クリエイター近江(wrbx5113)
管理番号1154-27339 オファー日2014-01-31(金) 08:15

オファーPC 三ツ屋 緑郎(ctwx8735)コンダクター 男 14歳 中学生モデル・役者

<ノベル>

 北極星号の帰還から数百年
 今、ターミナルに巨大な勢力が二つある。
 ひとつはファミリーと前館長のアリッサ。
 もうひとつは宗教団体みちびきの鐘の教主、エル。



 世界図書館のとある重要施設。会議室と会議資料の一次保管を役目とする施設のエレベーターには鍵穴がついている。
 階数ボタンのやや下あたりにあるその鍵穴に特殊な鍵を差し込んで捻ると、1Fにも関わらず階数表示の左にある下方行きのボタンが灯った。
 十数秒かけてゆっくりと降り、開いた扉の先には近代的な設備の空間が広がっている。
 頭まで覆う白衣を着て作業をしている人達の後ろを通り、とある扉をノックする。
 やや間があって、返事代わりに扉が開いた。廊下から覗き込むに、その部屋は何の変哲もない会議室である。
 その部屋に立ち入らず待っていると、やがて自動的に扉が閉まる。
 また僅かな時間を待たされて、再度扉が開いた時、今度は先ほどとは比べ物にならない程、豪奢な作りの部屋が現れた。
 要するに部屋全体がエレベーターになっており、部屋の主に許されなければこの部屋の存在を知ることもできない、そんな仕組みだ。

 来訪者に訪問を許した部屋の主は手近な椅子に座ってこちらに手をふっている。
 年の頃なら14,5歳。緑の長髪の少年である。
 この人物こそが近代のターミナルを暗躍し、様々な事件や事故、犯罪を掌握しているとされる伝説の人物。
「……エル」
「やー」
 伝説の人物、エルはわりと気さくに手を振った。
「ようこそ、僕の部屋へ」
 呆気に取られた侵入者に椅子と茶を勧めリモコンを操作して扉を締めると、エルと呼ばれた少年は髪の毛に手をやると緑長髪のカツラを脱ぎ捨てた。
「ええと、堅苦しいのはこれくらいにして。僕に用があるんだっけ? ええと、エルの方? それとも緑郎の方?」

 三ツ屋 緑郎、洗礼名『エル』
 ターミナルを裏から牛耳るとされる「みちびきの鐘」において絶大な信奉を集め、教主の座に君臨していた。
 その伝説には枚挙にいとまがない。
 かつての館長アリッサ・ベイフルックの誘拐犯として歴史の表舞台に出現し、そこから少年の伝説は始まった。

 宗教団体『みちびきの鐘』は元来ただの互助組織である。
 二百年近い時を過ごし、組織の入れ替わりが行われてきた結果、チャイ=ブレを唯一神とする宗教団体へと進化してしまったのだ。
 時は緑郎の覚醒の前後、当時の主要幹部が続々とターミナルを離れ、そこから数々の分派が樹立、内部抗争を引き起こした。
 教団、危急存亡のとき、光に包まれて現れたのがエルだった。

 とあるきっかけから緑郎は教団の幹部として迎え入れられる。
 彼が迎え入れられてから程なく、ターミナルを建立したとされる旧ファミリーの支配体制が崩壊した。
 当時の書物によると、 エルの神通力が世界樹を呼び覚まし、あらぶるチャイ=ブレを鎮めることに成功、チャイ=ブレとの再契約を為したことが原因と伝えられている。
 やがて、ロストナンバーの結束により政治団体である十三人委員会が発足すると、エルは選挙に連続出馬。
 みちびきの鐘教団の結束力を背景に幾度も連続して数々の議席を掌握。

 彼の悪名を轟かせた直接の原因も選挙にある。
 ターミナルの選挙で不利と見たエルはナラゴニアに籍を移し、ナラゴニアの『議席』を選挙によって奪い取るという離れ業を演じたのだ。
 信仰の力を利用して票をかき集めたと巷で噂が広まった。

