それはある昼下がりの出来事であった。「ねぇねぇユリリン。チョコレートちょうだい? 彼氏君から巻きあげて来ていぃい?」 今日もピンクな牛乳(訓読み)司書・カウベルがコンダクターのユリアナに絡んでいた。「ダメですよー」 お上品に首を傾げたユリアナは笑顔を浮かべたままキッパリと断った。「えぇーチョコ配るの飽きちゃったのよぅ。ユリリンのチョコ食べたいなぁー」 お行儀悪くテーブルの上を転がるカウベルであった。傍らであわやテーブルから弾き出されそうな紅茶は香り高く、上等なものであるのが伺える。「じゃあカウベルさまのチョコをいただけるならいいですよ?」「え、本当!!?」――バラバラバラ 机の上に牛の柄をした小さなチョコが転がる。 チョロルチョコ。単価の安さがわかる言わずと知れた義理チョコの代名詞である。 祭り好きであるカウベルはチョコは配った。配りまくった。誰に配ったか忘れるほど。ただし全部ミルク味のチョロルチョコであり、本命成分は皆無であった。「そんなんじゃダメですよ!」――バン! おっとり静かな印象のユリアナが突然立ち上がり机を叩いたので、カウベルは目を丸くした。 ユリアナ自身も自分のそんな動作に驚き、あわてふためいたように席に着き直して紅茶を啜った。美味しい。「失礼しました。でもダメですよカウベルさま。いくらお祭りだからってそんな(安物の)チョコをバラ撒いたら、イベントの本分が分からなくなってしまいます」「……本分?」 きょとんとした顔の牛乳司書に、ユリアナは大きなため息をつくのであった。「ユリアナさん、テンパリングってなんですか? この本に書いてあって……」「テンパリング?? ごめんなさい私もチョコは初めてで……、 なんで手作りチョコを作ろう何て言ってしまったのかしら……?」「まぁ仕方ありませんよ、カウベルさんですから」 三角巾にエプロン。清潔感溢れる服装でお菓子作りの本に挑むのはフラン・ショコラ。 焼き菓子作り等もう少し凝った菓子は得意であったが、ただ溶かして固めるだけのチョコレートがレパートリーになかった。 カウベルが「名前がチョコっぽい」という理由で呼び出したが、名前がチョコっぽくなかったら呼び出して貰えなかったのかというと、その通りで、先ほどからドアの辺りでウロウロするメルチェット・ナップルシュガーの姿が見受けられる。「大人ですから……」と呟きながら入るタイミングを計る姿が愛らしい。「ねぇねぇこのくらい開ければいいかしらぁ?」 チョロルチョコを片っ端から開封して耐熱ボールに入れていたカウベルが、のんびりと声をかける。「あ、ちょっと待ってください。次のページにテンパリングの方法が」「ごめんなさいね、フランさま……」「いえいえ、カウベルさんが」 会場となった図書館の調理室は大騒ぎである。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
「テンパリングはチョコに艶を出す為の作業なんだ」 「そうなのですか?」 料理本に齧りついているフランとユリアナに声をかけたのは金髪の美系、ロキだった。 「ですです! 例えばコーティングに使う程度なら省略しても私の舌では分かりません」 情けなそうに笑うサクラが強く頷く。今日は三角巾にエプロンで気合い十分だ。 「コーティングも良い案だな。他にもシリアルバーなんかも良いと思う。 チョコ1:シリアルとミニマシュマロ計1の比率で混ぜて固めるだけ。 食べ応えが合って男性受けもしやすいんだ」 「私、それにしようかしら」 ロキの女子力の高い進言にフランが明るい声をあげた。 何でも美味しく食べてくれそうな彼ではあるが、きっと食べ応えがあるほうが喜ぶだろう。 「まだ諦めるのは早いぜ! 妹のバレンタインチョコの8割を作る俺が来ましたよ! テンパリングは50度加温、水冷27度、湯煎32度、焦がさない水を入れない、だろ? 