オープニング

「おねえちゃん、お土産!」
 以前夢浮橋の暁京を訪れた南河昴は、意匠がお揃いの桜と藤の簪を購入していた。それを姉である天倉彗へと渡す。
「ありがとう」
 彗は箱を開けて中を眺める。桜の花飾りに少し、表情が緩んだ。
 向かいに座る昴が手に取った藤の簪と意匠がお揃いであることに気がついて、柔らかに目を細める。
 大切な妹からのお土産。
 お土産は簪だけにとどまらず、昴が見てきた夢浮橋での出来事や、市の様子、大道芸や演劇、本や絵巻物にまで広がって。
「素敵なところだったのね」
 のんびりとではあるが饒舌に語る昴を見て、ぽつり零された彗の言葉。その中に興味の色が見え隠れしていたことを、昴は見逃さなかった。

「じゃあ、今度は一緒にいこう。おねえちゃん」




 *-*-*



 行こうと決めてからは早かった。
 昴は夢幻の宮に聞きこんで、まだ紅葉が見頃の場所があるとわかったのでそこへと目的地を定めた。
 世界司書の紫上緋穂に振袖を借りると同時にチケットも発行してもらい、お土産を頼まれたりもして。
 夢浮橋行きのロストレイルに乗り込んだふたりは、振袖を纏い簪をつけていた。

 昴は白を基調とした振袖。裾と袖の下に行くほどに、濃いピンクのグラデーションになっている。白やピンク、薄紫の花が散らされていてまるで花吹雪を身にまとっているようだ。簪は勿論、藤。
 彗はクリーム色を基調とした振袖。昴の振袖と同じく裾と袖の下に行くほどに、濃いピンクのグラデーションになっている。ピンクや濃い紫色の花が散らされていて、ぱっと見には昴とおそろいに見えた。簪は勿論、桜。
「たのしみだね、おねえちゃん」
「ええ」
 頭を動かすごとに簪が鳴くシャラリとした音もお揃い。
「紅衣川(くれないがわ)の紅葉が素敵なんだって。川にそって道があって、その道にそって紅葉があって。紅葉の道が続いているらしいよ。途中に小さなお茶屋さんもあるから、一休みも出来るね」
 嬉しそうに語る妹を見ているのが心地よくて、彗は相槌を打ちつつ昴の顔を眺めていた。




※このシナリオは『【闇花繚乱】』以前の出来事として扱います。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
南河昴(cprr8927)
天倉彗(cpen1536)

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品目企画シナリオ 管理番号3087
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。
遅くなってしまい、申し訳ありません。
夢浮橋の紅葉狩りへようこそ。
ご案内するのは、紅衣川(くれないがわ)という紅葉の名所です。
川にそった道を歩きながら、紅葉と川のせせらぎをお楽しみください。

・施設
 小さいですが、紅葉狩りの季節だけ開店するお茶屋さんがあります。
 いろいろな和菓子とお茶が楽しめます。

・ハプニング
 迷子、捨て猫、スリ、怨霊、物の怪など、ハプニングをご希望でしたらそれへの対応をお書きいただければと思います。
 特にご希望がない場合は軽いハプニング(例:落し物をする、鼻緒が切れる)以外は入れない方向で参ります。

・紅葉の道の先
 お茶屋を過ぎて紅葉の道をゆくと、終点には紅葉がたくさんの神社があります。
 こちらに辿り着く頃には日が落ちているでしょう。
 灯りは借りることができますが、遮るもののないところで星空を眺めるのもいいかもしれません。
 女人ふたりで真っ暗の中帰すのは物騒だということで、泊めてもらうこともできます。