 政治力を得た緑郎は諸派に分かれたみちびきの鐘を統一する。
 また宗教団体と互助組織の役割を両立させるため、組織化を徹底した。
 この時、抵抗勢力が数千人単位で虐殺されたと記録にある。
 無慈悲な鬼神の行動をとってみせたエルは、この後みちびきの鐘を実働的な組織へと再編、そのための予算を十三人委員会から調達し続けた。

 数百と数十の年月が過ぎる頃、エルこと緑郎はターミナルの表舞台に顔を出さなくなった。
 ある期間、選挙に不敗神話を打ち立てたほどの人物がなにゆえ身を隠したのか千差万別の噂が走り回った。
 有力な説としては三つの仮説がある。
 三ツ屋緑郎暗殺事件が未然に摘発された事件に身の危険を感じて隠居したというもの、即身仏となってチャイ=ブレと融合し世界群を統治しているというもの、権力争いの果てに幽閉されどこかの地下で発狂しているというもの。
 あるいは既に暗殺されたという話もある。
 しかし、みちびきの鐘が不可思議な組織力を見せるたび、衆目は噂する。『エル』の仕業だ、と。
 十三人委員会の敵。今なおターミナルのリーダーであるアリッサの仇敵。チャイ=ブレの遣わした救世主。
 ここまでが『エル』に関する0世界での一般的な認識だ。

 ――だがしかし。

 侵入者は確信を持っていた。
 エルは隠居をしてもいなければ、チャイ=ブレに飲み込まれてもいない。ましてや死んでもいない。
 ディアスポラ現象に見舞われロストナンバーの一員となってから今日までの間、『導きの鐘』の手となり足となり生きてきた侵入者は決して愚かではなかった。
 教団の指示は自分の直属の上司である「リーダー」から下される。しかし遡れば幹部、あるいは最高幹部の指揮である事は明白であった。
 それでも、最高幹部よりさらに上の存在の意思が教団を動かしている気配は見て取れた。記録や命令書の類にその何者かの存在が介在していることを見抜ける程度に有能であった。
 独自に調査を続けた結果、エルの存在を見抜き、そして今日、ここに立っている。
 彼こそ、エル。最高幹部にして、『教主』の権限を持った三ツ屋緑郎。





 ここまで緑郎は侵入者の独り言を黙って聞いていた。
 やがて、空気に耐えかねた侵入者が袖で汗をふいて黙り込んだあたりで、はぁぁぁっと深い息を吐き出した。
「いやまぁ、たしかに僕が緑郎だし、エルって名前もそうなんだけどさ。何の用? 出世させてくれとかお金くれとか言うのは勘弁ね」
 教団の誰もが想像しないであろう気の抜けた声で告げると、伝説の人物は片手をふらふらと振った。
「大体アポもなしで訪ねてこられても困るんだよね。誰にここを聞いたのさ、だって僕パジャマだよ? せめて時間と名前くらい伝えといてくれたらちゃんとしたカッコしとくのに。それはいいや。随分と長い口上だったけど、あれ、どっかで練習してきたの? 早口言葉の練習にいいかも知れないよね。チョコ食べる?」

