オルグ・ラルヴァローグは、トラベラーズカフェの一席で、コーヒーを飲みながら時を過ごしていた。 この場所で、コロッセオでの訓練相手を待つことは、もはや日課になりつつある。 カフェはいつもながらそれなりに賑わっていて、見知った顔もちらほらあるが、皆それぞれの時間を過ごしていた。 そういう時もあるだろう。焦っても仕方がない。 そうしてまたカップに口をつけ、ゆったりと体を落ち着けた時だった。「失礼、お暇かな?」 穏やかな声が背後からかかり、オルグはそちらに体を向ける。そこには、ジョヴァンニ・コルレオーネが立っていた。「見た所、訓練相手を探しているようだが」 そうして彼は、携えた黒檀の仕込み杖をトン、と鳴らす。「ああ、まあな。じーさんが相手してくれるのか?」「君に不足が無ければな」 オルグはニッと口の端を上げ、泰然自若とした老紳士を見た。「勿論、そんなものは無いぜ。ルールはどうする?」 ジョヴァンニは穏やかに笑みを返し、その柔和さとは対照的な内容を口にする。「ルールは無用。真剣勝負じゃ」「何でもあり、ってコトか?」 それを聞き、小さく呻るオルグ。「それだと俺、炎とかも使うし、じーさん不利なんじゃ」 だが、ジョヴァンニは黒檀の杖をひょいと掲げ、軽く振ってみせる。「そう言うと思っての、ギアの能力を拡張したんじゃよ」 物腰は柔らかいが、流石に強かだ。オルグは苦笑し、頷きを返した。「それを俺で試すってワケか。上等だ、手加減はしないぜ」「望むところじゃな。まだまだ若造には負けんよ」 そして二人の好敵手は、静かに向き合う。 ◇「今回は一定時間ごとにフィールドが切り替わる。フィールドごとに作戦を変えるのも良いだろう」 無限のコロッセオの管理人、リュカオス・アルガトロスは二人にそう告げた。訓練とはいえ気を抜くな、という忠告も忘れない。「では、行って来い。健闘を祈る」 トラベルギア、特殊能力制限なしの全力勝負。 ――開始。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)=========
「若者を導くのも先達の仕事。一つ調教して進ぜよう」 コロッセオに立ち、ジョヴァンニはオルグの目を見ると、落ち着いた声音でそう言った。 「ふん、偉そうに」 (噂に違わず強かなじーさんだ、そういや親父よりも年上だったな) オルグはジョヴァンニを見返しながら、そんなことを考える。 「コンダクターのマフィアがどの程度の腕か、試させてもらうぜ」 コンダクターとて只人ではない。実際、ツーリストと見紛うような能力を発揮する者も多くいる。 「拡張したギアの能力も、お楽しみじゃな」 おどけるように杖をくるくると回すジョヴァンニに、オルグも冗談めかした言葉を返す。 「まぁアレだ、腰の心配なんかはさせるなよ?」 「ほっほっ……心配は無用。そんな事に気をとられて、自らの腰を痛めぬようにな」 「はっ、口の減らないじーさんだぜ」 二人がその様なやり取りをしていると、コロッセオに変化が現れ始めた。 微かだったその変化は次第に拡大し、周囲の空間を歪ませ、形を変えさせていく。 最初に現れるのは、果たしてどちらのフィールドか。 オルグとジョヴァンニは、静かにその時を待つ。 1.EDEN 気がつけば、周囲は美しい庭園だった。 青々とした木々が形良く並び、色とりどりの薔薇が咲いている。花びらの形をした地面の遥か先には、ドームのようになった白い壁が見えた。 迷い子を迎え入れるかのように両の手を広げた大きな女神の像は、白く艶やかな石で出来たテーブルを見下ろしている。 最初に現れたフィールドは、【エデンの航海士】。 これから戦うはずの二人は、まるで仲良くお茶会をするかのように、向かい合って座っている。 (テーブル挟んで椅子に座った状態で始まるって、変わった決闘だな) オルグがそんな感想を抱いていると、どこからか教会の鐘のような音が響いた。 戦闘開始の合図だ。 オルグは足を乗せてあった椅子の座面を蹴って後方へと跳び、ジョヴァンニとの距離を取ってから、手をかざす。放たれた黒い波動は周囲の植物を巻き込みながら黒い炎へと変わり、ジョヴァンニの方へと向かった。業火は唸りを上げて波打ち、獲物へと襲いかかる。 (まだだ!) あくまでこれは牽制。炸裂する黒炎を前に、トラベルギアの双剣を振るう。生み出された光の刃は闇の中を縫うように走った。 炎が収まりを見せた後には、相変わらずのジョヴァンニの姿がある。オルグの攻撃を、女神像を使って防いだのだ。何も壊れないこのフィールドでは、オブジェは強力な盾となる。