オープニング

 ことん、とノックのような音がしモリーオが顔を上げるとアドが2枚の封筒を差し出していた。一つは未開封、もう一つは開封済みの封筒だ。
『手紙だぜ』
「わたしに?」
『おう、ジャンクヘヴン太守からだ。館長アリッサにも届いてな、内容が同じなら手続きをしてくれ、だと』
 モリーオは引き出しから小さめのシナモンスティックを取り出しアドの封筒と交換すると、封を開けた。二つの手紙に目を通し照らし合わせている間、かりかりと齧る音がする。
「……海神祭、もうそんな時期なのだね」
 世界図書館館長アリッサと世界司書モリーオ・ノルドの元に届けられたジャンクヘヴン太守バルトロメオから手紙、それは海神祭へのお誘いの手紙だった。内容は同じものだったが、館長アリッサだけでなくモリーオの元にも送られてきたのは彼が第2次ブルーインブルー特命派遣隊の隊長兼特派大使とし、太守との面会やレイナルド宰相の葬儀に参列したからだと察しはつく。
 世界図書館がジャンクヘヴンに齎したモノは余りに多く、大きなものだ。故に、今後の関係についてはまだ審議中だが、列強海賊ジェロームの驚異を払拭した事には大変感謝しており、せめて海神祭を楽しんでほしい、という事だ。末尾には都合が合えば今後の付き合いについての意見を参考に聞いてみたいとも書かれているが、海神祭の間に会えるかどうかは、不明だ。
『マメな人だよなァ。まだ宰相の代わりも見つかってないだろうに』
「ジェロームポリスの件も含めてまだまだ大変だろうにね……。館長は他に何か、いっていたかい?」
『祭りを放り投げてどうしても太守に会いたい、という人がいたら大使としてモリーオは同行してもいい、ってさ』
「わたしだけか」
『前回は慰安旅行だったからアリッサも俺たちも行けたけど、今回は列強海賊ジェロームを討伐したロストナンバーたちへのお礼だもの。司書が同行する必要はないわ、だと』
「旅団関係が賑やかな今、館長も身動きが取れない、か」
『そういうこった。宰相の葬儀にも参列できてないし、本当なら館長として行くべきだろうけれどもって。寂しそうに言ってたぜ。今頃、ウィリアムと手紙の文面でも考えてるだろうよ』
「ふむ……。では、わたしも行かないほうがいいだろうね」
『え、いかねぇの?』
「わたしが同行すれば太守は会おうとしてしまう。それではこうして手紙まで送ってくれた太守の好意に失礼だよ。ロストナンバー達には海神祭に遊びに行く依頼として出すべきじゃないかな。勿論、太守の希望は知らせるけれども」
 穏やかに言うとモリーオは手紙を封筒にしまい、必要な書類を探し始める。
『なんだぁ。行くならえび持って帰れっていおうとおもったのに』
「特派の時にもお土産を持って帰っただろう?」
『採れたてが食いてぇのー。モリーオは現地でカニ食ったからいいけどよー』
「贅沢を覚えてしまったね。届く食材でも十分美味しいんだから、いいじゃないか。はい」
 数枚の書類をくるくると丸め留め、モリーオはアドに差し出す。
『え?』
「これから手紙の返事を書かないといけないからね」
『ええええぇぇぇぇえ』
「頑張ればえびが届くんだから」
『……しょーがねぇなぁ。じゃぁこーそーやきな』
「香草焼き? えびの?」
『おう。あれはモリーオのが一番好きだ』
「はいはい。じゃ、これよろしく」



 海神祭のお知らせが提示され、多くの人が声をかけ合い、行くかどうかを相談しあう。難しい問題に頭を抱える必要のないお祭りのお知らせはいろんな人に笑顔をもたらした。
 花火に屋台に土鈴探し、食い倒れと海水浴と、確か遊覧船でのんびりクルーズもあったはずだ。一人でゆっくりもいいし、大人数で遊びに行ってもいい。二人っきりのデートだってできる。
 壱番世界の季節も夏、リフレッシュには丁度いい。
 きみは、行く?


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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号2043
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは、桐原です。ブルーインブルー海神祭へのお誘いにまいりました。
お祭りで楽しみましょうー


今回は注意事項がございます。

■「プレイングの最初」に基本行動を以下の選択肢から選び、【番号】をひとつだけ書くようお願いいたします。

■一部、プレイングによっては描写がされないことがあります。

■デート等、特定の方と行動を共にする場合はお相手のお名前を必ずお書きください。

■前回の【海神祭】と違い館長アリッサ、世界司書たちは同行いたしません。

基本行動はこちらからお選びください。

【1】露店で買い物を楽しむ

【2】屋台で食い倒れる

【3】海辺で静かに過ごす

【4】遊覧船でクルーズ

【5】海水浴


 こちらの二つは特に描写されない可能性があります。

【6】太守に謁見する

【7】その他、他にやりたいことをやる



 一般的なお祭りにあるものはだいたいある、と思ってください。



それでは、お祭りに遊びに行きましょう。 

そいやっさー!

