オープニング

 広大なヴォロスの一角には、無論四季や季節というものが存在する地域もある。
 エデッセ地方と呼ばれるこの辺りは、壱番世界の日本と同じく夏真っ盛りである。照りつける日差しは痛いほどだが、湿度が低いおかげもあってそれほどの不快さは感じない。
「そう、ここがエデッセ地方の緑菜領域っていうのね。色といい艶といい、素晴らしい野菜ばかりだわ」
 脇坂 一人がうっとりと微笑むのへ、ゲールハルト・ブルグヴィンケルはうなずいた。
「竜刻の影響で、この領域全体に極上の野菜が育っているそうだ。この領域の野菜は非常に発育がよく、次々と実るゆえ、多少収穫しすぎても問題ないとお聴きした」
「それは素敵ね、たくさんの人たちといっしょに野菜パーティをしても迷惑がかからないってことだもの」
「そうだな。不肖ゲールハルト、調理器具や調味料、追加食材のたぐいを山のようにお持ちした。料理好きのかたがたに腕を揮っていただこうと思う」
 瑞々しい、あおい香りが鼻腔をくすぐる。
 そこは平原の様相を呈した天然の畑だった。
 ひとつの町がすっぽり入ってしまいそうな、広大な領域である。
 陽光に照らされて、ひとつひとつの野菜が輝いている。
 宝石すら凌駕するほど真っ赤なトマト。濃い紫がつやつやとしたナス、瑞々しく爽やかなキュウリ。しゃきしゃきのアスパラガス、独特の香気がたまらないミョウガ、ほっこりと甘い蚕豆(そらまめ)。ねばねば好きにはたまらないオクラ、あっさりほっこりとしたズッキーニ、苦みがあとを引くゴーヤー、甘さがギュッと詰まったとうもろこしなどなど、原理のほどは不明だが、ありとあらゆる夏野菜が共存し繁栄している。
 今を盛りと輝くのは夏野菜たちだが、その他、大根やニンジンなどの根菜、カボチャ、ネギやジャガイモ、山菜などといった、壱番世界日本の感覚で言えば季節外の野菜もあちこちに見られる。
 こちらも、無論、見ただけで最高級の出来だと判るものばかりだ。
「ほかの皆は?」
「じきに到着されよう」
 この地方の噂を聞きつけたのは一人である。それは『ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニー』へと伝わり、こんな面白い場所を放っておく手はない、と、カンパニーはツアー企画を催すこととなったのだった。
「ふふ……楽しみね」
 これを好きなだけ収穫して、好きなように料理できるのかと思ったら、込み上がる喜びを抑えきれない一人である。
 ――が。
 不意に、平原の一角が騒がしくなった。
 なにごと、と思いつつ振り向いた一人が、
「ええと……ゲールハルトさん?」
「うむ、いかがなされた」
「あのごちゃっとした辺りの事情を教えていただけると嬉しいんだけど……」
 今回は突っ込まなくて済むと思ったんだけど、と、諦観のにじむ笑みを浮かべつつ指差した先では、やたらとサイズの大きい野菜たちが、土の中から這い出したり自分が実っていた茎から飛び降りたりして、動き回り始めている。
「……竜刻の影響、ってことかしら……」
「ふむ、そのようだ。この地域は竜刻の力が強いのであろうな、蓄積されたエネルギーが、ときおりあのようなかたちで表出するらしい」
「ええと、つまり?」
「あれらを斃さねば野菜を食すどころの話ではない、ということであろうな。逆に言えば、斃せばもとの野菜に戻る」
「……衛生的に大丈夫なのかしら、それ」
「では、不肖ゲールハルト、害のある菌などを無効化する結界を張らせていただこう」
「あっそうなの。なら安心ね……って、なんだか増えてるんですけど……!?」
 見れば、先ほどまで大人しく育っていた他の野菜たちまで目覚めつつあるではないか。

『キュウリを虫の餌とか言うやつァみなごろしだー!』
『栄養がないとかいうやつもみなごろしだー!』
『パセリを食べずに捨てるやつにはお仕置きをくれてやるー!』
『パセリ農家の皆さんに土下座して詫びろー!』
『ピーマンを苦いから嫌いとかいうやつには鉄拳制裁だー!』
『大人の階段をのぼらせてやるー!』
『茄子のぐにぐにした歯ごたえがいやとか言うやつには天誅だー!』
『アントシアニンの働きに酔い痴れろー!』

 虐げられし野菜の皆さんがシュプレヒコールを上げる。
「内容を聴くと全体的にその通りなんだけど、何、何なのこのツッコミ満載どころかツッコミしかない空間は……!」
 平和に夏野菜パーティを愉しみたかった一人が眼を剥く中、

『まァ……待て、同胞たち』

 野菜たちの真ん中で、そいつがスッと手を挙げた。
 とたん、野菜たちはぴたりと声を上げるのをやめる。
 ざわざわ、と熱気めいたざわめきが広がって、

『おお……我らが守護者、ヤサイ人様のおでましだ……!』

 一人は、アッ駄目猛烈に突っ込みたい、と心の底から裏拳を放ちたい衝動に駆られる。
 ――なんか金色に輝いている個体である。
 全体的にヒトのかたちをしているが、よくよく見ると身体のパーツはそれぞれが野菜で出来ている。野菜たちの総大将と言ったところか。なんにしてもツッコミしか感じない。

『俺は目覚めた……今こそ、この地に野菜たちの王道楽土を築く時だ!』

 わあっ、という歓声が上がった。
 ツッコミ衝動のあまり手をわきわきさせつつ一人が見守る中、ヤサイ人の演説は続く。

『我ら野菜の幸福とは何か? それは、人間どもに美味しく食べられることだ!』

 どおおおおっ、と平原がわいた。

『くくく……我らの世話に従事するならば人間は生かしてやろう。肉や魚など食わせない。野菜の素晴らしさ、野菜の持つ無限の可能性をあますところなく人間の身体に叩き込んでやる……!』

