こんこん。 館長室に乾いた木の音が鳴る。「あ、どうぞ」 書類にペンを走らせたままの姿勢で、アリッサ=ベイフルックが声を返す。 程なく、扉が開いてアリオが入ってきた。「なんだよ、話って」 アリッサは上目で彼の顔を確認し、程なくまともに顔をあげてアリオと目と合わせる。 数秒、彼女は沈黙したままだった。「ええと……、誰だっけ」 きょとん、と小首をかしげる。「ちょっ、え? えええ!? おれ! おれだよ!」「オレオレ詐欺だー」「ちがっ!」 まともにうろたえるアリオが背後にいるウィリアム=マクケインに助ける視線を送ったり、 アリオ! アリオだって!! と、必死に訴える姿を合計30秒ほど見物した後、 アリッサはころころと笑い始めた。「ごめんごめん、ええとね、アリオ。最近、世界図書館上層部に苦情が来てます」「く、苦情? なんだよ、それ。おれ、別に悪いことなんかしてないぜ」「うん、私も悪いことだとは思わないんだけどね」 ---最近何かとdisられてそうな飛田マリオ君がかわいそうです。 ---だいたいどーなの? 自転車キャラだけでこの先やっていけると思ってんの? ---もっと自分の魅力を前面に押し出していくべきなのよ! コンダクターは遊びじゃねえんだ! ---グズグズしてるとすぐに追い越されちゃうのよ! さ、頑張ってロスナンの星になるのよ……。「おれ、disられてんの!?」「私の知る限り、嫌われてはいない……と思うんだけど」「思う、は余計! あと、マリオって誰だよ」「でも、そういえば存在感ないわよね」「さらっとヒドいこと言った!」「好きの反対は無関心だって言う言葉もあるのよね」 なおも反論してくるアリオをアリッサは笑顔で見つめる。 苦情の内容は決して「彼を排除」しろというものではないし、 彼女自身が今言った通り、無関心どころか非常に好意的なアクションに見える。 だがしかし、笑顔でアリオに「話」を持ちかけたところで断られるのが関の山だ。 なので、ちょっとした小芝居で彼のアイデンティティに訴えかけたというわけである。 自尊心をくすぐれば少しはノってくるかな、というアリッサの計略だった。「そういうわけで、少し努力してみない?」「え、ヤだよ。おれ、別に今のままでいいよ」 自尊心をくすぐったのにノってこなかった。「そういわずに」「でもさー」「館長命令」 冗談に受け取ってアリオが「えー、そんな横暴だー」とか言い出したので、 アリッサは命令書を取り出し、ウィリアム=マクケインに手渡した。「マジ!?」 露骨に驚いたポーズをとったアリオに、アリッサはにっこりと笑顔を向ける。「銀の鎖の懐中時計、拾ってくれたお礼をしなきゃいけないと思っていたの。 その一貫だと思って、受け取ってくれる? そうしないと……」「そ、そうしないと?」「今度は本気で「誰?」って聞いちゃうかも」 あまりの言葉にくらぁっと頭が揺れる。 そこから先の事はあまり覚えていない。 ――アリオが次に気付いたのは……。 ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ ミ★ ミ☆ 賑やかなトラベルカフェの一角にアリッサがいた。 彼女の後ろでアリオが放心したままで突っ立っている。 少し広めのテーブルに、アリッサは「アリオをプロデュース!」と書いたプレートを置いた。「そういうわけで、今からアリオをプロデュースしてくれる人を募集します!」 アリッサが高らかに宣言すると、たまたまそこにいたロストナンバー達が振り向いた。『アリオって誰だっけ、聞いたことあんだよな』『アリッサノダンソウバージョン?』『ああ、いたいた。事件がある度にケガしたり最前線にいたりって、それ、もがもちゃんだっけ。モウ、モガモチャンデヨクネ?』「……まあ、アリオの知名度は今はこんなものなんだけど」 一度、ターミナルに初めて来訪したロストナンバーのために小冊子を作ったことがあり、 アリオを例に取り上げた事があったので、知名度はなくはない。なくはないのがタマにキズ。 今回のような、アリオくんの影が薄すぎますとか、旅人の外套の新作の実験台とか噂されるわけである。 早速、手があがった。「はい。サクラ」「それは……、飛田さんがコスプレデビューってことですねっ!? 女装でしょうか男の娘でしょうかはたまた着ぐるみでしょうかっ!?」