集まったロストナンバー達の前に、身長60センチ程の妖精らしき老婆が現われる。彼女は『導きの書』を片手に、一礼する。「集まってくれて、ありがとう。今回、お前さんたちには壱番世界にいってもらいたい。世界樹の苗木が撤去された後、どうなっているか様子を見に行って欲しいんだ」 そう言うと、老婆は小さく微笑んだ。 今回向かうのは北海道の知床。世界遺産にもなっており、少し前にダンスホールと化した場所でもある。「お前さん達のお陰で、18箇所に及ぶ作戦は成功した。世界中の苗木は全て撤去されて入るけどね、むこうさんの残党が居ないかとかをチェックして来て欲しい、ってことさね」 と、言いつつも老婆の表情はどこか楽しそうだ。何故か、と問うと彼女はくすくす笑いながらこう付け加える。「いや、実質観光に行くようなもんさね。危険はないと……思う」 ただ、今は季節がら熊の親子と遭遇する可能性もある、という。そこにさえ注意すれば大丈夫なそうだ。「ま、色々大変だとは思うけれども気晴らしにいいんじゃないかい?」 最初は、前回戦い(?)の舞台となった場所へ向かう。そこは遊歩道から少し離れた所ではあるが、立ち入りを規制されている訳ではない。 自然を荒らさなければ、野鳥観察や動物の観察に良いだろう。 少し足を運べばカムイワッカ湯の滝へ行く事もできる。ここで入浴をする場合は水着を着用するか、バスタオルを巻いての入浴となる。「大自然に囲まれて、魂の洗濯というのはどうかのう? これから色々騒動が起こりそうじゃし、ここいらで休憩を入れていても損はないさ」 そこまで言うと、老婆は人数分のチケットを取り出し、笑う。「それじゃ、報告を待って居るよ」
起:ようこそ、北の緑地へ! 自然溢れる知床。そのとある場所に6人の男女が現れた。彼らは世界樹旅団が侵攻したこの地のその後を調査するべく0世界からやって来たロストナンバー達である。 おりしも、季節は初夏。濃い緑の匂いが6人を出迎える。それにいち早く気付き、表情を軟らかくしたのはツーリストのニワトコである。彼は故郷を思い出したのか、そっと目を細め、軽く伸びをする。 「凄く、いい匂いがするね」 壱番世界へはあまり赴いた事がない彼は、緑の多い場所と聞いてわくわくしていた。予想していたよりも美しいその場所に、すっかり心が解されているようだった。 その傍らで瞳をキラキラさせているのはコンダクターの吉備 サクラである。彼女は手を組んで幸せそうに溜め息を吐いた。 「1度来たかった憧れの地にタダで来れちゃうなんて、コンダクター最高です♪」 流石に学生の身で、しかもバイト代をコスプレなどに費やす彼女としては、願ったり叶ったりの様子だ。そして、同じくコンダクターの坂上 健もまた、どこかわくわくした様子で辺りを見渡している。 「最初のトレインウォー以来かな、北海道に来るのは。世界遺産とかカムイワッカの湯の滝とかにも興味あったからさ、それで依頼に参加しようかと思ったんだ」 「そうでしたかぁ。確かに、世界遺産は興味深いですよねぇ」 相槌を打ったのはふわふわもこもことした猫の獣人。ツーリストのノラ・グースは耳をぴくぴくさせながらにこにこ。時々聞こえてくる小鳥の声が気になるようだった。 そんな4人に、コンダクターのジュリエッタ・凛・アヴェルリーノとアーネスト・マルトラバーズ・シートンは向き直る。 「まぁ、まずは調査じゃな。老婆殿は、危険はないとはいうがのう、熊には注意しておいた方が良いじゃろうな」 「ええ。ですので、これを。ここ、熊が多くいるので、結構遭遇率が高いのですよ」 と、アーネストが取り出したのは、熊避け鈴だった。それを見て、健とサクラも同じものを取り出す。どうやら考える事は同じだったようだ。 「いくら映画のエピソードにあっても、熊に食べられちゃうのは願い下げです」 幻影では熊を追い払えない、と内心悔しい思いをするサクラ。