クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-17557 オファー日2012-08-04(土) 22:03

オファーPC 一二 千志(chtc5161)ツーリスト 男 24歳 賞金稼ぎ/職業探偵
ゲストPC1 古城 蒔也(crhn3859) ツーリスト 男 28歳 壊し屋
ゲストPC2 音成 梓(camd1904) コンダクター 男 24歳 歌うウェイター

<ノベル>

 始め、の合図とともにふたりは動いていた。
 一二 千志の踏み込みは、重いのに速い。
 音成 梓を見据える眼の光は暗く、どこか物憂げだ。
 賞金稼ぎとして数多の凶悪犯罪者――という名でくくられた異能力者たち――を仕留めてきた千志と、肝こそ据わっているが平和な壱番世界の平和な日本で生きてきた梓とでは、在りかたの根本が違う。
 梓に頼み込まれてこの訓練を引き受けた千志が、少々困惑気味なのも致し方あるまい。
「ふたりともがんばれ、ぶっ壊せー! でもどっちも負けんなよー!」
 面白半分で訓練に同行した古城 蒔也が陽気に、騒々しく、無責任に囃し立てる中、千志は小さく息を吐く。
「まぁ……仕方ねぇ、か」
 無論、手加減はする。
 どうでなくては、千志は、せっかく得た友人を早々に喪ってしまうことになる。
 しかし、手は抜かない。
 何を思って梓が訓練など望んだのかは知らないが、適当な気持ちで手合せをしたいなどと言い出す人物ではないことは、それほど長い付き合いではない千志ですら理解できる。何かしらの切実な願い、かくありたいという希求が梓にあるのだろうと判ったから、千志も首を縦に振らざるを得なかったのだ。
「お前が何を考えてんのかは判らねぇが、引き受けた以上は全うする。――全力で来い、全部受け止めてやる」
「りょーかい! 頑張るんでよろしく!」
 梓が、裏表皆無の、清々しいまでの笑顔でガッツポーズを取る。千志はそれを、まぶしい、懐かしいものを見る眼で見たあと、表情を引き締めた。真っ直ぐに突っ込んでくる梓の足運びや構えを観察しつつ、ゆったりとした――外からはそのように見える――足取りでコロッセオの石盤上を移動する。
「てやっ!」
 正面から飛び込んできた梓が握った拳を振りかぶる。
 ――隙が大きすぎる。
「そんなもん、誰が馬鹿正直に喰らってくれるっていうんだ?」
 漆黒のガントレットで覆われた掌で梓の拳を受け止め、それと同時に横へ払う。
「わわッ!?」
 勢いよく腕を払われた梓だが、体勢を崩しつつも、よろめくような足取りではあったが何とか千志の拳が届く範囲から逃れ、追撃に備えたのは上出来と言えた。筋は悪くない、と、千志は思う。
「くそー、とりあえず当てること目標!」
 うぐぐと拳を握った梓が床を蹴る。
 速度も悪くない。
「おりゃッ!」
 緊迫感に欠ける掛け声とともに、左右の拳が千志へ向けて繰り出される。
 そのガッツは称賛に値するが、しかしながら、人を傷つけることをなりわいとはしていない、むしろその逆のベクトルで生きる梓の拳が、鋭いキレと必殺の気迫を孕んでいないことを、千志が責めるわけにはいかない。
 いかないが、これでは、立ちはだかるどんな敵を打ち倒すことも難しいだろう。
「気合が足りてねぇぞ」
 溜息とともに、梓の拳を軽く払うと、たんたん、という軽いステップで彼の背後に回り込む。
「うわ、ちょッ……」
 慌てた声とともに梓が体勢を変えるより、千志が彼の足を払うほうが早かった。
 ひょい、といった趣のそれは、屈強な戦士ならばびくともしない程度のものだったが、屈強どころか戦士どころか、たくましくもなく戦闘要員ですらない梓にとっては致命的な一撃で、
「!?」
 声にならない悲鳴とともに梓が引っ繰り返る。
 どうにか身体をひねって受け身を取ったようだが、背中を打ち付けたらしくくぐもった呻き声が上がった。
「もう終わりか?」
「うう……ま、まだまだ……!」
 半分涙目の梓が必死に立ち上がり――ちなみにこの間、千志は攻撃を加えずに待っている――、再度拳を握って身構える。腰を落とし、重心を低くしたのは及第点といったところだ。
「そうだ、その体勢はいい。腹に力が入るし、踏み込みやすくなる」
 千志のぶっきらぼうなアドバイスに頷き、梓が首を傾げる。
「パンチを当てるにはどうしたらいい?」
 根本中の根本とでも言うべき質問に、千志も首を傾げるしかなかった。
「そりゃ、腕力も技巧も要るが、まず必要なのは『何が何でも当ててやる』って気迫じゃねぇか?」
「そっか……つい、当てて怪我させたら気の毒だし、とか思っちゃうんだよね。余計なことだとは知ってるんだけど」