任せろいくらでもチョコ作りは手伝うから友チョコでも礼チョコでも義理チョコでもいい、俺にもチョコをくれー!!」 一息に台詞を言い切って土下座したKIRIN代表・健にそっと差し出される手があった。 そこには剥きかけのチョロルチョコがのっていて……まあつまりカウベルだった。 「頭を上げなさぁい健くん。私たちには貴方の力が必要です」 「ははぁー、ありがたき幸せ!」 両手でチョロルチョコを押し包み泣き笑い平身低頭。 ――チョロイな と誰かが思ったとか思わなかったとか。 その様子を少し離れたところからサーチしているものがいた。手早く製菓用チョコを包丁で砕きつつも、カウベルの行動を分析している。アンドロイドのジューンだ。 ――チョロルチョコの中にはキャラメル等が含まれており、普通に溶かしてテンパリングしても思った通りの出来栄えにならない可能性が高い 続けてシュミレートと行動決定。 ――何が何でもカウベル様のチョコを食べたい人は除き、普通のチョコで作って可愛くラッピングしたものと入れ替えた方がカウベル様の名誉の為に良いのでは? 細かく刻まれたチョコは包丁の背に乗せて耐熱ボールへ。 作成量を検討。検討。検討。まだ足りないだろう。 ジューンは次のチョコの塊をまな板に取り出した。しばらくこの作業は続きそうである。 「何々? チョコの良い匂い!」 調理室の前ではチョコの匂いを嗅ぎつけたユーウォンが眼をパチパチさせながら尻尾を振った。 「メルチェは大人ですから、作るの上手なんです!」 まだ外に居たメルチェがユーウォンに向かって胸を張る。 周囲には他にも調理室に入ろうか入るまいか迷っていた人々が居て、『メルチェさん可愛いなー』などと思っていた。 「じゃあ入って手伝おうよ! ねぇねぇ、俺たちも手伝うよ、いいでしょ??」 ユーウォンは外の人々を巻き込み、ズンズンと部屋の中に入っていく。 「何作ってるの?」 「キャッ」 最初にユーウォンが声をかけた相手は驚いて睨みつけていた料理本から慌てて顔を上げた。 「あ、ガトーショコラを」 ティアは照れたように微笑んだ。 「友達と、お父さんみたいに思ってる人にあげたいの」 「へぇ! でもまだ出来てないね。味見したかったなぁ」 残念そうに羽根を揺らす食いしん坊にティアが笑ってチョコの欠片を差し出した。 「これ、余ってるから。ケーキはまたあとでね?」 「ヤッター!」 ユーウォンは甘い欠片を口に放り込むと、他の調理台の様子を伺う。 「手作りとぬかしておいて市販のチョコを溶かして固めるとか愚の骨頂ですわ」 「ん? うん? 無理はするなよ? はやく終わらせて帰ろうぜ」 ――ガッ 死の魔女の手元でローストされたカカオ豆が砕かれていく。 メルヒオールはその様子を時々ちらちらと伺いつつも、必死に手元の料理本に集中しようとしていた。周囲には甘い匂いが漂っている。何だか自分が場違い過ぎる気がして逃げたい気分だった。 しかし死の魔女は本当にチョコを作れるのだろうか? 目を離すととんでも無い事をしそうで落ちつかない。そしてそのとんでも無い事になったチョコを食べるのは間違いなく自分だろう。彼女は真剣に石臼を挽いている。大変そうだが、汗のひとつもかかない。いやそれは彼女の特性のせいだろうからあまり関係ない。顔色も悪いが口元は楽しそうに微笑んでいる。さすが魔女、明らかに料理しているところには見えない。いや自分だって料理ができるわけではないから、この作業のどこに間違いがあるかがわかるわけではない。ただし他のテーブルと明らかに違う。違うことはわかっている。 「世界にゃフルーツの苺がけってぇ素敵な食べ物があるそうでやんす。 カウベルお嬢、ここは一発そのチョコをランクアップしてみやせんか?」 「なぁになぁに? ランクアップしたいわぁ!」 「おげぇ。ここに取り出したりますのわ、わっちのイチゴ味の心臓」 「まぁフルーティ!」 「これをチョコにインッ!」 「まぁ大胆!」 