その傍らではジェリーフィッシュフォームセクタンのゆりりんが頷く様にふよん、とゆれる。「確かにねぇ」とノラも頷き、尻尾を一度揺らした。 その他、ジュリエッタはタンバリンを鳴らして行こうと考えたらしく、傍らに取り出していた。 (これは、危ないからのう) と、トラベルギアである小脇差(雷を発生させる事が出来る)は厳重にリュックの中に仕舞って、内心で呟く。一方、健はノラとニワトコに熊避け鈴を渡しながら、皆に聞こえるようにしっかりと言う。 「熊と戦おうと思うなよ? 圧倒的に人間が不利なんだからさ」 その為に鈴を鳴らし、相棒であるオウルフォームセクタン・ポッポの力を借りて辺りを警戒する、と言う。ジュリエッタの相棒、マルゲリータもまた同じフォームである。2人で協力して警戒すれば、大丈夫だろう。 万が一の為に、とアーネストと健は熊撃退スプレーも準備していた。 「へぇ、こういうのがあるんだね」 「なんか、効果からして誤射が怖いねぇ」 ニワトコとノラがスプレーをじぃ、と見る。それにアーネストは頷く。 「人間にも効果がありますので、気をつけてくださいね」 風向きとかにも気をつけたほうが良い、と健が付け加える。彼が人数分を用意しているらしく、アーネストが持ってきた分を含めれば充分足りるだろう。 一行は隊列などを話し合い、健が前でアーネストが殿、その間にサクラ、ジュリエッタ、ノラ、ニワトコという順番に並ぶ事にした。 柔らかな木漏れ日の中、ロストナンバー達は和やかな雰囲気で自然の中を進んでいた。からんころんと熊よけ鈴がなり、彼らの会話に彩を添える。合間にジュリエッタが鳴らすタンバリンが軽やかに入り、実に賑やかだった。 (自然の多く残る原生林のある場所ですね。いい匂いがします) アーネストがフォックスフォームセクタンのベントテイルの頭を撫でながら、辺りを見渡す。じきに世界樹旅団が苗木を植えた場所へ到着するのだが、今の所異変は無い。 ジュリエッタと健が『ミネルヴァの眼』を使って周囲を警戒しているが、熊らしき影は見えていない。どうやら熊避け鈴とタンバリンのお陰で遭遇しないで済んでいるようだった。 軟らかい草や、温かい土を感じながら、ニワトコはニコニコと笑顔で道を行く。故郷やヴォロスに似たこの場所に、彼はとても機嫌が良かった。 (動物もいるみたいだね。ますます似ている。なんだろう、居心地が良いな) その様子に気付いたアーネストと、ふと、目があった。ニワトコがにこっ、と微笑むとアーネストもまた頷く。 「楽しそうですね。やはり、こんなにも自然が豊かだからですか?」 「うん。まるで、故郷に帰ってきたみたいなんだ」 その幸せそうな顔に、アーネストもまた自然の大切さを身に感じたのだった。 (ああ、ここがあの作品の舞台となった場所なんですね……) サクラは嬉しさのあまり、思わず頬を赤くしてふら~、と倒れそうになる。それを健が受け止め、顔を覗き込む。 「サクラ、大丈夫か? この季節はとくに水分補給とか大切だからな。一度休憩するか?」 「い、いいえ! だ、大丈夫ですから!!」 我に帰るサクラ。彼女は (言えない。自分の足で聖地を踏みしめる感動の貧血で倒れそうだったなんて) と内心でぷるぷると恥ずかしい気持ちになっていた。まぁ、想像の翼やネットの写真などではなく、実際に足を運べた事で凄く喜んでいるのは確かな模様。 「そうか? きつかったらいつでも言うんだぞ」 健が小さく微笑んで前を向く。彼としては何かあった時に女性を庇えるように、と心がけているだけなのだが、サクラとしては (先ほどのシチュエーション、映画のワンシーンにもありましたっ! なんか、少しドキドキです?) と、別の意味でテンションが高い。それを知らず、健は健で (やっぱり、どっかで休憩を入れた方が良いかな?) など考えている為サクラが「くひっ」と笑った事には気付かなかった。 しゃんしゃんと軽やかになるタンバリン。