オープニング

「ヴァンさんからの招待状なんだ」
 カフェに集まった友人達に向けて、相沢優は赤い封蝋を押されたものを開いてみせる。
「クックロビンの童謡は、聞いたことあるかな?」
「なになにー!かわいい小鳥さんのお話なのね? クックロビンってあれだよね、とある罪人の棘を抜いてあげて未だにお胸が真っ赤っかのお人好しの鳥さん!」
 マスカダイン・F・ 羽空がいち早くテンション高めに反応を返す。
「うん、でも今回は違うお話なんだ。なにしろ、ヴァンさん主催の推理戯談……ミステリだからさ」
「すいり、ぎだん……?」
 マスカダインはきょとんとした顔で首を傾げる。
「そう。“何故、スズメはコマドリを殺害するにいたったのか”を探る思考のお茶会、ってところかな?」
 一度、優はルルーが主催する推理茶会に参加したことがあった。
 あの時の空気感は、なんともいえず心地よかったのを覚えている。
 虚構だからこそ得られる、純粋な思考ゲーム。
 ミステリをミステリとして楽しめる、探偵遊戯だ。
「あの、ミステリーはちょっと……なところもあるんですけど、一生懸命考えます。だから、ええと、ヴァンさんのお茶会に参加したいので一緒に行っても良いですか?」
「えっとね、ルルーさんとのお話にはゼロも興味があるのでご一緒させていただきたいのですー」
 やや弱腰な吉備サクラに、キラキラとした瞳のシーアールシー ゼロ、ふたりの申し出にも、優はにっこりと笑みで答える。
「参加表明、ありがとう! それじゃあ、早速ヴァンさんに返事を出させてもらうな」
 そういうが早いか、優はすぐさま次の行動に移る。
 ただし、それはルルーに対しての参加メンバー決定の報告だけではない。
 もうひとり、ゲストとして招きたい人物、彼へのアプローチ方法を探すための時間を必要としたからだった。

 *

 どうして、わたしは殺したの?

 *

 舞台の上に作り上げられているのは、美しいアンティークの調度品で整えられたティーサロンのようにも、絵画や彫刻といった芸術品を鑑賞するために設えたロングギャラリーの一部のようでもあった。
 人魚姫をモチーフとしたモノが多いが、それ以外にも幸福の王子やいばら姫など、童話をモチーフにした作品が多く置かれている。
 しかし、どれほど磨き上げられ、美しいモノに囲まれていようとも、今この場にいる人間の目は間違いなく、床の一点に引きつけられるのだろう。
 ありとあらゆるものを差し置いて網膜に焼き付く、ベッタリとした鮮赤。
 そして、そのすぐ傍に設けられているのは、白いテーブルクロスとティーセットが眩しい5人分の茶会の席だった。
「優さん。そして、ゼロさん、マスカダインさん、サクラさん、ようこそ虚構のお茶会へ」
 赤いクマ司書は円形劇場の舞台の上で、緩やかに、かつ優雅に礼をした。
 そして、そんな彼の隣には、
「こんにちは」
 ふわりと微笑むヘンリー・ベイフルックの姿があった。
「ヘンリーさん! 良かった、来てくださったんですね」
 優の表情がパァッと明るくなるのへ、彼はニコニコと頷いて答える。
「この劇場をこんなふうに使ってもらえるなんて光栄だよ。誘ってくれてありがとう、優君」
「薔薇のお茶会ぶりなのです、ヘンリーさんなのです!」
「やあ、お茶会ぶりだね。この間はいろいろなお話をきかせてくれてありがとう、ゼロくん」
「眠れる森のお姫様が目覚めって聞きましたけど……」
「館長のパパさんなのね? リゾートカンパニーも設立したヒトなのね! すごいのね!」
「はじめまして。サクラくんと、マスカダイン君、だったよね?」
 甘やかな香りに包まれた中で、ひとしきり挨拶と雑談に花が咲く。
 それらを終えたところで、微笑ましく眺めていた主催者ルルーは、ゆっくりと《現場》となった舞台上を歩きだした。
 自然、まわりの口数は無となり、視線は彼に注がれる。
「ここでコマドリが胸を矢で射抜かれ、命を絶たれました」
 用意された台詞を読み上げるように、厳かに言葉が綴られていく。
「犯人はスズメ。彼女はその両手に弓と矢を携え、死者の傍らに佇んでいたのです」
 誰がコマドリを殺したのか?
 問いかけたものがいたのだろう。
「“ソレはわたし。わたしが殺した、この人を……この弓と矢で”……そう、答えたのだそうです」
 そうしてルルーは、次々と小鳥たちによる証言を述べていく。