「ワンランク上のチョコがけ苺の完成でぇ」 「きゃー! それ、こっちと一緒に並べるのやめてください。混ぜるな危険です!」 人体模型のススムくんとカウベルが作ったチョコがけ苺心臓をサクラの作ったチョコがけフルーツに並べようとしたら拒否られた。 その様子を見てしまったメルヒオールは自分の傍らの光景と比べて思った。 ――南無三 「溶かして型に入れるだけなのか?」 「そうらしいです」 「ふむ、鋳物のようなものか……」 「メルチェが教えてあげますから大丈夫ですよ!」 「えぇ。メルチェさんは大人ですからきっと大丈夫です」 ここに何となく不安なチームがひと班できていた。 メンバーは鴉刃・ソア・メルチェそして幸せの魔女。 「ばれんたいんってどういうものなんですか?」 「ばれんたいーん、好きな人にチョコを送る日なのですー。 なのでノラはリーダーにチョコを送りたいのですー♪」 ソアの質問にもう一人増えた。 ノラはかっぽう着と手袋とマスクの給食係スタイル。 鴉刃とソアも料理と聞いてきたので和風のかっぽう着スタイルだ。サクラに見つかるとうるさそうな気がするほど、二人は似合っていた。 「え、えっと、こ、恋人じゃなくても、お、男が女の人相手にでも、ちょ、チョコとか贈ってもいいんですよねっ? 義理じゃなくて、そのぉ……。こ、告白でもなくて……えっと。 と、友チョコです!」 おずおずと在利が仲間に加わった。 「勿論ですー。リーダーはノラの恋人じゃないですー男なのですー」 「あ、じゃあ私はカウベルさんに渡します!」 「私は、まぁ。うむ。決めた相手がある」 鴉刃の黒い肌がほんのり色づいた気がするのは気のせいだろうか。 「まずはチョコを刻んで溶かすのです」 胸を張るメルチェに従い、各々がチョコを刻みだす。 「ふんっふぬっ」 「まぁメルチェさんたら、か弱いところも御可愛らしい」 幸せの魔女が後ろからメルチェを抱くようにそっと包丁を奪った。 「ふんっ!!」 チョコは粉々に砕けた。 「力仕事は得意です」 「うむ、私もこれくらいは」 「僕も。薬を作ってる気分になりますね」 鴉刃・ソア・在利はザクザクとチョコを刻んでいく。 「湯せんの為のお湯をわかすのですー」 ノラが魔術書と杖を構え水をはったヤカンや鍋を片っ端から沸かす。キッチンの魔術師。あっという間に沸かされていくお湯に周囲が拍手をする。 「おそまつさまですー」 手品師のように手を胸に添えて礼。 「じゃあ僕も」 在利が錬金術でふんわりとした炎を生み出すと、ボールをそれにかけ、チョコを溶かしていく。直火でありながら、ちょうど良い温度。 「あらあらメルチェさん、チョコをそのままお湯に入れてはダメよ?」 「そうなんです?」 幸せの魔女がメルチェの手からボールを奪い、お湯の上に浮かべヘラで混ぜる。 「失敗の数だけ大人に近づきますから!」 「メルチェさん、鼻にチョコが」 まだ胸を張っているメルチェの鼻についたチョコをソアが手ぬぐいで拭き取った。 「ふむ」 鴉刃とソアは見よう見まねながらそつなく作業を進める。順調である。 「はーうー、香りだけでもとってもあまあまなのです~」 ノラは鼻をピクピクさせながら型を手にとった。 「丸型にするのです。みかんの形なのですー」 「私はなんの形にしましょう?」 「僕は四つ葉のクローバー」 「王道はハート型ですよ!」 「メルチェさん、こちらの細工入りの型が美しくてよ?」 「ハート……ハートか……」 鴉刃は逡巡しながらもハート型を選ぶ。乙女な行為はどうも苦手だが、ここまで来たら腹をくくったほうがいいだろう。 「で、送り主の血を数滴混ぜておくと良かったのであったか?」 「えっ、血を入れるのですか?」 ソアがおずおずと鴉刃に問う。と言っても既に遅し、鴉刃は指先をナイフで切り、チョコの中に数滴血を落としていた。 「む? 違ったか?」 「違うと思います!」 キパとメルチェが言い切った。 