 またしても大歓声。
「ええと、うん。その、それって結局、いつも通りの人間と野菜の関係なんじゃ……っていうか、最終的には食べられるんじゃない……」
 面と向かって突っ込んだらつるし上げられるのかしら、と戦々恐々としつつ、一人は溜息をついた。
「まあ、放っておいたらこの領域に隣接する地元の皆さんが迷惑するだろうし、とりあえず斃すしかないわよね……」
 野菜たちの上げる鬨の声で辺りが震えている。
 爆発して血しぶきめいたソースをおっかぶせてくるトマト。
 下敷きになったら全身の骨が砕けそうな大岩カボチャ。
 触手のように蔓を伸ばし犠牲者を捕らえようとするサツマイモ、爆ぜて二段変身するとうもろこし。弾丸オクラ。マシンガン蚕豆。
 さらに、「俺の尻を揉め!」とぐいぐい迫ってくる、おっさんの尻のようなかたちをした蕪までいる。
「オッサン型野菜とか斬新すぎでしょ……!?」
 ツッコミで過労死するなんてイヤ、とハンケチを噛みしめつつ、あちこちにおっさんの特徴が認められる野菜の姿を見出してしまい、戦慄を禁じ得ない一人である。

『そうとも、野菜ほど素晴らしいものはないことを人間に教えてやろう。コラーゲンが入ってないからって舐めるんじゃねえ、ってな!』

 ヤサイ人の高らかな宣言に、野菜たちの興奮は最高潮に達している。
 一人は棒切れのように突っ立って、もうコレすでに夏のバカンスじゃない、と遠い目をしていた。
「そうであった、言い忘れていた」
「何かしら? 今さら、何があっても驚かないわよ……?」
「緑菜領域は、甘味の楽園と言われる甘宝領域と隣接しているのだ。この辺りは竜刻の力が特別強いのであろうな。甘宝領域では、不思議な原理で、目にも美味な甘味のたぐいが果実や自然現象のように存在しているそうだ。そちらへは、蓮見沢 理比古殿と神楽殿が向かっている」
「へえ、そういうのもメルヘンで素敵ね。夏野菜料理を堪能したあとはデザートっていうことかしら。……野菜たちを斃したあとだけど」
「うむ、そうだな。向こうには、領域の守護者古悪理ノ王(こおりのおう)なるものがいて、彼奴めに挑んで勝利することが出来れば、この世の極楽が見えるほど美味なかき氷を供してくれるとも聞く。甘味を愛するもの、腕に覚えのあるものは、行ってみるのもよいやもしれぬな」
「涼菓の化身古悪理ノ王……うん、竜刻パワーってすごいわね……」
 すでにすべてのツッコミを放棄したアルカイックスマイルで、一人は傍らに生える紫蘇を摘んだ。細く刻んだのを冷奴に山盛り載せてツルッと行きたいわあ、などと若干現実から逃避しつつ。
 とはいえ、ヤサイ人などというトンデモガーディアンを生み出すくらいであるから、この地の竜刻パゥアにおいてはむしろ特筆すべきことでもないのかもしれない。
「あのヤサイ人なるもの、熱い魂を持つようだ。熱き心で、拳にて語ることが出来れば、あるいは……?」
 野菜料理を楽しみに来て、なにゆえ血湧き肉躍るバトルに従事せねばならないのか、運命とかいうものを小一時間ばかり問い詰めたい気持ちになるが、野菜たちの結局は微笑ましいシュプレヒコールを聴いていると、それもどうでもよくなってくる。
「まあ……でも、全体的に見れば穏やかな領域よね。野菜たちだって、私たちに食べられることを幸せと感じてくれているんだから、感謝していただかなくちゃね」
「うむ、料理が好きなものも、食べることが好きなものも、戦いが好きなものも、皆がめいめいに過ごすのがよかろう。それはよき思い出となるであろうから」
「ええ、そうね。おいしいものはひとを幸せにするし、幸せな時間は心に残るものね」
 刻一刻と近づく別れの時を意識せずにはいられないのが昨今だ。
 その日が来るまでに、楽しい思い出をつくることは、有意義であるに違いない。
「あ、私、もしかしたらツッコミへの疲労感のあまりどこかに埋もれちゃってるかもしれないけど、気にしないでね……一日くらい経ったら復活するから、その時は掘り出すか何かして」
「うむ、承知いたした。この不肖ゲールハルト、熱き心にて発掘いたそう」
 ゲールハルトが、ツッコミ泣かせの真顔で重々しくうなずいたところで、領域の入り口付近が騒がしくなった。
「来たみたいね。皆、驚くでしょうけど……」
「うむ。不肖ゲールハルト、皆がよきひと時をすごすことを思うと、胸の高鳴りを抑えきれぬ」
「ゲールハルトさんも相当熱いわよね」
 ふたりは顔を見合わせて少し笑った。
 そして、若干のカオスを孕みつつも賑やかな、よき思い出となるであろう夏を楽しむ仲間たちを迎えるべく、そちらへと歩き出すのだった。



※このパーティシナリオは、「【美味夏祭】スイーツ・パラダイス!」と猛烈にリンクしていますが、参加の制限などはいっさいありませんので、お好みのスタンスでお楽しみください。



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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号2859
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメントこんばんは。
『異世界コンシェルジュ』へのアイディアをありがとうございました。本シナリオを担当させていただきます黒洲です。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回のシナリオでは、竜刻の影響で天然の極上ファームと化した緑菜領域にて、動き回る野菜と戦ったり野菜の素晴らしさについてヤサイ人と熱く語り合ったり、収穫の歓びを味わったり野菜料理を愉しんだり、友人同士で野菜料理に舌鼓を打ったり交流したりしていただけます。
(料理に関しては、ゲールハルトが肉や魚や玉子、乳製品などの追加食材も持ち込んでいますので、ヤサイ人師匠のことは気にせず腕を揮ってくださいませ)

