オープニング

◆ブルーインブルーの朝

 ジャンクヘヴンのやや南に位置するちいさな海上市街、アヴァロッタ。
 この街の一日は、船出に始まり船着きに終わる。

 男たちは夜明けを告げる鶏よりも早く起き出し港へ向かい、見送る女たちはそれよりも早く身支度を整えて朝餉や茶を用意する。それがこの街のいつもの朝の風景だ。

「ギル、おはよう」
「おう。……俺、今日は非番なんだけど」

 ストーブにかけた琺瑯の薬缶に湯が沸き、小さな蓋がかたかたと揺れる音で目を覚ましたこの街の船乗りギルバート・コーダは、台所に立つ妻レイラの背中に向かって眠たげな声で応えた。決して、起こされたことに機嫌を損ねた風ではなく、せっかく自分が非番なのだから少しはゆっくりしていればいいのにという気遣いのように聞こえる。

「知ってる。でもわたしはお仕事よ」

 銀色の長い髪をくるりとまとめ、シュシュの花を象った木細工のバレッタで留めるレイラの後ろ姿をまだ眠い目で眺め、ギルバートは大きなあくびをひとつ。

「なかなか休みが合わねぇな」
「でも明日は仕入れに連れていってくれるでしょう?」
「ん」

 振り向いたレイラの胸元に、銀細工の葡萄の房が光る。同じものをつけるギルバートは、自分の首にかけたそれにそっと指先で触れ、生涯の誓いを立て合ったひとが今朝もここに在るという甘やかな安堵に目を細めた。

 揃いのマグカップに淹れた珈琲の湯気が、二人の間にふわり。
 白地に大きなドット模様が並ぶポップな柄のそれは、ブルーインブルーの製法で作られたものではない。

「……ヌーシュ?」
「なあに? 懐かしいほうで呼んじゃって、どうしたの」

 レイラ。
 レイラ・コーダ……彼女の、この街に来る前の名前は、レイラ・マーブル。
 ブルーインブルーではない異世界からやって来た、かつての旅人。
 真理数を失いロストナンバーとして覚醒し、この街の海に放り出された過去を持つ彼女は、ヌーシュ……人魚姫というあだ名で呼ばれていたことがあった。

「いや。まだたまに思うからさ、本当は人魚姫なんじゃねぇかなって」
「ばかね」

 レイラは、ロストナンバーとして身を寄せていたターミナルでちょっと変わった店を任されていた。壱番世界のイタリアによくあるカフェバルに、店のオーナーが趣味で集めた食器やカトラリーが並ぶ大きな大きな食器棚が置かれた、アガピス・ピアティカという名の店を。

 ブルーインブルーに住むことを決めて、ターミナルのアガピス・ピアティカは畳んでいった。その代わり、今はこの街に同じ名前の店を出している。ターミナルで出来た友人や、依頼旅行が趣味のオーナーが面白がって異世界の食器や珈琲豆などを色々持ち込んでくれるおかげで、仕入れには困っていない。中にはブルーインブルーの技術ではとうてい作れないようなものもあり、レイラが初めてこの街に来た時の経緯を知っている人々の間では、レイラは海底に沈んだ古代文明の遺産を届けに来た人魚なのではないかという噂がまことしやかにささやかれているらしい。おかげで店は割と繁盛しているし、この街は人魚の言い伝えが残るディルリ島へのアクセスが良好なことも手伝って、ちょっとした町おこしのマスコットのような存在になってしまっていた。

「じゃ、そろそろ行かなくちゃ」
「ああ。行ってこい」

 レイラはシュシュのストールを肩にかけ、胸元でゆるく結び目をつくる。ほどけないように刺したストールピンの先に、バロックパールとローズクオーツが揺れて優しくきらめいた。

「いらっしゃいませ、恋する食器棚と珈琲のお店へようこそ」

 ブルーインブルーのアガピス・ピアティカには、ターミナルを出立する時にもらった友人たちからの色紙が飾られている。かつて道を見失った旅人はこの街で、終わりのない旅を続ける友を見守り、祈りながら、再び見つけた自らの旅路をゆっくりと歩んでいた。

***

◆ターミナルは今日も

 レイラがブルーインブルーに旅立ってから二年、ロストレイル北極座号がターミナルに帰還してからは一年が経った、ある日のこと。

「ルティ、手紙ですよ」
「ありがとう、誰からー?」
「消印が無いものはおそらくレイラさんからでしょうね」

 世界司書リベル・セヴァンが、郵便物の束の中からいくつかの封筒を抜き出し、同僚ルティ・シディの執務机に揃え置く。

「あ、ほんとね! あの子もマメねえ、毎月ちゃんと送って寄越すんだから」
「それだけこの街を愛していたということでしょう」

 執務に必要と思われる手紙をそっちのけで、ルティはペーパーナイフを手に消印の無い手紙の封を切る。見慣れた文字のそれは確かに、一年前にブルーインブルーへと再帰属した元ツーリスト、レイラ・マーブルからの手紙だった。

「…………元気でやってるみたい。相変わらず二枚目以降はロン君へのお手紙ね、後で鳴海君に預けておきましょ」

 ブルーインブルーへの依頼ついでに自分を訪ねてくれたロストナンバーたちのことや、アヴァロッタでの近況が綴られているそれは、ターミナルを出ることが出来ない司書ルティの楽しみのひとつであった。

「ねえ、見てリベル。レイラの結婚式、決まったんですって」
「喜ばしいことですね、アリッサ館長にも報告して差し上げてください」
「もちろん。きっと喜ぶわ」

 ターミナルは、決して終着駅ではない。
 失った旅路を再び見つけるために途中下車した駅のようなもの。
 新たな道を見つけ旅立つ者もいるだろう、思いがけずここが旅の終わりになる者もいるだろう。この街には、誰もが思うよりももっとたくさんの出会いと別れがある。

 だが、それは決して寂しいことではないのだ。
 忘れずにいる誰かが在る限り。

「思い出話が増えるのは喜ばしいものだ、誰にとっても……この部屋にとってもね」

 そう楽しげに呟いたのは、告解室の主だろうか。
 旅立って行った友人の記憶を、誰でもない誰かと分かち合いたい、言葉にしたい。
 北極星号が帰還してから、そう思い秘密を預ける旅人が増えたのかもしれない。

***

 あなたの旅路は、終わらない。
 前を向いている限り、旅は始まり続けているのだから。



<ご案内>
このシナリオは「ロストナンバーたちの後日談」を描くものです。

プレイングでは、みなさんの「その後の様子」をおしらせ下さい。
このシナリオは便宜上0世界が舞台として表示されていますが、どの世界の出来事でも構いません。

例:
・3年後、ヴォロスに帰属した。冒険者相手の酒場を経営している。
・数年後、○○さんと結婚。今もターミナルで暮らしている。
・冒険の旅に出た。新たな世界を発見し、探索を続けている。
・10年後、故郷の世界に帰り、再帰属を果たす。○歳まで生きて天寿を全うした。
※「○年後」という表現があれば、北極星号の帰還の年から数えます

相手のある内容の場合(結婚等)、お相手の方も同じシナリオにご参加のうえ、互いのプレイングに明記をお願いします。
帰属済みであるなどしてシナリオに参加できない場合、設定欄等に同意があることをわかる記述をお願いします(納品されるまでそのままにして下さい。ライターが確認したタイミングで書かれていなければ参照しません)。

なお、このシナリオの結果として、帰属や死亡が描写された場合でも、ステイタス異常にはなりません。

!重要な注意!
このシナリオのノベルに関しては、どのような理由であっても、納品後の修正依頼は一切受け付けません。

「故郷の世界」や、「新たな世界」を描写する場合、担当ライターにその設定も含めて一任していただくものとします。

複数のエピローグシナリオへの参加について、制限はありません。ただし、ライターは別のライターが執筆するシナリオの内容については関知せず、両者の内容について整合性を保つ義務は負いません。

シナリオに参加したことをもって、上記の点をすべてご了承いただいたものとします。

品目エピローグシナリオ 管理番号3243
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメントあした、旅に、出るのさ。
こんにちは、瀬島です。

OPをお読みいただき、ありがとうございます。
これで最後の最後ですね。

北極星号より少し前に旅立って行ったレイラは、
無事ブルーインブルーに帰属してOPのような暮らしをしています。
ターミナルの司書ルティは相変わらずのようです。

告解室の中の人も変わらず秘密を預かっているようですが、
告解に訪れた方たちのその後は気にしているみたいですね。

(参考になればと思い書いたOPなので、
プレイングでご参照いただかなくても特に問題はないです!)

思いのたけを自由に綴っていってください。
出来る限りの力で、精一杯受け止めさせていただきます。
よろしくお願いいたします!

※おねがい
参照を希望するノベルがある場合はタイトルを明記してください。
また、どなたかとご参加される場合はお相手様のフルネームの他、
お互いの呼称や関係性などを添えていただけると非常に助かります。

どちらの場合も、略称や肩書きのみでは探せないことがあります。
お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。



諸般の事情で少し遅れてのリリースになってしまい、
プレイヤーの皆様にはご迷惑をおかけします。
申し訳ありません。

リリースにご尽力いただきました運営の皆様、
最後までありがとうございます。

参加者
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
リンシン・ウー(cvfh5218)ツーリスト 女 21歳 忘れられた貴妃/人質
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
フェリックス・ノイアルベール(cxpv6901)ツーリスト 男 35歳 ターミナル警察・第一方面本部長
オゾ・ウトウ(crce4304)ツーリスト 男 27歳 元メンテナンス作業員
テオドール・アンスラン(ctud2734)ツーリスト 男 23歳 冒険者/短剣使い
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
ルサンチマン(cspc9011)ツーリスト 女 27歳 悪魔の従者
武神 尊(czzc1773)コンダクター 男 57歳 大日本帝國海軍中尉
チャルネジェロネ・ヴェルデネーロ(cucc1266)ツーリスト その他 100歳 寝てるだけの蛇
深槌 流飛(cdfz2119)ツーリスト 男 28歳 忍者
オペラ=E・レアード(cdup5616)ツーリスト 女 24歳 影狩り、付喪神
那智・B・インゲルハイム(cyeu2251)ツーリスト 男 34歳 探偵/殺人鬼?
ノラ・グース(cxmv1112)ツーリスト 男 13歳 『博物館』館長代理
祇十(csnd8512)ツーリスト 男 25歳 書道師

ノベル

 旅人と呼ばれる多くの者は、旅をすることについてこう述べる。

 旅の輝きとは、決して目的地にあるものではない。
 歩んできた道程にこそあるものだと。

 だが、それらは旅の途中にはなかなか気づくことが出来ない。

 気が遠くなるほどの長い時の中、ふと己を省み立ち止まる瞬間。
 振り返れば、確かに見えるだろう。
 あなたが世界に刻んだ、あなただけの足跡が。

 世界はあなたを忘れない。
 それを確かめることが出来たなら、あなたの旅はまた始まる。

 同じもののふたつとない、出会いと別れの中。
 はじめましての挨拶の間に。
 さようならと手を振った先で。

 今この瞬間も、世界中のどこかで。
 誰かの旅の足跡が、たしかな道をつくっている。

 そう、きっとこんな風に。




【金糸雀は目を開けて夢を見る】

 ロストレイル北極星号の帰還から三年がたったある日、リンシン・ウーの元に世界図書館からの呼び出し状がエアメールではなく書面で到着した。依頼旅行への召還のように気楽なものではない、純白の封筒に封蝋をされたそれの中身は、リンシンが心から待ち望んだもの……故郷である異世界が発見された報せであった。

「あ、あの、司書さん、あの……」
「まぁいいから読んでみてー。大丈夫だと思うけど、万が一があったら大変だもの!」

 とるものもとらず担当司書の執務室を訪れたリンシンは、手渡された分厚い報告書と司書の顔をせわしなく見比べて言葉に詰まっている。その切羽詰まった様子とはうらはらに、報告書をまとめた当の担当・ルティはのんびりと淹れたての珈琲をすすりながらリンシンを見守った。

 報告書をめくるリンシンの指が震える。新しく発見されたその世界に関する記述は完全に外側からの視点であり、たとえば世界の具体的な階層や、確認出来た文化様式、生物や植物の所見考察……膨大な文字列のどこを眺めても、それが自分の出身世界について書かれたものだという理解と納得にはなかなか至ることが出来ない。

「(慧国か崔国の記述があればいいのに……)」

 リンシンの世界は、決して広くは無い。
 それは出身世界全体が、ということではなくて。

 生まれ育った国と、希望を胸に嫁いだ国。
 その二つの国だけが、リンシンの世界のすべてだった。

 一枚、また一枚と、報告書をめくるリンシンの指。

 リンシンにとってあまり意味を成さない文字列の中、突然あらわれた花のスケッチ画にリンシンははっと息を呑む。おそらくは依頼に赴いた者が写真の代わりに描いたものだろう、鉛筆で陰影をつけたそれはモノクロながら、本来の色を思わせる写実性と美しさがあった。

「桃の花……!」
「? 知ってるの?」

 ルティの問いかけに、リンシンはこくこくと小さく何度も頷く。
 この花は、忘れそうになっていた初めての思い出の花。

「私……この花をお返しに行かなくてはいけないの……!」
「じゃあ……この世界に”帰る”のね?」

 今度はもっと、大きく頷いて。
 紅玉髄の瞳を彩る輝きは、希望の色。



 ロストレイルがディラックの空を抜け、リンシンの故郷の空へとするり入り込む。ヴォロスを思わせる雄大な陸地には緑が広がり、海の向こうでは今まさに夕陽が沈まんとしていた。ターミナルや異世界の空と、似ているようで違う空。夜がうっすらと夕焼けを吸い、空にあいまいな境目が出来るこの瞬間だけ見える薄絹のような雲。チェンバーの空では決して見ることの出来なかったそれを車中から眺め、リンシンはあらためて帰郷の喜びを噛みしめた。
 やがてロストレイルはゆっくり、ゆっくりとその高度を下げる。城下の街は時節の祭りを催している最中のようで、大路のそこかしこに色とりどりの提灯や張りぼての龍が飾られているようだ。嫁いでからほとんど見ることのなかった慧国の街並みにリンシンはそわそわと落ち着かない。

「間もなく臨時敷設停車場にロストレイルが停車いたします、終点は花蝶宮、花蝶宮。ご帰属のお客様はお降り忘れのないようご注意ください」

 車掌の粋なアナウンスと共に、ロストレイルがそっと停車する。
 降り立った先に広がっていたのは、かつてリンシンが毎夜夢に見た光景。咲き乱れる春の花、夜の帳にそっときらめく月と星々。誰に憚ることなく、いとしい人を見つめ、手を取り、睦言を育んだ花の園。やっと、やっと。帰ってくることが出来た。

「……夢みたい」

 リンシンが降車した瞬間、ふっと煙のように消えてなくなった臨時の停車場。ゆっくりと空へ昇って往ったロストレイルはまるで、車中で見た市井を飾る龍の張りぼてのようだった。もう、あの列車に乗ることは無い。あの街に戻ることも無い。すうっと霧散するように消えたロストレイルに手を振り、リンシンは夕闇が夜闇に変わりつつある空をずっと見上げていた。

 ふと、胸の奥をきゅっと締め付ける甘く淡い香り。リンシンが視線を空から戻せば、咲き初めと思われる桃の花が夜風にその控えめな芳香を乗せてリンシンを誘っている。夫ジンヤンと初めて交わした言葉、その間にあり見守ってくれた花。


__いつかこの花をわたしに返す日がきっと来る


 リンシンは蕾の重みで折れかかった枝をそっと手折り、鼻先に蕾を近づける。

 はるか後ろでその背を見つめる姿にリンシンが気づいたのは、夜闇が花蝶宮を覆い、勾陳大星が宮の真上に厳かな光をもたらし始めた頃。風向きが俄に変わり、追い風に揺れる髪をなだめようと振り返ったとき。

 ふたりは、もう一度出逢った。



「ジンヤン様……」

 くちびるからこぼれたのは、独り言ではない。
 その姿を認め、呼ぶ名前。

 返ってきたのは無言の頷き。
 そして一歩、また一歩と、こわごわ近づく足音。

「夢……か……?」
「…………いいえ、いいえ」

 夢と疑いたくなるのはわたしのほうなのに。
 愛しいあの方が、この目を見つめたまま歩みを進めてくれるこの光景を。

「……リンシン?」
「はい」

 名前を呼ばれた。
 それに応えた。
 たったそれだけのことが、ひどく嬉しい。

「リンシン」
「……はい、ジンヤン様」

 いつの間にか、近く、近く。
 伸ばされた手に触れられそうなほど近く。
 この手をとってもいいものか、やはり夢なのではないか。
 そんなちいさな不安と怯えが足をすくませる。だけど。