 それでは、姉妹でゆっくりと時をお過ごしくださいませ。

参加者
南河 昴(cprr8927)コンダクター 女 16歳 古書店アルバイト
天倉 彗(cpen1536)コンダクター 女 22歳 銃使い

ノベル

 さらりさらりと風に吹かれて鮮やかな紅色をした紅葉の葉が揺れる。葉ずれの音と川のせせらぎが聴覚を撫でていった。
「くれないがわ、って素敵な名前」
 にこにこと笑顔で川面を彩る紅葉を見つめながら、南河 昴が呟くと「そうね」と隣を歩く天倉 彗が頷いた。ご機嫌な昴を見ると、彗もなんだか嬉しくなる。
(おねえちゃんと一緒にまた、夢浮橋に来れるなんて)
 チラッと隣りにいる姉を確かめるように盗み見る。シャラリと頭に揺れる簪は昴がプレゼントしたものだ。
「着物と簪、よく似合うね」
 自分の贈ったものをこうして実際に付けてもらえるというのは、なんと嬉しい事だろう。胸がいっぱいになって、にこにこ笑顔が湧いてくる。
「昴こそ」
 着物なんて何年ぶりだろう――記憶を手繰れば覚醒前、成人式に着たのが最後だ。彗は桜のモチーフなど自分には可愛すぎやしないかとこそばゆい、というか少々気恥ずかしかった。けれども昴が選んでくれたもの。だから、嬉しい。
 昴越しに川面を眺めれば、はらはらと木から巣立った紅葉の葉が水面という船に辿り着き、そして寄り集まって川をゆらゆらと行く旅を始めていた。集って流れるさまはまるで――
「天の川みたいね」
 紅葉は星、水面は夜空。星が集まって川のようになる。それはさながら地に浮かび上がる天の川。彗の呟きに昴は弾かれたように振り返った。
「本当だねぇ~!」
 関心したようすを声に出して、昴はこっそりとカメラを取り出し、道を行く地元の人達に見られないようにしながら紅い天の川を写真に収める。この世界では機械類はあまり発達しておらず、存在はしていても国の上層部が普及しないように制限をかけているというから、カメラが見つかったら人目を引いてしまい、悪影響を与えてしまうかもしれない。だから、こっそりと。
 それでも嬉しそうに川面や空を背景にした紅葉をパシャパシャと撮影していく昴。そんな昴を視界に収めながら、彗は大きく息を吸い込んだ。ひんやりとした空気、排気などで汚れていない新鮮な空気が彗の肺を満たしていく。普段は妹と天体と戦闘以外への興味が薄い彗だったが、昴の話を聞いている内にふと、この世界の世界観に惹かれたのだ。
 ぐるり、あたりを見回す。ここでは時間がゆっくりと流れているような気がした。
「おねえちゃん!」
 昴に袖を引かれ、視線を戻す。昴はきょろきょろと、近くに人がいなくなったのを確認しているようだった。
「カメラを見て」
 ぐい、と腕を引かれてほっぺたがくっつけられる。身体と身体を寄せあって昴の示した方を見ると、カメラのレンズがこちらを向いていた。昴が腕を伸ばして、頑張ってカメラとの距離をとっている。いわゆる自撮りの構図だ。
「いくよ」

 パシャリ。

 シャッターの降りる音が聞こえ、昴が彗から身体を離す。カメラを嬉しそうに抱えた昴は、彗と視線が合うと嬉しそうに笑った。
「おねえちゃんと二人の写真、ほしかったんだ」
「……そう」
 言葉だけで見れば素っ気ないけれど、少し、表情が緩んだ。
「この道はまだまだ続いているみたいだね」
 こんなにたくさんの紅葉、すごいね――ガイドは昴に任せ、彗はそれを聞きながら歩く。
「あ……」
 紅葉と川と彗と……きょろきょろとせわしなく視線と首を巡らせながら彗の一歩前を歩いていた昴が不自然にバランスを崩した事に気がついたのは、恐らく当の昴より彗の方が先だろう。
 タンッ……一歩前に出した足で地を踏みしめて、傾いた昴の身体の前に腕を差し出す。ぐっと腕に力を入れて昴の身体を抱きとめて支える。
「あっ……!」
 昴が自分が転びそうになったことに気がついた時、彼女はすでに彗の腕に抱きとめられていた。長い袖が、その余韻を感じさせるように揺れている。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう、おねえちゃん」
 普段みたいに動きやすい格好じゃないの忘れてた、昴は笑う。
「ゆっくりでいいわ、行きましょう」
 そっと、並んで歩き出す。
 さらさらという葉ずれの音が川の流れと重なって聞こえる。
「……おねえちゃん」
 小さな呼びかけと、袖を引く感触。視線を動かせばちょっと遠慮がちな昴の瞳と合う。
「……いい?」
 転ばないように袖を持っていたいのだろう。頷きかけて彗はふと考える。それならばもっといい方法があるではないか。
「この方が安全よ」

