クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-27323 オファー日2014-01-30(木) 22:17

オファーPC シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)ツーリスト 女 19歳 発明家

<ノベル>

「そう……か、おめで、とう……」


 自分の発した声がとても遠くで聞こえた気がした。
 その言葉には内容に沿った感情など籠められておらず、ただ空虚さのみが内在していることを、自分自身が一番よく知っていた。
 そしてそれが、幸せいっぱいの彼女に伝わらないことを、ただただ願うのみだった。


 *-*-*


 きっとひどい顔をしている。だから用事があると言い訳をして、すぐに彼女と別れた。本当だったら彼女のお茶と持参したお菓子で時間の許す限り話に花を咲かせているはずだった。
 でも、彼女が悪いわけじゃない。自分のことを親友だと思ってくれているからこそ、一番に報告してくれたのだろう。……きっと、一番だったと信じている。だから、悪いのは自分だ。報告を受けて最初に浮かんだ感情が『祝福』でなかった自分が悪いのだ。それはわかっているが、今の自分には彼女を祝福できそうにないこともわかっていた。
 彼女の元を飛び出してシュマイト・ハーケズヤが向かったのは、ロストレイルの発着場だった。発車待ちのロストレイルが居るのを見ると、行き先も確認せずに自腹でチケットを買い求めた。誰にも今の顔を見られぬように帽子を目深に被り、ロストレイルに駆け込む。飛び乗った車両に他に客がいないことにほっと胸をなでおろし、4人がけのコンパートメントの窓際へ腰を下ろした。
 アナウンスが流れ、列車が動き始める。だがそのアナウンスもまたシュマイトの心を捕らえることはできず、彼女は行き先を知らぬままだ。
 行き先はどこでも良かったのだ。ただ、彼女と離れたかったのだから。気持ちの整理をしたかったのだ。きっとひどい顔をしているから、見られたくなかった。彼女の幸せに水を差したくない思いはある。
 こんなこと初めてだった。彼女から離れたいと思うなんて。でも、今は、どうしても――……。
 ふと窓の外に視線を移せばそこはディラックの空。星のような光が尾を引いて、無数に降り注いでいる。
(……雨のようだ)
 つ、とシュマイトの陶磁器のような頬を雫が伝う。
 心の中がぐちゃぐちゃとして自分でもよくわからない。
 とにかく、どこかへ行ってしまいたかった。


 *-*-*


 停車したロストレイルを降りると、降りた先も雨空だった。今にも降り出しそうな空模様は、泣き出しそうなシュマイトの心に似ていた。足早に入った建物は小さな駅で、路面電車のような小さな車両の電車が止まっていた。
 行き先など決めていない。だから終点までの切符を買って乗り込んだ。
 ガタン、ガタン……心地よい揺れがシュマイトを襲う。この電車は敷かれた線路の上を走ってはいるが時折舗装された道路の上をも走って行く不思議な電車だった。線路が一本しかない部分があるのか、時折反対方向へ向かう電車を待ち合わせることもあった。そんなゆったりと余裕を持った雰囲気が、余裕のないシュマイトの心を少しずつ癒していく。
(海か……)
 途中から電車は車の走る道路と並走して走り始めた。道路の向こうに海が見える。シュマイトの座った座席の対面の窓すべてが海で埋まる。
 ぽつり、ぽつり……降りだした雨が窓ガラスを叩き、海は雨色に染まっていく。