 フクロウは、スズメとコマドリがふたりで旅に出る相談をしていた、と告げた。
 ミソサザイは、スズメはコマドリととても仲が良かった、と告げた。
 ベニスズメは、スズメとコマドリは芸術を愛し、戯曲を自ら演じることもあった、と告げた。
 カラスは、コマドリが少し前から歌うことをやめ、ほとんど家から出なくなった、と告げた。
 ヒバリは、スズメが真夜中になるとどこかに出かけていくのを何度か見かけた、と告げた。
 ハトは、スズメが変色した銀食器を捨てているのを見た、と告げた。
 トンビは、スズメが森の奥の泉で誰かの胸に抱かれ、泣いているのを見た、と告げた。
 ツグミは、コマドリが早朝に森を彷徨っているのを見た、と告げた。

「さて」
 事件の経過を話し終えたルルーは、ティーセットの置かれたテーブルに着くと、
「ティータイムのこのひと時に、現場検証を交え、ディスカッションと行きましょう。議論、推論、暴論、空論、なんでしたら実演していただいても結構ですよ……どんな形であろうとも、最後にモノを言うのは“探偵が持つ説得力”なのですから」
 お決まりの台詞を口にする。
 そして、
「スズメはなにゆえ、コマドリを殺害するにいたったのか……?」
 もっふりとした両手を組み、微笑んだ。
「さあ、紅茶を飲みながら、ミステリ談義を始めましょう」 



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

相沢 優(ctcn6216)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)
吉備 サクラ(cnxm1610)
シーアールシー ゼロ(czzf6499)

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品目企画シナリオ 管理番号2728
クリエイター高槻ひかる(wsnu6359)
クリエイターコメントヴァン・A・ルルー主催のミステリ談義お茶会へのご指名、ならびに建築家ヘンリー・ベイフルックを招いてくださり、誠にありがとうございます。

さあ、推理談義の始まりでございます。
舞台の上に《物語》の要素が散りばめられております。
鳥たちの証言にウソは交ざっておりません。
しかし、解釈次第でその内容の意味合いが変わる可能性はございます。
何故にスズメは仲の良かったとされるコマドリを殺害するにいたったのか。

皆様の自由な推理、虚構の物語をお聞かせいただけるのを、円形劇場舞台裏にて楽しみにお待ちしております。

参加者
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)コンダクター 男 20歳 旅人道化師
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと

ノベル

「すべての出来事の前提として、スズメとコマドリは仲が良かったからこそ、この結末を迎えたんじゃないかって思うんだ」
 最初に口を開いたのは優だった。
「スズメとコマドリは共に同じ夢を追いかけていて、その夢を叶えるために旅に出る約束をしてたんじゃないかって」
「でも、それは実現しなかった?」
 マスカダインの問いに、優は頷く。
「そっか。ソレはボクも賛成かな。ふたりは約束していた。ただ、夢が叶うことがなかったことに今回の悲劇があると思うんだけどよね」
「何らかの理由で、スズメとコマドリは旅に行けなくなった。だから、スズメはコマドリを殺害するにいたった、という流れなんだ」
「じゃあ、計画の段階でどんな問題が発生したのか、あるいはその約束はどういったものであったのかにまずは焦点を当ててみる?」
 ふたりの言葉を受け、サクラはうっとりと呟く。
「いいかも。ただ、私は彼とは違って、《旅の約束》の不履行そのものが悲劇に繋がったのとは思ってないんだけど」
 そうして紅茶を一口。
 唇をしめらせて、軽やかに言葉を繋いでいく。
「戯曲が好きだという証言をベニスズメから得ているわ。コマドリは歌うだけではない、自ら戯曲を書いていたんだとしたらどうかしら?」
「ふたりの夢は一緒に舞台に立つことだったとか? コマドリの書いた脚本で、とか」
「そう。才能と夢にあふれたふたりは幼い頃から同じ夢を語って。その夢の舞台が遂に実現できるところまで来たの。それはもう、完璧なタイミング、二度とない絶好のチャンス!」
 優の言葉に頷きながらも、だけど、とサクラは続ける。
「コマドリはスランプに陥ってしまった。書くことができない、歌うこともできない、何もかもが自分の中から抜け落ちて、何ひとつ浮かんでこないの。二度とないのに、夢の実現はすぐそこなのに、書けない。ただ焦燥だけがつのり、期日だけが迫ってきて、きっとおしつぶされそうになっていたんだわ」
 机に広がる真っ白な紙面。
 少し書いては丸められた原稿用紙。
 過去の作品を引っ張り出し、つぎはぎをしたところで思うようには成形できず、偉大なる先人たちの作品を目にすれば、すべてをそっくりなぞることだけしか考えられない。
 自分の才能のなさに打ちのめされていく日々。
「そこから抜け出すために、スズメは旅行を計画したのよ」
「同じ夢を求めたところまでは一緒なんだけど、うん……俺の方は、ふたりの夢が叶わなかった要因はスズメの方にあったと思うんだ」
「スランプじゃないのです?」
「コマドリがスランプになっていたとしても、やっぱろスズメが原因だと思うよ。あ、そうだ、今更だけどヴァンさん、小鳥たちの証言の有効性について確認しても?」
 思いついたように話を振る優に、ルルーは温かなスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと塗りながら答える。
「小鳥たちに虚偽の証言は交ざっていませんよ。すべて事実を述べています。そこは保証しましょう。ただし」
「ただし、解釈はこちらに委ねられる?」
「正解です」
 溶けかけたクロテッドクリームの上にイチゴのコンフィチュールを乗せたスコーンが、クマ司書の口の中に消える。
 つられて優もスコーンに手を伸ばしながら、
「ゼロはどう?」
「ゼロは、とても仲のよかったふたりが相談していた旅に実際に出かけて帰ってきたことが全ての発端だと思うのです」
「ゼロちゃんだけは時系列の解釈が違うんだねぇ。ボクは旅の約束は果たされていない派だけど、優くんともサクラちゃんとも違う方向に行っちゃってて、どうしたもんだか」
 マスカダインは苦笑しながら、かしかしと髪を掻き混ぜる。
「“旅の計画”がいつの話だったのか、気になる議題だね」
「時系列を整理する必要があるのです?」
 ゼロはぱちくりと瞬きしながら、ヘンリーを見やった。
「旅の理由もだね。どうやらみんな揃って解釈が大きく違うようだし、順に聞いてみたいかも」
 気づけばヘンリーの手にはペンが握られており、スコーンを取る際に使った紙ナプキンにはいくつもの走り書きが為されていた。
 “恋の病は人を死に至らしめるのか?”
 一部そう読み取れる。
「ふむ。では、優さんからどうです?」
「あ、はい、ええと……俺はこう考えます。コマドリとスズメは、恋人ではなかった。ただし、親しい友人同士ではあったと」
「おや」
 ルルーが意外そうな表情をする。
「コマドリはスズメを愛していた、でも彼女はコマドリを恋愛の対象とはしていなかった、そういう仮定から推理を構築します」
 そう宣言してから、優は続けた。
「恋愛と親愛は似ているようで全然違う……コマドリは、スズメが自分と同じようには自分を愛さないと知っていた。それでも、ともに夢を叶えるという幼い頃からの《約束》が心を支えてくれていたんだ」