楽しそうに耳が動くノラの姿を見て、ジュリエッタは思わず笑いを堪える。 「? どうしたですか?」 「いや、なんでもない。それはそうとして、そなたも良い笑顔じゃな」 ジュリエッタに言われ、ノラは小さく頷く。緑に囲まれて、どこか安心するような気分になっていた彼は2本の尻尾を揺らしながら辺りを見渡す。 青々とした木々の合間から零れる木漏れ日に染め上げられ、ノラもジュリエッタも、斑模様になっていた。それは共に歩く者たち皆おなじで。その合間に見える青空がとても澄んでいて、すがすがしい気分になった。 「凄く、いい気持ち、です」 「全くじゃな」 2人が笑い合っていると、少し開けた場所が見えてきた。どうやら、目的地まであと少しのようだ。 (狐さんとダンスしてみたかったのですー。旅団さんや、件の双子ちゃんともお茶会してみたいのですが、もう無理、かもしれませんねぇ) どこか残念そうに溜め息を吐くノラ。彼はまったりとしたお茶会が好きなのだが、舞ったり跳ねたりするのも好きだった。だから、出逢う事が出来れば、と考えていたが、辺りには気配がない。 「ここから探っても、人はいないようじゃな」 ジュリエッタの言葉に、ノラはちょっとだけ耳を萎れさせた。 承:知床ダンスホールふたたび。 そうこうしているうちに、6人は件の場所へと到着した。辺りは静かではあったが、よく見ていると鳥や動物の姿が確認できた。彼らは思い思いに調査を開始する。 「えっと、世界樹の苗を撤去したあとを確認するんだっけ?」 「そうでしたね。ぱっと見た所、おかしい所はなさそうですけど……」 太陽の光を浴びて満足げだったニワトコが、手をぽん、と叩いてこう言った。ちゃんと見ておかないと、と早速周辺の様子を伺う。サクラはその傍らで首を傾げながら眼鏡を正す。 「旅団が世界樹を植えつけたところも気にかかりますね。影響がなければいいのですが……」 「痕跡さえなければ、一先ずは安心だと思うのですが、んむー」 真剣な表情のアーネストの隣で、にこにことノラが辺りを見渡す。2人がぱっと見たところ、特に変わった所は無かった。 「うーん、熊の姿はないようじゃな」 「……俺はチキンだから草食動物しか会いたくないな」 『ミネルヴァの眼』で周囲を確認するジュリエッタと健はそんな事を言い合いながら周囲を警戒する。と、その時。どこからともなく狐が姿を現す。こげ茶を思わせる毛並みは子供らしく、傍らには親と思わしき狐も存在した。 狐の親子は警戒するように6人を見たものの、害が無いと判断したのだろう。直ぐに警戒を解き、その場で寛ぎ始めた。 アーネストは程よい距離で狐の親子を観察する。動物学者として、やはり気になるのだろう。ノートにはこと細かく観察した様子が書かれていた。 「写真に収めるですぅ」 ノラがフラッシュをつけずに写真に収める。彼自身も苦手であるが、動物への気配りである。 「かわいいですね。触ってみたい、です」 「狐も本当は病気やら寄生虫やらあるから、撫でない方がいいぞ」 「まぁ、そうでしょうねぇ」 ノラの呟きに健とアーネストが答え、ノラはそうですかぁ、と小さく頷く。知らない事を学べると言う事は、新鮮だな、とノラは内心で思うのだった。 その傍ら、ニワトコはのんびりと降り注ぐ陽光を楽しんでいた。静かな森に異変は無い。実に平和な光景に、胸を撫で下ろしていた。 「ん? サクラさん?」 ふと、ニワトコは首を傾げる。傍らのサクラは熱心に辺りを見渡し、なにやら考えているようだった。 「流石に魚皮服とか木皮服とか草服とかは無理ですけど、普通の民族博物館に置いてある服なら柄は再現できる筈……」 頑張らないと、と1人意気込むサクラ。ジュリエッタも不思議そうに首をかしげていると、ぴたり、とサクラが2人を見た。 「「?」」 「いえ、お2人なら、民族衣装も似合うんじゃないかな、と……」 そう言いながらサクラは少し恥ずかしそうに俯く。