「お人好しだな、お前。確かに、殴り合いにはエゴがものを言うか……じゃあこういうイメージで行け。『自分の背後には絶対に護らなきゃいけない誰かがいる。自分は退けないし、目の前の相手を打ち倒すことで背後の誰かを速やかに安全な場所まで逃がさなければならない』――どうだ?」
「なるほど。それは覚悟の問題でもあるんだろーなぁ」
 よし、と再度身構える梓に、千志は何の気なしに声をかける。
「ああそうだ、ギアも使ってみたらどうだ?」
 梓はとても曖昧な、微妙な顔をした。
「? どうした?」
「ん? いやあ……それがさ……」
 出てきたトラベルギアは銀色の丸盆。
 盆の上には、さくさくの生地にたっぷりのカスタード・クリーム、色鮮やかなチェリーとラズベリー、ブルーベリー、それからふわふわのホイップクリームで飾りつけられたうまそうなパイが載っている。
「……? なんだ、急にティータイムでもする気になったのか……?」
「いや、これが俺のギアなんだよね」
「は?」
「ランダムで、爆弾入りか、普通に美味しいだけのパイが出て来んの、これ。ぶっちゃけ、そのまま殴ったほうが早いしダメージも与えられる、っていう」
「……そうか……」
「うん……」
 双方、何とも言えない表情でそっと目をそらす。
 熟練の戦士ならどんなものでも巧みに武器にしてしまうのかもしれないが、非戦闘員にして一般人、戦いのノウハウなどなきにひとしい梓にこれを駆使して闘えというのは酷すぎる。
「まあでも、やるだけやってみようかな!」
 とにかくへこたれない梓の、内面の強靭さに、千志は驚かされるばかりである。そして、殺し合いなど必要のない平和な国で、愛されて生きる彼が、どうしてそこまでして、とも思うのだ。
 とはいえ、しかしながら、不屈の精神は技巧や戦闘能力に比例しない。こと、梓に関して言えば。
 ――丸い盆を振り下ろそうとすると、空気抵抗で速度が弱まり、隙が出来るのだ。要するに、避けられやすくなるうえ相手に攻撃のチャンスまで与えてしまうという、『いいとこなし』そのものである。
 横向きに薙ぎ払えば抵抗はなくなるが、千志のような人間にはその軌道を見極めることなど容易いし、タイミングを計られて平らな面から思い切り叩き落とされればなすすべがない。
 案の定、ガツンと手厳しい一撃を喰らい、
「……!!」
 衝撃で手首まで痺れたらしく、梓が声もなく悶絶する。
「あはは、こりゃ駄目だなぁ」
「うるさいよ蒔也君! 俺は俺なりに必死なの!」
 あっけらかんと笑う蒔也に、顔を真っ赤にした梓が全力で抗議する。
 梓本人の内心はともかく、何とも和やかな光景だ。
 千志はもうひとつ、息を吐いた。
「なあ、梓。お前はなんで戦うんだ?」
「え?」
「いや……俺は、お前みたいな一般人が無理に戦う必要はねぇと思うんだが。お前にはお前の、なんてぇんだ、やるべき仕事があるんだろ? そういう仕事のやつが戦えばいいんじゃねぇのか?」
 それは、千志が訓練につきあってくれと頼まれてからずっと疑問に思っていたことだった。
 聞けば、梓はインディーズのバンドを組んで歌いながら、実家が経営するレストランでウェイターの仕事をしているという。音楽のことと、ウェイターという仕事のことを話すときの梓はとても誇らしげで、彼が仕事とライフワークに、まっとうな矜持を抱いていることがよく判った。
 だからこそ、ならばなぜ、と千志は思うのだ。
 戦いとは、他者を傷つけることだ。
 人を殴れば、自分の手も傷む。誰かに血を流させれば、自分の手は穢れる。
 そんな、決してきれいではいられない世界へ、わざわざ踏み込んで来なくてもいいのではないか、と、すでに抜け出せないほどの血だまりでもがき続ける身として、思わずにはいられない。
「ん? ああ、だってさ」
 しかし、梓は清々しいほど晴れやかに笑い、言ったのだ。
「俺、皆の笑ってる顔が大好きなんだ。だから、誰かがつらくて泣いてる時、それを吹っ飛ばして笑顔を取り戻せるくらい強くなりたいんだよね」
 まっすぐな、影のない、ただただ強靭な笑みは、千志の胸を強く打った。
「ってことで、もう一回、お願いします! 次こそ当てるぞー!」
 羨ましいほど、せつないほど、痛いほど真っ直ぐに映った。
(俺は)
 梓の拳をかわし、くるりと身体を回して追撃を避け、振り下ろされる銀盆をガントレットで弾きながらも、千志の内面は別の意識へと移行する。
(……どこで間違えたんだろう?)
 理想のために同胞を犠牲にした。
 その苦悩がじわりと滲み出し、千志の肺腑を満たす。
 息苦しい。
(俺は結局、誰を救いたかったんだろう)
 銀盆が小型の爆弾入りパイを出現させる。
「うりゃッ!」
 気合とともに投げつけられるそれを蹴りあげ、刃化した影で真っ二つにし、空中で爆発させる。爆風に、髪がそよいだ。

