オープニング

 壺中天内にあるサイト「螺旋機関車」。
 顔のついた機関車たちが、ほのぼのと動く平和な世界。
 機関車たちと触れ合ったり、移動手段に使ったり、仕事を共にしたり。
 優しく緩やかな時間が流れる、平和な世界である。
 不思議な光が、訪れるまでは。


 あんなに真面目な機関車だったのに、とロストーマスは漏らす。
 機関車についた顔は悲しみに満ちており、今にも涙が溢れそうだ。
「僕が走っていたら、流れ星みたいな紫の光が横切ったんだ。その後すぐ、目の前にいきなり何かが横切ったんだ。多分、人。男の人っぽかった。危ない、と急ブレーキをかけて目を閉じてしまったんだ。衝撃はなかったけど、多分僕はその人を撥ねてしまったんだと思う」
 ロストーマスはそう言い、ぐっと唇を噛み締める。
「どうしよう、と辺りを見回しながら動揺していたら、エトワートが近づいてきたんだ」


「人を撥ねたのか」
「多分。早く駅長さんに知らせなきゃ」
「何故? 罰が当たっただけじゃないか。俺達に乗ってばかりだったんだから」
 何を言っているのだろう、とロストーマスは訝しげに見る。
 レールの上を走るのは喜びであり、更に人を乗せれば乗せた人も喜んでくれる。
 こんな素敵なことは無いんだ、と毎回笑顔で言うエトワートなのに。
「こうやって人を減らせば、軽くなっていっていいじゃないか」
「エトワート、なんてことを言うんだい」
「真実さ」
「いつも言う、君の喜びはどうしたんだい?」
「喜び? ああ、レールの上を走るってやつか」
 エトワートは、ぐははははは、と笑う。
 明るく真面目なエトワートからは一度も聞いた事の無い、下品な笑い方だ。
「レールの上を走る人生なんて、しゃらくせぇ!」
 エトワートは叫ぶ。すると、エトワートの煙突から、ぱああ、と紫の煙があがった。人を跳ねる前にロストーマスが見た、光の色と同じだ。
「どうしたんだよ、エトワート。人が喜ぶ顔で、心が躍るといっていた君が」
「俺はやれる、俺はやれるんだ! たまんねぇな、レールの上なんて、いつまでも走ってると思うんじゃねぇぞぉ!」
 がはははは、と笑いながら、エトワートは走り去っていく。
 後ろを振り返ることは、一度たりとも無かった。


 ロストーマスは決意を秘めた目で、まっすぐと皆の方を向く。
「エトワートがおかしくなったのは、あの光のせいだ。レールの上を走る喜びを思い出したら、きっとエトワートだって元に戻るはずなんだ」
 ロストーマスは確信していた。同じ、レールの上を走る機関車だからだろうか。
 レールの上を走り、人の役に立つ走りをする。
 それこそが、機関車としての喜びなのだと。
「僕に乗って、エトワートを一緒に追いかけて欲しい。レールの上を走るあの喜びを、快感を、興奮を、思い出させて欲しいんだ」
 頬をばら色に染めながら、ロストーマスは熱く語った。
 ぷしゅんぷしゅん、と石炭が勢いよく燃えているようでもあった。

品目シナリオ 管理番号2614
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント 轢かれたのは、怪しげな光を追ってきた探偵さんのようです。

 それはさておき。エトワートは暴霊にとりつかれています。ロストーマスに乗り、エトワートに走る喜びを思い出させてください。
 スピードが必要なので、道中ロストーマスを速く走らせるのも必要になるでしょう。

 尚、機関車は自らの意思でも走りますが、機関士が操縦する方が優先になります。よって、機関車自身が走ろうとしても、機関士がブレーキをかければ、ブレーキをかけることが可能です。

参加者
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
黒葛 一夜(cnds8338)コンダクター 男 20歳 探偵助手
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
幸せの魔女(cyxm2318)ツーリスト 女 17歳 魔女
あれっ 一人多いぞ(cmvm6882)ツーリスト その他 100歳 あれっ一人多いぞ