参加者
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
チャン(cdtu4759)コンダクター 男 27歳 ホストクラブ&雀荘経営者
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
ベヘル・ボッラ(cfsr2890)ツーリスト 女 14歳 音楽家
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
カンタレラ(cryt9397)ロストメモリー 女 29歳 妖精郷、妖精郷内の孤児院の管理人
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
ハイユ・ティップラル(cxda9871)ツーリスト 女 26歳 メイド
No.8(cxhs1345)ツーリスト 女 17歳 スキュラの偵察兵
ヴィンセント・コール(cups1688)コンダクター 男 32歳 代理人(エージェント)兼秘書。
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
クージョン・アルパーク(cepv6285)ロストメモリー 男 20歳 吟遊創造家→妖精卿の教師
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
古城 蒔也(crhn3859)ツーリスト 男 28歳 壊し屋
一二 千志(chtc5161)ツーリスト 男 24歳 賞金稼ぎ/職業探偵
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生
ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)コンダクター 男 35歳 ミュージシャン
深山 馨(cfhh2316)コンダクター 男 41歳 サックス奏者/ジャズバー店主
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
テューレンス・フェルヴァルト(crse5647)ツーリスト その他 13歳 音を探し求める者
舞原 絵奈(csss4616)ツーリスト 女 16歳 半人前除霊師
アルド・ヴェルクアベル(cynd7157)ツーリスト 男 15歳 幻術士
飛天 鴉刃(cyfa4789)ツーリスト 女 23歳 龍人のアサシン
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
業塵(ctna3382)ツーリスト 男 38歳 物の怪
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
臼木 桂花(catn1774)コンダクター 女 29歳 元OL
リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒
エレナ(czrm2639)ツーリスト 女 9歳 探偵
音成 梓(camd1904)コンダクター 男 24歳 歌うウェイター
ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン
夕篠 真千流(casw8398)ツーリスト 女 17歳 人間
南雲 マリア(cydb7578)ツーリスト 女 16歳 女子高生
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
北斗(cymp6222)ツーリスト 男 22歳 トド
幸せの魔女(cyxm2318)ツーリスト 女 17歳 魔女

ノベル

 今日会える保証は全くない。それでも太守に謁見したいというのか? せっかくの海神祭を棒に振っても?
 何度もそう問われ、一はその度に頷く。最終的に通された部屋は見覚えのある部屋だが、はっきりと思い出せないでいた。ため息混じりにソファに体を鎮めた一が祭りの喧騒を遠くに聞きながら外を眺めていると、扉が開かれる。数刻の間に一人、また一人と太守謁見を望む仲間が集まっていく。一、古城、深山、エレナ。そして……、最後の一人が扉を開けこう言い放つ。
「ごきげんよう、私の名前は幸せの魔女。もし今後彼が私達に、強いては私に幸福を齎すのであれば、私は彼に会う事が出来るわ。その前に、小さな幸せのお裾分けをいただこうかしら?」
 優雅にドレスの裾を持ち上げ挨拶をした魔女は小さな探偵に微笑む。
「イカ焼きでいーい?」
 にっこりと笑ったエレナは皆にほかほかのイカ焼きを手渡した。

「これが海神祭かぁ……!」
 賑わう街を眺め舞原は感嘆の声を上げる。食べ物の焼ける香ばしさと呼び込みの熱気、楽しむ人々の笑顔を眺めながらも、土鈴を探しながら歩く舞原は、ふと、泣いている子供を見つけ、駆け寄る。小さくても自分にできるやり方で皆を笑顔にしていきたい。そう思う舞原は困っている人にはできる限り手助けをするつもりだ。
「どうしたの? 迷子?」
 舞原が子供の手をひき、声を上げて親を探すと、近くに居た親がすっ飛んできた。その様子を眺めていた百田は軽く頬を緩めた。
「お、にーさんどうだい一個! ほらほら、うめぇから! な! 海神祭名物だよ! 食わなきゃ損!」
 ぐいっと目の前に差し出された魚の唐揚げに目を丸くするが、揚げたての油の香りが鼻をくすぐり、百田はそのまま購入し、がぶりと齧り付く。じゅわっと油が口の中に広がり肉厚の白身が口内を熱くする。
 初めて訪れたジャンクヘヴンを眺め歩くと、祭りのせいも相まってか、誰もが明るく活気に溢れている。
「あぁ、確かにここは良い街だ……良い場所だ。魚も美味い」
 ぽいぽいと口に唐揚げを放り込み手ぶらになると、今度は土産物屋が声をかけてきた。
「渡す当てはないのだが……」
 そう言いつつも、百田は土鈴と人形を購入していた。


「……なぁ、これ何に使うんだ?」
「さ、さぁ……」
 形容しがたい不思議な小物を持ち上げた隆に優は困惑した顔を向ける。土鈴や普通の商品じゃ土産としてつまらん!と隆は変な小物や絨毯等を物色しつつ、優と来れなかった人への土産物を探し回る。何人来てないんだっけ、あの人来てなかった?と他愛もない会話をし、優は時折知り合いの顔が見えれば手を振って挨拶をする。その合間に、二人の話題にちょこちょこと挟まれるのは、綾の事だ。
「単位はどうするんだ。大学は出といた方が絶対いいって」
 隆は真面目に言うが、優は微笑むだけだ。二人とも、大好きで大事な友人の事を今も、気に病んでいる。優が返答に困っていると、とん、と背中に人がぶつかる感触がし振り返る。
「「ごめんなさい」」
 同時に声を発し、優とニワトコはきょとんとした顔を見合わせ、小さく笑い合う。
「ごめんね、面白くて周り見てたらぶつかっちゃった」
「ニワトコくん、もう少し人の少ない通りに行こうよ」
 ユーウォンがそう言うと
「あ、じゃぁそこの通り行くといいぜ」
 隆がちょいちょいと指差す方向を向いた二人はありがとう、とにこやかに言うと歩き出す。
「すごいね、人も物も溢れている」
「うん。おれ、このお祭りの空気が大好きなんだ。見るもの全部、不思議に綺麗で楽しそうで、素敵に輝いて見えるから!」
「本当に来てよかったよ。あ……これ、花?」
 人通りの少ない露天に来ると、二人はのんびりと商品を見て回れた。そのお陰か、ニワトコは一輪の花を模した飾りを見つけ、手に取る。
「本物じゃぁないだろうけど、とても綺麗だね」
「花なのに、花じゃない。不思議だね。まるで花のいちばん綺麗な時を、切り取ったみたい」
「うん、こっちのも鮮やかで、面白い! ねぇ、これまとめて買うからちょっとまけてよ!」
 これくらいなら、もう一つ買うならという店員との会話も、二人にとっては楽しく面白い物だった。