またその様子を遠く気配を気取られないようにずっと眺めていた、鴉刃の恋人であるアルドもまた心の中で同じことを叫んでいた。 「いや、でも吸血鬼なこともあるし……」 一同が同時に首を傾げた。 ぽくぽくぽく ちーん 「じゃあいいんじゃないですかね!」 「うむ」 遠くでアルドが『気持ちは嬉しいんだけど、どうしてそんなことに!?』と声に鳴らない叫びをあげゴロゴロと悶えていた。 メルヒオールが声をかける。 「男は黙って、出されたもんを食うんだ」 達観していた。 「ヨォ、カウベル、義理チョコ配ってンだってナァ? 俺サマにもひとつくれ…?!」 「まぁ、お手伝いしてくれない人は三倍返しよぉ」 「そうだぞ、女性にだけ働かせるなんて良く無いだろう? 手伝うべきだ」 「すみませんニコ様、ボールを支えていてくださいませんか?」 「はい、よろこんでー!」 すっかりカウベルとユリアナに使われているニコを見て、ジャックは鼻を鳴らした。 「あー、そっちの牛柄チョロルチョコをくれ。キチンと三倍返しすっから。ナ、ナ?」 「そんなにお手伝いが嫌なのぉ?」 「いや、お前自分が手に持ってるものをもっかい見ろ。ナ? 義理で命賭けられっかヨ! 俺ァ逃げるッ」 カウベルが手にしていたのは礼のチョコがけ苺心臓である。まだピチピチ。なんてったって動いている。 「無毒でっせー??」 ススムくんが請け合ったがジャックは手を振った。 「バカ、信じられッかヨ!」 「はぁあ。脈が全くない――好きすぎて剥製にしたい――あの子に手作りトリュフを渡して好感度をアップしたい! あの子の事を想い、ウキウキしながら作るよー! そして隠し味にこれ――僕お手製の怪しい薬――を入れる! これで食べたら自ら剥製になりたくなる素敵トリュフの完成さっ!」 ――バシッ グリスの手から妖しい薬がはたき落とされて床に落ち割れた。 「ああっなんてことを!? どうせ受取拒否だから大丈夫なのにさっ」 「間違いがあったら困るだろうガ!! おい、普通のチョコはないのか!?」 「ミスタハンプをチョコ鍋にざぶん どぼん ほ~ら等身大のチョコエッグができあがり!!」 「オイコラやめなさい!」 「何がでてくるかは真っ二つにしてみてのお楽しみ。 えいっ」 ジャックが止めるより先にメアリベルの手斧がミスタハンプを真っ二つにした。 勿論中は生だった。 「ぺっぺっ、オイ、黄身だらけだゾ!?」 「メアリは食いしん坊さんだから、あげるより貰う方がいいな? どうせなら半分こしない?」 自身も白身黄身だらけになりながら小首を傾げるメアリベルに、ジャックはチョロルチョコを投げつけた。 「これあげるから静かにしてなさイ!! バカ!!」 ジャックはちょっと涙目だった。 「ちょこれぇと……0世界に来て初めて見たの。 でもまだ食べたことなくて、勿論作ったこともないわ」 「美味しいですよ。作るのは初めてですけど。上手くいくといいですね」 「えっ? バレンタインデー? なんだいそりゃ? 壱番世界の記念日かい?」 「私は最近ちょっと気になる子にチョコを作って渡そうと思ってるの♪ あの子の為に、心を込めて作るわよ~♪」 「つっこみなしかよ!!」 「虎部さんは黙っていてください」 「はい」 初々しい様子でボールをかきまぜるリンシンと、ウキウキとチョコにナッツをプラスしていたシャニアと話しながら、フランは初めてのチョコ作りを楽しんでいた。 あげる相手が先ほどから周囲をチョロチョロしているのが気になる。が、ロキから受けたアドバイス通りにシリアルとマシュマロをチョコに混ぜ、クッキングシートの上で造形するのに必死だった。なんというか、どういう形にしたものだか、非常に迷う。 「きみは誰かのためにチョコ作りを?」 すっと横からリンシンに瀬崎が声をかけた。 「いいえ、貴方は? バレンタインというのは、誰かにちょこれぇとをあげるのでしょう?」 「気になる女の子がいるんだ。