 ――裏切り者!

 爆音の中に激しい罵りが混じった気がして、千志は奥歯を噛みしめる。
 違う、そうじゃない。
 助けたかった、救いたかった、異能力者たちが平和の中に生きられる穏やかな世界をつくりたかった。ただそれだけだった。
 そう、叫びたかったけれど、声にはならない。
 命を断たれた同胞たちには、もはや届きようがないと知っているからだ。償うことすらできない罪だと知っているからだ。
 それを見ていた蒔也が、くくく、と愉しげに笑った。
「俺はさ、自分が満たされるために壊すんだ。壊すって、ぞくぞくするほど楽しいからな。――お前も、お前が満たされるために殺すんだろう?」
 千志の苦悩を見透かした、つけ入るように紡がれる言葉に、
「ちょっと蒔也君、なに言って……」
 梓がたしなめるような声を上げ、
「そんなわけ、ねぇだろう!」
 千志自身も絞り出すように否定したが、声が揺らいだのは隠し切れなかった。
 ――その通りかもしれない、そう思ってしまった自分を否定できなかった。
(父さんも母さんも見殺しにされて、異能力者だからって世界から見捨てられて、悔しくて哀しくてさびしくてやるせなくて、俺は何かでそれを埋めたかった。そうじゃなきゃ、空っぽになっちまうって思ってた)
 消えない怒りをどうにかして昇華し、浄化しなければ破裂してしまうとも思っていた。
 そのために、異能力者を救う道を選んだ。
 そのはずだった。
 けれど、選んだ道の先で待っていたのは、同胞たちの罵りと、蔑みと憎しみの視線ばかり。理想はいつしか光を失い、くすんで、ただ背後に同胞たちの屍が積み上がるばかりの日々が、千志から意味も、希望も、進むべき道も奪っていくのだ。
 虚ろで真っ暗だ、と、改めて千志は自分の暗闇を思った。
 足元から、寒々しい闇が這い上がってくるような錯覚に背筋が震え、
「何が……」
 噛みしめた唇の奥から、絞り出すような声が漏れる。
「何が、異能力者を救いたい、だ。そうだ――俺は、結局、自分が救われたかっただけじゃねぇか」
 空白を、空虚を埋めるためなら何でもよかったのだ。
 そのために、耳触りのいい『理想』という言葉をあてて、自分を納得させていただけなのだ。
 千志が傷つけ、殺したことに何の変りもない。罪が、償えないまま積み重なっていき、いずれ千志を押しつぶすことにも何の変りもない。
「なあ、もういっそ諦めて受け入れちまえよ。自分は殺したいから殺すんだ、殺すことが気持ちいいんだ、って」
 低くささやく蒔也の細められた眼は、まるで古代の悪竜が転じた魔の王のようだ。爬虫類めいたそれに、思わず頷きそうになる。破壊を愛し、それを悦楽と言い切る蒔也のゆるぎなさにすら羨望を覚える。壊すために壊すのだ、壊したいから壊すのだと言い切れれば、どれだけ心は楽になるだろう。
 そう、千志もまた理解し、自覚しているのだ。
 千志の内面にある、張りつめた塔が崩壊するさまを心待ちにする――誤解を招く表現ではあるが、これはこれで、蒔也の愛情表現のひとつでもあるらしい――破壊嗜好者の、それこそ思う壺だと知りつつも。
「うるせぇ、俺はお前みたいにはならねぇし、なれねぇ」
「本当か? 俺は、お前は『こっちがわ』の素質があると思ってるんだけどな?」
 蒔也の言う『そちらがわ』に行けば、すぐにでも楽になれることを。その道のほうが、千志にとって格段に手軽で、安楽であることを。千志は確かに理解している。