巻き込まれていたはずの植物たちも、生き生きとした様子を見せたままだった。 「流石にこの程度じゃ何ともねーみたいだな」 そう言って鼻を鳴らすオルグに、ジョヴァンニは穏やかに笑んでみせる。 「儂とて伊達や酔狂で修羅場はくぐっとらんからな」 彼から視線は外さぬまま、オルグは再び背後へと跳び、そのまま広場の端へと向かって駆けた。その足元へ這い寄っていた蔦が、鞭のようにしなりながら彼を追う。 オルグは『エデン』を相手に優位なフィールドとして考えていたため、植物の魔法には特に注意を払っていた。その動きは予測済みだ。 だが、スピードを増す蔦を振り切ったと思った直後、別の方向から襲い掛かってきた蔦に足を取られそうになり、体のバランスが崩れる。彼は地面へと片手をつくと、そのまま宙へと舞った。それを引き止めるかのように、蔦がするりと伸びる。 ――しかし、僅かに届かない。 オルグは空中で体を器用に回転させながら、水の上に浮かぶボートの一つへと降り立つ。ボートは衝撃に揺れたが、彼の優れたバランス感覚はそれをものともしない。 彼は再び二刀の剣を構え直すと、ジョヴァンニの方を見る。 「来いよ、じーさん」 そして再び放たれた光の刃は、植物の結界で防がれた。オルグの挑発に、ジョヴァンニは静かな表情を向ける。 戦いは、そこで膠着状態を迎えた。 オルグとしては、出来ればボートの上での接近戦に持ち込みたい。そもそもがこのフィールドでは無茶をせず、ステージが変わるまで凌ごうという姿勢でいる。 ジョヴァンニとしても、わざわざ地の利を放棄してまで、オルグの誘いにのる謂れもない。 お互いに相手の隙を窺いながら、時間だけが過ぎていった。 波の立たない鏡のような水面でボートは立ち止まり、木々や美しい薔薇が風にそよぐこともない。 そんな中、漂ってくる濃厚な香りだけが、やけにリアルだった。 やがて、周囲がにわかに明るくなり始め、このフィールドに来た時のように、周囲の空間が歪みを見せ始める。 美しい庭園も、水も、ボートも、最初から何もなかったかのように姿を消し、瑞々しい色合いは失われて、乾いていく。 二人は、再び身構えた。 2.WASTELAND 辺りは見渡す限りの赤茶けた大地だった。 二人は背中を向けた状態になっているため、まるでこの世界にただ一人放り込まれたような気分になる。 その景色を見て、オルグは故郷のことを思い出していた。流石に、ここまで何もないところではなかったが、どことなく似たような雰囲気がある。 そして【果てなき荒地】にも、戦闘開始の鐘の音が流れた。 オルグは振り向きざまに、鈍い金色に輝く二本の炎の剣でジョヴァンニへと切りかかる。 ジョヴァンニも仕込み杖を抜き、それを迎え撃った。杖には美しい薔薇が這い、武器というよりも、さながらオブジェのようだ。 息もつかせぬほどの速さで斬撃を繰り出すオルグに、こちらも見事な身のこなしで対応を見せるジョヴァンニ。距離が空こうとすればオルグがすぐに追い立てるために魔法は使いづらく、光る刃と暗い刃の激しいぶつかり合いが続く。 「ほっほっ、若い者はすぐに血気走っていかん」 「オオカミの戦術ってヤツだ」 今度は先ほどのフィールドのように、遮るものや隠れられる場所は何もない。方向や距離感覚が狂いそうになるほどの広大なその中にあるのは、ただくっきりと分かれた天と地。 ならば執拗なまでに追い立て、仕留めるのみ。 荒地に戦いの音が次々と放たれ、風に飲み込まれていく。 「青年よ、君は何故強さを求める?」 「さぁな!」 オルグの振るうのは、刀身に触れるもの全てを焼き尽くす業火の剣。 けれどもジョヴァンニが操るのも、物理的のみならず、霊的な存在をも不可視の刃で切り裂く特製の仕込み杖だ。 そしてこの戦いは、オルグの若き力に溢れた剣術と、ジョヴァンニの老巧な技の対決でもある。 「強くなって何とする?」 今度はジョヴァンニの方から打って出た。オルグの剣を弾いたその動きから流れるように、仕込み杖の刃を前へと滑らせる。 「口の減らねぇじーさんだな! 随分と余裕じゃねぇか」 オルグもそれを右手の短剣の力で抑え込むようにし、出し抜けに足払いをかけた。そしてジョヴァンニがそれを避けた隙に、左手の長剣を突き出す。 その動きをジョヴァンニの薔薇の結界が阻む。ならばとオルグは結界を炎で焼き尽くし、再び間合いを詰めて行く。 「儂が思う強さとは己を律し高めるもの……他をねじ伏せる暴力とは違い、己の内にあるものの呼び名じゃ」 「はっ! まるでこの勝負には興味ねぇみてーな言い方だな!」 オルグが生み出す剣の動きは、黒檀の杖から伸びる刃に受け止められる。