傾向としては、カオスなコメディとバトル、おいしい交流といったところでしょうか。野菜は基本的に壱番世界に準ずるものばかりですが、ときどきオッサンニカ種っぽいものも見受けられるようです。オッサンニカ種に当たっちゃう不幸なツッコミ系PCさん、ごめんなさい(最初に謝っておく)。

ご参加に当たっては、
1.野菜たちと戦う(挑んでみたけど敵わなかったので逃げる)
2.ヤサイ人と拳で語り合う
3.野菜を収穫する(どんな野菜を?)
4.野菜料理に従事する(どんな料理を?)
5.野菜料理を貪り食う(お好きなメニューは?)
6.とりあえず突っ込む
7.その他、やってみたいことがあれば(必ず採用されるわけではありませんのでご注意ください)
8.うっかり例のビームを食らう(おまけ要素ですので加減に気をつけて) 
以上八つの選択肢から、ひとつないしふたつをお選びになり、プレイングをお書きください。ふたつ以上選択していただいても結構ですが、その場合は行動の描写が薄くなるかもしれません。
また、文字数の関係もありますので、たくさんの行動を詰め込むよりも、ひとつの行動を丁寧になぞっていただいたほうが採用されやすく描写もされやすいかもしれません。

なお、3~5の選択肢には、特にPCさん間の交流がセットで付属します(希望されれば1や2でも出来ます)。PCさん同士の交流は、新たな出会いを求めてお任せいただいても、気になる方をご指名いただいても、気の合うPCさん同士で小グループをつくっていただいてもよろしいかと思います。なるべくご希望に沿えるよう調整させていただく所存。

また、今回は同時公開のパーティシナリオ、「【美味夏祭】スイーツ・パラダイス!」とストーリー的につながっております。同じPCさんでエントリーしていただいてストーリー間を行き来する、双方に交流のあるPCさんでエントリーしていただいて連絡を取り合う、などの楽しみ方をしていただいてもいいかもしれませんね。

ともあれ、今回のコンセプトは、「夏の思い出」。
終わりの見えてきた旅の一幕、PCさんそれぞれの記憶に残る、賑やかで楽しいひとときを描けたらと思いますので、興味をお持ちになられましたらどうぞご参加くださいませ。



それでは、夏の太陽が鮮やかに照らす緑の平原にて、皆さんのお越しをお待ちしております。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ソア・ヒタネ(cwed3922)ツーリスト 女 13歳 農家
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
アキ・ニエメラ(cuyc4448)ツーリスト 男 28歳 強化増幅兵士
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
ハルカ・ロータス(cvmu4394)ツーリスト 男 26歳 強化兵士
テオドール・アンスラン(ctud2734)ツーリスト 男 23歳 冒険者/短剣使い
レヴィ・エルウッド(cdcn8657)ツーリスト 男 15歳 冒険者/魔法使い
トバイアス・ガードナー(cpyf2352)ツーリスト 男 24歳 冒険者/剣士
シリル・ウェルマン(cvdr2064)ツーリスト 男 16歳 冒険者/短剣使い
氏家 ミチル(cdte4998)ツーリスト 女 18歳 楽団員
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
百(cmev9842)ツーリスト 男 49歳 鬼狩りの退魔師
司馬 ユキノ(ccyp7493)コンダクター 女 20歳 ヴォラース伯爵夫人
ラス・アイシュメル(cbvh3637)ツーリスト 男 25歳 呪言士(じゅごんし)
ルン(cxrf9613)ツーリスト 女 20歳 バーバリアンの狩人
脇坂 一人(cybt4588)コンダクター 男 29歳 JA職員
音成 梓(camd1904)コンダクター 男 24歳 歌うウェイター
一二 千志(chtc5161)ツーリスト 男 24歳 賞金稼ぎ/職業探偵
古城 蒔也(crhn3859)ツーリスト 男 28歳 壊し屋
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス
ヒイラギ(caeb2678)ツーリスト 男 25歳 傭兵(兼殺し屋)