 ターミナルで流行っている茸の形状をした菓子を指差し、緑郎は手元のカップから紅茶をすすった。

「そもそも、そもそも僕がターミナルに来た頃ってアリッサがまだ館長代理だった頃なんだ。それからターミナルを作ったファミリーや館長となんやかんやあって、その時かな、たしかにアリッサを誘拐したりして色々あってアリッサが館長になったんだよ。で、その後がわりと大変でナラゴニアが攻めてきたりしてね。ほら、ターミナルの外って今、樹海じゃん? あれ、昔はチェス盤みたいだったんだよ、いや、嘘じゃないってば。その戦争の後で森が樹海に変わってね。それも別に僕の仕業じゃない。その後の十三人委員会が発足したときだって、僕はほとんど蚊帳の外だったんだよ。ほんとほんと、壱番世界のモスクワに美味しいポトフの店があるからって食べにいって帰ってきたらそんなことになってたんだよ。じゃあ何で出馬したんだって? あれだってそんな気さっぱりなかったけど、誰かが勝手に出馬して勝手に当選してたんだよ。これってアイドルのオーディションでよく聞かれる言葉なんだけど、まさか自分がこんなことを言うハメになるとは思わなかったし、本当に勝手に応募されるとは思わなかったよ! 毎回毎回毎回毎回、僕は辞退するって言ってるのに結局誰かが勝手に写真と履歴書を選挙事務所に送るし、みちびきの鐘教団のみんなが僕の話を完全に無視して一票いれまくるしで、あ! 思い出した。たしか強引に出馬登録取り消したら、ナラゴニアの人が勝手に僕を転籍させて出馬させたんだよ。あの後、アリッサに言い訳するのがどれだけ大変だったか!! その後、そりゃもう怒ったよ! 教団に色々宗派があったから代表の人集めていい加減にしろって怒鳴ったら、何日かして教団の偉い人が来て組織を統一したとか、抵抗勢力を黙らせたとか……黙らせたって別にそういう意味じゃないんだってば、反対者集会の所にいって黙ってって言ったら尾ひれと背びれと胸びれまでついてそういう話になったってだけ! そしたら次の問題は……ああ、あれだ。実は教団内部で資金融通しまくってて、粉飾決算の山だったんだよ。諸派に分かれて別団体だったからバレてなかっただけで実はウソ予算の山! どうやったか分かる? 『みちびきの鐘』が『ロード・ベル』に百万貸すとするじゃん? ロード・ベルはそれを鈴々党に貸す。鈴々党はみちびきの鐘に貸す。そうすると『みちびきの鐘』も『ロード・ベル』も「鈴々党』も百万の資産を持っていることになるよね? ウソだけど。そんな事を繰り返していたから教団の財政まっかっか! で、困るのが引きこもってる人なの。僕には何の関係もないんだけど、アリッサが悪ノリして宗教による救いはターミナルに必要だとか言い出して慈善事業用の資金を教団経由でバラまくことになったんだ。そうこうしてたらある時、教団にそこそこ有能な子が入ってきてね。教主になるんだっていうから、二つ返事でオーケーしたよ。だって面倒臭かったんだもん」

 緑郎のカップから紅茶がなくなる。
 侵入者が唖然としたのは、緑郎の話したそれは自分を誇る伝説でも侵入者への警告でもなく。
 ただ、ただ、愚痴だったからだ。

「と、いうわけで普通のロストナンバーに戻ったんだけど、そりゃ一時期頑張ってたんだから依頼受けても同行者がヘンに気を使うよね! あと、昔の仲間と一緒にどっかいこうとするとそりゃもう冷やかされるよね! 何を勘違いしたか知らないけど僕に縁談持ってくる人までいるんだよ! 僕、まだ14歳だよ!? ……いや、まぁ、外見はって意味だけどさ。僕の恋愛遍歴? それは秘密。で、断るのが面倒臭いって思って色々言われるままボランティアしてたら、ターミナルの中の僕の立ち位置、どんなことになってるのさ!? 気付いたらカツラとメガネの変装なしじゃ買い物もできないじゃないか、なんでリンゴ一個買うのに拝まれなきゃいけないのさ!」

 そういうわけで、と前置きして、緑郎は椅子に座りなおした。

「別に身の危険を感じて隠居したわけじゃないし、即身仏となってチャイ=ブレと融合したわけでもない。権力争いなんかするもんか、あげるあげる。もっていけばいいよ。今ならこの地下室も一緒にあげちゃうからさ。洗剤つけるよ。……そういうわけで、僕が考えたのはね。『エル』は伝説上の人物で今もなお影からターミナルを見ている。で、僕こと緑郎は――不本意ながら変装してだけど――、今でもロストナンバーやってるってわけ」



 緑郎は傍らのカツラを手に取り、再度かぶって見せた。
 これでも演技力には自信があるんだ、と言いながら。

「で、君はそんな僕の変装とか偽装計画を見抜いて、セキュリティを突破し、自力で調査してここまでこれたってわけだ? ふぅん」
 緑郎はじろじろと侵入者の姿を眺めた後、楽しそうに笑い出した。
「いいね。ちょうどそういう人間がいたら紹介してよって言われてたんだ。誰にって? ……ま、今から紹介するからいいよね。アリッサだよ。ちょっとごたごたしてるから諜報員が欲しいんだってさ。……え、仇敵? とんでもない。確かに何百年経ってもいろいろと面倒なことはふっかけてくるけど、僕とアリッサはね……」