「ええと、ちょっと違うの。アリオがいい意味で有名になれたらそれでいいから」「くふっ……、くひひっ。飛田さんのサイズは……だから、どれにしましょうか……この際全部?」 どこからかスケッチブックを取り出して妙な笑みを浮かべている。 コスプレ一択になっていそうなのが不安ではあるが、世の中にはコスプレアイドルというものもいることだし、 そういう路線で攻めて行くのも、アリオの知名度・好感度上昇には悪くないかも知れない。 でも、一人に任せておくと面白そ……じゃなくて、万が一のこともあるかも知れない。 もう何人か手があがるかな、と見回す。「アリオ君……そうですか、アリオ君を……」 生暖かい微笑みを浮かべている黒葛 一夜にアリッサは笑顔を向ける。「何かいいアイディアはある?」「ええ。良ければ自分もお手伝いしましょうか。彼がモテモテになれるようがんばらねば!」「ありがとう! ぜひ、お願い!」 もちろん、裏では楽しんでいますと顔に描いてあるような二人は軽く握手をかわした。 二人の握手が終わると、テーブルからもう一人の手があがる。 宮ノ下 杏子である。「あ、あのあのあの。アリオくんて、あの、アリオくんですよね?」 ---「え、知ってる!?」 ---「一歩前へ! ってTシャツ着てるコンダクターじゃないんだよ!」 ざわざわざわざわ。 ついにアリオを知っていると公言する人まで出てきた。「あ、いえ、昔聞いたことがあるような気がします。……あたしがどれだけお役に立てるかわかりませんけど、せいいっぱい、がんばりたいと思います」 頼もしい発言に、アリッサがふわりと笑顔を浮かべてお礼を言った。「じゃあ、この三人で決まりね。それじゃ、……こほん。 あなた達三人に世界図書館館長より、特別任務をお願いします。 『飛田アリオの知名度および好感度を上昇させること』 例えば、女の子からもてもてになるとか、筋肉系男子は必ず彼を「アニキ!」と呼ぶようになるとか、 お昼の世界図書館ではアリオが歌って踊って司会しなきゃお弁当が進まないとか、 そういう、ターミナルといえばアリオ! みたいな印象付けを行います。ゴリ押しでもいいけど嘘はダメ。分かった?「はーい」「それと、飛田アリオ、彼には特別任務にあたるメンバー共通の部下としての任務を与えます。 要するに好き勝手言ってもいいわよ。体にケガしたり心にケガしない程度にしてあげてね。 それと、ターミナルのお店や人にはできる範囲で協力を求めてもいいわよ。ダメって言われたら諦めてね」「そんなところかな? 何か質問があるひと?」 はーい、と手を上げたのは青髪の一つ目娘イテュセイ。「当面の目標として……シングルベルでりべるん・エミリエって両手に花だったもてもてコンダクター君いたじゃない? あれくらいには人気者にしてあげるって方向でいいかな!?」「え、そんなコンダクターがいたの? いいコト聞いちゃったかも。それじゃ、イテュセイもアリオのプロデュースに一役かってね!」「任せといて!」 アリオが次に気付いたのは、自分を囲んで四人がああでもないこうでもないと相談している風景。 さらにその四人の周囲には野次馬がわんさか集まり、自分を見つめているところだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>イテュセイ(cbhd9793)吉備 サクラ(cnxm1610)黒葛 一夜(cnds8338)宮ノ下 杏子(cfwm3880) feat.飛田 アリオ(capb4508)
――Raund 1――面談 四人のデスクが囲むような配置で、中央に椅子がひとつ置かれている。 デスクに座る者達は皆、一様に無言である。 こんこんとノックの音。 「どうぞ」と返答したのは一夜。 その言葉の後、ややあって扉が開く。 入ってきたのはアリオ。大体いつも通りの格好だが、少しだけ髪型が整っており、少しだけ服に皺がない。 ワンポイントなのか、いつもは見慣れない枯葉色のマフラーを首に巻いている。 「あのさ……うっ」 アリオが口火を切ろうとした瞬間、四人の視線が一斉に集まる。 気圧された彼はそれでも勇気を振り絞ったらしく、言葉を紡いだ。 「あ、あのさ。トラベラーズカフェで話してただろ? あの時にさ、野菜を運ぶバイトに誘われたんだ。