一瞬、ジュリエッタとニワトコが映画の登場人物に見えた、だなんて口が避けても言えない。 そんなサクラを他所に、ジュリエッタは何か思い出したように頷く。 「そうじゃ、ダンスホールというからには、踊らなくてはな!」 と、いう事でジュリエッタの提案で、皆で踊る事にした。 「……タランテラ、ですか?」 「そう、タランテラじゃ。そもそも集団、それもカップルで踊ることが多いのじゃ」 と、アーネストの問いに応えるジュリエッタ。彼女は顔見知りである健に「お相手願えるかの?」と問う。彼もまた「ああ」と笑顔で応じた。 「俺も初めて踊るからな。ご教授願うよ」 「うん。任せておれ」 健が手を差し伸べ、ジュリエッタが笑顔で手を取る。そして、タンバリンを鳴らしつつ、軽やかに踊っていく。息のあったその舞いに、サクラやノラ、ニワトコもまた興味を持ったようだ。 「それでは、わたくしと踊っていただけますか?」 「えっ? あ、わたしでよければ……」 アーネストはサクラへと手を差し伸べる。サクラは頬を赤くしながらその手を取り、ジュリエッタと健を見ながら、見よう見まねで踊ってみる。最初はおぼつかない足取りであったが、自然と慣れていった。 「それじゃ、踊ってみるですか?」 「うん。おもしろそうだからねぇ」 ノラとニワトコも手を取って、一緒に踊り出す。ステップを踏んで、裸足で草を踏めば、ここの土が健康である事がありありとわかる。大地の脈動を感じながら飛び跳ね、ノラの尻尾が楽しげに揺れる。 3組の踊り手がタンバリンに合わせてくるくると回る。風の音を音楽にして、自然と笑みを溢しながら。 笑い声と、タンバリンの音に釣られ、動物たちが様子を見に現れた。本来ならば逃げるはずなのだが、どうやら、興味を持ったらしい。徐々に早くなるリズム、それについていく6人の足裁き。1体となったかのような、高揚感。 「む?! しまった!!」 ジュリエッタが声を上げた時、ふと、全員の動きが止まる。勢い余ったジュリエッタの力によって、健はバランスを崩す。が、どうにか踏みとどまった。ジュリエッタ自身も倒れかけたものの、健によって支えられる。 「うっかり健殿を吹っ飛ばしてしまう所じゃった……」 「もう少し御手柔らかにたのむぜ? ジュリエッタ」 苦笑するジュリエッタに、健もまた苦笑いで応じる。そんな2人のやり取りに、思わず笑いを溢してしまう4人なのであった。 踊りも一通り終り、アーネストとノラは再び鳥獣観察に戻った。 「おや、こんな所に」 「距離的にも、見つかりにくいです」 2人は熊を見かけたものの、彼らが風下にいるのが幸いしたのと距離があるお陰で熊に負担を掛けず、また危険に陥らず観察する事が出来た。 その母熊は2匹の仔熊を連れていた。食べ物がそれなりにあるのだろう、肥えているようだった。仔熊たちが引っ切り無しに母熊に甘えている姿が、とても愛らしかった。 その後ろではサクラが辺りを見渡しながらなにやらメモしている。 「ん? 何をしておるのだ?」 「これですか? 映画で気になったところがあったので」 と、ジュリエッタに色々と説明するサクラ。ジュリエッタはその映画を知らなかったものの、面白そうだな、と思った。 そして後方。健とニワトコがなにやら話している。どうやら、次の目的地についてのようだった。 「? それは何?」 「背負子だよ。湯の滝は川の中歩いていくって聞いていてな。酸性が強くて苔が生えなくて滑りにくいからだってさ。でも、流石に湯の川だと火傷しないか心配でな」 ニワトコは、手や足の先を水につけることで水分補給が出来る。元来、彼は植物であったのだ。しかし、温泉の川だと石も焼けるように熱い部分もあるだろう。 「そうだね。ぼくは熱いのが苦手だし……お願いしようかな?」 ニワトコは照れくさそうに小さく頷いた。 転:湯の川で魂の洗濯(?)を。 ダンスホール跡から、次は湯の川へと向かう。比較的近い場所に道があり、そこを歩いていく。 