 ぐいっ……きゅっ。

「!」
 彗の着物の袖から引き剥がされた昴の手は、そのまま彗の手に繋がれて。ひんやりとした指が、昴の手から熱を奪っていく。
「お、おねえちゃん!? いいの?」
「転んでしまわないか心配なのでしょ?」
 手を引いてもらうなんてまるで幼子のようだけど、向けられた姉の視線が暖かくて昴の心が踊る。
「うんっ!」
 頷いて笑みを広げて、足音を合わせながら紅の道を歩いてゆく。


 *-*-*


 そのお茶屋さんはひっそりと佇んでいた。間もなく見頃を終えるだろう紅葉の間に溶けこむようにして、葉が紅色に染まる期間だけ営業をしている。紅葉の見頃が終りに近いからだろうか、他に客はいないようだ。
「少し休んでいきましょう」
 ここまでも何度かつまづき、転びそうになった昴を見て彗が提案すると、慣れない着物に少し疲れた様子の昴は快諾して。店先の長椅子に一番に腰を掛けると早速おしながきに目を通し始めた。
「あらあら可愛らしいお嬢さんたちだこと。どこかのお姫様がいらしたかと思ったわ」
「え、お姫様みたい、かな」
 客の気配に奥から姿を現したおばあさんは人の良さそうな笑顔を浮かべて二人に近寄ってくる。彗も昴の隣に腰を下ろし、お品書きを見つめる。
「お茶二つと……」
「おばあさん、あとぜんざい二つねっ」
 彗の言葉を遮って注文を決めてしまった昴。だが怒りなど湧いてくるはずもなく。楽しみだね、と笑顔を浮かべる昴に息をついた彗もそうね、と返した。
「おねえちゃん、なにか探してるの?」
 ぜんざいを待つ間視線を動かしている彗に昴は目ざとく気がついて。隠すことでもないから、彗は素直に目的を口にする。
「紫上さんへのお土産になるような物を売っていないかと思って」
「あっ……そうだね、振袖貸してもらったし、お土産頼まれたもんね」
「ええ」
 昴も一緒にきょろきょろと店内に視線を走らせる様子に、お茶を運んできたおばあさんは不思議そうに問う。
「あらあら、お茶屋がそんなに珍しいかね?」
「いえ」
「あの、お土産を探してるんです。ここではなにか売ってませんか?」
 昴が尋ねれば、湯のみをそっと二人の隣に置きながら、おばあさんは微笑んだ。
「それならちょっと待っててね」
 空になったお盆を手に足早に奥へ引き返すおばあさんを見守って、そして二人で顔を見合わせる。湯気とともに近寄ってくるお茶の香りがとても心地よい。
 しばらくして戻ってきたおばあさんは、行李を抱えていた。空いている長椅子にそれを置き、二人を手招きする。
「これね、お客さんの多い時期には店頭に出しているんだけど」
 おばあさんがゆっくりと蓋を開けると、中には色々なものが詰まっていて。
「わぁ……」
 思わず昴の口から声が漏れた。
「お土産に買って行ってくれる人が多いんだよ」
 覗きこめばひとつひとつ薄葉紙に包まれた、目に楽しい紅葉を模した干菓子や、紅葉の刺繍の入った袋に収められた色とりどりの金平糖、着物の布を使っているという巾着袋に紅葉の色と形をしたろうそくなど。
「おねえちやん、すごいね、いろいろあるよ! どれがいいかなぁ」
 最盛期にはもっと種類も量もあるのだろうが、今の時期はこの行李の中の物が全部らしい。あれこれ手にとって目移りしている昴の横で彗は「それ」を見つけた。行李の隅に一つだけあったそれは最後の一つなのだろう。迷わずに手を伸ばす。
「お、おねえちゃん、決めたの?」
 昴が彗の手元を覗きこむ。彼女が手にしていたのは紅葉を閉じ込めたような手漉きの和紙を利用した栞だ。厚めに漉いてあるのだろう、しっかりとした作りになっている。
「それ……」
「これは、昴に」
「!」
「貰ってくれるかしら?」
 こくこくこく、勢い余って何度も頷いてしまった。嬉しい。
「ありがとう、おねえちゃん!」
 思わずぎゅぅ、と彗に抱きつく昴だった。


