オープニング

 その日、世界図書館の司書室塔にはふたりの少女の来訪があった。

「ミス・アハティアラとは他人って気がしないわね」
 血のように真っ赤な髪をしたメアリベルは、マザーグースから生まれた少女。
「夢の中で会ったのかもしれませんよ」
 対するミルカは、光を反射した雪のような銀の髪をした、サンタの思いを引き継ぐ少女。
 壱番世界においては彼女たちのどらちもが《お伽噺》とされる世界の住人だ。
 対照的でありながらどこかで何かが惹かれ合う、どこかで何かが通じ合う、そんな空気を感じられるのもあるいは当然であったのかもしれない。
 とても不思議な親近感。
 とても不思議な、既視感めいた何か。
「でも、ミスタ・ルルーはもっと不思議よ」
「あ、はい。それはたしかに」
 メアリベルの言葉に、ミルカは思い切り首を縦に振る。
「ルルーさんには休憩室で一度、素敵な料理の本をお借りしたことがあるんですが」
「メアリはクリスマスの舞踏会で一緒に踊ったのよ? なんだけど……」
 顔を見合わせ、
「「聞きたいことが増えてしまうの」」
 ふたりの声がぴたりとそろう。
 そして。

 辿り着いた司書室の、その扉をふたり一緒に開いた。

 扉を開けば、そこには、ガラス戸の書棚と書棚と書棚と、日当たりの良さそうな場所に何故か掛かっている小さなハンモック、それからやはり書棚と、ガラス戸のチェストが存在している。
 それらに囲まれた赤いクマのぬいぐるみは、ゆったりとティータイムの準備をしていた。
 9割はミステリ関連と思われる膨大な蔵書に圧倒される空間ながら、執務用のデスクとは別に、ささやかな茶会もできる仕様であるらしい。
 アンティークのローテーブルには、今日はピンクの薔薇がふたつ、そして同じ色の蕾がひとつ、あしらわれたアレンジメントが置かれている。
「おや、こんにちは。ミルカさん、メアリベルさん」
 クマ司書は小さく首を傾げた。
「今日はまたずいぶんと可愛らしい方がいらしてくださったんですね」
 さらりと告げた彼の言葉に、メアリベルとミルカは互いの顔を見、それからくすりと笑いあった。
「今日はミスタにお話を聞きに来たのよ」
「訊きたいことがあるんです、ルルーさん」
 少女たちを歓迎するように、紅茶の良い香りと、お菓子の優しく甘い香りが鼻先をくすぐった。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

ミルカ・アハティアラ(cefr6795)
メアリベル(ctbv7210)

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品目企画シナリオ 管理番号3038
クリエイター高槻ひかる(wsnu6359)
クリエイターコメントようこそ、ルルーの司書室へいらっしゃいました。
可愛らしいお嬢さんおふたりのご訪問と言うことで、勝手にきゅんとしたメルヘンな雰囲気を感じております。

さて、お二方はともに、ご質問疑問などがあるご様子。
すべてにお答えできるのか、それともはぐらかしてしまうのか、ソレはまったくもって分かりませんが、宜しければ《疑問に思った経緯》や《自分なりの推理》などもあわせて、語っていただければと思います。

それでは、お菓子の準備とお茶の準備を進めながら、ドキドキとお待ちしております。

参加者
メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス
ミルカ・アハティアラ(cefr6795)ツーリスト 女 12歳 サンタクロースの弟子