ノベル

 1.収穫は楽し

 天然の野菜畑は騒然としている。
 咆哮を上げた野菜たちが、次々と人々に襲いかかるからだ。
 字面的にとてつもなくおかしいが、厳然たる事実である。
「ごごご、ごめんなさい……ッ!」
 華月は、牙を剥いたピーマンの集団に右から左からの猛攻を受けて涙目だった。
『食えー、好き嫌いすんなー!』
「ごめんなさい、でもピーマンは! ピーマンだけは、あの苦みがどうしても苦手なの……ッ!」
 律儀に謝りながら野菜を剣に見立てた木切れで倒してゆく華月。
 一撃喰らった暴走野菜たちは、なぜか満足げに、
『ふっ……いいパンチ、だったぜ……』
 ツッコミどころしかない台詞を残して普通の野菜に戻ってゆく。
 戻った野菜は、料理班が速やかに回収し、調理場へと運んでくれる。
「わあ、すごい……ホントに野菜が跳ねまわってるよ! こりゃあ面白いや!」
 ユーウォンは眼を輝かせていた。
 野菜たちのまとう、瑞々しいエネルギーに、自分もまた活力が漲ってくる気がする。
「ふふふ……じゃあ、こっちも全力で行くよ?」
 ユーウォンは空へと舞いあがった。
 上空から見下ろせば、陽光を受けて、緑の野菜がキラキラ輝いているのが見える。
「さあ……『順応』だ。どんな野菜をも噛み砕くこの歯と顎で……勝負!」
「噛み砕いちゃ駄目よ!?」
 ツッコミは、今回のツアーの発案者、脇坂一人から発せられたものだ。
「あっホントだ。えーと、じゃあ、どんな野菜をも打ちのめす?」
「トマトとか砕けちゃう!」
「えーとえーと、どんな野菜でもやさしくキャッチする?」
 すでに歯と顎の力を表現する文言ではなくなっているが、
「あっそれで行きましょう!」
 一人のOKが出たので、それをGOサインと受け取って、ユーウォンは生真面目に頷いた。
「……細けぇことはいいんだい! 喰わせろっていうんだよ、おい!」
 翼をはためかせて自在に飛び、両腕を伸ばして野菜たちを抱え込む。
 ユーウォンの腕に収まった野菜たちは、「やだ、ときめく……!」とでもいうような表情(?)をして、そのまま普通の野菜に戻るのだった。
「ふう……」
 一人は、爆弾のように弾けては飛んでくる芋類の猛攻を、鉈で叩き落としさばきながら収穫に精を出していた。
「お芋はこのくらいでいいかしら。葉物もほしいし、香味野菜も必要よねぇ」
 第一次産業に従事する農業者の、無駄のない動きである。
 きしゃああああ、と、どこの怪獣ですかと突っ込みたくなること請け合い、の雄叫びをあげた特大の小松菜が襲いかかってくる。葉っぱがばらけて蠢くさまはまさにモンスター。
「いけないわ!」
 一人はそこへ声をかけた。
「それじゃ野菜のネガキャンになっちゃうもの。野菜の未来を思うなら、共存路線が望ましいのではないかしら……? ともに手を取り合って進むのはどう? 野菜の素晴らしさを知っている人間なんて、掃いて捨てるほどいるわよ?」
 菩薩のごとき穏やかさで語りかける。
 襲いかかる野菜は、米袋30キロを片手で担ぐ農家の腕力で対処しつつも、一人さんの心にあるのはただ、野菜との共存共栄、双方にとって輝かしい未来なのだ。
『の、農家神様……!』
 それに感じ入ったかのように、一人を拝む野菜が現れ始めた。
 後光すら放ちつつ、一人は野菜との対話、収穫を続ける。
 そんな中、百田十三は、どっかりと腰を据えて酒をかっ喰らっていた。
 式神たちに野菜を取ってこさせ、丸かじりの夏を堪能している。
「冷えた生野菜に冷酒、これに勝る料理はないな」
 瑞々しい胡瓜、水分たっぷりの茄子、しゃきしゃきとしたアスパラガスなど、生で食べられる夏野菜は多い。そこへ、塩や醤油、肉味噌や酢味噌をちょいとつけ、豪快に齧りつくと堪えられないうまさだ。
「夏らしい酒宴だな、これは。――ん」
 ご満悦の十三の眼に、金色に輝く野菜の塊ことヤサイ人が映る。
 彼はにやりと笑った。
「幻虎招来急急如律令、あのヤサイ人の右腕が美味そうだ、切り落とせ」
 しかし、十三に命じられるまま、ヤサイ人へと襲いかかった式神は、
『野菜の力を舐めんじゃねぇ!』
 やたら男前なのに健康的すぎる雄叫びとともに粉砕され、符へと強制的に戻される。
「何ッ!? 野菜の守護者の名は、伊達ではないということか……!」
 いい感じに出来上がりつつある酔っ払いも、無駄にシリアスな男前顔で驚愕している。
 ルンもまたヤサイ人に食指を動かしたひとりだったが、とにかくこのヤサイ人、一筋縄ではいかないのだった。
「金色ヤサイ、初めて見た! ルン食べる、だから戦え!」
 最初は頭から齧りつきダイブで食い千切ろうとしたのだがあっさりと避けられ、ならばとギアの弓矢で射かければ躱すし、狩猟刀の一閃も通用しなかった。いきなり襲いかかって食べようという乱暴な魂胆は、どうも通用しないものであるらしい。
「ヤサイ人すげーな、チートにもほどがあんだろ……」
 追加で収穫に来たアキ・ニエメラが、呆れた顔をしつつ、手早く周囲の野菜を斃しては籠に詰め込むと、戦いより料理に燃えている強化兵士はそそくさと戻っていく。
 ソア・ヒタネもまた、強い想いによって燃え上がっているところだった。
「聞こえます……野菜の皆さんの声が。わたしたちに、食べてほしいと言っている……!」
 彼女は、巨大な桶になみなみと水をたたえたものを担いでいた。
 何か感じるところがあったらしく、野菜たちが歓声を上げて殺到すると、
「大丈夫です、野菜さんたちはわたしの、みんなのお友達なんですから!」
 ソアは、カッと目を見開き、桶の水をぶちまける。
 わああッ、と、また歓声が上がった。
 滝のごとき水に洗われて、野菜たちはつやつやと輝いている。
「だから……わたしが! 野菜さんたちの願いを叶えます! どうか、安心して食べられてください……ッ!」
 包丁を構え、野菜の群れに突入していくソア。
 ジューンもまた、野菜と語らうことに力を注ぐひとりだった。
「うちの双子の好き嫌い克服がこの夏の課題です。野菜の姿が見えない美味しい冷製ポタージュから始めてみようかと思うのですが、どう思われます?」
 真顔で、アスパラガスさんやピーマンさんたちに調理方法を相談しつつ収穫してゆく。野菜たちはすでに普通の野菜に戻っているはずなのだが、
「ああ、そうですね、味から慣れさせるということで、微塵切りにしてカレーの具材にするのはいかがでしょう。え、細かくし過ぎては意味がない? はい、そうかもしれません」
 やはり、
「身近な大人が野菜を美味しく食べている様子を見せることも大切……なるほど。そうですね、味覚そのものは、成長するに従って変わっていきますから」
 ジューンはどこまでも真顔である。
 その傍らでは、
「これだけの野菜があれば、いろんな料理ができますねぇ……おいしい手料理、食べさせてあげたいですぅ」
 誰との、とは言わないが、甘い食卓風景を脳内で妄想して怪しい笑い声を漏らしていた川原撫子が、
「温野菜のサラダ・バーニャカウダ風、トマトと胡瓜の冷製スープ、茄子のしぎ焼き、ピーマンと豚肉の塩麹炒め、菜っ葉の胡麻汚し、根菜たっぷりの炒り鶏、野菜てんぷら、野菜のグリル……」
 次々と収穫されてゆく野菜を見ながら、ひたすら適切な野菜料理名をつぶやいている。



