クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-20841 オファー日2012-12-29(土) 00:01

オファーPC 一二 千志(chtc5161)ツーリスト 男 24歳 賞金稼ぎ/職業探偵
ゲストPC1 古城 蒔也(crhn3859) ツーリスト 男 28歳 壊し屋

<ノベル>

 依頼された仕事は、思いのほかあっさりと片付いた。
 インヤンガイはリューシャン街区の外れにて。
 廃ビルを占拠し、根城にして、近隣の住民や企業、商店に乱暴狼藉の限りを尽くしていた武装グループの掃討だ。情け容赦のない――むしろ愉しむかのようなやりかたで、たくさんの屍を積み上げ、この辺りを、暴霊域でもないのに封鎖区域にしかけた、凶悪な連中である。
 その殲滅という大仕事を請け負ったのは、一二 千志と古城 蒔也のふたりだけ。しかも、資産家の財を狙って近々大規模な襲撃を行おうとしている、という予言のもとに、である。
 残忍な喜悦に逸る、無慈悲な連中の中へ、たかだか二名で飛び込むなど無謀どころか愚行だ……と、事情を知らぬものならば眼を剥いたかもしれない。
「……痛みを知らねぇ連中ほど、攻め込まれたら弱いもんだ」
 しかし。
「ま、ガキにしちゃよくやったよ、あいつらも」
 突入から数時間後、ふたりは何ごともなかったようにスラム街を歩いていた。
 倒壊した――正確には、させられた、が正しい――ビルが巻き上げた砂埃を盛大にかぶったおかげで多少汚れてはいるが、目立った傷も疲労も感じられない、いつも通りの姿である。
「無知は力になり得るんだな。諸刃の剣でもあるんだろうが」
 武装グループを構成していたのは、十代半ばから二十代前半の少年青年ばかりだった。彼らの強さは『知らない』ことであり、知らないがゆえに突き進み突き破ってきた無謀さと勢いだったのだ。
 痛みや哀しみ、思いやり、慈悲や情け。
 そういった感覚、感情を知らず、教わらず、持たないがために、彼らは誰にでも銃を向けられたし、ナイフを突き立てられた。破壊することを躊躇わなかった。
 だからこそ彼らは、力で己が欲望を満たすことを得意としたが、同時に、自分たちを超える力によって圧倒される日が来ることを知らず、それゆえただの一度突き立てられた最初の杭であっけなく崩れた。
 そこからは、ほとんどがルーティン・ワークだった。
 千志と蒔也の、お互いの性質を熟知しているがゆえのコンビネーションと、何より、人間という一線を画した強大な異能を前に、他者の痛みに鈍感であるがゆえの強さしか持たぬ彼らが、なすすべもなく壊滅させられたのは自明の理だった。
「善良な一般市民を甚振ることしかやってこなかった連中じゃ、俺たちの相手なんざつとまらねぇってことだよな」
 盛大な破壊行為に勤しめた蒔也は上機嫌だ。
 薄汚れた裏路地の、くたびれた街並みには不釣り合いなほど明るい笑顔で、大股に通りを闊歩している。
 千志はというと、いつも通りの不機嫌そうな、むっつりとした表情だ。
 初対面の相手には、とっつきにくそうな、怖い、いつも怒っているように見える……などと称されがちな千志だが、実を言うと、彼の内面では精確な観察と繊細な判断ないしは評価がくだされており、それは適切な対応となって発露するのである。
 この、貧民街に対しても、千志の『不機嫌そうな』視線はたくさんの情報を受け取り、彼の中へと蓄積する。
 どこか見慣れた光景は、千志の中に、馴染みのある感情を呼び起こす。
「……」
 路地の片隅にうずくまる、無気力な眼をした人々を見やり、わずかに視線を落とす。
「どした?」
 目ざとく気づき、蒔也が問うと、
「……こういう場所を見ると、思い出す」
 ぽつりとした答えが返り、彼は首を傾げた。
「出身世界?」
「ああ」
「まあ……よくある光景ではあるよな」
 蒔也の調子は軽い。
 強いものは生きるし、弱ければ死ぬ。
 ただそれだけのことだと、ごくごく自然なことだと蒔也は言う。
「まあ、弱いから醜いとは、俺は思わねぇけどさ」
「そうか」
「ん、肉体的には弱いやつらが、時々すげーきれいな光を見せるの、俺、嫌いじゃねぇもんな」
 無邪気に、陽気に笑う蒔也へ頷き、