労働の中で少しずつ人との関わりを広げていくとか、そういう方向で人と仲良くなっていけたらいいなって思って。だからおれ、あの人の店でアルバイトをするよ!」 「……などと意味不明な事を供述しており、真相は不明」 アリオの一大決心をイテュセイの呟きが遮る。 そこまでは予想していたのだろう、アリオはぐっと拳を握った。そして声を張る。 「決心したんだ」 「翻して。はい、じゃあ本番いきまーす」 ばっさりと切られたアリオが沈黙したのを強引に承知と取りイテュセイは手をあげた。 スポットライトがプロデューサーの四人にあたる。 アリオの顔……ではなく、カバンの中身をチェックして妙な笑みを浮かべている吉備サクラ。 スポットライトの光量をまったく意に介さない様子で涼しげに微笑んでいるのは黒葛一夜。 やや不安そうな表情を浮かべているのは宮ノ下 杏子。ぷにこは彼女の膝で丸くなっている。 そして、Tシャツを腰にまいて色つきめがね(一つ目用)をかけ、尊大な態度でアリオを見つめているイテュセイ。 アリオが四人と目を合わせた後、一旦、全員のスポットライトが消える。 真っ暗な部屋。やがて、ひとつだけスポットが点灯する。 ライトに照らされて、最初に立ち上がったのは吉備サクラだった。 ――Raund 2――サクラ、咲く 「まず、飛田さんが忘れているようですので一つ確認しておきますね。 飛田さんの影がどんどん薄くなっている理由、これは旅人の外套効果が暴走しているからです。 パス・ホルダーで存在の消失は免れているものの、本来は元の世界で関わりのあった人の記憶と共に消失する運命の私達ですが、 飛田さんは旅人の外套効果が暴走してパスホルダーでも抑えきれない程、存在が薄くなっているんです。 館長たっての頼みですし、私達も飛田さんの存在を消したくありません。それには最大級のインパクトで強く強く心に傷……じゃない、存在を刻み込まなければならないのです。 本当なら『反転★ひろいんず』の格好で、壱番世界の学校でクラスメートにキメ台詞を叫んでほしいと思っています。 あ、ちなみにキメ台詞は「魔法に目覚めるほどに可愛い僕が女の子のはずがない!」です」 アリオは逃げ出した。 しかし、まわりこまれた。 「あの、そろそろ本気にならないと飛田さんの存在自体が危なくなってくると思うんですけれど……」 じっとサクラに見つめられ、アリオは恐れおののいている。 うるうるした瞳の女子に見つめられたからといって戦慄するほどの朴念仁ではないのだが、 サクラの手にあるやけにヒラヒラのたっぷりついた甘い色合いの衣装の数々と、彼女が何のためにそれを手にしているかを想像するとやはり恐怖に支配される。 「ちなみにですね」 微笑と共に口を挟んだのは一夜だった。 どこからあたっているのかは分からないが、スポットライトが彼を照らす。 「彼女、サクラさんが手にしているピンクの服は、反転★ひろいんずは男の子のもの。作品は超可愛い魔女っ娘に変身して銀河征服を企む組織とお色気バトルを行うアニメです。魔女っ娘ドレスは超可愛いと一部の大きなお友達の間で大人気でしたが、変身の度に破れるので、それが大人気だったり、わかっていないとため息をつかれたりと、ファン層を大きく二分させた問題作です」 一夜は涼しい微笑のまま解説をしてのけた。 「おれ、そういうシュミがなくて……」 「ああ、じゃあこちらの方がいいですか? そうですよね、飛田さんの体型ならまずこちらから入るべきですよね」 「あ、『メイド・クーデグラ』二期のコンバット・メイド服ですね。こちらも男の娘モノで毎回悪人の屋敷に主人公がメイドに変装して潜入するストーリーです。キメ台詞は「ハートに《coup de grace》」ですね。こちらは主に女性人気が高く、素顔の時でも男にナンパされる程の姿である主人公の少年と、男装の麗人である謎の執事《Dance Markable》のバトルシーンと、ラブ模様やからみの展開は放送の度に賛否両論で巨大掲示板を騒がせていました。メイド服もミニスカ~正統派まで色々出てきてあらゆるファンを鷲掴みだったそうです」 「……ええと」 「そっちは『無人島生活十日間』の水着ですね。十八禁ゲームの通販特典専用衣装ですが」 「私は18歳なので関係ありません」 「そうですね」 あっさりと納得して一夜は引き下がる。 「なんで詳しいんだ!?」 