 2.つくるよろこび、食べるしあわせ

 ゲールハルトが用立てた調理場はたいそうな賑わいを見せていた。
 皆が活き活きと楽しそうである。
 司馬ユキノもそのひとりだった。
「赤、黄、オレンジ……これ、表皮やヘタの様子からしてトマトかな? いろんな色があるんだ。私が日本で見るトマトとは少し違うみたい?」
 つるりとした表面が、太陽の光を反射して輝いている。
 色こそ一般的ではないが、ヘタや葉から漂う独特の香気はまさしくトマトのものだ。
「そのまま食べてもおいしいのかな?」
 独語しつつ野菜を検分していると、つやつやした紫色の野菜と行き逢う。
「あっ、茄子……茄子かあ」
 ユキノは苦笑した。
「ん? どうした?」
 素晴らしい手際で料理に勤しんでいたアキがユキノを見やる。
「あんまり好きじゃなくて。火を通した時の、ふにゃふにゃした食感が、どうもね。私の周りの人たちはみんな美味しいって言うけど、あなたも好き?」
「ん? ああ。シンプルに油で焼いて醤油かけただけでうまいよな」
「そっか……どうすれば克服できるかな?」
 ユキノが言うと、アキはにやりと笑った。
 茄子を網で焼き、胡麻のペーストとオリーブ油、にんにく、レモン果汁、クミンパウダー、塩を入れてすり鉢に入れ、もったりとするまで混ぜれば完成だ。そこには、茄子の形状を完全になくしたディップが出来上がっている。
「これは?」
「ババガヌーシュっていうんだ。壱番世界の中近東の辺りで食われているポピュラーな料理らしい。ほら、このクラッカーに載せて食ってみてくれ」
「うん、いただきます」
 恐る恐る口に入れると、コクのある蠱惑的な風味が広がって、ユキノは眼を瞬かせた。
「これ、茄子じゃないみたい。いくらでも食べられそう」
「はは、よかった。たくさん食ってくれ」
 朗らかに笑い、アキは次の料理へ取り掛かる。
 今回は、苦手な人が多そうな野菜を使った料理を中心に、という縛りプレイを愉しんでいる。
 ピーマンを茹でて裏ごしにし、生クリームとチーズを加えて混ぜ合わせる。そこに卵を加え、型に流し込んで、パプリカの角切りを彩りに散らして焼けば、ふわりとやさしい舌触りのキッシュが完成する。
「ピーマンって実は旨味の多い野菜だから、あの苦味さえ克服できりゃ旨いと思うんだよな」
 と、ご満悦のアキの傍らで、音成梓は遠い目をしている。
「どした? あ、千志、こないだはどーも」
「……ああ」
 先日、フライジングで同じ依頼を受けたというアキが、千志に挨拶をした後、小首を傾げて梓の傍を見やる。
「あとなんで蒔也はそんな拗ねてんの」
 何があったのか、そこでは古城蒔也が頬をぷっくり膨らませて三角座りをしていた。頑なに梓のほうを見ようとしない。確かアキと蒔也は同い年だったはずだが、まったくそうは思えない。
「野菜を片っ端から爆破しようとしたもんで、絶対にダメって本気で怒ったら馬鹿って言われた」
「あー。それは、双方にご愁傷さまっていうか」
 梓にしてみればおいしい野菜料理をつくることこそ本分。しかし、蒔也にしてみれば、爆破という能力を用いて野菜を鎮圧することこそ本分ということなのだろう。
「まあ……でも、アレだよね」
「ん?」
「いや、美味しい野菜って聞いてやってきたら、なんか想像としてたのと違う光景が見えたっていうか……」
 アルカイックスマイルの梓が、ゆったりとした仕草で裏拳を放っている。
 千志が遠くを見る眼をした。
「ああ、本当に。野菜っていうのは……アレ、で、いいんだよな……?」
 千志の視線の先では、野菜が奇声を発しながら飛び跳ねていたり、金色に輝く野菜の集合体がポーズをキメていたり、おっさん状の野菜がゆらゆら揺れていたりする。常識的で生真面目な性格の千志では、どういうリアクションを取ればいいのかすら判るまい。
 梓としてもそれが判るので、
「うん、俺は何も見なかった! というわけで千志君、料理しよう料理!」
 拗ねる蒔也を後目に意識を切り替え、料理へと没頭する。
「ああ、判った」
 千志は千志でフリーズする程度には戸惑っているが、梓の言動が自分を気遣ってのものと理解できるため、素直に従う。動き回る野菜を警戒するあまり、梓を護るように『影』まで出しているのはご愛嬌である。
(普段から、ただでさえ夢見が悪いってのに……)
 野菜たっぷりのオイルパスタやスープをつくるという千志を手伝って、茄子やズッキーニを刻み、トマトを湯剥きしながら――普段から自炊なので、見ての通り手際はいい――、千志はそっと嘆息する。
(これは、更にひどい夢を見そうだな)
 胸中につぶやいていると、一心不乱に玉ねぎを刻んでいた梓がふと顔を上げた。
「まあ、カオスな光景はともかくとして」
「?」
 千志が問うと、底抜けに明るい笑顔が返った。
「みんなで料理作ったり食べたりするのは楽しいよね!」
「……そうだな」
 彼もまた笑みを浮かべる。
 友人と過ごすこと、それそのものは、紛れもなく楽しい。
 そこへ、
「蒔也、いる?」
 ハルカ・ロータスが、絶賛ぶんむくれ中の蒔也を誘いに来た。
 追加で野菜の収穫を頼まれたということで、手伝ってほしいと言いに来たのだ。連れ立って出て行くふたりは、少年めいてどこか可愛らしい。
「いやー、しかし」
 蓮見沢 理比古は、衣をつけた野菜を油へ投入し、さくさくのフリットを大量に作成しつつ晴れやかな笑みを浮かべた。
「え、何、アヤ」
 ひと狩り終えてきたはいいのだが、野菜にツッコミすぎて多大な疲労感を抱えている相沢優とは対照的だ。
 優など、今回は突っ込まない、俺は野菜料理に賭けるんだ、と心に決めていたはずなのに、この体たらくである。裏拳を放ちすぎてそろそろ腱鞘炎を起こしそうな辺りが怖い。
「ん? ヤサイ人かー、ヴォロスってすごいなー、って」
 要するに、スルーだ。
 さらに、慣れた手際で中力粉をこね、手打ちうどんの準備を始める。
「それ、どうするんだ?」
 トマトをそのまま器に見立てたグラタン、ピーマンをじゃこといっしょに甘辛く炒めたもの。蒸した南瓜とナッツ、カッテージチーズを合わせたサラダ、人参をやさしい甘さで煮つけたグラッセなど、野菜のシンプルなうまみが引き出せる料理をせっせとつくりつつ問えば、
「うん、夏だからね。野菜のてんぷらを添えた冷やしうどんとかどうかなって」
「うわ、それはたまらん……!」
 理比古からは、ますます腹の減る提案がなされるのだった。
 その傍らでは、包丁乱舞によって大量の野菜を手に入れてきたソアが、粛々と煮物づくりに取り組んでいる。
 生姜の利いた、ホッとする味わいの煮ものだ。
「それ、おいしそうだね」
「夏場の生姜は身体をすっきりさせてくれるもんな!」
 理比古と優が交互に言うのへ、ソアはにっこり笑う。
「ええ。それで、よく味を沁みこませたら、地下水で冷やそうと思って」
 それはきっと滋味深く、それでいて爽やかに咽喉を滑り落ちてゆくことだろう。
 お料理男子ふたりの眼が、期待にきらりと輝いた。



