですぅ☆」と返事した撫子。
「私、結婚式って初めてです」
「ぼくも!」
 何を着て行こうかと楽しそうな二人を見て、子どもっていいなぁと改めて思う。
「なるべく早く赤ちゃん産めるといいなって思ってるんですぅ……産んであげる約束しちゃったのでぇ」
「!? 大胆な約束したねー」
 チキンを食べながら緋穂が驚いて目を見開いた。けれども撫子にとっては大切な約束なのだ。
「いいなぁ……」
「ぼくもいつか結婚するのかなぁ?」
 子ども達はまだいまいち自分の将来が想像できない様子。当然だろう、まだ心も身体も成長しきらないうちに時を止めてしまったのだから。
「菖蒲ちゃんやエーリヒもそのうち好きな人が出来ますぅ☆」
 撫子の話はサクラにとって、すりガラスの向こうの話のようだった。遠くから聞こえる。けれども今日は、笑顔を絶やさないと決めたのだ。悲しみも淋しさも、すべて笑顔で覆い隠す。
「地雷かもしれませんけどぉ……緋穂さんは?」
「ぶっ……」
 突然話をふられて、紅茶を飲みかけていた緋穂は吹き出した。素早くジューンが布巾を手に取る。
「地雷だとわかってて聞く!?」
「すいませーん、でも聞いてみたくてぇ」
「うーん……最近は浮いた話はないよー」
「「「『最近は?』」」」
 緋穂の言葉の一部に思わず食いつく一同。
「昔はこれでも色々あったんだよ、ロストナンバーだった頃にもね!」
「へぇー、後で聞かせて欲しいですぅ」
「あ、後でねっ。ジ、ジューンさんは13号に乗るんだよね?」
 話をそらすのがちょっと怪しいと思ったり思わなかったりしたけれど、そこは突っ込まないでおいてあげるのが優しさである。
「はい、私は13号に乗ってワールズエンドステーションを目指します。そこさえ見つかれば、多少時間はかかってもおうちへ帰る道が分かるようになります」
 その話になると菖蒲が食べるのをやめてしょんぼりとし始めたことにジューンは気づいていた。だから。
「お別れ会ではありませんよ、菖蒲さん。私がカンダータに再帰属するより菖蒲さんがおうちに帰れる方が早いかもしれません」
「ジューンさん……」
 優しく撫でられ、菖蒲はそっとジューンに身を預ける。お家に帰りたいという思いとここで出逢った人達と別れたくない思い、きっと彼女の中でぐるぐると渦巻いているはずだ。
「まだ、時間はあります。ゆっくりと心の整理をつけていけばいいと思いますよ」
(心の整理……)
 姉妹のように寄り添う二人を見て、サクラは思う。自分の心の整理は――。それでも、皆の前ではこうしないと。
「私は竜星へ行こうかと思っています」
 これならきっと、誰も心配しない。サクラは穏やかな表情を浮かべて演じる。
「川原さんの分も、頑張ってきます」
「お願いしますぅ。ヴォロス好きでしたけど、コタロさんの事はもっと好きですからぁ☆」
 のろける撫子には「はいはい」と返して、サクラは荷物を引っ張る。食事も一段落ついて、そろそろいい頃合いだろう。
「皆さんに服を作ってきました。順番に出しますので」
 わぁぁ、と歓声が上がる中、撫子と二人で持って来た荷物の中には、サクラの最後の作品がはいっている。
「はい、緋穂さんにはこれを」
 紺地の丸首ジャケットに黒ビーズのついた紺のフレアスカート。スタンダードカラーの白いブラウスが差し出される。ジャケットの袖口や襟周り、ポケットや裾には黒いレースがついていて、派手じゃない可愛らしさがある。袖口には飾りボタンが4つついていて、キラリと照明に光った。よく見れば誕生石がついているという粋なデザインだ。
「こっちも良かったら貰ってください」
「いいの? こんなにたくさん!」
 淡蘇芳のマーメイドドレスにウサギアニモフ風の着ぐるみパジャマ。パジャマに頬ずりした緋穂は気持ちよさそうだ。
「緋穂さんにはいっぱいお世話になったから、たまにはお返ししないと」
「ありがとう、すごく嬉しい!」
「次は菖蒲ちゃんとジューンさんですね。おそろいということでこんな風にしてみました」
「わぁぁっ……」
 取り出されたのは白いサマードレス。もちろんレースや誕生石もついていて。派手すぎないのでもちろん普段使いもできる。
「あとは、ジューンさんとお揃いのメイド服と、こっちのドレスもどうぞ」
 菖蒲には追加でメイド服とお姫様ドレスが贈られる。金と白で作られたドレスは、ラインストーンや飾りリボンもたっぷりで、女の子の夢が詰まったデザインだ。
「わー、わー! 嬉しい! でもこんなにいっぱい、大変だったでしょ?」
「川原さんも手伝ってくれましたし、菖蒲ちゃんが喜んでくれると私も嬉しいですから」
「ありがとう、ありがとうっ!」
 菖蒲には猫の、ジューンには鳥のアニモフ着ぐるみパジャマも添えられた。
「エーリヒにはこれ。指揮者の人の服です」
「ふたつもいいの!?」
 黒い燕尾服とペイズリー柄の燕尾服を前に、エーリヒも興奮気味だ。
「こっちは今日から着て寝るね!」
 クマのアニモフパジャマも気に入ってくれた様子。
「川原さんには、これです」
 ぐいっと胸元に押し付けられた物を広げた撫子。
「かわいいですぅ……けど何でイノシシなんですかぁ?」
「川原さんにピッタリだと思ったので」
「ぷっ」
 緋穂が思わず吹き出して。ひどいですぅと抗議する撫子の前に、ぶぁさっと広げられたのは……。
 プリンセスラインのウエディングドレス。スタンダードカラーでパフスリーブなところが可愛らしさを引き立てている。
「サクラちゃん、ありがとうございますぅぅぅぅぅっ」
「ありがとうございます、サクラ様。皆様ご一緒にあちらで着替えませんか」
「そうだね、隣の部屋空いてるから着替えようか」
「私もお手伝いしたのでみんなが着るの見たいですぅ☆」
 食べ物のある部屋でバタバタと埃を立てるのはよろしくないので、ぞろぞろと隣りの部屋へと移動する。
 緋穂がエーリヒの、ジューンが菖蒲の着替えを手伝っている間に撫子はイノシシのパジャマに着替えていた。
「やっぱり、ウエディングドレスは本番までとっておきたいんですぅ」
「女の子の夢だもんね~」
 着替えを終えた撫子が、燕尾服とサマードレスに着替えたエーリヒと菖蒲を連れてリビングへと戻る。それを確認してジューンは着替えながら口を開いた。
「サクラ様、私が居ない間、子供たちの事をお願いしても宜しいですか」
「えっ……」
 そういわれて一瞬、素の表情が出てしまった。今のサクラにはとてもそれを引き受ける余裕はないし、約束しても守れる自信はなかった。けれども、ここで断っては変に思われてしまう。心配かけてしまうだろう。だから。
「はい、任せて下さい!」
 以前していたように、明るく笑んで引き受けた。