「……帰ってきてくれたのだな……?」

 怯えることなど、何もなかった。
 わたしがこの宮で待ち望まれていたことを、たった一言であの方は示してくださった。

 だから、応えなければ。

「桃花の契りを果たしに……帰って参りました」
「お……おお……!」

 驚きと、ほんのすこしの疑いで眇められていたジンヤン様の目が、大きく、大きく見開かれる。

「覚えていてくれたのか……そなたは……」

 くず折れる彼の膝を止めることが出来なかった。
 私の足元にすがるように膝をつき、手をついて、それでも離れぬようにとこの裾と腕をつかむ姿は……まるで子どものようだった。

 赤と緑の絹糸で出来た髪紐にそっと、手折った桃花の枝を挿して。
 迷子の子どもをあやすように、彼の頭を抱き寄せ、髪を撫でた。
 どんな言葉も、今はふさわしくない気がして。



 それからの数ヶ月は、リンシンにとってまばたき一つの間くらいにしか感じられないほど疾く過ぎて行ったという。いつかメイムの夢占で見た通り、己の身に着せられた帝位を脅かす凶相の汚名、その元となっていた賢妃イーシャンは既にその地位を追われていた。これはリンシンも後から知った話だが、リンシンがロストレイルの車中から見ていた市井の祭りは、失われた貴妃の帰還を願うため正妃緋尹(フェイユン)の号令の元に催されていたものだったらしい。

「琳星、あなたが無事に帰って来てくれて本当によかった」
「正妃様……」

 花蝶宮の中庭、背の低い楡の木陰に出した卓を挟み、リンシンとフェイユンは長い空白の時間を埋めるように話し続けていた。

「あなたも同じ目に遭わせてしまったと知って、いてもたってもいられなかったわ」
「私……も?」

 フェイユンはジンヤンと同じ、黒曜石のように聡い光を湛えた瞳を優しげに細め頷く。

「緋星(フェイシン)。……妹の名前よ」

 曰く。フェイユンには三つ離れたフェイシンという名の妹があったという。
 フェイシンは生まれつき病弱だったため、外つ国に嫁いで世継ぎをもうけることはおろか、成人まで永らえることすら難しいだろうと言われていた。

「そんな身体でも構わないから是非正妃に迎えたい。そう言われて、父も母も、緋星も……本当に喜んでいたのだけど
「まさか……」

 いかに貴い身分であろうと、女性であるというだけでその身は使い捨てられる政の道具として扱われる。それはフェイユンも、リンシンも、そしてフェイシンもわかっていたことだ。だが。

「あの子は本当に、道具にされてしまった。あの日のあなたと同じように」

 ざわりと、リンシンの背筋を伝う恐怖の記憶。
 それは花の陵を禍々しく包む漆黒。

「琳星。緋星と同じ瞳のあなた。あなたはきっと、緋星が護ってくれたのだわ。……そう、思わせて頂戴」

 フェイユンの白くたおやかな指がリンシンの頬をそっと撫でる。その仕草は、この後宮で帝ジンヤンの寵愛を争う同士のそれでは決してなかった。



「リンシン」
「はい」

 あの方が名前を呼んでくれる。それが嬉しくて、くすぐったくて。
 ロストレイルを降りてから季節はいくつか過ぎ、また春を迎えていたけれど、ジンヤン様は今までの距離を埋めるように何度も、何度も、私の名を呼んでは応えを求めた。

 この世界が私を住人と再び認めてくれるまでの間、半年ほどは、皆の頭上に同じ数字……真理数がずっと見えていた。それが見えなくなった境目の日を思い出す。ある明け方、花蝶宮からジンヤン様をお見送りしたときにはもう、見えなくなっていた数字。それからほどなく訪れた体調の変化。今度は、壊れた心がつくりだしたまぼろしではない。

 私の身を心から望まれたこと、この先も生きて行こうと思ってくださったこと、血のつながりを授けてくださったこと、そうして得たのが、この世界でのたしかな寄す処だった。それが何よりうれしくて、幸せで。

「このような心持ちは初めてだ……それが何であれ、手を伸ばしさえすれば、得られぬものなどないと思っていたのに」

 満ちた月のような私のお腹をいとおしそうに撫でて笑うひと。

「必要なものは手を伸ばせばよかった……だが、欲しいと思ったものには、どうすればよいか分からなかった」
「ジンヤン様……?」

 言葉の真意をほどこうとその目を覗きこめば、ジンヤン様は照れたようにふいと目をそらす。

「要不要ではない。……初めて、心が欲したのだ。そなたという女を」
「……まぁ」

 この寝所で、一人寝の寂しさを慰めるために、埋もれるように貪っていた甘い夢。
 そのどれよりも甘くて、たしかな言葉。

 ずっと欲しかったもの、全部。
 全部あなたが持っていた。



 リンシンはその後、夫ジンヤンとの間に一男一女をもうけ、立太子した正妃フェイユンの子リィヤン(力陽)を陰ながら支え続けた。正妃フェイユンは流行り病に罹り、息子の立太子を見届けることなく、惜しまれながらその若い命を落とした。だが、リンシンに全てを託していった彼女の死に顔は安らかであったという。


__緋星のところに往くわ、あとはお願いね


 リンシンの肩には、ジンヤンと三人の子、すなわち慧国の行く末と……フェイユンが最期まで気遣った、リンシン自身の幸せについての責が乗っていた。



 お父様に。
 お母様に。
 送り出してくれた祖国の民に。
 ターミナルで出会った、もう会うことは無いけれどかけがえのない友人たちに。

 今やっと、胸を張って言えそうな気がする。

 私、幸せです。


【金糸雀は目を開けて夢を見る 了】





【風待ちの集落に陽は昇る】

「出身世界が見つかったけど、どうする? 帰る?」
「……本当に見つかったのですか?」

 オゾ・ウトウは決して、見つけてほしくなかったという意味合いでその返答をしたのではない。ただ、己が生まれ育ち、長い間環境と……闘いながらといっても過言ではない暮らしをしてきた実感と記憶がそう言わせたのだろう。
 事実、『大きな渦』と称されたオゾの出身世界は、目標を定めてからの探索自体にはさほど長い時間を要しなかったが、現地調査は極めて難航の様相を見せていた。それもそうだろう、訪れるたびに地理的な条件はめまぐるしく変わり、ひどい時にはロストレイルの臨時停車場をつくれる場所を探すことそのものに長い時間をかけざるをえないほどの過酷な環境を擁した世界だったのだから。

 尤も、それらの事象はオゾにとっては全て予測済みであったため、世界についての究明が遅々として進まないことへの苛立ちや、故郷の集落が見つからないことへの焦りはそれほど強くなかったようだ。むしろ、調査結果の得られなさゆえに何度も同じ依頼を発行せざるをえない担当世界司書や、現地調査に毎回同行してくれる発見者のロストナンバーを気遣うほうが忙しかったらしい。

 だが、出身世界を発見してから二年ほど経ち、現地へ赴いた回数も両の手ではとっくに数えられないほどになっていたある時、オゾたちロストナンバーはとある半狼の一族を水先案内人として迎えることが出来た。そこからこの世界の究明と、オゾの出身集落探しはめざましい進展をみせる。

「一族で旅をする部族に出会ったのは初めてですね、心強い」
「こちらこそ、旅の孤独をしばし紛れさせてくれる新たな友よ」

 コニーと名乗った半狼の族長はオゾたちを歓迎し、一族の叡智の結晶ともいえる未完成の世界地図をこころよく見せてくれた。曰く、コニー自身が旅を続けるあいだに出会ったのは集落から集落、部族から部族へと荷や手紙を運ぶちいさな龍くらいのもので、この世界にはもう誰も生きていないのではないか、己は安住の地ではなく墓場を探し彷徨っているのではないかという絶望にも似た不安が頭を離れなかったらしい。

「運び屋の成り立つのなら、まだ見ぬ友はきっと多いのでしょう。僕が故郷に辿りついたときは是非貴方たちを招かせてください」
「そうだな……楽しみにさせてもらおう」

 そんな、近い未来への希望と期待をこめた会話が出来るほどの親しさになってからもう少し経った、ある朝。オゾの目に見覚えのある、群生する背の高い広葉樹とそれを支えるようにそびえ立つ防壁が、地平線の向こうにうっすらと見えた。



「じゃ、ここでお別れだ。俺はロストレイルを呼ぶよ」
「はい。……どうか、お元気で」

 これまで現地調査につきあってくれたロストナンバーと握手を交わし、オゾはその去ってゆく背中を見送った。別れがあれば出会いがある、だが、この防壁の向こうには果たしてどんな出会いが待っているのか。
 覚醒の瞬間、己がしてしまったことを忘れたわけではない。あの少年の家族は今どうしているのか、両親は、アシリレラは、職場の仲間や先輩は。

 戻ることが怖くないといえば嘘になる。だが、この恐怖に打ち克つためには、ここで一歩を踏み出さなければいけない。それをオゾ自身、心から理解していた。綻びは小さなうちに見つけ修繕を施すべきで、放っておけばおくほどそれは手が施せないほどに大きくなってしまう……かつて故郷で手がけていた仕事と、まるで同じだ。
 不安はあるが、迷いと躊躇いは無い。オゾは、防壁につけられた小さな扉に手をかけた。



 オゾ・ウトウ……数年前の大落雷で死んだと思われていた、ロシ・ウトウとテクルマの一人息子。彼が生きて帰ったというしらせは、瞬く間に狭い集落を駆け巡った。オゾが死んだと思われた日のことは皆よく覚えていたせいで、人々はやはりまず大きな驚きでそれを疑った。だがその後は素直に喜ぶ者や、嬉しげに脚があるか確かめる者のように、オゾは概ね歓迎されていたようである。
 物理的な法則が不規則なこの世界では、今まで在ったものが次の瞬間どうなっていても皆さして驚かない。だが、ヒト一人の死体が死亡の瞬間消えてなくなるほどの早さで風化してしまうことなどそうは無かった為、オゾの最期を見届けた職場の仲間たちや医療の心得がある家族らの間では『もしかしたら……』と一筋の希望が長いこと彼ら彼女らの日々を細く、たしかに照らしていた。そんな人々の思いがあったおかげで、オゾが再び集落の一員としての再帰属を果たすことにさほど障害は生じなかった。

「待つより素敵な選択肢なんて無かったもの、ほんとよ」
「……ありがとう」

 オゾが何より、オゾの復帰には恋人であるアシリレラの存在が大きく影響した。集落の境界として、防風・防砂林として機能する木々とそれを支える防壁の管理を任されているアシリレラの父、その発言力も手伝ったと思われる。だが、無骨な父に似ず器量よしで子供好き、集落の娘たちに料理や裁縫を教える腕も持つと、どこかへ嫁いでいくのに何の苦労もしない彼女はオゾを待ちかたくなに独り身を通していた。その意志の強さが『やっとわたしの婚約者が帰ってきたわ』とオゾを集落の一員にすんなりと戻す魔法の呪文のような言葉を言ってのけたのだ、人々はオゾの帰還を認めないわけにはいかなかった。

「貴方は僕を許してくれないと思っていた」
「どうして? そもそも、あなたは何か許されなければいけないような大それた事をしたの?」

 あの大落雷の日、オゾが死なせてしまった少年のこと……オゾがロストナンバーとして覚醒した瞬間の出来事を知らないアシリレラではなかったが、その問いかけには純粋な疑問符がついている。

「確かにあなたはほんのちょっとだけ、やるべき仕事を怠ってしまったわ。だからあなたは今も後悔しているし、あの子の親御さんたちは今もあなたを責めている」

 でも、それだけでは誰も前に進めないとアシリレラは少しだけ語気を強めた。

「仕方ないわ。みんな、どうしようもないことは誰かのせいにしたくなるの。自分の心を慰めるために」

 オゾが防壁の柱に入った小さなヒビを見逃してしまったこと。
 修繕に人の手を借りようとしなかったこと。
 それがオゾの罪なら、少年と少年の家族は果たして何の罪も犯さなかったか?

「あの嵐の日、あなたは自分の仕事を全うしようとしていただけ。あの子が犬を追っていかなければ、そもそも犬が逃げなければ……あなただって誰かのせいに出来るのに、あなたはそうしなかった」

 アシリレラの言葉は、オゾを慰めるその場しのぎのそれではなかった。責任を負おうと背筋を伸ばし、出来ることを諦めないオゾの姿を受け入れ、横で共に歩もうと覚悟を決めたひとのものだった。

「でも、あの子と違って僕は生きています……その差は小さくないはずだ」
「そうね。だからあの子の親御さんを変えることが出来るのは、あの子じゃなくてあなたなのよ」

 善く生き続けること。
 忘れないこと。
 それが、オゾに出来るたった二つの償い。
 そう、つきつけられた気がした。

「それに! わたし、あなたに祝ってもらえなかったからずっと二十六歳のままなの」

 明日こそは一緒に夕食を食べてくれるでしょう、何の為にとは言わないけれど。
 そういたずらっぽく笑うアシリレラに、オゾもつられて笑う。
 かなわないなと、オゾが心のどこかで悟った瞬間だった。



 それから一年ほどの間、オゾは今までの不在を埋めるかのように一心不乱に仕事に打ち込むことになる。オゾが不在にしている間、集落の暮らしは文字通り一進一退といった具合であった。オゾが恐れていたほど悪くなってもいないが、わずかに期待を込めていた光景を見られるほどでもなく。むしろ、もはやこの世界の物理法則には通用しなくなっている魔法の陣や修繕の技術をだましだまし利用しながら生きる人々の生活は、少しずつ破綻していってると言ってもいいほどだった。その事実はターミナルで、異世界で、様々な技術を目で見て学んだきたオゾにとっては隠しようのないことだ。この世界でどれだけ通用するかは疑わしいが、トラベラーズノートとは別のノートに書き留めた建築土木に関する技術やその他暮らしに役立ちそうなメモを片手に、オゾは自分の中の古い記憶を書き換え、集落の人々に新しい技術を伝えようと奮闘した。

 結果、集落の人々の暮らしは少しずつ、本当に少しずつではあるが確実に改善されていった。オゾがこの集落に戻ってくるにあたって力を尽くしてくれた水先案内人……コニーたち半狼の一族を客人として迎え、さらなる知識と技術を導入し、辺境警備や珍しい食料の調達を委託出来るようになったせいもある。

 その間に、オゾは既にこの世界……大きな渦を形作り、自らも渦の中に巻き込まれる住人として世界に認められたらしい。それと前後してオゾはアシリレラを妻に娶り、ようやく集落の一員として正式に認められるに至った。この頃には、シヅマ……オゾがあの大落雷の日に死なせてしまった少年の家族からの冷たい視線も少しずつやわらいでいったように思う。
 それはオゾが毎日欠かさずシヅマの墓に手を合わせ、かつてそうしてしまったような仕事への慢心を持たず、誠実に、集落と、そしてシヅマの遺族と向き合っていたからこそだ。


__変えることが出来るのは、あの子じゃなくてあなたなのよ


 アシリレラの言葉が、過去の苦い後悔が、今もオゾの心に大きな箍をかける。



 オゾは集落の一員としていくつもの季節を過ごし、いつしか覚醒した頃の父と母の年齢をとうに過ぎて。オゾとアシリレラの間に出来た三人の娘と二人の息子は、いずれも立派な大人になっていた。
 娘はいずれも母アシリレラに似て器量がよく、それぞれ心に決めた男性を伴侶に選び嫁いで行った。息子二人のうちひとりはオゾと同じく防壁と樹木のメンテナンス……そして、防壁に頼らず、境を決めずに暮らしていく集落を夢見て研究を続ける職につき、もうひとりは半狼族に混ざりこの世の果てと安住の地を探しながら年の半分は旅をする生活を選んだ。

 人の親となって以来、オゾのシヅマへの悔悟の思いはいや増し、子らが幼いうちはシヅマと重ね自己嫌悪に陥るときもあったが、暗い淵に足を踏み入れそうになるたび、アシリレラの言葉がそれを止める。善く生き続けること、それこそが唯一の償いなのだと。