彼女のために菓子のひとつも作れるようになろうかと思ってね」 「いいわね。私はどうしようかしら? 上手く出来たら貴方にあげてもいいわ」 「それは嬉しいね。ああ、そうだ。良かったら今度一緒に買い物に付き合ってくれないかな。彼女に渡すプレゼントを選びたいんだ」 「私? 自分で言うのも何だけど、私って浮世離れしてるみたいなの。お力になれるかしら?」 瀬崎はまったく気にならないとばかりに首を振った。 「ねえ、チョコって自分で食べてもいいの? ねぇこのままでも食べられる?」 「? 勿論」 リンシンはパァァっと顔を輝かせた。先ほどから甘い香りが気になって気になって仕方がなかったのだ。 「えへへ、じゃあちょっと、いただきまーす!!」 指先で溶けたチョコを掬って一口ぺろり。 「なにこれええええ、甘くてすごぉく美味しいわ!!!!」 感動して頬に手を当てるリンシンを見て、瀬崎がボソリと呟いた。 「マリアくんにはどういう菓子がいいのだろうな」 彼女もこんな風に喜んでくれるといいのだが。 「ロキ様へのチョコ。今年はどんなにしようかなぁ」 サシャは先ほどからターミナルや壱番世界でどんなチョコが流行ってるのかリサーチしていた。 実はその思い人も会場にいるのだが、流石に顔を合わせるのは気まずいと思ったロキが上手くテーブルを変えながら距離を取っていた。幸いサシャが気づいた様子はない。 「俺は流行りはわかんねぇな。とりあえず作ったチョコでパフェを作ろうと思ってる。ほら、フレークも生クリームも準備されてただろ」 フブキがシートに伸ばしたチョコをはがして見せた。ひとつひとつが葉脈を模していて美しい。 「いつもは、“あいつ”から貰う側だったな。ま、たまにはこういうのも良い」 「うーん、最近の男性はレベルが高いのね。油断できないわ」 「ねぇ、サシャ、ちょっといいかな……」 自分の彼氏の料理の腕を思い出しながら、一人考えこんでいるとティアが遠慮がちに話しかけてきた。 「あのね、これ、ガトーショコラを作ったの。良かったら貰って欲しいなって」 ガトーショコラは小さな袋に入れられてクビのところを白いリボンで止めてあった。そのリボンの裾がくるくると巻いていて、とても可愛らしい。 「凄い! ありがとう嬉しい!」 「チョコいいなーっ! ねーおれにも分けてよ! ちょうだい! ちょうだい!」 小さな子竜――ギィロが横で跳ねる。 「ねぇダメ? ダメなの? おれ甘いの好きなんだ!」 「いいわよ、ひとつどうぞ今日は特別だからね」 「わぁい! おねぇさんありがとう!!」 ティアがチョコを手渡すとギィロは嬉しそうに跳ねて、また他のテーブルでおねだりをはじめた。今度は男性に話しかけている。性別は関係ないらしい。 「サシャはまだ出来てないの?」 「うーん、どんなチョコが流行ってるのかなーって、考えてたらまだ」 そんなサシャの目にチョコをラッピングするユリアナの姿が映った。 「女子力高そうな人発見! いってくる!」 サシャはメイド服を翻し、ユリアナにアタックする。 「ユリアナさん、ユリアナさん、今年どんなチョコが流行っているかご存じですか?」 「え、ええ? ごめんなさい私も流行りは……お相手の好きそうなものを選んで差し上げたらいかがでしょうか?」 「そっかぁ、ちなみにユリアナさんはどなたに差し上げるんですか!」 「えっ」 ユリアナの目線の先では、ニコが紙製の小さなカップに注ぎこまれたチョコが固まるのをじっと眺めていた。サシャの視線に気づくと笑顔で声をかける。 「女の子がお菓子作ってるとこっていいよねえ」 さんざんカウベルとユリアナのチョコ作りを手伝った後だったが、ニコは嬉しそうに目じりを下げた。 「あ、うーん、わかりましたぁ。そっかぁ」 サシャがこくこくと頷くのでユリアナは少し赤くなった。 「サシャ様は何か作られましたか? ロキ様はいちごチョコのトリュフを作っていらっしゃいましたよ。