 太守が部屋に入ると香ばしい香りのイカ焼きにかぶりついていた面々と目があう。
「はい! コレ食べたら疲れが吹っ飛んじゃうよ」
 にこにことエレナがイカ焼きを差し出すと、太守は吹き出しながら受け取る。
「ッハハ、ありがとう。いやぁ、懐かしい。良く食べたものだよ」
「お祭り、好き?」
「勿論だとも。この街も人々も、全て大好きだとも」
「あたしはね、この世界に溢れる情熱が好き!」
 ほう、と感心したような溜息をついてた太守は膝を付き、エレナと視線を合わせる。
「そしてね、太守を含むこの世界の人達が一番幸せになれる方法を一緒に考えて、行動していきたいっておもってる。迷ったら、自分が本当にやりたい方、楽しいって方を選ぶといいんだって」
「それは、とても魅力的な方法であるな」
「でしょ? でね、魚の唐揚げとつぼ焼きも買ってきたの!」
 探偵は屋台料理を用いて小さな会食を開くと一瞬にしてその場を和ませる。この場はただ自身の気持ちを素直に話せる場。それだけだ。
「食べながらで失礼ですが」
 苦笑し深山がそう言うと、太守は熱いうちに食べるべきだと言いイカ焼きに齧り付いた。無礼講といったところだろうか、古城も魚の唐揚げをひょいと掴み口に放り込む。
「では、失礼して。よろしければ先に太守の意見を聞かせていただけませんか。今後世界図書館とどうつきあっていくつもりか、今も世界図書館を同士と思ってくれているのかを」
「それに関しては余の一存では決められぬ故、なんともいえぬな。無論、違える事もあるだろう。……だが」
 ごくり、と喉を鳴らした太守は真撃な瞳で深山を見、皆の顔を見回すと力強く優しい声でこう答える。
「余は、其方等を友と思っている。我が盟友フォンス、そしてレイナルドに誓った、二度と会えなくとも変らぬ友情を其方等にも誓おう」
 まぁなんの役にも立たないがな、と太守は豪快に笑った。



 じっりじりに照りつける太陽の下、夏の装いの人々が行き交う中、露出度0で歩くサクラはキンキンに冷えた飲み物で喉を潤しはふっ、と息をつく。世界観から考えて香辛料をめいっぱい使ったカレーっぽい食べ物があるのでは、と先程から幾つかの屋台を見て回っているが、殆どが海産物の丸焼きだ。魚や貝類を始め海藻の仲間である果実の様な物等、目新しい食べ物は多いが、直火の熱さと誘惑をぐっとこらえ、サクラは目当ての物を探し歩く。
 季節は夏、壱番世界に帰れば夏の祭典が待っている。既に衣装は制作最終調整段階、直す時間も費用も無く数ミリの肥えも日焼けも許されない。
 しかし、これも一種の燃えにして萌え。サクラは行き交う人の衣装や装飾品の造形に目を奪われながらも、カレーっぽい物を求めまた歩き出す。
「スパイスの焼いた良い香りの丸焼きは多いのになー」
「すいませーん、それ一つくださーい!」
 サクラと入れ違いで屋台に声をかけるマリアは左手に綿飴を持ったまま右手にロブスターの丸焼きを受け取る。
「うーーん、ぷりっぷり、まちるんも一口どう?」
「あ、じゃぁ一口」
 イカ焼きを手にしたまま真千流が小さく齧る。熱い身を覚まそうと口元を手で隠しほふほふと口を動かし、美味しいと伝えるように何ども頷いた。
 野望は全店制覇というマリアは通りすがる屋台の食べ物をちょこちょこ買い、満面の笑顔で食べる。人並みより少し少食よりな真千流はマリアが買うものをちょっとずつ分けてもらうだけでもうお腹いっぱいだ。顔を赤くしあつあつのホタテの丸焼きを屠るマリアを見てよく食べるなぁと半ば感心していると、ちりんと小さな鈴の音が耳に入る。途中の露天で見つけた小さな、番のお守りキーホルダーがゆらゆらと揺れ、触れ合っている。
――……マリアンヌが楽しそうだから、いっか――
 ふと視線が合った二人はえへへ、と楽しそうに笑いあった。


「うーん、この香りはスパイスよりナンプラーが近いか? 千志くんどっちの唐揚げが好み?」
「え? あ、あぁ、どっちも美味いけど……」
「けど?」
「ん、味はこっちの揚げ物が好きだが、魚はあっちの丸焼きの方が、歯ごたえ? が好みだ」
「そうか、この揚げ物に使われている魚ってその辺で売ってるか、ちょっと訊いてくる」
 梓が唐揚げ片手に屋台へと戻る姿を見て、千志ははぁ、と小さく息を吐く。古城の監視のつもりできたものの、屋台通りに入った瞬間彼を見失い、同時に梓に声をかけられた。一言二言、会話を交わしただけで最早古城を見つける事はできないと諦めた千志は手を引かれるまま梓と屋台巡りをしている。
 賑やかな祭りの雰囲気に馴染めず屋台で買い物ができる事や、客引きで声をかけられることに違和感を感じる千志は居心地が悪そうにそわそわとし、また一口魚を頬張った。
「千志くん! 魚は列車に届けてもらえる事になったから、次いこう次!」
「ま、まだ行くのかよ!? どんだけ食うつもりなんだ」
「勿論、全屋台制覇!」
 呆れ、一瞬言葉を失った千志だがたまにこんなのもいいかと梓と共に次の屋台へと歩き出す。
 屋台で買った米菓子を口に放り投げたベヘルはふと、屋台と屋台の隙間に色鮮やかな塊を見つけ手を伸ばす。白地に花火の様な模様が描かれた土鈴を見つけ、陽の光にかざしてみると絵柄の色部分が日を透かしガラス細工の様にも見える。
 米菓子を食べながら街中を散策するベヘルはギアの幾つかを放し、住人の噂に耳を傾ける。祭りを楽しむ酔っ払いの声にジェロームの名を聞き取り、耳を澄ませる。どうやらジャンクヘヴン全体にジェロームが討伐された事が伝わっており、祭の祝福に合わせて喜びの盃を上げている様だ。半壊したジェロームポリスは海軍監視の下厳重な警戒体制が引かれ、ジャンクヘヴンからそう遠くない場所にあるようだ。
 祭りに混ざり込んでいる海賊の会話も時折拾うが、ちょとガラの悪い奴ら程度に捉えられている様で大事にはない。特に目新しい話題は無さそうだ。
『手配書はまだ出回っているが、落ち着いている感じ、かな。そっちはどうだい?』
 りん、と土鈴の音と共に『同じだ』というムジカの短い返事が聞こえる。
『しかし、意外だった』
『何が?』
『きみがそれを気にしたことが。正直、驚いてるよ』
『ひどいな。これでも人並みに心配はしている』
 スピーカー越しにも聞こえるムジカの苦笑まじりの声にベヘルも小さく笑う。ネヴィル卿の現状と例の指名手配は取り下げられたのか、あの一連の出来事に関する事を調べたかったムジカはベヘルに協力を願い出た。べヘルも気にしていた所があり、彼女のギアを利用し二人は遠い別々の場所に居ながらにして話し合い、情報収集をしている。
 二人とも海神祭を楽しむついでに何かわかればという感じではあったが、こうして適度に情報が手に入ったことは喜ばしい。
『後は、太守に謁見できていればどうなったか、是非聞きたいところだ』
『そうだね』
 ベヘルは空になった容器をくしゃりと握りつぶすと、次のお菓子を悩みだした。