ノベル

「さあ、どうぞ」
 赤いクマに勧められるままソファに腰掛けた少女たちの前へ、淹れたての紅茶が置かれる。
「本日はせっかくですので、フォートナム&メイソンのクリスマスティーをご用意してみました」
 クリスマスローズのレリーフをあしらった白磁のティーポットの隣には、プレゼントやお菓子を持った天使たちが戯れる紅くて可愛らしい茶缶が置かれている。
「かわいい缶ですね」
 ミルカの目がキラキラと輝く。
「ミスタはお茶会も好きなんだものね」
 うふふ、と楽しげに笑みをこぼして、メアリベルは両手でそっとカップを持つ。
「この香りは、……スターアニス?」
「お気づきになられましたか? スパイシーな紅茶を苦手とされる方もいらっしゃいますが、これがまたクセになるモノなんですよ」
「わたし、はじめて飲みました……」
 同じくティーカップを両手で包み込み、そっと口をつけていたミルカは、おいしい、と感嘆の溜息をもらす。
 口元が自然とほころんでいく。
「あ、そうでした! ルルーさん、この間はお料理の本を貸してくださって、ありがとうございました」
 忘れないうちに、と、彼女はごそごそとカバンから一冊の本を取り出した。
「ああ、それは。……さて、楽しんで頂けましたか?」
「はい、とっても! 本に載ってたレシピもしっかり活用させてもらっちゃいました!」
 そう言って、今度はトラベルギアの《プレゼントボックス》から、ラッピングされた大きな箱を取り出す。
「あの……これ、良かったら開けてください、ルルーさん」
「ということは、ミスタが今年最初にサンタさんから贈り物をもらった人になるのね?」
「なるほど、ソレは光栄ですね。ミルカさん、ありがとうございます」
 嬉しそうなクマ司書は、黒い瞳を細め、もっふりとした手で器用にボックスを紐解いていく。
 ワクワクとソレを見つめるミルカ。
 興味深そうに彼の手の中を覗き込むメアリベル。
 三人の視線を受けて開かれたラッピングボックスに入っていたのは、アイシングで飾られたクリスマスツリーや星、ジンジャーマンにスノーマン、家やトナカイなど楽しいカタチでいっぱいのクッキーだった。
「これはこれは。もしやジンジャークッキーですか?」
「はい! シナモンやクローブも使ってみたんですけど……」
「では、早速頂きましょう。メアリベルさんもぜひ」
 クマ司書は作り手にして贈り手でもあるミルカの目の前で、ジンジャーマンをひとつ、口にいれる。
 続いてメアリベルも。
 さっくりとした歯触りと、ぴりっと来るスパイス。
 しっかりと味わって、ルルーはしっかりと頷いた。
「実においしいですよ、ミルカさん」
「ミスタの用意してくれたスパイスティーともバッチリね、ミス・アハティアラ!」
「よかったです!」
 ふたり一緒の賛辞に、ミルカのちょっとだけ不安そうだった表情がパァッと輝いた。
「あの、ルルーさんは以前、料理は愛情の循環だって仰いましたよね?」
 そして、小さく首を傾げる。
「それでわたし、思ったんですけど……サンタクロースのお仕事も、そういった素敵な循環なんじゃないかなって」
 大きな瞳を真っ直ぐにルルーへ向けて、少女は懸命に言葉を綴る。
「わたしはサンタとしてプレゼントを届けて、届いた子供たちに喜んでもらえるのがとっても嬉しいし、子供たちは贈り物の箱を開けて喜んで嬉しい、という感じで」
 なんて言ったら伝わるかな、と考え考え、ミルカは言葉を繋げていく。
「“嬉しい”って気持ちの循環が、ええと、プレゼントを開ける瞬間には例え立ち会えなくっても……サンタは夜の内に仕事を済ませてしまいますし、でも、それでも“幸せ”な愛情の循環を担ってるんじゃないかな、そうだといいなって」
 笑顔があふれ、幸せが広がって、あたたかな一日がサンタクロースの届けたプレゼントから始まる。
 ソレはとてもとても嬉しいことだ。
 思い描くだけで自分まで幸せになれてしまう、素敵な瞬間。
「わたしももっと小さい頃、サンタおじいさんからクリスマスプレゼントを……その、他の子と同じようにですよ? おじいさんから貰ったことがあって、すごくすごく嬉しかったんです」
 特別な能力を持ったモノだけがなれるサンタクロース。
 そのサンタクロースが実の祖父だと知ったときの驚きと、尊敬と、それから、自分もまたサンタクロースになれると知ったときの喜びと。
 梱包を手伝ったプレゼントたちが自分にではなく他の子供たちのモノだということへの小さな小さなヤキモチと。