 そうして、いよいよ老齢の者として煙たがられる……いや、智慧ある年長者として敬われる歳にようやくさしかった頃。オゾはメンテナンス作業中の不慮の事故で思いがけない最期を迎える。今まで防壁にしていた素材の変化により足場を失ったことが原因とされている。娘たちにもそれぞれ子どもが生まれ、まだこれからいくらでもやるべきことは出来るという時の、あっけない幕切れ。

 渦に生まれる命は渦に消え行くさだめにある。
 ひとつ生まれればひとつが消え、ひとつ消えればまたひとつが生まれる。
 そんな世界のありようを体現したような生き方だった。

 不慮の事故だったにしては死に顔が安らかだったことや、かつて帰ってきたときの逸話を覚えている者のうわさ話のせいで……もしかしたらまたひょっこりと帰ってくるのではないか、そのように思う者も少なくなかったためか、二度めに行われたオゾの葬式はどことなく楽しげで、たいそう賑やかなものだったという。


【風待ちの集落に陽は昇る 了】





【沈まぬ鶴の羽根先で】


 ロストナンバーとして自らの道を一度見失った武神尊が、もう一度それを選びなおしてよいとされた時、そこに迷いや躊躇いの入る隙は一分たりともなかった。妻の傍で、残された生を丁寧に全うしたい。その思いだけが、尊を壱番世界に再び向かわせる。
 妻の菩提寺にほど近い場所にあり、長い間借り手がつかず放ったらかしにされていた古い剣術道場。かつては尊も剣を習ったその場所を借り、近所の子供達向けの道場を開くことにした。道場の土地建物の権利は菩提寺にあったため、先代の住職をよく知る尊にとっては心強い縁である。今、寺を任されている住職の慈安も、幼い頃からたびたび武神家の墓をこっそりと訪ねる尊の姿を見知っている。数十年の時を経ても変わらぬ姿をしているのが慈安にとって奇妙といえば奇妙だったが、墓だけではなく水場や道中の階段を綺麗に掃除していく律儀さや、供物泥棒を毅然と追い返すところなどをずっと見てきただけに、その人柄については安心しているところがある。

「おはようございます、先生」
「先生はよせと言っただろう」

 とある冬の朝、日課にしている寒稽古の帰り道。吐く息はもちろん、朝飯前にも関わらず目一杯動かした身体全体から白い気が立ち昇る。いつもどおり、妻の墓に手を合わせ、花を一輪と線香を一本供えて。その光景、一部始終を見ていた慈安に朝の挨拶を投げかけられる。

 先生という呼称は、いまだにくすぐったく慣れない。
 尊はあくまで、一兵卒から叩き上げたただの軍人だ。
 だが、かつて妻と暮らしていたこの街で。尊が厳しくも気さくで、気風のいい「先生」として慕われている事実。それは、違う時代に生き直すことへの不安を軽く払拭してくれた。



「慈安」
「何でしょう。……あ、王手」
「!?」

 とある土曜日の昼前。週に一度、剣道を習いに来る子どもたちと一緒に昼食を取ると決めている曜日だ。寺の台所を借り、海軍仕込みの特製カレーを煮込む間、鍋を見張りつつ慈安と将棋を指すのが尊のひそかな楽しみだった。

「あァ……もう一局! の前に、この間頼んでたことだがな」
「はいはい、お墓のことですね」

 慈安が勝負の決した将棋盤から駒を一度片付ける。それを待つ間、弱火でことこと煮込んでいたカレーをぐるりとかき混ぜて。調合したスパイスの香りと、たまたま手に入った牛すじ肉のこっくりとした匂いが混ざり合い食欲をそそる。

「都合はつきそうか?」
「ええ、新しく墓地区画をお売りするのはもうあちら側の霊園だけなんですが……先生ですから」
「すまんな」

 尊が再び鍋に蓋をして将棋盤に戻れば、次の一局の準備は既に出来ていた。ふたりの間では、投了した方が次の先攻となる。尊が歩を一歩前に出し、それを合図にしばらくの間、駒が進む音だけが二人の空間を満たす。

 武神家の墓……レイテ沖で瑞鶴と共に沈み、遺体もあがらなかったとされる武神尊と、その妻静が眠る場所。その隣の区画つい先日、檀家の都合で空きが出たと聞き、尊はそこを買い上げられないかと慈安に相談を持ちかけていた。元々の墓に入れる義理も筋合いも、今の尊には無い。それが寂しくないと言えば嘘になる。せめて隣で眠ることを妻に約束出来たなら、今生の慰めにはなるだろう。

「カレー、そろそろ出来ますね」
「ああ。おまえも食っていくだろう」
「ええ、ご相伴におあずかりします」



「いただきまーす!」
「せんせーのカレー、おやさいおっきいねー」

 調味料を変えれば肉じゃがにも転用出来るレシピの海軍カレーは尊の唯一得意な料理だ。最近では市販のカレー粉を色々と試しては野菜や肉との相性をみているらしい、このままではカレー粉をいちから作ると言い出すのも時間の問題だろう。
 じっくり炒めた玉ねぎと一緒に、湯剥きし丁寧につぶしたトマトをたっぷり使ったやさしい酸味と上品な辛さを併せ持つルーに、大ぶりに切ったじゃがいもと人参、それからしめじ。肉はその時安いものを買うから豚肉だったり手羽元だったり。子どもたちでも食べやすいように牛乳を入れてとろりとまろやかに仕上げた「土曜日の先生カレー」は、近所の母親たちがレシピを教わりにくるほど評判だ。

「ぼくニンジンきらい……」
「好き嫌いはダメなんだよ! おっきくなれないんだよ」
「おおきくなれなくてもいいもん!」

 野菜も肉もごろごろと入ったカレーの前では毎回起こる、子どもたちの好き嫌い論争。好き嫌いをすると大きくなれないというのはいつの時代でも言われていることだが、昨今の子どもは口がよく回るものだと尊は妙に感心しつつ、カレー皿を持って子どもたちのもとへ。

「何だ、人参が食えんのか」
「のこしていいですか……」
「そいつは駄目だ、うまいカレーになるために一生懸命がんばった人参が可哀想だろ」

 他の食材は食べてもらえるのに、自分だけは置いていかれる。それがどんなに寂しいことか想像してみるんだと、尊は子どもたちに優しく、だが有無をいわさぬ厳しさを持って根気よく説明する。

「それに、先生のカレーは野菜もスプーンでつぶせるくらいやわらかく煮込んでるんだぞ。カレーが辛いなと思ったら、こうやって人参やじゃがいもをつぶして食べるとうまいんだ」

 尊があんまりうまそうにつぶした人参を食べて見せるのを見て、もう食べ終わった子どもたちはお代わりに走ったり、残していた子どもたちもおそるおそる同じようにしてみる。

「……あっ、たべれる!」
「そうだろ」

 尊のやりかたで人参を平らげた男の子の頭をくしゃりと撫で、尊はにっこりと笑う。かつて二人の息子に好き嫌いをなくさせる為には拳骨で説教することしか知らなかった男が、いつの間にかすっかり丸くなっていたらしい。それも、自分で料理をするようになったせいだろうか。少しでも美味しいものをつくろうと毎日苦心しながら台所に立つ妻の心持ちが、この頃やっとわかりかけてきたように思う。



 再び流れだした尊の時間は、あと何年残されているのだろう。
 あの時、鶴は沈んだが尊は沈まなかった。幸運艦と呼ばれた船と最期を共にし、結果、運を分けてもらうように生き残った。それを僥倖と呼んでよいのか、疑問に思う日々も確かにあった。

 だが、どうあれ今は生きている。
 妻はまだ迎えに来てくれそうにない。

 戦の終わったこの日本という国を、もう少し見護りたい。
 無垢な若い子どもたちを強く育て、あのような悲劇を繰り返さない大人になってほしい。
 それを全うすることが出来たなら、妻は笑ってくれるだろうか。

「先生、彼岸花の花言葉を知っていますか?」


__再会、また会う日を楽しみに


「ああ、知ってる」

 生き続けよう。
 いつか来るその日まで。

【沈まぬ鶴の羽根先で 了】





【帆を張れ、まだ見ぬ暁に向かって】

 ブルーインブルーの夜明け、ジャンクヘヴンから各地の島へ向かう定期船が一斉に錨を上げる。そのうちのひとつ、アヴァロッタへ向かう船に乗り込んだテオドール・アンスランはあくびを噛み殺しながら、今日の再会を心に思い描いた。

 あの依頼を請けてからもう随分になる。たしか、ロストナンバーとして覚醒したばかりで右も左も分からず、故郷は見つかるのか、それ以前に異世界でうまく生きていけるのか、様々な不安を抱えながら……とにかく生活のために働かなければと手当たり次第に世界司書からの依頼を請けていて。これから会いに行くブルーインブルーの船乗り、アーネスト・ブルックと初めて出会ったのはそんな頃のことだった。

「テオドールさん? やっぱり!」
「久しぶりだな、元気にしてたか?」

 アヴァロッタに着いてから、記憶を頼りに見覚えのある船舶ギルドのエンブレムを見つけて尋ねれば、振り向いた青年がテオドールの姿を認めるやいなや相好を崩し歓迎の意をあらわす。忘れられていなかったことにまず驚きがあり、次にはすっかりたくましく自信をつけたアーネストの変わり様で喜びに目を細める。



「そろそろ帰るのは知ってるんだけど、ひとつ頼まれてほしいのよ」
「依頼か?」
「そ、ブルーインブルーの商船護衛。……経験者優遇なの!」

 出身世界が見つかり、とんとん拍子に帰属が決まってからというもの、荷造りもそっちのけで友人たちへの挨拶に勤しむ日々が続いた。今思えば、あんな風に声をかけてきた担当司書ルティはその光景を見ていたのだろう。声をかけていくべき人はターミナルの外にもいる……そう言いたいが為に。

「すっかり見違えたよ」
「そうっすか? 自分じゃそんなわかんないんで、不思議です」

 不安そうな面持ちに少年のあどけなさを残し、頼りなげだったあの頃の記憶は何だったのかと思うほど、アーネストの表情は明るい。自信のなさをあらわすようなあいまいな敬語も気になっていたが、今はきちんと自分の言葉で喋れているようだ。時折通る船員たちともにこやかにおじけづくことなく言葉を交わしているのが、テオドールにとっては不思議な光景だった。

「よく笑うようになったじゃないか」
「あ、それはよく言われます!」

 曰く、船の女神も海の女神も、辛気臭い顔の男は好みではないのだとか。そんな迷信を信じるような性格ではなさそうだったが、笑顔でいることにアーネストなりの意味を見つけることが出来たのだろう。あの時、別れの場面で見せたすがすがしい笑顔。それをまたすぐに見られたことに、テオドールは目を細めた。

「そうだ、テオドールさん。これ、俺の船なんです」
「へぇ……!」

 これからテオドールが依頼で乗ることになる商船は、やや小さいながらも最新の技術を反映させた使いやすく居住性のよい造りになっている。テオドールは船のことは相変わらず素人ではあったが、これを手に入れたときにアーネストが見せた表情は手に取るように分かる。

「俺、あの航海で変わった気がします。……臆病なのはちょっと、変わんないんですけど」


__自信があろうとなかろうと、一度乗ったら目的地に着くまで降りられない


「肚を括ったほうが楽って言われて、本当に楽になれました」
「俺、そんなこと言ってたっけか」

 かつて、テオドールがアーネストにかけた言葉。覚えていたのかと、青臭い台詞に思わずテオドールの顔に苦笑いが浮かぶ。だが、アーネストを変えたのは紛れも無くその言葉なのだ。

「はい。だから俺、新米が入って来たら必ずそう言ってやるようにしてるんです」
「よせよ、照れくさいな」
「いいじゃないですか、俺がもらった言葉なんだから」
「そうだけどさ」



 アヴァロッタを出たアーネストの船は、かつてと同じように順調に進む。
 静けさが何かを予感させるという風でもなく、果たして護衛は本当に必要だったのかと疑わしくなるほどに。

「この海は広いな」
「? そうですね」

 アーネストは、テオドールをこの海の住人として接している。まさか異世界から来たなどとは夢にも思うまい。テオドールはそれを理解していないわけではなかったが、ふと感じた海の広さをぽつりと口に出してしまう。一瞬不思議そうな顔をアーネストは見せるが、広く見えない海もあるだろうとさらり流して。

「(肚を括る、か)」

 テオドールは、未知の仕事に、責任ある名前に怯えるアーネストを励ますためにああ言ってみせた。だがその言葉は、ターミナルに移り住んだばかりで同じような不安を抱えていた自分に向けた言葉でもあったのかもしれないと、ふと振り返る。

 人生における困難とは、こちらの都合などお構いなしで、心の準備が出来ていないときに限って突然目の前に立ちふさがるものだ。壁は、いつか壊すか乗り越えるかしなければいけない。ずるい抜け道を探して壁をうろうろしているだけでは決して辿りつけない境地だってある。だから人は諦めず、流されず、自らの力でその困難を乗り越えようとあがくのだろう。まだ見ぬ美しい暁の世界を見る為に。

「テオドールさん」
「うん?」

 不意に、アーネストがテオドールに呼びかけた。

「俺、結婚することになりました」
「そうなのか、おめでとう」

 アーネストは船乗りとしての経験を積むためにジャンクヘヴンの船舶ギルドで働いていたが、幼なじみの待つ生まれ故郷アヴァロッタにはつい最近帰ってきたのだという。道理で今回の依頼はジャンクヘヴンではなくアヴァロッタまで行く必要があったのだなとテオドールは得心した。

「こっちはジャンクヘヴンと違っていつも人が足りないわけじゃないですし、俺も護衛が必要になりそうな危険な仕事は減らす予定なんで」

 若い船乗りは危険な仕事で経験を積み、結婚して家庭を持った者はその経験を生かして比較的安全な仕事につくのがアヴァロッタの船乗りたちの間に慣例としてある。もしかしたらもう会えないかもしれないですねと、少しさびしそうにアーネストが笑った。

 そう思っているのは、アーネストだけではない。

「そうか……。俺も、そろそろ帰らなきゃなと思うんだ。きっと本当にお別れだな」
「そうなんすか! 何か偶然って重なりますね」

 会えなくなるのが自分だけの事情ではないと知ったせいか、アーネストはすこしほっとしたような笑顔を見せた。そして同時に、生まれ故郷へ帰るという偶然が重なったことを無邪気に喜んだ。

「どんなとこなんですか? 俺も行ったことのある島かな」
「……遠い、遠いとこさ。地図にも載ってないような」

 テオドールは、嘘は言わなかった。



 ブルーインブルー、この世界はかつて、一度滅びかけた。
 失われた文明はいまだに全貌が暴かれることはなく、人々はわずかな文明の残滓に頼りながら生きている。テオドールにとって、このブルーインブルーの人々の暮らしは他人事ではなかった。

 かつて、一大魔法体系によって繁栄を極めたテオドールの故郷。ブルーインブルーと同じように、その魔法文明は一度衰退している。魔法によって生み出された不死のいきものは生命の理を踏みにじり、天候を自在にあやつり嵐を遠ざけ好きな日に雨を降らせる技術は、人々から自然への畏敬の気持ちを薄れさせた。魔法の力を礎とするあまたの神がもてはやされ、いつしか人は空の下、大地と海によって生かされていることを忘れてしまったのではないか……ブルーインブルーで懸命に暮らす人々を見るにつけ、テオドールはそんな思いにとらわれる。

 強大に過ぎる力は多くの恩恵をもたらすが、同じかそれ以上の争いと悲劇を招く。魔法が衰退した理由はテオドールの世代には伝わっていないが、きっとその力の大きさや、人々の悪意、そして弱さの中に、何かしらの鍵があるのだろう。
 それらの力を復活させることは、果たして正しいのだろうか。ブルーインブルーの人々のように、残ったものを天から……いや、海からの恵みとして受け取り、分不相応に求めすぎなければそれでよいのではないか。

 それでも。

「人は強いよな」
「? ……はい、そう思います」

 人は、強い。
 先人が持て余した力への畏れを持ちながら、それを究明し再び人の世に役立てようとするほど、したたかで賢い。そこに一切の悪意は無いと言えばもちろん嘘になるだろう、だが、魔法の力を求める人々の根底にあるのはひとつ「幸せになりたい」気持ちだけだ。

 己の幸せを、誰かの幸せに。
 己の欲望が、誰かを傷つけないように。
 人は己の力のみで生きているのではない。
 皆、世界に赦されてこの空の下、大地の上に立っている。
 それを、忘れなければ。