 例え、自分の愛に応えてくれる日は来なくても、彼女の隣にいられるのなら、同じ夢を見て歩み続けていけるのなら、それだけで良かった。
 それだけで救われた。
 けれど、でも。
「ふたりの約束は、スズメにとって《絶対的に叶えるべきモノ》じゃなくなったんだ」
 ある時を境に、彼女は夜ごと家を出るようになる。
 ふたりで共に過ごす時間はみるみる減っていき、コマドリの不安はふくれあがっていった。
 どこに行くのか、何をしているのか、問いただしたいのに、恐ろしくてできないままに、悪戯に時間だけが過ぎていく。
「愛する人が離れていく恐怖はきっと、耐えがたいモノだったはず」
 約束だけが心を癒やしてくれた。
 約束を信じることでだけ、辛うじて自分を保っていられた。
 けれど、でも。
「ある日、ついにスズメは告げてしまうんだ。わたしはあなたと旅には出られない、あなたとは行けないわ、と」
「どうしてなのです?」
「それは……彼女には、他に大切な人ができてしまったから。小楽を誓った相手ができたから、なんだ」
 決別の言葉が、コマドリの胸に突き刺さる。
 彼女の心は、見知らぬ男のモノになってしまった。
 結ばれることはできなくてもせめて傍に――その願いすらも叶わないモノとなったのだと思い知らされる。
「愛は憎しみに変わった。誰かに奪われるくらいなら、いっそこの手で。だから、コマドリはスズメに毒を盛ったんだ」
「ふむ……これで、もしスズメの心を捕らえたモノが、自分のよく知る相手だったとしたら、感情は更に激烈化するでしょうね」
 ルルーの何気ない台詞に、優は瞬きを繰り返す。
「だとしたらその憎しみは、自分を裏切ったスズメだけでなく、その恋人にも向くかもしれないですね?」
 もうやめて。
 スズメの懇願は、きっとコマドリの怒りを煽っただろう。
 自分を想っての言葉ではない。愛するあの男を護りたいという想いからの静止は、更にスズメを苛み、追い詰めていく。
「そして遂に……スズメは弓矢を手に取った。約束を守れなくなった自分のせいで、これ以上大切な友人が壊れていくのを見ていたくない、そして愛する人を護るために、その手に武器を取ったんだ」
 小鳥たちの証言から構築された、これが優の紡ぐ物語。
「一気に来たねー」
 マスカダインは瞬きを繰り返し、そしてほうっと感嘆の溜息をついた。
「愛は憎しみを超えられなかったのです?」
 コトン、と首を傾げてゼロは問う。
「愛していたから、憎しみに変わっちゃったんだと思うんだけど」
「私がスズメだったら……愛していなければ、コマドリを殺したりしない」
 サクラが毅然と言い放つ。
「その人を人殺しにするのが嫌だから、愛した人が苦しんで死ぬのが嫌だから、だから殺す、愛しているから私が殺した」
 胸を占める、あの人への想い。
 胸を焦がす、あの人への恋情。
 狂おしいほどに愛おしい、だからこそ見ていられない、見ていたくない。
「あ、れ……?」
 ぼたり。
 サクラの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
 ぼたぼたと止めどなく、後から後からあふれてくる。
「お、オカシイですね、すみません、なんか、ちょっと顔洗って出直してきます!」
 ぱたぱたと顔を隠して劇場の外へと駆けていくサクラの背を気遣わしげな視線で追ったのち、マスカダインは、顎をつまんで、思案顔となった。
「愛しているから殺す――ボクもサクラちゃんと同じ意見かなー。この物語の根底には、《愛》があるっていうのは分かるんだよね」
 そして、スズメはきっとコマドリを救いたかったのだ。
「それでね、優君とはまったく別方向から、《美しい物語》を紡ぐこともできるかなって」
 そういって、ゆっくりと舞台の上の鮮赤の後に視線を向け、そこにわだかまる《死》に想いを馳せながら、語り出す。
「ボクはね、ふたりの約束は《戯曲》にまつわるモノじゃなかったんだと思う」
 先程、方向性が違うと告げたその続きを語るように、マスカダインは言葉を繋ぐ。
「いつかふたり、空の上に棲まう神様に会いに行こう、それがふたりの約束だったんじゃないのかなって」
「どこから神様の話が?」
 不思議そうに問う優に、マスカダインは笑った。
「コマドリの逸話には、かつて神の子でありながら罪人として磔刑に科せられたその人の、茨の冠から棘を抜いてあげたというのがあるんだよ」
「その民話なら僕もよく知ってる」
 ヘンリーがどこか懐かしそうに目を細めて頷く。
「英国人であるヘンリーさんなら馴染みがありそうだね」
「ゼロは知らないのです。気になるのです」
「コマドリにはいろんな言い伝えがあるんだよ。優しいのも、コワイのも、たくさん」
 今度絵本を持っていくよ、とマスカダインはゼロに約束し、そして自身の物語を再開させた。