 珍味小型海魔の姿焼きと書かれた看板を目にしたチャンはその焼き物を購入する。どんな不思議な味なのだろうかと串刺しにされた珍味に齧り付くが、なんの変哲もない焼き魚と変わらずがっかりする。
「やっぱりガイドが必要ネ。そこの小姐チャンと一晩どうあるか!」
 現在の野望として0世界にホストクラブを経営したいチャンは女性の扱いが上手いのか、それとも彼の滲み出る放っておけない感じが母性本能を擽るのか。彼の腕の中には女性が絶えずいる。祭りの場所というのを忘れつい女性に声をかけいつもどおりにしてしまったチャンは、背後から悲鳴と驚きの混ざったどよめきが聞こえ我に返る。
「って、チャンついやっちゃったあるか、乱闘騒ぎに巻き込まれるのはごめんある。再見!」
 別れを惜しむ女性を押し離し、チャンは人の流れに逆らい行く。
 チャンが離れたどよめきの中には、二つのテーブル席があり、そのどちらも山の様に空き容器が積まれ、次々と食べ物が運ばれている。
「すいませーん、スープおかわりお願いしますぅ✩」
「はいただいまぁぁぁぁ!」
 大鍋を空にした撫子の声に調理人が叫ぶ。気分転換に屋台を橋から端まで食べつくそうとした撫子は頼んだ量が多すぎた為に、席まで持って行くからそこにいてくれと頼まれここに留まっている。屋台からしてみれば上客ゲットだぜ、というところだが、可愛らしいお嬢さんが行儀よく綺麗に食べていく様子は恐怖と喜びが混じり合い、軽く廃テンションだ。
 テーブルの周りを通る人の波が動き、顔ぶれが変わるたびに撫子はちらちらと目で知り合いを探してしまう。約束はしていない。約束を取り付け様にも好感度が全力で逆方向に飛びぬけていて声をかけるのすら躊躇った。
 乙女は祭りの最中、偶然の出会いがあればと期待をしていたがこの人ごみでは無理そうだ。それでも、似たような背格好、頭髪、服の色が見えると確認してしまう。
 あの、機械音痴の軍人を。
「好意も早食いと同じくらい簡単に上がればいいのにぃ✩ ……はふぅ」
 切ない溜息を漏らす撫子は「こういう時は美味しいもの一杯食べてリフレッシュですぅ✩」と、山盛りの串焼きを綺麗に平らげていく。
 間に空き容器が積まれている為距離はあるが、撫子の隣も大量の甘味が置かれては消えていた。業塵はもくもくと蒸しパンや饅頭、果物を飴で包んだもの等、この祭りにある甘味全てが目の前に並んでは、にんまりと笑い食べていく。そのすぐ傍では五人分の持ち帰り用を手に持ったヴィンセントが佇んでいる。顔色も変えず冷静を装ってはいるが、内心酷く焦っているのは確かだ。
 今後の為に、信頼を築く第一歩。そう考えヴィンセントは業塵に
「私の奢りです。なんでも好きなものをどうぞ」
 と言った。その言葉に業塵はくつくつと喉を鳴らし
「後悔せんな?」
 心底楽しそうな、邪なことを考えていそうな笑顔でそう答えた。確認はしていたが遠慮をするつもりは全くないようで勢いは衰えない。業塵の胃袋を甘く見ていたとはいえ、そろそろ止めませんかとも言いたくないヴィンセントは甘味が途切れた瞬間を見計らい、業塵に声をかける。
「こういった、賑やかな場は好きなのですか」
「……別段」
 それだけ答えると業塵は運ばれてきた甘味に手を伸ばす。
 賑やかな場は昔の穏やかな頃をほんの少しだけ思い出す。ではそれが懐かしく思うから好きか、辛いから否かと問われれば、どちらの感情も抱かない業塵は場の状態には興味を持たない。しかし、彼のように何かをしようとする人間は馬鹿げていて、面白い。
――人を、その心を侮るな。他人の為に本気で何かをしようとするのは、人間だけだ、か――
 かつての知人が言った言葉を思い出し、今ならその意味が分かり、改めて人という存在が面白いと感じた業塵の口元がぐにゃりと歪んだ。
 撫子と業塵の2強により商品の回転が物凄く良い周囲の屋台は出来立てを買える良い場所でもあった。焼きたてのカステラを一口食べたテューレンスは手をつないで歩くティクティリアの頬にクリームがついているのを見つけそっと手で拭う。一瞬恥ずかしそうな顔をしたティクティリアだが、その顔はすぐ微笑みに代わりテューレンスに寄りかかり甘えだす。同じ甘味を買い、時に分け合い食べ比べる二人の姿は仲良し姉妹に見える。
 人の流れが変わり海風が流れ、二人は自然と風のくる方へと視線を動かした。小さな舞台のある開けた場所を見つけ、二人は顔を見合わせると手をつないだまま小走りで舞台へ向かう。
「あの! ここって使うのに許可いりますか?」
「特にいらないよ。使う予定もないし何かできるんならやっとくれ」
 屋台の主に言われ二人はぱぁっと花の咲くような笑顔を見せると椅子替わりに小さな箱を一つ借り舞台へと上がる。
 舞台の中心より少し後ろに箱を置き腰をかけると、テューレンスは3小節程の短い音色を奏でる。音程を変え、テンポを変えて何度か吹き舞台近くに何人かが足を止めたのを確認すると、ティクティリアと視線を合わせ、笛を吹き始めた。
 楽しい気分そのまま伝える様な音色に、ティクティリアが歌声を乗せる。楽しくて、ワクワクして、皆も動き出したくなる様な、騒ぎたくなる様な笛の音と歌に足を止める人はゆっくりと増えていった。