 いつかテオドールがこの海と、アーネストを思い出す時。
 胸を張れる己でいたい、かつてアーネストに投げかけた言葉を嘘にしない為に。
 そう、テオドールは心に誓う。

 船は進む、まっすぐに目的地を目指して。

【帆を張れ、まだ見ぬ暁に向かって 了】





【青い春はやがて】

 ロストレイル北極星号の出立、その前後にターミナルのあり方は大きく様変わりした。その変化のうちで最も大きなもののひとつは警察組織が出来たことだろう。今まではロストナンバーたちの良識に任せた自治と、良識ある世界司書たちがこの街の良心として機能してきたが、それゆえに罰すべき悪事を前に人々はいつも公平な判断が出来ていたとは言いにくい状態にあった。だが警察組織が出来てからというもの、こういった行為にはこの罰則を、この程度であれば厳重注意と、明確な線引きとともに前例の記録を公的に積み重ねることが出来るようになり、それはこの街の治安に大きく貢献した。

 その警察組織に所属し働いていたフェリックス・ノイアルベールは、働きぶりと今後の進退を合わせて鑑みればいつロストメモリーになってもおかしくない人物だった。フェリックス自身、いつそうなっても構わないと口に出してはいたが、定期的に行われるロストメモリーの儀式にはいつまで経ってもフェリックスの名前が挙がることはない。ロストメモリーになることを誰かから止められているわけでもないが、何故そうしないのかと聞かれれば、フェリックスには「何となく」としか答えることが出来ない……そんな状態が数年ほど続いていた。

 そんなある日、いつものように街の巡回に出る時間。
 今日の担当箇所は画廊街とそこに隣接する飲食店街の一部で、昼食は巡回中に自由に摂ってよいことになっている。昨日は帆立稚貝とほうれん草のクリームパスタだったから今日は魚介類以外にしようか、新しく出来たパン屋のホットドッグはたいそう評判がいいと聞くから巡回の間に歩きながら食べるのもいいかもしれない、だが何か起こったときに食べながら駆けつけるのも格好がつかない……などと考えながらフェリックスは詰め所を出る。

「親分親分、今日はきゅうりのお店行くダス?」
「そんな店はない」

 上着の肩口に警察組織のバッジをつけて街を歩けば、人々はすぐにそれと気づく。軽く会釈をしてくれる者、にこやかに「いつもごくろうさま」と声をかけてくれる者と反応は概ね好ましい。それだけ警察がこの街に善く根付いたのだろう、人々のくれる好意的な視線や笑顔は、フェリックスにとって嬉しいものだった。



「何か変わったことは無いか?」
「ええ、おかげさまで静かなもんです。たまには話題があったほうがいいんでしょうが」
「そう言うな、医者と火消しと警察は暇なほうがいいんだ」
「それもそうですね」

 常に街の全てを見張ることなど出来ない、だからこそ街の人々とつながりを持つことは警察組織にとって友好な防犯手段だ。それを意識しながら巡回をするフェリックスは、飲食店街の人々の間ではちょっとした有名人だった。

「まぁ、私たちが睨みをきかせているおかげでゆっくり昼食を摂れると思えば。……そうだな、ローストビーフと生ハムのバゲットサンドをランチセットにしてくれ。きゅうりを少し多めに頼む」
「はい、毎度」

 この店はサンドイッチやパンケーキを頼めば、少しの値上げで日替わりのサラダとスープ、それにとびきりの珈琲をつけてくれる。軽く石窯であたためて香ばしさを出した自家製バゲットで作るバゲットサンドはフェリックスの大のお気に入りだ。使い魔のムクもこの店のきゅうりはたまらないらしい。表の看板に書かれてあるメニューによれば、今日の日替わりはトマトとモッツァレラチーズのサラダ、ひよこ豆のカレースープのようだ。それも楽しみにしつつ適当に席を決めてフェリックスが腰掛けると、何やら店の外から騒がしいやりとりが聞こえてくる。

「ちょっと失礼、すまないが作るのを止めておいてくれ」
「おや、お気をつけて!」

 女性の叫び声らしきものを耳で捉えるやいなや、フェリックスは反射的に立ち上がり外を確かめる。これはのんびりとここで座って昼食を摂っている暇は無いかもしれない、持ち帰りにしてもらうべきか……などと思いつつ店の暖簾をくぐると、そこには見慣れない若い女性のロストナンバーと、二足歩行の猫型のロストナンバーが何やら言い争っている。どうやら猫型のロストナンバーが女性に向かってしつこく勧誘をしているらしい。

「だから、部屋なら安く貸してやるって言ってるニャ―!」
「い、いいです! お部屋は自分で探します!」
「そこまで。三度断られたらおとなしく諦めるんだ」

 困り果てた女性から引き剥がすようにぐいと首元の皮を引っ張ってやると、猫型ロストナンバーはぎょっと目を見開いてフェリックスを見上げる。何か反抗の言葉を言いかけたように口をぱくぱくとさせるが、すぐにフェリックスの肩口についた警察組織のバッジの存在に気づきぐぬぬと口ごもる。

「異議申立てがあるならそこの交番まで任意同行してもらっても構わんぞ、このフェリックス・ノイアルベールが貴様の言い分を聞いてやる」
「すっ、すみませんでしたニャー!!」

 猫型ロストナンバーが脱兎のごとく逃げてゆくのを確かめ、フェリックスはやれやれといった面持ちで上着の袖をぱんと払う。絡まれた女性は顔に見覚えが無いから、おそらくはここ最近ロストナンバーに覚醒しターミナルにやってきたのだろう。ここは見た目も文化も色々な者が住む街だ、元の世界に居た頃よりも身の回りに気をつけるように注意するよう言葉をかけようとフェリックスは女性に向き直るが、彼女はぽかんと目を丸くしてフェリックスを見つめている。

「……何か?」
「あの、お名前をもう一度教えていただけませんか……?」
「ああ。フェリックスだ、フェリックス・ノイアルベール」
「やっぱり!!!」

 猫型ロストナンバーに名乗ったフルネームをもう一度聞かせてやると、女性はそれまでの不安そうな表情から一転ぱあっと顔を輝かせる。警察組織に属するようになってから名前だけが有名になっていっている自覚は多少なりともあったが、ここまでのリアクションは初めてでフェリックスは戸惑いを覚える。

「ずっとあなたを探していたんです! やっとお会い出来ました……!」

 まるで生き別れの兄弟とでも出会ったかのような喜ばれよう、その理由が分からなくて、フェリックスははたと頼んだままの昼食の存在を思い出す。おそらく長い話になるだろうし、幸いなことに巡回はもうほとんど終えている。次の巡回を担当している職員に少し早めの交代を頼む旨のエアメールを送り、フェリックスは先程のカフェに女性を案内した。



「わたし、ベルといいます。あの……ラナおばあちゃんから、フェリックスさんのお話をずっと聞いていたんです」
「ラナ……!?」

 今度は目を丸くしたのはフェリックスのほうだった。まさか初対面の人間から、故郷に置いてきた幼なじみの名前が出るとは夢にも思わなかったせいだろう。だがよく見れば、ベルと名乗った目の前の女性が着ているシンプルな青いワンピースは、故郷でよく見る型のものによく似ていたし、スクエアタイプの襟元を飾る白いレースの模様にも見覚えがあった。

「もしかして、その髪留めは……」
「はい、おばあちゃんの形見です」

 ベルは透かし彫りの細工が施された木製のバレッタで長い前髪を留めていた。中央にはめこまれた赤い珊瑚玉が控えめにベルの黒髪に華を添えている。それはフェリックスがかつて見た光景。……尤も、フェリックスにとってこのバレッタはラナが木登りの最中に落としてしまってそれを拾ってやるところばかりが記憶に残っているのだが。懐かしさに目を細めると、ベルは嬉しそうに言葉を続ける。

「わたし、戦災孤児だったんです。ラナおばあちゃんが育ててくれました」
「……そうだったのか」

 聞けば、ラナは独り身を通すかわりに、ベルのような戦災孤児を何人も引き取って育てていたらしい。ずっと暮らしていた生家だけでは部屋が足りず、その隣にある家……かつてフェリックスが育った家も借りていたようだった。
 男の子にも女の子にも平等に勉強と運動を教えていたこと。嘘とズルが大嫌いで、いたずらをした子には容赦なく拳骨が飛んだこと。誕生日には必ずケーキを焼いてくれたこと……。どのエピソードも、聞けば聞くほどラナそのものだった。

「みんな大人になってもラナおばあちゃんに会いに来てました、みんなラナおばあちゃんが大好きだったの」

 大人になって独り立ちをして、結婚相手を紹介しにきたり、生まれた子どもを連れてきたり、それは普通の母親が子どもにそうされるのと何ら変わらない生活だ。そうやって細々とだが寂しくなく暮らし、最期はベルを含む子どもたちに見守られながらその生涯を閉じたという。

「晩年はずっと、フェリックスさんのことを話していました」

 この村の自慢の出世頭だったことや、子供の頃の思い出、今は立派な騎士になって国のために尽くしているのだろう、きっと華やかな都会で幸せに暮らしているはず。そんな風に締めくくられる話を、ベルは嫌がらずにずっと聞いていたそうだ。最初こそ、こんなに長い間独り身の女性を放っておくなんてひどい男だと憤ったこともあったと聞き、フェリックスは申し訳無さからの苦笑いで眉が下がる。

「わたし、おばあちゃんが亡くなってから旅に出たんです。……フェリックスさんのことを知りたくて」
「私を?」
「はい。ラナおばあちゃんがあんなに気にしてたひとってどんなだろう、って」

 若いベルは恐れを知らず騎士団を訪ね、残された資料からフェリックスが晩年過ごしたとされる魔術師の塔を探し当てる。そこに残された研究の跡や、フェリックス自身が書き記したと思われる日誌を読み、フェリックスの出生のおぼろげな事情や、故郷に戻れない……ラナに会えない理由を知った。

「ぜんぶ納得した瞬間、目の前が真っ白になって。……気がついたら、モフトピアでキャンディの雨に打たれてました」

 フェリックスを追いかけてロストナンバーになってしまった事実をさらりと話し、ベルは笑う。一昔前ならば罪悪感でいっぱいになるような告白だったが、幸い、異世界を発見するための工程はロストレイル北極星号の貢献により確立されている。故郷が確実に見つかるといえる状況が、フェリックスに優しい笑みをもたらした。

「知りたいとだけ思っていたのが、本人に会えるとは思わなかっただろう」
「はい、でもおかげでラナおばあちゃんにいい報告が出来ます」

 フェリックスはラナの知らないところで元気に幸せに暮らしていた、そしてラナを忘れていなかった。それを報告出来たら、ラナは絶対に喜ぶはずだ。そう言い切るベルの笑顔は頼もしい。

「(……そうか……)」

 無邪気に笑うベルに、フェリックスはかつてのラナを見る。そして思い至る、自分がもしロストメモリーになっていたら、この笑顔を見ることは出来なかっただろうと。

 いつ、この世界の住人になってもいいと思っていた。
 だがそうしていたら、今日のこの出会いは哀しみしか生まなかったに違いない。

 大した理由も思いつかないまま、何となくロストナンバーでい続けたのは、もしかしたら。
 今日この日のことを心のどこかで望んでいたからかもしれない、フェリックスにはそう思えた。



 ランチの後にやってきた二つのコーヒーカップを挟み、フェリックスとベルの話は続いた。
 フェリックスは今このときも、ロストメモリーになる為の覚悟は持ち合わせていた。だが、今までと違い、その時期もはっきりと心に決めることが出来た。

「もし、迷惑でなければ……出身世界が見つかったら、知らせてくれないか」
「もちろんです! いちばんにお知らせしますよ」
「……ありがとう」

 その礼は報せを約束したことについてだけでなく。
 こうして、真理数を失ってまで自分を探し当て訪ねてくれたこと。
 ラナの人生を豊かに彩ってくれたこと。そして。

「墓参りぐらいはしないと、あの世で怒られそうだ」
「……はい! その時は一緒に行きましょうね」
「ああ」

 分かれたままと思った道を、再び繋げてくれたことに。

 やっと、あの日のことを謝れる。
 長らくの心の荷が降りたフェリックスは、少しだけ晴れ晴れとした顔をしていた。

【青い春はやがて 了】




【旧き友はいずこ】

 故郷への再帰属にあたり、深槌流飛には不安があった。とある任務を請けたまま覚醒してしまったせいで、その任務はおそらく達成出来ていないのではないかという不安だ。依頼主に多大な迷惑をかけることはもちろんだが、里の信用を落とす行為でもある。正直、どのような叱責を受けるか考えただけで気は重い。だが、この世界に帰らなければならない理由がある。それだけが流飛の足をロストレイルに向かわせた。

「……ただいま戻りました」
「おう、起きたか。今日はやけに遅かったな、風邪でも引いたか?」
「は、いえ……」

 ちょうど朝の鍛錬の時間だったようで、多くの忍たちがせわしなく出入りをしている。だが、誰も特に流飛の姿を見ても表情を変えない。普通に朝の挨拶を交わしたり、今朝は何故鍛錬に出なかったのかを問うたりと、まるで昨日までも普通に流飛が里にいたかのような扱いだ。

 狐につままれているかのような心持ちで再び自室に戻ると、流飛はあることに気づく。
 時刻の他に年月日も示してくれる時計を見れば、今日の日付は自分がロストナンバーに覚醒した日とまったく同じなのだ。決して、数年経過した同じ日、ではない。この里側から見れば、流飛がロストナンバーとして過ごしたのはたったの数時間ということになる。
 世界群ごとで時間の流れが違うのは当然だが、まるでこれまでロストナンバーとして過ごした時間は奇妙な一夜の夢だったような気分だ。だが、モフトピアでもらった「ありがとうの結晶」やターミナルの百貨店で手に入れたテディベアは確かに存在している。それもまた不思議な気分だった。

 ともあれ、これで自分は帰ってくることが出来た。
 また真理数を失うようなことがあっても、今度はすぐに戻ってこられる。その安心が、流飛の覚悟をより強めた。今もきっと世界のどこかで待っている幼なじみを思い、流飛は静かに戦意を燃やす。



 故郷の世界に戻ってから数ヶ月が経ったある日。流飛はふと、今まで見えていたあるものが見えなくなったことに気づく。同士の忍や任務の依頼主、敵の忍。彼ら彼女らの頭上に見えていた同じ数字……この世界の真理数が、ある朝見えなくなっていたのだ。それは流飛自身がこの世界の住人として再帰属した証。
 それと同時に、長らく偵察の任についていた同僚たちが久しぶりに里に帰ってきた報せを流飛は受け取る。神かくしにあったとされる幼なじみがとある人里に保護され、無事に生きているというとびきりの朗報と共にだ。

 幼なじみの救出には自分の存在が必要なのだ、だからこの世界の住人として再帰属がかなったのだ。流飛にはそう思えた。

「頭領!」
「ああ、分かっておる。お前も頭数に入っとるわ、流飛」

 すぐさま編成された救出班に入ろうと頭領に直談判を持ちかけるが、そこは頭領も分かっていたようで。

「必ず助けだして来い」
「了解しました!」

 流飛にとって、幼なじみを守ることは世界を守ることに等しい。
 今度は絶対に、手を離さない。誓いも新たに、流飛は里を飛び出した。



「白縫!」
「……流飛? 流飛!?」

 白縫……幼なじみが保護されているという人里は拍子抜けするほど平和な場所で、幼く何も知らない白縫は子どもの少ないその人里で大事に大事に育てられていた。だが、忍の里にいた頃のことを忘れた日は無いらしく、時折どこか遠くを見つめながら哀しげに泣いていたと、流飛は里親の夫妻から聞き出すことが出来た。

「覚えていてくれたのか……」
「忘れないよ、ずっと待っていたんだ」

 人里では白縫の名で呼ばれず、里親から仮の名を与えられていたらしい。それが発見を遅らせた一因と思われたが、意図的ではないにしろ本当の名を伏せていられたからこそ白縫は今まで無事に生き延びることが出来たのだろう。

 だが、その名は呼ばれてしまった。


__白縫

__しらぬい

__不知火、と


「見つけたぞ、不知火」

 それは……戦の火蓋が落ちる音。



 この世界に忍として生きる者ならば誰もが耳にしたことのある噂というものがある。
 かつて平和のために封印が施された禁忌の術の存在、そしてそれの発動を狙う忍集団の噂だ。