ロストナンバーたちはわくわくとした様子で話しながら、ピクニック気分で道を行く。その途中も珍しい草花や動物たちが彼らの好奇心を擽った。 しばらくして、一行は湯の川へと到着する。軽く休憩を挟んでから、6人は先へ進むことにした。目指すはのんびり出来そうな『四の滝』である。 やはり熊を警戒し、ここでも熊避け鈴を鳴らす。からんころん、と軽やかな音色が緑に溶け込み、自然と足取りも軽くなる。 「思ったよりも、熱くないな」 背負子にニワトコを入れて歩く健が、ぽつりと呟く。湯の川の流れは穏やかで、足を取られる事はない。隊列は先ほどと然程変えずに歩いていると、今度はサクラが呟いた。 「今も『四ノ滝』には監視員さんがいらっしゃるのでしょうか」 「どうかのう? 司書殿も何も言っておらなんだ……」 ジュリエッタが首を傾げつつアーネストや健に問う。が、2人ともわからなかった。 「温泉の匂いってちょっと変だね」 ニワトコが不思議そうな顔で首を傾げる。彼は硫黄の匂いになれていないのだろう。 「イエローストーンみたく、間欠泉が噴出すわけではないので大丈夫かと思いますが」 アーネストは顔を上げる。直ぐに見えたのは目的地である『四の滝』だった。青々とした湯をなみなみと湛える光景は、見るものを圧倒する。 「これは見事な光景ですねぇ」 彼の後ろから、ノラが首をだして溜め息を吐く。立ち上る湯気に毛並みがしんなりとしてはいるが、これから向かう温泉を思えばこれぐらい平気なノラであった。 早速男女に分かれて着替え、温泉へと向かう。因みに熱い物が苦手なニワトコは近くの岩に座って、ノラが用意した冷たい水を飲みながらの参加だ。 「用意は出来ましたか?」 「ばっちりじゃ」 サクラの問いに、ジュリエッタが頷いて2人そろって姿を現す。健とアーネスト、ノラは彼女たちの水着姿に目が点になった。 サクラはごく普通のスクール水着だった。……ただし、付けられたゼッケンに書かれた名前は彼女のものではない。そして、ぴしっ、とモデル立ちを決めたジュリエッタはというと、去年購入したチェックパターンのオープンショルダービキニであった。 「こういうのを着て温泉を楽しむのは聞いたことがあるけど……」 「さ、サクラさんの苗字とは違うようですが……」 「ってそれ、アニメの主人公の苗字じゃねぇか?!」 ニワトコがキョトン、としたような目でサクラを見る。思わず眼鏡を掛けなおすアーネストの横で、健がおもいっきり突っ込んだ。サクラはサクラでニコニコ顔だ。 「はい、映画のエピソードに合わせてこのスク水にしました!」 写真を取ってもらえませんか? とポーズを決める彼女に何とも言えない、という表情をするコンダクター組。ツーリストであるニワトコとノラはわけがわからない、といった様子で4人を見ている。 「まぁ、ともかく。皆着替えたんじゃ。早速楽しもうではないか」 ジュリエッタの言葉に、一同頷いた。 蛇足ではあるが、男性陣は皆シンプル且つそれぞれに似合う色の海パンであった事を付け加えておく。 体を軽く洗い、湯溜まりへと入る。雄大な自然に抱かれているような気分に浸りながら、6人は思い思いに寛いでいた。 (みんな、気持ち良さそうだなぁ) ニワトコは温泉に入る仲間達の表情を見、にっこりする。海や川で泳ぐ事について、不思議に思う彼は、思わず問いかけてみる。 「わたしも初めて温泉には入りますが、とてもいい気持ちですよ」 アーネストが眼鏡の曇りを拭いつつ、笑顔で答える。その傍らでは健が溺れかけたノラを抱えていた。お湯に使ったノラの毛はぺったんこになってしまったが、それはそれで愛らしい物である。 「? いい匂いがします」 ぼんやりとしていた桜が眼鏡をかけなおす。よくみると、ふわり、と浮ぶ煙の筋。よく見ると、線香が、軟らかい若草の香りを溢しながら燃えていた。持ち込んだのは健である。 「確かにここで線香は違うかなと思ったけど……思い浮かばなかったんだよ」 苦笑する彼に、ノラは首を振る。 