 ――鎌倉高校前ー、鎌倉高校前ー。

 何故そこで降りようと思ったのか、良く分からない。ただ、もっと近くで海が見たかったのだ――そんな気がする。
 停車した電車から降り、改札へと向かう。傘など持っていなかったがそんなことどうでも良かった。雨粒が紫色の綺麗な服にぽたりぽたりと染みとなって吸い込まれていく。ふらり、ふらりと海に引き寄せられるようにシュマイトは海岸へと降りた。
 雨水を吸い込んだ砂にブーツの底が沈む。歩きにくいことこの上なかったが、今のシュマイトにはそんなこと瑣末な問題で。転ばないようにバランスを保ちながら波打ち際に辿り着いた時は、雨粒はだいぶ大きさを増していて、頬に落ちればまるで涙を流しているようだった。
 ザザー……ザザザザー……寄せては返す波の音がやけに大きく聞こえる。昏い青色の海はまるで今のシュマイトの心のようだ。
「何故だ……」
 それは答える者のいない問い。ちらつくのは頬を染めた彼女の笑顔。彼女が幸せだと自分も嬉しいはずなのに、今回ばかりは素直に受け入れられないのだ。
 彼女に恋人ができたと聞いた時、最初に浮かんだ感情は祝福ではなく――取られる――そんな危惧と不安と。
 明るく誰からも好かれる彼女が自分だけのものではないことはわかっている。彼女には知り合いも友達も沢山いて。けれども彼女が自分を大事にしてくれていることがわかっているから、シュマイトはそれで十分だった。なのに。
「……っ」
 無意識に唇を噛み締めていた。雨が染み込んだ衣服が酷く重く感じる。それは今のシュマイトの心の重さだろうか。
 本当は認めたくないのだ。自分の中にある醜い心を。
 どうしたらいいのかわからないのだ、持て余しているのだ。
 砂浜の落書きを波が攫っていくように、この醜い心もさらっていってはくれぬだろうか――。
 この醜い心の正体を、シュマイトは知っている。『嫉妬』だ。けれども自分の心にそんな醜い部分があるなんて、受け入れがたくて。彼女には、絶対に知られたくなくて。
(サシャには知られたくない)
 この心を知ったら彼女はどう思うだろうか。親友の幸せを祝福することができない心の狭さをあざ笑うだろうか。
 いや、彼女はそんなことはしない。誰よりも彼女を知っているつもりなのに、不安をすべて拭い去れぬのは、自分の心が弱いからだろうか。
(サシャに、嫌われたくない)
 嫉妬しているなんて知ったら、彼女は自分を嫌うかもしれない。彼女はきっと、自分にも祝福して欲しいと願っているだろうから。
 彼女が離れていってしまう、そう考えると目の前が真っ暗になっていく。彼氏ができても自分たちの関係は変わらない、そうわかっているはずなのに、彼女を取られてしまうような気がして、不安ばかりが繭のようにシュマイトを覆っていくのだ。
「……ないで……」
 さぁさぁと音を立てて滑り落ち始めた雨。こんなに近いのに、雨にけぶって海が遠く見える。
 雨の向こうに、彼女の姿が見える。手を伸ばせば届きそうなのに、何故か遠くて、遠くて。
「……置いて、いか、ないでくれ……」
 ぐっしょりと濡れた服が肌に張り付く不快感よりも、自分の胸を占める醜い感情が気持ち悪い。
 不安と、嫉妬と、焦燥と、嫌悪で何がなんだかわからなくなってくる。
 感情の坩堝の中で己が融かされていくようだ。


「どうしたの?」


「!?」
 自分の裡にばかり目を向けていたものだから、傘が差し出されたことにも気づかなかった。優しい女性の声に振り返れば、上品な老婦人が心配そうに傘を傾けてくれていた。
「わたしは……」
「あらやだ、びしょ濡れじゃないの。風邪を引いてしまうわ。私のうちへいらっしゃいな、近くなのよ」
「いや、でも……」
「大丈夫よ。子どもは皆独立して家を出て行っているし、主人には先立たれてしまったの。気を使うような相手は誰もいないわ」
 そういう意味で戸惑ったのではないのだが、老婦人は自分なりに解釈したようで。人の親切を無碍にするのも悪いと思った――というよりも拒む気力も余裕もなかったいうのが正しいだろうか、シュマイトは腕を引かれるままに老婦人の傘におさまって、海の近くの彼女の家へとつけていかれたのだった。
 老婦人の温かい手に掴まれて初めて、心だけでなく身体も冷えきっていることに気がついた。


 *


 花の香の石鹸、温かいお湯、ふかふかの大きなバスタオル。シャワーを借りたシュマイトは、服が乾くまでの間老婦人の差し出したリネンのワンピースに身を包んでいた。
「サイズが合ってよかったわ」
 温かい紅茶を入れた白磁のティーカップを手渡され、ふわふわのソファに座っていたシュマイトは黙ってそれを受け取った。老婦人はシュマイトの背後に周り、新しいふかふかのタオルで優しくシュマイトの髪を拭いてくれる。なんだか優しい物に包まれているような感じがして、何かがこみ上げてくる。カップを口に近づけるとふんわりと紅茶の香りの湯気が鼻腔をくすぐって、湯気の向こうに思い出されるのは……彼女の顔。
「っ……、くっ……」
 こみ上げる、こみ上げる。溢れ出る、溢れ出る。涙と嗚咽がとどまってくれない。
 窓の外、雨は先程より激しさを増して、硝子を通して音を伝える。