 前者の噂だけならばよくある怪談の類と似たり寄ったりのものだったが、後者はそうはいかない。実際に「仏意の代行者」として世界の破滅を目論む忍の集団が居ることは有名であったし、流飛の里もその集団から幾度と無く攻勢を受けている。今までは小競り合い、偵察隊程度の規模でやって来た彼らが数ヶ月前に突然、大隊を組んで流飛の里を襲撃してきたのが、この戦の始まりだった。
 それは奇しくも、流飛が白縫と再開したのと同じ瞬間。まるで敵も白縫を見つけるのを待っていたかのように。

 神が望もうが仏が望もうが、この世界で流飛たちは生きている。
 それをやすやすと壊されてたまるものか。
 やっと見つけ出した白縫、彼の穏やかな時間を守るのは自分だ、その思いが流飛を強くする。

 戦は、まだ終わる気配がない。
 だが流飛は負けられない。

 白縫を守ることは世界を守ることに等しいのだから。

【旧き友はいずこ 了】




【蛇はまどろみの中で世界をすべる】

 チャルネジェロネ・ヴェルデネーロの出身世界が見つかったのは、ロストレイル北極星号が帰還してから五年あまりが経ったある日のことだった。帰らないという選択肢のないチャルネジェロネは取るもの取らず、使い魔のイェスィルーとスィヤフをひっつけてすぐさまロストレイルにのたりと乗車した。

(チャルさま、めずらしくお急ぎだ)
(そりゃー帰りたがってたもんね)
(でも寝てるね)
(……そだね)

 ロストレイルの車内でものったりまったりグースカピーと眠るあるじに、使い魔二匹はしょうがないねと顔を見合わせ軽い溜息。チャルネジェロネが何故こんなに眠る必要があるのか知らない二匹ではないし、帰りたがっていた理由ももちろん察している。二匹はもう見られない光景を覚えておこうと、爆睡するあるじをよそに車窓の向こうを眺めてはしゃいでいた。



 蛇神チャルネジェロネが消えたことで、世界は深刻な魔力不足に陥っていた。もともと、「ジェロネ・ヴェルデ」と「チャルネ・ネーロ」の二柱がチャルネジェロネという一柱の神になったことで魔力の不足が続いていたものだから、チャルネジェロネを失った世界は混乱を極めた。若者は学べど魔術を使うことが出来ず、何人もの偉大な魔法使いたちがその力を失い只人となった。

 世界はチャルネジェロネの帰還をすぐに歓迎した。チャルネジェロネがロストレイルから降り立ち、臨時に敷設された停車場が消えたその瞬間、チャルネジェロネの頭上にはこの世界の真理数が浮かび始めたほどに。

「やれやれ、やっぱり我が家が一番落ち着くでござるな」
(わー、チャルさまー!?)
(いきなり寝たー!?)

 元の寝床に帰り着いた瞬間、チャルネジェロネは抗いがたい眠気に負けててろんととぐろを巻く。なんぼなんでもいきなり爆睡すると思わなかった使い魔二匹は大慌て。だが当の本人は全く意に介さずグースカピーである。

 それも仕方のないことだ。なにせ、チャルネジェロネが不在にしていたあいだに枯渇してしまった魔力を補充しようと、世界が働きかけ始めたのだから。それによりこの世界は安定と安寧を取り戻すことが出来るが、もちろん魔力を吸い取られ始めたチャルネジェロネはその間覚醒を保っていられるわけがない。チャルネジェロネがいつ目覚めるかも分からない状態で、使い魔二匹に出来ることといえば……目覚めたときに供えてせっせと食べ物を運ぶことくらいだ。もちろんそれらがすぐに食べられる状態になることはなかったせいで、チャルネジェロネが目を覚ましたときには使い魔二匹はちょっぴり太っていたらしい。



「……くぁ~~~~ぁ~~~~~あ、あー、よく寝たでござる」
(わーーチャル様ーー!!)
(起きたー!? やっと起きたー!!)

 土の匂いから漂ってくる春の気配に、特大のあくびをひとつ。
 気がつけば、チャルネジェロネが帰属と共に長い眠りについてから実に三年の月日が経っていた。

(チャル様起きてくれたー!!)
(もう起きないかとおもったー!)
「おうおう、心配かけたでござるな。しばらくは大丈夫でござるよ」

 しゅるりと舌を出し入れし、チャルネジェロネは世界に満ちた魔力の匂いを嗅ぎ取った。今まで枯渇していた分の魔力を補うことにはどうやら成功したらしい。自分が起きて使い魔二匹と満足に話が出来るほどには。だが、このままではいつかチャルネジェロネ自身の魔力が底をつき、再び世界の魔力は枯れてしまう。チャルネジェロネ自身、自らの衰えを強く感じ取っていたからこその目覚めだったのだろう。

「どーれ、スィルもヤフもこっちに来るでござる」
(チャル様?)
(チャル様、なんかまじめー)

 拙者はいつだって大真面目でござるよとしれっと言いつつ、チャルネジェロネは使い魔二匹の前に鎌首をもたげる。二匹に、世界を託すときがやっと来た。

「これからスィルとヤフに拙者の名前をやるでござる」
(えっ)
(えっ)

 黒の蛇神、スィヤフ・チャルネ。
 緑の蛇神、イェスィルー・ジェロネ。

「ほれ、二匹とも名乗ってみるでござる」
(ぼくは……スィヤフ・チャルネ)
(ぼくはイェスィルー・ジェロネ……)

 名前をつけること、名前を呼ぶこと。
 それは儀式のなかでも最も尊く、美しい行為。

「そうでござる、お主らはこれからその名で生きていくでござるよ」

 使い魔としてではなく、二柱の蛇神として。
 そして、神話は誰の目にもとまることなく……再び静かに書き換えられる。



「眠いねえ、寝ていい?」
「起きたばっかりじゃん、ぼくの番だよ」
「ちぇー」
「交代の時間、もうちょっと短くしたほうがいいかもね」

 黒の蛇神スィヤフ・チャルネと、緑の蛇神イェスィルー・ジェロネ。彼ら二柱の神がこの世界を背負うようになって、いくつかの歳がすぎた。二柱はもうすっかり成長し、声を出して喋ることが出来るようにもなった。かつての主チャルネジェロネがそうであったように、二柱とも考えているのはいかに長く快適に眠るかということだけ。

「そういえば、さっき変な夢を見たよー」
「へー、どんな?」
「まだぼくたちがちっちゃな蛇だったころー。ものすごーーく大きな蛇に、ふたりでちょろちょろついてまわってた」
「その夢、ぼくも時々見るなー。おかしーね」

 神話が書き換えられたことを、二柱は知らない。

 世界には、二柱の蛇神がいる。それが当たり前だった世界にはかつて、一柱でその世界を担っていた蛇神がいた。それを知っている者はもう、この世界にはいない。

 チャルネジェロネはその役目を終え、ジェロネ・ヴェルデとして彼岸へと渡った。
 どうやら岸の向こうはたいそう居心地がいいらしく、待つともなしに待っていてくれたかつての相棒、チャルネ・ネーロと再び相見え……生きていたころと変わらず、のんべんだらりと昼寝を楽しんでいるそうな。


__やっと、チャルネと共に世界に還れたでござるな


【蛇はまどろみの中で世界をすべる 了】




【紅の福音は宛先を見つけて】

 ロストレイル牡羊座号はこの日、故郷に帰るオペラ=E・レアードの為だけにディラックの空を走行していた。どことも知れぬ暗い空に時折稲妻のようなまばゆい光が走る車窓の外の光景は、まるでオペラの心をそのまま写し取ったかのようだった。

「(……どうしよう、どうしよう)」

 出身世界が見つかったとの報告を受け、半ば勢いに任せて片道のチケットを手配していた。
 だが、こうしてロストレイルに乗って……もう後戻りが出来ない道中で、オペラの胸にざわざわと不安が湧き上がる。

 あちらの世界ではどれだけの時間が経っているのか。
 消失の運命から守られていたとはいえ、あるじに忘れられていない保証などどこにも無い。
 それ以前に、無事に生きていてくれてるだろうか。

 チケットを手配したときのように、考えるのをやめて勢いをつけられないかとまた悩むが、不安とは一度その姿認めたら際限なく膨らんでしまうもの。

「(逃げては駄目だ……!)」

 帰属の願いを取り消し、車掌に言って帰りのチケットを手配してしまうことは簡単だ。ロストナンバーでいる限り、考える時間、覚悟を育てるは無限に近く与えられる。だが、それではオペラの不安は何一つ解決しない。逃げては辛さをいや増すだけだと自らを律し、オペラは停車のアナウンスをじっと待った。膝に抱えた赤い猫のぬいぐるみは何も言わなかったが、ただそっと、不安でかたくなにこわばるオペラに寄り添っている。
 ぬいぐるみの首元に巻かれた藤色のリボンが、何かを指し示すようにふわりと揺れたような気が、した。



 和の古い建物に混じり西洋風の街灯や看板が目立つ街並み。
 大路にくっきりと残る馬車の轍。
 人々の服装や、壁広告を彩る懐かしい文字列。

「本当に、帰ってきたんだ……」

 ロストレイルは既に、空へと消えて行った。
 今度こそ、もう戻れない。

 オペラは肚を決め、深く息を吸って一歩を踏み出す。
 帰るために。

「(変わってないな)」

 記憶と寸分違わぬ光景を見るとき、人は懐かしさを覚えるのだろうか。
 覚醒してからそう日が経っていないのではないかとすら思える変わらなさに、オペラは妙な気持ちを覚える。だが、あるじの店へと帰る道すがら、本屋で売られている新聞の日付を確かめたら、確かに数年ほど時は進んでいる。覚醒した頃と季節は同じだったせいか、何も変わっていないように感じられるのだろう。

 そうこうしているうちに、慣れた足はあっさりとあるじの店の前までオペラを運んでしまう。
 まだ心の準備は出来ていないのに。



 一見客を寄せ付けないような古めかしい骨董が並ぶくせに、どこか気易い構えの建屋。あるじの人柄をそのままあらわしたようなその入口に立ち、ひとり逡巡する。

「(何と声をかけよう……?)」

 ただいま?
 お邪魔します?
 戻りました?
 それとも、無言で扉を開けてしまってもよい……?

 思考は落ち着きなくうろうろとオペラの心を歩きまわり、それに比例してオペラの足はかたく竦んだまま。

「ええと……そうだ、まずはただいまと声をかけて、それからすぐに不在を詫びて、身体や仕事を気遣う言葉も要るな……そうだ、その順番がいい」

 口の中で小さく、扉を開けてから言おうとしている台詞をぶつぶつ練習する。

「ただいま戻りました。長らくの不在、申し訳もございません。……お変わりないようで、安心いたしました。……うん、完璧だ……」

 台詞は決まった。ぐっと引き戸に手をかける。でも。
 出かけていたらどうしよう、寝ていたら起こしてしまわないだろうか、嗚呼それよりやはり自分のことを忘れてしまっていたら! 一度律したはずの不安と恐れが再びオペラを襲う。が。

「何やってんだお前」
「う、あ、わ」

 がらりと遠慮のない、引き戸の開く音。


__あるじ、いたの!?!?!?


 顔を出したのはもちろん、あるじ……この店をねぐらにする便利屋・染井朱良。すりガラス越しにうかがえる外の様子がおかしいことにすぐ気づかない男ではない。
 心の叫びを声に出すことすら出来ないほどの驚きに、今度はオペラの全身がかちんと固まってしまったらしい。用意してきた台詞はすっかり頭から吹っ飛び、それでも口はぱくぱくと動いて何か伝えたいという気持ちだけがから回っている。

「あ、あの、わた」

 帰ってきました、あなたのところに。
 その一言が言いたいだけなのに、言葉は心をすり抜けていく。

「遅かったじゃねぇか。また迷子か? しょうがねぇな」

 赤い瞳が見えなくなるほど目を細め、あるじがくしゃりと笑ってみせた。

「早く入れよ」
「あ、は……はい……っ」


__忘れられてなかった

__待っていてくれた!


 たった一言で、たった一度の笑顔で、全部、全部余さず伝えてくれる。
 もっと何か言ってほしかったようにも思う、こんなときまでものぐさでなくたっていいじゃないか、そんな安心からの拗ねた言葉が浮かぶのも一瞬で。

 伝えて欲しいなら、伝えなければ。

「ただいま…………ただいま、戻りましたっ」

 心からの言葉は空気を震わす声に宿り、声は祈りを纏って世界を彩る。
 どこにでもある、ささやかなやりとりかもしれない。だが、今。
 その何でもない言葉は、ふたりにとってかけがえのない福音となるのだ。

「お帰り」

 嗚呼。
 唯今帰りました。

「お前の顔見たら喉渇いたわ、紅茶淹れてくれ紅茶」
「……はい、すぐに!」

 紅茶はお前のじゃないと飲んだ気がしねぇと笑うあるじの背中を追って、オペラは再び家の引き戸をくぐる。人の顔を見るなり出てきたくだらない我儘、それすらも嬉しくてたまらない。



「…………あるじ。確かに私は貴方に紅茶を淹れる用事を仰せつかった、が」
「んー? 何だよ、おおせつかったとやらなら淹れてくれって」
「長らくの不在ですっかり忘れていたが今思い出したよ、この部屋で茶を淹れるにはまず台所が機能するように整えなければならないことをだ! 喉が渇いたという欲求を直ちに満たすことが出来ないのは大変に遺憾だが、少し待っていて欲しい」
「お、おう……」

 荷物の片付けもそこそこに台所へと足を踏み入れたオペラが、そこの惨状を目の当たりにして。そう、あるじとの生活にいつもいつもついて回っていたこの問題と向き合って初めて、オペラは帰ってきたという実感が生まれたようだ。

「だいたい何だ、食器棚よりシンクの方に食器が多いこの状態は! あるじのことだから後で纏めて洗おうと思っていたんだろうが、使った食器と洗濯物は溜め込むなとあれだけ口を酸っぱくして言ったのが全く伝わっていないようじゃないか」
「いいじゃねぇか、食器洗いで人が死ぬかよ」
「その基準がおかしい!」

 お小言を言いながらもオペラは割烹着(これもホコリまみれになっているかと思ったが意外と綺麗にたたまれて引き出しに入っていた、つまり使っていなかったのだと後で気づく)を羽織り、シンクに溜まった食器を次々と洗いながら同時に湯を沸かす。言葉は厳しいがどこか楽しげに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

 カップについた茶渋を落とし、洗ったポットを湯であたためて、他の食器が乾く間に台所の調理スペースをきちんと拭き、二人分の茶葉を量って。

「待たせたな。……どうぞ」
「お、いい匂いじゃねぇか。これこれ」

 ふんわりと、一筋たちのぼる湯気がふたつ。
 琥珀を溶かしたようなカップの中身をそっと一口すすれば、鼻の奥を控えめに駆け抜けるマスカットにも似た紅茶葉の艶やかな香り。

「どうだ?」
「ああ、うまい。……どうした?」
「?」

 満足そうに頷き、紅茶の香りを愉しむあるじを見て、オペラはやっと心からの安堵と共に笑う。ゆるむ口元には、隠し切れない言葉がちらり、ちらり。

「話したいことがありそうな顔してやがる。……迷子は楽しかったか?」
「……そうだな、今は楽しかったと言える」

 ターミナルでなければ出会えなかった友もある、出来なかったこともある。
 だが、それら全てをよい思い出として笑えるのは、ここに居るからこそ。

「ところで、なんだその人形」
「これか? 似てるだろう?」

 オペラが膝に乗せている赤い猫のぬいぐるみをひょいと両の手に取り、あるじは興味深げにその手足をぴこぴこと動かしてみせる。藤色のリボンが結ばれていることに気づき、似ているとの言葉に得心がいったようで。

「こんなに無愛想か?」
「そうだな、一人で考え込んでいるときはこんな顔だ。……嫌いではないぞ」
「へェ」

 ターミナルで出来た友人たちのこと。
 この世界を探すのに尽力してくれた青年はあるじからものぐさを抜いたような男だったこと。
 吉野によく似たひとが何くれとなく世話を焼いてくれたこと。
 夢物語のような異世界での思い出。
 ぬいぐるみを手に入れたときの話。