「私ね、毎年この海神祭をとても楽しみにしてるの」
 凍らせた果物の刺さった串をステッキの様にふりふりとゆらし、幸せの魔女は言う。
「もしこの世界に不幸があってお祭りが無くなってしまったら、それはとても不幸な事なのよ。こんなに美味しい食べ物も、人々の賑わいもなくなってしまう。ね、不幸でしょう?」
 ぱくりと果実を口に含み冷たさに肩を竦めるが顔は笑顔だ。魔女の言葉に太守も微笑みを返し、
「安心したまえ、余が太守でなくなったとしても、海神祭が無くなる事はありえんよ」
「あら、それじゃだめだわ」
「ふぅむ?」
「貴方が太守でなくなる事はこの世界の不幸の一つ、不幸は不幸を呼び寄せ、世界が不幸じゃ海神祭は行えない、そうでしょう? そんな不幸、嫌よ。私の名前は幸せの魔女、この私に不幸が訪れるだなんて絶対に有り得ないんだから」
 ちらと幸福の魔女が窓の外を一瞥すると、一羽の鳩が枝を揺らし飛び去った。
「ハハッ、肝に銘じておこう」
「今後の付き合いとはまた別なんだが」
 乾物を噛みながら、古城は片手を上げ発言の許可を求める。
「ジェロームポリスは改修して古代文明の研究施設にしてはどうだ? ポリスにあった古代文明に関する資料はほぼジェンクヘヴンにあるから研究者を集めるのは難しくないだろうし、人が集まり研究が進むのはジャンクヘヴンにとって悪い話ではない、だろ?」
「ふむ、それは面白い提案だ。少し考えてみよう。だが、その前に研究者や住人の行き先がまだ定まっておらん」
 古城が片眉を上げると太守は手を止め、皆の顔を見て話し出す。
「ジェロームポリスは一つの都市だ。住人も多く、その殆んどが未だにあの都市に住んでいる。帰る場所が解らない者、帰る場所が無い者、そして、帰りたくない者」
「帰りたくないィ?」
「研究者の多くがこのまま研究を続けたいと言っているのだよ。戻ったところで邪魔者か奇人変人扱いされるのがオチだ。肩身の狭い思いをするより、同士と共に恵まれた環境で研究を続けたいそうだ。攫われた者もいるのだが、研究者にとっては最高の研究機関らしい。帰りたい者の島も離れたい者に提供できる新しい場所も探さねばならんし、困った事だ」
「……研究者にとってはジェロームは海賊ではなく、自分の研究を認め資金援助をしてくれたスポンサーといったところかな」
 深山が困った様に言うと、エレナがうんうんと頷き言う。
「きっと行き先が見つからないのも海賊都市に住んでいた人を引き受けたくないとか、太守の邪魔をしたいとか、今まで押さえ込まれてた人たちがいぃぃぃっぱい邪魔してるんだよね」
「そんな……」
 一は訝しげな声を漏らしジャンクヘヴンの為に働く人達がどうして太守の邪魔をするのか、と太守を見るが、太守は肩を竦めて苦笑する。二人の探偵が言っている事は概ね間違っていないようだ。
「今までフォンスとレイナルドに任せっぱなしにしていたツケがまわってきたんだろう。なぁに、なんとかしてみせる。ここであっさり負けては小言を言われるからな。いつもは意見をぶつけ合い見ているこっちがハラハラするというのに、余を追い詰める時は息がピッタリなんだ。酷いだろう?」
 からからと気持ちよさそうに笑う太守に今度は深山が片手を上げ、願い出る。
「これは私個人の願いです。今の様な話を……レイナルド宰相とフォンス宰相の在りし日の話を聞かせていただきたい」
「ハハハッ。面白い事はあまりないぞ。それに、フォンスの事なら世界図書館に報告書があるのだろう?」
 顎に手を当て太守が考え込むような仕草で言うと、深山は落ち着いた声で話す。
「えぇ、報告書は読めます。太守とフォンス宰相が共に旅をした出来事も、そこにレイナルド宰相がいらっしゃれば、書かれているでしょうね。ですが、私が知りたいのは生きていた彼ら。貴方の口から語られる、友の姿です」
 勿論よろしければですがと締めくくり、深山は穏やかに微笑む。謁見の主旨とは違う個人的な願いなので無理強いはしないと、その笑顔から伝わってくる。
「……ではそちらのお嬢さん。確か葬儀の席でも会ったな」
「え? あ、ハイ」
 ふいに声をかけられ、一は上ずった声で返事をすると、太守はこう続ける。
「其方の意見を先に聞かせてもらおう」
 大きな掌を差し出し太守が話を求めると、皆の視線が一へと集中した。