 ターミナルに巨大な勢力が二つある。
 ひとつはファミリーと前館長のアリッサ。
 もうひとつは宗教団体みちびきの鐘の教主、エル。

 互いにとって厄介な事は自分を牙を剥く勢力が現れること。
 その勢力が影に潜まないためには、自分と拮抗しうる対立勢力が存在すること。
 さらに、その対立勢力の長にホットラインがあれば、それは双方の勢力にとってメリットとなる。
 今、ターミナルに君臨する二大勢力の長のホットラインの秘密。それは。

「僕はね。ずっと昔からアリッサと友達なんだよ」

 ターミナルの誰もが驚く事をさらりと言ってのけると、
 緑郎はいたずらっ子の顔で微笑んだ。

クリエイターコメント こんばんは、0世界のはずれくじこと近江です。
 ああ、これを言うのも最後となってしまいました。
 近江最後の納品です、プラノベのオファーありがとうございました。
 そういえば初期に近江がやっていたタロットシリーズの最後も緑郎さんだった気がする!

 エピローグシナリオのノリで書いてたら文字数オーバーが過去最大にものになっていたり、
 過去話を書くために振り返っていたら四年間で色々あったんだなぁ、と感慨に耽りました。
 しかし、なんですね。
 最後の最後に白紙投げてくるとか度胸ありますね!!
 近江の出した結論は「その後、なぜか伝説的な人物になってしまい、なんやかんやあって一人のロストナンバーとして活躍するもののたまにメンドくさいことに巻き込まれる日々」です。
 少しでもお気に召しましたら幸いです。
 さて、これを描いている段階で提出期限の一時間前なのですが、書ける限り「みちびきの鐘」についての妄想を書こうと思います。

 ・みちびきの鐘。
 ファミリーがターミナルを建設後、ターミナルに住み着く旅人の数が二十人を越えた頃、
 ある優しいロストナンバーが、ディアスポラ現象によって故郷を失い自分をも見失った人間を助けるため、
 数人に呼びかけて作った仲良し会のようなものが発端となって結成されました。
 やがて、ターミナルの人口が増えるにつれ仲良し会は「元ヒキコモリの会」のような互助組織へと進化を遂げます。

 ディアスポラの直後、あるいは故郷を失った事で一時的にせよ錯乱し自分を見失う者は以外と多く、
 しかし『みちびきの鐘』の地道な活動もあり、ロストナンバーとして活躍する人物は増えていきます。
 やがて、互助組織は数百数千を越えるターミナル有数の組織へと変貌します。
 これが権力に関わってこないのは、あくまで互助組織だから。
 しかし、やがてチャイ=ブレの存在が知れ渡ると、開祖メンバーの一人がチャイ=ブレの研究に没頭しはじめました。
 チャイ=ブレのヲタとなった彼はたまたまカリスマ性を持っていたのです。
 彼の言葉に耳を傾け、やがて彼と同調してチャイ=ブレを崇めるようになった組織は、宗教組織へと変貌しました。

 その後、数十年の時間がながれ、哀しくも依頼の途中で死亡したり、己の故郷を、あるいは第二の故郷を見つけて帰属していくことで、
 みちびきの鐘の立ち上げメンバーや黎明期を知る中核メンバーはターミナルから去っていきました。
 新たな教義を唱えるでもなく、かと言って指標があるわけでもなく。
 みちびきの鐘は方々に分裂し、諸派が乱立しました。
 このあたりが「新世界より」執筆当時のターミナルのみちびきの鐘の状態です。

 そこからは……。
 このノベルと、エルこと緑郎さんの独白に記されております。


 と、いうことでそろそろ時間と相成りました。
 これをもちまして、近江のロストレイルの最後の納品とさせていただきます。
 また、どこかで縁がありますことを心より祈りつつ。

 皆様にチャイ=ブレのお導きがありますように。

公開日時2014-03-31(月) 23:40

 

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