「いえ、ノラはいい匂いだと思うですよ」 「そうじゃのう。雰囲気にあっておるし、いいのではないかえ?」 ジュリエッタが微笑みながら頷く。他のメンバーも気に入ったのか、顔が綻んでいるようだった。 流れる川のせせらぎに、鳥の声が混じる。ニワトコが腕を伸ばすと、愛らしい小鳥が彼の手に止まる。それに反応したのはノラ。思わず尻尾をピンッ、と立ててしまう。 (愛らしい小鳥さんです! なんかこう、猫として……) 狩りのスイッチが入りそうなので、あえて遠ざかる。それを察知したのか、アーネストは思わず笑いを堪えながら場所を変わった。 「おや、珍しい鳥ですね」 「そうなの? とても綺麗な鳥だね」 ニワトコも興味深そうに鳥を見る。アーネストはこの鳥がかわせみの一種である、と軽く説明し、他のメンバーも興味深そうにその鳥を見る。暫くすると、鳥は遠くへ飛んでいった。 「珍しいな。人に止まっていくなんて……」 健が呟きながら見送っている傍らで、ジュリエッタが1人静かに瞳を閉ざす。彼女の故郷、イタリアもまた火山がある関係で温泉が多かった。両親と共に入った事を思い出し、思わず目頭が熱くなる。 (いかん、ちょっと涙が出てきおったわ) そっと瞼を押えている姿を見、サクラ達はそっとしておく事にした。 そんな彼らの傍らで4匹のセクタン達もまた相棒の傍で寛いでいた。ポッポとマルゲリータは水浴びをするように温泉でぱしゃぱしゃ跳ね、ゆりりんはふんわりの湯船に浮んでいた。ベントテイルものんびりとお湯の中を泳ぎ、楽しんでいるようだった。 こうして、温泉を楽しんでいるうちに時間は過ぎていく。頃合いを見計らい、6人は温泉から上がることにした。 結:知床は今日も平和だけど……。 温泉から上がり、6人は川べりでティータイムをしていた。ノラが用意してくれた冷たいお茶は、火照った体にちょうど良かった。 他愛もないおしゃべりをしつつもノラがのんびり、ぽつりと呟く。 「世界樹旅団の人たちが、またこの世界を攻め込む可能性は、完全にゼロとは言えませんね。今回襲撃されなかった世界遺産とか、警戒してみてもいいかもしれないですねぇ」 数は多いですけど、とにっこり微笑みながら言う彼に、頷いたのはアーネストだった。 「今後も攻めてくる事は間違いないでしょう。現状は問題なしですが、壱番世界で、いろいろ、どうなるかですよね」 この地に住む全ての生き物に関わってくる事だから、と真面目な顔で考える。 「確かにな。……また、何かあってもおかしくはない。それぞれ、備えていた方がいいかもしれないな」 健の言葉に一同は頷く。これから先も、恐らくなんらかのコンタクトを取ってくるだろう。そこから先に何があるのか、今はわからないがそれでも立ち向かっていこう、と考える。 真剣な表情を浮かべていた6人であったが、ふと、表情を緩ませたのはジュリエッタ。彼女は肩に止まったマルゲリータの頭を撫でつつ呟いた。 「しかし……これはこれで良い旅じゃったな」 「はいっ。ピクニックみたいで楽しかったですっ」 サクラがゆりりんと共に頷く。よく見るとポッポも健の頭の上で跳ね、ベントテイルもアーネストの傍で嬉しそうに尻尾を振っている。 「だったら、あとは報告するだけだね。異変は何も無くて、よかったね」 ニワトコがふわり、と笑う。のんびりとした空気の中、一行はリフレッシュした気分で帰る支度をはじめるのであった。 因みに。停留所へ向かう最中にこんな一幕が……。 「あっ! お土産を忘れていました!!」 司書達にも何か北海道土産を……と慌てるサクラ。しかし、この辺りにはお土産を売っているような店はなかった。それに落ち込む彼女を他のメンバーで励ましたりしたとか。 なにはともあれ、知床は今日も平和だった。 (終)
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