 強い横風に煽られピンク色の髪とメイド服が揺れる。
「……これが海で、海風」
 手摺に手を置き、遠くにジャンクヘヴンを望む遊覧船の甲板でジューンは初めての海に感激していた。重量がかなりある為乗船する時に渡し板を四足歩行で駆け上り、周囲の人に笑われるという出来事もあったが、今は乗船して本当によかったと思う。知識としては知っていた海。宇宙で生きていた彼女にとって目の前の海も大きな水溜まりという認識だが、その広大さと潮の香りがする風を体感する事は彼女の心を揺さぶるのに十分な物だ。
「綺麗でステキです。……私、この世界とても好きかもしれません」
 風に乗り一枚の白い花弁が目の前を横切っていく。ジューンが振り返ると、ジョヴァンニが白薔薇の花束を手に歩いていた。
 潮風の中に混ざる機械油の香りはジェロームポリスの出来事を鮮明に思い出させる。対峙した香蘭の未亡人ポーラを始めあの戦いは多くの人が関わり多くの戦没者がでた。戦とはそういう物だと理解しているが、数多の命が散っていく事に虚しさを抱く。
 ジョヴァンニはゆっくりとした手つきで白薔薇の花束を海に投げる。ぱさりと海面に落ちた花束は揺籃にのせた様に揺れる。波の中へと消えていくのを見守るとジューンと目が合い、どちらともなく微笑みあう。祭の喧騒とは遠い海上で緩やかな時間を過ごしていた二人の足元に一匹のセクタンが駆け抜ける。
 はぐれたのだろうかと二人が目で追うが、セクタンは扉の向こうに消えてしまう。ジョヴァンニが一歩踏み出すと、先程のセクタンが酒瓶を抱え二人の足元を駆け抜ける。なんとなく気になった二人がセクタンの後を追うと手摺に身体を預ける桂花がいた。
 だらんとさがった両手は海の上にあり具合でも悪いかと二人が駆け寄るが、セクタンが近寄ると桂花はのったりと動き酒瓶を煽る。真っ赤に染まった頬ととろんとした目は完全な酔っ払いだ。ジョヴァンニとジューンに気がついた桂花は
「あらぁ、どーお?」
 と酒瓶を揺らして言う。
「良い飲みっぷりだが深酒はお勧めせんよ。お嬢さん」
「メイド付きの老紳士は言う事が違うわねぇ。波に揺られながら飲むのもいいわよぉ? 心が明るく荒む感じでぇ」
 楽しそうに笑い桂花はまた酒瓶を傾ける。桂花が酒瓶から口を離すといつの間にか近くに来ていたジューンが桂花の手を握り、飲むのを止めるよう目で訴える。
「これ以上の飲酒は人体に悪影響を及ぼします」
「彼女はわしの共ではないよ。酒の楽しみ方は知っているようじゃが……良かったらこの年寄りの話し相手になってくれんかね?」
「自身を適度に下げ相手を尊重して話を聞き出す、ね。年の功かしらぁ」
 口端を持ち上げ、桂花はにんまりと笑うと海へと顔を向ける。力を抜いた手から落ちた酒瓶はジューンに渡り、桂花の手には土鈴が一つあるだけだ。りんと鳴る土鈴を握り締め、桂花はだるそうに言う。
「そぉねぇ、神様なんてこの世には居ないんだって儚んでいるのよ……えーい」
 大きく振りかぶり桂花は海へと土鈴を投げ捨てた。桂花の話を聞けたのかは海だけが知っている。



 青から蒼へ土鈴は落ちる。海流に乗り魚の群れに巻き込まれ、いつ辿り着くとも知らぬ海底へ落ちていく。それを見つけたのは北斗だ。泳ぐのが大好きな北斗は 久々に広い海を力いっぱい泳ぎ、口を大きく開けて魚を食べる。陽射しが作る光のオーロラの中で魚や貝とは違った輝きを見つけ、その周りをぐるぐると泳ぎそれが土鈴だと解った北斗は海中で揺れ動く小さな土鈴を何ども突っつき、鼻先や尾を使って土鈴を海面へと押し上げる。
「だれか、落としたのかな」
 土鈴を鼻先に乗せ海面から顔を出すと浜辺にリエの姿を見つけ、北斗は土鈴を落とさない様ゆっくりと浜辺へ近寄る。りん、と鈴の音が聞こえ彼の土鈴ではなさそうだと気がついた北斗は、置いとけば誰か見つけるだろうと岩の上にそっと土鈴を置きざぶんと波飛沫を立て海中へ戻った。
 土鈴とは別の鈴の音がりん、と響く。人気の無い浜辺に一人佇むリエは遠い海を眺め、自分の元を去っていった者の事を思い出す。
「あと何回去っていく奴らを見送りゃいいんだ?」
 また置いていかれた。いつだって自分は残される。海を渡ろうとした船でも、死んでいった仲間にも、仲間を守り進むと決めた海賊も、旅団へ行ってしまった友も。信念を貫いた結果だ。彼らは後悔しないだろうし誰も文句は言えない。なのに、何故かリエは全てを重ねてしまう。未来へと進む彼らと船と共に沈んでいった彼らを。
「生きて帰って来なきゃ許さねぇぞ」
 りん、と鈴が鳴いた。