 何も難しいことなどない。同胞を、弱きもの、虐げられるものを救いたい、護りたい、彼らが穏やかに生きられる世界を構築したいという理想、願いを手放して、弱いから悪いのだと嗤えばいいだけだ。それだけで、千志は解放され、絶望を――罪を振り捨てることが出来る。
 しかし、ぐらりとよろめきかけた心を、
「ちょっと蒔也君、いい加減にしろよな! あんたの趣味嗜好を俺は否定しないけどさ、それが千志君にもそのまんまあてはまるなんて、そんなわけないでしょうが!」
 溌剌としたエネルギーを含む、梓の声が叩き、千志の意識は現実へと引き戻される。
「……梓?」
「千志君はそういうやつじゃない。俺は、千志君が、殺すこと傷つけることの重さと痛みを知ってる、人のために怒れる人間だって信じるよ」
 拳を握る梓の眼は、まっすぐな光で輝いている。
 蒔也がけらけらと笑う。
 そこに嘲りや揶揄はなく、純粋に楽しくて仕方ないといった様子だ。
「あはは、梓のそういうまっすぐなとこ、ぶっ壊れるときのことを想像するとぞくぞくするから俺は嫌いじゃねぇけど。でも、実力が伴わねぇんじゃ、口だけになっちまうぜ?」
「残念ながら俺にはぶっ壊れてる暇なんかないし、実力はこれからつけていくんだよ! 諦めるって言葉は、俺の辞書には載ってねぇの!」
 どこまでも折れない言葉の強さに、千志の表情は奇妙に歪んだ。
 そのしなやかさが羨ましいと心の底から思う。
「これから、ねぇ? 具体的にはどんなだよ?」
「こんなだよ!」
 彼が高らかに宣言した瞬間、仁王立ちの梓がウェイターよろしく掲げ持つ銀盆に炎が灯った。炎は生き物のように揺らめき、確かな攻撃の意志を孕んで、
「紅蓮火炎のサラマンダー風味、お待たせしましたッ!」
 それ注文したら出てくんのかよ、と蒔也が吹き出しながら突っ込む間に、爬虫類のあぎとを思わせる凶悪さで牙を剥き、蒔也へ襲いかかった。もちろん、戦闘と破壊行為をなりわいとする蒔也であるから、避けるのは造作もないことだ。
「お次は自動式拳銃のオトコギ風味、お持ちいたしましたッ!」
「盆の上に銃ってシュールだな……まあ、面白ぇからいいんだけどよ」
 今度は小型の拳銃が数挺、銀盆に現れ、くるくると空中で踊ってからそれぞれに弾丸を吐き出す。その後も、自動で攻撃する炎や風、銃火器など、さまざまなものが盆上に現れ、蒔也へ向かう。
 それらはまだまだ拙く、生粋の戦闘屋である蒔也にはまったくダメージを与えられなかったが、精神の高ぶりが梓のギアに成長を促したことは確かな結果だった。
「どうだ!」
 梓がガッツポーズを取る。攻撃された蒔也はというと、怒るでもなくむしろどこか満足げで、楽しそうに拍手している。
「おー、やるじゃん。有言実行ってやつかな? これは、千志ともども今後に期待できそうだ」
 意味深な視線を千志と梓双方へ向け、蒔也が笑うのへ、千志は深々とため息をついた。
「……期待するなら、まっとうな方向で頼む。今のところ、まだ、壊れてやる予定はないんでな」
 蒔也に悪気がないと判るだけに、無駄と知りつつ釘をさす。
 それから、
「梓、そいつでの戦いかたを練習してみよう。それは、お前のイメージから具現化するのか?」
「うん、俺が想像出来る、『盆の上に載るもの』が出て来るっぽい」
「なら、使いかた次第ではかなり有利になるはずだ。効果的な使用方法を模索していけばいいんじゃないか?」
「だよね。千志君、つきあってくれる?」
「……お前が望むならな」
 ひとしきり新機能についての訓練をしてから、今回はお開きとなった。