それは速いというよりも、的確で無駄がない動きだった。 「勝敗とは目先の駆け引き。強さとは自覚し、掴み取るものじゃ」 「今はそんな問答は関係ねぇ!」 言って踏み込んだ足は地面を抉る。もうもうと舞う土埃の中に、オルグの剣の輝きが力強い軌道を描く。 「どうかな。関係あるかもしれん」 荊の鞭がそれを遮るように出現し、一本は剣に、二本はオルグの体を左右から挟みこむように狙った。 「こんなもん――!」 だが、鞭は炎によって焼かれ、灰となって崩れ落ちる。 さらさらと風に流れる灰に紛れ、ジョヴァンニの仕込み杖が閃く。しかしオルグの反応速度は速い。刃は彼の皮膚を浅く切ったが、大した傷にはならなかった。 攻撃が終わった後、次の動作へと移る僅かな間。 オルグの感覚はその瞬間を敏感に嗅ぎ付け、体は自然と動く。ジョヴァンニも対処しようとしたが間に合わず、彼の体はオルグの体当たりによって、構えた仕込み杖ごと吹き飛ばされた。 「ぐふっ」 背中から地面へと投げ出されたジョヴァンニは、肺から空気を漏らし、痛みに顔を顰める。だが、そこで終わる彼ではない。即座に体を横へと転がし、素早く立ち上がった。 それでも、それは大きな隙となる。オルグの剣がそれを捉え、大きなダメージを負わせる――はずだった。 しかし、剣は虚しく宙を切る。 ジョヴァンニは肩で大きく息をしながら、仕込み杖を再び構えた。 荒い息遣いが、何もない荒地に大きく響く。耳元で聞こえるかのようなそれが、自らの呼吸の音だということに、オルグは気づいた。 「な……んだっ」 体がやけに重たい。振りかぶる剣は重く、足を一歩前に出すのすら億劫に感じる。 「美しい薔薇には棘がある」 やけに遠くから聞こえる、ジョヴァンニの声。 「まさかっ……!?」 オルグの視線はジョヴァンニの顔から、薔薇を纏った仕込み杖へとゆっくりと移った。 「てめぇっ……!」 拳を握り締め、足を前へと動かす。振るった煌く炎の剣は、あと少しジョヴァンニには届かない。 「これは手加減なしの全力勝負じゃろう?」 ジョヴァンニはいつもの穏やかな表情で、そう告げる。 「実際の戦闘は、必ずしもフェアではない。敵が卑劣な手段を使わんという保証もない」 オルグはここでは癒しの白炎は使わないと決めていた。決闘で回復は邪道だという信念からだ。 開きかけた掌が、ぎゅっとまた握られる。 「――くそっ!」 彼は渾身の力を振り絞り、すでに感覚が麻痺している足で地面を蹴る。ジョヴァンニの腕に喰らい付き、骨を噛み砕く気で強靭な顎に込めた力は、しかしそれには及ばなかった。 血の味を感じながら、彼の意識は遠ざかる。ジョヴァンニの腕にぶら下がったまま、彼は動きを止める。 「やれやれ。見上げた精神力じゃな」 ジョヴァンニは溜息をつき、ほっとしたようにそう呟いた。 ――そして、戦闘終了の鐘が鳴る。 ◇ ◇ ◇ 「オルグ君、君は未熟だが素晴らしい戦士じゃ。なればこそ、見聞を広めたまえ」 帰路についた二人は、いつものように賑やかなターミナルをゆっくりと歩いた。 戦いの後、コロッセオ併設の医務室で少し治療は受けたが、オルグの白炎もあったので、二人とも殆ど普段通りの姿になっている。 「はん、偉そーに!」 諭すように言われてそっぽを向いたオルグに、ジョヴァンニは笑った。 「勝者に敬意を払って、話くらい聞いても良いじゃろう」 「あんなのは――」 言いかけ、オルグは言葉を濁す。 「……ま、じーさんは強かったよ。それは確かだ」 負けは負けとして、認めねばならないだろう。 それに、この老練の戦士が、目の前の勝ちに拘った訳ではないのは理解している。 ロストレイルで向かう様々な世界。そして、世界樹旅団。 次いつ起こるか分からない戦いの中で、敵がどのような戦いを仕掛けてくるのかはわからない。 「目指す背中があるからな」 ふと漏らした言葉に、ジョヴァンニは彼を見た。 「強くなる理由ってヤツだ」 オルグはそうして、遠くを見る。憧れて今も追い続けている、強く優しい英雄の背中。 「様々な強敵と出会い、戦い……そうやって成長を続ければ、目指す背中とやらに追い付けるかもしれんな」 彼の視線の先を何気なく追い、ジョヴァンニは言った。 今日の戦いもまた、一つの経験となるだろう。その積み重ねは、知らぬ間に若者を高みへと引き上げていく。 「内にある、己を律し高めるものか。一応覚えておく。……だが、次は勝つぜ」 「望むところじゃな」 ニッと笑ったオルグに、ジョヴァンニは片目を瞑って応えた。
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