 話したいことがたくさんある。
 ディラックの空に阻まれて届かなかったオペラの祈りが、堰を切って溢れ出す。

 一通り話を終える頃には、きっと。
 オペラの頭上に今度は消えることのない寄す処の数字がほんのりと灯るのだろう。

【紅の福音は宛先を見つけて 了】




【永遠と刻限、四文字の狭間から】

 書道とは、文字という記号に己の魂を込めることで、時に書き表されたことば以上に文字そのものの美を表現するものとされている。だが祇十はそれにとどまらず、文字の意味合いを強め、魔法のような力を与える技術までを含めて得意としている。

 書を愛し高めようとする心だけを持ったまま故郷から放逐され、一体どれほどの時が過ぎただろう。出身世界を探せる技術が確立されてから少なくとも数百年は経過しているはずだったが、祇十にとって故郷のことや、ゆるやかに変わりゆくターミナルのことなどは等しくどうでもよくて、最低限の衣食住の他には何も必要でなく、ただ己が目指すもの、美しい字を、己の全てを込めたと言える書を残すためだけに祇十の生は在った。

 それは文字通り永遠にも思える時間を費やしてもなお叶うことのなかった悲願でもあった。
 ロストナンバーであり続ける限り、時間だけは無限に近く与えられる。それの全てを書につぎ込んでも構わないと思い、事実そのように生き続けてきた祇十の書は、好事家と呼ばれる人々の間で長らく、今も愛されている。だが、祇十にとって他者からの評価なんてものは鼻紙ほどにも役に立たない。もちろん、評価がある所為で書が高値で売れ、それによって生活が成り立つ……書を書くための身体を保ち、筆や紙、墨を買えていることが分からない祇十ではないが、それを気にしだしたら書は薄く濁るだけだ。だから祇十は好きになときに好きなものだけを書き、気に入らないものはどんなに高値を積まれようが躊躇いなく破るか燃やすかしてみせる、自由奔放な子どものように書とつきあい日々を生きていた。



 ある日、いつも使っている好みの墨が尽きかけていることに気づいた祇十は、壱番世界日本で馴染みになったとある書道具店に足を運ぶ。ターミナルにも書道具店は無いことはなかったが、書道が教養として老若男女の間に親しまれているこの国の道具はやはり使い勝手がいいし何よりいつ行っても欲しいものがすぐに買える。ロストレイルに乗って訪れるだけの価値がある店だ。

 今日は墨を二箱ばかり買いだめする他に、筆も署名用の細いものの毛先がそろそろ開いてきたし、半紙もあればあっただけ使ってしまうからもう少し持っていたほうがいいだろう……そんな風に色々と買い込み、長らく通ってすっかり友人のように接してくれる店主といくらか世間話をして、それだけで帰るつもりだったのだが。

 会計を済ませてふと、古いレジのすぐ傍の壁に貼られていた朱墨の書。前ここを訪れたときには貼られていなかったそれが、祇十の目にぐいと留まった。

「……おやっさん、あれは誰が書いたんだ?」
「ああ、あれはうちの息子の作だよ」
「息子……」

 還暦は超えているであろう店主の息子ならば、自分が覚醒したときの歳よりもまあ上ではあろう。そんな風に思いながら、見慣れない日本の漢字を祇十は食い入るように見つめる。


__なんて美しいんだ


 文字の意味合いが分かるのはロストナンバーの特権だったが、今はパスホルダーの力を介して頭に入ってくることすら祇十には邪魔に思えた。余計な情報の一切を取り払い、ただ、この書の美しさに耽溺したかった。

”年年歳歳花相似
歳歳年年人不同”

 人の世のはかない移り変わりと、花の美しさの変わらなさを比較し吟じた、うつろいやすい人のありようを表現した簡素な詩であることは文字そのものから読み取ることが出来たが、この書にはそれ以上の力が籠もっているように感じられる。まるでこの書を残した者も、祇十のように書に法力を込めることが出来るのではないかと思えるほどに。

 力強く大胆な筆致は筆の先が割れてしまうことなど構わずといった印象で、ところどころに二度書きの跡がみられる、書物としての技術は稚拙としか言い様がないそれだったが、何故か祇十はこの書から目が離せない。
 この詩は字面だけを見れば、変わらぬ花の美しさを讃えながら変わりやすい人の弱さ、はかなさを嘆いたものだといえる。祇十の故郷にも似たような漢詩があるからそのように理解が出来るのだろうが、この書からはもっと、明るい開き直りのようなものが備わっている。
 たとえば……人はうつろいやすく儚いが、変われるからこそ美しい。花は毎年同じ季節に同じ花を咲かせるが、必ず去年と同じ花とは限らない。ひとつが生まれればひとつが消えるのと同じように、代替わりした花は生き残るためにより美しく、より魅力的な芳香を放ち咲き誇る姿こそが尊い……そんなメッセージを伝えているように思う。元々の漢詩の内容からはおよそかけ離れてはいたが、違和感や不快感はいっさい感じさせない。

「なぁ、こいつは息子さんがいくつん時に書いたんだ?」
「あれは……そうだな、十三か十四か、それくらいの時分だったはずだ。あいつは十五の誕生日を迎える前に、逝っちまったからな」

 前向きが過ぎて何かに達観したようなこの書を、覚醒したときよりはるかに若い少年が書き残した。その事実を知り、祇十の心に震えが走った。誰が書いた、何を思って書いた、そんな先入観は持つべきではないと知っているのに。

 祇十はそれ以上、その書について何も言えなかった。



 届いて、いない。
 昼間見たあの書物に。

 その事実が、いつまでも心に残っていた。
 比べることは無意味で、自分は自分がよいと思うものだけを書き残したいだけと分かっていても。

 何故、あの書は自分の心を捕らえて話さなかったのか。
 ある種の覚悟を込めたような、全てを受け入れて開き直り笑ってみせたようなあの書は、命の刻限に迫らなければ書き残すことが出来ないのか。ならば、ロストナンバーとして永遠のような長い時間研鑽を積んだ自分は何だったのか……これまでの努力や歩んできた道をいっぺんに否定するような衝撃を持った書との出会い。それは純粋に、自分の心を奮い立たせた。あんな風に書きたい、今すぐに。

 そしてふと、思い出す。
 自分がロストナンバーとして覚醒し、この街の暮らしにもだいぶ慣れた頃に見た白昼夢のことを。

 酒に酔って見たにしてはやけにはっきりとした白昼夢だった。
 見覚えのある故郷の風景、そのなかにあって異質だった黴臭い牢の、奥の奥。
 生命の最後の炎を燃やし尽くさんと、禁忌の字に挑んでいた罪人の背中。

 あれは紛れも無く、自分だった。
 ロストナンバーとして覚醒しなければ辿っていたであろう未来、それを指し示されていたのかもしれない。
 だが、自分はこうして生き続けここに在る。そのことに意味を与えるのは自分しかいない。

 あの白昼夢で見た壁の書は、禁忌……呪字が呪字として存在する理由を綺麗に洗い流し、ただ在ることを許されたひとつの文字として、それまで故郷の書道師たちが忌み嫌い避け続けてきた負の気全てを引き受け飲み込んだような美しさがあった。
 あの文字を書いた自分は、己の書であることを示す為にてのひらで印を残したのち、すぐに事切れた。文字通り、高みに至った書を遺していったのだ。あれと同じものを、今の自分……気が遠くなるほどの時間を書に費やした自分には、果たして書けるのだろうか。この長い永い時間は、本当に己と、己の書を高みに連れて行ったのだろうか。そんな素朴な疑問が、今日見た書によって引き出される。

「…………よっしゃ」

 書こう。
 そう思い立ってから、目の前に紙をひくまでは早かった。

 だが。


__書けねェ……!?


 恐れ。
 筆を手にとった瞬間、背筋にぞくりと走る寒気は決して、呪字に対する畏れではない。

 字を書くことが怖い。
 生まれて初めての感覚だった。

 同時に、今から書くものが駄作であると分かってしまう瞬間。
 これも初めての経験だ。

 壱番世界の書道具店で。白昼夢の記憶の中で。
 自分は、生命の刻限、その淵で光り輝く純粋な美しさに触れた。
 あれらはロストナンバーとして死を免れ、研鑽とうそぶいた逃げの時間を手に入れた自分にはもう、書くことの出来ない美しさなのではないか、永らえた生命と引き換えに、目指すべき高みも失ってしまったのではないか、そんな恐れが手を止める。

 書ければ、それでよかった。
 その純粋な思いはいつの間にか、叢雲の月のようにその姿を隠していた。



 どう足搔いても紙に墨を落とすことが出来ず、祇十は筆を置き外の空気を吸いに出た。
 住んでいるチェンバーを出て、昼夜も季節感も無いターミナルの街並みをただ歩く。

 変化らしい変化の無いこの光景は、今日見た書に言わせれば「年年歳歳花相似」の境地と同じなのだろうか。
 それは人が時折望む、永遠と同じ意味なのだろうか?

 永遠。祇十は永遠にも等しい時間を手に入れ、自らの刻限を定めずただひたすら書に没頭した。
 だがその道程で得られたものは、今日見た書の美しさに全て否定されてしまったような気がした。

 永遠とは、何なのか。
 目指していたはずの高みは霧に隠れたように朧気だ。
 高みなど最初から存在していなくて、どこにも辿り着かない、道のみの道をひたすら歩くのが永遠と呼べるのだろうか?

「……そんな訳ねぇ」

 白昼夢の中の祇十は、挑み続けた果てに自らの高みを越えた。
 書道具店の息子は、若くして散るさだめの生命と向き合いながら人の世の美しさを愛した。
 ふたりには、越えるべき壁が厳然とそびえていたのだ。

 どこにもたどり着けない道のみの道と思っていたそれは、たどり着きたい高み……越えるべき壁をそれと知らずに歩み続けていただけだったのかもしれない。

 己の目指すべき場所、たどり着くべき高みは、必ず在る。必ず、祇十を待ち続けている。
 前ではなく、上を向け。
 永遠も刻限もない、ただ目指すべきものだけをまっすぐに見るのだ。

 踵を返した祇十の目は、はるか高みを見据えて揚々と輝いた。


__書きてェ


 その思いだけが、永遠の時間を進める。

【永遠と刻限、四文字の狭間から 了】




【何でもない日のお茶会へようこそ】

 ターミナルのとある場所にひっそりと、その博物館は今も在る。
 中庭に植えられたみかんの木が目印のそこは、異世界からやってきた何でもない、だけど特別な品物を展示する場所だ。

「ふっふーん、ノラは今日もおしごとに精が出るのですー」

 博物館の館長……初代の館長だった枝折流杉から肩書きを引き継いだノラ・グースは展示ケースを磨いたり、新しくやってきた展示品のレイアウトに毎日余念がない。今日は新しくい世界からやってきたロストナンバーが、故郷の品物を探しにじっと展示品を眺めていたようだ。

「ふるさとのお品物だったら、おかえしするのですー。あるべきものはあるべき場所に返すのも、館長のおしごとなのです」

 集めた品物をいたずらに展示するだけではなく、本来の持ち主や、縁のある者が現れたらそこへ正しく返してやる。初代館長の流杉はそのために博物館を設立したのだという。
 かつては展示ケースに収まりきらず、展示待ちの品物も多い状態が続いていたが、ワールズエンドステーションへの路線が見つかり世界群の発見に一定の技術が確立されて以来、品物たちは少しずつ少しずつ、持ち主や縁を見つけて博物館を去って行った。

 そんな博物館には他にも大事な仕事がひとつある、それは定期的に開かれるノラのお茶会だ。
 毎月二回、博物館に勤めるメンバーがめいめい好きに友人を呼ぶ他、ノラが博物館に展示された品物を譲り受けたい人々を招きゆっくりと話をする機会となっている。

 みかんの木が植えられた中庭に白いテーブルを出して、クロスを引いて。ハローズで買ったクッキーにスコーンにサンドイッチ、そしてとびっきりの美味しいお茶を用意して。

「ノラくん、ご招待ありがとう。お邪魔しちゃうわねー」
「ルティさーん! ようこそなのですー!」

 今日のお茶会でノラが招待したのは世界司書のルティ・シディ。この日のお茶はブルーインブルーから取り寄せたちょっと特別なものだから。

「レイラさんから素敵なお茶が届いたのです! ルティさんに是非めしあがっていただきたいのです」

 近況を綴った手紙と共に届けられたそれは、ブルーインブルーの名産であるシュシュの花の香りがついたフレバーティーだった。茶葉の缶を開ければ、甘く優しいシュシュの香りと紅茶葉の複雑で芳醇な香りがふんわりと中庭に漂う。

「今日のお茶会もノラ的にはパーフェクトなよかんなのです―!」



 今日はノラがお茶を用意して、招かれたルティがチーズケーキとバニラクッキーを焼いて、ちょっぴり豪華なお茶会になったようで、皆の話は弾む。結婚式を挙げたレイラの話や、博物館に新しくやってきたモノの話、そろそろみかんの木が実をつけそうだとか、何でもないけれど大切な時間が流れる。

「あー、すっかり話し込んじゃったわね。美味しいお茶、ごちそうさま」
「こちらこそなのですー、ケーキとクッキーはぜひまたいただきたいのです」

 パーフェクトなお茶会は後片付けまでパーフェクトに行ってこそ、というノラの持論で、後片付けはいつもノラの役目だ。三々五々お客も帰り、博物館のメンバーも皆それぞれの仕事に戻っていって、後に残ったのはノラとルティだけ。お茶のお礼にルティも紅茶のカップとポットの片付けを手伝っている。

「このカップ、すっごく可愛かったわね。猫のシルエット!」
「ノラじまんの一品なのです! レイラさんのおみせでかしこくお買い上げーしたのです」
「あら」

 思いがけず出てきた名前に、二人ともにっこり目を細める。空っぽのときはただのいびつな形だったカップに、紅茶が注がれて猫の横顔が浮かぶ光景は、特別な日のお茶会にたしかにぴったりだ。レイラもにくいものを選んだものである。

「カップにはいつでも紅茶をまんたんにしてるのです、ノラがいつでもここにいるのといっしょなのです」

 もちろん依頼や買い物でお出かけしたりもしますが、と添えて、ノラは寂しさの無い瞳で続けた。

「いっしょにいれば、嬉しいことや楽しいことは二倍なのです。さみしいことは、はんぶんこなのです」

 博物館から少しずつ減っていくモノたち。だがそこには、探し求めていた品物と出会えたお客の喜びがある。

「だからいつか博物館がからっぽになっても、二倍にした嬉しさがたーくさんつまってるのです。品物がなくなっていく寂しさはみんなではんぶんこだから、ちっともかなしくないのです」

 いつか、博物館は何も展示しない日が来るのかもしれない。
 それでもノラはここに居続けると誓った。
 誰のためでもなく、自分のために。

「博物館は、来る者拒まずなのです。ご用のあるときも、ないときも、いつだってウェルカムなのです」

 そこにノラが居れば、誰が来ようと「ただいま」が言える。ノラは「おかえり」が言える。

「だから、もし……ノラがおでかけしてたら、どなたか、ノラに言ってほしいのです」


__おかえり、と


「やーね、そんなのあたしがいつでも言ってあげるのに」
「ほんとなのです?」
「ホントよ? ちゃんと依頼を請けて報告書を出してくれたらね!」
「ビジネスらいくなのですー!?」

 おはよう、おやすみ、行ってらっしゃい、行ってきます。
 ただいま、おかえりなさい。
 こんにちは、また来たよ、ようこそ、ごきげんよう、また会いましょう。

 毎日の何でもない、だけど特別な挨拶には、目に映らないたくさんの「Welcome!」が詰まっている。



 ふっふーん、博物館は今日も大盛況、館長のノラはぜっこうちょうーなのです。
 こんな日にお茶会を開けるなんて、ノラはしあわせものなのです。

 ……おや、あなたはあたらしいお客さんなのです?
 博物館のお茶会へ、ようこそなのです。
 ノラはノラっていうのです、きっとあなたの新しいおともだちになれるかもしれないのです。

 ささ、どうぞなのです。
 今日のお茶会もとびっきりめもりあるーでぱーふぇくと! な予感がするのですー。

【何でもない日のお茶会へようこそ 了】




【五分咲きの蕾はひなたを向いて】

 ロストレイル北極星号が無事帰還し、ティリクティアの出身世界探しはいよいよ本格的な進展を見せることになる。自ら足繁くワールズエンドステーションに通い、自分自身の成果ではないにしろ様々な世界群を見つけたティリクティアは、何度目かの渡航でようやく自らの故郷を見つけ出すことに成功した。
 ワールズエンドステーションに通い始めてから半年ほどで見つかったそれは、出身世界に帰ることを望んでいる者たちの中では比較的早い発見だったようだ。発見から二度の現地調査により、生態系や言語文化、宗教などの特徴がティリクティアの申告していたものと一致したことが確認されたため、晴れてティリクティアは故郷への片道切符を手にすることとなったのである。