「このコマドリも、おそらくかつて罪人から《棘》を抜いたんだ。棘を抜くということは、罪を共有するということ。共犯者となって相手の《秘密》をその胸に隠しながら、コマドリはずっと生きてきた」
 けれど、重すぎる罪悪感は心を狂わせる。
 目に見えない痛みと流された血によって、次第に魂は蝕まれ、コマドリから生きる気力を奪っていった。
「神様に、いつかコマドリの《棘》を抜いて、罪を許してもらおう――寄り添い続けたスズメはコマドリと約束をしたんだ。でも、神の所在を探すには、コマドリの心も体も疲弊しすぎていたんだ」
 ふたり一緒には、もう動けない。
「スズメは弱っていくコマドリを見ていられなくて、夜闇のなか、ついに空の果てを目指して飛び続けたんだ。何度も何度も、空の果てにいるという《神様》に助けを求めるために。そして……知ったんだ。空には神様なんていないということに」
 彼女は絶望した。
 神の存在を信じ、縋る想いだったからこそ尚のこと、真実に打ちのめされる。
 愛する人は罪を抱え、その罪の重さ故に死に直面している、なのに《神》はコマドリを救わないのだ。
「スズメは、森の奥の洗礼の泉で神職者に縋った。神を知るのなら本当の居場所を教えてくれと」
 しかし、彼すらも彼女の願いを叶えられる者はいなかった。
 だから、スズメは決めたのだ。
 愛するモノの魂の救済のために、命を賭してコマドリが隠し続けた《罪》をけっして他者に暴かせないために。
 死因は、自殺であってはならない。
 死因を、探られてはならない。
 だから、スズメは弓矢を手にした。
 コマドリの抱えた罪の上に自身の罪を重ねて覆い、人々の目から永遠に隠してしまうために。
「でもね、コマドリが棘を抜いたのは、本当に罪人だったのかな?」
「おや、その真意は?」
 真顔となったマスカダインに、ルルーは小さく首を傾げて問いかける。
 けれど彼は答えない。
 首を一度だけ横に振るだけだった。
「それで、コマドリは死の瞬間、彼女にどのような想いを向けたのかって話になるんだけどね」
「ソレは愛情以外のなにものでもなかったはずです」
 言葉が差し込まれる。
 見れば、わずかに赤い目をしたサクラが、茶会の席に上がってくる。
「もう大丈夫?」
「サクラさん、お帰りなさいなのです」
 優とゼロの気遣わしげな視線と問いに、サクラは恥ずかしそうに視線を伏せてから、ぺこりと頭を下げた。
「失礼しました。なんだかスズメの想いを考えていたら感情移入し過ぎちゃって……どんどん思考が嵌まり込んで、ホント、思い込み激しすぎですよね、すみません」
 そんな彼女へと、ルルーは笑みを向ける。
「いえ、相手の感情をとレースするのもまた推理の一形態ですから。それで、なにか答えは見えましたか?」
「はい。私、これって悲劇の王道だと思うんですよね。なんと言われようと、そこに愛がなければ人は殺せないんです」
 憎しみで人を殺す人がいる。
 衝動で人を殺す人がいる。
 けれど、スズメはコマドリを愛していたと、サクラは確信していた。
「毒の問題がありましたよね? 私の解釈はそこにも掛かってきます」
「毒が存在していたことは共通認識でも、どういう目的で、というところで食い違って別の話になっていくんだね」
 興味深そうにヘンリーは呟く。
「俺は、コマドリがスズメを殺すために用意したと考えてるんだけど。愛する人を自分のモノにするために」
「ボクは、食器の件は横に置いといちゃったんだよねー」
「私は、アレは自殺未遂の痕跡じゃないかって思うんです」
 コマドリがスランプに陥り、追い詰められていた、という説からの流れだ。
「スズメはコマドリを愛していて、ふたりは同じだけ芸術を愛していたんです。だからこそ、愛したモノによって苦しみ、もがき、壊れていくコマドリを見ていられなくなったんじゃないでしょうか」
 次第に引きこもるようになったコマドリは、スズメの目の前で憔悴していく。
「そして遂に、コマドリは自殺に思い至るんです。変色した食器で、スズメは毒に気づくことができました。寸前で止めたけれど、でも、コマドリの自殺の意思は変わらなくて……」
 それなら、とスズメは泣いた。
「それなら、あなたが苦しまないように、私にやらせて。私があなたを殺すから、だからお願い、私の知らないところで死のうとしないで、苦しまないで、私があなたを必ず楽にしてあげるから」
 コマドリを殺す。
 その約束で、コマドリの命はわずかだけれど先延ばしされる。
 けれど、ソレも長くは続かない。
 殺してくれと、コマドリは願う。
 死なないでと、スズメは願う。
「だけど、その日は来てしまう。もう良いだろう、そうコマドリに促され、遂にスズメは弓矢を引いた」
 サクラのひとり芝居にも似た台詞の数々は、舞台の上にコマドリとスズメの存在を作り上げる。