ノベル

 今日は「エトワートのぼうそう」という、お話です。


 集まったのは、五人でした。
 いえ、四人でした。おやおや、一人多い気がしますね。
 ロストーマスは皆を見て、お礼を言いました。
「速さを追い求める事は、良い事だと思いますよ」
 黒葛 一夜はそう言って笑いました。ロストーマスは、少し照れたように、しゅんしゅん、と汽笛を鳴らします。
「一応、システム的なものを確認したのですけれど、動力についてはサイトの説明にはありませんでした」
「黒葛くん、調べてきたの?」
 感心したように、司馬 ユキノは言いました。一夜は「はい」と頷き、空を見るように言葉を続けます。
「意思で動くのなら、励ましや馬に人参的なアレでどうにかできないかと思ったのですが」
「それなら、重量を軽くしたらどうだ? 牽引重量が軽くなれば、速さが出るだろう」
 百田 十三はそう言った後、ロストーマスを見ます。石炭車と機関車を除き、三つ車両がついています。
「客車、外してしまおう」
「それをすると、私たちは何処に行けば?」
 幸せの魔女が、ちらりとロストーマスを見ながら言います。
「おう、久しぶりだな、幸せの」
「そうね、幸運を届けに」
「宜しく頼む」
 二人は、顔見知りのようです。
「僕の客車を取ったら、確かに軽くなるけれど、君達はどうするんだい?」
 ロストーマスが、話を遮って尋ねます。
「俺達は、石炭者や機関車に詰めて乗り込めばいい」
「狭くないかい?」
「気にするな」
 にっと十三は笑いながら答えます。幸せの魔女は「ま、仕方ないわね」と肩をすくめています。
「ねぇ、ロストーマス。運転って、どうすればいいの?」
 ふと気付き、ユキノが尋ねます。
 車の運転ならば慣れているのですけれど、流石に車とは違う運転方法です。
「やり方教えて貰えるかなあ?」
「石炭を入れる方なら、簡単に出来るわよ」
 幸せの魔女が言いました。ちょっぴり、からかっている様な口調です。
「力仕事、苦手なんだ」
「なら、そちらは任せました。俺は、そうですね」
 一夜はなにやら考え込んでいます。そして、何かを決めたように、皆の方を向きました。
「思いついたことがあるので、少し席をはずします。決して、悪いようにはしませんから」
「おい、それって」
 ログアウトか、と十三が言う前に、一夜は消えてしまいました。
 何かを思いついたようでした。

>黒葛 一夜さんが、ログアウトしました。

「とにかく、僕に乗ってくれよ。一本道だから大丈夫だと思うけれど、早くエトワートに追いつきたいんだ」
 ロストーマスが皆に言います。十三とユキノ、幸せの魔女は了承してロストーマスに乗り込みます。
 客車は外したため、機関車と石炭車にぎゅうぎゅうと詰めて乗ります。
 十三は、皆の身体が軽くなるよう、軽身功をかけておきます。これで、ロストーマスの動力を、生かすことが出来そうです。
「うん、できそう」
 機関車の運転席に座ったユキノは、こっくりと頷きました。簡単に運転の仕方をロストーマスに教えて貰ったのです。車とは違いますが、運転という括りにおいての感覚は、さほど違わないようでした。
「さっさと行きましょう。エトワートは、随分前にいるようだし」
 幸せの魔女が言います。
 ロストーマスは頷き、しゅんしゅん、と石炭を燃やします。

『やぁ』

 声が聞こえた気がしました。
 ロストーマスは「何だろう」と小さく呟きました。耳を澄まします。
 しかし、何も聞こえません。
「どうしたの? 行くわよ、ロストーマス!」
 ユキノがハンドルを握り締めながら、ロストーマスに言います。ロストーマスは気を取り直し、汽笛を鳴らしました。
 出発です。


<現実世界>

 壺をかぶったまま、ふう、と一夜は息を漏らす。
 一旦、螺旋機関車の世界をログアウトし、サイトのトップページへと急ぐ。
「サイト管理者への連絡は、と」
 トップページに示されたアドレスをクリックすると、どうやら管理者はログイン中らしい。チャット形式の掲示板を使ってよいとの事だったので、一夜は迷わずそこへ入る。

>管理者様、螺旋機関車について、ご相談したいことがあります(一夜)