「こういうところには、被差別者が大勢集まる。俺の故郷の場合、貧民街には異能者がたくさんいた」
 ぽつぽつと、雨だれのように、低く言葉を落とす。
「ああ、差別されてたんだ」
「むしろ、現在進行形で『されている』と言うべきだな」
 異能ゆえに虐げられ、侮られ嘲られ、同時に恐れられて疎まれ、忌まれて、“普通の”人間たちからは遠ざけられる。
 それが、故郷の異能者たちだ。
 未だ還るすべさえない状況において、故郷の異能者たちがどうなっているのか、思いを馳せるだけでも鈍い狂おしさが湧き上がってくるが、千志は逃げないことを決めたし、こんな自分だからこそ誰かを救いたいと思うようにもなった。
 それを精神の杖、支えに、千志は贖罪にもならぬ贖いの道を歩き続けるのだ。
「異能力は皆、眼が銀色で、見ればすぐに判るから、言い逃れることもごまかすことも出来なくてな」
「……ん? あれ?」
 唐突に、蒔也が声を上げた。
「どうした」
「いや……俺のとこでも、異能者は差別対象だったし、眼は銀色なんだよな」
 ホラ、俺もそう。
 言いつつ眼を指さしてみせると、千志の眉がひそめられた。
「表社会じゃ差別されるし、迫害される。だから、ほんのちょっとでも待遇がよくなるように、って、裏組織に集まるんだよな。俺は、親父が護ってくれたから、そういうの、身をもって経験したことって、ねぇけど」
「確か、実父亡きあとお前を引き取って育ててくれた恩人っつったか。親父さんは実力者なのか?」
「おう。親父はすげーんだぜ、強くてカッコよくて、なんでも出来てさ。でも俺には優しいんだ、俺のことよく判ってくれるし」
 蒔也の語るそれは、千志にも理解できる、覚えのあることだ。
 文明の収斂というにはあまりにも身近なそれに、妙な胸騒ぎ、もしくは懐かしさめいたものを覚え、千志は問う。
「……おまえの親父さんの名前は?」
「古城重左だけど」
「!」
 発せられた名は、千志の息を一瞬、止めた。言葉が咽喉の真ん中で詰まった。驚愕に銀眼が見開かれる。
「親父の名前を知ってんのか。じゃあ……やっぱり、俺たちって」
 そこから先の言葉は必要なかった。
 しかし、千志はそれどころではなかった。
 古城重左。
 それは、蒔也の養父であると同時に、裏社会の覇者であり絶対的な支配者であり、同胞狩りの裏切り者、“利益のために仲間を売る権力者の狗”たちを取り仕切る賞金稼ぎ組合の会長でもある男の名前だった。
 ――理想のために仲間を踏み台にしているに等しい千志に、人のことをどうこう言えた義理ではない。
 しかし、その名前が、千志に苦々しい憤りを喚起させるに充分な力を持っているのもまた、事実だった。
「賞金首には」
「あん?」
「……賞金首には、正当な理由、罪ではなく『そう』とされた、会長にとって、政府やお偉方にとって都合の悪い人間も、含まれていたはず」
 それは古城重左の悪行であって、養子である彼に食ってかかったところで八つ当たりにすぎない。判っていて、言葉を止められない。
「賞金稼ぎ制度は、犯罪に走る異能者を排除することで社会を保つためのもののはずだ。それを、私的に流用するなんて」
 裏切り者、権力者に媚びへつらう犬、金に眼がくらんで魂を売った屑、誇りをなくして腐った餌に群がる蛆虫。
 賞金稼ぎたちは、一般人と異能者双方からそう罵られ、蔑まれ、敵視されている。
 ただでさえ八方ふさがりの、不安定で危うい彼らの立場を、更に悪くしているのが、会長や彼に近しい立場の者たちが私利私欲のために請け負わせる咎なき『賞金首』の存在なのだ。
 彼らはこの社会を変えようとした革命家かもしれなかったし、政府や賞金稼ぎ組合の不正を追及しようとしたジャーナリストかもしれなかった。闘争を主とした社会に穏やかな凪をもたらす思想家かもしれなかった。
 人と人が争い殺し合う社会をよしとし、その社会によって蜜を、有り余る糧を得ている上層部の人々にとって、彼らの存在は目障りでしかなく、よって彼らは強者の不都合という咎を負わされ、狩られた。
 もちろん、やさしいだけの社会など、自分が異能者でなかったとしても、夢見るだけ無意味だと知っている。それでも、力あるものたちが、もう少し、虐げられた人々に対して誠実であれば、その力を利用するのではなく、ともに生きるために――誰かを苦境から掬い上げるために使ってくれるのであれば、と、子どもの駄々のような言いがかりをつけたくて仕方がない。