「だからスズメはその愛故に、コマドリへ死という名の安らぎを与えたんです」
 報われない悲劇を語り終え、すとんっと自分の席に腰を下ろした。
 喉が渇いている。
 一口含んだ紅茶は花の香りに満ちていた。
「どうかしら?」
「ゼロは、スズメさんは毒を盛ろうとして盛ったのではないと思うのです。そして、これは罪滅ぼしのお話だと思うのです」
 言いながら、ゼロはテーブルの上に置かれている銀食器を手に取った。
 変色はしていない、見事なまでに完璧に磨き込まれた美しいそこに、ゼロの幼く美しい顔が写り込む。
「そういえば、ゼロは旅がすべての発端だって主張していたっけ」
「夢を叶えたのに、どうして悲劇が起きたのかな?」
 優とマスカダインの言葉に、ゼロは生真面目な顔で指を一本立てて、語り出す。
「旅をしていたら、いろんな食材とも出会うのです。おいしそうなモノもいっぱいなのです。スズメさんはコマドリさんのために、旅先で仕入れた食材を使って、お料理の腕をふるったんだと思うのです」
「コマドリを殺すために?」
 ヘンリーの問いに、ふるりとゼロは首を横に振った。
「故意ではないのです。過失なのです」
「毒を盛ったのに、ですか?」
 ルルーの言葉にも、ゼロは揺らがない。
「お料理に使った食材は、スズメさんにとっては毒じゃなかったのです。でも、コマドリさんにとっては毒だったのです。同じモノを食べたけど、コマドリさんだけが喉を焼かれて、歌えなくなってしまったのです」
 突然襲った激痛と共に、その食事がコマドリから声を奪った。
 話せない、歌えない、何も表現することができない。
「コマドリさんは大変な美声の持ち主だったのです。でも歌えなくなり、失意のコマドリさんは家からほとんど出なくなってしまったのです。あるいは……その毒は、精神にも影響を及ぼすモノだったのかもしれないのです」
 歌うことを生業としていたのだとしたら、その絶望は果てしないことだろう。
 意図せず愛するモノから大切なモノを奪ってしまったスズメの罪悪感も、また果てのないもののはず。
「その毒は、コマドリがスズメに対して盛ったという可能性はないのかな?」
「優さんの説から行くと、そうですね……飛躍しますが、コマドリとの夢を叶える気がなくなったスズメが、実現不可能な状況を作り出すために、あえてその料理を作ったという可能性は残されます」
「それだと“未必の故意”になってしまうのです」
「え、密室の恋?」
 きょとんと首を傾げるマスカダインに、ゼロはまたしても首を横に振る。
「未必の故意は可能性の追求なのです。密室の恋は秘密なのです。どっちにも愛が関係するかもなのです」
「え、え、どういうことか全然見えてこないです」
「ボクにもさっぱりだよ? 暗号って感じ?」
 ミステリーに同士に深くないサクラとマスカダインの頭に、飛び交う単語と概念に疑問符が増えていく。
「あ、ごめんなさい。ええと……」
 どう言ったらいいのかな、優は視線を巡らせ、ルルーのキラキラとした瞳と行き当たる。
 彼は優がどんな説明をするのか期待しているようだった。
「ええと……簡単に言うと、殺すつもりで殺すのが故意、殺すつもりはないのに死なせてしまったのが過失、そして……もしかすると死ぬかもしれないと考えながら、その確率に結果を委ねるのが未必の故意、なんですが」
「この《悲劇》はバナナの皮を階段に置いてしまうのとは違うのです。それじゃないのです」
 こだわるべきはそこなのだと、ゼロは主張を繰り返す。
「食器の変色は食材の成分なのです。スズメさんはすべての発端となった食器をもう見たくないために、夜中に森の泉に行ってはこっそり沈めていたんだと思うのです」
 けれど、あるときソレがコマドリに見つかった。
 自分を赦そうとしてくれる存在が切なくて、苦しくて、申し訳なくて、スズメはその胸に抱かれ、泣き続けた。
「それからしばらくして……・早朝、虚ろな目で森を彷徨うコマドリさんを見たスズメさんは、唐突にこう思ったのです。そうだ、コマドリさんの声を奪った自分がその生や苦を終わらせ、その罪を背負っていこう、ソレこそがコマドリさんにできるせめてもの罪滅ぼしだ、と」
 天啓だと、彼女は思ったのかもしれない。
 それ以上の方法はないと、思い込んでしまったのかもしれない。
「だから弓と矢をつがえて、スズメさんはコマドリさんを殺したのです。これ以上苦しむことがないように、遠方から気づかれず一撃で仕留める……死に直面する恐怖すらも、スズメさんはコマドリさんに与えないと決めたのです」
 一切の苦痛をもう与えない。
 固い決意と共に、彼女はその手を罪で怪我した。
「かくして、悪意も殺意も不在、誰にも非はない悲劇は幕を閉じたのです」
「すごいね、すごく興味深い」
「ええ、実に興味深いです」
 ヘンリーとルルーは語り終えた4人を前に、その物語の可能性をもう一度なぞる。