それはみごとでセクタンの形を模した愛らしいものでした」 「きゃっ、なんでロキさんだって知ってるんです??」 「有名だもんねぇ?」 傍らで苺心臓を突き回してたカウベルもほのぼのと頷いた。 「きゃー! うーんでもトリュフですね、被らないようにしないとううん、わかりましたぁ! ありがとうございます!」 サシャは立ち去ろうとしてから一度止まって振り返り、カウベルに近寄って声をかける。 「あのぉ、実はワタシ、リリイ様にもチョコをと……。二股はダメだけど百合はセーフだよね?」 「あらまぁ……」 カウベルはのんびりと腕を組んだ。 「どうかしらあ、サシャちゃんの気持ちがやましく無いなら良いのではなくて?」 思ったより鋭いカウベルの意見にサシャはゴクリと唾を飲んだ。 「そう、だね! わかったありがとう!」 サシャはバタバタと自分の道具を置いた調理台へと戻っていった。 「あの、カウベルさん、チョコが出来たので、良かったら食べてください!」 ソアが固まりたて、ラッピングもまだしていない出来たてチョコをお皿に乗せて駆け寄ってくる。 「うふふ、一番チョコは私ねぇ」 嬉しげに笑うカウベルに、ニコが競うように言った。 「僕だって一番チョコが貰えると信じてるよ。ホラ、もう固まりそうなんだ。ユリアナちゃんの一番チョコは渡さないからね」 「えーどうかしらぁ、ユリリンユリリン、私に一番チョコはくれるわよね??」 ユリアナは少し考えてから言った。 「カウベルさんがやましい気持ちになるといけないので、ニコさんにあげます」 ニコは無言で三回ガッツポーズをして、感動した目でユリアナを見つめて言う。 「食べるのが勿体ないくらい、でも大事に食べるよ」 「まだですよ、まだラッピングをしていませんから」 ユリアナは微笑んでリボンを見せた。 「うん、美味しい! 頑張れば店開ける!!」 「頑張れば……ですか?」 怪訝な口調になったフランだったが、隆は気づかずに近くの別のチョコを頬張った。 「カウベルとかも作ったの? お、うまいな、でもフランのが一番うまいぜ」 あまりにも無邪気に言われる褒め言葉にフランは頬を染めて顔を俯かせた。 「? フラン、ほっぺにチョコがついてるぜ」 ――ペロリ ボッとフランが真っ赤になる。 「アツアツですねー。あっ、カウベルさんの意外と食べられます」 サクラが抑揚なく言いながら、カウベルのチョコを食べた。 ちなみに隆とサクラが食べたチョコは苺心臓ではなく、ジューンが作ってすり変えたテンパリング済の美麗チョコである。 「あれ? 在利君も来てたの? 丁度良かった♪これ、在利君の為に作ったの♪ このチョコをどういう意味で捉えるかは、在利君次第よ、うふふ♪」 チョコの匂いにも慣れてきた会場では次々とチョコの交換が始まっていた。 「ひゃっ!? シャニアさん何でここにっ!? あ、え、えっと、こ、これ、シャニアさんに!あ、別にそのっ、と、友チョコですよっ!?」 「ええー友チョコなの??」 「ええええええっと」 在利が受け取ったチョコはハート型をしていて、デコペンでデコレーションもされた華やかなものだった。これで友チョコということは無…… 「よう、在利。 おじさんな、パフェ作ったはいいが、余っちゃってな。食べてくれないかい?」 在利がオタオタしているのに気付かずに、フブキが手製のチョコをあしらったキッズパフェを差し出す。 が、二人の様子を確認して、思いなおしたように調理台からカップルパフェのほうを持って来た。 「うん、まぁな、二人いるなら二人用のがいいわな。おじさんあっちで小さい方食べてるからよ。仲良くな」 フブキは自分の嫁のことを思い出しながら去っていった。在利は困った。 「あれ。味、変わってないのです」 自らのみかん型チョコをモグモグしながらノラが呟く。 「冷やして固めただけですからね!」 キパっとメルチェが答えた。そういうメルチェは幸せの魔女にほとんどの手順をやってもらったにも関わらず、チョコまみれになっていた。 