 だが、ターミナルに来てそれなりに時間が経っているティリクティアが帰るともなれば準備にも相当の時間が必要になる。何よりも友人の数が多く、彼ら彼女らに挨拶をして回るだけでも相当な日数が要るのだ。

「アリッサ、今までありがとう。私、あなたと友人になれて本当によかった」
「私こそ! 故郷に帰っても、ターミナルのこと忘れないでね」

 いつか、ここではないどこかへの手紙を飛ばしたときに皆でお茶をしたオープンカフェ。その丸テーブルを挟んで、ティリクティアとアリッサは明日の別れを惜しむ。

「明日見送りには行けないけれど、帰属がかないそうになったら司書さんに教えてもらうね」
「ええ、その時は手紙を託すわ! ……挨拶した人皆に書かなくちゃね?」

 既に荷造りは終わっているが、最後に余ったナレッジキューブは全部レターセットに変えて持って行こうと誓うティリクティアであった。

「そうと決まったら、もう行かなくちゃ。アリッサ、元気でね」
「うん、気をつけて!」



 明日が、ティリクティアの出立の日。諸々の手続きも全て終わっているし、荷造りもあとは便箋と封筒を買い込めばおしまい。忙しい準備の合間を縫って友人たちへの挨拶もほとんど済ませた。残っているのは……。

「いらっしゃいませ! あ……ティアちゃん!」
「サシャ、こんにちは。……来ちゃったわ」

 画廊街の一等地にある路面店、仕立屋サティ・ディル。その女主人で仕立屋、ティリクティアの無二の友人サシャ・エルガシャが、意外な来客にぱっと顔をほころばせた。

「明日出発だったよね? いいの? 忙しいんじゃない?」
「ええ、もう準備は出来ているの。最後に……サシャに挨拶がしたくて」

 だから来ちゃったと、ティリクティアは手土産の籠を持っていたずらっぽく笑う。それならばと、サシャも閉店の準備を早めて表の扉に【Closed】の看板をかけた。

 さあ、最後のガールズトークが始まる。



「はい、紅茶だよ。急だったからいつものアッサムだけど」
「ふふ、最後にいつものお茶ってとっても素敵だと思うわ。ありがとう、サシャ!」

 応接テーブルに大きな紅茶のポットが一つ、カップはふたつ。ティリクティアが持ってきたレモンクッキーを真ん中の籠に山盛りにして、お喋りのスタートだ。

「実はね、サシャに受け取って欲しいものがあるの」
「なあに?」

 ティリクティアはサシャにことわって一度席を立ち、手土産の他に引いていた小さなキャリーケースに手をかける。開かれたそれにはティリクティアがこの街で買った、色柄ものの洋服たち。

「白い服しか持っていけないから……サシャに差し上げたいと思って」
「いいの? うわぁ、嬉しい! どれもすっごくおしゃれだから、勉強になるよ!」

 ふたりは身長も体型も違うから着こなすわけにはいかないが、仕立て直してトルソーに着せたり、古着としてリメイクをしてもいい。よく見れば、ティリクティアがいつも好んで着ていたクリーム色とライトブラウンのワンピースのように見覚えのあるものも多い。思いがけずもらった、思い出の詰まった服たち。嬉しくないわけがない。

「お洗濯はちゃんとしてあるから、心配しないでね!」
「わかってるよ、アイロンもちゃんとあててあるし」

 受け取ってもらえてほっとしたのか、ティリクティアはやっと笑ってクッキーに手を伸ばす。

「このワンピースはリメイクしてショーウィンドウに飾ってもいい? ティアちゃんっていえばこのワンピースだったから、ずっと見ていたいな」
「ええ、サシャの好きなようにして頂戴。仕立屋さんのお役に立てるなら嬉しいわ」

 自分の代わりにサシャをしっかりと見守っていて、そんな願いを込めながら、ティリクティアはワンピースの袖をそっと撫でた。もう会うことの出来ない、大事な、大事な友だちを。

「(もう、またねって言えないんだわ)」

 サシャは、ロストメモリーとなってこの0世界の住人になった。いつでも会いに行ける身軽なロストナンバーではもうないのだ。それを思うとティリクティアの涙腺はゆるみそうになるが、ぐっとこらえて笑顔を作る。

 別れに涙はふさわしくない。
 最後の思い出には笑顔の自分を残していきたい。

「……ティアちゃん?」

 でも、伝えなきゃ。
 どんな顔になっても、これだけは。

「サシャ」

 ティリクティアの瞳が輝いたのは、涙のせいだけではないだろう。

「私、サシャに会えて楽しかったわ。色んなことを一緒に出来て、たくさんたくさん思い出を作れた」
「……ワタシもだよ」
「もう……」

 言わなくちゃ。
 でも、この言葉を言えば絶対に泣いてしまう。

「もう、会えなく、なる、けど……っ! 私、サシャのこと忘れないわ。絶対に」
「ティアちゃん……!」

 やっとの思いで吐き出した言葉は、やはり涙に濡れていた。
 泣きたくなかった、最後まで笑って、楽しい思い出だけをあげて別れたかった。
 でもそれが出来るほど、ティリクティアはまだ大人じゃない。

 思わず席を立ち、ティリクティアはサシャにぎゅっと抱きついた。
 伝わるぬくもりも、もう本当に最後。

「サシャ、うんと幸せになってね」
「うん」
「旦那さんとラブラブでね」
「うん、ティアちゃんも王太子様とお幸せにね」
「帰属出来そうになったら、お手紙書くわね」
「うん、司書さんにお願いしてワタシも書くよ」
「仕立ててもらった服、大事にするわ」
「うん。サイズが合わなくなるまで着倒しちゃってね」

 溢れる涙を拭いもせず、伝えたいことをゆっくりと声に出して。
 目はこすったらダメ、腫れた瞳で人前に出るなんてもってのほかなのだから。
 サシャはティリクティアの涙に構わず、ティリクティアの頭を優しく撫でながら、ただじっとティリクティアの言葉に耳を傾けていた。



「落ち着いた?」
「ええ。……みっともないところ見せちゃったわ」

 涙が止まったのを見計らって、サシャが冷たいおしぼりをティリクティアに用意する。ぎゅっと閉じていたまぶたにおしぼりを載せると、熱い涙の塊がここちよくとけて霧散していくような心持ちになる。

「みっともなくなんかないよ、すっごく嬉しかったもの」

 涙のぶんだけ自分を思っていてくれたこと。
 それを最後に見せてくれたことが嬉しいと、サシャは笑った。

「……そうね、そうよ! 私、サシャのことがうんと好きよ」
「ワタシも、ティアちゃんのことが大好き」

 真っ赤な目元を隠そうともせず、それでも満面の笑顔を見せて、ティリクティアは最後の言葉を選ぶ。

「さよなら、サシャ。何度だって言うけど、あなたに会えて本当によかった」
「ばいばい、ティアちゃん。……大好きだよ。元気でね!」



 明けて、翌朝。
 ティリクティアは誰も居ないホームからロストレイル乙女座号に乗り込み、ターミナルを後にした。

 仕立屋サティ・ディルの記念すべき第一号の服を着て、コンパートメントの窓際に座るティリクティア。揃いの靴に、ブルーローズのコサージュをつけたリボンベルトも忘れずに。ティリクティアはもう、ターミナルのおてんば姫から故郷を率いる巫女姫の顔になっていた。

「ロストレイル乙女座号が出発いたします、お見送りのお客様は白線の内側にお下がりください」


__さよなら、サシャ

__さよなら、みんな


 かたん、と動き始めたロストレイル。
 速度をつけるための線路から離れ、少しずつ、少しずつ上昇していく。
 みるみる変わっていく車窓の外の風景。

 もう、たくさんたくさん振り返ったのに。
 涙は昨日、サシャの前で出し尽くしたのに。

「…………!」

 この気持ちを、この涙を、惜別と呼ばずに何と呼ぼう。
 巫女姫はターミナルの行く末を、友人たちの歩む道を祝福するかのように、どんなに涙が溢れても、車窓の外から決して目をそらさなかった。

「…………さようなら」

 ロストレイルはやがてターミナルを抜け、ティリクティアの故郷である異世界に旅立つべくディラックの空へと突入する。

 さよならは言った。
 見ていいのは、もう、前だけだ。

【五分咲きの蕾はひなたを向いて 了】




【持たざる者の両手に有り余るほどの愛を】

 ロナルド・バロウズたち……悪魔の為の楽団、彼らの出身世界は存外早くに発見された。ロナルドやルサンチマンのように、そこから来た者が少なくなかったせいでもあるが、人の世のあらゆる職能を愛し、中には芸術を解する悪魔もいるという特殊性(神や悪魔の存在自体は特に珍しいものでもなかったが、担当の世界司書がそれをいたく気に入って世界の検索に力を入れたそうだ)も世界の発見を早めたといえる。
 だが、当のロナルドと……そしてルサンチマンは身軽なロストナンバーであることを選び、そのままターミナルを定の宿としていた。

「こないだインヤンガイに演奏旅行に行ったんだけどさぁ」
「もしかしてまた新人さん? 何で導きの書より早いわけー?」

 ロナルドはかつて自らを支配していた悪魔がそうしていたように、音楽を愛するロストナンバーたちに積極的に声をかけ、ターミナルでちょっとした楽団を結成した。楽団とはいえジャンルに垣根などなく、昨日はピアニストを連れてきたかと思えば今日は三味線奏者、またある時はオルタナティブロックを得意とするベーシストなどなど、闇鍋もびっくりの集団になりつつある。だが彼らの音楽はいつだって、美しい。

 ターミナルでは気が向けばその場で演奏会を始めおひねりをせしめてみたり、楽団の福利厚生のためと言いつつ異世界へ演奏旅行に行っては覚醒したてのロストナンバーを見つけてきたりと、破天荒なようでいて愛に溢れた暮らしを送っているらしい。

 今日も仕事を取られ、いっそ世界司書になっちゃいなさいよとからかうルティにロナルドはウインクひとつ。

「おじさん宮仕えは向いてないんだなぁ、デートのお誘いだったら断らないよ」
「誰とのデートとおっしゃいましたか?」

 先回り仕事の報酬をちゃっかり受け取り、ルティの司書室を後にするロナルドを待っていたのはジャマダハルのつめたーーーい感触。研ぎ澄まされた刃のこすれあう音も加わって恐怖感は最初から頂点である。

「ルサ? これは大人の社交辞令ってやつでね、ほら、その、ね?」
「私の辞書によれば今のは”余計な一言”の範疇に含まれる言葉と解釈しますが。何か他に言いたいことは?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいいいい!!!!」

 ロナルドとルサンチマンは概ね……こういう関係性のようである。



 悪魔同士も人同士も、無条件に一枚岩でいられるわけではない。
 互いに、利害の一致があるだけだ。

 だが、それでは寂しいと思う心もまた、人と悪魔は持ち合わせている。
 何せ、彼らの世界の悪魔は芸術を解するのだから。

 その心は、利害の一致でいびつに合わさった悪魔と人の関係に小さな亀裂を入れた。
 ばらばらに分かれた自我たちはそれぞれが惹き合う者同士で再び強く、強く繋がり合う。


__型抜きクッキーの作り方はとっても簡単

__卵、砂糖、バターに小麦粉

__お好みでバニラオイルやレモンの皮を入れてもいいね


 卵は卵の、砂糖は砂糖の、バターはバターの生き方を全うしようとして、せめて心は悪魔のものになるまいとして、結局は型抜きクッキーになってしまったけれど。

「花びら、星形、三日月型。好きな型でクッキーの型を抜いていって、余った生地はまた捏ねて伸ばして抜いてさ。そうしたら、最後の最後にちんまり余るでしょ。……俺にはそれが、ハートの形に見えたんだよ」

 型で抜かれなかったハートのクッキー、その名は。

「ルサ」



「いらっしゃいませ、アガピス・ピアティカへようこそ……あら?」

 今日の二人の行き先は、ブルーインブルー・アヴァロッタ。
 いつもは楽団の皆を引き連れて賑やかにやって来るはずだけど。

 小さな旅行鞄とバイオリンケースを片手にやってきたロナルドとルサンチマンの姿を遠目に見つけた、アヴァロッタのちいさなカフェバル「アガピス・ピアティカ」の主レイラは、ブルーインブルーらしからぬ二人の雰囲気を察してなつかしそうに目を細めた。

「ターミナルからのお客様ですね、こんにちは。どなたかのご紹介ですか?」
「紹介……強いて言えば、氏家ミチルと有馬春臣の紹介かな?」
「まあ、お二人のお友達なんですね。ようこそいらっしゃいました、その節は大変お世話になってしまって」
「その言葉はこちらのものですよ」
「?」

 照れ混じりにルサンチマンが言った言葉の意味をはかりかねて首をかしげるレイラに、ターミナルのアガピス・ピアティカで、レイラが選んでミチルと春臣が買っていった竹の食器はルサンチマンの為のものだったとロナルドが種明かしをすれば、レイラはぱっと瞳を輝かせる。

「皆の分も揃えてくださったことがとても嬉しかったのを覚えています、今も大事に使っていますよ」
「よかった、洗ってすぐに乾かせばうんと長持ちする素材だから、是非皆で仲良く使ってあげてくださいね」
「ええ」

 皆で、仲良く。その言葉に、ルサンチマンは素直な笑顔で頷く。

「お礼になるか分かりませんが、受け取っていただけますか? 異世界からの仕入れの手伝いが出来ればと思って」

 ルサンチマンが肩掛け鞄から取り出したのは、ふたりが演奏旅行に行った先で見つけた個性的な食器や雑貨の目録だ。レイラがうんと言えばすぐにでも仕入れてくる用意が出来ているという。

「それと……こちらは、個人的にあなたへ」

 次は、寄木細工で作られた大ぶりのサラダボウル。様々な木の素材がなだらかで美しいボーダー柄を作り出している。それはまるで、三人の魂が撚り合わされて出来たルサンチマンの魂のようだ。とけあい、結びつき、そうして出来た己を受け入れたみたいじゃないかと、ロナルドは隣で目を細めた。

「ありがとう、大事にします。……ううん、大事に使います!」

 心からの喜びを笑顔にあらわしたレイラを見て、ルサンチマンの心もまた喜びに満たされる。

「代わりに悪いんだけど、ひとつ頼まれてくれない? そうだな……紅茶を淹れるカップがいい。ちょっと野暮用でさ」
「ああ。私のことはお気になさらず、ええ。私も一切気にしませんから」
「ルサはまたそう言う」

 聞けば、ロナルドの故郷にいる幼なじみの女性。今こうしてふたりが寄り添い幸せにしているのを、彼女も願ってくれた。それに報いたい、礼をしたいとロナルドは若干ばつが悪そうに微笑んだ。一歩引いてロナルドの相談を見守るルサンチマンに負の表情は見えない、分かっていてわざと子どもじみたやきもちのフリをしてみせているだけだろう。それは肉料理にはスパイスが欠かせないのと少し、似ている。

「ふふ、ちょっぴり複雑なご事情はわかりました。……ルサちゃんさん、一緒に選びましょう?」
「私が……ですか?」
「はい。きっとあなたにとっても大切な人でしょう?」

 幸せを願ってくれたひとに、とびきりの感謝を伝えたい。
 今が幸せだよと胸を張りたい。
 それなら、今愛する人を紹介かのするように、彼女に贈り物を選んでもらう。それはきっといい方法だ。

「紅茶のカップですか……紅茶は、オレンジを厚く輪切りにしたものを一緒に入れるのが好みです」
「じゃあ、口が広くて底が浅いもののほうがいいですね。細かい茶葉で濃い目に淹れたら色も綺麗だしオレンジに負けない美味しい紅茶になるわ」
「そう召し上がっていただけるように、手紙を書かなくてはいけませんね」
「そうね、素敵! ……なんだか心配要らないみたいですね?」