 店から少し離れた砂浜では多くの人が海水浴を楽しんでいる。ぴったりと寄り添うカップルや友人グループ、家族連れなどが波打ち際ではしゃぐ姿をドアマンは眺めていた。木陰に座りセクタンあみぐるみを制作するドアマンの元に一つのビーチボールが飛んできた。
「もー! 8ちゃんハイユにやられすぎ!」
 そう叫びながら駆け寄ってきたヘルウェンディに、ドアマンはビーチボールを手渡す。
「ありがと、わぁ、可愛い! セクタンフォーム全部いるじゃない! これあんたが作ったの!?」
「はい。おや、オウルをお連れなのですか、よろしければお持ちになりますか?」
 ドアマンがオウルフォームのあみぐるみを差し出すと、いいの?と目を輝かせる。
「あ……そっちのフォックスもくれない?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとう! カーサ喜ぶかなぁ。あ、逆を持ったほうがいいかしら?」
「恋人ですかな?」
「え!? え、えぇ、まぁ。そ、そうよ」
 戸惑った様子を見せるが、恋人という言葉は満更でもなさそうだ。
「でも、コレありがとうね。あ、よかったらあんたもやらない? ビーチボール」
「光栄ですが、人数は足りている様で……おや?」
 彼女たちの様子も眺めていたドアマンが即席コートへ視線を向けると、何やら人が集まり騒々しい雰囲気に包まれていた。
 豊満な胸が溢れんばかりのビキニ、いや、正直少し溢れているハイユが悩殺的な仕草でNo.8に寄り掛かる。マシュマロの様な柔らかさを持つ彼女の胸はふんわりと揺れ、遠巻きに見ている男性達が生唾を飲み込む。顔を真っ赤にしたNo.8の足下からは香ばしい香りが漂い、酒瓶片手に参加していたジャックは
「漢は黙ってブーメランか褌に決まってンだろォ!テメェら脱げ脱げ、ヒャヒャヒャ」
 ハイユ目当てに集まった男達の上着を毟り取る。逃げ惑う最中うっかりモロリしそうになった男はジャックの念動で速攻海に叩き込まれるという理不尽さだ。ちなみに男性はモロリで女性はポロリ。ポロリは歓迎だがモロリはご法度らしい。
「喉乾いたから8ちゃん、ジュース買ってきて?」
「せ、せ、センパイのためなら喜んでえぇぇぇ!」
 香ばしい香りと砂埃を引きNo.8が駆け出すと、
「ちょっと! 何勝手してるのよあんたらは! 人数減らして! 悩殺ならあたしだって……あたし……」
 ドアマンと共に戻ってきたヘルウェンディはきゃんきゃんど怒鳴るが腕を組み胸を強調するハイユの、そのありえない大きさに目を奪われ言葉に詰まる。観客の一人がぼそりと言った一言を、彼女は聞き逃さない。
「誰よ今貧乳が無理するなって言ったのは! 前にでなさいよ!」
「肴が足ンねェナ」
 言うが早いか、ジャックは膝を曲げると空高く飛び海辺へとダイブする。ドン、と大きな水柱が上がり波飛沫と魚が砂浜に落ち、ハイユが火を起こしびちびちと跳ねる採れたての魚を火で焼き、酒やジュースが運ばれ人が集まる。
「賑やかでございますなぁ」
 ドアマンの口調とは裏腹に海神祭で一番賑やかな浜辺ができあがった。しかし、酒池肉林を再現した賑やかな場所に程近い砂浜で、それ以上の空間がたった二人によって作られている。
「白くて綺麗な砂浜だけど、よ~く見ると無数の光り輝く宝石のような結晶が集まっていて、それもまた新しい美しさを僕に教えてくれる。君はこの砂浜の様だね」
 謳う様に語るクージョンの瞳にはカンタレラしか映っていない。愛を謳われたカンタレラは頬を赤らめ目を逸らすと、波間で漂う棒を拾い砂浜に文字を書く。”Lo amo””Abrázalo”意味は解らなくとも、これが愛の告白である事は潤んだ瞳で見つめ両手を握り合う二人の様子でわかる。ピンク色空間をぶわっと広げる二人はキャンプファイアーが始まった騒々しさの中で笛の音と可愛らしい歌声を耳にし、手を取って歩き出した。
 屋台が並ぶ手前の小さな舞台では演奏するテューレンスとティクティリアの姿があった。舞台上の二人もクージョン達に気がついたのか、ティクティリアが二人に向かって手を振り、そのままこいこいと手招きをする。
「行こう。怖がらなくていい。僕に君を、綺麗な君を沢山見せておくれ」
 カンタレラとクージョンが舞台で踊りだすと、遠巻きに見ていた人達が舞台下に集まり、踊りだした。
 テューレンスとティクティリアは演奏が大成功していくのを感じ、嬉しそうに笑いあう。



 時は巡り世界は廻る。世界も人も変わるのだ。




 水平線へ落ちる太陽と変わりゆく景色をコタロは静かに見下ろす。嘗て故郷で友と海を眺めた時は朝日だった。友が感じた通り世界は広く、いや、広すぎた。自分たちの世界では収まりきらない広さは、コタロにとって囁かな恐怖を齎す。世界の広さを感じた友ではなく、何故自分がここにいるのだろう。どうして、何故、どうしたら。変らぬ疑問を思い答えの出ない思索を巡らせる。
「この景色を見たら、何というのだろう」
 夜空に星が瞬いてもコタロは海を眺めていた。



 覚醒する事が良い事を齎すとは限らない。恐怖から開放感は華月に呆然とした空白を与えた。悩みもなくなったが自由過ぎて何をしていいかも解らず、全てに疲れてしまった華月は長い間外に出る事が辛かった。ぼんやりと日々を過ごし平穏をゆっくりと受け入れる事で〝誰かの為に戦う〟事を知った華月は、こうして0世界も飛び出せる様になった。
 植木鉢の横に土鈴を見つけ一振りすると、コロンと慎ましやかな音がする。土鈴を手に星と海の美しさを感じた華月はもう少し人と関われる様に依頼を頑張ろうと微笑んだ。



 篝火の無い浜辺で健は一人土鈴を鳴らす。
 一年。たった一年の間に何人会えなくなって何人死んだか。一年前はこんな事考えもしなかった。幾度も依頼で顔を合わせていた相手が突然姿を見せなくなる。旅団につく。
今死にかけている。帰属は……喜ぶべきなんだろう。依頼に失敗して腕の中で相手が死に、何度も異世界で顔を合わせていた相手が死に、旅団員が死に。
 死。死。死。誰もが血を流し息絶える。
「畜生、何でだよっ……俺、誰の役にも立てないのかよ!」
 健が土鈴を海へ放り投げると、カシャンと割れた音が聞こえた。音も鳴らずに壊れる土鈴が役たたずに思え、まるで自分の様だと健が自重気味に笑う。項垂れ情けない顔が うっすらと見えていた海面にちらちらと、小さな明かりが見え健は顔を上げる。
「……星」
 夜空よりも近い、手の届きそうな場所に数多の星が輝き流れる。同時に、健の頬にも一筋の涙が流れた。