 しばらくすると、管理者からのメッセージを受信する。

>はい、何でしょうか?(管理者)
>暴霊が進入し、エトワートにとりついたようです。現在、ロストーマスがエトワートを追うと言っています(一夜)
>暴霊? そういえば、噂で聞いたことがあります。それが、うちの世界に?(管理者)

 管理者は、動揺しているようだった。仕方あるまい、噂で聞いたことがある程度のものが、自分のサーバーに侵入しているのだから。

>エトワートについては、ロストーマスが対処してくれると思います。
 ロストーマスも、エトワートが走る喜びを思い出せば、きっと元に戻ると信じています(一夜)
>そうですね、機関車たちは、走ることが一番の喜びというように設定していますから(管理者)
>そこで、ロストーマスとエトワートの対決をさせてあげたいと思うのですが(一夜)
>対決、ですか(管理者)
>はい。まずは、今ログインしている、他のサイト利用者を非難させることは可能でしょうか?(一夜)
>可能です(管理者)
>次に、サイトのマップはありますか? 対決にぴったりな場所に、誘導できればと思うのですが(一夜)
>少し待ってください。ロストーマスとエトワートの場所を確認します(管理者)

 管理者からの返事のあと、少し時間が空く。二つの機関車の位置確認と、サイトのマップを確認しているのだろう。
「あちらは、上手くやってますかね?」
 チャットルームにある、螺旋機関車のバナーを見つめる。
 たくさんの機関車たちの中に、楽しそうな笑顔のエトワートとロストーマスがいたのを見つけ、一夜は小さな溜息を漏らすのだった。


<螺旋機関車>

 ロストーマスは走ります。力いっぱい、走ります。
 いつもはひいている客車がないから、とても軽いのです。乗っている人数も少ないですし、何より乗っている人たち自体が軽いのです。
「とても気持ち良いよ」
 思わずロストーマスは声に出してしまいます。運転席のユキノはそれを聞き、にっこりと笑います。
「本当に気持ち良いわね! 真夜中に、車をかっ飛ばしている気分がするわ」
 しゅっしゅっしゅっという蒸気の音と、ガタンゴトンと鳴る車輪の音が、とてもよいリズムです。
「この先にいるのね、エトワートは」
 前を見据えながら、幸せの魔女は言います。
「横を走るところまで近づいたら、何人かがあちらに飛び移って、ブレーキをかければいいのではないか?」
 十三が言います。つまり、ロストーマスを運転しているユキノを除いて、十三と幸せの魔女の二人です。
 あと……あれ、もう一人、いたような気がしますね。
「ふと思ったんだが、幸せの」
「何かしら?」
「暴走機関車は、客も乗せずに走り回って会社に利益を生み出さず、危険走行でもあるので、拙いとは思うんだ」
「そうね」
「しかし、人を轢いた方が数倍悪いと思うのは、俺の勘違いだろうか?」
 十三の言葉に、幸せの魔女は考えます。
 そういえば、そういうこともあったような気がします。
 ですが、恒例といえば恒例のような気がします。いつもの事なのです。いつもの事ならば、仕方の無いことのような気がするのです。
 仕方の無いことのような気が、するのです。大事ですね。
 言葉に詰まっている幸せの魔女を見て、十三は「いや」と言葉を続けます。
「すまん、忘れてくれ」
「今は、エトワートに追いつくことだけを考えればいいと思うわ。どう? ユキノさん。エトワートは、見えたかしら」
「まだ、見えないわ。さっきからうっすらと、煙があるような気がするんだけど」
「エトワートの煙かもしれない」
 ユキノの言葉に、ロストーマスは答えます。近いのかもしれません。
『やぁ、俺はレールだ』
 おや、どうしたのでしょう。ロストーマスに、また何か聞こえてきます。
『正確には、俺と奴の二人で、二本のレールだ。まぁ、どっちが俺でどっちが奴なのかは分からなくても気にはしないさ』
『俺が俺だって知っていれば、十分だからよ』
 何か聞こえます。ロストーマスは、目の前に、そして車輪の下にあるレールを見つめます。そう、それだ、という声が聞こえてきます。
 なんと、レールがロストーマスに話しかけているのです!
『だって、そういうことだろ。自由なんてモンはさ』
『エトワートは自由に目覚めたんだろう。暴霊っていう連中もいるけどさ、そんなチャチなモンじゃないさ。エトワートは見ちまったのさ』
「見た? 何を見たって言うんだい?」
『夢ってやつをよ。でっかい、夢ってやつをよ!』
 夢、とレールは言います。
 どういうことでしょうか、ロストーマスには分かりません。夢ならば、ロストーマスだって見ていますし、きっとエトワートだって見ていたでしょう。
 少なくとも、今こうしてエトワートを追っていることは、夢とはかけ離れています。きっと、エトワートも、いいえ、嘗てのエトワートもそうでしょう。
 ならば、見たという夢は、レールの言う夢とは少し違うような気がします。夢は夢でも、悪夢に近いような気がします。
 そんなロストーマスの気持ちとは裏腹に、レールは言葉を続けます。
『頼みがあるんだがさ、俺も奴も、地べたを這い蹲っているのに、チト飽きてきているんだ』
 更に不思議な言葉が続きました。
 飽きる、とはどうしたことでしょうか。こうしてロストーマスが走っている事実をも、レールは飽きたというのでしょうか。
 さっぱり、理解できません。
 ロストーマスが疑問を投げかけようとした瞬間、ユキノが「見えた!」と叫びました。
「エトワート、見つけた!」
 ロストーマスははっとして、前方を見ます。レールではなく、真っ直ぐと前を見据えます。
 そこには、見慣れた赤い客車が走っていました。
 エトワートです。