「仕方ねぇだろ、親父にとって都合が悪いってことは、親父の邪魔をしたんだ。だったら、排除されて当然じゃねぇか」
 蒔也の、肩をすくめる仕草にも苛立ちが募って、千志は拳を握り締めた。
 強大な力に護られて育った人間には判らない、と、八つ当たりの恨み言が咽喉元まで込み上げる。
 しかし、それをぶちまけるほど千志は我を忘れてもおらず、代わりに彼は、疑念を口にする。
「そもそも、妙な話じゃないのか」
「ん?」
「おまえが、異能者なのに養子として遇されてるってのが」
「……何がだよ」
「おまえ自身、会長に利用されてる可能性があるってことだ」
 千志が言ったとたん、蒔也の面から表情が消えた。
 いつも陽気な彼の無表情は、寒々しさとそら恐ろしさを感じさせる。そう、嵐の前には凪いだ静けさがあり、暴発前の銃が、その時までは静謐な冷ややかさを保つのと同じく。
 もちろん、それで怯む千志ではないが、
「……うるせーよ」
 不快感をあらわに吐き捨てる蒔也の豹変ぶりには、少し驚かされ、
「親父の言うことはいつだって正しいし、親父のやることはいつだって絶対だ。誰にも親父の偉大さを否定させやしねぇし、そんな奴は俺が爆破してやる」
 同時に、古城蒔也という人間の持つ厄介な性質の、根の深さを思い知りもする。
「親父は俺の神さまみてぇなもんだし、世界そのものだ。それを否定する奴は、みんな敵だ」
 病的なほどの、養父への心酔、尊崇、そして固執。
 それを培ったのはいかなる経験なのかと、――自分とは何もかも違うのに、彼の物言いに納得は出来ないと思いつつ妙な共感があって、この感覚はいったい何なのかと考えたところで、唐突に、まさに卒然と千志は悟った。
 彼も、自分と同じく孤独なのだ、と。
 ――誰かに聴いたことがある。
 生まれつき、破壊や殺戮などの衝動のみを抱えている人間はいない。
 当人がそう思い込んでいたとしても、実際には、人間をつくるのは周囲、環境だ。それはたとえば親であり家族であり、友人であり隣人だ。人間は、周囲からの影響によって行動を『強化』される。自分が、己の行動によって周囲の人々を『強化』するのと同等に。
 特に、幼少時において、周囲の人間が与える影響は計り知れない。
 生まれつき爆破という破壊の能力を持っていた蒔也は、異能ゆえに社会からはぐれただろう。
 実父亡きあと、蒔也を引き取った養父は、彼の力を褒めただろう。
 その力が自分を助けてくれると、彼の力がありがたいと、称賛し、感謝し、温もりを、愛を与えただろう。
 異能ゆえに社会から隔離され、幼少期の根本をつくった実父は自らの異能によって死んだ。自分を引き取ってくれた養父はそれらすべてをひっくるめて蒔也を受け入れ、肯定した。
 人間には、肯定されることで性質を強化するパターンと、否定されることで強化するパターンの二種類があるのだそうだ。
 蒔也少年は、養父に認められたことで自分を肯定することが出来ただろう。自分は生きていてもいいのだと、自分が生きることには意味や価値があるのだと強く安堵しただろう。しかしそれは、同時に、その安堵をもたらした養父への刷り込みに近い依存を生んだはずだ。
 孤独な、ふわふわと虚ろだった彼は、養父という存在によって実像を得た。
 養父が望む『仕事』さえすれば、絶対者たる、世界たる彼は蒔也を愛してくれる。蒔也を肯定し、認め、感謝し、褒めて、望むものをくれる。願いごとをかなえてくれる。
 それは、何と幸せで魅力的な生だろうか。
 同時に、何と孤独で危うい幸いだろうか。
 何の能力もなくとも、何の仕事もせずとも『親』に愛される、子どもとして当たり前の在りかたを赦されぬ、冷え冷えとした孤独が根底にはわだかまっている。
 だからこそ、蒔也は養父に固執するし、彼を絶対者として崇拝するのだろう。
 なぜならば、養父の、『絶対者であり世界』という偶像が崩れることは、蒔也自身を崩壊させることにもつながるからだ。
「……そうか」
 納得とともにぽつりとつぶやいたら、頭が冷えた。
 以前、蒔也は千志に、『お前にもこちら側の素質がある』と言った。
 蒔也は千志の心を壊したがっていた。