 コマドリはスズメを愛していた。
 スズメは、コマドリを愛していた。けれど、ソレは親愛の情でしかなかったかもしれない。

 コマドリとスズメはふたりだけの約束をしていた。旅に出る約束だ。
 それは同じ舞台に立つことだったかもしれない。
 あるいは、罪の許しを求めに行くことだったかもしれない。
 あるいはもう既に、他愛のないその約束は果たされた後だったのかもしれない。

 スズメはコマドリに誤って毒の料理を出し、声を奪ってしまった。
 あるいは、スランプへの苦悩によって、コマドリは自ら毒をあおろうとしたのかもしれない。
 あるいは、愛するスズメを自分のモノにするために、コマドリはスズメに毒を盛ったのかもしれない。

 スズメは真夜中に森を彷徨い、救いを求めた。
 新たな恋人に、あるいは森の聖職者に。

 コマドリは早朝の森をさまよい歩いた。
 苦しみから逃れるために、あるいは新たなインスピレーションを得るために。

 スズメはコマドリを苦しみから解放してあげたかった。
 スズメは己の罪の懺悔を、弓引く行為に変えた。
 スズメは救おうとした、あるいは護ろうとした、コマドリを、あるいは他の愛するモノを。


「ところで、ねえ、それは本当に、すべてバラバラの物語なのかな? 僕には、みんなの話してくれた物語すべてがひとつに繋がっていくように思えるんだけど」
 ふわふわと心地よい笑みを浮かべながら、ヘンリーはクッキーを手に、告げる。
「本当に、誰かの可能性だけを選ばなくっちゃいけないのかな?」
「それは……」
 優、サクラ、マスカダイン、ゼロ、それぞれが用意した《物語》は4人それぞれの色を添えて、広がり、混ざり合い、化学変化を起こしはじめる。
「互いの毒を盛った可能性、心中立てというのはどう?」
 優の言葉に、ゼロは反応する。
「誤解を重ねに重ねた可能性もあるのです?」
「コマドリさんはスズメさんの不実を疑ったのかもしれないよね? 料理は純粋な過ち、だけどコマドリさんは、故意に毒を盛られたと思い始めてしまったとしたら」
「過去に心に刺さった罪の棘が、そうさせたのかもしれないです」
 マスカダインに続き、サクラも乗ってくる。
「あるいは、そうだ! スランプに陥ったコマドリに、無理に夢を叶えようとしなくても良いって、そう伝えるつもりだった可能性もある」
「声を失ったコマドリさんを救うために、新しい恋人ができたふりをして、夜毎医者を探したのかもしれないのです?」
「出かける理由がほしかったけど、追い詰めるかもしれないって考えたのかもしれないよね」
「だけど、コマドリは憎しみに心が囚われて、コマドリは遂にスズメに毒を、という展開ですね」
「スズメはコマドリの殺意に気づいてしまった。もうふたりは元に戻れない……何度も何度も元通りにしようとしたけど」
「けれど、どうしようもなくなったのです。同じことを繰り返して、苦しみはどんどんふくれあがって止まらないのです」
「だから、スズメさんはコマドリさんの罪を隠すために」
「すべての罪を背負って終わらせるため、愛するコマドリのために……」