 そして、はじめての仕事を終えたミルカの枕元に届けられていた『サンタの帽子』のプレゼントの、飛び跳ねるような幸福感と。
 全部全部、ミルカは覚えている。
 全部全部、今のミルカを形作っている。
「ええと、そんなふうに、世界中でクリスマスという日には必ず存在している、『幸せと笑顔の循環』を作るお手伝いができていけばいいなあって思います」
 サンタクロースと子供たちとの、幸せな循環。
「いつか子供は大人になって、その循環から抜け出していくのだとしても」
「ふむ……ミルカさん。大人もまた、あなたの言う循環の一員ではないですか?」
「え?」
「サンタを心待ちにしている子供たち、その子たちが幸せな夢を見られるように、サンタがそっと子供たちの元へ訪れられるように、大人たちはたくさんの愛情でクリスマスを迎える準備を進めるんです」
 言いながら、ルルーは大小のジンジャーマンクッキーを手にとって、親子に見立てるようにして掲げてみせる。
「サンタクロースと子供たち、そしてソレを見守る大人たち、喜ぶカオで幸せになり続ける、笑顔があふれる、素敵な関係ですね」
 至る所で循環する愛情、至る所にあふれる幸せ。
「そうですね、はい、そうです!」
 こくこくと、ミルカは何度も頷く。
「えへへ、今日のこのクッキーも、わたしと、ルルーさんとメアルベルさんの中で『愛情の循環』になっていればいいなって思います! 」
 心が弾む。声も弾む。ミルカはくすぐったそうに、けれど嬉しそうに笑って、ルルーとメアリベルを見る。
「メアリはおいしいお茶も甘いお菓子も大好きよ」
 うふふ、と赤い少女が笑う。
「そうだ! ねえ、ミスタ・ルルー、メアリはずっとあなたとお話がしたかったのよ?」
 あなたは知っていたかしら、と続け、そして問いかける。
「覚えてる? 赤の城での舞踏会。まるで夢のような時間だったわ」
「ええ、もちろん覚えていますよ、メアリベルさん」
 レディ・カリスが主催する舞踏会。
 夢のように煌びやかな世界で、くるくるくるくる、幼い少女と赤いクマが踊るさまは、まるでマザーグースの一幕のようだった。
 可愛らしい少女の問いかけと、ソレに応えるクマのやりとりは、じんわりと赤く黒く不吉なもので、ソレもやはりまるでマザーグースの一節のようだった。
「とてもとてもステキだった。ねえ、またメアリと踊ってくれる?」
「ええ、喜んで」
 クマ司書の快い返事に、メアリベルの笑みは花がほころぶようなものになる。
「そうだわ、ねえ、ミスタ。ここにある本の大半がミステリーだって、メアリは知っているわ。ミス・アハティアラにお料理の本を貸したそうだけれど、ねえ、ミスタが私達に似合う本を選んでくれる?」
 ここは、書棚と書棚とキャビネットと書棚に囲まれた部屋だ。
 右も左も本ばかり。
 ずらりと並ぶ背表紙たちのどれを選んでいいのかさっぱり分からない。
 とりあえず適当に目を引くものを手にしてみるのもいいけれど、どうせならルルーに選んでもらえたら面白い、と思いつく。
 そんなメアリベルの提案に、ルルーは顎を爪でなぞり、頷いて。
「ふむ、面白いですね」
 ふわりと、茶会の席を立った。
「え、いいんですか?」
 驚いたのはミルカだ。
「ルルーさんに見立ててもらうってなんだか不思議な感じです」
「ただし、わたしの独断と偏見になってしまいますよ?」
 ふふ、と茶目っ気を出してクマ司書は振り返る。
「ミスタはどんな本を選んでくれるのかしら?」
「そうですね……この人はこういうのが好みだろうな、という理由で選ぶ場合もありますが、その人のイメージで選ぶというのもあるんですよ」
 言いながら、ルルーは執務机の向かって左側に立つ書棚へと足を向ける。
 右側がいわゆるハードカヴァーや大判、四六判と呼ばれるものであるのに対し、左側の一角はほぼ文庫で統一されているらしい。
 背表紙のグラデーションを意識しながらカタチも色も美しく揃えられた本たちが、きっちり行儀良く並んでいた。
 中でもひときわ目を引くのが、赤に黒い鳥のマークが入った文庫だ。棚三段分を占拠している。
 しかし、彼はそこへは行かない。
 すーっと視線でなぞりながら、別の場所から順に一冊ずつ手に取っていく。
 そして彼は、紅茶を手に大人しく待っているふたりの少女の前に戻ってきた。
「そういえば、メアリベルさんには【探偵名鑑】で遊んで頂きましたよね」