<現実世界>

 ぽん、という電子音が聞こえ、一夜ははっとする。
 管理者からの通知だ。

>ロストーマスと、エトワートの位置を確認しました。山の方のマップにいるようです(管理者)
>他の人の避難は、どうでしょうか?(一夜)
>緊急メンテナンス状態にして、強制ログアウトしてもらいました。今現在、ログインしているのは「百田 十三」「司馬 ユキノ」「幸せの魔女」の三名……あれ、もう一人……いえ、気のせいですね(管理者)
>俺もログインすることは、可能でしょうか?(一夜)
>申し訳ないですが、システム上難しいです(管理者)
>では、ログインしているメンバーに連絡は取れますか?
 あと、できればマップの進行を誘導させたいのですが(一夜)
>それならば、一時的に管理者権限を差し上げましょう(管理者)

 管理者がそう告げると、ポン、という電子音と共に、一夜の元に仮IDとパスワードが届けられる。
 これを使い、メンバーに連絡したり、マップに干渉したりすれば良いようだ。
「皆さん、エトワートには追いついたでしょうか?」
 小さく呟きつつ、一夜は管理者ページにログインする。


<螺旋機関車>

 しゅっしゅっしゅっしゅ!
 勢いよく、煙突から煙が上がっています。
「おおい、エトワート!」
 ロストーマスが呼びかけますが、エトワートは答えません。
「あと少し、あと少しで追いつくわ!」
 ユキノはそう言って、スピードを上げます。幸い、目の前のレールは真っ直ぐに伸びています。スピードを緩める必要のある、カーブはありません。
「もう少しいったら、二車線になっているわ。そうすれば、並走できるかもしれないわね」
 幸せの魔女が、前を見ながら言います。
 今は、レールが一本しかありません。ですから、エトワートの真後ろを追いかけている状態です。
 運よく、分岐点はありませんでした。これも、幸せの魔女がもたらした、幸運かもしれません。
「他の機関車も居ないようだし、幸いだな」
 十三がそう言いつつ、ちらりと幸せの魔女を見ます。
「幸運を引き寄せたかしらね」
 幸せの魔女はそう言い、エトワートのほうを見ます。がたん、と軽く車体が揺れたかと思うと、前方に居たエトワートの客車が、横に見えてきました。
 二車線を並走し、追いついてきたのです。
「あと少しよ!」
 幸せの魔女が叫びます。
 十三は「よし」と小さく呟くと、印を結びます。
「火燕招来急急如律令! エトワートの前を飛び回り、気を散らすのだ!」
 十三が叫ぶや否や、燕が現れてエトワートのほうへと飛んでゆきます。ちょうど、顔の前辺りを飛び回るものですから、エトワートはたまりません。
「ええい、何なんだ、何なんだよ?」
 エトワートは慌てて目を何度もぱちくりします。振り払いたくとも、手が無いのですから振り払えません。もどかしいようです。
「少しスピードが落ちたわ」
 ちらりと横を見ながら、幸せの魔女が言います。エトワートが顔の前に飛び回る火燕に気を取られてしまったからでしょう。先程までよりも、走るスピードが遅くなっているのです。
「よし、今の隙に飛び移るぞ!」
 十三が言うと、幸せの魔女が頷きます。
「こっちは任せて!」
 ユキノがレバーを握り締めながら、答えます。ロストーマスとエトワートは、今完全に、横並びに走っているのです。
 幸せの魔女は飛び移ろうとし、躊躇します。飛び出せばいいだけなのですが、その一歩が中々でないのです。
「軽身功はかけてある、あとは普通に飛び移ればいい」
「でも、凄いスピードよ」
 十三の言葉に、幸せの魔女は答えます。臆するのも無理ありません、真っ直ぐのレール上を走っていることもあり、ロストーマスもエトワートも、ものすごいスピードなのです。
「よし……鳳王招来急急如律令!」
 十三は叫び、巨大な鳳凰を呼び出します。
「飛び移り損ねたら、怪我をせぬよう空中で拾い上げろ!」
 十三の指示に、鳳凰は一つ鳴きました。これで万が一、何かがあったとしても、大丈夫です!
 幸せの魔女はごくりと喉を鳴らし、ええい、と飛び出します。