「それくらい世間の一般常識ですよ!?」 なぜかサクラは胸を張る。 「一般常識ではないと思いますが、俺、これでも探偵助手なんで調査したことが。あ、失礼、進めてくださって結構です」 一夜が謎の微笑を残したまま、彼にあたるスポットライトが消える。 「さて、黒葛さんとは今度ゆっくりお話させていただくとして。飛田さん。どれを選びますか?……もちろん結局全部着せますけど、くひひっ。 他の三人のプロデューサーも着たがるかも知れませんので全員分、準備していますよ?」 他の三人、と言われた面々の席は暗いままである。 「た、旅人の外套効果ってそんなコトまでしないとダメかな?」 「え? ……あ、そういう設定でしたね。ええ、効きすぎた旅人の外套効果を跳ね返すためです……頑張りましょう、飛田さん!」 「ちょ、ちょっと待って。やっぱ格好、おれには。今「え?」とか聞こえたし」 「そんな……。私だって、恥ずかしいのに……。飛田さんが消えないように一生懸命なだけなのに……酷いです、飛田さん」 いつのまにかサクラがまとっている男装の麗人《Dance markable》の姿は燕尾服を貴重にした黒い服だ。 元の絵柄を知っていれば胸が足りないことに気付くが、それは二次元と三次元のいかんともし難い差異である。 「え、あ、あの」 「そうですよね。頑張るんですよね。分かっていただければ、いいんです……本気で頑張りましょう!」 「分かったなんていってな……」 なぜか打撲音がした後、気が遠くなり、気付くとアリオは世界図書館の傍らで箒を持って掃除していた。 「うっ、うううっ」 涙目の理由はやたら露出度の高い服と、それ以上に目立つ無駄にきらきらした装飾品。 そして、隣で鼻歌交じりに掃除を手伝うサクラの存在である。 「そこ、恥ずかしがらないっ! あ、お化粧はがれてますよ。まぁた腕で涙をぬぐいましたね! お化粧直しますから目を閉じてください!」 世界図書館はターミナルの各地から事務手続きのために人が訪れる。 新しくやってきたコンダクターが「……え、あれも仲間なの?」とあからさまに嫌そうな表情を浮かべた時、アリオの心の中の何かが折れた音がした。 そんな拷問に等しい時間を耐えに耐えて一日が終わる。 「飛田さん。今日のあなたは完璧です。特に昼食後くらいからの《coup de grace》の表情は《Dance markable》に無理矢理大切なアレを奪われた時の顔にそっくりでした。これから毎日着替えて図書館周辺の清掃&人助けをして、有名店でお昼を食べて解散する4時間コースボランティアです! 頑張って目立ちましょう、飛田さんなら出来ます!」 サクラが高らかに宣言すると、 アリオは涙目で逃げ出した。 ――Raund 3―― 一つ目の試練 逃げ出すアリオの姿がモニターに映る。 大きく目を伏せてイテュセイはため息をついた。 「サクラが失敗したようね? まあ、サクラはプロデューサー四天王の中でも最弱。アリオを涙目で逃がすなんて我らプロデューサー四天王のツラ汚しよね」 「四天王ごっこですか?」 杏子が読んでいた本から目をあげてイテュセイに視線を移す。 「ふふん、次はあたしの番ね。見てなさい、ギロッポのブークラでシースーベーターしてルービーミーノーした後にコマシなチャンネーとルーホテでパツサンきめるくらいの大物に育て上げてみせるから」 「よくわかりませんが、それじゃ私も準備してきますね。クリスタル・パレスを借りられればいいなと思っていますので」 杏子が立ち上がり部屋を出て行く。 入れ替わりにアリオが入ってきた。 サクラに色々されたらしく、部屋に入ること自体を恐れているかのようだ。 「あー、マリオくん。キミはコンダクターの可能性についてどう思っているかな?」 「可能性? どういう意味で?」 「そりゃ少しは人目を引けるかって意味よ。たとえばいまの格好」 「ああ。これな、マフラーつけてみたんだ。この秋に流行りの少し深い色の茶色が大人っぽさを演出して……」 「ふん」 イテュセイがアリオの言葉を遮るように思い切り鼻で笑う。 「コダクタンの全可能性を試しもしないでぬるま湯に浸かってんじゃないわよ!」 「コダクタン?」 「貴方には光るものを感じるの……。でーもーねー! だいたいコンダクターって学生とか無職とか多すぎじゃない? 非生産階級はさっさと社会にのまれろ! 