 3.いつも通りの不幸な人々

「きゃー!?」
 華月の悲鳴が響き渡る。
 全体的におっさん状のデザインをした野菜が鼻息荒くにじり寄ってきて、我慢できず周囲に結界を展開してしまったのだ。
 結界に弾かれて、オッサンニカ風野菜がぼいんぼいんと弾き飛ばされていく。尻が強調されたその飛ばされかたすらトラウマになりそうだ。
 涙目の華月から少し離れたところでは、吉備サクラがゲールハルトへ鼻息荒くにじり寄っている。
「魔法でコスプレ、いいですよね! じゃんじゃん魔女ッ娘希望ですっていうか、どうせならその魔法だけ教えてほしいくらいです!」
 イベント参加が更に楽しくなる、とビーム習得を希望してみたのだが、
「む、すまぬがこれそのものは魔法ではないのだ……不肖ゲールハルト、自分ではコントロールできぬゆえ。そして、真に、魔女になれるのは、魔女の血を引くものだけなのだ」
 それは、普通の人間であるサクラには難しいことであるようだった。
 しかし、
「だが……かように魔女の力を欲していただけるとは、ゲールハルト、感謝の極みッ!」
 とにかく感激のツボがゆるゆるなおっさんに、いきなり例のアレをぶっ放され、巻き添えを喰らった周囲から断末魔めいた悲鳴が上がる。
 テオドール・アンスランとレヴィ・エルウッド、トバイアス・ガードナーとシリル・ウェルマンはまさにビームの直線状にいた不幸なグループのひとつだった。
 その時、テオドールはトバイアスと連携し、自分が囮役になってトバイアスの攻撃が効果的に決まるようサポートしていた。
 トバイアスは野菜たちに突っ込みたくて仕方なかったが、戦いに差し支えるためぐっとこらえて意識を切り替え、専念していた。
 野菜好きのレヴィは、高品質野菜に感激しながら、シリルとともに野菜の収穫を愉しんでいた。レヴィは特に芋が好きで、一番は馬鈴薯のたぐいだ。汚れも気にせず、芋掘りに夢中になっていた。
 もぎたてを川で冷やし、トマトやキュウリを美味しくいただいて、小休止のあともういちど収穫を……と『戦場』へ戻ったところ、その悲劇が起きたのだった。
 白い光が周囲を満たして消え、射られた眼が徐々に視力を取り戻すと、
「こ、これは……」
 黒地に赤と金の装飾、薄手の透ける生地やレェス織で涼しげな夏仕様となったテオドラさん、桜色の生地に白と金の装飾、愛らしいデザインのレヴェッカさん、黒地に橙と金の装飾、大胆で妖艶なデザインのトビーナさん、淡い緑地に白と銀の装飾、この中でもっとも違和感のないシルエラさんの四人が、驚愕とともに佇んでいるのだった。
「い、いや、ええと……その、これは……」
 “筋肉と装飾美の不幸な結婚”ことトビーナがわなわな震えている。
 なぜもっともやってはいけない相手に、もっとも露出度の高い衣装をあてがうのか。彼らの美々しい姿を目にしてしまったロストナンバーたちが、酢を飲んだどころかクエン酸をガロンで一気飲みしたような顔をしている。
「うん、まあ、これも鍛錬だ。さあ皆、張り切って行こうじゃないか」
 どこか突き抜けてしまった感のあるテオドラが爽やかな笑みとともに飛び出していく。トビーナはトビーナで、好敵手の手前取り乱すわけにもいかず、平常心保持に必死である。太腿がチラリしてしまうのへ吐血しそうになりながら野菜たちを倒す。その姿を、テオドラが「さすがは我が好敵手」とでもいうような嬉しげな眼差しで見ていた。
「うわ、可愛い」
 レヴェッカは、シルエラがあまりに愛らしかったものだからつい本音がポロリしてしまい、
「か、可愛いって……」
 前のめりで落ち込むシルエラを目にして盛大に動揺していた。もちろん、自分が魔女ッ娘になってしまった動揺も関係している。
「ま、まあ……初めての時は驚くものだけど。ほら、ふたりのように、この試練に挑めば強い心が得られるから。――たぶん。きっと。そうだといいな」
 どうにか立ち直って励ましにかかるものの、その言葉もどこか頼りない。テオドラ&トビーナペアは野菜たちと壮絶な戦いを繰り広げている。ツッコミしかないカオス空間である。
「ふたりのことは尊敬してる、けど……」
 わなわな震えたまま、シルエラさんは眼をカッ開いている。
「あの真似はちょっとできそうにないし、出来ればしたくない」
「あ、うん、僕も」
 やはり本音がぽろりしてしまうレヴェッカさんだった。
 ロウ ユエは、ここのところヒイラギが塞いでいる様子なのが気になって、少しは力を抜けという意味を込めてここへ引っ張ってきていた。
「故郷での食糧調達を思い出すな」
 豆弾丸を避け、羆のような咆哮を上げる巨大かぼちゃをぶん殴って沈黙させたところで、
「……ん? ヒイラギ?」
 ユエは、いつの間にか守役とはぐれたことを知った。
 やれやれ、とばかりにあちこち探し、とうもろこしやトマトを穏やかな眼差しで採取しているヒイラギを見つけて安堵する。
「どれも出来がいいですし、何でもありますね……っと!」
 弾丸ばりの速さで飛んできた茄子や蕪をすんでのところでキャッチし、いそいそと籠へ仕舞い込む。
「しかし、ユエさまはどこへ行かれたのか……?」
 きょろきょろしていたら、苦笑とともに歩み寄ってくる主人の姿が眼に入った。ヒイラギもまた同じ表情をしていただろう。
 と、ユエの表情がさっと険しくなり、すわ敵襲かとヒイラギは瞬時に彼のもとへはせ参じた。
 ――有体に言うと、それがある種の命取りになった。
 ヒイラギがユエのもとへ辿り着いた瞬間、周囲を目もくらむような光が周囲を包み込み、
「ユエさま!? な、なんですかこれは……!?」
 大切な主人は、たいへんにフェティッシュで美しい衣装に強制お着替えさせられてしまっていた。昔は姫として育てられていた人物なのであまり違和感はないが、そういう問題でもない。
 自分もまた同じ状況なのだと、やけにスースーする足元が伝える。妙に解放感があって落ち着けない。
 何より、自分がどうなっているのか確かめるのが怖くて身動きできない。
「わけあって、新鮮な夏野菜カレーを出したいんです。あの、私のつくるカレーの具になりたい子、いたら来てもらえませんか? 精いっぱい心をこめてつくりますから……お願いします!」
 サクラの懸命な呼びかけが響く中、貧乏くじを引くことにかけては定評のある人々は、棒切れのように突っ立って驚愕に身をゆだねるのだった。