 好きな人の笑顔を見たい、喜ばせたい。
 そう思えるようになったのは、心が心として脈を打ち始めたのは、彼がその心を掬ってくれたから。

 自分の心で、自分の眼で見る世界はこんなにも美しい。
 音楽も、夕陽に染まる水面も、レイラの淹れてくれた珈琲も、ロナルドの手のぬくもりも。

「賭けは貴方の勝ちのようですね」

 夜は明けた。
 もう、胸の日が沈むことはない。



 ルサの一挙手一投足が、いとおしい。
 彼女自身がまるでひとつの完成された音楽のよう。

 その美しさは、わかりやすいのに難解だ。
 聴く者すべての心を掴んで離さないのに、弾きこなすことは誰にも出来ない。

 今は自分だけに、美しさの奥にあるほんものの心を開いてくれる。
 突き刺さるように無垢な愛情はいつか、自分よりも深い愛情を知って離れていくかもしれない。
 だがそれでもかまわないと思える。
 わがままでその美しさを損なうことはしたくない。

「君は自由だ」

 ひとりの人間になった君を、愛している。



「自由?」
「ああ、何処にだって行ける。ここではない何処かにさ」

「……私に飽いたのですか?」
「君に? まさか」

「おっしゃる通り、私は自由です。もし、此処ではない何処かへ行くのなら」

 ルサンチマンがロナルドの指をきゅっと握る。
 行くなら、こうして。

「ああ。……嗚呼」
「……ロナルド?」

「ごめん、本当は離したくなんかない。君がよければすぐにでも鳥籠に閉じ込めてしまいたいくらいだ」

 ふたりの距離は、限りなくゼロに近づいて。
 伝わり合う鼓動が、ふたりにしか聴こえない音楽を奏で出す。

【持たざる者の両手に有り余るほどの愛を 了】




【人魚の嫁入り】

「結婚!? ……早くねぇ?」
「……あたしにそんなこと言われたって困るんだけど、パパさん?」

 ロストレイル北極星号が帰還してから一年ほど経ったある日、ブルーインブルーのレイラから届いた手紙。それを鰍の目の前でひらひらと見せびらかすしたり顔のルティは、ふたりの間の事情をわりと誰よりも知っている一人である。

「まぁ壱番世界あたりじゃもうちょっとおつきあいを続けてからって思うんでしょうけどねー、ギルバート君も意外といい歳だっていうじゃない? ……どこ行くの?」
「……俺は今なら壱番世界の頑固親父と呼ばれても構わない」
「はいはい、ブルーインブルーね。行ってらっしゃーい」



 ブルーインブルー、アヴァロッタ。季節はちょうど短い冬が終わり、新しい花の蕾がほころびかける頃。定期船の乗り場を出て東に向かう街道を10分ほど歩き、海がよく見える開けたところにあの緑色のオーニングはある。アガピス・ピアティカ、レイラの新しい城だ。

「あ、鰍さん。ルティさんへのお手紙、読みました?」
「おう、読んだ読んだ。おめでとう、ちょっと早い気もするけどな」

 ギルバートが居れば釘のひとつでも刺してやろうかと思う鰍であったが、どうにもレイラには甘いらしい。

「海の男はお嫁さんっていう錨を持って一人前、なのよ。ギルの受け売りだけど!」

 無邪気に笑うレイラの瞳に、不安や躊躇いの色はない。頭上に浮かんだブルーインブルーの真理数も安定した輝きを持っているように感じられる。この笑顔があるなら、もうこの街で幸せにやっていけるだろう。そう確信した鰍は、ギルバートにかけるはずだった文句の言葉を引っ込めて頷いた。

「こっちのやり方とかよくわかんねぇけど、式くらい挙げるんだろ?」
「はい、この街の花嫁さんは壱番世界みたいに白いドレスを着るの。一度だけ他の船乗りさんの結婚式にお邪魔したけど、街の人が入れ代わり立ち代わりで、通りすがりの人も参加するくらい賑やかなの。街のお祭りみたい」
「じゃあドレスは任せておけよ、とびっきりのやつを贈ってやる」

 咲き初めの花に先駆けて満ち開く笑顔に、ふさわしい門出の色を。



「…………そういうわけなんで、お前の故郷探しは一旦休憩させてくれねぇかな」
「是非も無い。……と言うより、甘えてしまってすまない。このような事情でなくとも、いつでも好きにしてくれて構わないよ」
「あー、そういうのはいんだよ! 俺の周り皆お前みたいな感じだしさ」

 鰍はかねてより故郷に帰る目的がはっきりしていたオペラの手伝いをしに、ワールズエンドステーションに足繁く通っては異世界の発見に没頭していたのだが、それは少しの間おやすみだ。申し訳無さそうに鰍が頭を下げるが、オペラはむしろここまでしてくれてありがたいのだからと笑って眉を下げた。

「レイラを祝うのは貴方にしか出来ないことなのだ、どうかそちらを優先してくれ」
「悪いな」
「……で、何故鰍がリリイ殿を訪ねるのだ?」
「そりゃぁお前……ドレスっていったらリリイだろ、どう考えても」

 ふたりが連れ立って訪れたのは『ジ・グローブ』。仕立屋のリリイ・ハムレットとレイラもまた少なからず縁が繋がっているし、祝福をくれる縁は多いほうがいいに決まっている。リリイもまた鰍の訪れと報せを心から歓迎した。

「まあ、ご結婚が決まったのね! 本当によかったわ、貴方も肩の荷が降りたのではなくて?」
「まぁな。それで、もし出来るなら……あいつにウェディングドレスを贈ってやりたいんだ」

 服の仕立て、しかも婚礼衣装というデリケートなものをいちから作るには、当然だが着る本人のサイズを細かく把握する必要がある。肌や髪の色、どんな場所・どんな季節にそれを着るか、骨格や顔の雰囲気で似合うドレスのラインも大きく異なってしまう。着る人間が目の前に居ないのでは難しい……普通の腕の仕立屋ならば。

「もし出来るなら……私を誰だとお思いになって依頼しているのかしら? ……ふふ、任せてちょうだい」

 かつてリリイがレイラの依頼でストールを作った際、肩幅の寸法をとったことがあるのだという。その時の目測から体型が変わっていないなら、造作も無いことだとリリイは自信たっぷりに頷いた。

「だから貴方に伝言をお願いするわ、当日まで絶対に体型を変えないでとね」


__絶対よ?


 有無をいわさぬ響きに、鰍は頷くのみだった。



「え、あたしも式に?」
「ああ、あんたとリリイに見せてやりたいんだ。……レイラも、会いたがってるだろうし」

 ドレスの手配だけでなく、ブルーインブルーで式の準備を手伝ったり、レイラが式のことで忙しい日はアガピス・ピアティカの店番を代わってやったりと、鰍の働きぶりはとどまるところを知らない。そんな中を縫って、鰍は司書ルティにブルーインブルー行きの提案を持ちかける。

「たまに司書も出かけられるロストレイルが出るだろ? アリッサに頼めば出してくれるんじゃねぇか?」
「んー……。お申し出はとっても嬉しいけど」

 ルティは淹れたての珈琲を一口すすり、鰍に優しく笑ってみせた。

「帰属した人には会わないって、決めてるの」

 鰍の言う通り、年越しの特別便で司書が異世界に出かけられる日もあるが、それすらもルティは参加したことが無いという。

「あたしが見送ったのはあの子だけじゃないわ。……意外と古株なのよ」

 何十人、何百人と、新しい旅の目的地を見つけて旅立った者に手を振った。ワールズエンドステーションの発見により、その数が増えるペースは少しずつ上がっている。

「今はまだロストナンバーの方が多いけど……いつかこの街は、あたしたちロストメモリー以外誰もいなくなる日が来るような気がするの」

 会ってしまえば、また会いたくなる。
 理を無視してでも、そんな思いを持ってしまうかもしれない。

「だから誰とも会わない。寂しく見えるでしょうけど、それがここに……ひとつの世界に住むってことなのよ」
「……そうか。無理言って悪いな」

 かつて居たのかもしれない、そんな風にルティから想うひとが。
 それでも旅人と住人の理を侵さない、それが司書としてのルティのささやかな矜持なのだろう。
 寂しげな呟きには、触れてはいけない心の色が見え隠れしていた。

「そういうわけだから、世界図書館からあなたに依頼でーす」
「?」

 一瞬の沈黙ののち、ルティがにっこりと笑ってブルーインブルー行きのチケットをさっと取り出した。

「ブルーインブルーの結婚式文化についての見学を行って詳細をレポートしてきてね、異世界発見もいいけど民俗研究ってすごく大事なんだから。はい、ちょうど来月ブルーインブルーのアヴァロッタで盛大な結婚式が行われるらしいから、招待客に混じってばっちり見届けてきてちょうだい! よろしくね」
「……素直じゃねぇなぁ」



 さて、鰍が準備に奔走している間にブルーインブルーの季節は夏を過ぎ、ドルチ・フェステ……シュシュの花祭も終わっていた。高く晴れ渡った初秋の空では一筋の雲が真昼の日差しを優しく和らげる。
 かねてよりレイラから直接招待状をもらっていた那智・B・インゲルハイムはいつものスリーピース・スーツに白銀色のアスコットタイを結び、いつもの花屋で紫のサルビアとセージをあしらった小さな花束を抱えてロストレイルから降り立った。


__最近、ペンステモンのお花はいいんですか?


 那智がよく通うターミナルの馴染みの花屋は、記憶力がいい。
 今日の花束をこの花でと注文したとき投げかけられた問いに、すぐには答えられない那智がいた。

 紫のサルビア、その花言葉は「尊敬」。



「那智さん! 来てくれたんですね」
「や、レイラさん。この度はおめでとう」

 式の準備が一段落し、今のうちにと軽食を摂っているのを見計らって、那智はレイラにサルビアの花束を手渡すべく顔を出す。蜂蜜レモンの水割りで唇を潤したレイラは心から嬉しそうに微笑んで、似合う? と言いたげに受け取った花束を胸元まで持ち上げた。

「結婚は人生の墓場というけど、その人はよほど相手に恵まれなかったんだろうねえ」
「? 何か言いましたか?」
「ん、幸せそうで何よりだって」

 はにかむレイラの横顔を見つめ、那智は己の心に生じたわずかな変化に少しだけ戸惑いを覚える。幸せそうに笑う人を今ここで壊したら……そんな風に思ってこっそりと愉しむ自分がどこにもいないことに。レイラの横に立つギルバートのやはり幸せそうな顔、たとえば彼を自分に置き換えるほど、自分についての幸福を想像しようとは思わない。だが、レイラが……彼女がこうして幸せそうに笑っているのは、純粋にいいことだと思える。

 那智にとって、ギルバートのことを話すレイラは、美しかった。花が似合う女性だと思った。そんな彼女を見ているのが楽しかったし、もっと見ていたくて彼女を壊そうという気にはならなかった。だが、それだけだろうか?


__幸せになってほしいというのは、こんな気分なのか


 自分で思うよりももう少し、好きだったのかもしれない。
 彼女が求める幸せを望むくらいには。

 ペンステモンの花言葉は、レイラの中ではギルバートに向かい、那智の中ではレイラに向かっている。
 そんな気付きすらも少し楽しくて、那智はレイラに渡した花束を、レイラの横顔……決して自分を見ることのない美しい横顔を、飽きることなく眺めていた。



「花婿行列が来るぞー!」

 魔除けの鈴の音を鳴らしながら、ギルバートと介添人たちの一行が歩き出す。花婿はこうして人々に顔を見せながら、さながら母港へ戻る船のように街を練り歩き花嫁のもとに向かうのだ。

「見世物みてぇで緊張するわ……」
「我慢しろよ、すぐに会えるぜ」
「ふたりならいいって問題じゃねーよ!」

 花婿行列に儀式めいた決まり事はあまり無いらしく、参列する者も通りすがりの者も皆めいめい好きに祝いの言葉をかけてゆく。鰍もギルバートの横に並びからかうように笑えば、ギルバートはようやくいつもの調子を取り戻したようで。

「今のうちに言っとくぞ、泣かすなよ」
「……お前は親父かよ」
「俺は本気だ」
「いーや、あいつを泣かしていいのは俺だけだね。……死んだ時だけな」

 それ以外の時は何があってもレイラを守るし、幸せにするつもりだ。そう言い切ったギルバートの横顔に、照れはなかった。

「よく言った。……お前なら大丈夫だな」

 花婿行列はまっすぐに進む、新たな旅路の道程石を置く瞬間に向かって。



「さて、お集まりの皆の衆! 今日ここに新たな夫婦が生まれるわけだが……ギルバート。俺はな、お前がこうして俺の目の黒いうちに嫁さんを貰う日が来るとは夢にも思っとらんかった。ちったぁ親方孝行って言葉を覚えたようで何よりだよ!」
「うるせえ親父! さっさと乾杯しろよ!」

 ギルドの親方が葡萄酒の盃を片手に、花嫁と花婿、そして集まった人々に向かって豪快な笑い声をあげる。相変わらず冗談を流せないギルバートの応酬に人々も笑いをこらえきれない。

「わっはっは! ……レイラ、こいつはこういう男だ。喧嘩っぱやくて、頑固で、目上を敬うなんてことが出来やしねぇ。だが物怖じせず、仕事は確かで、いいものはいい、悪いものは悪いとはっきり言える、そういう男でもある。お前さんも苦労するだろうが、大丈夫だ。俺たちはその何十倍も苦労してこいつを船乗りに育ててきたからな! だから、俺たちがギルバートを息子と思うように、レイラ。お前さんも俺たちの娘だと思ってる。こいつと結婚するってことは、俺たちと家族になるってことなんだ」
「…………はい!」

 リリイの仕立てたウェディングドレスが潮風に揺れ、時折陽の光を反射してやわらかに輝く。シルク地にシュシュの糸で波模様の刺繍を施したマーメイドラインのそれは、陸に上がった人魚のようだ。胸元を控えめに飾る千日紅のペンダント、その鮮やかなピンクが幸福の象徴のように色づいている。

「さぁ、年寄りの長ったらしい話はおしまいにしとこう。せっかくのメシが冷めちまう。皆、今日は大いに飲み、歌い、祝ってくれ。乾杯!」
「かんぱーい!!!」

 乾杯の合図に合わせて、那智はグラスごしに映った花嫁姿のレイラごと飲み干すように白ワインをぐっと呷った。おめでとう、もう会うことはない、誰かのものになったひと。

「……いい天気だ」

 ブルーインブルーの空は、那智には青すぎた。
 もう見ることも無いだろうと思うから寂しさを覚えるのか、それとも。
 いずれ行く予定の壱番世界は、こんな風に美しいのだろうか。

「レイラさん。……見届けたからもう行くよ、またいずれね」

 さよならといえばレイラはきっと哀しんでしまう。
 それが分かったことも、今のこの幸せな空気を壊したくないと思ったことも、那智にはひどく新鮮だった。

「あの……また遊びに来てくださいね」

 何かを察したレイラからの声に答える代わり、曖昧な微笑みを残して。
 長い年月のなかで訪れた心変わりの犯人に、那智は小さく手を振った。

 さよなら、陸に上がったニンフ。



「いやぁ……月並みだけど、綺麗なもんだな」
「リリイさんにドレスを縫ってもらえるなんて思わなかった、嬉しいです……」
「ターミナルで思いっきり自慢して来るよ、めちゃくちゃ綺麗だったってさ」

 花嫁花婿にお祝いの言葉をかける人々の列も落ち着いたところで、鰍がカットフルーツを適当に盛り合わせてギルバートとレイラの席に。挨拶に忙しくてろくに飲み食い出来ていないふたりにはありがたい救援だったようだ。

「幸せになれよ」
「もう幸せなのに?」
「バーカ、抜き打ちで見張りに来てやるぞ。……お前が婆ちゃんになってもな」

 それはつまり、鰍が鰍である限りロストナンバーを続けるというひそやかな意思表示。
 いつまでも見守られる子どもではないとレイラは言いかけるが、鰍はそういう人物だったとすぐに思い至り苦笑い。

「鰍さんの幸せがそこにあるなら、いつでも遊びに来てくださいね」
「ああ」

【人魚の嫁入り 了】





 世界は今日も、美しい。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『さよならの向こうで』お届けいたします。
ご参加、本当に本当にありがとうございました。
そして最後の最後までお届けが遅くなってしまい誠に申し訳もございません。
許された時間目一杯使って、力の限り書かせていただけたと思います。

旅はまだまだ続くのです。
その幸せをこうして最後に書き記すことが出来、ほんとうに幸せでした。
ありがとうございます。
公開日時2014-04-07(月) 21:20

 

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