「あの、映画のスクリーンみたいに映し出してくれる本のことね? うふふ、メアリ、アレもお気に入りよ?」
 寄宿学校で繰り広げられた連続失踪事件。
 自分と助手のために用意された【謎解き】への解答は、正解を知るルルーから『完璧だ』という称賛の拍手をもらっている。
「では、そんなメアリベルさんには……こちら、綾辻行人氏の“緋色の囁き”など、いかがでしょう?」
 そう言って手渡されたのは、金の髪をなびかせ、真っ赤な装束をまとった少女人形が表紙の一冊だった。
 あやしげで不吉で不穏で、それだけでメアリベルの心を引きつける。
「ミスタはどうしてこれをメアリに?」
「そうですね、理由のひとつは、【探偵名鑑】で用意された舞台が女学校だったからでしょうか」
「アレは、メアリとミスの、好きなものと嫌いなモノで作られたんだったよね?」
「ええ。ですから、あのような舞台に近しく、またこの小説の危うげで秘密めいた幻想怪奇的な雰囲気や、詩的に病んだ感覚、浮遊感や眩暈感、そういったものも楽しんでいただけるのではないかと」
 既にお読みかもしれませんが、という前置きと共に、更にもう一冊差し出された。
「それと、こちらを」
 そういって渡されたのは、チェスの駒が描かれたものだ。
「ヴァン・ダインの“僧正殺人事件”です」
「これはどうして?」
「マザーグースと言えば、こちらの作品を挙げないわけには参りませんから……アガサ・クリスティ女史の“そして誰もいなくなった”もオススメしたいところなのですが、やはりここは」
「どっちも気になるわ。これで、ミスタがメアリに持っているイメージがどんなものなのかも分かるかしら?」
 自分にと選んでくれた二冊を交互に見やる。
 惨劇の気配にあふれた二冊だ。
「本の好みは人それぞれ。ですが、意外な出会いとなって頂ければ」
 そして、今度はミルカの方へとルルーは向き合う。
「ミルカさんには、こちらを」
「あ」
 メアリベルとは対照的に、手渡された本の表紙は、星屑を背景にした老紳士と黒猫の茶会の風景だった。
「柄刀一氏の“アリア系銀河鉄道”を一冊目として選ばせて頂きました」
「ええとええと……どうして、でしょうか?」
 メアリベルに倣って、ミルカも理由を聞いてみる。
「ミルカさんにはアリスの世界観がお似合いになりそうかと。詩的で、幻想的で、非現実的で……イマジネーションの美しさと、ミステリではありますがその様式美から少々はずれているところを楽しんで頂けるかもしれません」
「アリス……」
「不思議の国のアリス、もしも読んでいらっしゃらないのでしたら、そちらも合わせてオススメいたしましょうか」
 言いながら次に手渡されたのは、屋上に腰掛けたサンタクロースのおじいさんとトナカイの、あたたかなタッチのイラストが印象的な本だった。
「こちらは、若竹七海氏の“サンタクロースのせいにしよう”です」
「なんだかすごくかわいいですね!」
「ミルカさんには、日常と非日常、現実と非現実、そういった境界線を楽しめるものを選ばせて頂きました。どちらも短編ですので、これからのお忙しいクリスマス時期に、少しずつ読み進めるというのもありかもしれませんね」
「あ」
 ミルカは気づく。
 ぱらりと『緋色の囁き』をめくっていたメアリベルも気づく。
 ルルーは、ちゃんとふたりに対して一冊は『クリスマス』をモチーフにしたもので選んでくれているのだ。
「ルルーさん!」
「ミスタ」
「せっかくサンタクロースのお嬢さんが来てくださって、いち早くクリスマスプレゼントを頂きましたから」
 そう言って、彼は再び茶会の席に着く。
「他人が読んで面白いと思っても、自分はそうではないかもしれない。逆もまたしかり……ですので、ミルカさんとメアリベルさんにとって面白い物語であるという確証はないのですが」
 ただ、と本を愛する彼は言う。
「どんなカタチであっても、本と出会い、ソレを読めば、自分の好き嫌いや得手不得手、あるいは相手の好き嫌い、そして意外な一面に気づいたりもする……相手と自分を知る面白い機会になると思いませんか?」
 なのでコレは私からのおふたりへささやかなクリスマスプレゼントです、と彼は言う。
「え」
「差し上げますので、読んだら是非感想を聞かせてくださいね?」
 鮮赤の少女と白銀の少女、対照的なふたりに、対照的な物語がルルーより贈られた。
 メアリベルとミルカはお互いを見やり、そしてくすりと笑いあう。