年中オールバックで制服とかぷぷぷ! はらぱんされて生きてるとか竜化とかお前ら本当にコンダクターか! それも最近は少し食傷気味よね~。 陰陽師? 退魔師? 闇のプログラマー? 壱番世界はインヤンガイかー!?」 「ちょっと、ちょっと待て。それはちょっと色々とマズい発言だから!」 「……まぁだ分かってない! そんな風に人の顔色伺うような態度でどうするの!? まあいいわ。はい! 以上を踏まえて君はどんな売りを付けていけばいいと思っていますか?」 「どんなって……。まあちょっと明るい頼れるお兄さん目指して……」 「ラチがあかない!」 イテュセイが立ち上がる。 サングラスを取り、アリオの前までつかつかと歩み寄ると、拳を振り上げる。 殴られるかと構えたアリオだが、拳が振り下ろされたのは床だった。 芽が生えるようにイテュセイと同じような姿の、もといイテュセイが生えて来る。 「こっからはずっとあたしのターン! めっこ劇場、いきまーす!」 どこからか、カチコン、と拍子木を打ち合わせるような音がした。 それを皮切りにイテュセイがマシンガントークを放つ。 「とにかく映画よ、映画! 『「ちゃいぶれと樹」「虎&部ニー」を執筆した、めっこ先生入魂の新作!』ってウリで押し出すわ! 普段の様子を漫画にし街頭即売会。アリオは売り子。日常系で認知度UPを。 当然、続編もどんどん出すのよ。2巻目はアクション路線。ジャッキーもしない超スタントをやらせるの」 「で、できない!!」 「嘘はよくないもの。あ、それとあざとい可愛さのモフ動物になって、ワンポイントに黒光りのえぐい角! あれっアフロのゴンザレスになっちゃうかな? まぁ、これもトレンドってコトにしちゃおう。 最後にスパルタ特訓で逞しい野性キャラに仕上げて図書館で歌手デビュー!! 握手会もやる! やるからには一位人気を取る! 分かってるわね!? アニメ「ターミナルGT」を作ってタイアップで主題歌を歌いノイエアリオとして再登録するミッションをこなしたらプロデュース終了としてあげるわ。 それからね、やっぱ内面よ! その今時の無関心さと消極的な態度! めっこさんかなしい! ほぉら、積極的になぁれ、なぁれ!! 彼女や愛人の一人くらい作ってみなさいよ、手近な所でインパクトのある女性とかいないの? ええと、そこの探偵助手!」 「はい?」 「妹いるでしょ、妹! アリオの恋人ってコトにして噂を流すのよ、これも戦略! 炎上マーケティング、これ、わりとイケると思うのよね。 ほら演出のためなんだからとっとと妹連れてきてよ。そしたらすぐアンタの妹を連れたアリオをホテルに」 ごすっ。 ――Raund 4――あんだー・ざ・ぱれす 入り口にスポットライトがあたる。 ややあって、宮ノ下杏子が入場してきた。 出迎えたのは一夜。優雅に紅茶を飲んでいる。 「準備ができましたが……あれ、黒葛さんだけですか? イテュセイさんは休憩中?」 「ちょうど良いタイミングですね。先ほど始末が終わったところです」 「始末? それ、この血の匂いと関係ありますか?」 「いい質問ですが、ノーコメントです。アリオくんなら空いていますよ。次、挑戦されますか?」 「いいんですか? あなたが先でも構いませんが……」 「そうですね、少し穴を掘りたい気分になりましたのでお譲りしますよ」 にこにことした笑顔で、白い袋を抱えた一夜はスポットライトのあたらないエリアへ移動する。 アリオはといえば、暗い部屋の隅っこで頭を抱えて何かを考えこんでいた。 てくてくとアリオの元に近づいた杏子は彼の前にしゃがみこんで視線をあわせる。 彼の方から杏子を見てくれるのを辛抱強く待ち、やがてその時が訪れると杏子は笑顔を浮かべてこういった。 「アリオくん。あたしとデートしましょう」と。 アリオは最初、何を言われているのかわからないという表情で杏子を見上げる。 もう一度、杏子が同じことを言うと照れくさそうに立ち上がったアリオは『無人島生活十日間』のコスプレだった。 「ええと、アリオくん。まず着替えからね。ひとは見かけで判断されるものです」 「いや、これ、サクラに無理矢理着替えさせられて……ッ!」 「目立つ人というのは外見がモテオーラを放っているんですよ」 アリオを無視して杏子は暗い部屋を後にする。 