――ふわり。

 身体が軽く浮き上がり、無事エトワートの客車に着地できました。
 驚いていると、続けて十三がエトワートへと飛び移りました。
「軽身功は、解除した方がいいんじゃないかしら?」
 ふと気付き、幸せの魔女が言います。十三は一つ頷き、言われたとおり解除します。途端、自らの身体が、ずしん、と重みを感じます。
「いきなり、何だ? 何故、重くなったんだ?」
 火燕を睨みつけつつ、エトワートは言います。
「エトワート、止まれ、そして落ち着け!」
 十三が叫びます。
「誰だ、お前は誰だ?」
 エトワートが尋ね返します。
「私たちは、貴方を止めにきたの。そうやって、走り続けている貴方を」
 幸せの魔女が、諭すように言います。
「関係ないだろう? 俺はやれるんだ、やれるんだからよおおおおお!」
 ぐははははは! と、エトワートは大きく笑いました。目を瞑ったので、火燕は邪魔になりません。
 もちろん、だからと言って、ずっと目を瞑っては走れませんけれど。
「エトワート、乗り物が走るのには、ルールがあるの!」
 ユキノが運転しながら叫びます。
「好き勝手しちゃ、駄目だし危ないよ! ルールを守ってだって、楽しく走れるよ!」
「守っているじゃねぇか、俺のルールを。俺様のルールをな!」
 なんという、俺様ルール!
 エトワートの言い方に、思わずユキノは唖然とします。
「エトワート、僕は楽しいよ? こうやって走っていると、心が軽やかになるんだ」
 ロストーマスが問いかけます。
「はん、そんなのはまやかしだ。俺は、気付いたのさ。しゃらくせぇ状態で、今まで走っていたってな!」
 エトワートが叫びます。人を不愉快にさせる、吐き捨てるような言い方です。
「何でそういう事を言うんだい? 僕は変わらないよ。前も、今も、走ることは楽しいよ」
「ねぇ、あなたたちの思う走る喜びって、どんなこと?」
 ユキノが冷静に尋ねます。
「走る喜びぃ?」
 馬鹿にしたように、エトワートが言います。
「私は、走るの好きなんだ。乗り物が違うし、理由もたぶん違うんだけどね。走ることって、気持ち良いよね。それは、分かるよ」
「そうだね、気持ち良いよ。風を感じて、人の温かみを感じて、充実を感じて」
 ユキノの言葉に、ロストーマスが答えます。
「単調にレールの上を走るのが、気持ちいいって?」
 エトワートは、馬鹿にするように笑います。
「確かに、レールの上は単調かもしれないわ。だけど、よく見れば毎日違うんだよ。空模様も、空気の匂いも。季節が変われば、周りの木々の色や咲く色も変わる。それに、乗ってくる人たちも」
「人」
 ユキノの言葉を聞き、エトワートがぽつりと返します。
「変わらず走ることで、違うものが生まれるというのはあるわね。小さな変化に気付くことだとか、機関士との信頼だとか」
 幸せの魔女が言います。エトワートは、むっとしたように口を尖らせます。
「そういえば、暴走すると機関士も家に帰れなくなるな。お前の心の友なのだろう? 少しは思いやっても、罰は当たらないと思うのだが」
 十三が言うと、エトワートは舌打ちをします。
「あいつは、いねぇよ。俺は、自由なんだからな」
「自由って、何なのかしらね? 本当に幸せなのかしらね?」
 ぽつり、と幸せの魔女がエトワートに尋ねます。エトワートは答えにつまり、忌々しそうに唸ります。
「全く、邪魔ばかり、しやがって。鬱陶しい奴らめ、面倒くさい奴らめ! どけどけ、この鳥が!」
 エトワートは吼え、汽笛を鳴らします。もくもくもくもく、と煙が立ち昇ります。
「エトワート、止まってくれないかい? ゆっくり、話そうよ」
 ロストーマスが言いますが、エトワートは鼻で笑います。
「もうすぐお前ともお別れだ。お前は、あっちに行きな!」
 エトワートの言葉に、ロストーマスは「あ」と気付きます。
 目の前のレールが、分岐しています。分岐器がエトワートとロストーマス両方のレールに存在し、それぞれが端と端に向かうようになっているのです。
「幸せの、お前さんの幸運でどうにかならんか?」
「それよりも、さっさと止めた方が早いんじゃないかしら?」
 十三と幸せの魔女は言い合いながら、機関車部分へと進みます。
「やめろやめろ、俺は、操縦なんてされるものか!」
 エトワートがガタゴトと車両を揺らします。足元が不安定になり、進みにくいのです。
「せめて、同じ方向へ併走できれば」
 ユキノがレバーを握り締めます。ロストーマスの行き先を、エトワートに近い方へと進ませることは何とかできるかもしれません。ですが、エトワートの行き先は、ロストーマスからはどうにもできません。
 レールが、違うのですから。