 そうして、お茶の時間は進む。
 クリスマスティーにジンジャークッキー、それから丁寧に切り分けられたクグロフやシュトーレン、ミンスパイで、甘く楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。

「いけません、もうこんな時間です!」
 遠くから聞こえる鐘の音に気付き、ミルカが驚いて時計を見る。
 夕方の時間から、大事な用事がひとつ入っているのだ。それはサンタクロース見習いの少女として貴重な時間になる。
「あの、ありがとうございました、ルルーさん!」
「またいらしてくださいね、ミルカさん」
 慌てながらもしっかり礼儀正しく頭を下げて、それからミルカはスカートを翻し、2冊の本を大事に抱えて司書室を飛び出していった。
「それじゃ、メアリも」
 後に続くようにメアリベルも席を立つ。
 けれど、彼女は扉の前まで言ってから急に思い出したようにくるりと踵を返し、そうして、見送るルルーの耳元にそっと近づき唇を寄せる。
「ねえ、ミスタの中身はどうなってるの?」
 ナイショ話をするように、こそりと小さく囁きかける。
「前に聞いたわ 銀髪の綺麗な男の人がかくれんぼしてるって」
 可愛らしく首を傾げながら、唇の端を酷薄な笑みのカタチに吊り上げて、問いかける。
「ソレって本当かしら? ねえ、背中のジッパーを引き下げて確かめて…いいえ、もっといい方法があるのよ。メアリの手斧でかっさばけばいいの」
 手斧を振り上げ、振り下ろし、手も足も首も全部ちょん切ってしまえばいいのよ。
「ミスタの臓物は何色かしら? ミスタ・ハンプと同じ紫色かしら? それとも、赤い血が流れるのかしら?」
「試してみたいと思いますか?」
 クマ司書はふわりと問いで返してくれる。
「もちろんよ」
「わたしを殺したいですか?」
「もちろんよ。なぜって? だってメアリはマザーグースから生まれた殺人鬼だもの。殺したいから殺すのよ」
 そうして自由に動く手足を全部切ってしまえば、ルルーはもうどこにも行けない。
 ずっとずっと自分と一緒にいてくれる。
 自分だけのモノになって、自分だけを見てくれる、メアリベルだけのヴァン・A・ルルーになるのだ。
 どこにも行かない、誰にモノにもならない、自分だけの存在が手に入る、ソレはとても素敵なことだ。
「メアリがロストメモリーになろうと思ったのは、メアリがメアリであることを忘れても、メアリの唄を見つけたいからだったのよ?」
 なぜなら、この身体は唄でできているから。
 自分の唄が思い出せないのは辛い。
 忘れられてしまうのも寂しくて、怖くて、切なくて、辛い。
「だから、ね? ミスタの手足をちょん切って、ずぅっとメアリのそばにいてもらうの」
「ふむ……ですが、死んでしまうとあなたを覚えていられませんよ?」
「え?」
 不意を突かれたように、メアリベルは目を見開く。
「物言わぬ死体では、あなたと思い出を語ることもできなくなります。あなたとの出来事を誰かと共有することも」
 記憶はひとの中に宿る。
 ひとは誰かの記憶の中に生きる、とも言う。
 語る口がなくなるということは自分を知る存在がひとつ消えてしまうということではないか、とルルーは告げる。
 怯えるでも諭すでも叱るでもなく、彼は至極当たり前のことを当たり前に確認する自然体で、ソレでも良いのだろうか、と問いかけてくる。
「ミスタ、あなたはやっぱり不思議ね」
 メアリベルはクマ司書の手を取ると、にっこりと笑った。
「ミスタの手足をちょん切らなくって良かったわ。そしたら、手を繋げないものね」
「ええ、ダンスも難しくなってしまいますね」
「ごきげんよう、ミスタ・ルルー。今度、あなたの好きなマザーグースの歌を教えて? ソレを一緒に踊りましょ?」
「ええ、よろこんで」


 そして、司書室の扉は閉められる。
 まるでお伽噺の幕が降りるように、あるいは、絵本の最後のページが閉じられるように。


 ぱたん……



END

クリエイターコメントはじめまして、あるいは二度目まして、こんにちは。
この度はルルーの司書室にお越しくださり、楽しいお茶会のひと時をありがとうございました。

おりしも壱番世界ではクリスマスシーズンです。
メルヘンチックなお嬢様方との時間は、このようなカタチとなりました。
ルルーによる(?)独断と偏見的選書につきましては、既に読まれている可能性も考えつつ……「なるほど、そういうのが好きなんだなー」と笑ってお許しいただければ幸いです。
少しでも楽しんで頂けますように。

それではまた、螺旋の旅路のどこかで再びお会いすることができますように。
公開日時2013-12-16(月) 21:20

 

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