 4.激戦! ヤサイ人!

 氏家ミチルは猛烈にハッスルしていた。
「野菜だって好きッスよ。栄養バランス大事!」
 金色に輝くヤサイ人に向かって高らかに宣言し、
「そう……いわば、美味しくいただく前の礼儀! 自分らの本気を見るッスよ、ヤサイ人さん!」
 気合十分、野獣どころか魔獣のような速度でミチルが飛び出してゆく。
 ヤサイ人は歓喜と熱気でもってそれに答えた。
「あああ、アレもう女子高生っていうか人間が出していい速度じゃないよね……!」
 ハラハラしつつもロナルド・バロウズは動けない。
「ええと……あの、大丈夫……?」
「何あんた、樹液でも出てんの?」
 野菜の追加収穫に来たハルカと蒔也が驚きの声を漏らすように、
「はっはっは。はいはい、オッサンニカ種に愛された俺ですよー。――泣いてない!」
 ロナルド先生は全身をオッサンニカ種にたかられ、生けるホイホイと化していたからだ。
「えーと」
 ハルカはロナルドを助けるべきか悩んだようだったが、
「ハルカ、来るぜ!」
 蒔也はすでに、戦いへと意識を切り替えている。
「爆発させちゃ駄目ってことは、拳で来いってことだよな。まあ、梓をこれ以上怒らせるのも困るし、いっちょやってみっかー」
 飄々と言って、戦意で全身を輝かせながら突っ込んでくるヤサイ人とがっぷり組み合う。すぐにお互い後方へ跳び、拳の応酬を始めた。そこへミチルが突っ込んできて、乱戦気味になる。
「ハルカ、サポよろ!」
「……了解」
「えっちょ、助けてもらったりとかは……」
「ごめんあとで!」
 見捨てられたバロウズ氏が涙をこらえて空を見上げる間に、ハルカもまたヤサイ人のもとへと飛び込んで行く。
 野菜を傷つけてしまっては元も子もないので、三人とも能力は封印、拳と己が身体能力のみで渡り合っている。
 蒔也など、生まれてこのかた包丁すら持ったことがなく、料理では役に立てないのが判っていて、でも放置は寂しいから構ってほしい、という非常に面倒くさい状態をこじらせていたのもあって、非常に活き活きしていた。
「蒔也、そっちおっさんみたいなピーマンが……!」
「了解。しっかし、面白ぇかたちしてんなぁこれ」
 ――ちなみに蒔也が躱したオッサン型ピーマンは、ずどむ、という音を立ててロナルド先生の腹部に直撃したが、
「だ、大丈夫……まだ泣いてない!」
 ロナルドは強い子なのでどうにか歯を食いしばり、耐えた。
 しかしそのおかげでオッサンニカ種が身体からぼとぼとと落ち、彼は自由を取り戻す。
「熱い意志は内に秘めたほうがいい……って、何普通に相手してんだろうね俺」
 殺到するおっさん型野菜を格闘術で倒し、これ調理する側も大変だよねェなどと気の毒に思っていた辺りでゲールハルトの姿が視界に入った。
 しかも、何かあったのか、眼からはチラチラと光が漏れている。
 そのうえ、
「ロナルド殿、ご無事か! 今お助けするゆえ!」
 彼に気づいたゲールハルトが、地響きすら立てながらこちらへ迫ってくるではないか!
「やめてッ、僕お腹痛いからそっとしておいて!」
「む、それはいかん。いますぐ手当てをせねば!」
「あっいやいやそうじゃなく、そう、ちょっと貧血気味で」
「ここに新鮮なレバーがあるゆえ案じられるな!」
「えええそう来ちゃう!? じゃ、じゃあ乙女のデリケートデイだから!」
 混乱のあまりおかしなことを口走るが、当然ゲールハルトは止まらない。
 それどころか、
「今お助けするぞ、ロナルド殿オオォッ!」
 おっさんのやる気に火を注いでしまう始末だ。
 びかぁ、と、当然のようにビームが放たれ、ロナルドを包み込んだ。
「俺、俺はっ、最後まで抵抗するから……! 大丈夫、泣いてない!」
 残念ながらすでに泣いている。
 ドサクサに紛れてミチルとその中に潜むモノを殺そうとした、ロナルドに潜む『中の人』も、ばっちりビームで心が折れかけている。この年でショッキングピンクのフリフリはきつい。
 しかし、
『お前たちの闘志、心意気……確かに見せてもらった!」
 何がどうなったのかさっぱり判らないが、ヤサイ人にそれらの光景は響いたらしく、『彼』は満足げな表情とともに野菜へと戻ったのだった。
 首を傾げつつ、野菜を回収して任務達成となる。