『チャンスがきちまったよ』
 ロストーマスに、何かが聞こえます。
 あの、不思議な声です。
『この退屈な世界に、憧れのチャンスがさ。お前のことだよ、ロストーマス』
「また、君かい?」
 ぽつり、とロストーマスが呟きます。幻聴ではないようです。幻聴にしては、よく聞こえてくるのです。
『今日のお前は輝いてんだ。お前は、できるんじゃないかな』
「何を? 何を、できるっていうんだい?」
『道に、屋根に、空に、俺と奴で埋め尽くしてやりたいんだよ』
 レールの言葉に、ロストーマスは「あ」と声を出します。
 気付けば、目の前がレールだらけです。右を向いても、左を向いても、線路が張り巡らされています。
 レール、レール、レール……! まるで、レールしか存在しないのではないかとすら思える景色です。
『お前らは、天に昇る俺たちの上を、走っていくが良いさ!』


「……マス、ロストーマス!」
 ロストーマスは、はっとします。気付けば、ユキノが叫んでいます。
 もうすぐ分岐がやってきます。分岐器によって、ロストーマスとエトワートは、違う方向へと進むことになります。
「何とかならないかしら。分岐器によって、エトワートと併走できなくなるわ。あっちには、百田さんと幸せさんがいるから、見失うことはないと思うけど」
 ユキノは言います。ロストーマスは、あれ、と呟きました。
 分岐はやってきます。分岐器もあります。
 いいえ、分岐器はたくさんあるのです。無数に、無限に、存在しているのです。
 ユキノには分からないのでしょうか? 世界が、線路によって埋め尽くされていることが。沢山存在しているということが。
 だから、簡単な話なのです。ロストーマスは、ただ選ぶだけでよいのです。
 エトワートの隣に続く線路を、そしてそこに至る為の線路を。
「僕は、できるんだ」
「え?」
 ロストーマスの言葉に、ユキノは思わず返します。
 ユキノには分かりません。目の前には、エトワートと分かれる分岐器しか見えないのです。
 ですが、ロストーマスには分かります。見えます。
 無数の線路が、エトワートへと続く線路が。
「僕は、できるんだ!」
 ロストーマスは選びます。そして、力強く汽笛を鳴らし、現れた線路に乗り入れました。
『それで、いい。走れ、ロストーマス!』
 声が聞こえます。レールの声です。
 ユキノが叫びます。突然のことで、驚いたのです。

――だんっ!!!!