メルチェのチョコは非常に立派に出来た。ただし既にそれは幸せの魔女が持っている。 「そう言えば、チョコレートには滋養強壮作用があるそうね。 ……つまりこれは、メルチェさんから"チョコと一緒に私も食べて"という合図と解釈して構わないわね!?」 「!? メルチェは食べられませんよ!?」 メルチェは逃げ出した。 「うおー! ここがロバートを殴るゲーム会場かー! 左下右斜め下BC! ダイナマイトイテュセイ 相手は死ぬ!」 「ぐふぁー」 隆は死んだ。 「えっこれそうゆう流れじゃないの? いや~んイテュセイし☆っ☆ぱ☆い!」 イテュセイがキラリーン☆とウィンクすると、会場に居た全員が同時に思った。 『イテュセイ好きだ! 食べちゃいたい!!』 でも一瞬で解けたので、みんなはイテュセイを無視した。 「おいしくな~れもえもえきゅーん!」 イテュセイはさらに手でハートを作ってチョコに念を送り命を与える。 『ギャァァァ熱いぃぃ!!』 『ううっリア充爆発しろっ』 「わぁ、僕の薬いれそこなったチョコが見事に呪チョコに!」 グリスはもはや彼女に渡すことも叶わなくなったチョコを楽しげに眺めた。もうどうにでもなぁれ☆ そこにユーウォンとギィロのチョコくれ小型竜コンビがやってくる。 『食べないならちょうだい!』 モグモグゴックン 断末魔が聴こえたような聴こえなかったようなグリスは二人に尋ねた。 「美味しかったかい?」 『うん!!』 メルチェは走っていた。 チョコを持った幸せの魔女が追って来る。 「先生の為に精一般頑張ったのですわ。今すぐに食べるのですわ」 「うん、君右手はどこにやったんだい?」 死の魔女とメルヒオールのそんなやり取りが耳に入って来る。バレンタインは命がけだ。 「ロキ様、これバレンタインチョコです。オレンジピールを入れて甘さ控えめのチョコにしてみました!」 「ありがとう。俺もチョコ作ったから」 これは良いバレンタイン! 「アルド……これを受け取って欲しい。溶かして固めただけであるが……な」 ――血も入ってますけどね! アルドは心の中の台詞を飲みこんで、笑顔を作る。 「ありがとう! さっそくいただくよ!」 パクリと一口。 「うん、美味しい!!」 「ふむ」 鴉刃は何事もないように装いつつ、しかし嬉しさがにじみでる様子で頷いた。 これも良いバレンタイン!! ソアはチョコを受け渡す男女を見て思う。 ――サキさんにも渡しに行こう……かな? そんな中、サクラの作ったチョコを恵んでもらい感涙にむせびながら食べる健の姿もあった。 幸せなKIRINになぁれ☆ 「ゼロは聞いたことがあるのです。この日は『義理チョコ』というチョコをたくさん周囲に配布する祝日なのだそうなのですー。 義理と人情が社訓の壱番世界のお菓子メーカーが作った習慣だそうなのです。 人情チョコは別の日に配布なのです?」 遅れて部屋に来たゼロは一人間違いなく真理に辿り着いていた。 ゼロはひとつチョコを掴むとそのまま庭へ出て巨大化。チョコを無尽蔵に増やし『義理』『人情』と両面に勘亭流で彫られたチョコ(表札大)を大量作成する。 メルチェも外へ出た。息が苦しいが、このまま街中に逃げ込むつもりだ。 「それそれ、祭りでっせぇ~」 『そいやっ』『そいやっ』『そいやっ』『そいやっ』『そいやっ』 ススム君が分裂し、20体に増えたそしてカウベルを担ぎあげ、これまた街中へ突入していく。 「うふふ、みんな三倍返しでよろしくねぇ~」 メルチェを追うようにカウベル神輿がチョコと苺心臓をまき散らしながら街中を駆け抜けていく。 またその後ろからは巨大化したゼロが上空からターミナル中男女問わずにチョコを配布していた。 この日、ターミナルはチョコに溢れ、チョコレートの価格はデフレした。 (終)
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