 人間としての心を壊して、自分のいる場所へ来させようとしていた。
 つまるところ、それは、己が孤独を埋める存在として、その孤独ゆえに、千志を自分と同じ『獣』にしたかったからなのだろう。
 ――千志も孤独だ。
 もう、ずっと、どうしようもない寂しさと苦しみを抱えて、永遠に続く夜の淵を歩いている。そんな気がしている。
 自分はひとりで、これから先も変わらない。
 赦されず、償えず、贖えず、変えられず、判りあえず、これから先も黒い岸辺を歩くのだろう。
 それでもいつか、誰か、ひとりでもいいから救いたい。
 その願いを胸に、孤独に耐えて歩くのだろう。
 そんな、己が孤独が判るから、他者の孤独を否定できない。
 それは、もはや、自分の力だけではどうすることも出来ない、自己の根底に張りつきこびりついた『強化』の澱だ。
 自分は、『獣』にはなれない。
 奪った命、喪わせた未来の分まで生きて戦い、異能者の生きやすい社会をつくらなくてはと、そうすることでせめて報いねばと思いつつも、蒔也の孤独を知ってしまった今、すべてを強固に否定することはもう、出来ない。
 もともと、愛情深く人の好い、自律的で責任感の強い彼だ。
「悪かった。今のは、失言だった。親を否定されるのは、俺にとっても辛いことだ」
 蒔也を傷つけたかったわけではない。
 厄介だと、ある一点において傍迷惑かつ危険だと理解していても、千志は蒔也を嫌ってはいないし、頼りになる相棒だとも思っている。彼といっしょにいる時間が、千志は苦痛ではない。
「思うことがあったにせよ、あんな言い方をするべきじゃなかった、すまん」
 言って、千志が頭を下げたとたん、
「いや、それならいいんだ。まあ気にすんなよ、人間、いろんな考え方があるんだからさ。俺もちょっと言い過ぎたわ、悪ィ悪ィ」
 蒔也も、いつもの陽気さを取り戻し、明るく笑った。
 先ほどの口論、諍いなど、最初から存在しなかったかのような、先ほどと同じ唐突な豹変ぶりだ。
「なあなあ、依頼も完遂したことだし、シュエランのとこ行こうぜ。助手の人がカフェを始めたっていうし、なんか奢ってくれるかもしれねぇぞ。俺、辛い麺と甘いもんが食いてぇな」
「……そうだな。どちらにしても、報告には行かないと」
 頷き、千志は胸中に息を吐く。
 上機嫌で歩みを早める蒔也を視界の隅に見つめる。
 そして、改めて、彼の厄介さ難解さと、壊す以外に愛情の表現方法を持たない、壊すことが愛される条件でもある――壊さなければ愛されないと思っているのかもしれない――蒔也への、憐れみとも哀しみともつかぬ複雑な感情を抱くのだった。
「理解は俺を弱くするだろうか? それとも――」
 求道者のごときつぶやきは、
「それとも、俺に、新しい何かを見せ、新しい道を示してくれるんだろうか」
 前方をゆく蒔也には、聞こえていないようだった。
「……益体もないことかな、それも」
 ふ、とかすかな笑みを浮かべ、千志は歩みを早める。
 視線の先では、蒔也が陽気に笑っている。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
そして、お届けが遅くなりまして大変申し訳ないです……。

さておき、千志さんと蒔也さん、同じ世界の出身で同じ異能者でありながら何もかもが違うおふたりの、それだけは共通した孤独についてのお話をお届けいたします。

捏造歓迎のお言葉に甘えまして、こまごまネチネチといろいろなものを捏造させていただきましたが、おふたりの間のちょっとした変化も含めて、お楽しみいただければ幸いです。

なお、『強化』に関する考察のもろもろは、記録者の専門分野の一端である、応用行動分析という学問がもとになっています。気になられた場合は、調べていただくといいかもしれません。

さて、今回の出来事は、おふたりに何かをもたらしますでしょうか。それは、プラスの強化となるのでしょうか、それとも……?
もしも機会がございましたら、それらのお話もお聞かせいただけますと幸いです。


それでは、どうもありがとうございました。
ご縁がございましたら、また。
公開日時2013-05-26(日) 00:30

 

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