 がたがたがた、と大きな音を立てて、ロストーマスはエトワートの隣へと着地して走り出します。
 ロストーマスはただ、線路の上を選んで走っただけでした。ですが、ユキノたちの目には、ロストーマスが飛んだようにしか写りません。
 事実、飛んだのです。
「なっ……なんだよ、ロストーマス! お前、一体?」
 エトワートが動揺して叫びます。ロストーマスは微笑み、併走します。
「僕は、走っただけだよ。君の隣の、線路へと」

>皆さん、無事ですか?(一夜)

 突如、声が聞こえました。空からの声です。
「その声は、黒葛くん?」
 ユキノが問いかけると、頭の中で「はい」と返事があった。

>管理者権限を利用して、話しかけています。少し変な感じがするかもしれませんが、了承してくださいね(一夜)

「それは構わないが、管理者権限だと?」
 十三が尋ねると、幸せの魔女は「なるほどね」と答えながら笑います。
「それで、さっきログアウトしたのね」

>そうです。他のユーザーも、避難させました。その代わり、俺はログインできなくなったんですが(一夜)

「ああ、だからさっき、ロストーマスは飛べたのね」
 ユキノが納得したように言いました。一夜が管理者権限を使い、ロストーマスをエトワートの隣へと移動させたのだと思ったのです。

>いいえ、それは違います。俺は、現在マップの確認をしていただけなので(一夜)

 一夜の答えに、ユキノは首をひねります。
 ですが、今はそれについて詳しく考えている余裕はありません。大事なことは、エトワートの暴走を止めることなのです。
「ふん、それなら、俺はこっちに行くまでだぜ!」
 エトワートは言い、ちらりと右前方を見ます。分岐器と、直角に曲がるレールがあります。右に曲がってやろうという魂胆のようです。

>残念ですが、そちらにはいけません(一夜)

 一夜が言った瞬間、右前方には大きな岩が出現しました。これでは、右に曲がっても進めません。まっすぐ、ロストーマスと併走するしかないのです。
「お前さんの仕業だな?」
 にやり、と十三が笑います。一夜は小さく笑いました。
 管理者権限を使い、岩を出現させたのです。

>エトワート、ロストーマスと競争してみてはどうですか? 純粋に、ただ走ってみてはどうですか?(一夜)

「走る」
 ぽつり、とエトワートが呟きました。
「そりゃあ、いい。勝負というなら、火燕を下げよう」
 十三はそういうと、火燕を戻しました。エトワートの視界が、途端広くなります。
「今更、客車を取ることはできないから、そこは納得するのよ」
 幸せの魔女が言います。エトワートが暴走を始めたのだから、それくらいのペナルティは請け負っても良いでしょう。
「頑張ろうね、ロストーマス!」
 ユキノがレバーを握り締めながら、ロストーマスに言います。
「うん、僕、頑張るよ!」
 ロストーマスが答えます。二人の間には、信頼関係が芽生えています。
 機関車と機関士の、信頼が。
「機関士」
 ぽつり、と再びエトワートは呟きました。
 エトワートには、機関士が乗っていません。乗っていない状態で、勝手に、エトワートは走り出したのです。
 しゃらくさい、と。自由なのだ、と。
 機関車部分が、妙に冷たく、重たく感じます。
 十三か幸せの魔女が運転すればよいのかもしれませんが、二人ともしません。二人はエトワートを止めるために乗り込んだのであって、走らせるために乗り込んだのではないのです。
「俺、は」

>さあ、スタートとゴールを設定しました。純粋に、早くゴールに到達した方が、勝ちですよ(一夜)

 前方上空に、スタート、と書かれた横断幕が張られています。更に遠くの方に、ゴール、と書かれた横断幕が見えます。

>スタート!(一夜)