 *


 結局緋穂には紅葉の干菓子をいくつかと、金平糖を数袋買い求めた。行李をしまいに行ったおばあさんが、今度はぜんざいを運んできてくれて。
「あたたかいー」
「甘い香り」
 お椀を両手で包むように持つと、熱が指先から身体にめぐり始める。
「んふ」
「はふ」
 火傷しないように気をつけながらいただくと、甘さと暖かさが身体中に染み渡っていく。そして、記憶を刺激する。昴の記憶にあるのは、両親がいた頃、毎年実家で正月休みに作ってもらったというもの。
「なぜ、ぜんざいなの? おいしいけれど」
 ぽつり彗に問われて、答えるまでに一瞬の迷い。
「なんとなくね、おいしかった以外に、幸せだった思い出があるの」
 口から滑り出たのはそんな、言葉。偽りではないけれど、心の中に浮かび上がった確信は言葉に乗せず。
(だから、おねえちゃんとも一緒に食べたはず……)
 それは、根拠が薄い確信だから。
「そう」
「……うん」
 そう言ってぜんざいを口に運ぶ姉の横顔からは特に目立った反応は感じられなくて。
 けれども今、一緒に過ごしている時間を慈しむようにしてくれているのは分かったから、昴も頷いてぜんざいを口に入れた。


 *-*-*


 カサリと落ち葉を踏みしめながら並んで歩く。木から離れた紅葉が道を彩り、まるで緋毛氈が敷かれているようだ。
 昴の希望で買い求めた三色団子を包んであった葉から取り出し、二人で食べながら歩く。この道をあと半分ほどもゆけば、神社にたどり着けるらしい。
「おいしいね」
「ええ。串を咥えたまま転ばないように気をつけて」
 昴の動きに気をつけつつ、彗も団子を口に入れる。優しい甘さと弾力が、口の中に広がって悪い気分ではない。だが、そんな気分を害する存在に彗は気がついてしまった。
 前方から着物のたもとに両手を入れた男が小走りで近づいてくる。道中を急いでいるだけに見えるが、チラチラと時折こちらを見ていた。隙のない身のこなしがただ者ではないと感じさせる。
「昴、こっちに」
「え?」
 男はこのまま行けば昴の横を通り抜けていくだろう。彗は昴と位置を交代し、昴の身体を道の端に寄せる。こうすることで昴は紅葉の並木と彗に挟まれることになり、男は昴の横を通り抜けることはできなくなった。
「……」
 一瞬だけ、男が表情を変えたのを彗は見ていた。
 それまでまっすぐ歩いてきていたのに、人を避けるわけでもなく急に昴に近づいてきたらそれこそ不審だ。それはあちらもわかっているらしく、丁度彗とぶつからずに何とかすれ違える距離まで自然に近づきつつ、歩いてきている。
「昴、残りあげるわ」
「いいの?」
 まだ団子が刺さった串を昴の手に押し付けて、彗は「その時」に備える。男との距離が、だんだんと近づく。それこそ相手の表情もつぶさに感じ取れるくらいに。
 3……2……1……。
「おっと……」
「!」

 パシンッ

 どんっと彗の身体に衝撃が走る。それとほぼ同時かそれよりも早く小さな乾いた音が上がったが、それは男の声にかき消された。そして男の声は、彗の懐に伸ばした手を叩かれたことに気がついて言葉を切った。まさか着飾った女性がスリの動きを見抜いて手を叩き落とすなんて思わなかったのだろう、おとこが向けた驚愕の表情。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。ぶつかっただけだから」
 心配そうな昴の声に答えた彗の視線は男の瞳に向けられている。感情の薄い視線は、背筋を冷たい指先でなで上げられたかのような錯覚を起こさせる。
「行きましょう、昴」
「す、すいやせんっ!」
 彗は視線を昴に戻し、優しく背を押す。視線が外されたことで硬直から逃れた男はじわじわと広がった恐怖に耐えられなかったのか、ぞんざいな謝罪の言葉を残して走り去っていった。少し走った先で、足がもつれて転んでいるかもしれない。
「怪我してない?」
「平気よ」
 大げさにして昴にいらない心配をかけさせたくない。それに折角のいい思い出を汚されたくなかったから。 
「だんだん日が落ちてきたね」
 紅葉の合間から夕日が覗いて、一面が紅色に染まっていた。