 装いと髪の白さが宵闇の中でうっすらと浮かび上がるゼロは土鈴を鳴らし星を眺める。
「ゼロは聞いたことがあるのです。砂浜の中には星砂という砂があるのです。そして流星は願い事を叶えるというのです。だからお星様をいっぱいつくってお祈りするのですー」
 ごろん、と砂浜に寝転びゼロは両手を空に掲げると、最近習得したゼロ命名のネタ魔法を発動させる。
 0世界にも多くの神がいるせいか、ゼロの中で神=持ち芸の多いツーリストという認識になっており、祈りを捧げる対象ではない。だからゼロは作るのだ。どこにもなさそうで、どこかの世界にはありそうな多種多様の色や材質の星型砂粒を作り、海と空の間にゼロの夜空を、ゼロの星座を作り、流星に祈りを捧げる為に。
「綾さんが壮健でありますように、ブルーインブルーに安寧安息安泰安心安定安全安眠安逸がもたらされますようになのですー」
 流星が流れる度に土鈴の音がりんりんと鳴った。




「夜の浜辺で2人きり、か……ふふ、ロマンチックではないか。露店や屋台巡りに行くと思ったが良かったのか?」
「屋台巡りとかは去年やったし、今年はちょっと趣向を変えてね。たまにはこんなのもいいでしょ、ふふん」
 胸と髭を張りアルドが言うと、鴉刃はくすりと笑う。いつもいつもアルドから誘われるばかりの鴉刃は今回は自分から誘おうかと思ったものの〝また誘ってくれ〟と言ってしまった手前、誘うに誘えずにいた。こうして、何時も通り彼が誘ってくれた時、心では物凄く安堵していた。
 また誘ってくれるのだろうか、もう呆れて誘ってくれないのではないだろうか。気持ちは落ち着かずもどかしく、何時も自分を誘うときの彼はずっとこんな気分だったのかと思うと、何故かすまなかった、と謝りたくなる。
「アルド」
 だから、鴉刃は己の気持ちを伝える事にした。
「そういえば、思い返してみてあの時明確に返事してなかったと気がついてな。冷静になってから良く考えたのであるが」
「……あの時の返事? そっか、あの時は僕が一方的に言ってただけだったもんね」
 ぴこん、と ヒゲを動かしたアルドは自分が告白した返事を貰えると気がづき、鴉刃と向き合う様にして立つ。
 女でありながら〝らしくない〟身体は好きではない。嘗て肌を重ね、愛を囁いた娘もいた。それら全てを受け入れ、それでいて自分と共に歩んでくれると言うアルドに、素直な気持ちを伝える。
「アルド。私はお前のことが好きだ」
「……!」
 大きな瞳を僅かに潤ませ、真っ赤になったアルドは力強く頷く。
「今まで、迷惑をかけたな。そしてこれからも、よろしく頼まれてくれるか?」
「鴉刃。何度でも言うよ、僕も鴉刃のことが好きだよ。こっちもその……迷惑、かけるかもしれないけど。
僕の方からも、よろしく」
 アルドがもふもふの手を差し出すと、ツヤツヤとした鱗の手で鴉刃がそれを握る。
「……ところで」
「うん?」
 とても良いシーンなのだが、気恥しさが勝ってしまったのか、鴉刃はこう続ける。
「お前はいつもこんなにもどかしかったのか? これでは戦場にいる方がよほどらく……」
「その考えはだめぇ!」
 ちょっとしつこくしても鴉刃にこの空気を慣らしていこう、とアルドが誓った瞬間である。




 多くのロストナンバーが世界を行き交う。その中で大きく変化した世界の一つであるブルーインブルーは、今も激動の時代を送っている。
 干渉しすぎたのだと誰かが言う。干渉しなければ死者が増えていたと、誰かが言う。
 世界図書館が干渉しなければ、二人の宰相は死ななかったのか。しかし、それでは太守とフォンスが出会わず、目の前の太守も存在しない。
 壱番世界を救う為、世界の為と謳いながら出来る事は何もないのか。
 真っ直ぐに見つめてくる太守の顔をじっと見返す一は、傍にあったクッションを鷲掴みずいと差し出す。
「寝てください」
 一の言葉には太守だけでなく幸福の魔女と古城、深山も目を見開き驚いていた。驚きすぎたエレナはぴ、と可愛らしい声を漏らす。
「酷い顔です。何日も寝ていないのでしょうし仕事があるのは分かります。ですが、そんな状態で無理されて倒れられたらもっと困ります。それこそ二人の宰相が右と左のステレオ効果でLRってくらいに寝ろって言いますよえぇ言うに決まってます」
 ノンブレスで言い切った一が大きく深呼吸をすると、未だ呆然としたままの太守に、ずいと二つ目のクッションを差し出しもう一度同じことを言う。
「寝てください。それが、私の意見です」
 この世界の事も太守の事も街の事も、今聞いたジェロームポリスの事だって心配だが、一は意見できる様な知識を持ち合わせていない。一にできるのは世界図書館が出した依頼の中で自分にできそうな事を選び、こなすだけだ。
 だから、太守には万全でいて貰わないと困る。自分の所まで仕事がこないから。正直なところ、これくらいしか思いつかなかった一はこれ以外の言葉が出てこない。
「……相分かった。今夜はしっかりと睡眠を取る。約束しよう。だがな、もう少しは良いだろう?」
 真面目な顔で答えた太守は近くにあったりんご飴を手に取るとにっかりと笑い一へ差し出す。
「この時間を終わらせるのは少々惜しい。もう少し楽しもうではないか。それくらい、よかろう?」
「……そう、ですね」
 心配していた筈の一が気が付けば太守に気遣われている。気負いすぎていた自分も、きっと酷い顔だったのだろう。そう思った一は苦笑しりんご飴を受け取った。
「では、お話聞かせてくださいよ。フォンスさんとやった悪戯とかレイナルドさん秘密とか!」
「む、何が良いかのう……そうだ、其方らも何か聞かせてくれ。余も報告書でしか皆の活躍を知らぬ。さぁ、誰から語る?」
「じゃぁくじびきー!」
 ほんの僅かの時間、群青宮の一角は和やかな空気が広がっていた。

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。この度はご参加ありがとうございました。


PCさん方のひと夏の思い出になりましたでしょうか。今後も多くの依頼があるでしょうが、また祭の際にはご参加いただければ、と思います。


それでは、ご参加ありがとうございました。
公開日時2012-07-30(月) 21:30

 

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