着替えてから、と懇願するアリオの主張を「はいはい」といなして外に連れ出すと、 思ったより露出の高い衣装だったためか、あるいはちょっと(ぴーーー)な雰囲気だったためか、ロストナンバー達の視線が突き刺さる。 「まずはファッション。これ、素人が付け焼刃で考えても仕方ありません。この際アリオくんの好みは無視します。「ぜんぶプロにまかせる」のが成功の鍵です!」 杏子が足を止めたのは画廊街に程近い場所にある一見の店。 そのスジでは有名な「仕立て屋リリイ」の店だった。 「リリイさんのセンスに「全おまかせ」で新しい装いを依頼しましょう。 堂々と、(ごにょごにょ)……はい、こういってください」 「え、あの」 「大丈夫。成功の秘訣です」 「いやちょっと」 「館長命令でもありますし」 「うう」 アリオが店に入って行く後姿を見送り、しばし待つとアリオの絶叫が聞こえた。 「リリイさん、おれを男にしてください!」 一拍置いて、リリイの笑い声。 とりあえず思った程に酷い修羅場にはならないようで、 セクタン・ドッグフォームのぷにこにお手を躾けつつ時間を潰していると、 小奇麗なバーテンダーという風情の服装に変わったアリオが店から出てきた。 「どうでした?」 「ええと『ボウヤ、十年早いわよ』って言うような事をすごく小ばかにされた目で言われた。 んで、服を仕立ててくれって必死で言い訳したら思いっきり笑われた……あ、で、でも、ちゃんと服は見繕ってくれたぜ。 吊るし売りのやつだけど、おれがこれに相応しい振る舞いができるようになったら、ちゃんと仕立ててくれるって」 「そう」 杏子はうんうんと満足気に頷いて、アリオに手を差し出した。 「え?」 「言ったでしょう? あたしとデートしましょう、って。イケてる男性はさりげに女のコをエスコートできなければ。 お店は、無難なところで「エウ・エウレカ」か「クリスタル・パレス」あたりでしょうか。あのへんの店員さんはご自身の魅力を押し付けがましくない程度にアピールする術を取得しているので、そこを見習ってください。テーブルの予約はさっきしておきましたから、クリスタルパレスでお茶しましょう」 つかつか、と早歩きで移動する杏子に、アリオは慣れない服に着られるまま動きづらそうにトラムに乗りこむ。 やがて、クリスタルパレスにたどり着くと、ラファエルが優雅に羽根を広げ、手を胸にあてて深く一礼して迎えてくれた。 「ほら、アリオくん。やってみてください」 「えええ、確かにカッコいいけどさ。表面だけ真似ても仕方ないんじゃ……」 「なにぬるいこといってんですか。銀座のホステスさんがあんなに魅力的なのは、彼女たちが「仕事中」だからって、某国に拘束中の外交官のおじいちゃんが言ってました! ラファエルさんだってオフの日にはジャージ姿でポテチ食べてて乙女の夢ぶちこわしかも? それはギャップ萌えという高度なテクですよ!」 「……コメントは控えさせていただきます」 小さく苦笑する。 肯定すればイメージ破壊に繋がり、否定すればお客様の会話の腰を折ることになる。 お客様から名指しで話題をふられて無視するなどもっての他。やや道化を演じつつ口を挟まないのが接客業の取った選択肢。 「あ、おじいちゃんについては、きな臭い大人の事情がラインダンス状態で……」 「……ええと、聞かない方がいいか?」 「いいえ。おじいちゃんはね、グ=ンマー王国に潜入していたの。グ=ンマーはテキサスと組んでト・チギの国に侵攻を企てている。 おじいちゃんはその進攻を事前に阻止するためコンニャックやシ=モニタネ=ギーなどの商品価格を操作してたの。 だけど、諜報活動がバレて。逃げようとしたところでグ=ンマー王国と同盟を組んでいたコートジボワールの……」 「あの、杏子さん?」 「何?」 「おれ、コンダクター。日本人」 「……」 「……」 ラファエルは静かに苦笑している。 沈黙を破り、杏子のチョップがアリオのおでこを叩いた。 女の子の話を遮って、無粋なつっこみをいれるのは言語道断だ。 結局、ラファエルからは話術の手ほどき、という名目で会話のサービスを受けてしまい、 杏子いわく「あれから学んでくれているならいいんですけど、遊んでもらっただけですね」という結果に終わった。 ――Raund 5――The one night. 「結局、一日皆さんに遊んでもらっただけですか」 スポットライトが一夜とアリオを照らす。 