 5.緑色の大団円

 辺りにはおいしいにおいが満ちている。
「屋外で食べておいしいって言ったら、やっぱりソース系だと思うんだよな。新鮮野菜のバーベキューといっしょに野菜たっぷりの焼きそばを食べるなんてめちゃくちゃ贅沢じゃね?」
 坂上健は皆がめいめいに腰を下ろし、野菜料理を楽しむ傍らで盛大に焼きそばを焼いていた。
「あっちぃー、炭酸系飲みながらやりてぇぞ、これ」
 ソースの香りに惹かれて、三々五々ロストナンバーたちがやってくる。
 人々へ愛想よく焼きそばを配りつつ、
「おっとそこ行く色男のお兄さん、新鮮野菜のバーベキュー、寄ってかないか」
 セールスにも余念のない健である。
「野菜たちを弔うためにも! どれだけダイナミックに、かつおいしそうに、感謝を込めておいしそうに食べられるか、勝負だ!」
 『まずいものなんて知らない』ユーウォンは実に豪快に野菜料理を平らげていく。
「ありがとう……大地とあと何かの恵み!」
 一汗かいたミチルの食欲は鰻登りだ。
 揚げ茄子をマヨとポン酢でいただき、豪快にほかほかご飯をかきこむ。
 オクラとモロヘイヤのねばねば和え、茗荷はもちろん冷奴に載せて。
「ロナルドさん、何落ち込んでんスか。大丈夫ッスよ、普通にそれなりにたぶんそこそこおそらく似合ってるッスから!」
 まだ魔女化が解けず、萎れた菜っ葉のようになっているロナルドに無自覚のまま塩を擦り込みつつ、ミチルは野菜料理を堪能する。
「なんだか苦そうだな」
 ラス・アイシュメルは、百に料理を勧められたものの、少し躊躇していた。
 百は、ラスのために、ゴーヤと茗荷、生姜を使ったつまみ料理をつくっていた。
「ゴーヤはね、薄く切って軽く塩ゆですれば、苦みが取れて食べやすいんです」
 ゴーヤはごま油で炒めて溶き卵を絡め、いわゆるチャンプルーに。茗荷は斜め薄切りにして浅漬けに、生姜はすりおろしたものを冷奴に載せて。トマトや胡瓜は新鮮なものを切ってそのまま出した。
「騙されたと思って食べてごらんなさい、おいしいですから」
 促され、ラスは恐る恐る箸をつける。
「どうです?」
 辛味や苦味は苦手、甘味が好きというお子様舌のラスだが、
「……ちょっと苦い、けど」
「けど?」
「これは、おいしい、と思う」
 噛みしめると、食材の味がじんわり滲み出てくる、これは嫌な感覚ではなかった。
「そうか……味って、美味しいんだ」
 復讐に衝き動かされ、味わうことになど注意を払っていなかったラスである。
 理解者を得て広がった視野は、彼に世界の広がりをも与えていた。
「百さんは食べないんですか?」
「あっちは生でいただきやす」
 胡瓜を齧り、冷酒をあおる百の姿は非常に様になっている。
「さ、ラスさん、こっちもおあがんなさい」
 甲斐甲斐しく世話を焼かれ、稀有な経験にどうにも落ち着かない気持ちを味わう。
「……人の食べる姿見て楽しいですか?」
「ええ、もちろん」
 落ち着かないのに嫌だとも思わない、そんな自分に戸惑いつつ、少しぎこちない酒宴に身をゆだねるラスだった。

 あちこちに和やか空間をつくりだしつつ、緑の祭典はもうしばらく続く。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました!
夏の思い出づくりの一貫、夏野菜を貪り食おうぜパーティシナリオをお届けいたします。

愉快なプレイングを多くいただけたため、たいへん楽しいノベルになったと思います。皆さんの夏の思い出づくりに、少しでも役立てればいいなあ、と思いつつ。


それでは、どうもありがとうございました。
またのご縁がございましたら、ぜひ。
公開日時2013-08-23(金) 22:50

 

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