 それなりに身体を動かして体温の上がった千志がにじんだ汗をぬぐっていると、こちらは滝のような汗を流した梓が、あのさ、と声をかけてくる。視線だけで先を促せば、真っ直ぐな眼差しが千志を見つめた。
「さっき俺が言った『誰か』にはさ、千志くんだって含まれてるんだからね?」
「……ん?」
「だから俺は、辛いことがあるなら頼って欲しいって思ってるんだよ」
 梓は、千志の抱える闇をすべて知っているわけではない。
 しかし、彼が何かに苦悩していて、ときおりそれに押しつぶされそうになっていることは理解しているのだろう。梓の言葉からは、裏表も偽りも感じられず、ただ千志に寄り添おう、寄り添いたいという思いがひしひしと伝わってくるのだ。
 それは、孤独と絶望との戦いを余儀なくされている千志にとって、冬のさなかに出会った陽光のようなぬくもりを伴っていた。
「……ああ」
 わずかに目元を和ませ、千志が頷くと、梓もまた晴れやかに笑った。
 それから、腹減っちゃったなー、どっかにメシ食いにいかない? などと言いつつ、にぎやかに出口へと向かう。
「そうだ」
 梓のあとを追いながら、千志は独語する。
「それでも……誰でもいい、誰かを救いたい」
 この手で誰かを救うことが出来たとき、自分は何かから解放されるのかもしれない。そんなことを、祈るように思う。
「救われたいから、救うために殺すってことか?」
 揶揄というより純粋な疑問といった様子で、隣に並んだ蒔也が言う。
 千志は小さくうなずいた。
「……そうかもな」
 今はそれでもいい、それでもいいから進もう、進むしかない、と。
 立ち止まれば疑問や疑念、絶望に呑まれてしまいかねない。
 そして、
「千志君、蒔也君、なにしてんの? 俺、カレーが食べたいんだけど!」
 向こう側で手を振って待つ、梓のような人間がいる限りは、まだここに留まれる、とも思う。――そう、面白がり、値踏みし、観察するような蒔也の視線を感じつつも。
「俺はラーメンも捨てがたいと思うんだけどよ。千志、お前は?」
「……何でもいい」
 ぶっきらぼうに返し、千志は闘技場をあとにする。
 ちっぽけな個人個人の思惑など知らぬ顔で、それでも世界はまわっている。これからも、延々とまわりつづけるだろう。
 その流れに身を投じるしかないのだと、千志はすでに知っている。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
三者三様の思惑と立ち位置の絡み合いを、闘技場での訓練にのせてお送りいたします。

記録者個人の思いを書かせていただけるなら、「健気な千志さんがいつか誰かを救うことで救われますように」これに尽きます。
本当は繊細で心優しい彼が、梓さんのような理解者を得て、少しずつでも光を見出してゆけるよう、祈ってやみません。
でも蒔也さんのゆるぎなさもうらやましいと思います本当に。

ちなみにタイトルのWretchedは「世にも憐れな、悲惨な、ひどく不幸な」という意味合いですが、愚かしい・見捨てられたなどの意訳をされている場合もあって、その辺りの狂おしいイメージでつけさせていただいております。

ともあれ、こまごまと捏造させていただきましたが、お楽しみいただけましたら幸いです。


それでは、どうもありがとうございました。
またご縁がありましたら、ぜひ。
公開日時2012-09-30(日) 19:50

 

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