開始からしばらく経っているだけあって、サクラも杏子も眠そうだ。 暗い部屋にいて、ライトは自分にあたっていないので無理もない。 イテュセイの席はあいている。なぜかアイスの棒が机に刺さっていた。 「お二人も楽しまれ……もとい、プロデュースされたようで、アリオ君、実は結構人気なのではないでしょうか?」 「そうですね、何のかんの言ってリリイさんも服を用意してくれたわけですし」 「トラベラーズカフェであんなに賑わったのも珍しいしねぇ」 二人の意見に一夜はうんうんと頷く。 「さて、最後は俺の出番ですが。……やはり女性を引き付けるには先ず恰好からでしょうか。 スーツを定番としつつ執事服もお勧めしたい。しかしながら膝小僧を出せる若さが恨めしいもとい魅力ともいえるので、短パンタンクトップ麦わら虫取り網の健康優良児スタイルも良いのではないでしょうか。 ま、それだといつもの事なので、今回は俺の予備の執事服を着てもらいました。アリオ君、どうぞ」 一夜に促され、アリオは入ってくる。 今回初めて、アリオ単独でスポットライトが与えられる。 深い黒の執事服をまとい、一夜の指示で背いっぱい胸を張るアリオはいつも以上に頼もしく見えた。 サクラと杏子が「おお……」と声をあげる。 「そして一番ぐっとくるのはやはり輝きを見せるということ。なので金髪のカツラに、ラメ入りドーランで若さときらめきをアピールしてみました。 服装は執事服、デザインは学生の制服をモチーフにしたもので、学生時代から遠く離れてしまったコンダクターのお姉さんの心をぐっと掴み尚且つ異国(?)情緒と初々しさと真っ直ぐさでツーリストのお姉さんの瞳を引くことを主体にしています」 一夜は説明をしつつ、手早くアリオの服装に指をさす。 金髪のカツラと学生服は一昔前の不良の姿であるが、きらきら光るラメが特徴的な真っ白の顔で、 バーテンダーとしてのスタイルを組み合わせて無駄にスタイリッシュであるため何かのギャグにしか見えない。 「なおロリコンは人類の敵なので年下は基本的にターゲットとして考えない方向です。ロストナンバーで年齢を気にすると実年齢と精神年齢の両方を考えなくてはいけなくて面倒ですし。 喋り方については素直系甘えんぼキャラかヤンチャ系弟キャラか、不器用系真っ直ぐキャラか悩みますね」 「それ、カフェで言われた語尾にアリつけろとかそういうことか?」 「そういうギャグに持っていかれても困りますが……、後は家事技能を習得すると忙しい司書さん達にもてもてかもしれないので、こっそり教えても良いですが普通に教えるだけではつまらないもとい覚えないかもなので、罰ゲーム付きで行きましょう」 「お料理ねぇ。あ、そうだ。じゃあ、『キッチン☆ガーディアン 味っ苦・ジャガーイモ』のコスプレとか」 「それじゃ、アリオ君。まずは料理からです。美味しくなかったら、そのコスプレする方向で」 「へ!?」 一夜は涼しげな微笑でアリオにフライパンを手渡した。 「ふふふふ、徹底的に着替えてもらうわよ~」 サクラの物凄い笑みを受けて、アリオの家事修行が始まった。 ――Raund 6 ――誰? 結局、プロデューサー達の満足の行くレベルでの家事遂行は一筋縄で解決するはずもなく。 金髪カツラ、顔面は真っ白かつラメ入り、衣服はやたらひらひらと。 姿見で自分の格好を見てアリオはフリーズしている。「あ、あ、」と一文字でしか言葉を発せていない。 「これだけやればアリオ君も少しは目立てたのではないでしょうか」 「あま~い!」 満足気にアリオを見つめる杏子に、イテュセイが一つ目をつりあげて指をさす。 「結局、アリオには天下取ってもらわなきゃなんないのよ。泥水すすって、岩にかじりついてでもターミナルで一番イケてるナイスボーイになってもらわなくちゃ、こちとらプロデューサーとして商売あがったりなわけじゃない? なんのためにこっちも泥かぶってると思ってんの? こんなんで満足されちゃ穴があったら入りたいくらいじゃない!」 イテュセイの言葉通り、彼女の衣服や髪は泥だらけだった。 文字通り穴があったので入ったと言わんばかりに土とホコリで汚れている。 「あの、イテュセイちゃん。その格好、何があったの?」 「それがよく覚えてないのよね。気がついたらドードーの畑の中で寝てたの」 「畑の中で……?」 