 誰がコマドリを殺したの?
 ソレはわたし。
 わたしが殺した、弓と矢で。
 わたしの存在そのものが、あの人にとっては致死量の毒――

「「「「かくして、スズメはその愛故に、コマドリを殺害するに至った」」」」

 4人の声が綺麗に重なる。
 ぽふぽふぽふ、ぱちぱちぱち。
 ルルーから、そしてヘンリーからの拍手が全員に向けて贈られる。
「素晴らしい! ですが、困りましたね。最優秀者へのプレゼント用にと、火城に焼いてもらっていたんですが」
「決められないなら、山分けとかどうかな?」
 ワクワクとしたマスカダインの横で、優がハッとした表情になる。
「あ、そうだ。これ、うっかりタイミングを失っちゃってたんですけど、よかったら」
 そう言って、傍らに置いたままだった化粧箱を開けば、中には、キャラメルゼされたリンゴをたっぷり使ったタルトが鎮座ましましていた。
「すごいのです! キラキラなのです!」
「これはすごいおいしそうだね」
 感動するゼロと、目の輝きが変わったヘンリーの前で、優はいそいそとルルーからナイフを借りてタルトを切り分けていく。
 フォークで崩し、口に運べば、しゃくりとした歯触りと爽やかで甘酸っぱい味が幸せな気分を盛り上げる。
「リンゴは禁断の果実……スズメとコマドリを思い出しちゃう」
 うっとりするサクラの横で、マスカダインも訳知り顔で相づちを打つ。
「罪を犯したアダムとイブだね。男女の関係は難し」
「あら、コマドリは男だと、誰かハッキリ言ってましたっけ?」
「へ?」
 その台詞を途中で遮り、サクラは笑う。
「スズメは女性ですが、コマドリだって女性なんです。これこそ禁断の愛です。愛は性別を超えちゃったんです。百合ップルですよ、やだ、萌える!」
「あ、俺も、実はコマドリは女性だって仮定してたんだよね。だから、コマドリがどんなにスズメを愛していても、報われないって諦めて、せめて親友で居続けようとしたのかなって……関係を壊す方がずっとずっと怖くてさ」
「報われなくても想い続けるのは大変なのです」
「しかも、自分もよく知る相手が、自分の愛するヒトの心を奪ったとなったら尚更だ……」
 そこまで言って、優は不意に気づく。
 前回、ハートの女王のタルト消失事件では、《ヘンリー殺害未遂へのメタファー》とした解釈が成立していたことに。
 だとしたら、このスズメとコマドリの事件にも、同様のものが組み込まれているのではないか。
「あの、ヘンリーさん」
「ん?」
「ヘンリーさんは、コマドリはスズメを赦したと思いますか? そこに“愛”があれば、殺されるその瞬間まで信じることができたんでしょうか?」
 過失によって才能を奪われながら、それでもコマドリはスズメを許し、愛し続けられたなら、罪の意識にスズメが捕われなければ、悲劇は起きなかったのだろうか。
 彼はほんの少し思案する素振りを見せてから、やんわりと微笑んだ。
「“疑わない”という幸福を、僕は知っているんだ。“信じたい”と願うのではなく、“信じられる”という幸福をね」
「信じられるという幸福……」
 口の中で繰り返してから、優は思い切ってもうひとつだけ、質問をぶつける。
「じゃあヘンリーさんは……ロバートのことやカリスさんのことを、どう思っているんですか?」
「どうって……」
 報告書を読む限り、あるいはいくつかの言葉の端々から察する限りにおいて。
 カリスはかつて、ヘンリーをラビット・ホールに突き落とした。そこに在ったのは、おそらくは恋情を伴った嫉妬からの殺意。
 ロバートはかつて、ヘンリーをベイフルック邸の地下で刺した。そこに在ったのは、おそらくは大義をかざした焦燥からの殺意。
 ヘンリー・ベイフルックは、二度に渡って《愛するモノ》の殺意に晒された。
 けれど――
「僕は、ロバートのこともエヴァのことも、とても愛しているよ。ジェーンの愛した妹と従兄を、僕もまた愛している」
 一瞬不思議そうな顔をして、それから屈託のない笑みと衒いのない答えを返してくる。
「ふたりとも、かけがえのない大切な家族なんだ」
「ヘンリーさんの愛は海より深いのです?」
「ゼロくんの無限の愛に比べたらまだまだだねぇ」
 もしかすると彼は、2人の罪を罪として認識していないのかもしれない。そこに殺意を見出さず、疑うことすらしていないのかもしれない。
「……何が起ころうとも相手を信じ切れたら、ソレは確かに幸せかもしれないですよね」
 虚構の上に作り上げられた虚構の物語に《真実》をひとつ見出しながら、優はルルー主催の茶会を楽しんだ。


 やがて束の間の平穏は崩れ、ターミナルに鉄仮面の囚人にまつわる物騒な話が飛び交うこととなるのだが、ソレはまた別のお話。



END

クリエイターコメント相沢 優さま
マスカダイン・F・ 羽空さま
吉備 サクラ様
シーアールシー ゼロ様

はじめまして、あるいは7度目、8度目まして、こんにちは。
この度はルルー主催の虚構の茶会にて、興味深く素敵な《物語》をお聞かせくださり、ありがとうございました。
それぞれのカラーにあふれた《物語》を拝見し、結果、《スズメの動機》はこのようなカタチとなりました。
ささやかな趣向と共に、会話による思考の過程とこの結末を少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

それではまた、少々物騒となってしまったターミナルのどこかで、あるいは旅路のどこかでふたたび皆様とお会いすることができますように。
公開日時2013-07-15(月) 11:50

 

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