 二台の機関車が、スタートを駆け抜けます。レールは真っ直ぐに伸びています。真っ直ぐに、真っ直ぐに伸び、ゴールへと向かっています。
「行くわよ、ロストーマス!」
 ユキノはそう言って、ロストーマスのレバーを握り締めました。ロストーマスはそれに応じるように、前へ前へと突き進みます。
「いい勝負だ」
 十三がロストーマスとエトワートの併走を見つつ、笑います。
「風が気持ち良いわね」
 幸せの魔女が、すばやく通り過ぎる景色に目を細めつつ、言います。
 風を感じます。
 真っ直ぐに走っていると、何処までも行ける気がします。開放された感じがします。
 焦がれていた自由を、手に入れた気がします。
「自由」
 走りながら、エトワートは呟きます。
 焦がれていた自由を手に入れて走っていました。機関士に操縦されるのが嫌だと、自分ひとりで走りました。乗ってくる人が煩わしいと思いました。要らないと思いました。
 要らないと思ったものが、欲しいと思い始めました。
 手に入れたと思っていたものを、今手に入れたと感じました。
 どうしたことでしょう。エトワートは、今、ものすごく、寂しいのです。
 寂しくて寂しくて、堪らないのです。
『手に入れていたんだろう? 自由を』
 声が聞こえます。
 手に入れたと思っていた、とエトワートは思います。
 それなのに、どうでしょう。今ようやく手に入れた、まだ手に入れてなかった、としか思えないのです。

>ゴール!(一夜)

 はっと気付くと、左前方にロストーマスが走っていました。ロストーマスに客車はついていません。
 あれでは、お客を乗せることは出来ません。
 エトワートは自らの重みを感じます。客車がついています。十三と幸せの魔女が乗っています。
 お客が、乗っています!
「俺には、客、が」
 もわもわもわ、と紫煙が昇ります。
「俺には、客が、乗っている。ロストーマスには乗っていない。早く走ったって、走れたって、客が、居ないじゃないか」
 もわわわわわわ、と紫煙が昇ります。
「俺には、客を乗せて、早く走らせることが出来るんだ……!」

――ぽんっ!!

 軽快な音が響き渡ります。大きな紫色の雲が空へと昇って行き、ゆらり、と一瞬揺れた後に消えてしまいました。
 そうしてゆっくりと、エトワートはブレーキをかけました。
 それに気付き、ユキノもロストーマスにブレーキをかけます。
 ポッポー、とエトワートとロストーマスの煙突から、煙が上がります。
 白い、蒸気です。
 どちらとも、白い煙です!
「エトワート!」
 ロストーマスが声をかけます。エトワートの顔は、いつもの優しい顔に戻っています。
「俺は、人を喜ばせることが出来る機関車なんだ」
 エトワートはそういって、機関車を降りてきた十三と幸せの魔女に「すまなかった」と謝ります。
「だけど、乗ってくれてありがとう」
 エトワートが言うと、二人は「どういたしまして」と笑います。
「無事に思い出せて、良かったわ」
 幸せの魔女が言います。
「思い出せてよかったわね、走る喜びを」
 ユキノがロストーマスとエトワート、両方を見て言います。

>無事、終えたようですね(一夜)

 一夜も、ほっとしたようです。
「おい、あれは……エトワート……じゃないな。同じ列車? え、違う列車か?」
 十三が、怪訝そうに言います。
 たくさんの機関車が、おおいおおい、と声をかけながら走ってくるのです。エトワートやロストーマスに良く似た、機関車たちです。
「ベンリー、ゴッドン……みんな!」
 ロストーマスが言うと、機関車たちは楽しそうに笑いました。
 シェームズに、ハージー、トッピー、バーディー、アーニまで!
 みんな、エトワートを心配していたようです。
『みんな、自由かい?』
 声が聞こえます。
 楽しそうな声です。
 沢山の楽しそうな声に混じって聞こえました。
 機関車たちは、揃ってレールの上を走ります。もう、寂しくなんてありません。しゃらくさい、と走ることもありません。
 それぞれに、走る喜びを抱いているのですから。

<おしまい>

クリエイターコメント この度は、螺旋機関車ロストーマスにご乗車いただきまして、有難うございます。
 螺旋特急への乗り継ぎは、こちらでございます。
 少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2013-04-29(月) 16:30

 

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