サクラの疑問をよそにイテュセイはさらに文句を並べ立てる。 思わずフォローに入ったのは杏子。 「で、でも、アリオくん。がんばってますよ。ほら、こんなに」 もはやアリオなのか着ぐるみなのかわからない謎の人物は相変わらず鏡を見たまま放心している。 「そういえばアリッサちゃんはどうしてアリオ君を目立たせようとしたのでしょう?」 一夜の問いかけにサクラが首をかしげる。 「うーん、例えばこれから売り出すからとか?」 「もちろんラストは卒業式で涙の大団円にするのが目的よ、決まってんじゃない!」 「あ、一つ目のキャラ、いた、いた。ねぇ、コスプレとか興味ない?」 「サクラちゃん。話題が思い切りそれてますよ」 わいわい騒ぐ中で、杏子はアリオに近づいてぽんぽんと肩を叩く。 わなわなという擬音は今の彼のために作られたかのように、全身が震えていた。 激昂するかと思いきや、あまりにもアイデンティティが崩壊して何を言っていいか分からないらしい。 「さあ、今の姿をアリッサちゃんに見せにいきましょう。大丈夫、これだけ色々やったアリオくんだもの。アリッサちゃんだって認めてくれます」 「そ、そうかな……」 「そうですよ」 一夜が微笑とともに頷く。 「そうねぇ」 サクラが親指を立ててみせる。 「あまーい」 異議アリと手をあげたイテュセイの手は左右から一夜とサクラに押さえ込まれた。 「分かった。おれ、アリッサのところに行って来る! ……行ってくるアリ!」 「アリオくん、すっかり成長しちゃって……」 杏子がうんうんと頷いた。 意気揚々と。 アリッサのいる館長室へ乗り込んで、ノックと共にアリオは扉を開ける。 「はい」 主役のアリオを待たせ、まずはプロデューサーのご挨拶。 アリッサの返答に杏子はぺこりと頭を下げた。 「こんにちは、アリオくんをプロデュースしてきました」 「あ、ちょうど良かった。見て」 アリッサは机にカードを並べている。 ターミナルの住人達の姿がプリントされた手のひらサイズのカードである。 リベルや茶缶の姿が、本人の同意がありやなしやといった感じで、隠し撮りや決めポーズなど様々な姿で写っている。 メルチェットなど明らかなカメラ目線で笑顔を振りまいていたり、興味なさそうに尻尾だけ映っている灯緒の姿があったり。 「カード、ですか?」 「イベントで使おうかと思って。最近アリオって地味じゃない? だからちょっと派手にしたかったの。 少し見た目を派手にすればインパクトもあるだろうし。それもあってみんなにプロデュースをお願いしたのよ。 それで、少しは見かけに気を使った体裁になればいいなって。でも本人に任せると……、エミリエがそうなんだけど、いつまで経っても「気にいらない」って言ってデザイン決まらなさそうだし。で、アリオはどこにいるの?」 「え? ここですよ」 白塗り顔。 ひらひらな男の娘仕様の服。 しかも、魔法少女テイスト。 右手首にシュシュ、左手に星型ステッキ。 無駄に家事スキルを口上させたアリオである。 アリッサが理解できていないと見え、アリオは自らの意思で一歩進み出た。 「アリッサ。おれ、生まれ変わった!……生まれ変わったアリ!」 サクラに言われたままのポーズをキメる。 左手で自らのコメカミにアイアンクロー。そのまま右下に向けて腰を折り、左手を開いて後ろ手に高く掲げる。 そして、決め台詞。 「魔法に目覚める程に可愛い僕が女の子のはずがない!!!」 すぐさま聞こえてくる予定だったアリッサの歓声は聞こえてこない。 アリオが何か早口に言葉を並べ立てているものの、騒動の張本人たるアリッサの言葉は発されない。 やがて。 ここまで突き抜けたとは言え最初の一撃もプロデューサーからの借り物。 キャラを維持したまま一人で話しつづけるだけの話術もなく、話題も豊富でないアリオの口数が少しずつ減ってきた。 「もう、何してるのよ!」 サクラがアリオを押しのけてアリッサに詰め寄った 「どうなの!? この生まれ変わった姿!」 「どうって……」 アリッサは小首をかしげる。 「……誰? その人」 アリッサの言葉に、原型を留めることなく生まれかわったつもりになっていたニュー・アリオは膝から崩れ落ちた。
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