 *-*-*


 たどり着いた神社には紅葉がたくさんあって、紅色に埋もれて見えた。ちょうど社務所を締めるところだったらしく、二人に気づいた巫女さんは二人の参拝が終わるまで待っていてくれるという。
「『紅衣川には媛神様が住んでおられ、その媛神様を祀っているのが当神社です。紅衣川が紅く染まるのは、媛神様が人の前に姿を現すために衣を着替えているからと伝えられています』……へぇ」
「神様かぁ」
 神社について書かれた立て札を読み上げから、二人は参拝を済ませて。社務所へ戻ると巫女さんにお礼を告げ、販売物を見せてもらった。
「紅葉柄のお守りかわいいね。おねえちゃんとわたしの分と、もうひとつは緋穂さんの分」
「これもお守りかしら?」
 よく見られるお守り袋を3つ手にした昴の横で彗が手にしたのは、紅葉のような紅色の石がついた根付だ。白い組紐に紅い石はよく目立つ。
「はい。そちらは身を守るお守りですね。持ち主の危険を少しずつ吸い取っては白い組紐がだんだんと黒くなっていきます。御役目を終えると、組紐から石が外れると言われています」
「そう。じゃあこれを一つ」
 巫女さんの説明を受けて、彗はこの根付を買うことにした。もちろん自分のためではなく、昴のためだ。あとで渡そうと思う。
「おねえちゃん、はい、お守り」
「ありがとう」
 笑顔で差し出す昴からお守りを受け取り、そっと撫でる。織り込まれた柄がもたらすザラリとした感触がそれらしい。
「あの、お二人共、これから来た道を戻られるのですか?」
「うん、そのつもりだったんだけど……」
 巫女に問われ、昴は答えるが、視線はかなり沈んでしまった夕日へと。
「もう暗くなりますし……どうしてもとおっしゃるならば提灯をお貸しすることも出来ますが、夜道は危険ですから、よろしければうちにお泊りになりませんか? この裏手が住居になっているんです。なんのお構いもできませんが……夕食はご用意させていただきますので」
「でも」
「迷惑じゃないですか?」
 問えば巫女は朗らかに笑って。
「時々こうしてお客様をお泊めするのが私達の楽しみなのです。どうぞお気になさらずに」
 こう言ってくれるのだからあまり断っては失礼に当たるかもしれない。それに……このままこの旅行を終わらせるのはなんだか寂しいような、もったいないような気がして。二人は顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。


 *-*-*


「きれいー」
 夕食を御馳走になった時に星が見たいと告げると、穴場だと教えてもらえたのは神社の裏手だった。紅葉の木々から少し離れるとも、遮るもののない星空に出会えた。セクタンのアンタレスの緑のしるしを使い、迷わないようにしつつ二人はそこにたどり着いていた。
「壱番世界の星空よりぜんぜんきれいだなぁ」
「この世界は空気が綺麗だから」
 両手を広げてくるくる回りながら星を眺める昴。回りすぎてふらりとよろけた彼女を支えて彗は微笑む。
「壱番世界の星座と同じものもあるけど、違うものもあるみたい」
 草原に腰を下ろすと、露の降りた草から青くさい香りがした。行きに街中の書店で見つけた星座の本を昴は広げる。荷物になるから後にした方がいいんじゃないと彗は言ったのだが。
「役に立ったね」
「そうね」
 自慢というよりも純粋に嬉しそうに言う昴が可愛くて、愛おしい。
「あ、あそこにもみじ座があるよ!」
 提灯の明かりを使って本の図形と空の星を見比べる昴。彼女の視線を追って星座を探す彗。
 二人でいくつか星座を探して、語り合って。果たすのは、以前交わした約束。様々な世界に星を眺めに行く、と。
「次はどこへ行こうか?」
 昴は彗の顔を見上げる。
「そうね、どこがいいかしら」
 自分を見つめる彗。
「どんな世界でも一緒にいこうね」
「……ええ」
 帰り道、昴の方から彗の手を握った。
 帰り道に彗がいなくならないか、昴は未だに少しだけ不安なのだ。けれどもその不安を振り払って、明るく振る舞う。
 そんな昴を優しく見つめる彗は、昴の抱えている不安に気がついているのかもしれない。


 星を辿って、行こう。
 どこまでもいっしよに、行こう。



      【了】

クリエイターコメントこのたびはオファーありがとううございました。
大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
お待ちいただき、感謝しております。

夢浮橋への旅、いかがだったでしょうか。
オープニングで軽く書いただけの緋穂へのおみやげも気にして下さり、感謝してもし尽くせません。
お二人の旅を、よきものに出来たことを祈りつつ……。
重ねてになりますが、ありがとうございました。
公開日時2014-02-19(水) 21:40

 

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