 *-*-*


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。お腹も心も満たされて、皆でさっと片付けをする。片付けを終えた後、玄関までて出てきた緋穂とエーリヒに別れを告げて。
「緋穂様、本日はありがとうございました」
「とっても楽しかったよ。料理も美味しかったし! また、遊びに来てね」
 手を振る二人に別れを告げて、ジューンは菖蒲を送るために途中で撫子とサクラと別れた。ふたりきりになっても、撫子の興奮は冷めやらなくて。
「楽しかったですねぇ、サクラちゃん?」
 隣を歩くサクラに笑顔を向けたけれど、彼女は俯いたままで。
「……サクラちゃん?」
「……! あ、そうですね、楽しかったです」
 もう一度呼びかけられて、サクラは慌てて笑顔を作る。最後まで演技に手を抜いてはいけない。ここで撫子に心配をかけては皆に伝わってしまう。
「フランさんのウエディングドレスは仕上げをしておきますから、後日取りに来て下さいね」
「はぁい。楽しみにしてますぅ。きっとフランちゃんも喜びますぅ☆」
 軽く手を振って撫子とも別れる。
 ひとりきりの帰り道、漸く演技をやめることができる。
 顔から表情を消して、重い足取りで家路につく。

 持っていたものはほぼ使い尽くした。後の片付けは面白いほどに簡単だった。
 苦し楽しい制作と楽しいお茶会、これが私の、0世界最後の思い出。

 家にたどり着いてすることは一つだった。
 フラン用のウエディングドレスの上に撫子からもらった琥珀のブローチを置いて。
 今のサクラには、このブローチは重すぎるから。
 そっと、真っ白い紙をドレスとブローチの間に挟み込んで。

 私はこの紙のように真っ白く綺麗じゃないけれど、最後くらい、綺麗でいさせて。
 ありがとう、せめてみんなは幸せに。

 パタン……用意していた荷物を持って部屋の扉を閉じる。撫子がドレスを受け取りに来れるように、鍵は開けたままにした。
 一歩一歩遠ざかる。振り返りはしなかった。
 ドレスの上においた白い紙。
 そこに踊る『ありがとう』の文字。
 それがここに残していく全て。

 約束を守れなくてごめんなさい。
 でも、幸せになってほしいという思いは本当だから。


 *-*-*


 楽しいお茶会からそれほど時が経たぬうちに、道は分かたれた。




   【了】

クリエイターコメントこのたびはお届けが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
ノベル、お届けいたします。
サクラ様の行く末、撫子様の帰属を知っているため別れという寂しい気持ちを持ちながらの執筆でしたが、最後のお茶会を楽しんで頂ければ幸いです。
お茶会に緋穂やエーリヒ、菖蒲も混ぜて下さりありがとうございました。
とても楽しませていただきました。

少しでもおきに召していただけると幸いです。
オファー、ありがとうございました。
公開日時2014-04-26(土) 22:20

 

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