 どうか、この嗚咽もかき消して。
 この涙は、雨のせいだと言い訳させて。


 老婦人は涙を流すシュマイトに何も聞かなかった。
 ただ、泣き止むまでそっと、そばに居てくれた。


 *-*-*


「あの日のことを思い出すとはな……」
 クローゼットから出した海の色のドレスを壁にかけてじっと見つめる。このドレスは心の区切りの一つとしてジ・グローブで仕立てたものだった。このドレスを着る日は決めてあったため暫くの間クローゼットで眠っていてもらうことになったが……その日は明日に迫っている。
「明日、か……」
 初めて彼女の口から交際を告げられた時、シュマイトは大いに心乱された。それからも不安定な自分を何とか気力で支えつつ、ここまで来た。時を経ることで、そしてシュマイト自身も様々な経験をすることで、今は別の感情を抱くに至った。
(だがあの時、あの老婦人に出会わなければ……あの日にわたしは潰れていたかもしれん)
 そう思えば今日の日を迎えられたのはあの老婦人のおかげとも言える。親友が恋人と出逢ったのも巡りあいならば、シュマイトが老婦人と出逢ったのも巡りあいのなせる技なのだろう。
 あれから一度も会いに行ってはいないが、彼女は元気にしているだろうか。綺麗に掃除された室内、花の生けられたリビング、ふわふわのバスタオル……今でも思い出すことができる。
(あの時には、こんな気持ちで明日を迎えられるなど、想像だにできなかった)
 椅子を引いて座り、テーブルの上の瓶からコップに中身を注ぐ。しゅわしゅわと音を立てて弾ける中身はお酒ではなく、スパークリングミネラルウォーター。ドレスを見つめ、コップを軽く掲げて、乾杯。
 明日は彼女の晴れの日だから、前祝いくらいいいだろう。こんな時、一緒に飲んで祝福してくれる恋人がいればいいのだが。
(――ラス)
 浮かんだ彼の姿にかぶりを振って。
 彼を紹介できればどれほど良かっただろうか。恋の相談にも乗ってもらいたかった。だが、それは無理な話。彼女とシュマイト、いずれ道は分かたれることを納得したはずだ。それでも友情は揺らがないと確かめたはずだ。でもやはり、一人であげる祝杯はどこか淋しくて。


 ――コンコンッ。


「……?」
 ノックの音に首を傾げる。
「誰だ?」
 訝しげに問えば、扉の下にスッと何かが差し込まれるのが見えた。
「……?」
 首を傾げつつ扉に近づいてみれば、透かし模様の入った白いカードが置かれている。
 手にとって裏返すと、そこには見覚えのある筆跡が踊っていた。
「!」


 ――マフィンが上手く焼けたの。
   紅茶を飲みに来ない? ――


「な、ぜ……」
 今は忙しいはずだ。シュマイトの想像できぬほど、明日のためにするべきことはたくさんあるだろう。身体も休めなくてはならないはずだ。それなのに。
 急いでかけておいた上着を羽織る。自然と頬がゆるむのを止められない。
 なぜ? なぜ――準備はいいのか? そう思うのに誘いが嬉しくて。
「出かけてくる」
 告げて家を出た。足取りは、軽い。
 自分はずいぶん現金だと思う。でもそれは、それだけ彼女が自分にとって大切である証だ。


 独身最後のお茶会に自分を招待してくれたことが嬉しくて、シュマイトは気分が明るく晴れやかになるのを感じた。
 きっと、明日は笑顔で祝福できる。




       【了】

クリエイターコメントこのたびはオファー、ありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい申し訳ありません。

イメージソングからノベルを書くという経験はあまりなかったもので、結構苦労いたしました。
けれども歌詞を何度も読んでいると、シュマイト様を何度も書かせていただいた経験も作用して、どのような場面なのか浮かんでくるものがありました。
ただ2曲目の方は、歌詞自体が一人ではなく二人でいるシチュエーションのものだったので、どうしようかなぁと悩んだ挙句、このような形になりました。

1曲目の方では、覚醒して想い人と離れてしまった時の場面や心情も浮かんできましたが、2曲目がありましたのでこのような流れとなりました。
少しでもお気に召していただける部分がありましたら幸いです。
オファー、有り難う御座いました。
公開日時2014-04-24(木) 21:40

 

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